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アキンド探訪

  読み物のような求人サイト。「日本仕事百貨」は営業をしない。   「日本仕事百貨」という求人サイトをご存じだろうか。   トップページに並ぶ写真はどれもスタイリッシュ、記事タイトルも「生き様ベーカリー」「産声をあげて」「北の果てのお宝探し」とライフスタイル系サイトのようでもあるが、すべて求人記事なのだ。   ともすれば「働きやすい環境です!」「未経験でも大活躍」といった漠然とした紋切型表現が並びがちな求人記事だが、日本仕事百貨には1つ1つドラマがある。   インタビューを通して、その職場で働く人々のエピソードが語られている。就職をする気がない読者でも「こんな仕事があるんだなあ」と物語として楽しく読める稀有な求人サイトなのだ。 ▲日本仕事百貨   求人掲載は2週間の掲載費・取材費込みで200,000円(税別)+交通費、宿泊費。成約報酬はかからない。営業はいっさい行っておらず、サイトからの掲載依頼だけで月30件ほど求人記事を掲載している。現在社員14名で22歳から30歳ぐらいの社員が多いそうだ。   そんな求人サイト界の異端児「日本仕事百貨」のスタッフにお話を伺った。 聞き出したいのは「具体例」。その人にしか語れない具体的エピソードで感情移入させる ▲お話を伺ったのは編集者 今井さん   ――日本仕事百貨の記事はどれも丁寧にお話を聞いてますよね。取材は1日がかりなのでしょうか?   取材は基本2時間です。 1人で取材に行くのが私たちのスタイルです。日本中あちこち飛び回りますから沖縄日帰りということもあったり、九州行って大阪寄って帰ってくるなんてハシゴのこともありますよ。とにかく編集スタッフの移動距離が激しいですね。   ――てっきり丸1日、求人先の仕事に付き合っているのかと思ってました。   たとえば地域おこし協力隊の求人ですと、さすがに町を知らないと書けないので、町を案内してもらいます。場合によっては1日ご一緒してもらう場合もあります。だけど、基本は2時間ですね。   事前にどなたにインタビューするか決めておいて、立場の違う方3名ぐらいにお話を聞きます。一般的には経営者など全体が分かる人、入社される方の上司に当たる人、そして若手や新人です。   ――3名別々に話を聞くんですか?   別々に聞くこともありますが、なるべく全員に集まってもらってインタビューしますよ。   ――聞かれるほうは緊張しちゃいませんか。特に新人さん。   最初に自己紹介をしてもらうんです。 その際、今日の気分を聞きます。まず皮切りに私が「朝から曇ってて、なんだか嫌な感じです」とか言って。そうすると「え?今日の気分話すの?」って空気がほぐれるんですよ。   ――突拍子もないこと聞かれたら、防御崩れちゃいますもんね。それは今井さん独自のやり方でしょうか?   私だけでなく、みんな今日の気分を聞くことが多いです。 それでも上司がいて緊張しちゃう新人さんもいますから、そういう場合は写真撮影で近づいた時に個別に話を聞くとか、店舗なら商品撮影してる時に話を聞くこともあります。   ――話を聞きだすノウハウが共有されているんですね。   今日の気分を聞いた後は、入社に至る経緯など2時間くらいインタビューしていって、最後は「話し忘れたことがあったら、どうぞ」で終わります。インタビューの録音を後日、文字起こしをするんですが「ここ、すごく大切なこと言ってたな。もっと掘れば良かった」って思うこともあります。   ――どういうことを話しているとき、大切なことだと思うのでしょうか?   できるだけ具体例を聞きたいと思っています。 漠然とした言葉で社風などを語られても、他人事にしか聞こえない。職場の良いところを「人の良さです」とだけ書いても、ぼんやりしていて深みが出ないし、感情移入も出来ません。なので、なるべく具体的に話してくださいってお願いしています。   ――なるほど、具体例ですか   たとえば松澤さん(※この記事の筆者)に「いままで取材してきた中で、一番グッときた案件」を聞くとしたら、あの人のあのタイミングのあの言葉ってところまで具体的に聞いていきます。その人だけが経験したエピソードだから感情移入も出来るし、2時間でもけっこう深い話しに辿りつけます。   まさに具体例なんですが、岐阜の山の中にある「日本最古の石博物館」の求人記事を書いた時のことです。立て直しを図るためにスタッフを募集したいという依頼でした。取材したのは市の職員さんだったんですが、その中に石好きの方がいたんですね。   少年時代、缶に石を集めてて、それを知ってた先生も石をくれたんですって。そんな昔話をしていると目がキラキラ輝いてるんです。一緒にいるその方の上司も「おまえ、そんなに石好きだったのか!」と感心していて、この話を引き出せて良かったって思いました。   インタビューするのは話し慣れてない方ばかりなんです。その分、初めて聞ける話ばかりなので面白いですね。粗削りだけどそれが良いです。   ――求人記事を書くさいに難しいポイントはどこでしょうか   舵の切り方、記事の出し方は気をつけなきゃいけないなと思っています。表現の仕方、出し方次第で読んだ側の受け取り方が変わります。世間に初めて出る内容なので、ニュアンスなどは丁寧にしたいし、愛をもって書きたいです。   あとは、取材で感じたことをなるべくありのまま書くようにしてます。取り繕ってよく見せても、記事を読んで実際に入社した人が「思っていたのと違う」と思って辞めてしまっては意味がないですよね。その職場に合う人から応募をしてもらうために、私たちも正直に書きたいと思っています。   ――とはいえ、本音を話してくれない人もいますよね   なるべく正直に話してくださいと事前にお願いしてます。話しやすくなるように、聞いたことすべてを記事にするわけではないことも伝えています。今の会社で働くことになる経緯や、仕事をする上で大変なことなども聞いていくので、取材中に泣き出してしまうこともあったりして。それだけ正直に話をしてもらうので、書く側も気が引き締まります。   取材で感じたことは正直に伝えていくものの、職場のすべてを見たり聞いたりできるわけではありません。最終的にその職場の雰囲気やそこで働く人と合うかどうかは、自分で判断してもらうしかないと思っています。 求人は届くべき1人に届けばいい   ――日本仕事百貨に依頼されるクライアントは、成約率の高さを求めているんでしょうか?   もちろん、求めている人物像に出会うためにご依頼をいただきます。私たちは聞いた内容を4,000字にまとめていくので、自分たちの仕事を文章にまとめてくれたとか、取材を通してお互いの考えていることが再認識できたとおっしゃっていただくことも多いです。   ――実際どのぐらい応募があるんですか   案件によってかなり違います。1人も来ない場合もありますし、逆に1人の募集に対して100人超えの応募がくるケースもあります。「届くべき1人に届けば良い」と思ってやっているので、応募が3人とか5人でもぴったりな人が見つかれば成功です。募集期間が終わっても記事はそのまま残っているので、お店や会社へ直接問い合わせをして入社するってパターンもあるようです。   ――採用の過程にも関わるんですか?   どんな方から応募をいただいたかは私たちも把握していますが、その後の選考過程には関わりません。採用が決まったころに様子を伺ったり、「その後、どうですか?」という企画で求人を出した会社の追加取材をすることもあります。   応募メールの志望動機欄に熱い想いが書かれていると「この人に届いて、良かった」って嬉しくなりますし、求めていた人物像にぴたっとハマった時はすごく嬉しくてモチベーションになります。さきほどの石の博物館も、昔から石が大好きだったって方々から応募があって嬉しかったですね。 リアルイベントと求人サイトを連動させる ▲清澄白河駅にあるカフェバー兼イベントスペース「リトルトーキョー」   ――リアルイベント「しごとバー」について教えてもらえますか?   しごとバーは4年前から行っているイベントで、私たちが運営している「リトルトーキョー」で開催しています。基本的には木・金・土の週3日行っていて、いろんな分野で働いてる方をゲストにお招きしています。   はじめに15分から30分ほどゲストさんにお話を伺って、乾杯をし、そのあとは自由にご歓談、となるのが最近の流れなんですが、テーマによって雰囲気が全然違うのも特徴ですね。   同じテーマに興味をもって集まった人ばかりですので、参加者同士でも話が弾むんですよ。「縄文ナイト」では、縄文時代をテーマにしたフリーペーパー『縄文ZINE』の編集者をお呼びしました。参加者に土器を作ってる人がいて実物を囲みながらどうやって作るのかって盛り上がっていました。   ――週3日もゲストを見つけてくるのは大変ですね   大変ですけどテレフォンショッキングみたいな感じで、バーに来たお客さんやゲストの方が次の面白い人を紹介してくれます。   求人記事と連動してゲストをお呼びする場合もありますね。求人の募集期間は2週間なんですが、その期間中に記事に出てくる社長さんをゲストでお呼びすれば直接会えますから。「もし気が合ったら転職してみようかな」って軽い気持ちで参加することが出来ますね。   ――しごとバーのお客さんはどんな人が多いですか   日本仕事百貨を読み物として読んでる人が多いですね。サイトを定期的にチェックしてくれていて、面白そうなのあったら行ってみようと。あとはその日のゲストの知り合いや、バー自体の常連さん、ご近所さんが仕事終わりに飲みに来たりもしますね。   ――具体的にはどういう方をゲストに呼んでいるんでしょうか   たとえばこの間やった「カブトムシくわがたナイト」では、カブトムシ関連の本を5冊も書いてるプロカメラマンをお呼びしました。   「離島に住んでるカブトムシは飛ぶと海に落ちちゃうから走るのがすごく早い」とか「カブトムシはさなぎの時、土の中で縦に寝てる」とか、そういうの全然知らないじゃないですか。その人にとっては常識でも、私たちにとっては全然知らない。そういうことに出会える場です。   能楽師をお呼びして「能楽観てみナイト」もやりました。能を観たこともないし、能ってそもそも何って状態だったんですけど、能楽堂で働いてる方から「おもしろい能楽師がいるよ」と紹介していただいて。   31才の若い能楽師さんなんですけど、アニメオタクで。普通にしてたら普通の31才なんですけど、舞台に出るとめちゃめちゃかっこいい。ディズニーランドも大好きで、ゲームも普通にやるし、Tシャツで唐揚げ食べるんです。なんか、そういうことに「え〜〜」って驚いちゃって。   珍しい仕事についてる人も、みんな普通の人なんだ、普通に生きてるんだって思ったんですよね。そんな風に、いろんな生き方とか働き方に出会える場所にできればいいなと思っています。 まとめ ・求人記事のインタビューは基本2時間。1人で取材に行く ・今日の気分を尋ねて、場の空気をほぐす ・具体例を聞いて、感情移入させる ・嘘は書かない、ありのままに書く ・リアルイベントと求人記事を連動させる   異端の求人サイトは具体例を通じて、仕事のありのままを浮き彫りにしていた。     ...

  スーパーやコンビニで手軽に買える冷凍うどん。冷凍庫に常備している人も多いはずだ。   まず“レンジ調理可”なのがいい。わざわざ大量のお湯を沸かす必要がなく、猛暑の日もストレスフリー。解凍するだけでよいので、冷凍庫から取り出して数分後には食べられる、ある意味究極の時短メシといえる。   簡便性に加え特徴的なのが、見た目と食感の良さだ。讃岐うどんをイメージした角の立ち方、なめらかな喉ごし、そして茹でたてのようなコシ。冷水で締めれば輪廓がシャープに際立ち、釜抜きすれば出汁ともよくなじむ。老若男女誰が作っても同じ仕上がりになる安定性も大切な要素だ。 手軽さと食味の良さが忙しい現代人に受けている   現在、多くの冷凍食品メーカーからさまざまな冷凍うどんが発売される中、トップシェアを誇るのがテーブルマーク(旧加ト吉)だ。冷凍うどん業界に参入して43年。黎明期を牽引してきた同社は現在、年間約5億食を供給し、市場規模およそ716億円の冷凍うどん業界で5割弱のシェア(出典:富士経済食品マーケティング便覧)を誇る。 だが、意外にもその滑り出しは順調だったわけではない。先頭走者としてこだわり続けるものとは。同社M&S戦略部で冷凍麺を担当する根岸新一さんと高橋良輔さんのお二人にお話を伺った。 冷凍うどんのプロである根岸新一さん(右)と高橋良輔さん(左) 「冷凍したうどんなんて」で始まった苦節10年   ――冷凍うどんを初めて発売したのは1974(昭和49)年ですね。   高橋良輔さん(以下、高橋):開発は香川県内の弊社工場で行われたのですが、いわゆる大がかりなラインを敷いた工場ではなく、よくある小さな製麺所のようなところだったと聞いています。   根岸新一さん(以下、根岸):開発にあたり従来の冷凍技術や凍結機器も利用しましたが、機械から機械へは人が移すなど、工程全体としては機械半分・人の手半分でしたね。   高橋:工業的に冷凍うどんを作るための連続的なラインが世の中になかったんです。それで人の手が入る。すると温度や湿度によって出来にばらつきが出てしまう。今は過去の膨大なデータと照らし合わせて調整できますが、品質の安定は当時の社員がもっとも苦労した点だそうです。製造するのも販売するのもみな香川の人間で、本当に美味しいうどんの味を知っているからこそですね。 社員自らマネキンとしてスーパーに立った時代も   ――今でこそ大変画期的な商品だと思いますが、振り返ってみると決して“華麗なる誕生”というわけではなかったのですね。   高橋:そもそも「冷凍したうどん」という概念が受け入れられにくかったのでしょう。お客さまは日常的にうどんを食べている方々で、製麺所の高いクオリティに慣れている。食べてもらえれば美味しさが分かるとアピールしても、「冷凍したうどんなんて」と言われてしまう。さらに県外に関していえば、そのころはまだ讃岐うどんのブランド力も低く、アプローチが難しかったというか。   根岸:当時は社員がスーパーで試食販売を行う「マネキン」をやったり、屋台型のリヤカーを引いて回ったり、また、生協ルートで“お試し”という形を利用したり、あらゆる手を尽くしたそうです。それと同時に、急速凍結まですべて自動化しないとだめだ、と製造規模も拡大することに。   発売当時の値段は一食当たり現在の3~4倍もしたらしいですが、設備の導入と見直しの度にコストダウンすることで徐々に販売価格もリーズナブルに。そういう努力が実り、発売から10年後には全国でお取り扱いいただけるようになったと聞いています。その後の讃岐うどんブームも、弊社の冷凍うどんを広く知っていただくきっかけの一つになりました。 冷凍うどん戦国時代をナニで勝ち残る?   ――現在、少し規模の大きいスーパーへ行くと、御社はもちろん、複数他社のものやPB商品を含めさまざまな種類の冷凍うどんが販売されています。他社商品との違いはどこにあるのでしょう。   根岸:一つはコシの強さを作る上で弊社にしかできない配合技術があります。もう一つは製造ラインの技術です。冷凍うどんに限りませんが、弊社は昔から「人間がやってることを機械で再現する」というアプローチが大好きで(笑)、職人が打つのと同じになるよう研究を重ねています。   正直、もっと楽に作ろうと思えばできるかもしれませんが、「再現する」ということにこだわる。当時の技術部門の社員たちもおそらくそういう熱い思いを持っていたんだと思います。   高橋:量産と品質のバランスも不可欠です。量産に適した製造方法を前提に、どうすれば手打ちの工程により近づけたラインにできるかを常日頃考えています。新型のラインを導入する際は改良を加えて品質の改善に努める、そういう新しいことにトライする企業姿勢なんです。 ...

  ニュースサイトの記事タイトル、ブログの記事タイトルなど、日々様々なタイトルを目にされていることと思います。   もちろん記事で最も重要なのは「中身」であることは間違いないですが、情報過多のこの時代に、中身を読んでもらうためのタイトルは中身以上に重要度が高いと言っても過言ではありません。   そこで今回はSNSで拡散しているタイトルの特徴を抽出し、自ら実践できるテクニックに落とし込んでみたいと思います。 シェアされやすい記事の特徴を考える 書く内容が何であれ、SNSで拡散されやすい記事の特徴を知っておくと便利です。書く内容がビジネスであれ恋愛であれ、この構成を意図的に使うことでシェアされる可能性がグッと上がります。タイトルに繋がるものですので書く前にじっくり考えて下さい。   1、 あるある 2、 すぐにためになる 3、...

  日本においては、基本的にどれだけ借金を重ねても、あるいは100円のお金すら手元になくても、死ぬことはないということになっています。生存権が保障されていますので、事業に失敗したからといって死ぬ必要性はありませんよね。そういうことは、事業を興す皆さんなら大体ご存知なのではないでしょうか。   そして事業を興せる皆さんですから、その気になれば然るべき制度を利用して生存を確保することは、理屈や手続きの上では難しくはないでしょう。少なくとも、この文章を読んでいる皆さんならどんな制度を利用すれば生き延びられるかはご存知ですよね。(もし、「具体的には知らない」という方がいらっしゃったら、調べておくことを薦めます)   しかし、それにも関わらず経営者、あるいは事業主というのは「最悪の選択」をしばしば選んでしまいます。僕自身も、「いざとなったら生き延びる方法はいくらでもある」と頭ではわかっていたのですが、実際に事業の破綻と直面した時はまさしく死ぬかと思いました。本日はそのお話をさせていただこうと思います。 一番恐ろしい時期は、破綻の直後ではない 己の全てを賭けて興した事業が倒れる。これは本当に辛いことです。己の全てを否定されるに等しいことでしょう。   しかし、事業が破綻に向かって転げている坂道の途中や、あるいは破綻の直後というのはそれほど「最悪」ではありませんでした。やることがたくさんあり、逃げ出すことも出来ないので結局は忙殺されますし、やらなければならないことがあるうちは目の前のことに集中することで、致命的な精神状態に陥ることは回避できます。   事業が破綻しても、そこで終わりということには通常なりません。敗戦処理は必ず発生します。人、モノ、金、それら全てに何らかの形でケリをつける必要に迫られるでしょう。   僕の場合も事業の売却、従業員の解雇、借入金の清算、未払い金の処理、在庫の処分など様々な残務処理がありました。事業破綻の直後は創業直後並の忙しさになると思います。また、多くの人に非常にネガティブな状態で接することになるため常に張り詰めた緊張感を持って過ごすことになるでしょう。   しかし、それが逆に救いになります。忙しすぎれば、希死念慮に囚われている暇もありません。債権者に、従業員に、取引先に頭を下げて回っているうちはある意味楽でさえありました。まともに暮らすお金すらありませんでしたが、そんなことを気にしている暇さえなかった。自宅の家賃を滞納して管理会社に怒られる程度、なんとも思いませんでした。 何もかも終わった後に何もない自分が残る 僕が事業を破綻させたのはちょうど30歳を迎えた年でした。本当に最悪の形で30代に突入することになったわけです。   しかし、僕はある意味幸運でもありました。回っていた事業を売り、出資者に泣いてもらい、その他様々な生き恥を晒した結果、破産さえ回避出来ました。そういうわけで最終的に、30歳の鬱をこじらせた無職が一人残っただけです。   これは、転んだ起業家の顛末としては「僥倖(ぎょうこう)」と言う他ないレベルだと思います。もっと厳しい状況に陥った人はたくさんいるでしょう。しかし、それでもこのやるべきことが大方なくなったタイミングが一番の地獄でした。   僕はもともと「勤め人がやれない」という理由で起業したタイプです。いうなれば、「勤め人はやれないけれど、起業して事業を回す才覚が自分にはあるんだ」という自負を心の支えにして生きてきたのです。大した能力も才覚もないくせにプライドだけは高い人間でした。   これは未だに治っていない気もするのですが、そういうわけで事業の破綻を経て自分自身のアイデンティティが完全に失われた状態に陥ったわけです。勤め人もやれない、起業もしくじった。これからどう生きていくかなんてまったく考えられないという状態です。   また、迷惑をかけてしまった人たち、出資者、従業員、取引先への悔悟の念が一番強かったのもこの時期でした。あれほど大言壮語して人を巻き込んだ結果がこれなのだから、自分には生きている価値なんてひとつもないのではないかという思いに駆られました。これは不思議なことですが、今まさに責め立てられているときより、修羅場からやっと離れて落ち着いた時期が一番精神的に厳しかったです。 他人を見下した自分に見下される 起業が必ずしも成功しないことなんて、起業をする人間なら誰しもわかっていると思います。「事業が失敗した時に生き延びる方法」は、「事業が失敗しても生き延びられるように事業を行うこと」に尽きます。   しかし、現実的に言えば多くの経営者は借りられる限界までお金を借り、最後の一瞬まで事業にしがみついてしまうでしょう。十分にやり直しの効く早いタイミングで事業から撤退出来ればそれがベストなのは間違いないですが、それが出来る人は多くない。   全てを失わずに済む撤退の方法なんてそもそも存在しないということもよくあります。不退転の覚悟で挑む以外に選択肢がないことだってあるでしょう。それは仕方ないことだと思います。   しかし、冒頭に書いた通り究極的には日本に住んでいる日本人である限り、生存権は担保されています。であるなら、最終的に生存と最悪の結果を分けるのは本人の考え方に依ることになるでしょう。つまるところ僕は敗者を嘲笑う人間だったのです。   そして、敗者を嘲笑うことによって、自分は敗者ではないと確認することによってプライドを保つ下衆だったのです。しかし、自分自身が紛れもない敗者であると認めざるを得ない状況に陥った時、僕のこの性質は僕自身をどこまで追い詰める結果になりました。   かつて他人を嘲笑った分だけ自分を嘲笑うことになりました。かつて他人を見下した分だけ自分を見下すことになりました。かつて他人に「無能」の烙印を押した分だけ、自分を「無能」と定義せざるを得なくなりました。それはまさに自業自得そのものでした。   他人に「おまえは無能だ」といわれたなら「そんなことはない」と反論出来ます。しかし、自分自身がかつて他人を「無能」「無価値」と定義した以上、自分が同じ状況に陥った時には自分にもその評価を適用せざるを得ません。   これは言い訳ですが、人生経験の乏しい若者が起業し一時風向きの良さを味わうと、どうしても驕りと他者を見下す傲慢さは生まれてしまうものだと思います。しかし、一生を成功のうちに終えられるならともかく、失敗する可能性が少しでもあると感じているなら、この傲慢さは可能な限り小さくしておいた方が良いと思います。ゼロにするのは難しいと思いますが、小さければ小さいほどいざという時のダメージも最小限に抑えることができるでしょう。   また、他人に傲慢に接していた人間が転んだ時に周囲は本当に冷たくなります。僕も、周囲から人が消えていったときに、友人だと思っていた人間に相手にされなくなったときにそれを知りました。かつて叩いた大口は、最早単なる生き恥でしかありません。本当に「謙虚にやっておけばよかった」と心から思いました。 生きる価値に根拠はいらない つまるところ、こういうことです。事業に失敗しようが、何もかも失おうが、他人にどうしようもなく迷惑をかけようが、人間は生きていていいし、それは嘲笑われることでも見下されることでもないということなんです。   少なくとも、自分が生きていくために僕はこれからそうしようと決めました。これは倫理的なお話ではなく、純粋なリスク管理の観点からです。他人を見下し嘲笑うのはとても危険なことです。特に、起業家のような人生のアップダウンが激しい人種には尚更です。   全ての試みが成功する世界なんてあり得ません。一握りの成功者は、膨大な数の敗者の上に存在しています。もちろん、勝者を目指すのは当たり前のことですが、その一方で敗者であることは何も悪いことではない。挑んで負けた、そこに反省すべきことはあったとしても、恥じるべきことはひとつもない。そう考えることに僕は決めました。   是非、起業のようなリスクの高いチャレンジに向かう方は、この考え方を採用することをお勧めします。体感的には致死リスクが半分以下になると思います。少なくとも、「自分は起業して成功するのだ」というのを、自分の根源的な価値にするのはやめた方がいいでしょう。そんなものなくても、あなたは生存を肯定されるべきだし肯定するべきなのです。   本当に苦しいとき、致命的なところまで自分を追い詰めたのは他でもない自分自身でした。逆に言えば、これさえなければもっと早く精神状態を立て直して、新しい人生に向かっていくことが出来たと思います。希死念慮に取り付かれて腑抜けて暮らしたあの数ヶ月は、人生の無駄以外の何者でもありませんでした。皆さんは是非、この状態に陥らないように十全のマインドセットをして、起業に挑んでほしいと思います。 おまえが死んでも俺は一円も得しないんだよ それでは、最後に僕が地獄から這い出すきっかけとなった、僕の偉大なる出資者の言葉を置いておきます。   「おまえが死んだら俺の損失がナンボかでも埋まるなら死ぬのもいいが、おまえが死んだって俺は実際のところ1円も得しないだろう。ただの自己満足だろうが。責任を取るっていうのはそういうことじゃないだろ。腑抜けている暇があったら責任を取る方策を考えろ、次の画を描いて持って来い」   僕はまだ具体的に「次」を考えられる状態にはありませんが、それでもまた、次は転んでも今回のような惨状にならないように十分に状況を整えて、起業に挑みたいと思っています。残念ながら人生は続く、責任を取るには生きるしかない。出来ることをひとつずつやっていきたいと思っています。残念ながらどこまでも人生は続く。僕はまだ懲りてはいません。やっていきましょう。     ...

  歴史というと、似たような名前の武将が多くて覚えるのに苦労した、単純につまらなくて苦手だったなど、どちらかと言うとマイナスなイメージを抱いている人もいるのでは?    しかし、歴史ナビゲーター・歴史作家として活動している「れきしクン」こと、長谷川ヨシテルさんのわかりやすい解説を聞けば、多くの人が歴史のおもしろさを実感できるはずだ。今回はれきしクンに、戦国時代に戦略上手で名を馳せた、藤堂高虎・北条氏康・細川藤孝の3人の武将に学べる点について教えてもらった。 起業に成功したい方は、7回も主君を変えた「藤堂高虎」に学ぶ   −−「藤堂高虎」とは、初めて聞く名前の方もいそうですが、どんな方だったんですか?   藤堂高虎が一番特徴的なのは、生涯で7回も仕える主君を変えていることです。自分を評価してくれる場所を求めて渡り歩いた転職をするような方なんです。「武士たるもの、7度主君を変えないと武士とはいえない」という、名言というか迷言を残しています。   −−7回は多いですね。7回も主君を変えると、飽きっぽい性格だと思われたり、裏切り者だと言われたりすることはないんですか?   江戸時代だとタブーなのですが、戦国時代においては主君を変えることは悪いことではないんです。日本人ってどうしても義理にアツい部分があるので、同じところにいる人との関係にこだわると思うのですが、高虎はドライな部分を持っていて、自分を評価してくれる場所、お金が発生する場所に身を置いていました。   そして、この人が評価される武器が、お城を建てる築城術だったんです。今風に言うと建築デザイナーですね。お城の防御力を高めるデザインの技術に長けており、宇和島城や大洲城の大改修、今治城や和歌山城、世界遺産にもなっている二条城の建築や、江戸城の改修などを手掛けた人です。中でも、三重県にある伊賀上野城の石垣は大阪城の石垣に次いで2番目の高さで、その高い石垣を作るために独自の技術を持っていました。武士であり、デザイナーだったんです。   でも、これだけ聞くと武士として戦っていないような官僚に見えますが、指が欠けていたり爪が剥がれていたり、着物を脱ぐと全身傷だらけ。戦場できちんと結果を残している人です。でも、戦場には他にも首を獲れる強い武将ならいますから、高虎にとって“自分が勝てる場所”が築城なんです。   また、高虎は非常に人間としてもできている人でした。二条城を建てた際のプロデューサーは高虎ですが、発注先は徳川家2代目の将軍秀忠。この2人が造る予定だったのですが、やはり最終的なプランはトップである秀忠が決めた方がいいですよね。そこで、高虎はプランを出す際、一つは緻密に練った案、もう一つはポンコツのプランをあえて出し、「どちらが良いですか?」と秀忠に選ばせたんです。すると、当然しっかり考えた方の案を秀忠は選ぶので、結果、秀忠を立ててプロジェクトを進められたという。   −−そこまで考えられるなんて、人間関係もとても良好そうです。   「最終的に秀忠さんが決めたから、俺がプロデューサーとして進めるよ」という、ある意味プロレス的な部分もあったかもしれませんが、トップをきちんと立てる方なので、嫌われていなかったと思います。また、自分の家臣が藤堂家を辞めて他の武将に仕えたいという場合、「明日お茶でも振る舞ってやるから来い」と家臣を呼びつけ「転職先が合わなかったらまた自分のところに戻っておいでよ」と言うんです。そして、実際に家臣が戻って来た際、今までと同じだけの給料で雇ったという話があるくらい、良い人です。   主君を7回も変えたというと、落ち着きのないイメージかもしれませんが、自分を評価してくれる場所を求め、人とちゃんと接することができた方です。また、関ヶ原の戦いの後に徳川家に仕えた「外様大名」という大名がいます。普通は、元々徳川家に仕えていた人を出世させて重用するのですが、高虎だけ異例中の異例で、「徳川家に戦が起こったときは、藤堂家を先陣にしろ」と、家康は遺言を残しています。それでも敵を作らなかったということは、本当に高虎はできた人だったのでしょうね。   ・ まずは現場で結果を出す ・ 自分を評価してくれる場所を選ぶ ・ 他者にはない武器を持つ ・ 常に謙虚。相手を立てる人格者 後継者として会社を安定させたい方は、あえてライバルと手を組んだ「北条氏康」に学ぶ   −−北条家と聞くと、真っ先に北条政子が浮かびますが、北条氏康はあまり知られていない気がします。   北条政子は鎌倉時代の方ですが、氏康はそこから300年以上後の戦国時代の方です。そして、歴史好きに「戦国最強の武将って誰?」と聞くと、必ず名前が上がる人物でもあります。北条氏康は神奈川の小田原城を拠点にした人です。同世代のライバルは武田信玄と上杉謙信。上杉謙信が「越後の龍」、武田信玄が「甲斐の虎」、そして北条氏康が「相模の獅子」と言われたくらい、強い武将でした。   北条氏は5代続いており、氏康は3代目。つまり、経営者としては先代が築き上げたものを引き継いでさらに大きくしていかないといけない立場です。信玄や謙信の他にも、今川義元もいたので、周りはライバルばかり。   そこで、氏康は初代・北条早雲が作ったルール「早雲寺殿廿一箇条」という遺言を大切にしました。内容は、「人の意見はよく聞く」「良き友達と語り合って意見をもらう」「人をもてなす場には遅刻しない」「身分の上下は関係なく、良い意見は採用する」といったものです。この他に、氏康の名言には「酒は朝飲め」といいうものもあります。これ、どういう意味だと思います?   −−朝、お酒を飲んでしまうと仕事ができないですよね……?   そうなんです。みんなそう考えるので、朝飲むと飲み過ぎを防げますよね。夜飲むと深酒してしまうので、「深酒はオススメしないよ」という意味です。このように、道徳心が強いというか、規律を守る人でした。3代目ともなると、家臣も台頭してくるのでルール作りを改めたのでしょうね。   −−氏康がかかわった主な戦いはどのようなものですか?   日本三大奇襲戦というものがあります。これは、桶狭間の戦い、厳島の戦い、そして川越城の戦いです。川越城の戦いで氏康は一気に勢力を関東にまで伸ばしています。先代から引き継いだものを守るという点では保守的に見えますが、勝負をかけるときはかける方。   そうやって勢力を伸ばしたら、先代よりも大きくなったので、新しい組織づくりをしていかねばなりません。そのときに氏康がやったのが「支城ネットワーク」です。小田原城を本城(拠点)としていたのですが、大きくなって治めきれないので、八王子城(東京都八王子市)、鉢形城(埼玉県寄居町)、江戸城など、各地にネットワークを築き、そこに自分の有力な家臣をおいてその土地を治めるという、今で言う子会社をつくるようなことを始めました。そして、自分は本社である小田原城で経営をする。   先ほど、ライバルが多かったとも言いましたが、全部敵に回してしまうとやってられません。氏康にとって一番のライバルは上杉謙信。そこで、最初は敵対していた今川義元や武田信玄と同盟を組むんです。あえてライバル会社と手を組み、ライバルを謙信のみに絞る。敵を絞るというか、“敵の敵は味方”といった感じでしょうか。   現代でも深夜のバラエティ番組などで「ライバル会社が対決!」といった企画がありますよね。あれって対決しているわけではなく、その業界を盛り上げているわけです。そのように、業界全体を盛り上げるために敵と手を組むことをできたのが、氏康なのだと思います。   −−すごい。がむしゃらに戦っていては効率が悪いですもんね。戦のほか、氏康はどんな取り組みをしていたんですか?   他の武将は、処刑の見せしめをして家中の統制をはかるような暴力的な部分があったのですが、北条家は今風に言うと、都民ファーストならぬ“領民・家臣ファースト”の政治だったんです。百姓の土地の年貢は、トップに納められるまでに何度か仲介者が入ってそのたびに手数料を取られるので、結果的に増税になるのですが、氏康は直接百姓が納められるよう一括管理をしたんです。   そして、例えば「土地の管理者が良くない」といったことを百姓が直接大名に訴えられるよう、「目安箱」を設置しました。徳川吉宗が設置したことで有名な目安箱ですが、実は吉宗より前に氏康が行っていたんです。社員の声が一気に社長に届くような環境を作ったということです。飢饉が起こると、税金を免除にすることもありました。戦国時代は百姓一揆などで荒れているイメージがあるかもしれませんが、北条家はこの時代に一度も一揆が起きていないと言われているんです。   −−身分が低い者のこともきちんと目にかけていたんですね。   しかも、氏康は日本最古の水道システムを作り、これが江戸の水道の基となっています。福祉にも力を入れていたと言えます。政治家としても経営者としても、必要な能力を持っています。強い武将と言うと、どうしても戦の強さが連想されますが、総合的に見ると最強の武将は氏康だと歴史好きには結論づけられるのだと思います。武田信玄なんてガンガン増税していますからね(笑)   ・ 先代が作ったルールを守る ・ あえてライバルと手を組む ・ 会社がある程度大きくなったら支城ネットワークを作る ・ 領民・家臣ファーストを心がけ、一揆を防止 経営難から立ち直りたい方は、“勝てる商品”で勝負した「細川藤孝」に学ぶ   −−最後は細川藤孝という武将ですが、お恥ずかしながら全く知らない方です。細川家は知っていますが、細川ガラシャと関係のある方ですか?   そうです。細川藤孝は細川ガラシャの義理のお父さんにあたり、末裔は細川護煕総理大臣です。藤孝は一度、滅亡しそうになっているのですが、そこから一気にV字回復。大名となった後、子孫は幕末まで大名を務めています。   −−経営難に悩んでいる経営者はぜひ参考にしたい方かもしれませんね。   細川藤孝は13代将軍・足利義輝に仕えていました。しかし、そのときに足利家の家臣たちが力を持って、家臣同士が揉め始めます。義輝は将軍の権力をもう一度復活させようと頑張ったのですが、家臣たちに暗殺されてしまうんです。その後、家臣たちは自分たちに都合の良い将軍に首をすり替えました。義輝の家臣だった細川藤孝も京都を追われてピンチに陥ります。義輝が暗殺されているので、藤孝は一度滅亡しているようなもの。   そして、もう一度自分が復活するためには新しい将軍をつけないといけないと、後ろ盾を探し始めます。つまり、“勝てる商品”にすげ替える。義輝には足利義昭という後の室町幕府の将軍がいるのですが、義昭を引っ張り出して各地を転々とし始めます。   「これ(義昭)は良い商品だから、勝てるから」と言って資金を得ようと、福井県・越前国の朝倉家に行くのですが、朝倉家は自分の経営が安定しているので全然動きませんでした。だから、安定している企業よりはグイッと動いてくれる企業でないとこの商品は買ってもらえないと思ったんでしょうね。   その頃、尾張から美濃に進出して飛ぶ鳥を落とす勢いだったのが織田信長。新しい企業ってよく企業を買収しますよね。信長もおそらく買収感覚だったと思うのですが、藤孝は信長に売りにつけて資金を得ます。そして信長の軍勢を率いて義昭を連れ、もう一度京都に上洛します。そして、義昭を足利家の15代将軍に就任させたんです。義輝が暗殺されて経営難に陥ったけど、武器を手に入れ、勢いのある人を味方につけて、京都に上洛して将軍につけているので、かなり敏腕ですよね。しかも、この期間はたったの3年間です。   −−3年って、とてもスピーディーですね。   でも、この3年間は本当に極貧生活でした。明かりを灯す油も買えないので、神社から油を拝借して、薄明かりの中で本を読んでいたそうです。ピンチなときや仕事がないときは暇なので、暇なときほど知識を蓄え、チャンスが訪れたらその知識を活かして信長に接近し、チャンスをものにするという。   藤孝がすごいのが、この商品(義昭)にこだわらないんです。義昭が将軍になって京都で返り咲いた後、義昭と信長が対立するんです。普通だったら義昭の家臣である藤孝は義昭につくべきなんですが、ドライな部分、薄情な部分があって信長についちゃうんです。そうすると、さらに信長から信頼される。武将としても優秀なので信長の家臣として出世していくんです。   また、藤孝は明智光秀と親戚になったのですが、本能寺の変で信長は光秀に殺されます。本能寺の変の後、光秀から親戚だから当然味方にしてくれるだろうと「俺に味方してくれ」と手紙がくるわけですが、藤孝は信長が亡くなったから弔わなきゃと、頭を剃ってしまうんです。頭を剃ることで「俺は光秀には味方しないぞ」というアピールです。そしてその後、豊臣秀吉がくると、秀吉に味方します。なんというか、先見の明のある人なのだと思います。   −−成功するためにはドライな部分も必要なんですね。   ドライな部分って経営者としてのすばらしさでもあると思うのですが、藤孝の一番の強みは和歌が得意な文化人だったことです。『古今和歌集』の読み方を解いた『古今伝授』というものがあるのですが、これは口伝で伝わっているもので、当時は藤孝しか知りませんでした。だから、この人が滅びたら『古今伝授』が伝わらなくなってしまいます。   この知識が生きたのが、関ヶ原の戦いのときです。関ヶ原の戦いの際、藤孝は京都の田辺城にこもっていました。しかし、落城寸前となったため、最後に武士として腹を切ろうとした際に「ちょっと戦をやめろ、和議結んでお城を開こう」と朝廷からお達しが来たんです。藤孝が死んでしまうと和歌の道が廃れてしまうので、異例な出来事です。まさに、「芸は身を助ける」。藤孝は和歌の他、蹴鞠や茶道、料理、剣術や弓も得意で、なんでもできる人でした。文化的な面に秀でていると、社会の目も優しくなることがあるので、現代のリーダーに近いタイプかもしれないですね。   ・ 勝てる商品(足利義昭)を準備して勝負する ・ 売上がないときこそ、勉強期間にあてる ・ ヒットした商品(義昭)にこだわらない。「義昭から信長へ」「明智光秀はなく秀吉に」 ・ 文化芸術事業(和歌)を行う 語り手:れきしクン(長谷川ヨシテル) 歴史ナビゲーター、歴史作家、あだ名は「れきしクン」。「長谷川」の文字が付いた赤い兜がトレードマーク。元芸人ならではの明るく楽しい解説が持ち味。歴史イベントのMCや企画の他、講演や執筆活動も精力的に行っている。メディア出演も多数。   ▼2017年8月29日に初の書籍『マンガで攻略!はじめての織田信長』(白泉社)を上梓▼ ...

  奇跡の逆転勝利が自分にはあるはずだ、無いはずがない。自分はいつだって苦境を乗り切ってきた、これは乗り越えられる苦境のはずだ。   そういう気持ちはとても大事なものだと思います。石に噛り付いてでも耐え切る、この苦境をなんとしても乗り切る。そういう気概が人間を救うことはきっとあるのでしょう。世の中にはそれによって救われたという話がたくさん出回っています。   しかし、残念ながら世の中には乗り越えられない苦境も存在します。事業を成功させるには粘りと頑張りが必要なこともあるでしょうが、ダメなもんはダメです。ダメでした。   事業撤退の判断が遅すぎた。本当なら損失しなくていいお金をたくさん失ってしまった。後知恵ではあるのですが、「もうダメだ」と最初に感じたタイミングで事業を撤退させていれば、あと数百万円は損失を小さく出来ただろう。前回の事業経営の失敗について、僕はそう思っています。   撤退まで含めて失敗だったとしか言いようがありません。もっと上手な逃げ切り方がありえました。数百万は大金です。小規模な事業くらいなら興せてしまうお金です。それが、まったくの無為に失われてしまった。後悔は尽きません。 事業失敗を認めるのは恐ろしく難しい 事業が苦境に陥ると「もうだめだ」と「まだやれる」の間で絶え間なく思考は往復することになります。これは、非常に強いストレスで四六時中頭を悩ますことになるでしょう。そう遠からず起きるであろう資金ショートの恐怖、そして事業が苦しくなれば、必ずといっていいほど職場内外のトラブルも続発します。資金繰りとトラブル対応だけでどんどん時間が経過していくあの恐怖は本当に耐え難いものがあります。   その一方で、そのストレスの中で僕が本当に具体的に事業の行く末について考えられていたかといえば、甚だ疑問であるとしか言いようがありません。当時手元に残っていたカード、資金、人的リソース、それらをどう総合しても逆転の目なんかひとつもなかったと今になって思います。   最後の数ヶ月の苦闘は完全に無駄でした。苦しまずにさっさと白旗をあげて、損失を小さくするという「逃げ」の判断が間違いなく適切でした。でも、僕はその判断をつけるのに結局数ヶ月を要しましたし、勝ち目のない勝負をいくつか打ちました。それはもう自分を納得させるための儀式に近いものだったと思います。   でも、何の儲けにもならないことがわかりきっている儀式にお金を使う経営者なんてクソ以下です。ダメだと思ったら撤退、それ以外やることなんかありません。何かの間違いで、信じられないような幸運がやってきてすべてが解決する、そういうことは起こらないとは言い切れませんが、出資者の金を消尽しながら期待していいことでもありません。 撤退ラインを定めていないのは論外だった これは非常に卑近な話で恐縮ですが、例えば株式投資やFXで、あるいはギャンブルで損失を、あるいは負けを完全にコントロールすることが自在に出来る人というのはどれくらいいるでしょうか。ほとんどいないと思います。増して、自分の身の丈を超えた資金で勝負している人間が、事業経営を行いながら適切なタイミングで撤退を決断できるでしょうか。これは、ほとんど不可能と言わざるを得ないのではないでしょうか。   いうなれば、事業が左前になってから撤退のタイミングを計っているのがそもそも論外だったのです。撤退ラインは損失が発生する前に設定しておくしかない。自己の外部にルールを設定しておかなければ、結局人間はそれを誤るというお話は真理だと思います。これは、経営に関してもまったく同じでした。   本来、「何に幾らの資金を投下するか」は数少ない経営上コントロール可能な領域です。毎月の固定費もあるいは設備投資も仕入れも、計画して実行することが出来るものです。ならば、事業に投下できる資金の限界だって定められるはずです。   「このラインを越えたら撤退」という判断は、危機に直面していないフラットな状態であれば、かなり明確に定められると思います。定めておきましょう。もちろん、この事業が失敗したら自分の人生は終わりだという覚悟で挑むなら定めなくていいと思いますが、そこまでの悲壮な覚悟で創業する人もそれほど多くは無いと思います。   ポジティブな決断は、ポジティブな状況下でも出来ます。事業が好調の時にさらに事業を拡大する判断をするのは問題ありません。それは、事業の状況を鑑みながらの決断になるのでむしろ精度を増すでしょう。攻めるべきときに攻めるのはとても大事なことです。   しかし、概してネガティブな決断をネガティブな状況下で行うのはとても難しいことです。莫大な損失を伴う撤退の判断を莫大な損失を抱えた状態で行うのは、限りなく不可能に近い。引くべき時に引くのは、リアルタイムの状況からの判断ではとても難しいのです。「引くべき時」は予め定めておく必要があります。   また、「事業撤退」の判断は概して民主主義的に決断するのは不可能です。会社の苦境においてトップ以外が「事業撤退」を決断するのはほとんど不可能だからです。「みんなの意見」を総合すれば「もう少し頑張ろう」になるのは当たり前です。その決断は最終的な経営責任を負うトップがするしかないのです。もう少し、もう少しと何のビジョンもないまま損失を膨らましていくのは明確に間違った判断です。 有能な経営者であるために、無能な元経営者からお伝えしたいこと 起業に100%の成功を見込むことは不可能です。究極的なところを言えば「失敗したら撤退するのも織り込み済み」であるのが理想です。しかし、多くの人が資金と労力を費やしたわが子のような事業をそう簡単に切り捨てることは出来ないでしょう。あるいは、切り捨てても最後の最後まで意地を張り通しても最早結果は同じだ、という状況に陥ってしまうこともありえるでしょう。   しかし、その損失に意味があるのかについては考える必要があります。少なくとも、自分を納得させるための数百万円を投じた儀式をやる必要が僕にあったかといえば、あるはずがなかった。それは自分があまりにも無能であったために発生した損失であり、言い訳の余地などひとつもないとしか思えません。   自分が「どこで引くか」は常に考えておく必要があります。もちろん、「撤退」のタイミングは経営者のおかれた状況や周囲の状況にも左右されるでしょう。「命さえ残ればそれでいい」かもしれませんし、「再起の可能性を残したい」でもいいでしょう。あるいは、「次の事業を模索できる程度の資金は残す」でもいいかもしれません。   しかし、撤退のタイミングを明確に定められるチャンスは、創業前あるいは創業初期にしかありません。それを越えると、最早冷静な判断は不可能になります。なるべく早い時期に、可能な限り残酷な想像に耐えておくのはとても大事なことです。出来れば、紙に書いて記録しておくなどが良いと思います。   そして、最後に現在事業が苦境にある方に心からお伝えします。自分が最終防衛ラインを突き抜けてしまっているのか、それともまだ逆転に向かって苦しむ価値がある場所にいるのか、一度冷静に考えてみてください。「いまさらここまできて引っ込みがつかない」というような感覚もあるでしょうが、それでも無駄な損失を出すことは経営者の仕事ではありません。   2000万の損失を出した後に、200万を残すために撤退するのはとても難しいことです。大抵自分の懐に残るわけでもないでしょうし、最後の1円まで突っ込んでやれという感覚は本当に理解できます。しかしそこで、極めて非人間的かつ合理的な判断をするのが有能な経営者ではないでしょうか。   無駄な損失を重ねた僕が無能な経営者であったことは論を待ちません。本当に反省しています。是非、皆様には正しい決断をして欲しいと心から願っています。玉砕は最も経営的に間違った判断であり、最悪の決断だと心から思っています。   撤退のタイミングは、あなたが創業の時に、あるいは事業がまだ好調だったころの冷静な頭で設定したラインです。どうか、そこで退いてください。撤退戦もまた、経営者の仕事です。あなたの事業が失敗に終わったとしても、「撤退のタイミングは完璧だった」と言い切れるのであれば、僕はあなたを心から尊敬します。   そして、何度だって立ち上がってやりましょう。残念ながら人生はまだ続きます。やっていきましょう。     ...

  クレイジーケンバンドの横山剣さん、SEKAI NO OWARIさんなど他数アーティストや芸能人も愛用する帽子ブランド「CA4LA」。 帽子をファッションとして打ち出し、帽子文化を発信し続け、日本のみならず海外にもファンがいる「CA4LA」を世に送り出したのが有限会社ウィーブトシ...

  チャンバラ合戦-IKUSAとは? 「皆の者!刀をあげよ!戦国開始〜!!」威勢のいい掛け声とともに合戦がはじまる。しかし、殺伐とした戦いではなく皆笑顔で楽しそうだ。チャンバラ合戦-IKUSA-(以下、IKUSA)とは、一言でいってしまえばチャンバラ遊び。   「スポンジ製の刀を持ち、相手の腕についた命(ボール)を落とす」ルールはたったこれだけだ。単純なルールなので、下は4歳から上は88歳まで年齢・男女・国籍を問わず誰でも参加できる。世代や性別を問わず楽しめる新しいエンターテイメントとして各地に広がり始めている。       https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=V_0oSnQnIXw ▲合戦フェスPV       IKUSAは企業や地方自治体と組み、チームワークレクリエーションやご当地合戦などあらゆる場所で様々な目的に応じて行われている。IKUSAを運営する株式会社TearsSwitchの赤坂大樹さんに、チャンバラ遊びを単なる遊びにとどまらずエンターテイメントに昇華させた戦術と今後の可能性についてお話を伺った。 ▲チャンバラ合戦-IKUSA-を企画運営する株式会社TearsSwitch 赤坂大樹さん     体験型合戦エンターテイメント「IKUSA」で会社と地域を変える   ーーどれくらいのペースでイベントをされているんでしょうか   チャンバラ合戦-IKUSAが発足してから5年半ほどになります。口コミなどで広がり、今では年間130以上のイベントを行っています。割合的には、企業向けの研修や旅行イベントが6割、自治体向けのイベントが4割ほどになります。その内、代理店からの受注は2割ほどで、ほとんどが企業や自治体と直接の取引でイベントを開催しています。   剣は小ロットでオリジナル製造してるんですが、1本数百円します。消耗品なので壊れてしまいますし、参加料も500円程度ですから参加費のみのイベントですと利益がでません。やる場合は割り切って赤字でもOKなものに絞っています。 ▲改良を重ねて作られたウレタン製の「剣」と「命」のボール。当たっても痛くない安心設計。   誰もやったことのない遊び!社長も平社員も関係ない ーー企業イベントに使われてるんですね   数百人単位で一気にやれるコンテンツって案外少ないんですよ。運動会をやっても運動神経のいい若手男性だけが活躍して、そうでない人は玉入れやるだけみたいな状態が起こります。社内活性を狙ってるはずなのにそれじゃあ、あまり楽しくない。   IKUSAは経験者のいないアクティビティなので平等です。早歩き、駆け足はOKですが、ダッシュは禁止してるので老若男女誰でも参加できます。2時間半で7~8戦ほどするのですが、合戦の間に話しあいの時間を設けてます。我々はこれを軍議と呼んでいるんですが。ここで「次の戦いは陣形をどうしよう」などと作戦をたてます。   ーーああ、合戦中にPDCAサイクルを回すんですね   そうです。仕事と違って、IKUSAについては誰もが初心者。社長や部長に対しても対等にコミュニケーションが取れるわけです。そういったこともあり、企業イベントで御採用いただく場合はチームビルディングというテーマでお手伝いすることが増えています。 ーー社長クラスもけっこう参加するんですか   風通しのいい会社ほど、社長や重役の方も参加されます。某有名メーカーP社や自動車メーカーさんで実施したときも、社長さんが出てきましたから。それで平社員にあっさりやられたりするんです。逆に「この専務、社長に遠慮してるな〜」って上下関係が滲みでちゃう会社があるのも面白いですね。   ーー女性社員も楽しんでますか   はい。どんなに運動神経がいい男性でも女性3人に囲まれたら、大抵やられてしまいますから。腕につけた命はマグネットで固定されてるんですが、あまり激しく動いたら落ちちゃうんです。命が外れたら自害って呼んでるんですけど。ダッシュとジャンプも禁止にしているので、運動神経の良し悪しや体格の大小もいい具合に帳尻が取れますね。   200人ぐらいでバトルロイヤルをやっても女性が残ることが多いんです。威勢のいい男性社員は「かかってこいや!」と叫んだりして目立とうとするので、すぐに囲まれてやられてしまいます。女性社員は冷静に強いやつを見つけて囲んでやっつけていく。そういうところぬかりがないんです(笑) 祭りの再定義!ご当地合戦を蘇らせる ーー企業イベント以外にも、あちこちの地域イベントや祭りでIKUSAをおこなってますよね   どこの地域のお祭りも見るものや食べるものが同じです。どこに行ってもフランクフルトがあって焼きそばがあってアイドルが歌ってる。それはそれで面白いですけど、地域の特色が活かせてません。我々の場合、その地域で起こった合戦風にIKUSAをアレンジできます。大阪城でやるなら大阪の陣、富山城なら佐々成政をモチーフにできます。   たとえば、滋賀県長浜市では「姉川の戦い」をイメージしたIKUSAをやりました。織田信長の軍勢と浅井長政の軍勢の戦いです。普通、織田軍に入りたいですよね。でも、チーム分けをしてみたらほとんどの子どもが地元・浅井軍を選ぶんです。これって地域性ですよね。   愛知県でやった「桶狭間の戦い」では、今川軍はご飯を食べた状態でスタート。10m先に置いてある剣を取りにいくところからはじまって、30秒たつと援軍がきます。これも史実を取り入れた特別ルールですね。       https://www.youtube.com/watch?v=fUBgcBRRwpQ ▲可児市の乱       ーーIKUSAを通じて地域の歴史を振り返るわけですね   小さい子たちが「おじいちゃんと一緒に織田軍と戦った!」とか言いながら帰っていくわけです。そういう特別な思い出を、お祭りで作ることができる。お祭りをきっかけに自分が住んでる地域の歴史に興味を持つ。大げさかもしれませんが、そういう場だとお祭りを再定義していきたいです。   ーー参加者は子どもや家族連れがメインなんですか?   そういうわけでもありません。どっちかっていえば20代後半~30代ぐらいの参加者が多いんですね。 ほかの地域で参加した方が、地元のお祭りに呼んでくれることもよくあります。「なんか資料ある?それさえあれば、あとはこっちで通しとくから」とか言ってくれてありがたい限りです。新しいエンターテインメントなので体験したことある方がいると話しが早いですね。   会社でも地域でも決裁できるポジションの方は、年齢的に戦国好きが多いんですよ。司馬遼太郎を読んでいたり、大河を見ていたり。IKUSAは戦国好きを刺激する、決裁権者に刺さりやすいコンテンツなのかもしれませんね。 自主開催で実績とノウハウを積む!5000人来場の大合戦「合戦フェス -...

  会社に行きたくない。そういう感情は従業員の特権ではありません。もう嫌だ、職場に行きたくない、従業員に会いたくない。そういう状況に陥る社長というのは結構いっぱいいて、僕の周囲にもいました。もちろん末期の僕もそうでした。   状況が悪くなると、本当に会社というのは行きたくないものです。せめて上司がいれば上司のせいにできるのに、そんな気持ちになったことは正直に言ってあります。   ここで、「とにかく従業員が全部悪い」という考え方を採用し、精神を守るライフハックを敢行する社長もわりといます。あなたも見たことがあるのではないでしょうか。これはこれで結構有益なライフハックではあるのです。「従業員が成果を出さない」時、「従業員が俺を嫌う」時、本当に悪いのは誰かというお話になれば「経営者である」という結論が出ることは揺らぎません、この点から全力で目を逸らせる人はこのハックを採用されてもいいと思います。   しかし、そこからは目を逸らせない。つまるところ会社で何が起きようと、責任は自分にあると認める人ほど、出社拒否に陥りやすいと思います。従業員から飛んでくる言葉にも律儀に応対してしまうでしょうし、精神的な負荷も大きくなる。俺が一番エラいんだ、という立場から怒鳴り散らして全てを解決するハックを選べない皆さんにこの文章を贈ります。 別に会社の人間関係は良好じゃなくていい 会社は何をするところか、といえば仕事をするところです。その目的は会社としては利益を出すことですし、従業員としては給与を受け取ることです。円満な人間関係や楽しいリクリエーションをやるところではありません。つまるところ、会社として上手く回っていればそれでいい、という強力な割り切りは早期に身に着けておいて損はありません。   従業員というのは、もちろん人によりますが様々なことを要求してきます。「皆が楽しい職場にしろ」と言ってみたり、あるいは「個人の領域に介入しないで仕事だけさせろ」と言ってきたりもします。実際、会社内がまるで部活みたいな雰囲気に包まれていることを好む従業員というのも案外存在します。研修合宿大好きなブラック企業を支えているのはこういう従業員でしょう。アットホームな職場が好きな人は多いです。(僕は大嫌いですが・・・。)   あなたが、「人間関係はまるでダメだが会社の事業は上手くいっている」という状況にあるなら、それは極めつけの幸運です。その状況で事業が回るに越したことはないからです。考えても見てください、高度にくみ上げられた利害関係ではなく人間的な連帯に基づいたチームワークで回っている会社って、信用できませんよ。そんなもん、崩れるときには跡形もなくグッチャグチャになるのは皆さんだって見てきたでしょう。   「従業員と上手くやれていない」と愚痴る社長は結構います。しかし、「従業員と上手くやれている」という状況は、投下した資本に見合った利益が出ているということ以外ではありません。最高のチームワークと良好な人間関係があっても、利益が出ていなければそれまでなのです。つまるところ、悩みどころはそこではないということです。「従業員同士がモメ始めた」みたいな場合は別ですが、社長と従業員の間の人間的な関係が上手くいっていないにもかかわらず、事業はちゃんと回っている。これは理想に近いです。そのままいきましょう。ストレスを感じる理由はありません。   経営者は従業員に際限なく要求をするものだということは周知の事実ですが、従業員もそれが出来る状況であれば経営者に際限なく要求する存在であるということはあまり知られていません。これの発生を早期に抑止することはとても重要です。そういう意味で、ここはもう早めにザクっと割り切って「そのストレスは感じるだけムダ」と思い切った方がいいです。   わかりますよ、仲間と楽しく仕事。したいですよね。でも、残念ながら経営者と従業員というのは仕組み上、まず「仲間」にはなれないことが運命付けられています。そこは早めに諦めといた方がいいと思います。たまに、経営者の置かれた状況を理解し「仲間」としての振る舞いが出来る従業員もいますが、それは恐ろしく有能か、あるいは危険因子です。気をつけて接しましょう。 社長は出勤しなくてもいい こんな社長がいます。昼はゴルフ、夜は酒。いい車に乗って社交三昧。そんな人です。彼は従業員からは「ハゲダヌキ」と呼ばれ、大変に嫌われています。たまにやる仕事は職場に出向いて、極めて低確率で誰かを賞賛するか、あるいは極めて高い確率で誰かを罵倒するかです。見事な太鼓腹、貧しい毛髪、高級なスーツ、常に従業員を見下す言い回し、黒塗りの車など「嫌われる金持ち」の要素の集合体みたいな人です。   しかし、彼の会社は儲かっています。僕は彼の会社と取引があったので、彼の職場についていったことがあるのですが、従業員が公然と社長の愚痴を述べるほどに社長は嫌われていました。   僕はこの人に強い関心を持ちました。「何でこの人これで儲かるんだ」と。そういうわけで、僕はこういう人に「僕はあなたすごいと思うんです」みたいな敬意を見せてお酒を奢ってもらうのが特技ですので、一杯奢ってもらった結果飛び出してきたのが、前の章で書いたような内容でした。   「社長は現場に出なくていい」「社長が嫌われて会社がまとまるならそれがベスト」など、彼の経営哲学はここでは到底語りきれないのですが、社長いわくかつては現場に出ていて、決断とともに退いたそうです。ある意味で、会社で一番の「悪」は常に社長なのです。彼を「悪」として会社はまとまっている。そして、社長は社長で資金繰りや人脈構築、あるいは現場から距離をとった経営判断などに専念している。なるほどなぁ、と思いました。   僕自身も、「嫌われ者」になる判断が出来ればもっと違う結果があったのかもしれません。この社長の経営規模は数十人の従業員を抱えるサイズですが、5人従業員がいたらこの形は作れると思います。「良い人間」「従業員に愛される人間」が「良い社長」とは限りません。社長とは結果的に利益を出してればそれでいいのです。「会社に出勤しない」すら肯定され得るのです、そしてそれが利をもたらすこともあるということは覚えておいて損はありません。   会社に出たくないが毎日出て、失望とともに帰宅している社員数人規模以上の会社の経営者様は、もし状況が許すなら「極力会社に出ない」という選択肢とそこに向かう道のりを検討してみてください。もしかして、それ、「従業員と上手くやる」よりずっと現実的だったりしませんか? 苦境における会社の人間関係ストレスは感じるだけ無駄 さて、最後のケースです。事業は上手くいっていない、その状況下で会社に発生するネガティブな人間関係が社長の巨大なストレスになっているパターンです。この場合、「一緒に頑張ろうぜ!」「俺はもっと頑張るからおまえも頑張ってくれ!」などのアピールをしたくなるでしょうが、これをやると健康を損なうどころか最悪のケースになりかねません。   人間というのは、落ち目の人間がどれだけ頑張っていてもそうそう認めてくれないものです。そして、経営者とは実にしばしば極めてカジュアルに、最悪のケースに向かっていく生物です。(そういう習性なんでしょうね・・・。)   稀に「社長は身を削って頑張っているからついていったよ」みたいなケースもありますが、社長は死ぬほど頑張っていたけど従業員には一切認められていないというケースはもっとあります。これはもうしょうがない。あなただって、結果を出さない下請けが「頑張って」いても契約切るでしょう。   従業員と経営者は契約関係にあるのですから、そこはそうなのです。将来的に給与が上がる見込みもなく、会社の存続すら危ういというときに「社長が頑張っているから」でついてきてくれる有能な人材はあまりいません。   では、そんな時どうするか。とにかく事業を回す、あるいは立て直すことに専念しましょう。「人間関係がよくなれば事業はよくなる」はおそらくですが、幻想です。因果が逆です。事業が悪いから人間関係も悪くなっているのです。   事業が好調に推移しているなら、この文章でここまで書いてきた「人間関係を放棄しても仕事は回す」が選べますから。そこを目指してなんとかやっていきましょう。「苦境の会社を立て直す方法」は僕にはわかりませんが、「苦境において会社の人間関係を良好化する方法」はもっとわかりません。それが出来るなら、それ専業にした方が儲かるのでは。   従業員に「辞める」という決断をさせない程度の距離をとり、仕事をさせるということに意識を集中しましょう。そこにあるのは契約関係です。人間関係ではないのです。「俺がいると仕事が上手くいかない」はあり得ることです。それを認めて退くのも、経営判断としてはアリです。また、従業員に業務命令を下すのに従業員の同意などは特段必要とされないということも覚えておいて損はありません。「やれ」でいいのです。   ただ、ここで「昔の社長はもっと話を聞いてくれた」みたいな感情が従業員に発生すると事態はもっと悪くなります。だったら、最初から独断専行のワンマン社長をやっていた方がよかったという話にもなります。最初から「意見は聞くが決断は経営者の仕事」という意思を経営に透徹しておいた方がよっぽど楽なのです。   そして、これは経験から来るものですが、危機対応において「チームワーク」や「民主制」は毒です。あれは判断が遅すぎるし、複数の意見の中間を取った平均的なものになりやすい。そこは腹をくくって「俺の命令を聞け」でいいのです。   「やれ」「決断するのは俺だ」「おまえの仕事は経営ではない」の発声練習をしましょう。これが意外とスルっと出てきません。現場から上がってきた声を踏み潰せなくては社長など務まるわけがないのです。危機に於いて人間関係ストレスを感じるのは完全に無駄です。   そこで苦しみを感じていたから僕は無能だった、本当にそう感じています。ただ、これはあくまで「現場の声をシャットダウンする」という意味ではありません。情報は取る必要があります。しかし、経営判断は全て経営者が握っているという前提を絶対にぶらさないことが重要です。これがブレると最悪反乱まであります。(ありました。ありました。)   「従業員と和気藹々とお互いを尊重しながら楽しく仕事」これが理想であるのは間違いありません。しかし、それは儲かってからでいいのです。それまでは、従業員は単なる駒でいいのです。また、従業員もイザというときに「駒」以上の働きをさせられることなど御免蒙るのです。僕だってイヤです、だったらもっと給料と裁量くれよという話です。 会社で人間関係を上手くやることは不要ではないか このお話は「出社拒否したくなったときに出社できる状況を作るノウハウ」は一つも含まれていません。しかし、「出社しない」は究極的にアリで、「人間関係を上手くやる」そういったものは、そもそも不要ではないかという提案です。   人間関係ではなく、適切に指示を飛ばすマシーンであればいいのです。従業員が動き、利益が出ればそれでいいのです。そこに向かっていくという意思を持てば、「人間関係で悩む」ことは少なくとも減ると思います。   人間と人間が上手くやっていくのはとても難しいことです。本当にそれは難しい。しかし、考えてみてください。「人間関係が良好である」というのは、会社が上手く回ることの必須条件では全くありません。蛇蝎のごとく嫌われる社長だって、儲かっていれば正しいのです。   結果に向かう過程を、目的に対する手段を選ぶ余地が大きいというのが数少ない経営者の特権です。何でもアリです。「人間関係に悩むのなんかやめちまえ」、「会社経営に悩め」というのは、結果的に救いになるのではないでしょうか。   わかりますよ。みんなに好かれたいです。みんなに愛されたいです。チヤホヤされたいです。   でも、それは「儲ける」ための手段に過ぎません。僕はこの部分を本当に見誤っていました。もちろん、その前提を踏まえたうえで「家族や友人のような関係を社員と構築する」という選択肢もあると思います。しかし、この前提は揺らがない。そこにあるのは人間関係ではなく、契約関係ですし労使関係です。そこを忘れないのが、従業員に会いたくない日の特効薬だと思います。   余談ですが、この考え方を透徹した場合、社員同士が敵対を始めるなどした場合もあっさり結論が出ます。「利益になる方を尊重し、利益にならない方を切る」という絶対の判断基準がありますから。良い人間である前に良い経営者であろう、そういう考え方は、救いになりえると思います。良い人間であることはあなたの仕事ではありません。そこは放棄していいんです。負荷に押しつぶされないよう、やっていきましょう。     ...

  今回はオウンドメディアの現役運営者、これからオウンドメディアを運営しようとされている企業、担当者に向けた記事です。   「オウンドメディアの運営を始めてみたけどアクセス数が伸びない」「そもそも何から取り組み、オウンドメディアというものをどのように捉え、コンテンツをどう更新していけば良いかわからない」そう悩んでらっしゃる方、数多くいらっしゃると思います。   私自身も、メディア運営に関して何の知識もなく2015年1月に「街角のクリエイティブ」を立ち上げ2年半、試行錯誤を繰り返してきました。アクセス数が伸びずに悩んだこと、しばらくマネタイズがうまくいかず苦しかったことなど、困難も多々ありましたが、ようやくライターや編集担当者のおかげで、100万PVを超えるメディアに成長させることができ、運営に支障のない収益を生み出すこともできています。   そこで、自身の2年半を振り返り、備忘録という意味合いも兼ねてオウンドメディアを運営する上で気をつけるべき5つのことをまとめてみたいと思います。 1. どうやってマネタイズするのか? 「いきなりお金の話か」と思われるかもしれませんが、オウンドメディアで一番重要なことは何といっても「続けること」です。   大きな企業で取り組まれているなら、採算が取れていないと社内の風当たりが強くなりサイト閉鎖なんてこともあるでしょうし、小さい会社や個人で運営されている方もメディア単体で儲かっていなければ別の収益源を見つけなくてはならず、コンテンツの更新がおざなりになってしまう可能性が出てきます。つまり、立ち上げようとしているメディアでどのようにお金を稼いでいくかは、最も重要で、できれば最初に考えておきたいことと言えます。   「著名なライターをアサインすればページビューが伸びる」「SEOを意識した記事を量産すればページビューが伸びる」とページビューのアップに目線が行きがちですが、ページビュー以上に重要なのが「マネタイズ」です。   アドセンスや様々なSSP(サプライサイドプラットフォーム)を導入し、ページビューを上げていくというオーソドックスなやり方もあれば、バナー広告を入れず記事広告だけでマネタイズする。検索で流入したユーザー向けにアフィリエイト広告を設置する。一部または全部のコンテンツを有料にして講読料でマネタイズする、など様々なマネタイズの仕方がありますが、何より大切なのは最初に決めておくこと。最初に決めておくことで、マネタイズ法に合ったサイト制作が可能になり、収益も上げやすくなります。 2. どのようなコンテンツを提供できるサイトなのか? 1とも連動する話ですが、記事広告でのマネタイズも、アフィリエイト広告を貼ってのマネタイズも、「そのサイトにはどういう情報が載っているのか」ということを明確にすることが大きな強みになります。   広告主にとって「そのメディアはどういった属性の人が見ているのか」が一番気になるところなので、日頃からターゲットを絞りその層から支持を得られる記事をアップし続けることで、記事広告出稿のハードルを下げ、検索流入を増やすことができます。美容であれば美容、恋愛であれば恋愛という柱を見失わずにコンテンツを作っていくことで結果、アクセス数アップとマネタイズにつながるのです。 3. 丁寧な記事作りを心がけているか? Web上の記事はクラウドワークスで外注したり、社内のスタッフで作ればコストを抑えることが可能です。しかし、世の中にあまたある記事の中で読んでもらうのは一筋縄ではいきません。   手っ取り早く文字数を稼いだ記事を載せるのではなく、取材や「やってみた」等きちんと足を使って記事を書く。記事のサムネイル画像もオリジナルにこだわる。誤字脱字等、校正もきちんと行ってクオリティ管理をすることが結果メディアの成長につながります。 4. 過去の記事のメンテナンスはできているか? オウンドメディアを運営していて忘れがちなのが、過去記事のメンテナンスです。検索流入が多い過去記事をメンテナンスすることは労力も少なく、安定したアクセス数を稼いでくれるので必ずやっておきたいこと。Google Analytics等を利用しアクセス数の多い記事から、画像のリンク切れ、終了したイベント等の告知等が入っていないか、追記できるポイントがないかをチェック、加筆修正します。アクセス数の多い記事をメンテナンスし検索順位を落とさないことが、効率の良いメディア運営の絶対条件です。 5. SNSでの発信内容を吟味できているか Twitterやfacebook等のソーシャルメディアを単なる告知メディアと捉えてしまい、アップした記事の紹介のみを投稿するのはもったいないことです。ソーシャルメディアオリジナルのコンテンツを作成して、そこでしか読めないコンテンツを作ることで「フォローする理由」を強め、より多くのフォロワーを獲得することができます。結果オウンドメディアの記事にもアクセス数が集まるという相乗効果を生むことができます。 まとめ 以上、私が2年半のメディア運営歴から学んだ「オウンドメディアを運営する上で気をつけるべき5つのこと」でした。今回は基本的なことを羅列しましたが、また機会があれば突っ込んだものをまとめたいと思います。   皆様のメディア運営がうまくいくことを祈って、この記事を締めたいと思います。     ...

  人間は争います。全ての人間が分かり合えるなんてことは、到底ありえません。だからこそ、僕は「ニューアキンドセンター」で書かせていただいた文章で「争いが起こらない仕組みづくり」を繰り返し述べて来ました。   基本的に、社内戦争が一度起きてしまった場合事態は致命的です。人間同士の「お金」と「意地」と「生活」と「信念」をかけた争いが、話し合いで円満に解決するなんてことはほとんどありません。   裏切り者の出ない組織を作ろう、離反や対立が起こらない利害関係の調節を行おう。これは前提です。しかし、それを必死で行った上でも時に「戦争」は起きてしまうだろうと僕は思います。このままでは会社が割れる。あるいは事業が継続できなくなる、それだけの回復不能な対立が社内に生まれてしまった。そういう時にどうすればいいかということを、僕の失敗経験から考えていこうと思います。   尚、創業時における持ち株のバランスで事態がグチャグチャになるケース、例えば50%ずつの持ち株二人で創業した、あるいは複数人が出資し、誰も株式の過半数を有していない、みたいな状況についてはこの話では触れません。それは創業するときに当たり前に考えておくべきことです。   ここでは、「原理的には問題のある人間を解任・解雇をすることは可能だが、経営上の問題でその解決策が選べない」という場合について話をさせてもらおうと思います。対立の具体例については、こちらのエントリも是非ご参照していただければと思います。   >> 英雄頼りの「会社経営」から抜け出す理由。兎を獲ったら犬を煮る話。 ...

  若い世代を中心にシェアハウスの利用が一般化しています。家を複数人でシェアするスタイルは、数年前まで「そういうの好きな人いるよね」程度の認識でしたが、現在は暮らしの1つの選択肢として選ばれています。   投資として利回りがいいことも注目されてシェアハウス運営者は増える一方。ひつじ不動産、東京シェアハウスなどシェアハウス専門サイトもたくさんあります。急速に競争が激しくなり、撤退する業者もあらわれはじめるシェアハウス業界。   そのなかで順調に規模を拡大しているのが「絆家シェアハウス」です。2017年7月現在、6軒のシェアハウスを運営し、平均稼働率は脅威の90%(※オープン後、半年以上のハウスを対象)。東京と大阪で合計約100名の住人が暮らしています。今年中にさらに2軒増える予定だとか。これだけの数のシェアハウスを社長夫婦と社員1人の3人で運営されています。 上記写真は取材に伺った東武練馬駅の絆家シェアハウス。4階建て18室で35名住んでいます。絆家シェアハウスを運営する「株式会社絆人」平岡夫妻に、「シェアハウスを円満運営するコツ」「住人を寄せつけるポイント」を伺った参りました。 入居期間は業界平均2倍!「居心地のいいコミュニティー」を作るポイント ▲絆家シェアハウスを運営する平岡夫妻   ――ずいぶん大きなシェアハウスですね。何人住んでるんですか?   いま、住人は35人です。私たちも夫婦でここに住んでます。もともと貴金属工場だったので大きいんですよ。「みんなでつくるシェアハウス」ってプロジェクトを立ち上げて、みんなでどんな内装にするか考えて、部屋割って、お風呂入れて、DIYで椅子や机を作ったりしました。   ――35人!学校の1クラス分ですね。どんな方が住んでるのでしょうか   ここのシェアハウスの男女比は6割男性、4割女性。カップルも私たち以外に2組住んでます。年齢は下が19歳から上は30代半ばぐらいですね。ほとんどが会社員ですが、フリーランスで仕事してる人が3人いるかな。   社会人になって数年経ち、仕事が落ち着いて会社と家の往復に退屈になってきて、あたらしい刺激が欲しいなと入居してくる方が多いですよ。あとは地方から都内に上京してくるタイミングですね。一人暮らしだと、礼金、敷金、仲介手数料と、また家具を新しく一通り揃えると引越し初期費用が40円-50万円と高くなってしまうので、今まで引越しに踏み切れない人が多かったと思います。   シェアハウスだと、礼金、敷金もなく、家具が最初からすべて揃っているので、引越しがしやすくなったと思います。人と住むことにそれほど高いハードルを感じない人なら、シェアハウスはひとつの選択肢になりますね。   ――平均でどれぐらいの期間住まれるんですか?   シェアハウス業界全体の平均だと半年から1年ぐらいと言われてるんですが、私たちの場合は1年~2年ぐらいですね。引越しする理由としては、転職して勤務地が変わるとか、結婚するとか、ドミトリーに住んでたけど1人部屋に暮らしたいとか、そういうタイミングが多いですね。   ――業界平均の2倍長く住まれるんですね。なにか理由があるんですか?   居心地のいいコミュニティーが付加価値ですね。シェアハウスに暮らすことで、誰とどういう関係を作れるのかがポイントです。シェアハウスって敷金礼金がないので、ハード面で選ばれると近くにもっと条件の良いところができると簡単に移られちゃうんですね。家具も備えつけを使う方がほとんどですから引っ越しも楽ですし、入りやすくて出やすい構造。 でも、居心地いいコミュニティーがあればよそに移らないんです。私たちのシェアハウスでは、住民の歓迎会からはじまり、誕生日会などのイベントや、ごはん会など、住民の交流が密にあります。 ▲住民たちのLINEグループ。頻繁にやりとりされている。   ――なにか交流を促す仕組みがあるんでしょうか?   いきなり「みんなで話して」と言っても何を話していいか分かりませんよね。新しく入った住人も、既存の住人の仲が良いからこそ「私、入れるかな……」と不安になってしまいます。だから、「料理が好きだから住んでみたい」「イベントがあるから住んでみたい」と別のファクターが必要なんですね。きっかけがあると入りやすいです。   ――別のファクターですか   たとえば高田馬場に「masobiシェアハウス」というシェアハウスがあるんですね。masobiは学びと遊びをくっつけた造語なんですが。このシェアハウスでは月に3~4回、資格をもってる人をお呼びして料理教室やヨガ、コーヒー教室をリビングで開催しています。そうすると「料理教室があるから」と自然とリビングに集まりやすくなります。こういう教室って「わざわざ出かけるのが面倒くさい」「知らない人がいるからしんどい」となかなか長く続かないものですけど、シェアハウスでやれば気の知れた住人同士なので安心して続けられるんですね。 ▲広い屋上を使ってバーベキューパーティーや流しそうめんをすることも   ――なるほど。共通のコンテンツを体験すれば、自然と会話も生まれますね   コミュニティー作りが目的なので、そういった学びの教室もその道で教えるプロを呼ぶというよりも、居心地の良い雰囲気を作ることが上手な人当たりの良い講師をお呼びすることが多いですね。   コンセプトシェアハウスと言っても、あまりにニッチにしすぎると事業として成り立たなくなってしまいます。たとえば「麻雀シェアハウス」とか「人狼シェアハウス」を作って何十人と埋まるかどうか。趣味として一緒にやりたい人と、一緒に暮らしたい人はまた違ったりもするので、その辺りのバランス感覚が必要ですね。   増えてきてるコンセプトとしては、起業家シェアハウス、英会話シェアハウスなどがあります。これは広告を打つべきマーケットがはっきりしてるからです。起業家シェアハウスならビジネス系のセミナー、英会話シェアハウスなら英会話教室・日本語学校など、ターゲットがどこにいるか明確なものは事業として成り立ちやすいですね。   中には、ニッチなコンセプトで鉄道好きのシェアハウスや、サーファーシェアハウスなどもありますが、趣味の延長線上でシェアハウスをされたい人にはそういうのもありだと思います。 ゴージャスな設備がないなら、コミュニティーで差別化する   ――大阪では旅好きのためのシェアハウスを運営されてますよね   はい、「旅するシェアハウス」という名前で運営しています。大阪には知り合いが1人もいなかったので、「旅」というコンセプトを明確にして、旅のイベントや旅好きが集まるバーなどに出向いていってコミュニティーを作っていきました。   ――そんな草の根的で地道な活動をされてるんですね   自分も旅に興味があるからこそ出来ることですね。「旅好きが集まるシェアハウスをはじめました」と話して、外国人観光客にフリーガイドツアーやってる人たちや国際交流イベントの主催者たちとコラボ企画を月何回もやっていきました。そうやって旅好きに存在を認知してもらう。8割のシェアハウスは特にコンセプトがないので、こうしたテーマがあるとシェアハウスにそこまで興味のなかった人のアンテナにもひっかかってもらいやすいです。   旅するシェアハウスは大阪の北のほう摂津市にあるし、駅からも決して近くはありません。大阪の中心地ですらそんなに家賃は高くないですから立地やハードの部分だけでは差別化が図れません。住みながらいろんな外国人と触れ合えたり、普段は仕事でなかなか旅に出られない人が、日常生活の中で旅を感じられる生活の魅力を伝える。そういったハード面以外のソフト面の付加価値をどう付け加えられるかが大切です。   ――差別化のために重要なのは分かりますけど、コミュニティー作りに本当にすごい手間をかけてるんですね   好きじゃないとできないかもしれませんね。私の場合、コミュニティー作りがライフワークなのでそれを負担とは感じませんが、このソフト面をビジネスライクに効率だけで考えようとすると難しいと思います。   シェアハウスは今2極化しています。 1つは100人前後の大型のシェアハウスで、設備も豪華なもの。ヨガスタジオ、映画施設まであってホテルのようなゴージャスな暮らしができます。ハードの部分を充実させたいという人にとって魅力的なシェアハウスです。結果、住んでる人数も多いので気の合う人も見つかりやすい。   もう1つは居心地の 良い住民との関係性にフォーカスをして、コミュニティがしっかりしているところ。そのために、コンセプトを明確にしているシェアハウスです。英語が学べる、旅が好き、起業家と切磋琢磨できる関係性があるなど「こういう人と住みたい」で選ぶシェアハウスです。   私たちは後者に入ります。   逆に、大型シェアハウスでもなく、コンセプトもあいまいな中間層は難しくなってきています。たとえば、2~3年前に従来の不動産業者が利回りの良さに目をつけてシェアハウス業界への参入が一気に増えました。キッチンなど水回りが1つにまとめられるので工事費が浮きますし、1K物件なら同じキャパで、15人しか住めなくてもシェアハウスなら30人住ませることができる。   でも、私たちはシェアハウスは不動産業というよりサービス業に近いと思っています。シェアハウスは、1Kマンションの集客方法と運営方法とはまったく違うからです。   結局は、満室時の利回りだけで考えても、居心地の良い住民コミュニティーが作れていないと長く続きません。「隣の部屋がうるさい」「だれだれさんが嫌」など、住民同士の関係性ができていれば起こりにくいクレームが多くなり手間がかかり、結果人件費が増えてしまいます。   一見、表面上の利回りは良いように見えますけど、実はすごく手間がかかります。ソフト面での差別化もできず、結局は価格競争になって家賃を下げざるを得ない。そうすると収益性が下がる。「こんなことなら普通の1K住宅にしたほうが良かった」と撤退するところも多いようです。 事業としてやるなら一軒家のシェアハウスはおすすめしません ▲お菓子教室を開催したさいの写真   ――コンセプトを立てる以外に運営のポイントはありますか?   コミュニティのあるシェアハウスを作ろうと思うなら、住人の人数をある程度多くするのがポイントかもしれません。人数が少ないと、コミュニティができにくいか、できるまでに時間がかかります。シェアハウスは20代から30代前半の社会人が多いので、どうしても仕事の終わる時間にばらつきがあります。たとえば一軒家5〜6人の規模だと生活リズムの違いで普段顔合わせなかったり、コミュニティーが出来にくいようです。   現在、私たちは15人以上の規模のシェアハウスでないと新しく手をつけていません。人数が多いといろんなタイプの人がいて、コミュニティとしてのバランスが取れるので、大人数の方がコミュニティも早く育っていきます。15人程いると自然とリーダーシップをとれる人が住民から出てきますし、その中で特に気の合う小さなグループがいくつかできて自然とコミュニケーションが生まれます。   また、ある程度の規模だとこちらの運営費から定期的に外部から清掃業者が入ってもらえるので、ともすればトラブルのもとになるような掃除問題も未然に防ぎやすくなります。   ――人数が多い方がコミュニティが自然と育ちやすいということですね   あとは、内見時にどういう考え方のシェアハウスなのかはっきり説明してミスマッチを少なくするのもすごく重要ですね。住んでいるのは背景が違う人たちばかりだから、内見のときに「絆家シェアハウスでは、コミュニケーションを重視してるシェアハウスです。考え方の違い、価値観の違いを受け入れることを楽しめるかどうかが大切。それができないと絆家には合わないかもしれません。あまり交流を求めないなら、1人暮らしみたいにプライベートをより重視するシェアハウスもたくさんありますからそのほうがいいかもしれません」とはっきり説明します。   シェアハウスのコンセプトを理解せず、好き勝手にやる人が1人でもいると居心地の良いコミュニティは壊れてしまうこともあります。内見時に面談というわけではないですが1時間くらい「シェアハウスにどんな暮らしを求めているか」「どういう人が苦手と感じるか」「チームやグループではどんなポジションが居心地が良いか」といった話題を雑談を交えてします。   そうすると、自然とミスマッチなく、お互いにとって不幸なシェア生活を送る必要がなくなります。「安いからシェアハウスに住みたい」というだけの方にで、こちらが難しいと判断した場合は、審査の末こちらからお断りすることもあります。   安さや立地だけで判断して入居希望される方は、すれちがっても挨拶がなかったり、誰かがリビングを使ってたら煩わしい人間関係を避けて部屋から出てこなかったり、コミュニティーが生まれませんので。今のシェアハウス住民の居心地の良さを守る上でも大切にする部分の判断基準は大切にしています。 シェアハウスごとに1人リーダーを任命する   ――どういう人に住んでもらうか。そこからコミュニティー作りはじまってるわけですね   そうですね。人はとても大切なポイントです。現在5つのシェアハウスを運営していますが、それぞれのハウスには母親的な存在の住人ハウスマネージャーがいます。   ――ハウスマネージャーの役割はどんなことでしょうか   新しく来た人を受け入れてみんなに紹介したり、ごはん会を設定したりと、いたら安心できる存在ですね。母性を感じるタイプの女性が多くて「この人のためなら何かしたいな」と自然と思わせるような人徳のある人にマネージャーをお願いしています。   月一回私たちとハウスマネージャーでミーティングをして、現状の課題をシェアして解決案を出し合ったり、こういうイベントやろうと決めたり。決まったことはハウスマネージャーを介して各ハウスに伝えてもらいます。   私たちもすべてのハウスに住めるわけではありません。やっぱり実際に住んでて、良くしたいと思ってる人にやってもらったほうがいいコミュニティーができるなと思い、できるだけ住民の中からお願いしています。   みんなでワイワイやるイベントや学び場などはシェアハウスの一番楽しい部分ですから、ハウスマネージャーにリードしてもらえたら嬉しいと思っています。 逆に言いづらいような部分は私たちから住民に伝えるようにしています。 まとめ ・入りやすくて出やすいシェアハウス業界では居心地のいいコミュニティーをいかに作るかが安定した運営に繋がる。 ・交流をうながすために料理教室やヨガ教室を開催。共通のコンテンツで会話のきっかけを作る。 ・ホテルみたいなゴージャス設備がないなら、ソフト面で差別化する ・活発なコミュニティを育てるにはある程度の住居人数が必要 ・シェアハウスごとに母親的なハウスマネージャーがいることが大切 「シェアハウス運営は不動産業というよりサービス業」とおっしゃっていた真意が見えてきました。     ...

  世の中には色々な商売があり、悩みもまたそれぞれだと思いますが、シンプルに「客が来ない」という悩みはありますよね。これが例えば、仕事を自分で動いて取りに行けるような業種なら「営業しよう・・・」ということにもなるのですが、店舗を構えて待ちをベースにしているとそれもなかなか出来ません。特に飲食店などは、創業当初など客足も全く安定せず、地獄のような多忙と更なる地獄のような暇さを同時に味わうことになりがちです。   こういう時に何をすればいいのかについて、僕にはわかりません。しかし、何をしてはいけないのかについては大体分かった気がします。今回は飲食店をベースに考えますのでそちらの話が多いですが、他の業種にも通底するお話だと思います。何せ、僕がこの間までもがいていた地獄のお話ですので、鮮度はバッチリです。 うまくいかない時、従業員に発破をかける 僕も飲食業の個人店でアルバイトをしていたことは結構あります。基本的に接客業には向かない人間なのですが、料理にも酒にも興味があったのでカウンターにも厨房にもそれなりに立って来ました。その中で、個人経営店のオーナーがやることの中でも最悪と感じたのがこちらになります。   客が来ないとアルバイトは暇を持て余します。それを見てイライラする気持ちは痛いほどにわかります。しかし、「仕事が無いなら探せ!」程度ならまだしも、「現状打破のアイディアの一つも出さねえのかテメーは、友人の一人にでも電話入れて呼べよ!」と怒られた時には、「ああ、これはもう末期的だなぁ・・・」という気持ちになりました。   「とりあえず従業員を絞り上げる」は実のところを言うと、経営者の選択肢としてはそれなりに有力です。現場の空気が緩んでいて生産性が上がっていない時などは、とりあえずこれをやってみるのは一つの手でしょう。一般的にこういうことを公言すると怒られますが、最後の一滴まで胡麻から油を搾るのは大事な仕事です。   しかし、「そもそも客が来ない」時にとりあえず従業員を怒鳴りつけるのは本当に意味のない行動です。それでも、飲食店に限らず経営が上手くいっていない経営者は大体これをやってしまいます。   僕は「部下は大体僕より有能」という状態で経営をしていたので、あまり機会に恵まれませんでしたが。きっと状況が揃えば僕だってやってしまったんだと思います。それくらいありふれた話です。そして、これが発動したお店が長く生き残るのを僕は見たことがありません。   「現状打破のアイディアを出せ」みたいな抽象的な指示を理解して自ら行動してくれる部下がいるとしたら、それは本当に得難い宝です。しかし、一般的な従業員がこういうものだとは思わない方が良いと思います。ましてや、「客が来ない」という状況下で高圧的に出された指示を実行する従業員なんてまずいません。   客が来ない、日々経営が悪化していく状況下で、すさまじいストレスを感じていることはわかります。しかし、そのストレスを従業員にぶつけても事態は悪化しかしません。それだけ暇なのにその従業員を雇っているということは、業務継続に最低限必要な人員なんですよね。その方に逃げられたら、また求人費用と教育費用がかかるだけです。   とにかく、「従業員に無駄なストレスをかけない」を徹底した方が良いでしょう。というのも、業務が暇ということは部下とあなたは気詰まりな時間をどうしても長く共有することになってしまいます。創業期の不安定な時期に人員的不安定という更なる悩みの種を呼び込むのは本当に避けましょう。これは、本当に意識していないと出来ないことだと思います。あのストレスの中で正気でいるのは本当に難しい。 うまくいかない時、別の儲け話を探す お金に困っていると突然降ってくるタイプの儲け話というものは存在します。といいますか、本業が上手く回らず他の儲け話を探している人間についてちょっと想像してみてください。「これより嵌め込みやすいカモはいない」って誰でも思いますよね。これは必ずしも詐欺とは限りません。合法的な範囲で致命的な結果をもたらす取引なんてゴマンとあります。そして、商売が上手く回っていないと認知されるということは、この手の皆さんにターゲットとして認識されるということです。   商売を始めてみるとわかりますが、商売人同士の間では常になんとも形容しがたい儲け話が流通しています。それは、ちょっと見には非常に魅力的なものだったり、あるいは本当に大ネタだったりします。酒場でふと拾ったネタからガッチリ儲けが出た経験だって結構な割合の人にはあると思います。僕もあります。   しかし、商売が左前になってくると、この回ってくる話のリスク度合いが一気に跳ね上がります。まぁ、そりゃそうですよね。絶好調の人間を口説こうと思ったらそれなりにオイシイ話をしなければなりませんが、進退窮まっている人に持っていく話をそれほど厳選する必要もありません。ちなみにこの先には「話すら来なくなる」「来る話は大体法に触れる」というフェーズもありますが、まぁこの話はいいですよね・・・。   商売人の性質として、一つの事業がヤバくなるとそれを立て直すより「なんか別のことをやるか」という方向に行きがちです。往々にして、赤字を吐き出している事業を整理しないまま他のことをやろうとする人が多いです。実際このパターンでホームランを打つ人も意外といるので、否定しにくいところはあるんですが。それでも、強運と実力を併せ持った一つまみの人以外は、傷口を致命的に広げることになります。   「ツキがないときは何をやってもダメ」は、商売に関しては純粋に構造的な真理だと思います。上手くいっていない人間に上手い話は来ないのです。しかも、上手くいっていない人間は判断力も鈍っています。逆転ホームランを打つしかないと目が血走った人間が正常な判断を下せるでしょうか。   しかし、この話には更に辛いオチがあります。負け勝負を取り返そうと思ったら、どこかで恐怖を振り切って勝負に出るしかない、それも劣悪な選択肢の中から往く道を選ぶしかない。これもまた真理です。このとき、どういう判断を下すかは個人個人が人生を賭けて勝負するところなので、何も言えません。良い旅を祈ります。 うまくいかない時、めんどくさい人間になる 商売が上手くいっていない人間には二種類います。 異常に人前に出てくるか、人前にほとんど出てこなくなるかのどちらかです。ちなみに、僕は後者でした。だってねぇ・・・。ちなみに、このいずれも非常にダメだと思います。   理想論を言えば、どれほど商売が上手くいっても驕らず、上手くいっていなくても卑屈にならない。これが理想です。こんなの誰だってわかりますよね、そりゃそうでしょう。驕るのは論外ですし、卑屈になり過ぎればその分足元を見られるだけです。ハッタリも効かなくなります。   実際のところ、自分が完全にコケてから皆様に挨拶に行くなどしてわかったのですが、商売人は案外やさしいです。「商売が上手くいかない」みたいな苦悩を彼らは大体わかってくれます。コケて初めて「俺も2回コカしたよ」みたいな話をしてくれた経営者がたくさんいました。   だから、変に突っ張る必要も逆に卑屈になる必要もあまりなかったんですね。自分の手持ち資金や腕力を正確に把握し、ちょっとだけ大きく見せようとする。これだけで十分だったはずです。「仕事が来ないなら人脈増やすぞウォォー!!!!」みたいなテンションで夜の街を漂流する経営者は多いです。しかし、これは正直なところ「上手く行ってる人が多忙な時間を割いてやる」なら効果的だと思いますが、酒場で「コミュニケーション!」と叫んでいるおっさんは、あまり相手にしたくないですよね。特に儲かっていない人の場合は・・・。みんな敵を作りたくないのでにこやかに接してはくれますが・・・。   飲食界隈でも「客が来ないなら飲みに行け」という格言があり、これを実行されている方もちょいちょいお見受けしましたが、正直言って3回来てくれた辺りで義務的に「そろそろ行かなければダメか・・・」という心理が発生する程度です。プラスにはなりません。「オススメの店」としてお客様を紹介するにしても、自分の商売のカンバンを賭けてご紹介出来るお店に限ります。お客様にお店を紹介するのは結構怖いのです、「いや・・・好みではなかったかな・・・」と言われてしまうのは厳しいですからね。   もちろん、お客様を融通しあって商売を回しているような界隈もあります。そういう場合は例外です。この辺の政治性を勘案せずに社交をしても、コスト負けするのは多分間違いないと思います。人間、物事が上手く運ばないと必ず何らかの方向でめんどくさい人間になってしまうものだと思います。これは本当に仕方がないことですが、なるべく避けるのが一番です。本当に辛いことになります。   ここまで書いていて吐き気がしてきました。前回とも引き続きのエントリですが、辛いときは本当に辛い。しかし、経営者である以上、「俺の辛さを理解しろ」と叫んでもあまり得をすることはありません。なるべく控えていきたいものですね。   お勧めの息抜き媒体はインターネットです。商売が上手くいっていない商売人の話には結構需要があります。愚痴が言える有り難さがある。そして、仕事から離れた話も出来ます。映画や本などお金のかからない趣味も有効です。延々悩み続けるのは美徳ではありません、かなり難しい注文だとは思いますが、仕事以外の時間も確保するようにした方がいいです。   「24時間仕事のことを考え続けろ」みたいなアドバイスをする人もいますが、あれは超人向けです。上手くいっているときは一日24時間でも30時間でも仕事のことを考え続けられますが(だって楽しいし)、辛い時にそれをやっても自分を追い詰めるだけです。そもそもそんなに考えることなんて無いでしょう?賽を投げたら目が出るまで待つしかない、そんなもんですよね。   とにかく、無駄に苦しんでも良いことはありません。誰にも愚痴れないその辛さは本当にわかります。人生、あれより辛いことはそんなにありません。しかし適宜、気持ちを緩められるところは緩めて、死なないようにやっていきましょう。     ...

  連日30℃を超える熱い夏。 せめて足元だけでも涼しく過ごしたいものですよね。 そこでオススメのトレンドアイテムが「便所サンダル」です。   いま、ひそかに便所サンダルが盛り上がっているのです。便所サンダル、略して便サン。愛好者たちが履いて出かけるのは便所だけではありません。町にくり出し、デートに出かけ、どこにだって便サンを履いていきます。マキシマムザホルモン マキシマムザ亮君さん、ゴールデンボンバー鬼龍院翔さんらの著名人も便サンの愛好者として知られています。   今回はお話しを伺ったのは便所サンダル専門通販サイト「ベンサン.JP」の飯田正勝店長。倉庫を兼ねたオフィスは天井までうず高く便サンが積まれています。当初はご自宅でやられていたそうですが、流通規模が広まってきて、便サンの段ボールで部屋が埋めつくされ、日常生活に支障をきたしてきたので、オフィスを持つようになったとか。 ▲便所サンダル専門通販サイト「ベンサン.JP」   実店舗は持たず通販サイトだけでの販売ですが、2016年は年間19,000足もの便所サンダルを売っています。世界一便所サンダルを売る男・飯田さんに、ニッチ商品をネットで販売するポイントをお聞きしました。 便所サンダル専門通販サイトをはじめたきっかけ   ――便所サンダル専門通販サイトをなぜはじめたんですか?   もともとは便サンじゃなくてギョサンの通販サイトをやってたんです。   ――え?ギョサン?   漁業従事者用サンダル。略してギョサンです。 沖縄の友だちが「こっちではみんなギョサン履いてるのに本土で観たことない」って言うんですね。滑りづらいサンダルなのでサーファーや釣り人が好んで履いてるんです。   たしかに当時は誰も履いてなかったし、通販サイトもなかった。「おもしろそう、売れるんじゃない」と浅草の靴問屋街を歩いて2~3軒めぐって、40足買ってきたんです。そこからサイトを自力で作って、友人と2人で「ぎょさんネット」を立ち上げました。友人が店長で、僕はバックヤード業務担当でした。   ――すぐに売れたんですか?   それなりに売れました。 売り上げを購入資金にあてて3か月ぐるぐる回したらひと夏で200万円くらいまで増やせました。2年目も同じくらいですね。ギョサンはビーサンみたいな物なので、当時は夏しか売れませんでした。   ギョサンがブレイクしたのは2011年冬ごろで、嵐の大野くんがとあるテレビ番組で毎回毎回ギョサンを履いてたんです。冬の2月だっていうのに「ギョサン 大野」みたいな検索ワードで調べられまくってて、1日20~30PVだったアクセスが数千PVまでいきました。   ――順調だったのに、なぜ便サンに鞍替えしたんでしょうか   ギョサンってカラーバリエーションが結構あって色々集めるのも楽しかったんですけど、雪が振るとさすがに冷たい。でも「便サンなら靴下履けるし、雪の日でもいけるんじゃね」って思ったんです。   あと、ギョサンは型が2~3種類なんだけど、便サンは型が多い上に廃盤品などのレア物がたくさんあるんです。片っ端から集めてやろうと思ってホームセンターとか巡っても日本製の便サンはなかなか集まらなくて。どこにでも売ってそうなのに、現行品でさえどこにも売ってないんです。   となると、もう問屋に数十個単位で発注しないと手に入らない。根がコレクター気質なもんですから「じゃあ、大量仕入れして売っちゃったほうがいいや」と趣味と実益をかねて便サンを売りはじめたわけです。 ▲取材時も飯田店長はレアな便サンを履いていました   ――1つ手に入れるために何十個も注文しなきゃいけないなら売っちゃえと。   そんなことを考えてるときに、ギョサンや便サンのメーカー・丸中工業所に打ち合わせに行ったら「実はギョサンより便サンのほうが数は出てるんだよね」と言われまして、「それなら本格的にやってみよう!」と決意したわけです。   で、2011年に便サン絡みのドメインをバーッって10個以上取りました。取ったはいいけどそのまま放置して1年経っちゃって更新時期になりまして。更新料だけ払って何もしないのはもったいないので2012年にベンサン.JPを作って、ギョサンから便サンへ移ったわけです。いまは店長をやってた友人が一人で「ぎょさんネット」を運営してます。   ――はじめてみたら、どんな手応えでしたか?   便サンはどっちかっていうと業務利用が多いんじゃないかと思ってたんですよ。病院や介護施設、工場、厨房といったところが買うだろうと。丈夫で長持ちするのでマニアやコレクターじゃない限り、何度も買う物じゃないと思ってたんです。   でも、実際やってみると日本産の便サンを渇望してた人たちがたくさんいたんです。「前は近所で買えたのに、今はどこも売ってない!」と困ってた層がいた。最初はニシベケミカルの「VIC No.510ダンヒル」という種類の茶色と、丸中工業所の「PEARL...

  商売を始めるには、多くの場合何かを仕入れなければいけません。また、商売をする以上何かを売らなければいけません。そこには当然「交渉」というフェーズが発生します。しかし、創業したばかりの人間にとってこれは鬼門です。あなたの商品は、実績ある会社の商品より安く買い叩こうとされますし、あなたに何かを売る人間は高い値段で売りつけようとします。これは当たり前のことです、誰だってそうするでしょう。   良いものを安く買う、あるいは自分の商品をなるべく高く売る。これは商売の極意です。つまるところ、これさえ出来れば儲かります。しかし、商売を始めればすぐに突き当たるでしょう。それが恐ろしく難しいことであると。 商売という土俵は平等ではありません。圧倒的に先行者が有利です。当然ながら、後発組には無い信用と実績という積み上げがあります。大抵の場合、先行者は資金量も後発であるあなたより上でしょう。これを覆すのは並大抵のことではありません。   そういうわけで、代表取締役という輝かしい肩書を刷り込んだ名刺を持って交渉に行くのは本当に苦行です。誰もが欲しがる商品を商っているところほど、門前払いです。売りに行く時も同様です。そんな時に使える僅かな武器について書こうと思います。 交渉術1. 名刺一つで交渉は動く、強い肩書きのデメリット 非常に基本的なビジネスハックですが、あなたが社長であっても「肩書きの無い名刺」を持っておくことを薦めます。これは、社員に名刺を持たせる時にも言えます。会社を登記して、少人数で勝負している時はつい「代表取締役」とか「営業本部長」とかそういうピカピカの肩書きをつけたくなりますが、多くの場合デメリットしかありません。   まず、会社の規模を見透かされます。代表取締役自ら営業や買い付けに出向いてくる会社が大きな会社である可能性は少ないですよね、しかも20代のガキんちょだったりしたら尚更です。50代なら「トップ自ら出向いて来てくれた」という評価を得られることもあるでしょうが、若者は絶望的です。   そして、零細企業の「代表取締役」という肩書きは一切の信用をもたらしません。「フリーター」や「無職」と同義だと思っていいです。あれで騙せるのはド素人だけです。(逆に言えば、異常に肩書きをプッシュした名刺は素人を騙そうとしている可能性がありますよね。思い当たるフシ、ないですか?「ハイパーウルトラメガ超弩級課長補佐」みたいな肩書きを好む業界について)   また、商談の相手が遥かに年上で、肩書きが「係長」だった時なんかはどうでしょう。「若いのにご立派ですねェ」という侮蔑を含んだあの皮肉は本当に心に突き刺さりました。おそらく、年齢に見合わない肩書きはある種の人間の攻撃性を喚起するのでしょう。しかも、立派な肩書きがあるだけ「手加減しなくていい、若いけれどこいつは責任ある立場であり強者だ」みたいな心理的ストッパー外しの効果もあると思います。「若き経営者」の存在自体が不愉快だ、という人もたくさんいます。   もう一つ、非常に現実的な意味合いがあります。肩書きが強ければ強いほど、交渉の場において即断即決を求められるということです。「代取のおまえより強い決裁権持った奴はいないだろう」という話です。何の肩書きもない名刺なら「会社に戻って検討します」が使えても、代表取締役がその手を打つのは非常に難しい。こちらが買う立場ならまだなんとかなりますが、営業に出向いて値引きを差し込まれた時なんかは本当に辛い。「社長さんなんだからここで決めてよ、ねェ社長さん」。   「この価格では上の許可が出なくて・・・。私はこの価格で決めたいと主張したのですが・・・」のような、交渉のポジション取りもありますよね。「私はあなたが正しいと思っているけれど、会社の人間がそれをわかってくれない。だから僕と一緒にゴールを目指しませんか、一緒に頭の悪い弊社の上層部を説得しましょう」みたいな形の交渉術はサラリーマンの基本ですよね。上司を悪者にしておけば丸く収まることはたくさんある。会社のトップとしての名刺を出してしまったらこの手も使えません。肩書きさえ出していなければ「会社に持ち帰って検討します」は嘘にはならないのです。   もちろん、逆に「代表取締役」として飛び出して行く事がベストのフェーズもあります。   例えば、部下が失態を犯した時はたった二人の会社であっても代表取締役として謝罪すれば効果が大きくなることが見込めますよね。この場合、部下の肩書きはヒラがベストです。肩書きのギャップがあればあるほど、社長の下げた頭が高く売れます。あるいは、経営者同士の社交の場に出て行くときは、トップの名刺を持つ必要があります。部下を送り込む時も強い肩書きをつけてやった方がいいですね。「私には決裁権があります」という意味合いですから。決裁権のない、話の遠い相手とわざわざ社交したがる経営者はいません。   この選択肢を選べるだけでかなりマシです。そのCEOとか刷り込まれたピカピカの名刺、本当にその交渉の場にふさわしいですか?それは検討してみる価値があることです。敵は歴戦の商人です、あなたよりキャリアは上です。肩書きでビビってくれる相手ではありません。何も考えず「代表取締役」や「CEO」みたいな名刺を使っている方は、一考の価値があると思います。「実は社長です」ということになっても怒る人はそんなにいません。   交渉術というと、「喋り」とか「立ち居振る舞い」みたいなものがまず想像されると思いますが、僕はこういった「立場」の工夫の方が遥かに即効性を持つと感じました。試してみて損はありません。 交渉術2. 「信用」を融通してもらう 「信用がある人間は交渉を有利に進められる」これは間違いなく真理だと思います。逆に言えば、信用がない人間は交渉においてとことん不利です。   しかし、創業したばかりの何の実績もない人間でも使える可能性のある強力な信用獲得の手段があります。信用のある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうことです。これはどんな場合でも非常に有効です。営業に出向く時、商品を買い付けに行く時はもとより、士業の先生などに依頼を出す時、あるいは銀行のような巨大な組織が相手であっても「紹介」は強烈に機能します。値段も対応も驚くほど変化するでしょう。   例外もありますが、経営者は大抵、人間関係をとても大事にします。飲み歩きが主な仕事という社長も多いでしょう。これは非常に合理的なことで、「信用」は貸し借り出来るのです。経営者は、コミュニティの中で人を紹介したりされたり、口を利いたり利いてもらったりして、「信用」を融通しあっているのです。それはまるで見えない通貨のようなものです。これを融通していただけるのは、涙が出るほどありがたいことです。   もちろん、実績ある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうのは簡単なことではありません。ヘタな人間を紹介すれば、紹介した側も「信用」を失うからです。しかし、「口利き」をしてやって、コストをかけず大きな貸しを作っておきたい」という心理もまた存在します。「感謝されて損はない」「貸しは作れる時に作っておけ」そういうことです。「信用」を貸してくれる人は探せば意外と存在します。力のある人間に「信用」を貸しつけるのは難しいですが、創業ホヤホヤのルーキーなら小さなコストで大きな貸しを作れる可能性がある。そういうことです。   創業する時は、自分がテコに出来る「信用」を貸してくれる人間をどれだけ確保できるかが非常に重要になります。場合によっては、出資を得ることよりも重要かもしれません。それはとりもなおさず、実績のない人間の信用度を測る方法がほとんどそれ一つしかないからです。資本金の額、会社のホームページのデキ、あるいはオフィスの豪華さ、社長の着ているスーツ、乗っている車、これらがいかに信用できないものであるかは経営をしていればすぐわかってきます。(ただし、これは信頼の担保にならないという意味でマイナス評価にならないという意味ではありません。会社ホームページがショボく、オフィスがアパートで、安物のスーツを着ていれば当然信頼は得にくくなります。ここにどれくらいコストを投下するかも悩みどころです)   1人の信用を得ることが出来れば、その人に口を利いていただいて、3人の信用を得ることが出来るかもしれません。3人の信用は、10人の信用につながっていくでしょう。 交渉は「信用」がモノを言う、そして表玄関をノックするよりは、裏口から迎え入れてもらった方が良い。もちろん、全くの無策で情熱と気合いだけを武器に正面玄関から飛び込まなければならないことも多くあるでしょうが、他人の信用を融通していただいて、裏口を開けることも常に狙っていくことをお勧めいたします。信用は魔法の鍵になりえます。   ただし、この他人から借りた信用には一つ欠点があります。どんな界隈にも人間関係があり、対立があり、利害関係があるということです。ある人から口利きをしてもらったが最後、ある種の陣営に取り込まれたと認識される。そんなことだってあり得ます。   また、利害関係が一致しない人間に対して、他人が「信用」を貸し付けてくれることはまずありません。その辺りを見通す努力を怠らないことを本当にお勧めいたします。どんな利害関係が自分の所属する界隈にあるのかですら、そう簡単には見通せません。   「信用を得る」これは究極的な交渉術です。意識して損は本当にありません。 交渉術3....