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ホーム > アキンド探訪  > トップアイドル、官僚の事例から考える。日本企業から性暴力が消えない理由

TOKIO山口氏、福田前次官。責任ある立場で相次ぐ性暴力の問題

日本は2018年4月、性暴力に覆われた。財務省の福田前次官によるセクハラ、TOKIOの山口氏による強制わいせつ。どちらも公の場で追及され処分が下っただけでも前進はあったとみている。
 
一見関連性のない2つの事件だが、実は「職場の関係者が上下関係を利用して行った暴力」である点が共通している。福田前次官は自分を取材する女性記者へ向かって情報を漏らす代わりに「胸触っていい?」「浮気しよう」とセクハラを繰り返した。TOKIOの山口氏が呼び出したのは、テレビの仕事で知り合った関係者と言われている。どちらも仕事上で関係がある目上の人間から呼び出され、断りづらい状況で起きているのだ。
 
だからこそ、筆者は職場で性暴力が消える日は来ないとみている。なぜなら仕事上で発生する性暴力には、3つの力がはたらくからだ。
 

クライアントが無茶ぶりをしたとき、無視できる企業は少ない

私はメーカーの内勤出身で、比較的セクハラが少ない業界にいた。メーカー内勤でなぜセクハラが少ないかといえば、「加害者になりうるのが社内の上司しかいない」からだ。セクハラは十中八九目上の人から行われる。目下の人間から起こされても、すぐに叱って止められるからである。社内の人間としかやりとりしないなら、セクハラは内部でしか起こりえない。それなら問題があっても、社内のルールを徹底すればどうにかなる。どうにもならない腐敗した企業もあるが、たいていはセクハラ起因の離職率増で生産性低下というしっぺ返しを食うだろう。
 
しかし、外部にクライアントがいる職種、業種なら話は別だ。大手広告代理店の社員から話を聞くと「自社内でセクハラはそうないが、クライアントがひどい」という訴えをよく耳にする。
 
胸をつかまれた、夜更けにホテルの一室へ呼び出され寝ることを拒否したら土下座させられたなど「これは本当に現代日本か?」と思わされるセクハラが横行している。被害者は女性だけではない。男性もクライアントによって裸で歌うことを強要されたり、女性と寝るよう迫られたりしている。
 
そして多くの企業は、「太い」クライアントをセクハラだけを理由に切り捨てる勇気を持てない。中小企業ならその会社を切った瞬間に倒産することもある。だから、社外のセクハラを止められないのだ。
 

連鎖も?セクシャルハラスメントの被害を止められない上司の罪

クライアントがセクハラをしてきた場合、頼れるのは上司しかいない。だが、上司だってセクハラだけを理由に「A社との取引は一切やめさせてもらおう!」と言い切る権限はない。広告代理店ならまだ他のクライアントを見つければいいが、福田前次官のような「替えがきかない取引先」だってある。
 
だから上司も「お前さえ我慢してくれれば、うちへ優先して融資してくれるかもしれないから」と言いかねない。この発言自体もセクハラなのだが、ややこしいのは上司が同性で、しかも下っ端のときに同じ苦痛に耐えた人間の場合だ。「私も耐えてきた。分かるよ。つらいよな。お前も頑張れよ」と言われて、ふざけるなと怒りを表せる部下は少ないだろう。
 
「お客様は神様です」がいまだに生き残っている社会では「よし、セクハラを訴えよう」とはなりにくい。なるべくことを荒立てないよう、せいぜいセクハラを受けにくい人へ配置換えをするくらいが関の山だ。となれば、セクハラを訴える社員はより裏方業務に回されることになる。セクハラを訴えると、左遷されるリスクすらあるのだ。
 

「被害を受けるお前が悪い」という言説の無理解さ

今回、TOKIO山口氏に関する言説で、特に目立ったのが「家へノコノコ行く方が悪い」といった、被害者を責めるものだった。だが想像してみてほしい、高校時代の自分を。あなたは友達の親に家へ呼ばれた。その親御さんは好感度の高い芸能人で、自分の親も尊敬している。だから安心して友達と2人で家へ入ったらむりやり襲われ、キスされた。トイレへ駆け込んで助けを呼び、親へ迎えに来てもらった。それを周囲から「40代の異性の家へふたりきりで行くなんて、お前が悪い」と言われたら……高校時代の自分はどう思っただろうか?
 
日本に限らず、性暴力では「理想的な被害者でなければ許されない」風潮がある。若く美人で、道端で全く知らない人間からいきなり襲われないと同情してもらえないのである。 だが実際にはレイプですら加害者の6割が「よく知っている人」なのだ。そこには職場の取引先や友人、以前付き合っていた相手、そして親を含めた家族。好意を持っていた相手からむりやり襲われたケースも多いだろう。
 
だからレイプに限らず、性暴力の被害にあった方は訴えを起こしづらい。何よりも自分自身が、自分が悪かったのではないかと責める。
 
訴えるに至っても、周囲から「お前が誘ったんじゃないか」 「これで仕事がうまくいくなんて得じゃないか」とまで言われる。訴えず泣き寝入りすれば、今度は「どうせ被害にあったのも嘘だったんだろう」と今度は言われてしまうのだ。時間が経ってから決心して届けを出すと「金に困ったのか」と。性暴力を受けた人は、こんな状況でどう強く生きたらいいのだろうか?
 

きっかけは被害者の勇気。経営者は決断すべき

今回、それでも進展があったのはセクハラ、性暴力を受けた側が勇気を出してくれたからだ。テレビ朝日は「セクハラを報道したほうが、社員へ耐え忍ばせてネタをもぎ取るより視聴率を稼げる」と理解しただろう。企業側が「セクハラ・性暴力を訴えでたほうが会社にとってカネになる」理由を見つければ進展はたやすい。
 
テレビ朝日も、セクハラを他社メディアに流されず自社テレビで「大スクープ!福田前次官のセクハラ疑惑」と訴えれば最高のネタになったであろう。それが「セクハラなんて耐えてネタをもらうものだ」という古い慣習を守らせて時流を忘れ、儲けるチャンスを逃したのだ。倫理はもとより、ビジネスセンスが不足していたことも会社として反省すべきだろう
 
どの業界にも、無茶なクライアントは大勢いる。「私は耐えたんだから」とセクハラを容認させる上司もいる。だが、今回の2つのニュースで大ナタを振るうきっかけはできた。
 
セクハラをしてくるたった1社の取引先に依存した経営体制なら、ポートフォリオを分散したほうが財務上も健全になる。どの会社もセクハラをするクライアントを蹴るならば、クライアント側の内部統制もかかるだろう。その大ナタを振るえるのは経営者だけだ。長期的な生き残りを模索するならば、取引先のセクハラを公にするべき。その意識が浸透してほしい。

この記事を書いた人

慶應義塾大学在学中に起業を2回経験。卒業後は外資系企業に勤め現在は独立。フリーのマーケターとして活動するほか、ブログ『トイアンナのぐだぐだ』(http://toianna.hatenablog.com/)をきっかけにライターとしても活動中。

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