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ホーム > アキンド探訪  > メイドプログラミングスクールと発達障害。究極ビジネスを仕掛ける起業家の話

 
2018年1発目の記事です。本年もよろしくお願いします。
 
本日は「発達障害」の話をします。もちろん、本日も「起業」の話もします。そして、本日は僕以外の人の話をします。同じ時代に同じ困難を抱え、同じような人生をもがく同胞の話をさせていただこうと思います。
 
さて、ご存知の方も多いと思いますが、僕は発達障害者です。診断はADHDですが、ASDの要素も多分にあります。そして、発達障害に由来する問題でそれなりに人生を苦労して来ました。僕のアップダウンの激しい、登った角度で落ちることを繰り返す人生にADHDという障害が大きく影響していることは間違いないと思います。
 
さて、今回取材させていただいたのは同じくADHDの起業家、若月雅奈さんです。若月さんは僕より一つ上、33歳の男性です。GIFTED AGENT社にプログラマーとして勤務する傍ら、その軒先を借りてメイドプログラミングスクール事業を営まれています。
 
はい、ここまで説明して理解が発生しましたか?しないですよね。僕も最初「この人取材して」って言われたときは「はい?」って言った。「1ミリもわかんねぇ…」って思った。でも、取材してみたら最高だった。

メイドプログラミングスクールって何?

 
最初は「メイドさんがプログラミングを教えるのかな?」と思ったのですが、プログラミングを習うのはメイドさんの方でした。基本的にはコワーキングスペースで、みんなでノートパソコン持って集まり、各自勝手にやる。そこにメイドさんがいる。メイドさんはプログラミングに興味を持っていて、習得したいと思っている。既に多少は教わってもいる。
 
だから、あなたがそれを望めばということだけれど、メイドさんにプログラムを教えることが出来ます。そんなスクールです。もちろん、メイドさんはお茶も出してくれます。雑談もしてくれます。人生相談には乗ってくれないかもしれませんが、人生相談に乗ってくれるかもしれない。
 
正直、「センスあるな!」と思いました。究極のビジネスとは何か、それは「客に働かせてカネを貰う」ビジネスです。働いてカネを貰うのは凡庸な者のやることで、非凡な者は客を働かせてカネを貰うのです。
 
人間にとって「教える」というのは至上の快楽の一つ。そして、承認を得られるポイントでもあるでしょう。仕事の合間にメイドさんにプログラミングを教えるというのは、なかなかに楽しそうだと思いませんか。そして、もう一つ。「話題の軸が出来る」こと。これが大きい。
 
皆さんキャバクラ好きですか?僕はあまり好きではないです。別に、女性と話すのが嫌いなわけではないですが、初対面の女性と話すことが豊富にある男でもない。この、「話題を合わせる」というのが人間にとっては面倒なことなのです。
 
しかし、「プログラミング」という軸が定まっていれば話は簡単、プログラミングの話をすればいいのです。もちろん、プログラミング以外の話をしてもいい。
 
僕はかつて飲食店を経営していたころ、時折お店を婚活パーティーに貸していました。そして、そのパーティーは「男女ペアで料理を作って食べる」というテーマでした。僕が「さぁ、にんじんのラペを作りましょう」みたいな感じで料理の指導をするのですが、これが毎度とても良い雰囲気なのです。
 
僕は婚活をしたことがないので想像ですが、結婚というものを念頭に男女が和気藹々とやるというのは、結構難しいことでしょう。「婚活」という共有目的はあっても、それは話題の軸になりません。
 
しかしそこに「一緒に料理を作る」という軸があるだけで、一気に簡単になる。料理を教える僕としてもとても楽しい仕事だったのを覚えています。(尚、集まってメシを食うだけの婚活パーティーは「俺は厨房から出ない、あんな異常な雰囲気のところに行きたくない」みたいなのもありました。マジで怖かった)
 
そういうわけで、若月さんの「メイドプログラミングスクール」は大変センスの良いビジネスです。異常なことをやっているようで、その実ビジネスの原則をガチっと抑えている。
 
そして、若月さんはテナントをGIFTED AGENT社の軒先を借りて安く上げています。他の必要経費は人件費と僅かな雑費のみ。考えていますね。よく出来たビジネスです。成功するかはわかりませんが、面白い。…というところでこのお話は終わりません。

異常なことをやってきた異常な人


若月さんのキャリアは僕と非常に似通います。社会適応に失敗し、異常な瞬発力で何かに挑んで昇った角度で落ちたという点では完全に相似した人生を歩んでいると言ってもいいでしょう。若月さんの口から語られたキャリアは、「わかるよ」としか言いようのないものでした。
 
まず、若月さんは小学校中学校と学校に適応できず、不登校になったそうです。発達障害を持つ人にはありがちなことです。その後、なんとか定時制高校を卒業し専門学校を目指すも、資金不足で挫折。その後は工場労働をしたりコピー機を売ったりアフィリエイトに手を出したりしましたがいずれも上手くいかず。
 
趣味であった手品を仕事にしようと、手品バーに勤めてみるも、やはり上手くいかず。その後はなんとかサラリーマンとして働きつつ、余暇を利用してネットワークビジネスに手を出し、虎の子の貯金数百万をぶっこみ全呑まれ。合間合間に「社会にとにかく怒られた」「おまえは犬だと言われて殴られた」などのピリっとしたエピソードが入ってきます。
 
しかしその後、若月さんに強烈な上昇気流が吹きます。ネットワークビジネスの人脈獲得を目的に出向いていたオフ会(当時ブームだったmixiで開催されていたもの)に参加しているうちに、「これを主催すればいいんじゃないか?」という発想が生まれたのです。
 
mixiで集客するオフ会主催ビジネスは、もともとあちらこちらに顔を出していた顔の広さもありクリーンヒット。儲かるやんけ!が発動します。しかし、若月さんの快進撃はここで止まりません。ADHDにありがちな突如発生する異常なスピードと集中力で、人生の全ての時間を投下したオフ会広告書き込みを手動で行ったそうです。
 
とにかく誰よりもやった」とのこと。「一番たくさん広告すれば一番客が来る」というような、プリミティブな発想は当たる時は当たります。狂気が空を飛んでいくパターンです。誰でも思いつくことを本当にやる人間は、実は稀だったりするのです。
 
進撃はまだ止まりません。若月さんはプログラマーを雇用し、オフ会広告の自動化を成功させます。更に、若月さんは考えました。「オフ会の場所代が無駄だ」と。金回りのよかった若月さんは、なんと歌舞伎町に物件を借り、オフ会用の店舗を構えてしまいます。これでショバ代として費やされていたコストは利益に転嫁されることになりました。まさにこの世の春。人は来る、金は回る。プログラムは無限に広告をインターネットにばらまき、若月さんはこの世の春を謳歌しました。とても短い春でした。
 
社会からの怒られが発生しました。mixiに無限に書き込んでいたオフ会広告が、スパムとして排除されてしまったのです。このビジネスの根幹は、mixiを使った集客なのですから、そこが断ち切られるということは酸素ボンベの管がスパっといかれるようなものです。おまけにタイミングが悪すぎる。店舗はもう構えてしまった。
 
起業にありがちな、「何もかもが逆回転を始める」というやつです。こうなってしまっては、店舗など単なるコスト発生装置です。おまけに、店舗用のスタッフまで雇用してしまっていた。正直言って、聞いていて胃がキリキリしました。「わかります」としか言えない。
 
その後は人脈から原始的な手法での集客を試みるなどの努力をしたそうですが、結果は誰がどう考えてもそうなるよね、というところに落ち着きました。聞いてる僕もトラウマをグリグリされて過呼吸起こすかと思ったし、皆さんの目を盗んで安定剤も飲んだ。

失われた地平に残ったもの

しかし、若月さんには僅かながら幸運な点もありました。まず、撤退が上手くいったので借金は残らなかった。ビジネスは灰燼に帰しても、それ以上のダメージにはならなかったのです。これは、店舗を構えて人を雇うビジネスを行っていたことを考えると僥倖と言う他ないでしょう。そして、もう一つ。若月さんはプログラマーを雇って広告を自動化する一方、自らもプログラミングを学んでいたのです。
 
また、この時期に若月さんは自分が発達障害を持っていることに気づき、ADHDの診断を受けたそうです。プログラミングと発達障害、この二つがGIFTED AGENT社と若月さんを結びつける縁となりました。起業失敗のどん底で「自分は発達障害者である」と気づいたこと、
 
そしていつの間にか習得していた小さなスキル。この二つが、若月さんの生存を支えました。若月さんはとても明るく語る方なのですが、流石にここに関しては声のトーンが落ちていきました。精神的にどん底で、どうしていいかわからなかったと。
 
若月さんはGIFTED AGENT社の発達障害者向けプログラム講義を受けたことが縁で同社に雇用されました。そして、従業員としての身分を会社に置きながら、会社のスペースを借りた再創業にトライすることとなります。
 
それが「メイドプログラミングスクール」です。なるほど、業態が洗練されていた理由がこれでわかりました。一度どん底まで叩き落されて学んだ起業のリスク要因を、一つ残らず排除する形でこのビジネスは組み立てられているのです。
 
最初からそうしろよ!という声はわかる。僕だって最初からやるべきだったと思う。若月さんを責めるのはやめろ、その弾は全部僕に当たる。痛いからやめて、本当に痛いから。トラウマもこのレベルまでくると物理的に痛いんですよ。やめてくれ。
 
でもですね、できないんですよ。起業家の皆様、意外とこれできません。みんなウォォ!って叫びながら突っ込んでいって崖から落ちます。僕や若月さんのような、やっていって崖から落ちた情報なんてそうそうありません。僕らは最早張るべき見栄などないから語りますが、こんな内容を好き好んで語る人はそうそういません。読めてよかったですね、僕らを褒めてください。褒めろよ!泣くぞ!

メイドプログラミングスクール、再び


そういうわけで、若月さんはメイドプログラミングスクールをやっていています。現在の悩みは深刻なメイド過剰。というのも、お客様の集客とメイドさんの募集が上手く同期してくれなかったそうです。メイドが集まりすぎた。いや、普通この手のビジネスだと女性スタッフを確保するのが一番大変なんですけど…。
 
こういうのが起業家特有の謎スキルですね。なにそのスキル、分けて欲しいんですが。ちなみに、メイドさんは「人脈から集めた」そうです。おいおい、求人費用かけてないのかよ。なんでそんなことできるんだよ。
 
そういうわけで、3時間3000円の基本プランを掲げるMaidInMaidFamilyは現在大変にお客様にとってお得な状態にあります。ぶっちゃけ、流行る気がするので今から通っておくのが得でしょう。なにせ、お客様とメイドのバランスがメイド過剰に偏っているほど、お客様はお得なのですから。
 
メイドさんと仲良くなるチャンスが現在は多いわけです。行っとけ。つかぬ話をしますが「メイドライティングスクール」とかやる予定はないんですかね。ライターが集まってこう、メイドさんに「ここはもうちょっとパンチライン入れた方がPV出ると思うよ」とか「それは流石に燃える」みたいなのを教えるやつ。
 
ところで僕は邪悪な商売人なので、「追加収益システムを導入しましょう、客からはかっぱげるだけかっぱぎましょう。メイド記念撮影とか愛情手作りジュースとか。そして、メイドさんたちに稼ぎを競い合わせましょう」という提案をしました。
 
しかし、「もうそういう利益第一の商売はやりたくない」と若月さんは答えました。ビジネスの形態は洗練される一方で、経営には哲学が生まれていることがわかります。地獄を踏み越えて得た若月さんのこの感覚、素晴らしいものだと思います。
 
若月さんのビジネスはとても良心的で、「全員に利益があること」にこだわっています。ホームページを見ればわかりますが、メイドさんたちも仕事の中でプログラミングを覚えることで、給与以上の利益を得られる仕組みを若月さんは作り上げようとしています。それは、とても素晴らしいことだと思います。客も、従業員も、経営者も誰もが幸せになれる仕組み、それが出来たら本当に良いですね。

発達障害、起業、そして誰も教えてくれなった話


さて、若月さんに「発達障害について」質問をしてみました。「自分が子供の頃には発達障害という概念も知られていなかったし、一度学校などのルートから外れてしまった後にどうすればいいのか誰も教えてくれなかった。
 
「どうすればいいのか何もわからなかった」という若月さんの言葉は、とても刺さるものがありました。若月さんは、僕よりもキツいところを歩いて来ています。僕はルートから外れそうになりつつも、学校まではなんとかしがみついていました。若月さんはその時点で完全に脱落してしまっていた。
 
若月さんは職を転々とし、ネットワークビジネスにハマって大損し、起業に失敗しということを続ける中で、少しずつ少しずつ社会を学び、発達して来たのだと思います。これは感傷的な話なのですけれど、僕は「よく生きていてくれた」という気持ちになりました。
 
それは、他人から見たら失敗と挫折の道のりかもしれませんが、僕から見れば戦いぬいてきた者の道のりです。生き抜いて来た者の道程です。
 
現在はインターネットが普及し、発達障害という概念も普及したので大分知識が広まりましたが、僕らが子どもの頃はそんなものは一つもありませんでした。僕たちは、「ダメな子供」であり「ダメな人間」であり、「クズ」でした。もちろん、現在においてもそれは必ずしも変わったというわけではないのだけれど、それでもこうして情報を発信させてもらうことが出来るようになったのは大きな変化と言えます。
 
僕は自分の起業失敗の話も発達障害の話もなるべくたくさんの人に読んでもらいたいな、と思っています。それはもちろん僕の自己顕示欲ですし、あるいはお仕事で書く以上読まれなければ困るというお話でもあるんですけれど、その一方で「誰も教えてくれなかった話」を一つでも多く提供できたらいいな、と思っています。そして、今日の若月さんのお話も、語る機会をもらえてよかったと思っています。
 
これは発達障害者や起業家に限ったことではないけれど、人生は難しく、なにもかもが上手くいくとは限りません。手ひどい失敗をすることは、誰にでもありえます。でも、若月さんも僕も、そのどうしようもない失敗の後に残ったものをフル活用して、なんとか生きています。手のひらから水は流れ落ちてしまったけれど、雫は残った。その僅かな雫を大切に生きています。
 
いつも同じ結論で恐縮ですが、生きていきましょう。事業拡大の際は一枚噛ませて欲しいという気持ちと、親愛なる戦友の成功を願う気持ちを込めてお話を終えます。
 
やっていきましょう。

 
 

この記事を書いた人

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。 現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。 発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。 Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/ Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

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