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福島市のご当地グルメといえば円盤餃子。 見た目が空飛ぶ円盤に似ているからとか、円盤状に焼き上げているからとか名前の由来はいくつか説がある。 ▲これが円盤餃子だ!   円盤餃子は第2次大戦後、福島市の餃子専門店「満腹」から始まったとされる。 満州から引き揚げた満腹の創始者が、現地人から習ったやり方で餃子を焼き、屋台で出したら大人気に。開店当初は焼き鳥などのおつまみもあったのだが、お客さんの要望もあって餃子専門店になったそうだ。   満腹の繁盛もあって、福島市内に餃子専門店は次第に増えていった。今ではすっかりご当地グルメとして定着した。現在、市内で円盤餃子を売りにしてる専門店は10店舗ほど。   メニューの1つとして中華料理屋やラーメン屋が提供してるケースはさらに多い。それぞれのお店で円盤餃子が置かれているポジションが微妙に異なっているので、3店舗を巡って比較してみた。 円盤餃子「照井 福島駅東口店」 餃子専門店「照井」は創業60年を超える老舗店。本店は夜からの営業なので、福島駅東口店に足を運んだ。   円盤餃子は一皿22個1300円か半皿11個650円の2択。いずれにせよ数が多い。ごはんセット350円を頼めば、ごはんとみそ汁とおしんこともう1皿ついてくる。ラーメンもあるけれどメニュー表の隅っこに追いやられ、あくまで餃子がメインというスタンス。   満席の店内をざっと見渡すと、2~3人で円盤餃子一皿をシェアしてごはんセットをつけるか、1人で半皿にごはんセットという人が多いようだ。なかにはごはん無し円盤餃子だけ一皿ずつという夫婦もいて、なるほどその手もあるかと関心した。ひたすら餃子に集中したいなら、それが一番だ。 ▲円盤餃子一皿 1300円   油多めで焼かれているので揚げ餃子に近いパリパリ感がある。 22個も食べられるか不安だったが、1つ1つはそれほど大きくないし、餡も野菜多めでさっぱりしてるのでペロリとイケてしまう。主役を張れる餃子だ。 らーめん屋「石狩」 お次は「らーめん石狩」。辛味噌ラーメンやレモン入り塩ラーメンが人気のお店。こちらは基本的にはラーメン屋さんで副菜として円盤餃子も出してるというパターンである。 円盤餃子専門店は営業が夜からのお店がほとんど。それもあって、ここ石狩では昼から食べられるよって点を強くPRしている。10個単位で注文可能で、最大50個の超特大サイズも出来る。 ▲円盤餃子30個 1800円   こちらも1つ1つは小ぶり。餡もさっぱりしてるので10個ぐらいであればラーメンと合わせて食べてもなんてことはない。あっという間に2人で30個完食した。   この時、ほとんどのお客さんがラーメン系を食べていて円盤餃子を頼んでいたのは我々だけだった。あくまでラーメンがベースで円盤餃子はおかず。まさに我々がそうだったが「夜は他の場所で予定があるので、昼間に円盤餃子を食べときたい」という観光客の需要も狙える。 のみくい処「川海」 3店舗目はのみくい処「川海」。カウンターメインの居酒屋で気さくなご夫婦がひっきりなしに陽気な話しをしてくれる。店内は薄暗く、スナックじみた空気感だ。   こちらは福島市から車で50分ほど南下した郡山市内にあるお店。 たった1店舗から始まって、流行るにしたがい競合店が出来てきて、ご当地グルメとして評判になって、周辺の市町村にも広がっていく。円盤餃子もまたご当地グルメの定番の流れを辿っている。 飲みがメインなので、食事メニューはつまみに向いてる物が多い。大変味のあるイラストは店長さんが描いたもの。イメージ図と実物があまりにも違いすぎて抽象画のようだ。 ちなみにこのお店、チヂミが1枚100円と爆安価格。 円盤餃子はこちら。前2店舗と異なるサイズ感で1粒が大きい。皮も厚く、餡も主張が強い。ラーメンやごはんのお供ならこれだけの量は食べきれないかもしれないが、酒のつまみとして2~3人でつつくなら有り。おつまみとしての円盤餃子だ。   以上のように、お店によって円盤餃子のポジションはまるで違う。   ある店は主食として専門で取り組み、ある店は副菜として置き単価アップを狙う。市内を飛びだし、酒のつまみに据えるパターンもある。 人気ご当地グルメをメニュー構成のなかにどう取り込むか。そこからお店の狙いが見えてくる。     ...

起業、何人でやりますか?もちろん、「一人」という方もいらっしゃるでしょう。それは、実はとても賢明な判断です。自分は他人より信用できる、そういう原則は一般にあります。   しかし、自分に足りない能力があったり、あるいは業務領域が多分野に渡ったり、もっと単純に業務の物量が一人では捌き切れない。そうなれば早晩人を雇う必要は出てくるでしょう。そういう時にどんな人材を選ぶべきか、そういうことについて考えていきたいと思います。   さて、このコラムを読んでくださる方は、既に起業済みでなければ「起業」というものに興味を持っている方だと思います。ところで、「起業」によって利益を得たいと思った時に、本当に「起業家」になる必要があるのか、というところに僕は結構疑問を抱いています。   というのも、「絶対に必要」な会社のメンバーになれば「株を寄越せ」と要求する機会はありますし、逆に逃がしたくないと考えた経営者が「株を持たないか?」と提案してくることもあると思います。   新規創業はリスクも大きく、また代表取締役は債務の連帯保証を求められるなどの怖さがあります。しかし、創業メンバーとして入りこんで美味しいところはしっかりいただく。こういうことも、僕の経験からすれば「可能」だと思います。そういう目線で読んでいただいてもいいかもしれません。それでは、よろしくお願いいたします。 条件1. 横領しない・裏切らない・信頼出来る 「そんなの当たり前だろ」という声が聞こえてきそうですが、それは甘いです。むしろ、創業メンバーなんてものは横領して当たり前、裏切って当たり前です。というのも、創業期というのは一人一人の業務の属人性が大きく、監視機能など無に等しいため「やろうと思えば何でも出来る」環境なのです。   これは創業されればわかると思いますが、そういうことは起きます。かつては未来を誓い合った創業メンバーが裁判所で骨肉の争いをしている、なんてのはよくある話です。民事で済めばまだマシで、刑事まで行くこともザラです。   そういうわけで、創業期においては「信頼出来る人間」の価値がとてつもなく上がります。これは、心理的なものもありますが純粋なコストの問題もあります。人間を監視するにはとてもコストがかかるのです。そういうわけで裁量をポンと預けて安心して仕事を任せられる人間にはとてつもない価値が発生します。   それは「仕事が出来る」という意味ではなく、「お金を盗むことはないだろう」「会社に背信行為を働くことはないだろう」という程度のものでも、とてもとても大きな価値なのです。   例えば、想像してみてください。社長とあなた二人の会社で一定の裁量を任せられている時に、あなたがどれくらい「悪いこと」が可能かです。例えば、80万円で仕入れられる商品を他社の担当者と共謀して100万で仕入れたことにして、差額の20万を抜く。こんなことはとても簡単です。誰にでも出来ますし、一工夫すればまずバレないでしょう。   実際、僕がお仕事をしていても「会社に入れるべき金を私の個人口座に振り込んでください」というような要求をしてくる担当者は結構存在しました。飲食店なら話はもっと簡単です。あんなものは横領天国です。やろうと思えばナンボでもやれてしまうでしょう。   また、他社への利益供与などに関しては更にありますよね。僕も、自分の商品を自社の人間の手引きで他社に引き抜かれたことがあります。そういうことはとにかく起こる、人間は悪い。どうしようもない。…と言いたいところですが、僕にも「絶対にこいつはそういうことはしない」と信頼を置いていた部下がいました。   僕が彼を信頼した理由は、上手く言語化できません。結局「信頼」というのは究極的に非言語的なものなのだと思います。人間性、能力、そして「合理的に考えてやらないだろう」という観点、それらの総合です。こういう人材が一人でもいると、起業は桁違いに楽になります。なにせ、業務がスムーズにですから。いちいちチェックもいらなければ面倒な確認作業も要りません。スピード感第一の創業フェーズだと「信頼は出来ないが任せるしかない」ということも多いと思います。   「信頼を得る方法」について僕は上手く言語化できなかったので、僕を信じて数千万円のお金を預けた出資者に「何故僕を信じたんですか?」とたずねてみました。返ってきた答えは「こっそりバレないように金を盗むような賢い奴はこんなトチ狂った起業なんかしないだろ」でした。大笑いしましたが、正しいかはともかく(僕がお金を盗んでいない根拠は出資者から見て一つもありません)これは一つの真理だと思います。時に狂気は信頼につながるのでしょう。   そう考えてみると、僕が部下を信頼した理由もわかってきます。彼も、本来は僕の部下なんかに収まる程度の能力ではありませんでした。といいますか、明確に僕の10倍くらい優秀でした。しかし、「面白そう」という理由だけで給料も安く何の保障もない弊社に飛び込んで来た彼の狂気は、僕にとって信頼に値しました。それは「合理的ではない」からです。彼の狂気こそが信頼の源泉でした。   創業メンバーに関しては、「狂っている」が一つの信頼ポイントなのは間違いないと思います。それが正しいかはともかく、僕にも出資者にも同じような判断が発生していました。「こいつの狂気は合理性や銭金では計れない」そう思われると、それが正しいかはともかくとして大きな信頼が発生するのは間違いないと思います。 条件2. 話が通じる、指揮系統を理解している 「条件1.」では「狂気」が重要であると述べましたが、完全に狂っている、具体的に言うと「日本語が通じない」「契約等の概念を理解できない」「会社としての命令系統を理解出来ない」みたいな人間はダメです。というのも、こういうタイプは横領などの小ざかしい真似はしないかもしれませんが、制御不能だからです。   会社である以上、トップが命令したならば従わねばならない、さもなければ会社を去るしかない。それが実感として一切理解出来ない人というのは存在します。創業メンバーとして信頼に足る「狂気」を持ち、また同時に高い実務能力を持っている。この条件を満たしたとしても、話が通じず指揮系統を理解しない人間は、かならず暴走します。   「起業」であるからには、創業主体が存在します。それは、多くの場合、代表取締役でしょう。オーナー社長か、あるいは出資を受けての創業かなど諸々条件面での差はあるでしょうが、会社のトップは必ず存在するはずです。(理論上は株を半々で持ち合ったり、同等の権限を持つ代表取締役を複数置くなども可能ですが、絶対にお勧めしません)   仮に平時は民主主義的な前提を採用するとしても、いざというときはトップの決断が会社の意思になる。これが会社組織の前提です。しかし、この前提が一切理解出来ない人というのは存在するのです。このタイプは、契約で縛ろうがどれほど説得しようが何をしても無駄です。   そして、社内の一定の権限と職務領域を占有した人間が暴走した場合に、損失を出さずにそれを抑える手段は現実的にほとんどありません。「クビにしたいけどクビに出来ない」のような状態が発生すれば、会社の主導権すら奪われます。   人間は「俺が社長なのだからいざとなれば命令すればいいだろう」のような甘い予断を持ってしまいがちで、僕も失敗しました。ある種の人間は、何をしようと指示に従いません。そういうタイプを要職に就けた時点で失敗は目に見えているのです。   逆に言えば、平時は闊達に意見を述べるがトップが決断したとなれば粛々と従う。そのような人材はまさに宝です。 条件3. トップを立てられる 優秀な部下が大活躍して、あなたの会社は躍進を遂げました。そういう時に起こりがちな問題が、「社長よりも部下の方が社内で発言力を持ってしまう」という状態です。これは、社長にとっても部下にとってもあまりよい状態ではありません。もちろん、会社を乗っ取るであるとかそういう目的がある場合は別かもしれませんが、過去にも書かせていただきましたとおり、この状態は社内紛争へ間違いなく直結します。   会社というのは民主主義的組織ではないのですが、人間というのはやはり民主主義を好みます。「みんなが好きな人がトップに立って欲しい」というのは、人の性でしょう。しかし、それが会社経営上恐れるべき事態だということは誰しも理解できると思います。そういう時に、トップを上手に立てられる部下が存在すれば、それはもう絶対に手放してはいけない人材だと思います。あなたの給料をゼロにしてでも雇い続けるべきでしょう。   社長が出資者と従業員の間を取り持つ存在であるように、経営幹部はトップと従業員の間を取り持つ存在です。しかし、この仕事が果たせる人間はそう多くありません。多くの会社がこの点で失敗し、功績ある幹部の粛清あるいは幹部による反乱という事態を招くのです。しかし、人間の自然な心理として「俺がこの会社を支えているんだ、俺は社長よりも優秀だ」というような気持ちは発生してしまいますし、それは時に事実です。   その感情を上手くコントロールし、トップに対して評価と褒章を求めつつも部下に対してはトップを立てる姿勢を忘れない。これこそ、究極の創業人材の条件だと思います。これ、従業員100人とかの会社をイメージされるかもしれませんが、現実を言うと5人も人間がいれば問答無用でこの力学は発生します。社内で一番偉い人選挙が自然発生した時点で手遅れなのです。社内デモクラシーの発生は破滅の足音です。民主化、ダメゼッタイ。   起業家というのは、究極的にはお金を調達してお金を何らかの形で使うことで利益を出す人のことだと思います。ビジネスプランは極論すれば買ってもいいですし、自分自身に能力がないなら人材を雇えばいい。これは真理です。   しかし、会社を統治する上で会社のトッププレイヤーが社長ではない、というのは大問題を起こします。人間は「一番仕事が出来る奴がトップであるべき」と極めて自然に考えます。その時に現実のトップを上手に立てて従業員との間を取り持ってくれる幹部がいれば、これより心強いことはありません。最高の部下と言えるでしょう。 まとめ   条件1. 小賢しく金を抜くような合理性を感じさせない狂気 条件2. 話が通じて指揮系統を理解している 条件3. トップを立てられる   と3つ並びましたが、この上に更にもう一つ言うまでもない条件があります。業務遂行能力です。これは言うまでもありませんよね。しかし、これら全ての条件を満たす人材を見つける難度を想像してみてください。僕はたった一人だけ、これらを満たす人材を確保しましたが、もう一回確保出来るとはとても思えません。   そもそも、この条件はわりと矛盾しています。狂気を持ちながら会社の仕組みを理解し合理的に振舞うというのはかなり厳しい要求です。ならば、この三つの条件を部分的に満たすかどうかで判断してもいいと思います。どれを優先するかは好みもありますが、個人的には条件2>条件3>条件1の順番だと思います。でも、「起業するならある種の狂気が重要だろう」と考えるのであれば、条件1を優先してもいいと思います。勢いのある会社になるでしょう。   「こいつは金を盗むようなことは無いだろうが、指揮系統の重要性は理解出来ない」「こいつはトップを立てることは出来るが、金を抜く可能性はある」というような、生臭くうんざりするような判断を、是非ともやっていってください。人を雇うというのはそういうことだと僕は思います。実際、創業時に人間を完全に監視するのは不可能なので、個人の性向を睨みながらリスクの所在を決め打ちするしかないだろうと思います。時にはそれも出来ないかもしれませんが…。   逆に言えば、経営者に愛され重用される人材というのがどういうものか、このお話から逆算できると思います。「手放せない人材」になれば、下手をすると会社の実権すら握ることが出来ます。それを狙って創業メンバーに入り込むという選択肢、僕は「アリ」だと思います。成功率もそれなりにあるでしょう。   そして、この極めて弱い社長の立場をよく理解して行動すれば、「手放せない人材」になることはそれほど難しいことではないと僕は思います。もちろん、会社にとって必須の業務遂行能力があることが前提ですが。会社の金が消滅し、部下の暴走と反乱が発生し、従業員たちにトップとしての資質を大いに疑われた僕が言いますが、それは「出来る」と思います。   さて、この人間と人間のグチャグチャに入り混じる「起業」ですが、非常に面白いものではあります。一回やれば非常に良い経験にはなります。あなたが起業家として参加するのか、それとも創業メンバーとして参加するのか、あるいは出資者として参加するのかわかりませんが、どの立場から挑むにせよ僕はあなたの成功を心から祈っています。   そして、願わくば出資者も社長も部下も誰も彼もが信頼しあい、わかりあえる最高の会社を作り上げて欲しいと思います。僕にはそれは出来ませんでしたが、あなたにそれが出来ないと言い切ることは誰にも出来ません。やっていってください。僕ももう少ししたらまたやっていきたいと思っています。     ...

旅をすると、知らず知らずのあいだに1つ2つは食べてしまうもの。それがご当地ソフトクリーム。 それ自体が旅の目的になることはないけれど、旅に少し彩りを加えてくれる可愛い存在。   陽気なフォルムに楽しい甘さ、旅のテンションにぴったり寄り添う。小腹を充たすのにもちょうど良い。どんな土地のどんな名産品ともコラボをし、普段それほどアイスを食べない人でもなんだか手が伸びてしまう。 1990年代のソフトクリームブームを境に、日本全国で増え始めたようだ。   かくいう私もご当地ソフトクリームは好きなくち。道の駅やお土産物屋で「お、これは」というのを見つけたら、お腹が膨れていても無理して食べてしまう。ソフトクリームはたんなる食物というよりも、作る工程を見届けたり、みんなでシェアしたりするのが楽しい、一種のエンターテインメントだ。 これは伊豆のわさびソフトクリーム。 わさびが練りこまれたものはよくあるけれど、バニラソフトに擦りたてワサビがぴったりつけられているものは初めてだった。新鮮なワサビの辛さがバニラの甘さと案外マッチする。 これは高知の漁港で売ってたじゃこソフト。ソフトクリームにこれでもかと茹でたじゃこが乗っている。塩気の強いじゃこと甘いバニラが案外イケる。家でやったら家族に怒られるような組み合わせも旅のノリで許される。それでいて、ワサビもじゃこも意外に合うのが面白い。   われわれ観光会社・別視点は9月12日から10月12日までの1ヵ月間、「福島県猪苗代町1ヵ月住みます会社」と銘打って、福島県に逗留し続けていた。その間に6つのご当地ソフトクリームを食べたのでご紹介したい。 福島県のご当地ソフトクリーム6選   ◎地ビールソフトクリーム 猪苗代地ビール館で食べられるのが「地ビールソフトクリーム」だ。このビール館、地ビール羊羹なども製造していて、甘味とビールの融合になかなか積極的で攻めている。その名のとおり、猪苗代の地ビールが練りこまれたソフトクリーム。はたしてビールとアイスは合うのだろうか。 ビール特有のほろ苦さがある。ソフトクリームが口の中からなくなった後にビールの香りが鼻に抜ける。なるほど、悪くない。   ◎ひとめぼれジェラート ジェラート屋さん「モンジューいなわしろ店」。専門店だけに和栗や焼き芋、コーヒー黒豆など定番以外のメニューも豊富だ。 なかでも気になったのが、福島県産ひとめぼれを使ったジェラート。 まだ粒の状態でひとめぼれが残っている。プチプチとした食感が楽しい。   ◎和紙ソフトクリーム 道の駅「安達」の看板。和紙ソフトクリームって一体なんだ。この道の駅があるのは、手すき和紙の伝統が1000年以上あるエリア。和紙の原料であるクワ科の楮(こうぞ)という葉っぱを練りこんでいるそうだ。てっきり、ちぎった和紙が入ってるのかと思った。 お茶のような香りと味わいがほんのりしている優しいソフトクリーム。この優しさ、暖かみ、和紙と通じるものがある。   ◎桐炭ソフトクリーム 道の駅「尾瀬街道みしま宿」で売っているのが、漆黒のフォルムが心の中学生を呼び起こす桐炭ソフトクリームだ。三島町は昔から桐が名産品で、桐タンスや桐ゲタが作られていたとか。桐製品を作る過程で生じる木っ端を活用したのが桐炭で、このソフトクリームにも練りこまれている。 色彩こそ強烈だけど、味はいたってノーマルなバニラ味。とても甘い。 見た目はいかついけど接してみたら優しい山の男って感じ。   ◎甘味噌ソフトクリーム 道の駅「つちゆ」にあるのは甘味噌トッピングのソフトクリーム。見た目的にはミスマッチに思えるのだが、これもこれで悪くない。味噌のしょっぱさとソフトクリームの甘さが妙にマッチしてるのだ。ソフトクリーム、案外受け幅が広い。なんでも受け入れるその器の広さは、ここ最近のキティーちゃんを連想させる。あの猫も仕事を選ばないからね。   ◎喜多方ラーメンソフトクリーム トリをつとめるのは、喜多方ラーメン神社のソフトクリームだ。言うまでもなくラーメンでおなじみの喜多方市。ラーメン神社は観光客向けのラーメン紹介スポットで、鳥居もお箸で組まれている。 はい、喜多方ラーメンソフトクリーム。麺状に細長く盛られたソフトクリームは醤油味。なるとが乗っていて、ブラックペッパーを振りかけて出来上がり。見た目が面白いし、おもわずSNSにアップしたくなる1本だ。   ひとくちにご当地ソフトクリームと言っても、味を重視した物から名産品をむりやり組み合わせた物、SNS映えしそうな話題性狙いの物までさまざまだと分かり頂けると思う。 今後、どこかを旅するさい、各地のソフトクリームに注目してみて欲しい。     ...

ニューアキンドセンター様ではたくさんのコラムを書かせていただきましたので、皆さんもお気づきだと思います、僕は起業に向いていませんでした。それはもう、間違いないと思います。もちろん、ある部分では「向いていた」というところもゼロではないのでしょうが、トータルでは完全に向いていなかったと思います。   さて、そういった経験を踏まえて僕の独断と偏見による起業家適性チェックを考えてみました。しかし、もちろんこれで「向いていない」と出たからといって、あなたの起業が失敗するとは限りません。ただ、その面での心構えをしていないと僕と同じ失敗に嵌る可能性がそれなりにあるということです。   本質的に起業に向く人というのはわかりません。成功する起業家、それも中小企業の皆さんについて考えてみましたが、実にキャラクターはまちまちです。しかし、その中で「この傾向はあるぞ」と僕が感じたものを抜き出してみました。是非参考にしていただければと思います。 起業家適性チェック1 決断出来ない 悩ましい決断を前にした時、その場で止まってしまう人はまず間違いなく起業家に向かないと思います。起業家、あるいは経営者の仕事の第一はまず「決断すること」です。その結果がどうであれ、「決断する」ということそれ自体に価値があるのです。   経営上出会う悩ましい決断は大抵の場合、「正しい答え」の存在しない種類のものです。しかも、判断のために勘案すべき要素も無限に近くあります。しかし、最も恐ろしいのは起業家には「決断を放置する」という権利も存在します。   見てみぬふりをした問題はいつか巨大化し、あなたの経営に致命傷をもたらすでしょう。それが致命的なものであることに気づいてはいた、しかし決断の苦痛に負けて放置してしまった。僕は、これをやらかしました。   どんな決断を下そうとあなたは批判されます。トップというのはそういうものです。しかし、それでも尚その苦痛に向かっていけなければ、トップの資格はないでしょう。僕にはトップの資格がなかったということだと思います。 起業家適性チェック2 部下を処断出来ない 人間を罰するの、お好きですか?僕は大嫌いです。自分自身が欠損の多い人間ですので、誰かを責め立てたり処罰したりするのは本当に嫌いなことです。しかし、組織におけるマネジメントにおいて、それは往々にして致命傷をもたらします。   人間というのは2回やる生物です。「やらかしても許される」と感じた人間は、必ず同じ愚を繰り返します。「自分が許されたいから他人を許そう」という僕の考え方は、少なくとも経営者としては失格だったのだと思います。   「俺は許されるがおまえは許されない、当たり前だろ俺は社長だ」この傲慢さを振り回せることが、トップの一つの条件ではないかと僕は思います。僕にはそれが出来ませんでした。 起業家適性チェック3 みんなに良い顔をしたい 100の成果を出したAさん、5の成果を出したBさん。彼らの褒章が同一であれば、Aさんは必ずあなたの下を去ります。しかし、AさんにBさんの20倍の褒章を与えることは会社経営的にまず不可能でしょう。そう、その場合はBさんを冷遇することで、Aさんとの格差をつけるしかないのです。お金に限らず、裁量あるいは接し方なども含めてです。金が払えないなら金以外の何かを払うしかありません。   僕は、これが本当に嫌いです。一生懸命働いてくれた人にはその成果に関わらずありがたいという気持ちを持ちたい。そういう甘ったるさを抱えています。これは、ひいては僕が「一生懸命やったから評価して欲しい」という腑抜けであることを意味します。   しかし、Aさんの立場からはそれは許容できないでしょう。僕がAさんの立場でも退職すると思います。皆さんもそうではないでしょうか。みんなに愛されたい、好かれたい、という人間的な感情を処理出来ないとこの問題には対処できません。 起業家適性チェック4 現場とトップの立場の違いを示せない 経営トップというのは、経営上の「決断」という重責を抱えています。また、他にも資金繰りやマネジメントなど多くの業務を抱えるでしょう。しかし、その苦労は多くの場合、部下にはあまり伝わりません。わかってくれる部下がいれば、それは宝です。大抵の労働者は「経営者は働いていない」と思っています。   「俺も働いているんだ」というところを示すために、社長業を放り出して働いてしまう方は結構います。もちろん、人員が不足して社長自ら現場に飛び込む必要が出た時などは別ですが、その必然性に欠けるにも関わらず背負い込むべきではない労働を背負いこんでしまう社長は多くいます。   従業員と経営者は立場が違うのです。「仲間」ではないのです。従業員が「ウチの社長は怠けている」と感じていても、会社が上手く回っていればそれでいいのです。「わかってもらいたい」という感情は癌です。苦労をわかってもらうために更なる苦労を背負い込む必要は一切ありません。現場とトップは立場が違います、それは明確に示すべきなのです。   創業当初は仲間意識で会社が回るでしょう。しかし、組織が大きくなってくれば、それこそ3人になった時点でもうこの問題は発生します。労働者と経営者の立場の断絶を呑み込めないなら、経営者は向いていません。 起業家適性チェック5 強権を発動できない 部下に向かって「いいからやれ!」と叫ぶのが非常に苦手な方は多いのではないでしょうか。僕も完全にそのタイプで、部下が指示に対して不満を示すと「わかってもらうまで伝える」という判断をついついしてしまいます。これは時と場合によっては有益な判断になることもあるのですが、そうではないことももちろん多々あります。   「わかるまで伝える」というのは、相手が理解を向けてくれなかった時、致命的な断絶を生み出す行為ですし、また同時に部下に対して「不満があれば動かなくても良い」というメッセージを出してしまいます。   部下の意見を聞こう、自分が常に正しいとは限らないという自覚を持とうというのは、一般的には正しいことだと思います。しかし、指揮系統のトップに立ち命令する者にはそれだけでは回らなくなるときが必ず来ます。   現場からは巨大な不満が発生することを承知で「俺がトップだ!従え!」と叫べないのは、起業家としてあるいは経営者として致命的なウィークポイントになるでしょう。僕はなりました。人間を強権で従わせることは、非常に大きなストレスになります。しかし、それに耐えられないならトップは務まらないでしょう。 人間としての善さと経営者としての正しさは相反する さて、ここまで読んでわかっていただけたかと思うのですが、これらの「欠点」はある意味で人間としての美点でもあり得るものだと思います。1の「決断」はともかく、2~5は「部下に寛容で、成果の出ない者にも優しく、現場目線に立ち、強権ではなく話し合いを重視する」という解釈も出来ると思います。そういう経営者に僕もなれるものならなりたかったです。それで上手くいくのなら。   僕はわりと夢見がちな人間です。大して能力もないくせに、理想に燃えるところがあり、自分にも他人にも甘いです。そういう人間でも幸福になりたいというのは、僕の起業に向かうモチベーションそのものだったと思います。しかし、それが最大の癌となり僕の起業は失敗に終わりました。   善く生きたい、正しく生きたい、楽しく生きたい。既存の組織の中でそれが実現できないから起業をするのだ。そういう気持ちはとても理解できます。僕だってそうでした。しかし、その気持ちそれ自体が最大の弱みになってしまう、そういうこともあると思います。   この問題への処方箋は今のところ僕にはありません。どうしたらいいのかわかりません。それは、起業家一人ひとりが自分の適性や状況を見ながら考えていくことだと思います。あなたが素晴らしい答えを出してくれることを、心から祈っています。いつか、僕にこっそり教えてくれたらとても嬉しいです。   やっていきましょう。この設問によって「完全に起業に向いていない」と出た方こそ、もしかしたらその弱みを克服した時に本当に素晴らしい組織を作り出せるのかもしれない、という希望を僕は持っています。誰もが幸福になれる場所にあなたが辿り着けることを、僕は心から望んでいます。やっていきましょう。     ...

  「コンサルティングしたい」「経営したい」と考えた方が真っ先に学ぶフレームワークのひとつに、SWOT分析がある。自社が置かれている状況を俯瞰するために、4つの観点で現状を切り分けるもので、S・W・O・Tはそれぞれの頭文字だ。 SWOT分析 SWOT分析で要素分解するだけも、ブランドの抱える現状が見えてくる。が、これだけでは経営には使えない。そこで「クロスSWOT分析」を行う。難しい要素はないので初めてご覧になる方もご安心あれ。クロスSWOTとは、4要素を組み合わせて戦略を考えることだ。これも百聞は一見に如かずなので、図をご覧いただきたい。(主観による国内飲料メーカーのクロスSWOT分析) と、先ほどSWOT分析で切り分けた4つの要素を掛け合わせるだけで、スラスラと戦略が生まれる。実際の経営では自社や市場の現状をしっかり調べてリスト化する必要はあるが、初心者にも使いやすいフレームワークだろう。   クロスSWOT分析を行うメリットは、取りうる施策を平等に並べることで、冷静に検討できることだ。しかし現実はそうではない。「SWOT分析・クロスSWOT分析を用いて、自社がどうすべきか提案してくれ」と依頼しても、ほぼ全員3パターンの案しか出してこない。弱み×脅威を踏まえた案、つまり「撤退戦略」はおおよそ誰も選ばないのだ。 撤退を選ぶ勇気は、経営者が発揮すべし その理由は、なんとなくわかるはずだ。たとえ出来たてホヤホヤのベンチャーだって、今期の売上目標くらいある。撤退を選ぶということは、その目標へ向かって着々と工事してきた道を爆破するに等しい。じゃあどうやって売上を作るんだ? 投資額は返ってくるのか? 出資者への質疑応答を考えるだけで胃が痛むだろう。   特に多角経営を前提としていないベンチャーならなおさらだ。一攫千金を狙ってコツコツお金と時間を投資してきたのに、それをあきらめるなんて下手すりゃ倒産である。それでも冷静に見て沈没する船なら、沈む前に避難するしかない。経営者とはそういうものだ、ということは別の記事に詳しい(撤退戦は経営者の仕事。事業を畳む決断をどこでつけるか、出直しのために)ので、詳しくはこちらをご覧いただきたい。   さて、自社の状況を見るに撤退したほうがよさそうだ。となれば一番重要なのは「さっさと撤退する」ことだ。時間が経てば経つほど赤字が膨らむとわかっているなら、さっさと切って次へ進むに限る。正論だが、そうは問屋が卸さない。そこまで頑張ってきた社員がいるからである。 社員の心を折ると、ベンチャーは折れる 以前、「ベンチャーは社員が命」と書いた(スタートアップに揃えるべき4種の人材と、自社を壊す「毒になる社員」とは)。創業期にどれだけ優秀な社員がいてくれるかで、生存率は大きく変わる。前職でも活躍する優秀な社員を口説き、自社へ引き込むのも大変だったろう。そうやってようやく来てもらった社員へ「やっぱり今までの取り組みはナシにしよう」と伝えるのがどれほど危険か。   「やっぱりリスクを取るんじゃなかった」 「絶対成功するって言った、社長の言葉を信じてきたのに」 「もっとまともな会社があるんじゃないか?」   こういうムードが社内に生まれたとき、優秀な社員は真っ先に辞める。できる社員ほど去るのも早いのだ。だから撤退をするときは社員の情熱をへし折らずに説得せねばならない。ここからは、自社で撤退を繰り返したダメCEOの私から「撤退の作法」をお伝えしたい。 社員本人に、撤退を結論付けさせる まず、「この案は撤退する」と結論を告知してはならない。現場の社員は、社長より自分の方がビジネスを理解していると考える。だからトップダウンで撤退を命ずると「わかっていない人に、無理やり仕事を止められた」と感じてしまい、モチベーションが下がる。   ドストエフスキーの実体験によれば、究極の拷問とは「半日かけて穴を掘らせ、残りの半日でその穴を埋めさせる」ものだという。何の目的も感じられない労働を命じることで、精神的ダメージを与えるのだ。   これまで死ぬ気で挑ませたプロジェクトへ撤退を命ずるのは、穴を掘らせてから、また埋めさせるのと変わらない拷問だろう。だったらどうすればいいか。「この穴、埋めたほうがいいな」と自分で思えるよう、誘導するのだ。   最もたやすい誘導の作法は、社員へオープンに現状を相談することである。「あなたのプロジェクトで、こういう問題が出てきてしまった。これをどうやって乗り越えたらいいか、アドバイスしてほしい」と伝えよう。こちらが頼ることで、現場の社員は信頼されていると感じる。さらに相手を説得せねばならないので、社員は一度冷静になる。上述のSWOT・クロスSWOT分析は、撤退を意識させる道具のひとつだ。優秀な社員なら最終的に自ら撤退を結論付けてくれるだろう。 社員をフォローすることは経営者の責任 それでも無理にプロジェクトを通そうとしてくるならば、第三者の意見を入れよう。たとえば試験段階で消費者調査を導入し「こんなサービス/製品、絶対に使わない」と言われるのはかなり効く。だが、それでも話を持ってくるほど胆力のある社員はそういない。万が一それでもプロジェクトの継続をゴリ押ししてくるのなら、その社員が本当に優秀か疑ったほうがよい。   そして撤退を提案されたら、社員へ謝ってほしい。「このプロジェクトがうまくいかなかったのは、あなたのせいではない。自分の判断力不足だ」と。それが事実である必要はない。というよりも、ほとんどのプロジェクトが傾くとき、それは誰のせいでもない。   経営者の役割はただ、その社員が自分を責めすぎないようフォローすることだ。心を折りさえしなければ、優秀な社員は反省を活かした企画を出してくれる。そのためには撤退で湧き出そうな涙をぐっとこらえて、社員をフォローする。それが、経営者の責任である。     ...

長く書かせていただいてきた「起業失敗」シリーズですが、まだまだ書きたいネタもある一方で、今回はちょっと目先の違う話をさせていただきます。「起業して良かったこと」について書いてみようというちょっと明るいコラムです。   さて、そういうわけで僕は起業に失敗しましたが、「起業したことを後悔しているか」と尋ねられると、「信じてもらえないと思うけど、していない」と答えます。もちろん、後悔はたくさんあります。出資者に大損をさせてしまったこと、協力者や従業員の期待に応えられなかったこと。その辺りは本当に慙愧の念に堪えないところです。また自分の判断のミス、あるいは甘さ。そういった点への後悔も尽きません。   しかし、その一方でかつて勤めていた職場を辞して「起業」という選択をしたことそのものに後悔があるかというと、自分でもちょっと驚くくらい「無い」のです。   僕はどうせあの職場には適応出来なかっただろうし、きっとどのような流れを踏んでも「起業」を一度はしていただろうと思うのです。そして、そこからは非常に多くのものを学ぶことが出来たと今では思っています。今日はそんなお話です。 学び1. もうブラック企業は怖くない 一度起業すると、ほぼ全ての人が「ブラック企業を怖がる理由はない」と感じるようになると思います。だって、自分で経営していたのですから相手の手の内は丸わかりです。いざとなったらどう逃げればいいかもすっかり理解しているでしょう。   創業当初の会社なんて、何をどうやってもかなり「ブラック」になります。そこから従業員を逃がさないように四苦八苦していた人間にとって「逃げる」なんて本当に簡単なことです。「体調が悪くて動けません」で逃げ切れる労働者の立場など、経営の重圧に比べれば楽園のように感じられるのではないでしょうか。   また、いかに「ブラック企業」といえど、所詮は「他人の会社」です。そこで何が起ころうと責任を取るのは経営者であり、従業員ではありません。それを理解しているだけで、仕事は恐ろしく楽になります。   起業を経験している以上、トップの重責に耐えながらの一日15時間労働くらいは当然に経験してきているでしょう。そこから「責任」という重圧が解除されたのです。これは、ちょっとすごいです。羽根が生えたように心も身体も軽い。「労働者は最高だ」という気持ちをじっくりと噛み締められます。   また、起業を経験していれば労働法規から裁判での戦い方まで大体は頭に入っていることが多いと思います。だって、こないだまで追い詰められる側でしたからね…。そういうわけで、いざという時の戦闘力もバッチリです。その気になれば、他の従業員を扇動して反乱を起こすことすら出来てしまうかもしれません。僕は正直、タイミングが合えば場合によってはやれると思う。だってやられたし…。 学び2. 自社との交渉がガンガン打てる 一度経営を経験すると、会社の経営状態や利益率などがかなり明確に見えてきます。また、「どの程度自分が重要なポジションにいて、自分が抜けるとどれくらいの困りが発生するのか」も見えやすくなってきます。これはどういうことかというと、経営者に対して給与や休暇など、雇用条件についての交渉がガンガン打てるということです。   もちろん「交渉」を打つためには交渉材料を手に入れなければいけませんが、経営を一度経験していれば、どのような材料が効果的に経営者を追い詰めるものなのかは痛いほど理解しているでしょう。なにせ、こないだまで追い詰められる側だったわけですからね。   上司も社長も最早怖くはありません。上からの叱責など、パンク寸前の資金繰りを切り回すあの恐怖に比べたら物の数ではないでしょう。経営者より労働者の方が強い。それを一番よく理解しているのは元経営者です。   僕も現在はガッシガシ交渉を打つサラリーマンです。歩合率、基本給、出勤時間、全て自分の都合の良いように変えていただきました。もちろん無理のないように、「それでも自分が在籍していた方が得ですよね」という形で。この辺りの間合い感は、一度「雇う」側に回らないとなかなかピンと来ないと思います。 学び3. クソ度胸が搭載される 怒鳴る上司、叫ぶ上司。いますよね。また、精神的に追い詰めにかかってくる上司もたくさんいると思います。でも、それって月末に従業員に払う給与が足りないよりは怖くないですよね。お金が払えなくて、「すいません、一ヶ月待ってください」と取引先に頼み込むあの恐怖に比べればなんということはありません。また、「上司の思惑」や「上司の上司」までもがイメージ出来るようになっているので、社内での立ち回りも当然洗練されています。   また、仕事中に全く指示もマニュアルもない判断事項が生じた時も、自信を持って判断できるようになっているでしょう。「このやり方が一番利益になる」という価値基盤が自分の中に揺るがず存在しているからです。もちろん、わからないことがあれば上司に判断を仰ぐのはとても重要なことですが、アドリブをするしかない局面では実に素早く上質なアドリブ業務が行えるでしょう。   何せ、何のマニュアルも業務規則も無い「起業」の世界にいたのですから。起業の世界は何もかも手探りが常だったはずです。そこに慣れてしまうと、たかが一社員としての業務判断なんて怖くもなんともありません。責任を取るのはつまるところ経営者です。 学び4. 給料のありがたみがわかる 起業を経て一般企業に再就職したときの一番の感動ポイントはここだと思います。少なくとも通勤さえしていれば、毎月一定の給与が出ることを疑わなくて良い。もう資金繰りに頭を悩ませなくていいのです。必ずお金は入ってくる、これほどありがたいことは他にありません。「給料」がいかに素晴らしいものか、じっくりと感じることが出来るでしょう。   実際、いかにストレスフルな会社の従業員でも、状態の悪い会社の社長よりストレスが大きいということはあまりありません。困るのは所詮自分だけだからです。(もちろん、社長の立場を知らなければこの世で一番苦しいと感じると思いますが)かつて熱湯のように感じたであろう状況がまるでぬるま湯のように感じられ、かつては大したありがたみを感じなかった「給料」が光り輝いて見えたのは本当に感動的な経験でした。   これは本当にモチベーションに影響します。一度起業をして、食うや食わずの生活をした元社長ほど「従業員」の立場を享受出来る存在はいないでしょう。最高です。 学び5. 営業に強くなる どのような会社であれ、社長が外部との折衝をほとんどしなくて済む形で起業出来ることは稀でしょう。一度トップに立ったなら、それは絶え間なく続く交渉の連続だったはずです。他社との交渉ももとより、従業員や役員がいたのであれば自社の内部の人間たちとの交渉も延々と続いたはずです。雇用条件から裁量、業務の進め方、事業方針など他人を納得させて動かすという経験は本当にたくさん積んだのではないでしょうか。   そのうえ、ここまで書いてきた通り「会社組織」というものへの理解が深まっているので、「商品の売り込み方」はかなりピンと来るはずです。更に、「失敗しても全部経営者の責任、他人のカンバンで好き勝手にやるだけ」とでも言うような開き直りも発生しているでしょう。   他人の会社の名刺、本当に最高ですよね。自分が大粗相をしても、責任を取るのは経営者です。これまで従業員の粗相の責任を取ってきた元社長さん、本当に気が楽ですよね。自社の「代表取締役」の肩書きで営業をした経験のある皆様、あの地獄に比べればね、本当に楽ですよ。   営業に飛びこんで門前払いされる、あるいは自分の営業トークが拙くて恥をかく。でも、その恥が直撃しているのは所詮経営者です。他人の名刺で恥をかいたところで、ビールでも一杯引っ掛ければ忘れるお話です。   そういう気持ちを持っていると、どんどん営業は楽な仕事になります。また、この辺はあんまり書けないですが法には反しないちょっとした「反則技」も結構思いつくと思います。適宜やっていきましょう。 学び6. 食うには困らない トータルで僕が言いたいのはこういうことです。起業に失敗した人は実はいっぱいいます。その辺にゴロゴロしています。しかし、一部の失敗を苦に命を絶ってしまった、あるいは人生を捨ててしまった人たちを除けば、他の「元社長」どもは大体しぶとく社会の中で生き残っています。中小企業にもぐりこんでいたり、あるいはフリーランスで仕事を取っていたり、生存の手法は様々ですが、一度「起業」と「経営」を経験すると、桁違いに「生き残る」力が付きます。   「経営者目線を持った従業員」のような表現があり、通常この言葉は「経営者に都合のいい従業員」という意味で使われます。しかし、一度起業と経営を経た人間が従業員になるとそれこそが真正の「経営者目線を持った従業員」になるのです。彼らは経営者をとても深く思いやることが出来ます。その結果、経営者の最も喜ぶこと、あるいは嫌がることを的確に実行することが可能になるのです。   実際、起業を経て僕の職務遂行能力はハネ上がりました。「その仕事はよくわからないけど、とにかく理解出来る範囲で理解して飛び込んで来ます。致命的な失敗だけはしないようにします」のような、「指示されなくても動ける人間」になれたと思います。これは、従業員の経験しかなかった頃には全く無かった感覚で、自分でも驚いています。教育機能の全く無い(ややブラック寄りの)中小企業が、信じられないほど居心地が良いのです。   また、お金や仕事の流れが見えるようになっているので「仕事拾い」がとても上手になりました。「この仕事、弊社に外注しませんか?」を合言葉にした提案営業で、仕事の合間に外注仕事を拾って稼ぐという荒業も出来るようになってしまいました。経営者時代のコネクションも、事業撤退直後の厳しい状態を抜けると少しずつ回復しつつあり、出来ることの範囲も再び広がり始めています。   「僕が年収1000万のサラリーマンに返り咲けることはおそらくないだろう、しかしその一方で『食えなくなる』ことも無いだろう」という安心感が最近は生まれつつあります。起業失敗を経て、僕は間違いなく強くなりました。周囲の「元社長」たちも大体似たような感じがします。彼らは「勝ち組」まで返り咲けはしなくても、タフに目ざとく社会を生き抜いています。 色々あったけど、僕はやっていっています 起業に失敗し、経営が破綻した時は正直なところ「死ぬしかない」と思いました。実際に会社経営をしている頃は果てしなく苦しかったです。しかし、それが過ぎ去って身一つになった時、思った以上に自分に力がついている実感がやってきました。それはどういうスキルなのかと尋ねられたら答えにくいのですが、「生きるスキル」に近いものだと思います。   日本において「起業」はリスキーな選択です。新卒で入ったレベルの会社には、おそらくもう復帰出来ないでしょうし、起業期間は場合によってはキャリアの空白に近い扱いを受けるでしょう。場合によっては借金や破産暦も残るでしょう。しかし、そこから得られるものは決して小さくないと僕は感じています。   特に、僕のような「そもそも会社組織に適応性がなかった」人間にとっては、それは本当に必要な能力だった気がします。「起業に失敗した結果サラリーマンが勤まるようになった」は我ながら苦笑いをしてしまいますが、間違いなく事実です。   だから、僕は「会社勤めはもうダメだ、起業する」という方を止めません。あなたが「もうダメだ」というならそれは「もうダメ」なんでしょう。逃げの起業でも構わないと思います。僕が起業を志した動機は「僕のための楽園を作りたい」でした。起業の成功失敗にたかが動機なんてものが大きな影響を与える筈もありません。そんなもの、本当になんだっていいと思います。   起業に失敗したって生きていれば万事オーケーだ、これは半分強がりですが半分は偽らざる本音です。もう、レールに乗り続けた人たちだけがたどり着く世界には戻れないかもしれませんが、我々には我々の生きるゴチャゴチャして猥雑でエネルギーに満ちた世界があります。   中小零細企業、フリーランス、自営業者、そういった一群の人々の織り成す群れの中で生きるスキルが身に付けば、大丈夫です。死にはしません。明日はやってきます。   思うところはたくさんあり、引っかかるところもたくさんあり、後悔も山ほど積もっているけれど僕はこう言い切ります。「起業して良かった」と。そして、この手の中に残ったものと身に付いたものを大事にしながら、また戦っていきます。   起業に失敗したらもう終わりだ、ということは全くありません。いつだって「次は上手くやるさ」と強がりながら、日々をやっていきましょう。そして、起業に打って出る皆さん、何もかも失ったと思っても、経験という大いなる財産はあなたから離れてはいきません。どれほど厳しい状況に陥っても、それだけは忘れないでください。   やっていきましょう!     ...

「広告コピーの書き方」というとクリエイターに必要な能力と思われがちですが、モノを売る、知ってもらうというビジネスの基本に立ち返った時、どんな業種、職種でも必要な能力と言えます。   そこで今日は、「広告コピーの書き方」についてお話しするとともに、これからのビジネスにおける「言葉の重要性」についてもお話したいと思います。 広告とは?広告コピーとは? そもそもの話しですが、広告とは何なのでしょう?   三省堂『大辞林』によると「広告」とは以下の通り定義されています。     1)人々に関心をもたせ、購入させるために、  有料の媒体を用いて商品の宣伝をすること   2)広く世の中に知らせること     「知ってるよ、そんなこと」という声が聞こえてきそうですが、私なりに本質を考えた定義をするとこうなります。   商品に手を加えることなく、商品価値を上げること   近頃は広告会社が商品開発から入るというケースも増えてきましたが、本来的には広告はあくまで商品ありきのものであり、商品に手を加えることなく、「商品への印象」や「商品と人との関係を変える」ものなのです。   「広告」をそう定義した時、広告コピーはこうなります。   言葉で商品の価値を上げる人   冒頭の話に戻りますが、どんな業種、職種の人でも「広告コピーの書き方」を知って欲しい理由。それは・・・   思ったことを言語化し、武器にする力が、これからますます必要になってくるから   です。   デジタル技術の進化、メディアの多様化、それに伴い消費者が受け取る情報量は圧倒的に増えました。それにより、商品の認知を獲得したり、商品を売るための手口が増え、複雑化しました。   そうなると、一つのプロジェクトに関わる人数も飛躍的に増えます。その時、必要なもの、頼りになるものは何か?   「言葉」です。   その商品の課題、ターゲット、戦略、クリエイティブのコアアイデアを関わる全ての人で共有できる「シンプルで明快な言葉」が必要になってくるのです。   テレパシーなどが使えないうちは、言葉で共有するのが最も効率の良い手段となります。できるだけ解釈の誤差を生まないために。   人間はまだ、言葉でしか約束を交わせないからこそ、言語化する能力が今後クリエイターだけでなく、様々な業種、職種の方に必要になってくると言えるのです。 最も重要な広告コピー 次にコピーの種類についてお話しします。広告コピーには、誰もが「広告コピー」と聞いて頭に浮かぶキャッチコピー。商品の詳細な情報を詰め込んだ読み物である「ボディコピー」、キャッチコピーの補完的な要素を担うサブキャッチ、ブランドと消費者の関係性を定義したタグラインなど様々なものがあります。   ここでは、業種関係なく、みなさんにその重要性を知って欲しい広告コピーとしてタグラインを取り上げます。   商品を定義づけ、商品価値を上げる言葉としてのタグライン。一言でタグラインといっても表現すべきレイヤーは何層にも別れます。   社会的価値 (その商品が消費者のみならず、社会に提供している価値) ↑ 情緒的価値 (その商品を使うことで得られる「感情」の価値) ↑ 機能的価値 (その商品を使うことで得られる「性能」の価値) ↑ 物理的価値 (存在そのものの価値)   差別化が難しいブランドほど、上のレイヤーで戦うことが多くなります。   レイヤーの説明の例として「カップラーメン」を挙げます。       【カップラーメンの情報レイヤー】   社会的価値 共働き家族を応援・高齢貧困層を支援 ↑ 情緒的価値 ストレス解消・自宅で本格 ↑ 機能的価値 3分でできる・生麺 ↑ 物理的価値 カップに入ったラーメン   上記どのレイヤーでタグラインを書くか、それはその商品が置かれている市場環境、競合商品との関係、コミュニケーション戦略等を踏まえ考えなくてはいけません。 「What to...

町おこしにはさまざまな手法がある。   企業や工場を誘致するのも一つ、道の駅の充実も一つ。ゆるキャラを作ったりB級グルメを推しだすのも手法の一つだ。   福島県いわき市ではデカ盛りメニューで町おこしをしている。 ステーキや唐揚げなど7品目以上乗った重さ2.5㎏の丼メシ、高さ45cmのジャンボパフェを出してる喫茶店、直径27㎝のどら焼きがある和菓子屋さん。市内各地、数十店の飲食店がデカ盛りメニューを提供している。そんな町おこし活動が功を奏して、いわき市は「デカ盛りの聖地」と呼ばれている。   デカ盛り目指して、わざわざ県外からやってくる観光客も少なくない。 なかでも人気なのが「白土屋菓子店」のジャンボシュークリームだ。外観の写真を撮っているほんの1~2分のあいだだけでも、数名のお客さんが吸いこまれていた。   看板にもジャンボシュークリームの写真が載っている。写真を見る限りそれほどデカそうではないが、実物を覗いてみると…… なんだこの姿、形は。   横に幅広いし、半端じゃないぐらいパウダーシュガーが降りかかっている。こんなシュークリーム見たことない。姿、形が普通じゃない事は充分伝わると思うが、比較対象がなければ大きさは分からないだろう。   ちょっと引いて、他のシュークリームと比べていただこう。 ……デ、デカい!!   ジャンボシュー、中ジャンボシュー、特大ジャンボシューの3ランクを見比べれば、その巨大さがお分かりいただけると思う。あまりのデカさに中ジャンボ、特大ジャンボが自重で潰れているじゃないか。 とはいえ、見比べると言っても、ベースとなるジャンボシューがまずデカい。コンビニで売ってる一般的なシュークリームの3倍ぐらいある。   店員さんに尋ねたところ、特大ジャンボシューはジャンボシューの7個分ぐらいあるそう。   計算式にすると 『特大シュークリーム =...

  こんにちは、トイアンナです。   これまでに2回起業してパッとしない成果を出してから就職。現在は3回目の起業へ挑んでいます(懲りてない)。しかし失敗から学ぶこともあります。今回は特に私が辛酸をなめた、スタートアップ界隈でゴロゴロいる「毒になる社員」についてお話します。 スタートアップの時期に、社員は厳選できない 「スタートアップ」。いい響きですが、金も知識も足りない時期です。そんなスタートアップ時期に自社へ飛び込んでくれる社員は、はっきり言ってどこかおかしい、おかしくないといけません。そのおかしい要素別に4分類したのが、こちら。   ・ とにかくデカいことをやりたい「ビジョナリー型」 乱世の英雄です。何もかも決まっていない創業期に大活躍するリーダー。このタイプが発起人となるケースも多いんじゃないでしょうか。営業が上手で資金をバリバリ獲得する一方、なぜか私生活(≒女性問題)で問題を抱えがち。中堅企業へ進化する過程でコンプライアンスと衝突します。   ・ 好奇心でキャリアを選ぶ「キュリオシティー型」 「面白そうだから」という理由でスタートアップへ飛び込んでくれる逸材。アイディア出しや企画で重宝します。欠かせない人材である一方、本人のやる気は「この業界なんとなく分かっちゃったわ」と感じた時点で失速しがち。ようやくビジネスが軌道に乗ったかな、という時期に急な辞職をします。そしてまた次のスタートアップへ繰り出し、永久の旅人となる方も。   ・ 頑張りを褒められたい「ワーカホリック型」 何かをしていないと死んでしまう狂戦士です。元コンサル出身者にありがち。音頭をとってくれるリーダーを求めてさまようため、上記の「ビジョナリー型」リーダーにほだされ、飛び込んでくれます。大企業出身者が多いため保守的な提案をしがちですが、この社員のおかげで違法・脱法の地雷原へ突っ込まず生き延びる企業は少なくありません。   ・ スタートアップにおける守りの要「シールド型」 最後の最後でスタートアップに参加してくる慎重派。スタートアップでなおざりにされやすい総務・財務部門を立て直すバックオフィスの盾です。社長を含め初期メンを叱る役割のため、姉御肌の人材が担当しやすいです。 リスクが高いのは「前社批判に終わるタイプ」 いずれのメンバーも優秀さで厳選すべきなのは言うまでもありません。また、これらの人材どれも欠けてはならない基礎パーツ。最低人数で回すにせよ、この4タイプは欲しいものです。では、いかに優秀さをジャッジすべきでしょうか?    答えは「社会不適合だったからスタートアップへ来た」のではないことです。   一般的にスタートアップは、会社員を経験してから「いっちょやったるか」と集まり、人生を賭けてみる方が多いはず。会社員経験者はマナーや根回しを知っているため案件を受注しようにも有利であったり、投資を得やすかったりします。   ところが「社会不適合だったからスタートアップへ来た」人材はここで力を発揮できません。キャッシュがないとあっという間に死ぬのがスタートアップですから、この時期に参画してもらうのは早すぎるのです。参加してもらうとすれば、安定収益が確保できてからの拡大期でしょう。 過去の経歴を「いかに語るか」で毒になる社員を見抜く 特にスタートアップ期で「毒になる社員」の特徴を列挙します。   ・ 前職について悪口一辺倒で語る ・ 元カレ・元カノについても悪しざまに言う ・ 社交的でFacebookの友人が多い ・ 過去に有言不実行だった経歴がある ・ 挫折体験を語らせると大体「誰かのせい」で挫折している ・ 頭だけを使う成果が多く、手を動かした経歴が少ない   このタイプは「自分がこれまで成功できなかったのは、環境が悪かったからだ」といかに自分が悲惨な経験をしてきたか滔々と語ります。人情味のある社員ほどこれを信じてしまうのですが、実際に仕事を任せると信じられないほど動けません。業務改善のためフィードバックをすると、会社が悪いと言い出します。そうして自社組織を壊してからまた次の会社へ去るのです。   このタイプは、自分を上記の「キュリオシティー型」だと自称しがちです。   「好奇心旺盛なんです、だからいろいろな事業に興味を持って職歴が多いんです」 「やりたいことは全部試します。飽きっぽいと言われることも多いです」   ですが創業期に欠かせないキュリオシティー型は、興味を持ったことはある程度まで完遂します。つまらない作業も嫌だとはいいながら実行する胆力があるのです。一方、「毒になる社員」は前職やこれまで付き合ってきた人間を一方的に責め、自分を被害者にします。   スタートアップを志す人間なら誰しも、大企業に失望した経験くらいあるでしょう。だが創業期を経験することで「自分も至らない点があった」「あの会社の長所も取り入れよう」とバランス感覚を取り戻します。しかし「毒になる社員」は相手が100%悪かった、自分は被害者だと、一方的な視野を維持します。   ちなみに私がいままで聞いて一番びっくりしたのが、「みんな私に恋をしてしまうんです。ダメって言ってるのに。創業メンバーが私を奪い合うことが多くて、それでどのスタートアップも長続きしませんでした」と断言した志望者でした。ここまでくるとポジティブ過ぎてもはやあっぱれですが、採ってはいけない理由も伝わるかと思います。 面接では過去をじっくり聞き出そう では、どうすれば「毒になる社員」を見抜けるでしょうか。事例を見て「こんなんすぐに分かるでしょう」と思われるかもしれませんが、前職への義憤あってこそやり抜ける人と、自分を被害者に仕立て上げるだけで手を動かさない「毒になる社員」の識別は難しいものです。まずは前職や周囲からのリファレンスチェックを勧めます。   また、過去の経験をじっくり聞き出すことで「ずっと他責ばかり」「成果を出す前に組織を去っている」「恋人も相手が悪いとののしるばかり」と、毒になる社員ならではの特徴が浮かび上がります。   スタートアップに適した人材は4タイプ共通で、下記の要素を持っています。   ・ 頭だけでなく手足も同時に動かす ・ 成果を出すまでは意地でも踏ん張る ・ 失敗したらまずは自分を疑う ・ 承認されないシーンでもなすべきことをなす   この共通点は、たとえ飽きっぽいと言われるキュリオシティー型でも同様です。この要素が毒になる社員と未来の幹部を識別するリトマス紙となるでしょう。   「忙しすぎて面接をする時間もない」のがスタートアップではありますが、それでも毒になる社員の雇用は避けたいもの。少ない人数で回す分、メンバーは会社のブランドイメージも担います。採用を最優先にするくらいの気持ちで、自社員を厳選してください。さもなくば私と同じ穴に落ちることとなるでしょう。ご武運を。     ...

  皆さんは人間を信用出来ますか。   商売をやっていると「ひどい目」に遭わされることはわりとよくあります。信用していた人間から手酷い裏切りを受けることだってあるでしょう。一度は誰もが人間不信に陥ることだと思います。僕もそうなりました、何度となく「人間を信用してはいけないんだ…」と思いました。経験則だけで物を言えば、人間は必ず信用を裏切る生き物です。本当の意味で全幅の信頼を置ける人間なんてこの世には一人もいないと思います。   しかし、「俺は誰一人信用しない」と言い切れる経営者もおそらくこの世には一人もいないでしょう。「性善説」と「性悪説」のどちらの世界観を採用するかは個人の自由ですが、経営者が徹底した「性悪説」を前提に経営を行うのは非常に難しいことだからです。端的に言えば、それはコストの問題です。   お金の絡んだ対人関係の中で「信用する」「信用しない」の線をどう引くか。これは経営をやっていれば必ず突き当たる問題でしょう。今日はそういうことを考えてみたいと思います。 性悪説は無限のコストを要求する 実は経営者には「すれっからしの徹底した人間不信」みたいな人はあまり多くありません。少なくとも、トップに立つ人間がこの方針を採用しているのを僕は一度も見たことがありません。彼らは結構な頻度で「騙されて」いますし、懲りずにわりと何度も「騙され」ます。   経営を始めた当初は「あいつらは人間を疑うということを知らないのか?」という素朴な疑問を抱いていましたが、自分で店舗経営をするようになって疑問は氷解しました。「人間を疑う」ことを徹底すると、必要なコストは天井知らずになるのです。これはお金の面でのコストもそうですが、労力面でのコストもとんでもないことになります。   例えば、飲食店を経営して「絶対に従業員による横領が発生しない仕組みを作る」ことを考えてみてください。ちょっと考えると「不可能」もしくは「多少横領されることを前提にシステム組んだ方がマシでは?」という結論が出ると思います。結局のところ、帳簿を自分で握っていても現場の人間がお金を扱う以上、「横領」は防ぎきれないと考えた方が妥当です。実際、飲食店における横領は相当数発生しています。同業者でもうんざりするほど聞きました。多分、氷山の一角でしょう。露見していないものの方が多いと思います。   しかし、前述した通り現実的に性悪説は採用不可能です。最終的には「ここから先はコストの問題として従業員を信用するしかない」という線を引かざるを得ません。極論すれば、あなたのお店の従業員が全員グルになってあなたからお金を引っこ抜いている可能性は、常に否定しきれないのです。やろうと思えばそれはやれてしまうのです。それが今まさに起きている可能性は決して低くありません。   また、「横領」のような露見すれば即時犯罪になるようなことに限らず、他社への利益供与や出入り業者からのマージン抜きなどまで含めれば、人を雇ってしまった以上そういうことが起きるのは最早当たり前と考えるしかないことがわかってくると思います。徹底した「性悪説」を採用してこれを防ぐコストは、少なくとも中小零細企業には到底賄いきれないでしょう。おそらく、大手企業でも無理だと思います。世界というのは性悪説で回る仕組みにはなっていないのです。世界を回しているのは信用で、それは本当に救いの無い話です。 信用は常にギャンブルである 「信用できる従業員」というのは経営者にとって最大の宝です。これが存在しなければ、どんな事業も行うことは出来ないでしょう。どれほど優秀な経営者も分身の術は使えません。しかし、これはどこまでいっても一種のギャンブルです。「信用」とは「リスクを取ってコストを減らすこと」に他なりません。   しかし、起業初期ほどこの「ギャンブル」をする必要に迫られることでしょう。従業員を十分に疑うコストを払える形で起業出来る人なんて稀ですし、そんなことをしていれば事業展開のスピード感は著しく損なわれてしまいます。会社としての収益システムの完成度が低ければ低いほど、業務は属人的な性格が強くなり、そこには「委ねる」ことがどうしても必要になります。   人間は結構悪いことをしています。これは現在の営業職に勤めるようになって本当によくわかりました。上手い事やって会社に入る筈だったお金を自分のポケットに入れる人は残念ながらたくさんいます。しかし、別に他社の営業がそれを行っていても知ったことではない場合が多いので、こちらも犯罪になってしまうという形でなければそれを止める理由もありません。別に、取引が円満に成立するならいいよ、そっちの会社の内部事情なんて知らないよ。そうとしか言いようがない。   従業員による背信行為は当たり前のように起こるし、それを完全に防ぎきる手立ては存在しない。そういうところからどうするかを考えていくしかないのです。そして、それはあくまでもギャンブル。必勝法は存在しません。 リスクの存在を認識すること さて、ここまでのお話はかなり絶望的でした。「信用に値する人間は存在しない」「しかし信用するしかない」というのは、つまるところ起業の成功なんてものは所詮運だというお話になってしまうと思います。ある意味ではこれは否定しがたい真実でしょう。しかし、ギャンブルにだってコントロール可能な領域は存在します。努力の余地はゼロではありません。   「どこに幾ら賭けるか」だけはギャンブルにおいてもコントロール可能ですよね。従業員に裁量を委ねたとして、その従業員が悪意を持った場合、あるいは想定しえる最大の過失を起こした場合に発生する損失というのは、大まかには予測可能だと思います。「予測不能」という人が社内に存在する場合ですが、それは怖いですね。言うなれば、幾ら負けるかわからない勝負をしている状態です。   リスクがそこにあることさえ認識していれば、後は単なるリスクマネジメントの問題に過ぎません。時には、「この人間が背信行為を行った場合、致命的な事態が発生することは避けられない」という形で裁量を委ねなければならないこともあるでしょう。創業初期なんて大体がそんなものだと思います。しかし、そこにリスクがあると認識できているだけで話は全く別物になります。監視コストを重点的に振ることも出来るようになるでしょう。   トップが従業員の仕事に目を光らせるのは限界があります。この限界は、それほど遠い場所にはありません。ほんの少し事業が拡大すれば、トップにとっても経営上のブラックボックスが必ず出現してしまいます。「監視する仕事」を行う従業員を雇う、あるいは相互監視システムを敷くなどの解法もありますが、これだって完璧を期すことは不可能です。「監視する人間」だって疑う必要はあるのですから。監視する人を監視する人を監視する人を雇う話になりますね。 信用のポートフォリオ 「性悪説と性善説のどちらの立場が正しいか」みたいな議論は人類史上ずっと続いていると思いますが、僕はこれに関して一切の疑いなく「性悪説」が正解だと思います。しかし、それを踏まえたうえで「疑う」というコストを支払うのは限界があります。全ての従業員を一切信用しない社長は、間違いなく過労で死ぬでしょう。   ではどうするか。不確実性の高いものへの投資を行う際は基本的には分散するしかない、という原則があると思います。信用するということ自体がひとつの投資行動だと考えれば、配分はおのずから見えて来るでしょう。出来れば、創業メンバーの時点で「誰が致命的な背信行為を行っても、一人だけであれば何とかリカバー出来る」くらいの形を作れていれば理想ですね。創業メンバーが致命的に裏切った話なんてウンザリするほどありますから。   これはいわば信用のポートフォリオを組むということです。誰にどれだけ投資をするのか。そして、投資案件の一部が想定しえる最大の赤字を吐き出してもトータルでは耐えられる形を目指していく、これが重要なことだと思います。   長く仕事をしていると、「こいつが裏切るなんてあり得ない」という人間が出て来ることもあるでしょう。繰り返しになりますが信用出来るスタッフは、会社にとって最高の宝です。しかし、致命的な出来事は往々にして「本当に信用出来る人間」が起こします。そういうことは起こり得る、そういう心構えが本当に重要です。いざというときの心のダメージも最小限に済ませられます。   不信はコストフルで疲れます。信用は低コストかつ楽です。しかし、楽に流れれば損失の発生率が上昇し、かといって誰も信じなければ何も出来ません。この狭間で、投資をコントロールする。これが一番大事なことだと思います。そこには人間的な感情の入り込む余地はありません。狭間に立ち続けるのです。   今思うと、僕はこの辺が本当にハチャメチャでした。「腹を括って裁量を丸投げした結果上手くいった」という成功体験と、「裏切られた」という失敗体験がどちらもあります。リスクコントロールの観点を持っていなかったことには後悔しかありません。「こいつは信用出来る」「こいつは信用できない」といった直感的判断は、今になって振り返るとあまり正確とは言えませんでした。「こいつは信用出来る」は「この投資案件は絶対に儲かる」に近いものだと僕は思っています。   「人を見る目」に自信があるという方はこういうやり方を採用せず、「こいつは信用できる、こいつは信用できない」というやり方でもいいと思います。しかし、僕は本当に痛い目を見ましたので、絶対的な不信を持って信用と言う投資行動をコントロールすることをお勧めいたします。   起業に失敗した時に人間への憎しみが残るのはとても辛いことです。皆さまが悔いのないチャレンジが出来ることを、心からお祈りしています。 具体的なお話 さて、いつもならここで終わるのですが、今回は少し具体的なお話をさせていただきます。「裏切る」人間の類型についてです。これはあくまで僕の知る限りですが、「裏切る」人間には二種類います。「合理的に裏切る人間」と「まったく理解不能な人間」です。   「合理的に裏切る人間」を何とかする方策については、僕がグダグダ述べなくても、警戒心と余力さえあれば皆さん幾らでも思いつくでしょう。(それが実現可能かは別として)つまるところ、横領されないためには横領リスクを高くすればいい。他社にネタ持って逃げられないためには他社より待遇を良くすればいい。背信の合理性を発生させない、そういうことですね。   しかし、人間というのは必ずしも合理的に動いているわけではありません。「なんでそんなことをしたんだ」ということを、人間はやらかします。あなたの信頼しているあの人も、あなたの腹心のあの人も、やる時はやります。初めから行動の合理性を有していない人間も存在しますし、また何らかの事情で行動から合理性が失われてしまう人も存在します。   例えば、ヤミ金から身の丈に余る金を引っ張ってギャンブルで溶かした人間にはもう、人間としての判断力など残っていません。それはもう人間ではないのです。もっと卑近な例で言えば、トップであるあなたに強い憎しみを抱いた部下の行動からは往々にして合理性が消滅します。人間が、「俺はあいつにひどい目に遭わされたのだ、だから横領くらいして当然なのだ」と主張するのはよくある話です。   余談ですが、経営者には人間をわりと「肩書き」や「属性」で判断する人が多い傾向があると思うんですが、あれはおそらく切実な経験則なのです。幾度となく裏切られて来た人間が最後に辿りつくのは、「属性の悪い人間はやはりやらかす」であり「借金のある人間は信用できない」であり「社会的地位の無い人間は認めない」なのです。もっとも、零細企業の経営者に人を選ぶ余裕はないので、多少難がある人材も乗りこなさなければならないのですが…。   さて、端的に言えば、「仕事の出来るバカ」はクソ怖いということです。ナチュラルにバカなのも怖いし、何らかの事情で脳がバカになっているのもクソ怖いです。どれほど仕事が出来ようが、成果を出そうが「こいつは合理的かつ了解可能な行動原理を有していない」と判断できたら、絶対に重責につけないことが重要です。「合理的に裏切る奴」ならいざコトが起きてもなんとか交渉は成立します。しかし、バカには交渉が通じません。どこにも落としどころのない闘争の結果何もかもが破滅する。そういうことはよくあります。   「合理的に裏切られた」は経営者の実力不足です。しかし、「有能なバカにやらかされた」は信用の投資判断ミスです。結局、裁量を過大に与えていない限りは多少やらかしたところでたいしたことにはなりません。「有能なバカのやらかし」が巨大化するのは、結局のところ与えるべきでない人間に権限を与えたから。それだけです。通帳と銀行印をバカに預けたら、有り金持って行かれる可能性があるのは当たり前です。   繰り返しますが、「バカ」であることと「仕事の能力が無いこと」は必ずしもイコールではありません。凄まじく成果を出すバカも存在します。しかし、「話し合いが成立しない」「基本的な経営観念が共有できない」などの人間は、「解雇する」と腹を括って使いましょう。有能なバカほど恐ろしいものはないのです。そういう人間に過大な「信用」という投資を行ってはいけません。それはあまりにも分の悪いギャンブルです。   これは、会社のガワが小さければ小さいほど重要な判断です。大きくなれば人員の総数が増えて相対的に一人がやらかせる限度も小さくなりますが、社員数人であれば、たった一人の背信行為が簡単に経営を破綻させます。「仕事の出来るバカ」は逃げない程度に冷遇し、必要がなくなった瞬間に解雇しましょう。これは「周囲をイエスマンで固めろ」ということではありません。「判断の合理性を了解出来ない人間は切れ」という意味です。しかし、「バカ」を判別する自信がなければ、いっそイエスマンで固めてしまった方がまだマシだと思います。   実際、僕の周囲で「周囲をイエスマンで固めた社長」と「闊達な意見を部下に許す社長」ですが、僕と関わりを持つ程度の会社であれば前者の方が勝っている印象があります。もちろん母数が少ないので所詮は印象論ですが。少なくとも会社が小さいうちは、経営判断のクイックさが要求されるので、民主主義より独裁が有効な場合は多いと思います。これは非常にイヤな表現ですが、「理想に燃える若き起業家」が最も嫌悪するタイプの「中小企業の独裁者」は「正しく合理的な経営」を行っている可能性もあるのです。 判断から人間性を捨て去る トップの人間性というのは非常に重要な会社の資産です。「人間的に尊敬されている」という要素ひとつで勝っちゃう人も存在すると思います。しかし、経営判断に人間性は一切要りません。「人間性の欠如した経営判断を行っている」ということは可能ならば隠した方が良いのは間違いないですが、多少バレてしまっても経営判断に人間性を介入させるよりはよっぽどマシです。   「なんか帳簿に違和感があるけどあいつを疑うわけにはいかない」こういうことってよく起きますよね。疑ってください。その「疑いたくない」という嫌悪感こそが、あなたの人間性であり同時に弱みです。致命的な事態は往々にして水面下で進行しますが、それでも後から考えてみると「背ビレは見えていた」という場合が多いです。背後から迫り来るサメの背びれを不可視にするのは、あなたの人間性そのものです。サメに下半身を食いちぎられた僕が言うんだから間違いありません。   「全ての従業員は本質的に信用には値しない」「信用はリスクある投資」。こういった考え方に基づく判断はなるべく回避していくにせよ、心の奥底でこの決意を握り締めていて損はありません。倫理的で人間的であることは経営者の仕事ではないからです(ただし、倫理的で人間的であるように見せかけるのは経営者のとても大切な仕事です)。   人間は大体「正しくありたい」「善くありたい」という尽きざる欲求を持っています。これは僕もそうです。しかし、あなたが無借金のオーナー会社のトップでもない限り、あなたにとっての正義は「正しくあること」でも「善くあること」でもないはずです。あなたは人間である以前に経営者なのですから。僕にはこの決意があまりにも足りなかったと今では思います。   性悪説に立ち、あらゆる「信用」をリスクある投資と認識しましょう。また、明らかにリスクの高い「バカ」については厳重かつ冷徹なリスクマネジメントを徹底しましょう。(余談ですが「非常に高い能力があるのに職場を求めて市場を彷徨っている人間」は高確率で「バカ」です)どこが爆発しても全体が沈まない、上手な信用のポートフォリオを組みましょう。それは人間としてとても苦痛の伴うことですが、経営者にとっての「正義」であるはずです。   「あいつを疑いたくない」という場所で立ち止まっている経営者様、多分この文章を読まれている中にもいるのではないでしょうか。それを疑うのはとても苦しいものですが、それがあなたの仕事です。それは、あなたの下半身を食いちぎるサメの背びれかもしれません。人間性を殺し、経営者として悔いの残らない判断をしましょう。   経営者というのは「誰にどれだけ金を払うか」を常に考えている人種だと思いますが、もうひとつ「誰をどれだけ信用するか」という投資も存在しています。この二つが上手なら、経営が成功する確率はとても高いでしょう。それは純粋に技巧的な問題です。人間性を差し挟まない、あなたの考える合理性に貫かれた判断に徹してください。そうすれば、少なくとも僕よりは後悔が残らないと思います。   良い旅を祈ります。     ...

  読み物のような求人サイト。「日本仕事百貨」は営業をしない。   「日本仕事百貨」という求人サイトをご存じだろうか。   トップページに並ぶ写真はどれもスタイリッシュ、記事タイトルも「生き様ベーカリー」「産声をあげて」「北の果てのお宝探し」とライフスタイル系サイトのようでもあるが、すべて求人記事なのだ。   ともすれば「働きやすい環境です!」「未経験でも大活躍」といった漠然とした紋切型表現が並びがちな求人記事だが、日本仕事百貨には1つ1つドラマがある。   インタビューを通して、その職場で働く人々のエピソードが語られている。就職をする気がない読者でも「こんな仕事があるんだなあ」と物語として楽しく読める稀有な求人サイトなのだ。 ▲日本仕事百貨   求人掲載は2週間の掲載費・取材費込みで200,000円(税別)+交通費、宿泊費。成約報酬はかからない。営業はいっさい行っておらず、サイトからの掲載依頼だけで月30件ほど求人記事を掲載している。現在社員14名で22歳から30歳ぐらいの社員が多いそうだ。   そんな求人サイト界の異端児「日本仕事百貨」のスタッフにお話を伺った。 聞き出したいのは「具体例」。その人にしか語れない具体的エピソードで感情移入させる ▲お話を伺ったのは編集者 今井さん   ――日本仕事百貨の記事はどれも丁寧にお話を聞いてますよね。取材は1日がかりなのでしょうか?   取材は基本2時間です。 1人で取材に行くのが私たちのスタイルです。日本中あちこち飛び回りますから沖縄日帰りということもあったり、九州行って大阪寄って帰ってくるなんてハシゴのこともありますよ。とにかく編集スタッフの移動距離が激しいですね。   ――てっきり丸1日、求人先の仕事に付き合っているのかと思ってました。   たとえば地域おこし協力隊の求人ですと、さすがに町を知らないと書けないので、町を案内してもらいます。場合によっては1日ご一緒してもらう場合もあります。だけど、基本は2時間ですね。   事前にどなたにインタビューするか決めておいて、立場の違う方3名ぐらいにお話を聞きます。一般的には経営者など全体が分かる人、入社される方の上司に当たる人、そして若手や新人です。   ――3名別々に話を聞くんですか?   別々に聞くこともありますが、なるべく全員に集まってもらってインタビューしますよ。   ――聞かれるほうは緊張しちゃいませんか。特に新人さん。   最初に自己紹介をしてもらうんです。 その際、今日の気分を聞きます。まず皮切りに私が「朝から曇ってて、なんだか嫌な感じです」とか言って。そうすると「え?今日の気分話すの?」って空気がほぐれるんですよ。   ――突拍子もないこと聞かれたら、防御崩れちゃいますもんね。それは今井さん独自のやり方でしょうか?   私だけでなく、みんな今日の気分を聞くことが多いです。 それでも上司がいて緊張しちゃう新人さんもいますから、そういう場合は写真撮影で近づいた時に個別に話を聞くとか、店舗なら商品撮影してる時に話を聞くこともあります。   ――話を聞きだすノウハウが共有されているんですね。   今日の気分を聞いた後は、入社に至る経緯など2時間くらいインタビューしていって、最後は「話し忘れたことがあったら、どうぞ」で終わります。インタビューの録音を後日、文字起こしをするんですが「ここ、すごく大切なこと言ってたな。もっと掘れば良かった」って思うこともあります。   ――どういうことを話しているとき、大切なことだと思うのでしょうか?   できるだけ具体例を聞きたいと思っています。 漠然とした言葉で社風などを語られても、他人事にしか聞こえない。職場の良いところを「人の良さです」とだけ書いても、ぼんやりしていて深みが出ないし、感情移入も出来ません。なので、なるべく具体的に話してくださいってお願いしています。   ――なるほど、具体例ですか   たとえば松澤さん(※この記事の筆者)に「いままで取材してきた中で、一番グッときた案件」を聞くとしたら、あの人のあのタイミングのあの言葉ってところまで具体的に聞いていきます。その人だけが経験したエピソードだから感情移入も出来るし、2時間でもけっこう深い話しに辿りつけます。   まさに具体例なんですが、岐阜の山の中にある「日本最古の石博物館」の求人記事を書いた時のことです。立て直しを図るためにスタッフを募集したいという依頼でした。取材したのは市の職員さんだったんですが、その中に石好きの方がいたんですね。   少年時代、缶に石を集めてて、それを知ってた先生も石をくれたんですって。そんな昔話をしていると目がキラキラ輝いてるんです。一緒にいるその方の上司も「おまえ、そんなに石好きだったのか!」と感心していて、この話を引き出せて良かったって思いました。   インタビューするのは話し慣れてない方ばかりなんです。その分、初めて聞ける話ばかりなので面白いですね。粗削りだけどそれが良いです。   ――求人記事を書くさいに難しいポイントはどこでしょうか   舵の切り方、記事の出し方は気をつけなきゃいけないなと思っています。表現の仕方、出し方次第で読んだ側の受け取り方が変わります。世間に初めて出る内容なので、ニュアンスなどは丁寧にしたいし、愛をもって書きたいです。   あとは、取材で感じたことをなるべくありのまま書くようにしてます。取り繕ってよく見せても、記事を読んで実際に入社した人が「思っていたのと違う」と思って辞めてしまっては意味がないですよね。その職場に合う人から応募をしてもらうために、私たちも正直に書きたいと思っています。   ――とはいえ、本音を話してくれない人もいますよね   なるべく正直に話してくださいと事前にお願いしてます。話しやすくなるように、聞いたことすべてを記事にするわけではないことも伝えています。今の会社で働くことになる経緯や、仕事をする上で大変なことなども聞いていくので、取材中に泣き出してしまうこともあったりして。それだけ正直に話をしてもらうので、書く側も気が引き締まります。   取材で感じたことは正直に伝えていくものの、職場のすべてを見たり聞いたりできるわけではありません。最終的にその職場の雰囲気やそこで働く人と合うかどうかは、自分で判断してもらうしかないと思っています。 求人は届くべき1人に届けばいい   ――日本仕事百貨に依頼されるクライアントは、成約率の高さを求めているんでしょうか?   もちろん、求めている人物像に出会うためにご依頼をいただきます。私たちは聞いた内容を4,000字にまとめていくので、自分たちの仕事を文章にまとめてくれたとか、取材を通してお互いの考えていることが再認識できたとおっしゃっていただくことも多いです。   ――実際どのぐらい応募があるんですか   案件によってかなり違います。1人も来ない場合もありますし、逆に1人の募集に対して100人超えの応募がくるケースもあります。「届くべき1人に届けば良い」と思ってやっているので、応募が3人とか5人でもぴったりな人が見つかれば成功です。募集期間が終わっても記事はそのまま残っているので、お店や会社へ直接問い合わせをして入社するってパターンもあるようです。   ――採用の過程にも関わるんですか?   どんな方から応募をいただいたかは私たちも把握していますが、その後の選考過程には関わりません。採用が決まったころに様子を伺ったり、「その後、どうですか?」という企画で求人を出した会社の追加取材をすることもあります。   応募メールの志望動機欄に熱い想いが書かれていると「この人に届いて、良かった」って嬉しくなりますし、求めていた人物像にぴたっとハマった時はすごく嬉しくてモチベーションになります。さきほどの石の博物館も、昔から石が大好きだったって方々から応募があって嬉しかったですね。 リアルイベントと求人サイトを連動させる ▲清澄白河駅にあるカフェバー兼イベントスペース「リトルトーキョー」   ――リアルイベント「しごとバー」について教えてもらえますか?   しごとバーは4年前から行っているイベントで、私たちが運営している「リトルトーキョー」で開催しています。基本的には木・金・土の週3日行っていて、いろんな分野で働いてる方をゲストにお招きしています。   はじめに15分から30分ほどゲストさんにお話を伺って、乾杯をし、そのあとは自由にご歓談、となるのが最近の流れなんですが、テーマによって雰囲気が全然違うのも特徴ですね。   同じテーマに興味をもって集まった人ばかりですので、参加者同士でも話が弾むんですよ。「縄文ナイト」では、縄文時代をテーマにしたフリーペーパー『縄文ZINE』の編集者をお呼びしました。参加者に土器を作ってる人がいて実物を囲みながらどうやって作るのかって盛り上がっていました。   ――週3日もゲストを見つけてくるのは大変ですね   大変ですけどテレフォンショッキングみたいな感じで、バーに来たお客さんやゲストの方が次の面白い人を紹介してくれます。   求人記事と連動してゲストをお呼びする場合もありますね。求人の募集期間は2週間なんですが、その期間中に記事に出てくる社長さんをゲストでお呼びすれば直接会えますから。「もし気が合ったら転職してみようかな」って軽い気持ちで参加することが出来ますね。   ――しごとバーのお客さんはどんな人が多いですか   日本仕事百貨を読み物として読んでる人が多いですね。サイトを定期的にチェックしてくれていて、面白そうなのあったら行ってみようと。あとはその日のゲストの知り合いや、バー自体の常連さん、ご近所さんが仕事終わりに飲みに来たりもしますね。   ――具体的にはどういう方をゲストに呼んでいるんでしょうか   たとえばこの間やった「カブトムシくわがたナイト」では、カブトムシ関連の本を5冊も書いてるプロカメラマンをお呼びしました。   「離島に住んでるカブトムシは飛ぶと海に落ちちゃうから走るのがすごく早い」とか「カブトムシはさなぎの時、土の中で縦に寝てる」とか、そういうの全然知らないじゃないですか。その人にとっては常識でも、私たちにとっては全然知らない。そういうことに出会える場です。   能楽師をお呼びして「能楽観てみナイト」もやりました。能を観たこともないし、能ってそもそも何って状態だったんですけど、能楽堂で働いてる方から「おもしろい能楽師がいるよ」と紹介していただいて。   31才の若い能楽師さんなんですけど、アニメオタクで。普通にしてたら普通の31才なんですけど、舞台に出るとめちゃめちゃかっこいい。ディズニーランドも大好きで、ゲームも普通にやるし、Tシャツで唐揚げ食べるんです。なんか、そういうことに「え〜〜」って驚いちゃって。   珍しい仕事についてる人も、みんな普通の人なんだ、普通に生きてるんだって思ったんですよね。そんな風に、いろんな生き方とか働き方に出会える場所にできればいいなと思っています。 まとめ ・求人記事のインタビューは基本2時間。1人で取材に行く ・今日の気分を尋ねて、場の空気をほぐす ・具体例を聞いて、感情移入させる ・嘘は書かない、ありのままに書く ・リアルイベントと求人記事を連動させる   異端の求人サイトは具体例を通じて、仕事のありのままを浮き彫りにしていた。     ...

  スーパーやコンビニで手軽に買える冷凍うどん。冷凍庫に常備している人も多いはずだ。   まず“レンジ調理可”なのがいい。わざわざ大量のお湯を沸かす必要がなく、猛暑の日もストレスフリー。解凍するだけでよいので、冷凍庫から取り出して数分後には食べられる、ある意味究極の時短メシといえる。   簡便性に加え特徴的なのが、見た目と食感の良さだ。讃岐うどんをイメージした角の立ち方、なめらかな喉ごし、そして茹でたてのようなコシ。冷水で締めれば輪廓がシャープに際立ち、釜抜きすれば出汁ともよくなじむ。老若男女誰が作っても同じ仕上がりになる安定性も大切な要素だ。 手軽さと食味の良さが忙しい現代人に受けている   現在、多くの冷凍食品メーカーからさまざまな冷凍うどんが発売される中、トップシェアを誇るのがテーブルマーク(旧加ト吉)だ。冷凍うどん業界に参入して43年。黎明期を牽引してきた同社は現在、年間約5億食を供給し、市場規模およそ716億円の冷凍うどん業界で5割弱のシェア(出典:富士経済食品マーケティング便覧)を誇る。 だが、意外にもその滑り出しは順調だったわけではない。先頭走者としてこだわり続けるものとは。同社M&S戦略部で冷凍麺を担当する根岸新一さんと高橋良輔さんのお二人にお話を伺った。 冷凍うどんのプロである根岸新一さん(右)と高橋良輔さん(左) 「冷凍したうどんなんて」で始まった苦節10年   ――冷凍うどんを初めて発売したのは1974(昭和49)年ですね。   高橋良輔さん(以下、高橋):開発は香川県内の弊社工場で行われたのですが、いわゆる大がかりなラインを敷いた工場ではなく、よくある小さな製麺所のようなところだったと聞いています。   根岸新一さん(以下、根岸):開発にあたり従来の冷凍技術や凍結機器も利用しましたが、機械から機械へは人が移すなど、工程全体としては機械半分・人の手半分でしたね。   高橋:工業的に冷凍うどんを作るための連続的なラインが世の中になかったんです。それで人の手が入る。すると温度や湿度によって出来にばらつきが出てしまう。今は過去の膨大なデータと照らし合わせて調整できますが、品質の安定は当時の社員がもっとも苦労した点だそうです。製造するのも販売するのもみな香川の人間で、本当に美味しいうどんの味を知っているからこそですね。 社員自らマネキンとしてスーパーに立った時代も   ――今でこそ大変画期的な商品だと思いますが、振り返ってみると決して“華麗なる誕生”というわけではなかったのですね。   高橋:そもそも「冷凍したうどん」という概念が受け入れられにくかったのでしょう。お客さまは日常的にうどんを食べている方々で、製麺所の高いクオリティに慣れている。食べてもらえれば美味しさが分かるとアピールしても、「冷凍したうどんなんて」と言われてしまう。さらに県外に関していえば、そのころはまだ讃岐うどんのブランド力も低く、アプローチが難しかったというか。   根岸:当時は社員がスーパーで試食販売を行う「マネキン」をやったり、屋台型のリヤカーを引いて回ったり、また、生協ルートで“お試し”という形を利用したり、あらゆる手を尽くしたそうです。それと同時に、急速凍結まですべて自動化しないとだめだ、と製造規模も拡大することに。   発売当時の値段は一食当たり現在の3~4倍もしたらしいですが、設備の導入と見直しの度にコストダウンすることで徐々に販売価格もリーズナブルに。そういう努力が実り、発売から10年後には全国でお取り扱いいただけるようになったと聞いています。その後の讃岐うどんブームも、弊社の冷凍うどんを広く知っていただくきっかけの一つになりました。 冷凍うどん戦国時代をナニで勝ち残る?   ――現在、少し規模の大きいスーパーへ行くと、御社はもちろん、複数他社のものやPB商品を含めさまざまな種類の冷凍うどんが販売されています。他社商品との違いはどこにあるのでしょう。   根岸:一つはコシの強さを作る上で弊社にしかできない配合技術があります。もう一つは製造ラインの技術です。冷凍うどんに限りませんが、弊社は昔から「人間がやってることを機械で再現する」というアプローチが大好きで(笑)、職人が打つのと同じになるよう研究を重ねています。   正直、もっと楽に作ろうと思えばできるかもしれませんが、「再現する」ということにこだわる。当時の技術部門の社員たちもおそらくそういう熱い思いを持っていたんだと思います。   高橋:量産と品質のバランスも不可欠です。量産に適した製造方法を前提に、どうすれば手打ちの工程により近づけたラインにできるかを常日頃考えています。新型のラインを導入する際は改良を加えて品質の改善に努める、そういう新しいことにトライする企業姿勢なんです。 ...

  ニュースサイトの記事タイトル、ブログの記事タイトルなど、日々様々なタイトルを目にされていることと思います。   もちろん記事で最も重要なのは「中身」であることは間違いないですが、情報過多のこの時代に、中身を読んでもらうためのタイトルは中身以上に重要度が高いと言っても過言ではありません。   そこで今回はSNSで拡散しているタイトルの特徴を抽出し、自ら実践できるテクニックに落とし込んでみたいと思います。 シェアされやすい記事の特徴を考える 書く内容が何であれ、SNSで拡散されやすい記事の特徴を知っておくと便利です。書く内容がビジネスであれ恋愛であれ、この構成を意図的に使うことでシェアされる可能性がグッと上がります。タイトルに繋がるものですので書く前にじっくり考えて下さい。   1、 あるある 2、 すぐにためになる 3、...

  日本においては、基本的にどれだけ借金を重ねても、あるいは100円のお金すら手元になくても、死ぬことはないということになっています。生存権が保障されていますので、事業に失敗したからといって死ぬ必要性はありませんよね。そういうことは、事業を興す皆さんなら大体ご存知なのではないでしょうか。   そして事業を興せる皆さんですから、その気になれば然るべき制度を利用して生存を確保することは、理屈や手続きの上では難しくはないでしょう。少なくとも、この文章を読んでいる皆さんならどんな制度を利用すれば生き延びられるかはご存知ですよね。(もし、「具体的には知らない」という方がいらっしゃったら、調べておくことを薦めます)   しかし、それにも関わらず経営者、あるいは事業主というのは「最悪の選択」をしばしば選んでしまいます。僕自身も、「いざとなったら生き延びる方法はいくらでもある」と頭ではわかっていたのですが、実際に事業の破綻と直面した時はまさしく死ぬかと思いました。本日はそのお話をさせていただこうと思います。 一番恐ろしい時期は、破綻の直後ではない 己の全てを賭けて興した事業が倒れる。これは本当に辛いことです。己の全てを否定されるに等しいことでしょう。   しかし、事業が破綻に向かって転げている坂道の途中や、あるいは破綻の直後というのはそれほど「最悪」ではありませんでした。やることがたくさんあり、逃げ出すことも出来ないので結局は忙殺されますし、やらなければならないことがあるうちは目の前のことに集中することで、致命的な精神状態に陥ることは回避できます。   事業が破綻しても、そこで終わりということには通常なりません。敗戦処理は必ず発生します。人、モノ、金、それら全てに何らかの形でケリをつける必要に迫られるでしょう。   僕の場合も事業の売却、従業員の解雇、借入金の清算、未払い金の処理、在庫の処分など様々な残務処理がありました。事業破綻の直後は創業直後並の忙しさになると思います。また、多くの人に非常にネガティブな状態で接することになるため常に張り詰めた緊張感を持って過ごすことになるでしょう。   しかし、それが逆に救いになります。忙しすぎれば、希死念慮に囚われている暇もありません。債権者に、従業員に、取引先に頭を下げて回っているうちはある意味楽でさえありました。まともに暮らすお金すらありませんでしたが、そんなことを気にしている暇さえなかった。自宅の家賃を滞納して管理会社に怒られる程度、なんとも思いませんでした。 何もかも終わった後に何もない自分が残る 僕が事業を破綻させたのはちょうど30歳を迎えた年でした。本当に最悪の形で30代に突入することになったわけです。   しかし、僕はある意味幸運でもありました。回っていた事業を売り、出資者に泣いてもらい、その他様々な生き恥を晒した結果、破産さえ回避出来ました。そういうわけで最終的に、30歳の鬱をこじらせた無職が一人残っただけです。   これは、転んだ起業家の顛末としては「僥倖(ぎょうこう)」と言う他ないレベルだと思います。もっと厳しい状況に陥った人はたくさんいるでしょう。しかし、それでもこのやるべきことが大方なくなったタイミングが一番の地獄でした。   僕はもともと「勤め人がやれない」という理由で起業したタイプです。いうなれば、「勤め人はやれないけれど、起業して事業を回す才覚が自分にはあるんだ」という自負を心の支えにして生きてきたのです。大した能力も才覚もないくせにプライドだけは高い人間でした。   これは未だに治っていない気もするのですが、そういうわけで事業の破綻を経て自分自身のアイデンティティが完全に失われた状態に陥ったわけです。勤め人もやれない、起業もしくじった。これからどう生きていくかなんてまったく考えられないという状態です。   また、迷惑をかけてしまった人たち、出資者、従業員、取引先への悔悟の念が一番強かったのもこの時期でした。あれほど大言壮語して人を巻き込んだ結果がこれなのだから、自分には生きている価値なんてひとつもないのではないかという思いに駆られました。これは不思議なことですが、今まさに責め立てられているときより、修羅場からやっと離れて落ち着いた時期が一番精神的に厳しかったです。 他人を見下した自分に見下される 起業が必ずしも成功しないことなんて、起業をする人間なら誰しもわかっていると思います。「事業が失敗した時に生き延びる方法」は、「事業が失敗しても生き延びられるように事業を行うこと」に尽きます。   しかし、現実的に言えば多くの経営者は借りられる限界までお金を借り、最後の一瞬まで事業にしがみついてしまうでしょう。十分にやり直しの効く早いタイミングで事業から撤退出来ればそれがベストなのは間違いないですが、それが出来る人は多くない。   全てを失わずに済む撤退の方法なんてそもそも存在しないということもよくあります。不退転の覚悟で挑む以外に選択肢がないことだってあるでしょう。それは仕方ないことだと思います。   しかし、冒頭に書いた通り究極的には日本に住んでいる日本人である限り、生存権は担保されています。であるなら、最終的に生存と最悪の結果を分けるのは本人の考え方に依ることになるでしょう。つまるところ僕は敗者を嘲笑う人間だったのです。   そして、敗者を嘲笑うことによって、自分は敗者ではないと確認することによってプライドを保つ下衆だったのです。しかし、自分自身が紛れもない敗者であると認めざるを得ない状況に陥った時、僕のこの性質は僕自身をどこまで追い詰める結果になりました。   かつて他人を嘲笑った分だけ自分を嘲笑うことになりました。かつて他人を見下した分だけ自分を見下すことになりました。かつて他人に「無能」の烙印を押した分だけ、自分を「無能」と定義せざるを得なくなりました。それはまさに自業自得そのものでした。   他人に「おまえは無能だ」といわれたなら「そんなことはない」と反論出来ます。しかし、自分自身がかつて他人を「無能」「無価値」と定義した以上、自分が同じ状況に陥った時には自分にもその評価を適用せざるを得ません。   これは言い訳ですが、人生経験の乏しい若者が起業し一時風向きの良さを味わうと、どうしても驕りと他者を見下す傲慢さは生まれてしまうものだと思います。しかし、一生を成功のうちに終えられるならともかく、失敗する可能性が少しでもあると感じているなら、この傲慢さは可能な限り小さくしておいた方が良いと思います。ゼロにするのは難しいと思いますが、小さければ小さいほどいざという時のダメージも最小限に抑えることができるでしょう。   また、他人に傲慢に接していた人間が転んだ時に周囲は本当に冷たくなります。僕も、周囲から人が消えていったときに、友人だと思っていた人間に相手にされなくなったときにそれを知りました。かつて叩いた大口は、最早単なる生き恥でしかありません。本当に「謙虚にやっておけばよかった」と心から思いました。 生きる価値に根拠はいらない つまるところ、こういうことです。事業に失敗しようが、何もかも失おうが、他人にどうしようもなく迷惑をかけようが、人間は生きていていいし、それは嘲笑われることでも見下されることでもないということなんです。   少なくとも、自分が生きていくために僕はこれからそうしようと決めました。これは倫理的なお話ではなく、純粋なリスク管理の観点からです。他人を見下し嘲笑うのはとても危険なことです。特に、起業家のような人生のアップダウンが激しい人種には尚更です。   全ての試みが成功する世界なんてあり得ません。一握りの成功者は、膨大な数の敗者の上に存在しています。もちろん、勝者を目指すのは当たり前のことですが、その一方で敗者であることは何も悪いことではない。挑んで負けた、そこに反省すべきことはあったとしても、恥じるべきことはひとつもない。そう考えることに僕は決めました。   是非、起業のようなリスクの高いチャレンジに向かう方は、この考え方を採用することをお勧めします。体感的には致死リスクが半分以下になると思います。少なくとも、「自分は起業して成功するのだ」というのを、自分の根源的な価値にするのはやめた方がいいでしょう。そんなものなくても、あなたは生存を肯定されるべきだし肯定するべきなのです。   本当に苦しいとき、致命的なところまで自分を追い詰めたのは他でもない自分自身でした。逆に言えば、これさえなければもっと早く精神状態を立て直して、新しい人生に向かっていくことが出来たと思います。希死念慮に取り付かれて腑抜けて暮らしたあの数ヶ月は、人生の無駄以外の何者でもありませんでした。皆さんは是非、この状態に陥らないように十全のマインドセットをして、起業に挑んでほしいと思います。 おまえが死んでも俺は一円も得しないんだよ それでは、最後に僕が地獄から這い出すきっかけとなった、僕の偉大なる出資者の言葉を置いておきます。   「おまえが死んだら俺の損失がナンボかでも埋まるなら死ぬのもいいが、おまえが死んだって俺は実際のところ1円も得しないだろう。ただの自己満足だろうが。責任を取るっていうのはそういうことじゃないだろ。腑抜けている暇があったら責任を取る方策を考えろ、次の画を描いて持って来い」   僕はまだ具体的に「次」を考えられる状態にはありませんが、それでもまた、次は転んでも今回のような惨状にならないように十分に状況を整えて、起業に挑みたいと思っています。残念ながら人生は続く、責任を取るには生きるしかない。出来ることをひとつずつやっていきたいと思っています。残念ながらどこまでも人生は続く。僕はまだ懲りてはいません。やっていきましょう。     ...

  歴史というと、似たような名前の武将が多くて覚えるのに苦労した、単純につまらなくて苦手だったなど、どちらかと言うとマイナスなイメージを抱いている人もいるのでは?    しかし、歴史ナビゲーター・歴史作家として活動している「れきしクン」こと、長谷川ヨシテルさんのわかりやすい解説を聞けば、多くの人が歴史のおもしろさを実感できるはずだ。今回はれきしクンに、戦国時代に戦略上手で名を馳せた、藤堂高虎・北条氏康・細川藤孝の3人の武将に学べる点について教えてもらった。 起業に成功したい方は、7回も主君を変えた「藤堂高虎」に学ぶ   −−「藤堂高虎」とは、初めて聞く名前の方もいそうですが、どんな方だったんですか?   藤堂高虎が一番特徴的なのは、生涯で7回も仕える主君を変えていることです。自分を評価してくれる場所を求めて渡り歩いた転職をするような方なんです。「武士たるもの、7度主君を変えないと武士とはいえない」という、名言というか迷言を残しています。   −−7回は多いですね。7回も主君を変えると、飽きっぽい性格だと思われたり、裏切り者だと言われたりすることはないんですか?   江戸時代だとタブーなのですが、戦国時代においては主君を変えることは悪いことではないんです。日本人ってどうしても義理にアツい部分があるので、同じところにいる人との関係にこだわると思うのですが、高虎はドライな部分を持っていて、自分を評価してくれる場所、お金が発生する場所に身を置いていました。   そして、この人が評価される武器が、お城を建てる築城術だったんです。今風に言うと建築デザイナーですね。お城の防御力を高めるデザインの技術に長けており、宇和島城や大洲城の大改修、今治城や和歌山城、世界遺産にもなっている二条城の建築や、江戸城の改修などを手掛けた人です。中でも、三重県にある伊賀上野城の石垣は大阪城の石垣に次いで2番目の高さで、その高い石垣を作るために独自の技術を持っていました。武士であり、デザイナーだったんです。   でも、これだけ聞くと武士として戦っていないような官僚に見えますが、指が欠けていたり爪が剥がれていたり、着物を脱ぐと全身傷だらけ。戦場できちんと結果を残している人です。でも、戦場には他にも首を獲れる強い武将ならいますから、高虎にとって“自分が勝てる場所”が築城なんです。   また、高虎は非常に人間としてもできている人でした。二条城を建てた際のプロデューサーは高虎ですが、発注先は徳川家2代目の将軍秀忠。この2人が造る予定だったのですが、やはり最終的なプランはトップである秀忠が決めた方がいいですよね。そこで、高虎はプランを出す際、一つは緻密に練った案、もう一つはポンコツのプランをあえて出し、「どちらが良いですか?」と秀忠に選ばせたんです。すると、当然しっかり考えた方の案を秀忠は選ぶので、結果、秀忠を立ててプロジェクトを進められたという。   −−そこまで考えられるなんて、人間関係もとても良好そうです。   「最終的に秀忠さんが決めたから、俺がプロデューサーとして進めるよ」という、ある意味プロレス的な部分もあったかもしれませんが、トップをきちんと立てる方なので、嫌われていなかったと思います。また、自分の家臣が藤堂家を辞めて他の武将に仕えたいという場合、「明日お茶でも振る舞ってやるから来い」と家臣を呼びつけ「転職先が合わなかったらまた自分のところに戻っておいでよ」と言うんです。そして、実際に家臣が戻って来た際、今までと同じだけの給料で雇ったという話があるくらい、良い人です。   主君を7回も変えたというと、落ち着きのないイメージかもしれませんが、自分を評価してくれる場所を求め、人とちゃんと接することができた方です。また、関ヶ原の戦いの後に徳川家に仕えた「外様大名」という大名がいます。普通は、元々徳川家に仕えていた人を出世させて重用するのですが、高虎だけ異例中の異例で、「徳川家に戦が起こったときは、藤堂家を先陣にしろ」と、家康は遺言を残しています。それでも敵を作らなかったということは、本当に高虎はできた人だったのでしょうね。   ・ まずは現場で結果を出す ・ 自分を評価してくれる場所を選ぶ ・ 他者にはない武器を持つ ・ 常に謙虚。相手を立てる人格者 後継者として会社を安定させたい方は、あえてライバルと手を組んだ「北条氏康」に学ぶ   −−北条家と聞くと、真っ先に北条政子が浮かびますが、北条氏康はあまり知られていない気がします。   北条政子は鎌倉時代の方ですが、氏康はそこから300年以上後の戦国時代の方です。そして、歴史好きに「戦国最強の武将って誰?」と聞くと、必ず名前が上がる人物でもあります。北条氏康は神奈川の小田原城を拠点にした人です。同世代のライバルは武田信玄と上杉謙信。上杉謙信が「越後の龍」、武田信玄が「甲斐の虎」、そして北条氏康が「相模の獅子」と言われたくらい、強い武将でした。   北条氏は5代続いており、氏康は3代目。つまり、経営者としては先代が築き上げたものを引き継いでさらに大きくしていかないといけない立場です。信玄や謙信の他にも、今川義元もいたので、周りはライバルばかり。   そこで、氏康は初代・北条早雲が作ったルール「早雲寺殿廿一箇条」という遺言を大切にしました。内容は、「人の意見はよく聞く」「良き友達と語り合って意見をもらう」「人をもてなす場には遅刻しない」「身分の上下は関係なく、良い意見は採用する」といったものです。この他に、氏康の名言には「酒は朝飲め」といいうものもあります。これ、どういう意味だと思います?   −−朝、お酒を飲んでしまうと仕事ができないですよね……?   そうなんです。みんなそう考えるので、朝飲むと飲み過ぎを防げますよね。夜飲むと深酒してしまうので、「深酒はオススメしないよ」という意味です。このように、道徳心が強いというか、規律を守る人でした。3代目ともなると、家臣も台頭してくるのでルール作りを改めたのでしょうね。   −−氏康がかかわった主な戦いはどのようなものですか?   日本三大奇襲戦というものがあります。これは、桶狭間の戦い、厳島の戦い、そして川越城の戦いです。川越城の戦いで氏康は一気に勢力を関東にまで伸ばしています。先代から引き継いだものを守るという点では保守的に見えますが、勝負をかけるときはかける方。   そうやって勢力を伸ばしたら、先代よりも大きくなったので、新しい組織づくりをしていかねばなりません。そのときに氏康がやったのが「支城ネットワーク」です。小田原城を本城(拠点)としていたのですが、大きくなって治めきれないので、八王子城(東京都八王子市)、鉢形城(埼玉県寄居町)、江戸城など、各地にネットワークを築き、そこに自分の有力な家臣をおいてその土地を治めるという、今で言う子会社をつくるようなことを始めました。そして、自分は本社である小田原城で経営をする。   先ほど、ライバルが多かったとも言いましたが、全部敵に回してしまうとやってられません。氏康にとって一番のライバルは上杉謙信。そこで、最初は敵対していた今川義元や武田信玄と同盟を組むんです。あえてライバル会社と手を組み、ライバルを謙信のみに絞る。敵を絞るというか、“敵の敵は味方”といった感じでしょうか。   現代でも深夜のバラエティ番組などで「ライバル会社が対決!」といった企画がありますよね。あれって対決しているわけではなく、その業界を盛り上げているわけです。そのように、業界全体を盛り上げるために敵と手を組むことをできたのが、氏康なのだと思います。   −−すごい。がむしゃらに戦っていては効率が悪いですもんね。戦のほか、氏康はどんな取り組みをしていたんですか?   他の武将は、処刑の見せしめをして家中の統制をはかるような暴力的な部分があったのですが、北条家は今風に言うと、都民ファーストならぬ“領民・家臣ファースト”の政治だったんです。百姓の土地の年貢は、トップに納められるまでに何度か仲介者が入ってそのたびに手数料を取られるので、結果的に増税になるのですが、氏康は直接百姓が納められるよう一括管理をしたんです。   そして、例えば「土地の管理者が良くない」といったことを百姓が直接大名に訴えられるよう、「目安箱」を設置しました。徳川吉宗が設置したことで有名な目安箱ですが、実は吉宗より前に氏康が行っていたんです。社員の声が一気に社長に届くような環境を作ったということです。飢饉が起こると、税金を免除にすることもありました。戦国時代は百姓一揆などで荒れているイメージがあるかもしれませんが、北条家はこの時代に一度も一揆が起きていないと言われているんです。   −−身分が低い者のこともきちんと目にかけていたんですね。   しかも、氏康は日本最古の水道システムを作り、これが江戸の水道の基となっています。福祉にも力を入れていたと言えます。政治家としても経営者としても、必要な能力を持っています。強い武将と言うと、どうしても戦の強さが連想されますが、総合的に見ると最強の武将は氏康だと歴史好きには結論づけられるのだと思います。武田信玄なんてガンガン増税していますからね(笑)   ・ 先代が作ったルールを守る ・ あえてライバルと手を組む ・ 会社がある程度大きくなったら支城ネットワークを作る ・ 領民・家臣ファーストを心がけ、一揆を防止 経営難から立ち直りたい方は、“勝てる商品”で勝負した「細川藤孝」に学ぶ   −−最後は細川藤孝という武将ですが、お恥ずかしながら全く知らない方です。細川家は知っていますが、細川ガラシャと関係のある方ですか?   そうです。細川藤孝は細川ガラシャの義理のお父さんにあたり、末裔は細川護煕総理大臣です。藤孝は一度、滅亡しそうになっているのですが、そこから一気にV字回復。大名となった後、子孫は幕末まで大名を務めています。   −−経営難に悩んでいる経営者はぜひ参考にしたい方かもしれませんね。   細川藤孝は13代将軍・足利義輝に仕えていました。しかし、そのときに足利家の家臣たちが力を持って、家臣同士が揉め始めます。義輝は将軍の権力をもう一度復活させようと頑張ったのですが、家臣たちに暗殺されてしまうんです。その後、家臣たちは自分たちに都合の良い将軍に首をすり替えました。義輝の家臣だった細川藤孝も京都を追われてピンチに陥ります。義輝が暗殺されているので、藤孝は一度滅亡しているようなもの。   そして、もう一度自分が復活するためには新しい将軍をつけないといけないと、後ろ盾を探し始めます。つまり、“勝てる商品”にすげ替える。義輝には足利義昭という後の室町幕府の将軍がいるのですが、義昭を引っ張り出して各地を転々とし始めます。   「これ(義昭)は良い商品だから、勝てるから」と言って資金を得ようと、福井県・越前国の朝倉家に行くのですが、朝倉家は自分の経営が安定しているので全然動きませんでした。だから、安定している企業よりはグイッと動いてくれる企業でないとこの商品は買ってもらえないと思ったんでしょうね。   その頃、尾張から美濃に進出して飛ぶ鳥を落とす勢いだったのが織田信長。新しい企業ってよく企業を買収しますよね。信長もおそらく買収感覚だったと思うのですが、藤孝は信長に売りにつけて資金を得ます。そして信長の軍勢を率いて義昭を連れ、もう一度京都に上洛します。そして、義昭を足利家の15代将軍に就任させたんです。義輝が暗殺されて経営難に陥ったけど、武器を手に入れ、勢いのある人を味方につけて、京都に上洛して将軍につけているので、かなり敏腕ですよね。しかも、この期間はたったの3年間です。   −−3年って、とてもスピーディーですね。   でも、この3年間は本当に極貧生活でした。明かりを灯す油も買えないので、神社から油を拝借して、薄明かりの中で本を読んでいたそうです。ピンチなときや仕事がないときは暇なので、暇なときほど知識を蓄え、チャンスが訪れたらその知識を活かして信長に接近し、チャンスをものにするという。   藤孝がすごいのが、この商品(義昭)にこだわらないんです。義昭が将軍になって京都で返り咲いた後、義昭と信長が対立するんです。普通だったら義昭の家臣である藤孝は義昭につくべきなんですが、ドライな部分、薄情な部分があって信長についちゃうんです。そうすると、さらに信長から信頼される。武将としても優秀なので信長の家臣として出世していくんです。   また、藤孝は明智光秀と親戚になったのですが、本能寺の変で信長は光秀に殺されます。本能寺の変の後、光秀から親戚だから当然味方にしてくれるだろうと「俺に味方してくれ」と手紙がくるわけですが、藤孝は信長が亡くなったから弔わなきゃと、頭を剃ってしまうんです。頭を剃ることで「俺は光秀には味方しないぞ」というアピールです。そしてその後、豊臣秀吉がくると、秀吉に味方します。なんというか、先見の明のある人なのだと思います。   −−成功するためにはドライな部分も必要なんですね。   ドライな部分って経営者としてのすばらしさでもあると思うのですが、藤孝の一番の強みは和歌が得意な文化人だったことです。『古今和歌集』の読み方を解いた『古今伝授』というものがあるのですが、これは口伝で伝わっているもので、当時は藤孝しか知りませんでした。だから、この人が滅びたら『古今伝授』が伝わらなくなってしまいます。   この知識が生きたのが、関ヶ原の戦いのときです。関ヶ原の戦いの際、藤孝は京都の田辺城にこもっていました。しかし、落城寸前となったため、最後に武士として腹を切ろうとした際に「ちょっと戦をやめろ、和議結んでお城を開こう」と朝廷からお達しが来たんです。藤孝が死んでしまうと和歌の道が廃れてしまうので、異例な出来事です。まさに、「芸は身を助ける」。藤孝は和歌の他、蹴鞠や茶道、料理、剣術や弓も得意で、なんでもできる人でした。文化的な面に秀でていると、社会の目も優しくなることがあるので、現代のリーダーに近いタイプかもしれないですね。   ・ 勝てる商品(足利義昭)を準備して勝負する ・ 売上がないときこそ、勉強期間にあてる ・ ヒットした商品(義昭)にこだわらない。「義昭から信長へ」「明智光秀はなく秀吉に」 ・ 文化芸術事業(和歌)を行う 語り手:れきしクン(長谷川ヨシテル) 歴史ナビゲーター、歴史作家、あだ名は「れきしクン」。「長谷川」の文字が付いた赤い兜がトレードマーク。元芸人ならではの明るく楽しい解説が持ち味。歴史イベントのMCや企画の他、講演や執筆活動も精力的に行っている。メディア出演も多数。   ▼2017年8月29日に初の書籍『マンガで攻略!はじめての織田信長』(白泉社)を上梓▼ ...