Top
ホーム > アキンド探訪  > 何の信用もない人間のための「3つの交渉術」 

 
商売を始めるには、多くの場合何かを仕入れなければいけません。また、商売をする以上何かを売らなければいけません。そこには当然「交渉」というフェーズが発生します。しかし、創業したばかりの人間にとってこれは鬼門です。あなたの商品は、実績ある会社の商品より安く買い叩こうとされますし、あなたに何かを売る人間は高い値段で売りつけようとします。これは当たり前のことです、誰だってそうするでしょう。
 
良いものを安く買う、あるいは自分の商品をなるべく高く売る。これは商売の極意です。つまるところ、これさえ出来れば儲かります。しかし、商売を始めればすぐに突き当たるでしょう。それが恐ろしく難しいことであると。
商売という土俵は平等ではありません。圧倒的に先行者が有利です。当然ながら、後発組には無い信用と実績という積み上げがあります。大抵の場合、先行者は資金量も後発であるあなたより上でしょう。これを覆すのは並大抵のことではありません。
 
そういうわけで、代表取締役という輝かしい肩書を刷り込んだ名刺を持って交渉に行くのは本当に苦行です。誰もが欲しがる商品を商っているところほど、門前払いです。売りに行く時も同様です。そんな時に使える僅かな武器について書こうと思います。

交渉術1. 名刺一つで交渉は動く、強い肩書きのデメリット

非常に基本的なビジネスハックですが、あなたが社長であっても「肩書きの無い名刺」を持っておくことを薦めます。これは、社員に名刺を持たせる時にも言えます。会社を登記して、少人数で勝負している時はつい「代表取締役」とか「営業本部長」とかそういうピカピカの肩書きをつけたくなりますが、多くの場合デメリットしかありません。
 
まず、会社の規模を見透かされます。代表取締役自ら営業や買い付けに出向いてくる会社が大きな会社である可能性は少ないですよね、しかも20代のガキんちょだったりしたら尚更です。50代なら「トップ自ら出向いて来てくれた」という評価を得られることもあるでしょうが、若者は絶望的です。
 
そして、零細企業の「代表取締役」という肩書きは一切の信用をもたらしません。「フリーター」や「無職」と同義だと思っていいです。あれで騙せるのはド素人だけです。(逆に言えば、異常に肩書きをプッシュした名刺は素人を騙そうとしている可能性がありますよね。思い当たるフシ、ないですか?「ハイパーウルトラメガ超弩級課長補佐」みたいな肩書きを好む業界について)
 
また、商談の相手が遥かに年上で、肩書きが「係長」だった時なんかはどうでしょう。「若いのにご立派ですねェ」という侮蔑を含んだあの皮肉は本当に心に突き刺さりました。おそらく、年齢に見合わない肩書きはある種の人間の攻撃性を喚起するのでしょう。しかも、立派な肩書きがあるだけ「手加減しなくていい、若いけれどこいつは責任ある立場であり強者だ」みたいな心理的ストッパー外しの効果もあると思います。「若き経営者」の存在自体が不愉快だ、という人もたくさんいます。
 
もう一つ、非常に現実的な意味合いがあります。肩書きが強ければ強いほど、交渉の場において即断即決を求められるということです。「代取のおまえより強い決裁権持った奴はいないだろう」という話です。何の肩書きもない名刺なら「会社に戻って検討します」が使えても、代表取締役がその手を打つのは非常に難しい。こちらが買う立場ならまだなんとかなりますが、営業に出向いて値引きを差し込まれた時なんかは本当に辛い。「社長さんなんだからここで決めてよ、ねェ社長さん」。
 
「この価格では上の許可が出なくて・・・。私はこの価格で決めたいと主張したのですが・・・」のような、交渉のポジション取りもありますよね。「私はあなたが正しいと思っているけれど、会社の人間がそれをわかってくれない。だから僕と一緒にゴールを目指しませんか、一緒に頭の悪い弊社の上層部を説得しましょう」みたいな形の交渉術はサラリーマンの基本ですよね。上司を悪者にしておけば丸く収まることはたくさんある。会社のトップとしての名刺を出してしまったらこの手も使えません。肩書きさえ出していなければ「会社に持ち帰って検討します」は嘘にはならないのです。
 
もちろん、逆に「代表取締役」として飛び出して行く事がベストのフェーズもあります。
 
例えば、部下が失態を犯した時はたった二人の会社であっても代表取締役として謝罪すれば効果が大きくなることが見込めますよね。この場合、部下の肩書きはヒラがベストです。肩書きのギャップがあればあるほど、社長の下げた頭が高く売れます。あるいは、経営者同士の社交の場に出て行くときは、トップの名刺を持つ必要があります。部下を送り込む時も強い肩書きをつけてやった方がいいですね。「私には決裁権があります」という意味合いですから。決裁権のない、話の遠い相手とわざわざ社交したがる経営者はいません。
 
この選択肢を選べるだけでかなりマシです。そのCEOとか刷り込まれたピカピカの名刺、本当にその交渉の場にふさわしいですか?それは検討してみる価値があることです。敵は歴戦の商人です、あなたよりキャリアは上です。肩書きでビビってくれる相手ではありません。何も考えず「代表取締役」や「CEO」みたいな名刺を使っている方は、一考の価値があると思います。「実は社長です」ということになっても怒る人はそんなにいません。
 
交渉術というと、「喋り」とか「立ち居振る舞い」みたいなものがまず想像されると思いますが、僕はこういった「立場」の工夫の方が遥かに即効性を持つと感じました。試してみて損はありません。

交渉術2. 「信用」を融通してもらう

信用がある人間は交渉を有利に進められる」これは間違いなく真理だと思います。逆に言えば、信用がない人間は交渉においてとことん不利です。
 
しかし、創業したばかりの何の実績もない人間でも使える可能性のある強力な信用獲得の手段があります。信用のある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうことです。これはどんな場合でも非常に有効です。営業に出向く時、商品を買い付けに行く時はもとより、士業の先生などに依頼を出す時、あるいは銀行のような巨大な組織が相手であっても「紹介」は強烈に機能します。値段も対応も驚くほど変化するでしょう。
 
例外もありますが、経営者は大抵、人間関係をとても大事にします。飲み歩きが主な仕事という社長も多いでしょう。これは非常に合理的なことで、「信用」は貸し借り出来るのです。経営者は、コミュニティの中で人を紹介したりされたり、口を利いたり利いてもらったりして、「信用」を融通しあっているのです。それはまるで見えない通貨のようなものです。これを融通していただけるのは、涙が出るほどありがたいことです。
 
もちろん、実績ある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうのは簡単なことではありません。ヘタな人間を紹介すれば、紹介した側も「信用」を失うからです。しかし、「口利き」をしてやって、コストをかけず大きな貸しを作っておきたい」という心理もまた存在します。「感謝されて損はない」「貸しは作れる時に作っておけ」そういうことです。「信用」を貸してくれる人は探せば意外と存在します。力のある人間に「信用」を貸しつけるのは難しいですが、創業ホヤホヤのルーキーなら小さなコストで大きな貸しを作れる可能性がある。そういうことです。
 
創業する時は、自分がテコに出来る「信用」を貸してくれる人間をどれだけ確保できるかが非常に重要になります。場合によっては、出資を得ることよりも重要かもしれません。それはとりもなおさず、実績のない人間の信用度を測る方法がほとんどそれ一つしかないからです。資本金の額、会社のホームページのデキ、あるいはオフィスの豪華さ、社長の着ているスーツ、乗っている車、これらがいかに信用できないものであるかは経営をしていればすぐわかってきます。(ただし、これは信頼の担保にならないという意味でマイナス評価にならないという意味ではありません。会社ホームページがショボく、オフィスがアパートで、安物のスーツを着ていれば当然信頼は得にくくなります。ここにどれくらいコストを投下するかも悩みどころです)
 
1人の信用を得ることが出来れば、その人に口を利いていただいて、3人の信用を得ることが出来るかもしれません。3人の信用は、10人の信用につながっていくでしょう
交渉は「信用」がモノを言う、そして表玄関をノックするよりは、裏口から迎え入れてもらった方が良い。もちろん、全くの無策で情熱と気合いだけを武器に正面玄関から飛び込まなければならないことも多くあるでしょうが、他人の信用を融通していただいて、裏口を開けることも常に狙っていくことをお勧めいたします。信用は魔法の鍵になりえます。
 
ただし、この他人から借りた信用には一つ欠点があります。どんな界隈にも人間関係があり、対立があり、利害関係があるということです。ある人から口利きをしてもらったが最後、ある種の陣営に取り込まれたと認識される。そんなことだってあり得ます。
 
また、利害関係が一致しない人間に対して、他人が「信用」を貸し付けてくれることはまずありません。その辺りを見通す努力を怠らないことを本当にお勧めいたします。どんな利害関係が自分の所属する界隈にあるのかですら、そう簡単には見通せません。
 
「信用を得る」これは究極的な交渉術です。意識して損は本当にありません。

交渉術3. コミュニケーションコストを下げる

最後に、誰でも努力することは出来るささやかな交渉術です。これは本当にシンプルで、「良い客」であることです。コミュニケーションにかかるコストが大きい客は、どんな場所でも嫌われます。嫌われれば損をします
 
しかし創業初期、それも自分がお金を払う立場で取引先と交渉する場合、普通は警戒心でガチガチだと思います。とりあえず無茶苦茶に値切ってみたりもしたくなるかもしれません。自分でも意識しないまま「めんどくさい客」になりがちなのです。「相場も見えてねえ野郎がナメた交渉打ってきやがって」そういう怒りって結構皆さん経験あるのではないでしょうか。
 
かといって、常に言い値を呑んでいては商売にならない。これを上手にやる方法は「下調べ」に尽きます。相場観も把握できないまま、強気の相手と交渉に臨めば当然ながら悲惨な結果が待つことになります。価格交渉の押し引きや言葉のやり取りの技術論ももちろん存在するでしょうが、まずはその辺よりも、事前情報を可能な限り集めるなどの下準備が重要です。交渉をしっかりと行いながら、可能な限り相手に好印象を与える努力は絶対に役立ちます。「ナメられない」と「好かれる」は両立可能です
 
そして、常にコミュニケーションコストの安い「良い客」であることを心がけたいものです。これは自分自身も重要ですが、部下の管理も重要です。取引先に対して「こちらは客だぞ」という思い上がった態度を見せてしまう人は多いです。買う側は売る側よりエラいというのは、引く手数多の消費者様だけに許される態度です。売る側だって客を選べるのです。僕は部下のコントロールに失敗し、取引先に無礼な態度をとっていることに気づかず、取引を切られたことがあります。本当に申し訳なかったと思っています。
 
逆に、こちらが納品などに出向くと、まるで奴隷や犬に対して接するような態度を見せてくる他社の従業員も存在しました。「社長は話のわかるいい人なのに・・・」というケースも多かったです。これは、一人でも部下を使っている方は本当に警戒した方がよいと思います。「お客様は神様」意識を仕事に持ち込んでしまう人は本当に多いです。ゾっとしませんか、あなたの大事な取引先に対して、あなたの部下が犬に対するように接しているとしたら。
 
どうしても猜疑心が強くなる取引の中で「良い客」であることはとても難しい。しかし、弱い立場である限りは「良い客」である努力をして損はない。僕は本当にそう痛感しました。どんな業界でも、取引先が選び放題ということはそれほどないでしょう。それも創業したばかりの信用に乏しい人間であれば、より選択肢は少ないでしょう。そして、良い客には良くしてあげたくなるものだと思います。その逆も然りです。
 
今日の交渉のお話はやはり僕の後悔です。これさえ理解していれば、もう少しは上手くいったかもしれない。そんなことばかりです。肩書きなしの名刺を持つようになるまでですら、僕はかなり時間がかかりました。その間に失敗した交渉は数知れません。正面から体当たりでなく、誰かの信頼を貸していただいて出向けばもっと上手くいった交渉もあるでしょう。「今思えばあの人にまず口利きをお願いすべきだった」みたいな話はいくらでも思いつきます。僕は無駄にプライドだけは高く、誰かに何かをお願いするのがとても苦手だったのです。
 
交渉は、口先で行うものでは究極的にはないのだと思います。限られた状況下で要素を総動員して少しでも有利な状態を作る。それが一番重要で、言うなれば僕は思い上がっていました。自分には何の信用もないということが、今考えると、まるで理解できていませんでした。
 
創業期の限られたリソースの中で出来ることは本当に限られています。しかし、少しでも有利に交渉を進められるよう工夫しましょう。ささやかな努力が大きな結果の差を生む可能性があります。謙虚に、やれることをやるしかなかったのだと。そして僕はやれることの多くをやらなかったのだと、今更思っています。

 
 

この記事を書いた人

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。 現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。 発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。 Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/ Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

ニアセが気に入ったらフォローしよう!