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ホーム > break-time  > 人生の転機は上司による二度の横領がきっかけ。プロレスラーKUDOの無欲な経営とは

東京・新宿歌舞伎町にある、昭和レトロな内観が特徴的な居酒屋「エビスコ酒場」。ボリュームのある料理をお手頃価格で提供してくれる人気店です。実はこのお店、プロレス団体「DDTプロレスリング」が経営する飲食店なのです。接客スタッフも料理長もプロレスラーで構成されています。そして「エビスコ酒場」の店長こそが、DDTプロレスリング所属のKUDOさんです。

KUDOさんは2016年にDDTの系列会社、株式会社DDTフーズの代表取締役社長に就任し、DDTの飲食部門を統括しています。

現在、左目外転神経麻痺や腰椎ヘルニアをはじめ、約20年の選手生活の中で身体に蓄積した深いダメージを回復させるため、2019年4月をもってプロレス活動を無期限休業中のKUDOさん。 今回は、プロレスラーでありながら、居酒屋店長、経営者の顔も持つKUDOさんの考え方や想い、生き様に迫りました。

【会社プロフィール】
DDTフーズ(WEBサイト
エビスコ酒場(twitter

【ご本人のプロフィール】
名前:KUDO(twitter
年齢:不明
肩書:DDT所属プロレスラー 株式会社DDTフーズ代表取締役社長 エビスコ酒場店長

プロレスラーKUDO誕生のきっかけは、サラリーマン時代の上司による横領

─ KUDOさんは2019年4月に開催された、自身が所属するユニット・酒呑童子(しゅてんどうじ)興行を最後に無期限で活動休止されています。直近1年間の心境や体調の変化はいかがですか?

KUDO:プロレスラーが僕の職業なので、やっぱりプロレスをしていないとテンションが上がらないですね。体調について、いろいろと診てもらっているのですが、未だに原因がわからないんです。 たとえば、「ものが2つダブって見える」という症状があって、それは左目外転神経麻痺とされていますが、もしかしたら進行性の脳の病気かもしれない。体調が少しでも良くなる方法を模索しながら、治療をしています。トレーニングは活動休止後も続けていたのですが、最近はコロナの影響で休むようになりました。近々トレーニングに復帰したいと思っています。

─ 元々はキックボクサーだったKUDOさんですが、その後プロレスラーに転身したのはなぜでしょうか?

KUDO: 学生プロレスをしていて、その流れでキックボクサーになりました。当時リング屋(プロレスリングの運搬や組み立て、撤収などを請け負う仕事)のバイトをしていたら、DDT代表の高木から「ちょっと動いてみろよ」と言われて、そのままスカウトされたんです(笑)。プロレスラーになりたいという気持ちは多少ありましたけれど、 自分がプロレスラーになれるなんて、思っていなかったんです。 入門するために自分から行動したわけでもないのに…。まさか自分がプロレスラーになれるなんて、びっくりですよね。

実は大学卒業後に一回、就職しているんですよ。就職氷河期でしたが、最初に内定が出た寝具やジュエリーなど高級品を販売するの会社です。その会社が本当におもしろくて。入社前に合宿があって、毎朝10km走るんです (笑) 。初任給は40万円で、その代わり月に1~2日しか休みがなかったですね。そんな環境の中で印象的だった、「みんなに好かれることはできないけれど、一人も敵を作らない接客はできる」という教えは、飲食店を経営している僕にとって今も生きていますね。ただ、その会社は半年間働いて辞めました。

─ 半年で退職した理由は何だったんですか?

KUDO:僕が所属していた販売店の店長が、一億円の横領をしていたことが発覚したんです。それが退職を決意する最初のきっかけになりました。僕は、店長が裏でそんなことをしていたなんて、まったく想像することなく毎日夜の街に繰り出し、店長から奢ってもらっていました。「店長お金持ってるなあ」と思いながら。

当時、学生時代一緒にプロレスの練習をしていた仲間がプロレスラーになって、雑誌で取り上げられているのを目にして、僕もこうありたい…と、プロレス欲を刺激されていたところでした。そのタイミングで横領の件を知り、辞めてプロレスラーになろうと決めました。DDTは当時週に一回興行があったんですが、プロレスラーになった初月の収入は、サラリーマン時代の月収40万円から2万円になりましたね。

月収は大きく減りましたが、迷いはなかったです。僕は人から見て「面白いね」「そんなことやってるんだ!」と言われるような職業につきたかったので。それもあってプロレスラーになって、自分の気持ちが満たされていました。

人生二度目の横領に遭遇。プロレスラーとエビスコ酒場店長の両立がスタート

─ 念願のプロレスラーになった後、KUDOさんは2009年12月にオープンしたDDT直営の居酒屋「エビスコ酒場」のオープニングスタッフとしても活動するようになりました。その後2010年5月に二代目店長に就任されています。店長になる経緯についてお聞かせください。

KUDO:実は初代店長が横領をしまして…。急にいなくなってしまいました。そこでDDT代表の高木から呼ばれ、「お前しかいない」と言われて店長になりました。もちろん何の引き継ぎもありません。何もわからない状態で店長になりました。

僕はいなくなってしまった、その店長にも奢ってもらっていたので、奢られ体質かもしれないですね(笑)。プロレスラーになると決めたときも、店長になったときも、横領が発覚したときなんです。

─ 20〜30代の時期に二度も横領に出くわすなんて、なかなかレアな経験ですよね…。プロレスラーと居酒屋店長を兼務するのは、大変なことのように思えますが、KUDOさんはどう感じていますか?

KUDO:僕が店長になったとき、仲間から「レスラーとしてKUDOは終わったよ。プロレスラーと店長の両立なんてできるわけない」と言われました。でも、実際はエビスコ酒場の店長になってから、リングで結果を残せるようになったんです。店長になってから一年後の2011年7月には、団体最高峰タイトルKO-D無差別級王座を獲得することができました。

エビスコ酒場で頑張ることは、リングで結果を出すことにつながると思っています。その理由は2つあって。1つ目はファンの支持を集めることができるからです。エビスコ酒場がきっかけでファンになってくれる方は多く、皆さんが応援してくれることが力になっていますね。

2つ目は、収入が安定することです。プロレスラーと店長の兼務といっても、一日十何時間も練習するわけではありません。例えば2時間練習しても、あとの時間は余るわけですから。そもそもプロレス一本で生活するのは大変なこと。お金がなくてプロレスを辞めた人は多いですし、本当にスター選手にならないとプロレスでは稼げないですね。エビスコ酒場も仕事ですし、何の苦労も迷いもなくやっていますよ。

それにエビスコ酒場は、お客さんがプロレスを好きになってくれる場所です。また、元々プロレス好きだけれど、会場で試合を見たことがないお客さんをプロレスに呼び込むことができる場所でもあります。

─ プロレスラーがプロレス以外の仕事もするメリットは、とてもたくさんあるんですね。

KUDO:むしろ、いいことばかりだと思っています。僕らはチケットの手売りが大事な仕事なんです。例えば社会人経験のある中澤マイケルという選手は、自分でデビュー戦のチケットを100枚以上売りました。プロレス界の外に出て人と関わり、人脈を広げていくことはとても大切なことですね。僕の場合、接客業なので人から学ぶことが多いですし、毎日が面白いですよ。

僕にはプロレスの試合をして収入を得ている、という感覚はないんです。チケットをお客さんが買って、見に来てくれて初めて試合が成り立つので。だから、エビスコ酒場で働くことはメリットしかないですね。

─ 確かにお店で選手と接していると、リングの上ではどんな戦いをするんだろう、と気になって、会場に足を運ぶお客さんがいるのも頷けます。ここからはエビスコ酒場のお話を聞かせてください。エビスコ酒場では、食材の仕入れやお店のメニュー考案はどのようにしていますか?

KUDO:基本的に芝浦の食肉市場でネタを仕入れています。新メニューに関しては店で暇な時間ができたらメンバーとミーティングをしています。また、外食したときにいいなと感じた料理を独自に研究して試作することも(笑)。

アイデアマンであるDDT代表の高木の意見も大事にしています。最近では高木の奥さんがうなぎ屋さんと知り合いで、高木から「うなぎを使ってみないか」という話がきました。うなぎの原価ってすごく高くて、エビスコ酒場のメニュー単価にはあまり合わないんですけれど、1900円でうな丼を販売しています。高木から「うちの奥さんはたまにお店にくるだろ?」と言われちゃうと、メニュー化しないといけませんよね(笑)。

─ 夏の間にうなぎ、食べに来ます! 高木社長の奥さまも印象的なお客さんだと思いますが(笑)、他に忘れられないお客さんのエピソードがあれば知りたいです。

KUDO:エビスコは毎月1,000人くらい来店していて、それを10年やっているのでさまざまな人がいましたね。エビスコ酒場のお客さんだった方がレスラーになったり、初めて来たときに未成年だった子が、成人して一緒に乾杯したり。

連絡先がわからなかった同級生が突然店に来てくれて、再会できたこともありました。僕のことを知って、歌舞伎町まで訪れてくれたことはうれしかったですね。

「人生どうでもいい」思想に至った“地球規模”の理由

─ 2016年にDDT飲食部門を運営する株式会社えびすこが株式会社DDTフーズに社名を変更し、KUDOさんは代表取締役社長に就任されました。今後店舗拡大や事業拡大は考えていますか?

KUDO:実はこの社長就任についてもちゃんと引き継いでいないんですよ(笑)。そもそもDDTはプロレスが本業ですし、飲食業はリスクが大きいので、そのリスクを軽減させたかったのだと考えています。現在DDTフーズはDDTグループの中でもかなりの売上を占めるようになってきています。その分責任が大きくなっているので、飲食もさらに売上を伸ばしていかなければなりません。その点では、コロナが落ち着けば事業拡大も考えなければなりません。

コロナの影響を受けて状況は厳しいですが、ほかに売上を立てる術を考え、「DDTフーズストア」というオンライン営業を始めました。今のところ順調ですね。既存客だけでなく、お店のことは知っていても東京にはなかなか来られないという方に利用していただけるという、うれしい面がありますね。

─ 経営者として、理念や大切にされていることは何でしょうか?

KUDO:飲食店に携わるからには、「良い人間であること」が大切だと考えています。お客さんは性格の悪い人の店には行きたくないはず。僕が考える「良い人間」とは人に対して真っ直ぐで、嘘をつかない人です。

良い人って、自然とお金持ちになっていますよね。自分の力じゃなくても、奥さんがお金持ちだったりとか、区画整理でお金が入ったりとか(笑)。良い人には引き寄せる力があるのかもしれません。「良い人はお金持ち論」は、僕の周りはそうだということで、あくまで“KUDO調べ”ですけど、共感する人もいるんじゃないですかね。

─ わかるような気がします。ところで、経営者としてのお話をしばらく伺ってきましたが、KUDOさんは経営者でもありながら、店長というリーダー的ポジションにもついています。リーダーとしてどうありたいと考えていますか?

KUDO:自分ができることをやるだけですね。僕は社長やリーダーに向いていないんですよ。確固たる信念もないし、こだわりもないし、そもそも人に指示を出すタイプではないんです。逆に「この役割は絶対に無理」ということもないんですけど…。ただ、リーダーには本当に向いてないと思っています。

僕は根本的に「人生どうでもいい」と思っているんです。そう言うと投げやりな感じに思われるかもしれないので、少し補足しますね。今コロナで大変ですけど、宇宙から見れば地球は青いままなんです。戦争が起こっても、どんな揉め事があっても地球は青いですから。

─ 地球規模で物事を捉えているんですね。視座が高すぎます…!

KUDO:人生どう生きたっていいじゃないですか。だから僕は何のこだわりもないです。物欲もありません。性欲についてはゼロです。昔とは大違い(笑)。たくさん眠りたい気持ちはありますけど。4時間台の睡眠が長いこと続いていて、これが体調不良の原因かもしれませんね。

「人生どうでもいい」と関係する話をすると、人に怒ったことは人生で一度もありません。イラッとすることも、不愉快に思うこともありません。地球はいつでも青いんです(笑)。

「プロレスファンを増やしたい、それ以外は無欲」熱い応援がKUDO社長のエネルギー

─ 睡眠不足は心配ですが、KUDOさんのその考え方を実践したくなりました! 2016年、DDTフーズ社長就任の際にTwitterで「プロレス界には新崎人生(しんざきじんせい)さんの言葉があります。『お客さんというのは君がいなくても生きていける。でも、君はお金を払ってくれるお客さんがいないと生きていけない』 お客様を大切に、レスラー仲間も働きたいと思ってくれる職場にしていければと思います」と決意表明をされました。今、エビスコ酒場やDDTフーズも含めて、この理想や目標には近づいていますか?

KUDO:この思いは当時から持ち続けています。今コロナの影響を受けて、お客さんのプロレス会場での観戦やエビスコ酒場に行く習慣が途絶えていると思うんです。それを取り戻すのは大変なことですが、この気持ちを絶えず持って行動していれば、お客さんはまた戻ってきてくれると僕は考えています。お客さんへの感謝を常に持っていたいです。

お金のために働くとお金しか入ってこないですが、「人のために」という気持ちがあれば、それ以上のものが還ってくるんです。給料だけでなく、タクシー代、とか(笑)。

─ KUDOさんが「良い人」であるのは伝わりますが、少しちゃっかりされているのも面白いです(笑)。お客さんに愛され、応援される理由がわかります。最後に、プロレスラーとして、経営者としての今後の目標をお聞かせください。

KUDO:プロレスラーとしては、応援してくれる方がたくさんいるので、早くリングに戻りたいです。僕が治療を続ける姿を見ているファンのためにも、復帰して元気な姿を見せたいなと。プロレスラーの仕事は一度するとやめられません。中毒性があると言ってもいいくらい刺激的で面白いんです。引退と復帰を繰り返すプロレスラー、多いですよね。

経営者としては、プロレスファンをもっと増やしたいですね。「プロレスは見てもらえれば面白い」という自信を僕らは持っているので。

エビスコ酒場は、このコロナの状況でも常連さんが助けてくれています。新規のお客さんはもちろん減りましたが、常連さんはむしろ増えているんです。しかも長く滞在してくれて客単価が上がっています。お店を存続してほしいと願ってくれるお客さんが多くて、そういう方たちへの感謝の気持ちを忘れないでやっていきたいです。エビスコ酒場はプロレスファンの聖地になっていて、全国からお客さんが来てくれるようなお店なので、絶対に潰さないようにしたいですね!

─ どんな質問にも丁寧に、ユーモア交える回答をしてくださり、とても楽しい時間になりました。KUDOさんを会場で応援できる日が早く来ることを願っています。ありがとうございました!

【編集後記】

KUDOさんは野心むき出しというイメージがあるプロレスラー像とはほど遠く、無欲で謙虚で温厚な印象の人物でした。 ご自身は「自分は経営者に向いていない」とも話していましたが、果たしてそうでしょうか。KUDOさんをエビスコ酒場店長やDDTフーズ社長に任命したDDT高木社長や多くの方が「この人なら信頼できる」と確信したのだと思います。KUDOさん自身、自分はリーダーに向いていないと感じながらも、独自のリーダー像を築き始めているのではないかと実感した取材でした。

この記事を書いた人

福岡県出身、和歌山県在住。プロレス考察家、プロレスブロガー。現在アメブロで「ジャスト日本のプロレス考察日誌(https://ameblo.jp/jumpwith44/)を更新中。

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