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アキンド探訪

  こんにちは、小鳥遊しほです。   イラストレーター、フードコーディネーター、コラムニスト、モデルをしています。去年「株式会社おもうつぼ」という会社も作ってみたので社長というのもやってます。いろんなことをしてないと死んでしまう病なので肩書きばかりが右肩上がりですが暇をこよなく愛しています。   さて突然ですが、「まだしたことがない事」って誰しも必ずあるじゃないですか。指先だけでスマホから知識が湧いてくる世の中だけど、物事は経験だなって歳を重ねるたびに思うわけですよ。やっぱり自分の目で耳で全身で感じなければということで、さぁ!どっか行こう!という新企画です!     編集部:「小鳥遊さん、なにしたいですか?」   小鳥遊:「工場いきたい!ビール工場って良い取材ができると思うなぁ〜」   編集部:「それ、飲みたいだけじゃないですか?」   小鳥遊:「そもそも工場見学ってデートに向いてると思うんですよ。脱マンネリ化に工場デートを!って内容ステキじゃないですか?」   編集部:「てことはビールじゃなくてもいいってことですよね?」   小鳥遊:「いや、あの、でも〜...

  ▲おふろの国「ゆ」のネオンが揺らぐ鶴見川。この川周辺にスーパー銭湯が3つもひしめき合う激戦区となっている。     私は1年程前からサウナが好きだ。 好きというより愛してる。いや、愛してるではなく空気のようにあって当たりまえ、完全に本妻としてサウナを迎え入れている状況だ。   サウナの良いところとして、一番に挙げられるのはリラックスできること。一人ハダカになって熱いサウナと冷たい水風呂を往復することで、日頃のモヤモヤや将来に対する不安などが、いつの間にかすべて汗とともに流れ出てしまう。   そんなサウナのこと、サウナ施設のことをもっと知りたいと思い、いろんなサウナを巡り歩いていたら、リラックスとは違う、自分の心に火を灯すような元気を与えてくれるサウナ施設と出会うことができた。 それが今回ご紹介する神奈川県横浜市鶴見区にある「おふろの国」。   「おふろの国」は、プロ熱波師の「サウナ皇帝」井上勝正をはじめ、全国の温浴施設看板娘で構成するアイドルグループ「OFR48」、歌うマッサージ師大西一郎など多彩なスタッフを抱え、No.1熱波師を決める「熱波甲子園」や「大サウナ博」、「熱波道プロレス」などユニークなイベントを多く打ち出す異色のスーパー銭湯だ。   ん?プロレスが入ってた?とお思いの方。正しい反応ですが、読んでいただければ腑に落ちると思います。この「おふろの国」の店長であり、これらの仕掛け人でもある林和俊さんに、イベントの意図や個性的な従業員の発掘方法などについてお話を伺ってきた。 スーパー銭湯「おふろの国」は温浴業界に熱い波を起こす ▲お話をうかがった「おふろの国」林和俊店長。     浴室の壁ごしに声をかけあう「愛してマス風呂」、お風呂にまつわる話しだけをする放送「オフロナイトニッポン」など、温浴業界の常識を打ち破るイベントをプロデュースしてきた。バケツで熱波!設備がなくてもとりあえずやってみる。   - おふろの国ができたのはいつですか?   林店長:2000年の11月ですね。僕はそのオープンの半年後に入社しました。   ...

  フェリス女学院出身のお嬢様芸人で「お笑い界の池上彰」を目指すたかまつなな氏。   正真正銘の箱入り娘で、お嬢様。なんといっても家系に驚く。ご先祖が新宿を開拓した高松嘉六氏、曾祖父は東京ガス社長で日本工業化学界の元老・高松豊吉氏。   まさにお嬢様。   お嬢様芸人「たかまつなな」氏は芸能活動をする一方、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科と東京大学大学院情報学環教育部に通い、学業にも励んでいる。さらに、18歳選挙権導入をきっかけに、株式会社笑下村塾を設立。代表取締役として会社を経営し、講演会やシンポジウム、ワークショップ、イベントなどを手掛けており、社長「たかまつなな」という顔も持ち合わせている。   「芸人」「学生」「社長」「ジャーナリスト」   何不自由無い生活を送っているのだろうと思いきや、クラウンドファンディングで学費を集めていた。彼女は一体何者なのか、「お笑い界の池上彰」とは何なのか、「お笑いを通して社会問題を発信したい?」、いろんな疑問を伺うべく、本人に直接会って話を伺った。 「たかまつなな」についての素朴な疑問   - 学生?芸人?社長?ジャーナリスト?メインは何をやられているのでしょうか?   たかまつなな氏:そうですね。全部メインといえばメインです。あまりガッツリ自分がココだ、とか、ここにいたいんだって、思わないようにしています。両立といえば両立をしています。   平日は毎日、大学に通っています。東大の方は夜の授業が多いです。TVの収録や講演会、出張授業、お笑いライブなどの仕事が入ったりしますが、ギリギリまで授業を受けてTVの入り時間をちょっとだけ遅らせてもらったりしてうまくやっています。   - なぜ2つ、東大と慶応両方行かれているのですか?   たかまつなな氏:慶応でいくつか勉強したいことがあって、メディアと教職など。教職を取りながら、メディアのことを勉強をするということが慶応は結構厳しくて。私が通っている藤沢キャンパスだと、メディアというと報道ではなく、プログラミングやインターネットが多いんです。   どうしたら勉強できるかなって考えていて、三田の方にメディアコミュニケーション研究所に話を聞きにいったのですが、教職課程と並行するのは難しいと言われました。どうしようか考えていたのですが、大学3年生の時に、教職の単位をほとんど取り終わっていました。あと1年、何か勉強ができると思い、学部4年生の時から慶応と東大のダブルスクールを始めました。   -...

  2017年4月3日月曜日、通勤で使っている六本木駅には、こわばった表情の新入社員らしき「社会人」が髪を整え、着心地悪そうにスーツを着て、足早にどこかに向かっていた。   そんな新社会人達を見ていると、ジーパンにセーターで出社する自分にまで緊張感が伝わってきて、ふとあの頃を思い出した。   14年前。   2003年4月1日、出来たばかりの電通ホールで私は、六本木駅で見かけた新社会人のような出で立ちで、大きな不安を抱えていた。   どうしても入りたかった電通の入社式当日。嬉しいはずのその日に、私の頭の中には全く違う想いがあった。   「この会社で正しかったんだろうか」 「この会社で一生やっていけるだろうか」 「落ちこぼれたりしないだろうか」   「フレッシュマンブルー」とでも言うのだろうか。全く知らない世界に飛び込む不安と恐怖に押しつぶされそうで、周りにいる180人の同志(同期)の顔さえ、グレーのフィルタがかかって見えていた。   そして、あの日の自分は、強く、疑いなく、こう思っていた。   「早く、新人という肩書きから抜け出したい」   六本木駅で見かけた新社会人の多くも、似たような想いを持っているのかもしれない。   しかし、14年後の今、あの頃の自分に。そして2017年、不安を抱えるすべての新社会人に「このこと」を伝えたいと思う。   「1年目の君にしか、できないことがあるよ」 この一年は、二度と来ない。 当たり前のことだが、社会人1年目というものは一度だけしかない。二度とやっては来ない。これから約40年。君たちは会社の一員として、社会の一員として、長いプロとしての人生を生きる。いい意味でも悪い意味でも、どんどんこなれてくるだろう。だからこそ、この一年でしかできないことをして欲しい。変に背伸びしたり、誰かの真似事をするのではなく、今の君の「強さ」で戦って欲しい。 インターネットを捨てよう。 上司や先輩になくて、君にあるものは何だろう? 「時間」だ。今しかないその時間を使ってどんどん外に出かけよう。「ググれカス」なんて定型文は聞き流し、現場に足を運ぼう。担当する商品やサービスがある現場に行って、ライバル商品と並んだ時の見え方、買っていく人が何分で、何を見て、購入を決めているかを観察しよう。インターネットには載っていない情報が、現場にはある。それを手にして会議に臨もう。沢山の業務を抱えている上司や先輩には得難い情報。それこそ、1年目の君にしか持てないものだから。 「最強の素人」になろう。 素人の目を持って仕事ができるのは、社会人1年目だけ。逆に素人同然の意見として許されるのも、社会人1年目だけだ。2年目以降は色んな大人の事情がわかってきて、嫌でもプロの視点を持つようになる。また、1年目であれば許されていたことが、2年目では許されなくなるし、「2年目なのにそんなこともできないのか」「2年目なのにそんな質問をするのか」と言われたり、思われたりする。   人は成功したことからより、失敗したことから、かけがえのないものを学ぶ。   これは、私がこの14年間で得た教訓だ。人は成功したことはすぐに忘れてしまうが、失敗したことは絶対に忘れない。そして、同じ失敗を繰り返さないよう努力する。つまり、人は失敗した回数が多いほど、大切な局面で失敗しにくくなる。だからこそ「失敗が許される1年目」にできるだけ失敗を重ね、2年目以降での成功率を上げてほしい。   「恥ずかしいから」とか「どうしよう」とか言ってる間に、1年は過ぎ去る。どんどん打席に立って、どんどん空振りしよう。ホームランバッターはそうして生まれるから。 「この人だ」という師匠を見つけよう。 14年間広告の仕事をしていて、つくづく感じるのが、優秀な人間が生み出すものは「学生っぽい」ということだ。言い換えると「実現可能性が怪しいもの」。過去の実績や、予算、スケジュールのしがらみを取っ払って、たどり着けない場所にたどり着く。圧倒的に「なかったもの」を世の中に見せつける。   では、新人の「学生っぽいアイデア」はなぜ実現しないのか。   「個人の実績」と「人脈」の問題がある。   仕事は人についてくる。過去の仕事ぶりと実績から「この人なら大丈夫だ」という人に、チャレンジングな仕事がやってくる。また、どんな優秀なプロでも一人で仕事を仕上げることはできない。同じく「この人にならついていく」という優秀な仲間が、優秀なプロの周りにはいて、ともに新たな実績を作っていく。さらに実績に魅せられた優秀な仲間が集まり、人脈もどんどん拡がっていく。   そこで、こう考えてみるのはどうだろう?   「僕の学生っぽいアイデアは、優秀な師匠となら実現できるかもしれない」   入社したての君は、おそらく君の配属先と、君の上司を選べない。だからこそ、やることがある。会社の中を見渡し「この人だ」という師匠を見つけ、つけ回そう。   部署が違ってもいい。君の仕事は、君の直属の上司から命令されたことだけじゃない。10年後の君のために、ついていくべき指針を見つけ、やるべき仕事を終えた後、師匠の仕事を手伝い、技を盗むんだ。「残業は絶対したくない」という考え方も否定はしない。でも、10年後に打席に立っているのは今、がむしゃらに目を輝かせている新人だという事実も、一方である。   今は師匠の実績と人脈でしかないものが、やがて、君の実績と人脈を形作っていく。 「あと38年しかない」と考えられるか、どうか。 2003年の入社式から、もう14年も経つ。 冗談抜きで昨日のようだし、そろそろ社会人の折り返し地点だと思うと、言いようのない焦りさえ感じる。   近ごろ、こんなことを考える。   「あと何年働くんだろう?」   スタート地点で見る14年先は遥かに遠い。でも今、後ろを振り返って思うことは「14年はあっという間だった」ということだ。この調子だと、きっと60歳で後ろを振り返ったとしても「昨日のようだった」と言っているのだろう。   生きる早さが変えられないとすると、今、何をすべきか。   「今、それに気づくこと」だと思う。   60歳で後ろを振り返った時の「今」を、今、意識するか、しないか。   それこそが「今」を大切にできる、最良の方法なのだと思う。   私は、1年目にそれができなかった。   教えてくれる人もいなかった。   だから、この記事を書こうと思った。   今、1年目である新社会人の君たちに。そして14年前の自分に、はっきりこう言ってあげたかったのだ。   「今、君にしかできないことがあるよ」と。     ...

  僕は起業に失敗しました。   はじめまして。借金玉と申します。   僕は26歳で起業しました。業種は飲食と輸入貿易です。 ざっくりいいますと、「イケてる商品を輸入して、その商品を軸にした飲食店を多店舗展開しながら卸売りもするぜ、原価も下がって儲かるぜ!」みたいな事業でした。集めた出資金は4000万円程度。そこに会社名義での借り入れを2000万ほど行いました。(もちろん会社の連帯保証人は僕です)最初はそこそこ上手くいきましたが、従業員が10人ほどまで膨らんだところで悪い意味でのビッグバンが起こり、結果として現在、僕は31歳の無一文です。辛うじて破産は回避できましたが、何一つ手には残りませんでした。そういうわけで、ニューアキンドセンター様で文章を書かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします。   さて、起業の失敗というのはわりと個別性が高く、失敗の原因は会社や経営者、業種あるいは社会情勢などによりけりといえると思いますが、それでも大体「これで失敗する」という典型パターンはあります。典型パターンだけでも無数にあるんですが、これから起業を志す方に最初にお伝えしたいのは「人」の話です。それも、創業初期における人の話です。僕が最も失敗したところと言えると思います。会社の基本はやはり「人」です。人が働いて利益を生み出すという基本構造はどのような会社でもまず変わりません。   これは起業に失敗した人間の書いている文章ですので、「どうやったら起業に成功するか」という需要には応えられません。そんなの知ってたら自分でもう一回起業しています。しかし、どうやったら起業に失敗するかに関しては、あまり詳しくなりたくはなかったのですが詳しくなってしまいました。そんな文章です。起業を志す皆様の何かの役に立てば幸いです。 人間は裏切りますし、裏切りが発生するのは全て代表取締役の責任です これから起業をする皆さんになんとなくでもいいので覚えておいて欲しいなぁと思うことがあります。表題の通りなのですが、人間は必ず裏切るということです。ピンと来ない人もいるとは思いますが、少なくともそう考えておいて損はありません。もし起業をされたら、いずれ嫌というほどわかると思います。   どういう形で起業するかによって状況は多少変化するでしょうが、なんにせよこれから先あなたが起業をするならば、出資者(株主)、役員、従業員といった社内の人間と必ず渡り合っていくことになります。 もしあなたが代表取締役であるなら、これらの登場人物の利害が相反しないように調整することが最大の仕事になるでしょう。構成員全員の見ている物が違う組織が生き残っていくことはほとんど不可能です。それぞれの思惑があることは百も承知の上で、全員が一つの目標に向かって能力をフルに出していける環境を作れなければ、事業の成功などままなりません。   もし、その中で離反者や裏切り者が出たのであれば、それは代表取締役のあなたが悪いのです。裏切った方が得な環境を作ってしまった時点で、あなたにはなんの弁解の余地もありません。それは全てあなたの責任です。その覚悟を決めてください。これを受け入れ、「裏切りようのない」組織を形成する努力をしましょう。   それは、実は創業初期にしか出来ないことなのです。創業初期は大抵の場合、代表取締役も、役員も、出資者も(存在するとすれば)従業員も、熱に浮かされています。将来この中から致命的な裏切り者が出るなんて全く考えることはないでしょう。重要な職責を担う人間が突然離反した時のことなんて想像もしないでしょう。未来には希望しか見えないと思います。僕もそうでした。でも、とても残念なことなのですが、確実といっても過言ではない確率で裏切り者は出ます。自分の会社を見ても、他人の会社を見てもやはりそういうものなのだな、と思います。   創業初期にきちんと人間の利害関係を調整し、一つの目標に向かって進める組織を作ることが何より大切です。裏切られるのは裏切られた方が悪い、騙されるのは騙された方が悪い。そう腹を括って、具体的な対策を講じた上で創業出来るかどうかで、会社の生存率は大きく変化すると思います。       まとめ ・人間は裏切ります。   ・裏切られるのは代表取締役の責任です。   ・裏切られた方が悪いです。騙された方が悪いです。   ・創業初期にしっかりと、全てのプレイヤーが会社を裏切ることの出来ないシステムを作り上げましょう。 創業メンバーの選び方とザイルの結び方 僕は「気の合う仲間と楽しく起業」をどちらかといえば否定する立場です。もちろん、これから長く仕事を一緒にしていく仲間ですから、気があうに越したことはもちろんないんですが。それは気の合う仲間と不倶戴天の敵になるリスクを受け入れた上でのことだと思います。僕が今「必ず報復する」と心に誓っている人間も、かつてはとても気の合う仲間でした。そういうものに耐えられないと思うのであれば、一人で起業されることを薦めます。(まぁ、とはいってもその後、従業員を雇ったら似たような事態は普通に起こるんですけど)   しかし、もちろん複数人で起業をするメリットもあります。それぞれ違う能力を相互に補い合うことが出来るからです。実際、僕は営業や企画が強いですが事務作業がまるでダメですので、役員には事務作業が非常に得意な人間を入れました。   会社経営や事業運営に付随する非常に煩雑な事務作業を、大まかな指示だけで全て自分で調べて実行出来る人間を採用できたのは私にとって、とても幸運なことで、彼がいてくれたおかげで私は自分の得意ジャンルの仕事に専念することが可能でした。いつかまた彼と一緒に仕事をしたいと心から思っています。(彼はもう僕と仕事はしたくないだろうけれど…)これは余談ですが、創業期は「誰もその仕事をやったこともなければやり方も知らない」状態が日常です。自分で調べて実行して成功させる能力の無い人間は創業メンバーには向きません。   また、創業する業種によっては商材の専門知識を持った人間を迎え入れる必要に迫られる場合もあると思います。例えば「プログラムは書けないけどITで起業したい」ということもありえるでしょう。(オススメはしないけどありえないことでもないとは思う)その場合、プログラマーを雇わなければ話にならないですね。   経営の面白いところは、人間を雇えば自分では出来ないことがどんどん出来るようになることです。可能性が自分の限界を超えて大きく広がっていくのはとても楽しいですね。市場にはあらゆる能力や経験を持ったプレイヤーが存在しています。基本的には金さえ払えば大抵の能力や経験を手に入れることが出来るでしょう。もちろんそこに落とし穴があります。自分に出来ないことを他人に業務としてやらせるということは、当該プレイヤーに抜けられたらその仕事が誰にもこなせなくなるということです。このパターンで終わる事業はいっぱいあります。創業初期の業務内容なんて、ほとんど100%が属人的なものですから。   例えば3人で創業する場合ですがその3人は全員が「誰1人抜けても事業が成り立たない強力なスキルを持った3人」だと思います。そうじゃなきゃ、わざわざ組む意味がないですからね。それはつまり、1人抜けたら最悪の場合、会社が潰れるということです。これを防ぐ手立は必ず打っておく必要があります。(逆に、初期メンバーの中に必要不可欠と言える能力のない人間が混ざっていた場合ですが、確実に後から揉め事になります。「あいつはいらない」と誰かが言い出します。避けましょう)   創業メンバーの中で代表取締役1人が自社の株式を保有している場合などはわりと良い手があります。他のメンバーに自分の持っている株式の一部を譲渡する代わりに、特殊な条項のついた借用書を切らせるのです。要するに、n年問題なく働いて結果を出したらこの株式購入のための借金はチャラ、ただし途中で離反したり会社に対して背信行為を働いたりした場合は全額ただちに返済、みたいなやつです。詳しいことは弁護士に相談してください。ちょっとお金はかかりますが、かなり強力です。なるべく理不尽な額をつけておきましょう。(おまえがこの会社を裏切る気はないだろうから金額なんて単なる数字だろ?それくらいの覚悟みせろよ)   この書類にサインをさせておくだけで、少なくとも規定年月の間、裏切りや離反がやりにくくなりますし、背信行為を働いた場合の懲罰も可能になります。また、法的拘束力は微妙ですが、「話し合いの末持ち株を返却した上で退職という形になった場合は、同業他社への転職をn年禁じる」などの条項を入れておいても損はないでしょう。   創業メンバー全員が出資をした場合などについては、なるべくリスクを応分に分散させて逃げられなくする方法もあります。具体的に言えば、銀行融資などを引く際の連帯保証人に全員を連座させれば、そうそう逃げることは出来ません。(ただ、この場合、指揮系統が不明瞭になる欠点がありますが…)他にも様々なやり方が考えられると思います。起業の形態に合わせて頭を絞りましょう。   先ほどの、株式購入のための貸借契約を結ぶということは、とりもなおさず「例え創業メンバーの親が大病を患って介護が必要な状態になっても、創業メンバーには常に会社を優先させる」ということです。「親の介護で戦列を離れる」という人間が出た時は、「では契約通り満額を支払え、支払いがなければ裁判もきっちり起こす」と告げる腹が必要です。どれほど強力な契約も、それを履行する人間の意志なしには成り立たないからですからね。一回それをやったら「あなたとの契約は反故に出来る」と全ての人間が認識します。そうなったらお終いです。   逆に言えば、親や身内が死にかけたくらいで戦列を離れるような代表取締役は話にならないということでもあります。なにせ、登場人物全員の人生がかかっているのが会社ですから。その辺は強く認識しておく必要があります。親の死に目に会いたいならサラリーマンやるのがいいと思います。期待値だってそっちの方がずっと高い。もちろんね、仕事の合間に親御さんの面倒を見る余裕があればそうすればいいんですけど、残念ながら創業初期にその余裕があるかというとね…。   この手の提案をすると「それは嫌だ」と主張する人間ももちろんいると思います。「自分は能力と労働力を提供するのみでリスクはとりたくない」というタイプです。そういう人間は、あくまで「従業員」あるいは持ち株なしの「役員」としての参画に留めるのがベストでしょう。更に言うと、そういう人間を「抜けられたら絶対に困る」というポジションにつけてはいけません。労働法にうるさいことを言われない役員辺りにしとくのがいいと思います。逃げることが可能な人間は、長期的には必ず逃げます。人間同士の無根拠な信頼関係なんて、一切信じるに足りません。   創業初期は、とにかくフリーライドしようとする人間が山ほど寄ってきます。あなたの創業プランが優秀であればあるほど、妙に使えそうな人間がよってきたりもします。しかし、フリーライダーは風向きが良く高い給料が出る内は元気に働きますが、会社が窮地に陥ったときあっという間に逃げ出します。他社からもっと良い条件を出された時もあっさり逃げます、それも持てる物は全部持ってです。信頼できるのは、リスクを背負った人間だけです。僕はこれを「ザイルを結ぶ」と表現しています。誰かが落ちたら皆で引き上げる、どうしてもだめなら皆で落ちて死ぬ。その覚悟が決まっていない人間を経営の中核に入れては、絶対にいけません。   創業を共にするということは、最悪のときは一緒に死ぬ覚悟を持つということです。創業メンバーは、「事業に欠かせない能力を持ち」「リスクを取る覚悟がある」人間を旨に選びましょう。この二つがそろわない限り、「絶対に必要な人間」として仲間に迎えるのは不可能です。そして、それを踏まえた上での創業メンバー選びが「気の合う仲間」であったなら、それは本当に幸福なことだと思います。まぁ、非常に難しいとは思いますが。   人間を「信頼する」というのは、十分に外形的要因を整えた上でのみ成立する概念だと強く認識しましょう。リスクを負わない人間を信頼しては絶対にいけません。というよりは、信頼出来る人間なんてこの世には1人もいません、信頼するに足る状況にある人間が存在するだけです。あと、契約書にサインする意味のわかってないバカというのも稀に存在して、そういう人間は契約とか結んでもあまり意味がないので絶対経営に入れてはダメです。話が通じない上に落としどころなどという概念もないので、一回揉めたら行き着くところまで行くしかなくなります。(そういう人間がわりとある種の仕事が出来たりするのが世界の怖いところです)       まとめ ・複数人で創業するメリットはあるが、デメリットも多い。   ・リスクを差し出せない人間は経営の中核メンバー足り得ない。   ・複数人で起業をする際は、コアメンバー全員がきちんとザイルを結ぶこと。   ・一度結んだ契約は一切の情を排して履行する覚悟を持つこと、またその厳しさを己にも課すこと。   ・バカは不可。 多くの問題は創業初期に起きている 僕は26歳で起業して今年32歳になりますが、改めてこの数年間を振り返ると、多くの問題の根源は創業初期にあったと感じています。もちろん、僕が抱えていた問題はこのエントリに書かれた程度のものではなく、もっと大量の問題があって、それにふさわしい結果に至ったわけですが。   正直なところ、後悔は尽きません。あの時、ああしていればがどこまでも積みあがります。資金は初めての起業としては望外なほどあった、創業期に集まった人間の能力だって決して低くはなかった。むしろ、僕が発起した会社を考えると望外な能力を持ったメンバーが集まったと思います。でも、たくさんの問題があった。しかし、創業初期にその問題に気づくことは出来ませんでした。根底には、やはり人間に対する理解の甘さがあったと思います。   本当のことを言うと、もっと自分の失敗を具体的かつ赤裸々に書いた方が面白いテキストになるんだろうなぁとは思うのですが、まだ傷が癒えきっておらず吐き気、眩暈、動悸、震えなどの症状が発生したため、この程度の画素数で書かせていただきました。まぁ、勘の良い方なら、大体どこで失敗したかわかりますよね…。人間って、3人集まったらもう戦争するんですよ・・・。あれほど熱く未来を語り合って創業した仲間たちでもね…。   初めての起業はとにかく忙しいと思います。雑務だけでも大量に発生しますし、大体のことが初体験でしょうから、精神肉体両面での負荷も非常に高い。その上、一度事業が動き出してしまえば1日だって無駄には出来ません。人件費がかかってますからね。事務所を借りてれば賃料もかかります。一日無駄にすれば、その分だけ命より尊い資本金が目減りしていくわけです。   しかし、その上で焦らないで欲しいと思います。きちんと会社の仕組みを作り、これから発展させていくことを想定した揺るがぬ土台をきちんと組むことの方がずっと大事です。創業初期に発生していた問題は、往々にしてしばらくは表面化しません。それは、会社が成長していく過程の中で徐々に現れて来ます。そして、そうなってしまってからでは、大きなリスクを伴う抜本改革を行うか、対症療法を繰り返して誤魔化していくかの選択しか取れなくなります。本当に、僕みたいなことにはならないで欲しいです。まぁ、とにかくね、創業時は一回、弁護士に相談に行った方がいいですよ。腕が良くてノウハウ豊富で、タチが悪いアイディアがポンポン出てくるタイプの。   会社経営ですが、想像し得る悪いことは大体全部起きますし、想像もしなかった悪いことも大量に起きます。信頼していた役員が金庫と口座の現金を全部持って失踪、なんてこともこの界隈では大変よくある話です。それに近いことは弊社でも普通に起きました。 それでも尚、起業を志す皆さん、頑張ってください。心から応援しています。僕ももうちょっとこっちを頑張ったら、また追いかけるつもりです。やっていきましょう。     ...

  商人のバイブルとも言われている、「マッチ売りの少女」という物語をご存知でしょうか?少女がマッチを売ろうにも中々売れないという、あの物語です。       この物語のタイトルを一文字ずつ変えていき、変えたタイトルから物語の全貌を想像して強引に文章にすると一体何がどうなるのか、気になったことはないでしょうか?ありませんよね?私はありません。というか、意味がよく分かりません。       それでは原作から順にご覧頂きましょう。   マッチ売りの少女   「マッチはいりませんか。」       大晦日、寒空の下で少女が通行人にマッチを売っている。父親に怒られるので、マッチが売れるまでは家に戻ることは出来ない。寒さと空腹に震えながら歩き回るも、少女からマッチを買う者は、一人もいない。       *       やがて少女は座り込み、寒さを凌ぐために自分のマッチに火をつけ始めた。       マッチに火がついた瞬間、少女の目の前に暖かいストーブや七面鳥、飾られたクリスマスツリーといった幻影が出現する。それらの幻影は火が消えると共に、彼女の前から消えてしまう。       *       ふと空を見上げた少女は流れ星をみつけ、その昔、自分を可愛がってくれた祖母のことを思い出す。       「流れ星が流れる時、誰かの魂が神様の元に引き上げられる」昔、祖母は言った。次に少女がマッチに火をつけると、目の前に祖母の幻影が現れる。       少女は祖母の幻影が消えないように夢中で全てのマッチに火をつける。幻影の祖母はマッチの光の中で少女を優しく抱き、少女はとても幸せな気持ちになる。       *       翌朝、凍え死んでしまった少女を見つけ、人々は可哀想な子だと思う。少女がどれだけ美しいものを見たのか想像する者は、一人もいない。   マッチョ売りの少女   「マッチョはいりませんか。」   大晦日、寒空の下でムキムキの少女が通行人に発達した高背筋を見せつけている。マッチョだけが、彼女の売りなのだ。しかし父親に怒られるので、家の中で披露することは出来ない。       寒さと空腹に震えながら見せつけるも、通行人は、ただただ怯えるばかり。       *       やがて少女は座り込み、寒さを凌ぐために想像を絶するトレーニングを始めた。地面に寝そべり、仰向けになって両腕で近くのベンチの脚を握りしめる。       そして肩甲骨を地面につけた状態で、身体の他の部分を全て宙に浮かせた。「ドラゴン・フラッグ」       そう、これはブルース・リーが究極の肉体を手に入れるために実践したトレーニング法だ。幼くしてこのトレーニングに着手する強者は、そういない。       少女の身体が宙に浮いたままピタリと止まる。両腕の筋肉が悲鳴を上げる。腹筋が悲鳴を上げる。刹那、悲鳴をあげているのは筋肉だけでないことに気付く。通行人もだ。       *       ふと空を見上げた少女は、流れ星をみつけ、その昔、自分を可愛がってくれたムキムキの祖母のことを思い出す。       「流れ星が流れる時、誰かの魂が神様の元に引き上げられる」昔、祖母は言った。少女が腹筋にさらなる力を込めると、目の前に祖母の幻影が現れる。       少女は祖母の幻影が消えないよう、張り裂けそうな全身の痛みを押し殺し、無我夢中で全身の筋肉を酷使する。フルパワー、100%中の100%!       やがて地面についていたはずの彼女の肩甲骨も宙に浮き、うつ伏せの少女が触れているのはベンチの椅子の脚のみとなる。幻影の祖母は少女を優しく抱き、少女はとても幸せな気持ちになる。       *       翌朝、強靭な肉体を手に入れ見違える程成長した少女を見つけ、人々は恐ろしい格闘家だなと思う。その格闘家が、昨日トレーニングをつんでいた少女と同一人物だと想像する者は、一人もいない。   マッチョ牛の少女   「モオオオオオオ〜ン。」       大晦日、寒空の下で少女が重低音の唸り声をあげている。その姿は、胴回り・足回りの筋肉が異常な程発達した牛、すなわち「マッチョ牛」である。       茶色い皮膚、小振りな角、堂々たる四足歩行。寒さと空腹に震えながら歩き回るも、マッチョ牛からマッチを買う者は、一人もいない。というか、別にその牛はマッチを売ってはいない。       *       やがてマッチョ牛の少女は座り込み、寒さを凌ぐために「反芻(はんすう)」をすることにした。       昼に食べ、既に噛み砕いて飲み込んだ食べ物を、胃から口に戻し、改めて噛み、また飲み込む。これは食物を昇華するための活動であり、反芻動物にとっては日常的な出来事である。       マッチョ牛の胃から、昼に食べた七面鳥や、昼に食べた暖かいストーブや、昼に食べたクリスマスツリーといった物体が出現する。それらの物体を充分に噛み砕き、そしてマッチョ牛の少女は改めてそれらを飲み込んでいく。まさに反芻だ。       *       ふと空を見上げたマッチョ牛の少女は流れ星をみつけ、その昔、自分を可愛がってくれた祖母のことを思い出す。       「流れ星が流れる時、誰かの魂が神様の元に引き上げられる」昔、祖母は言った。次にマッチョ牛が反芻をしようとすると、彼女の胃から祖母が現れる。       マッチョ牛の少女は、祖母の幻影が消えないように夢中で反芻を続ける。幻影の祖母はマッチョ牛の少女を優しく抱き、マッチョ牛の少女はとても幸せな気持ちになる。       *       翌朝、寒さに耐え引き続き堂々と闊歩しているマッチョ牛を見つけ、人々はさすが牛だな、と大いに感心する。       今日もミュンヘンの朝は平和だ。   マッチョ牛のShow Time   「ladies and...

  三重県で特に栄えていると実感する近鉄四日市駅前付近には、数多くの商店街があり、中に入ると様々な居酒屋がひしめき合っています。その中でも、群を抜いて美味しいと思ったお店、四日市諏訪栄商店街にある、博多もつ鍋専門店「おくゑ」。   おくゑの初号店が出来たのは、県庁所在地である三重県津市。四日市駅前店は2店舗目になります。ちなみに3店舗目として四日市中川原駅前にラーメン店「ぐんじ」も出来ました。おくゑのもつ鍋店が繁盛するにつれ、三重県内に少しずつ、もつ鍋屋が増えたように思います。 繁盛店を作るコツはそのお店の逸品を作ること おくゑのもつ鍋を注文して毎度思うのは、規格外に大きいプリプリのもつ。鍋いっぱいに溢れそうなもつは、鍋の上でキラキラ輝いています。また、野菜も鮮度抜群のものばかり。おくゑの野菜って、甘くて美味しいんです。食べた瞬間に「本当に新鮮で美味しい野菜って、甘いんだなぁ」とこの店に来ると改めて実感します。   鍋に、野菜ともつがヒタヒタになってから更に煮込むこと数分。美味しい博多もつ鍋の出来上がりです!本当、もやしも、ニラも全部美味しいんです。もつが食べ終わったら、いよいよシメのチーズリゾット。そう、博多もつ鍋専門店「おくゑ」のもつ鍋の後のシメはチーズリゾットなんです。   ここのもつ鍋(塩味で注文すべし)の出汁でチーズリゾットを作ると無茶苦茶美味いんです。この食べ方は、おくゑの常連客が良く知る通な食べ方です。 こんなに可愛い見た目のチーズリゾットの材料。 チーズリゾットになった途端、上記写真の通りお皿の上では口元だったハズの胡椒と目の部分の唐辛子が、いい具合にチーズリゾットの隠し味としてマッチし、絶妙な味のハーモニーを奏でるのです。こんな罪深い料理いったい誰が考えたの?   今回はそんな革新的なメニューを考え出した博多もつ鍋専門店「おくゑ」オーナーの奥田英司さんにお話を伺う事ができました。店長の、郷土に対する深い愛情や人柄が垣間見えました。 三重県にもつ鍋の繁盛店を作った「奥田英司」 店長の奥田英司さんは、気さくでとても話しやすい人。ユーモアもたっぷりで、少し話しただけでも元気が貰える人です。   なぜもつ鍋屋を作ろうと思ったのですか?   奥田店長:三重県津市に、本格博多もつ鍋を食べられる専門店が無かったからです。最初のころは、地元を活気づける事と県外に出ていった友達が安心して帰ってこれる場所を作ってあげたいと思った事がキッカケで店を作ろうと思いました。   この仕事をする前は、政治家の秘書の仕事をしていました。秘書時代に博多の方に出会い、もつ鍋の味や作り方を知ったのがキッカケで、もつ鍋屋を作ろうと思いました。秘書をやっていた頃、美味しい料理を沢山食べられる機会があったのも今の仕事にかなり活かされていると思います。   なぜ、もつ鍋屋を作ろうと思ったのが三重県なのですか?   奥田店長:以前アメリカに留学していた事があったのですが、県外を出たことによって自分が育った町に恩返しをしたいと思ったんです。三重県内で雇用を生んだり、三重県産の食材を使ったりしたいなと思っていました。三重県産の食材を仕入れるルートも作り、おくゑでは出来る限り全ての食材や調味料を三重県産にする事にこだわっています。おくゑの名物のもつは、国産牛もつ100%。色々なメーカーの食材を見て、全部自分の目で選ぶようにしています。   また、三重県の人が食べた事がないような食べ物を、僕の店で提供したいと思ったんです。メニューには、僕自身が発明した料理も沢山あります。メニュー名が「今日は気まぐれサラダ」「これぞ、もつ焼きそば」など、色んな面白いネーミングのサイドメニューが一杯で、見ているだけでも楽しいですね。   新しい料理を考える時に、心がけている事は何ですか?   奥田店長:僕は、サラリーマンとして正社員で働いた事がありません。「これは、こういうものだ」といった固定概念が僕にはないのです。だからこそ、「まずは、やってみよう」と自由に発想できるのではないかと思っています。   例えば、「コップはお水を飲むためのものだ」という考えって、固定概念だと思うんです。しかし「それは歯を磨くために使う」といった新しい固定概念に遭遇した時、人はその新たな固定概念に対してどうやって打破するかを考えないといけないと思うんです。常に、固定概念に出くわした時に「他の方法があるのでは」ということを発想し続ける事で、新しいメニューが生まれるのだと思います。   また、僕自身も食べる事が好きなので、県外の繁盛店に行ってみたりしながら「次は、何を作ろうかな」と、常に勉強を続けるようにしているんです。繁盛しているお店には、繁盛している理由が必ずありますから。   繁盛店のどの部分をチェックして勉強されているのですか?   奥田店長:まず、食材、サービス、店の綺麗さですね。料理については、アレンジ(独自性のあるアレンジをいかに考えているかどうか)をチェックしています。   また、「なぜこのお店が流行っているのか?」を自分なりに解釈するようにしています。その為に、店の従業員と話したりする事もあります。常に研究心を持ち続ける事で、新メニュー開発には余念がなく、向上心を忘れないようにしています。   例えば、僕の店の看板商品である「もつの唐揚げ」ですが、通常のもつって小さいじゃないですか。でも、おくゑのもつは凄く大きいんですよ。僕には、これが「からあげに使う肉」に見えたんです。で、「これを揚げたらどうなるんだろう?」って疑問に思ったので、特製の唐揚げ粉をつけて揚げてみた所、外はカリッ、中はジュワーっと旨味が出て、凄くおいしく出来たんです。勿論、商品として出した所、これがヒット商品となりました。 実際に、私達も「もつの唐揚げ」をガブリと頂きました。もうこれがね、口に入った瞬間肉汁がジュワーっと広がって口の中で溶けていって、思わず「う、うまい!美味すぎる!」。他にも、おくゑには様々なサイドメニューがあります。 こちらの商品「明太子の卵焼き」も店長のオリジナル発明商品です。ヒットメニューを次々と出しつつも、現状に甘んじる事なく新商品開発に余念がない店長は、新メニュー開発に対しても常に意欲的。だからこそ、ヒットメニューを開発し続けられるのかもしれませんね。   もつ鍋屋を初めて良かったなと思った事は何ですか?   奥田店長:アメリカに留学していた時に思っていた事ですが、アメリカって1プレートずつ、一人ずつの料理を提供するスタイルなのに対し、日本って、鍋料理など「同じものを分けてみんなで食べる」という文化があると思うんです。   鍋って、鍋奉行や取り分け係など、その人それぞれの役割や人柄が垣間見れる所があると思うんですよね。僕は、鍋のそういう所が面白いと思うし、そういった日本の素晴らしい文化を仕事を通じて継承し続ける事が出来るのは嬉しいですね。   繁盛店を作るためにはPRが必要 今では、3店舗目のおくゑグループ。開業したお店をヒットさせる為のPR方法とは?   奥田店長:最初の頃は、知り合いに電話したり、行く所行く所、全てのお店、会う人全員にお店の名刺と自分の名刺を配り続けるようにしていました。広告費もそんなにかけられないので、だったら名刺を配ろうって思ったんです。   名刺はどのような方々に配られていたのですか?   奥田店長:名刺は、老若男女問わず出会ったすべての人に配布していました。スーパーだろうが、お菓子屋だろうが、ドコモショップだろうが、行く先々で名刺を渡していました。卒業した高校に自ら出向いて、先生たちに名刺を配り歩いていた時もありました。   なぜ、お店の名刺だけじゃなく自分の名刺も配るようにしたのですか?   お店の名刺だけじゃなく、自分の名刺も配るようにしたのは「一体どんな人が経営している店なのか」を、知ってもらい安心感を与えたかったからです。お店にお客様が来てもらえるようになる為には、来ていただけるお客様に「信頼」と「安心感」を与える事が大切だと思ったからです。   もちろん、全員が名刺を受け取ってくれる訳ではありませんでした。でも、そこは持ち前のコミュニケーション力とバイタリティで何とか乗り切りました。人に対して、「どういう風に自分をPRすればよいか」という方法はアメリカで4年間留学した頃に学びました。   人生が80年あるならば、3~4年アメリカに行けば視野が変わるかもしれないって思ってアメリカに行ったんです。名刺を、出会う人すべてに配りつづける精神も、アメリカの留学先で学びました。その時の経験が、今の仕事に生かされていると思います。アメリカので学んだPR方法、それはまず「強烈なインパクトを与える事」です。そこでまず、お店を覚えていただくためには何が必要なのか、を考えなければいけないなと思いました。   ちなみに、僕の店で強烈なインパクトとしてPRできるポイントは、奥田英司(店長本人)と、今までになかったもつ鍋、そしてオリジナル商品のもつの唐揚げですね。 繁盛店を作り、多店舗展開させる方法は「従業員」 多店舗ヒットする、できる経営方法とは?   奥田店長:実は、僕は経営方法などが全くわかりません。飲食店でアルバイトをした事はありましたが、どうやって経営したらいいかは、今の仕事をやりながら覚えていった感じです。   飲食店は、拘束時間が長く、仕事内容が過酷なので働きたくない人が多いと言われています。そんな中、おくゑでは常にモチベーションの高い従業員が多いですね。従業員の教育には、今後も力を入れていきたいなと思っています。   お店で働く従業員のモチベーションが高い事は、お店の評判にもつながりますから。正直、2店舗、3店舗目を次々と出店出来た理由も「従業員が成長し、お店を任せられるようになったから。」なんですよ。   従業員のモチベーションは、どのように高めていらっしゃるのでしょうか?   奥田店長:従業員それぞれで考える事や欲が違うと思うんです。なので、僕が見守ってあげながら、まずは色々やらせてみるようにしています。そして、それぞれに合った課題を与えるようにしています。   他には、従業員がそれぞれにコミュニケーションを取って、休みを取りたい子には休みをあげたり、売り上げが上がった子には特別ボーナスがつくようにしています。最初の仕組みは、当然ですが全部を作らないといけませんでした。店長業務もマネージャー業務もやらなければならない・・・。しかし、今は従業員がやってくれるようになったので、新しい展開がどんどん作り出せるようになったなぁと思います。   あと、僕が飲食店を経営でモットーとしている事は、飲食店で美味しいものを提供するのは当たり前で、同時にエンターテイメント性も提供する、という事です。   エンターテイメント性とは、具体的にどのような事でしょうか?   例えば、「外でご飯を食べに行くという事」は非現実的な空間を店側が提供するという事だと思うんです。各テーブルに店員自らが入り、もつ鍋を作ってくれるというサービスや、店員がお客様と少し面白い話をする事がエンターテイメント性だと思っています。   僕のお店は、食を通じて、笑顔、喜びを作り出すお店を旗印としてスタートしました。 お店にお客様が来てくれる事を通じて、ただ食べるだけではなく楽しんでもらえるお店になって欲しい。そして、感謝の気持ちを常に忘れない事がお店が繁盛し続ける理由だと思っています。 みんなに楽しんでもらえる為に、店長自ら、羊の被り物をしてホームページや広告に登場するのも、「食を通じて、笑顔、喜びを作り出すお店」というサービス精神からかもしれません。また、メニューにもコスプレした店長が自ら登場します。もつ鍋料理店ですが、ワインメニューをトップメニューと見開きで載せるアイディアの斬新さも他のお店に無いアピール力なのかもしれませんね。   今後、どのように活動していきたいか等・・・。将来構想などはありますか?   奥田店長:いつか店舗を県外に出したり、また海外留学時代の友達を辿って国外にお店を持ってみたいですね。それから、日本の方にも海外に行って夢を持ってほしいなと思います。もし、日本の方が海外に行った時に僕の店があれば、そこで働く事も出来るじゃないですか。そういうのも、凄くいいなと思ったんです。   最後に。奥田さんのように、店を開業したいと考えている経営者の方々へメッセージをお願いします。 奥田店長:まずは「着眼大局」「着手小局」。視野は大きく、行動は一歩ずつ。夢を実現する為に、歩んできたストーリーやプロセスも大切にして欲しいなと思います。   一つ一つのプロセスを大切にしていくと、やがて出会った人々から与えられる影響力は絶大なものと感じるようになります。出会った人々との感謝の気持ちを忘れないで、頑張って欲しいです。   編集後記 店長のユーモアや明るさの背景には、出会ってきた人々に対する感謝や愛情が深く感じられました。味に対するセンスや着眼点もさることながら、常に人々への感謝を忘れずにステップアップしてきたからこそ、今の成功があるのだと思います。   私も、店長の話を聞いて、改めて出会った人への感謝を忘れずに生きていこう、そう気づかされました。私自身、このお店がヒットし続ける理由は従業員の教育がいつもしっかりできていて、楽しんで仕事をしている人ばかりだという事、どんなお店にいっても結局ここのもつ鍋に戻ってきてしまう位、味が美味しい事、そして、今回店長のお話にあったように、常に向上心と研究心を忘れずに生き続けているからだと思いました。   おくゑの野菜が甘くて美味しいのも、ほんのり優しさを感じる食べやすいもつ鍋の味も、店長の人柄からの旨味なのかもしれませんね!       ○取材協力 おくゑ 住所:(四日市店)三重県四日市市諏訪栄町1-8 三幸ビル2階    (津店) 三重県津市栄町2-390 みちくさビル1階 営業時間:(平日・土曜)11:30~13:45 17:00~23:00      (日曜)11:30~13:45 17:00~22:00     ...

  六本木ヒルズに店舗を構える「エッグセレント」(eggcellent)。六本木ヒルズに来たときに、このかわいらしい外観を見たことがある人も多いのではないでしょうか。名前の通り、エッグベネディクトやパンケーキなどを提供している「朝食専門店」。 山梨の黒富士農場から毎朝直送されるオーガニックの卵だけでなく、非遺伝子組み換え飼料を与えた乳牛のミルクから作られたヨーグルトなど、一つひとつの素材を厳選しています。 グルテンフリーやベジタリアン向けの料理なども扱っており、バラエティ豊かなメニューも人気の理由のひとつです。 メニュー以外にも細部までこだわりが。店内は卵をモチーフにしたインテリアや小物が散りばめられ、ポップでかわいらしい雰囲気。思わず心が躍りますね。 エッグセレントのオーナーは神宮司希望さん。もともと客室乗務員だった神宮司さんが海外の「朝食文化」に感銘を受け、「日本にも広めたい」と思ったことがオープンのきっかけでした。神宮司さんにお話を伺いました。 エッグセレント開店の原体験|ロスでの衝撃的なエッグベネディクト体験   ― 店名の“eggcellent”は、英語の“egg(卵)”と“excellent(優秀な)”を掛け合わせているのでしょうか?   神宮司さん:はい。私たち日本人は、英語で「おいしい」と言いたいときは「デリシャス」と表現することが多いですよね。でも、外国では「excellent」と言うことが多いんです。何だかすごく心が豊かになる素敵な言い方だなと感じていたので、店名に取り入れました。   ...

  株式会社ウィルゲートにて広報を務めながら、スマホ特化型タレント輩出を行う株式会社COMPLExxxの創業者であり、取締役CCO(Chief Culture Officer)を務める横塚まよさん。副業での起業は大変だったかと思いきや、「会社がサポートしてくれました」と彼女は笑顔で語ります。   そこで今回、「広報」と「起業家」として二足のわらじを履く横塚まよさんにインタビューし、COMPLExxxを始めることになるまでの経緯から、スマホ動画時代の特徴についてお話をお伺いしました。 複業のキッカケ―趣味を仕事にして本業のスキルアップに   ...

  世田谷区経堂。にぎやかな商店街のどまんなか、ビル2階にある「パクチーハウス東京」は世にも珍しいパクチー料理専門店だ。   パクチーサラダにパクチーライス、お酒にもアイスにもパクチーがはいっている徹底ぶり。オープンは2007年12月。今年で開店10周年を迎える。   パクチー、すべての食物のなかでもっとも好き嫌いがわかれる食材ではないだろうか。好きな人は狂うように愛するが、嫌いな人からは忌み嫌われる。圧倒的なクセの強さ。ましてやオープン当初の10年前は、パクチー自体の認知度が低かった。いまでこそパクチーをウリにする店は増えてきたが、それでも専門店はめずらしい。   創業者の佐谷さんに繁盛の秘訣をうかがってきた。 「パクチーハウス東京」って、どんなパクチー料理があるの? ▲トマトときゅうり、そしてお皿が隠れるぐらいたっぷりのパクチーが盛られたカスピ海サラダ。 ▲パクチーの葉っぱと根っこを揚げたパク天。ぱりっとおいしい。 ▲生地にパクチーがはいってる緑のパクチーバケット。 ▲パクチーの種や葉っぱがはいってるお酒、カクテルならぬパクテルだ。「カンパク!」の合図で飲もう。こんな具合でなにを頼んでもパクチーがついてくる。 ▲パクチーハウス東京では追加パクチーも自由にできる。「追パクください!」と唱えれば、おもう存分パクチーが食べられる。 ▲イラン料理のチェロケバブ。「あれ?パクチーがない」と不安にお思いかもしれないが… ▲もちろんご飯のなかにパクチーとお肉が入っている。 「パクチーハウス東京」にはブルーオーシャンならぬグリーンフィールドが広がっていた - いろいろある食材から、なぜパクチーを選んだんですか?   パクチーハウス東京店長・佐谷 恭さん(以下、佐):2005年から「日本パクチー狂会」をやってたんですよ。といっても、パクチー好きを集めてオフ会を開くのがおもな活動ですけど。それでも名刺作って飲み屋で配ると「店長!パクチー狂会の会長が来てます」って具合に広がってくんです。   そこで「ここ、パクチーないじゃん!」とか「パクチー好きな人たくさんいるから、置いたら客来ますよ!」とか軽口叩いたりして。まあ冗談で言ってたことですけど、いざなにか店をやろうって時にその言葉たちがぜんぶ自分に返ってきたわけです。もってる資源でおもしろいことをやろうと考えていたら、自然とパクチーハウスの構想に行きつきました。   -...

  最近、海外からの観光客が多いと感じるのは自分だけでしょうか。以前に比べ、街中の外国語案内の量も増えるのと合わせ、訪日外国人の数もどんどん増えているのを肌で感じると思うこの頃です。   とりわけ、訪日中国人の方も、ニュースやメディアで取り上げられた、爆買いの時期から落ち着いたともいわれるなか、最近では、爆買いのようなツアーではなく、個人の旅行客として訪れる方が多くなってきているとのことです。   今回は、これからますます盛り上がりそうな中国インバウンド市場について、関連事業のDSP広告を中心とした対中国人向けマーケティングに詳しいマッドハウスCEOのエリック・ウェイン氏にインタビューして参りました。 中国向けインバウンドビジネス -まず、どんな事業に取り組まれているか簡単に教えていただけますか。   エリックCEO-私は現在、マッドハウスという会社の日本法人のCEOとして、モバイルDSP広告の事業を手掛けています。特に、昨今盛り上がるインバウンド市場に対して、自社の認知度を上げたり、サービスを提供したりと、訪日外国人向けにアプローチすることを主眼に置いています。   また、越境ECなど、訪日中国人や中国本土の住む中国人、在日中国人に広告を打てるのは、中国人向けのマーケティングを行う際に大なベネフィットがあると思います。   -ん、DSPって何ですか?   エリックCEO-マーケターの方はご存知だと思いますが、要するに広告枠のひとつとして捉えていただけたらと思います。例をあげれば、フリーペーパーの空いたスペースだったり、新聞のページ下にある、本の宣伝などを思い浮かべていただけたらお分かりかと。   利用シーンでいくと、ゲームなどのアプリを使う際に、ときどき広告が入ると思うのですが、そこにサービスの宣伝を広告として配信するわけですね。アプリ制作会社が開発する際にマネタイズ戦略としてDSPのモデルを取り入れると思うのですが、我々マッドハウスは特にインバウンド、とりわけ対中国人向けのDSP広告に長けています。   -なるほど、越境ECや中国10億人の市場など注目されてますが、なかなか難しいとの声も聞きますよね…。   エリックCEO-おっしゃる通りです。ただ、私たちの提供するDSPは中国本土で絶大に支持されているアプリ内でDSP広告として日本のサービスや自社の宣伝を配信できることです。   中国は独特のマーケットがあります。あの世界の名だたるGoogleでさえも、中国国内ではMicrosoftが提供する検索エンジンBingが主流です。Twitterではなく、ほとんどがWeiboを使っています。そのため、なかなか中国人に対してのアプローチがやりたくてもやりにくかったというのがあると思うのです。そこで、中国にいる現地の方に対して、日本のサービスを宣伝し、クーポンをつけるなど付加価値を加えることで興味を持ってもらい、日本に観光に来た際に、来店動機やサービスの利用するなど購買喚起に役立てることができます。   -ただ闇雲に広告を打っただけでは、なかなか効果がないのでは?   エリックCEO-実は、年齢や性別ほかあらゆるユーザー属性に合わせて、ターゲット選定してDSP広告を配信することができます。そのため、より最適化されたユーザーのもとへ広告をアプローチすることで、精度の高い結果を生むのに貢献できると考えています。 爆買の次にくるインバウンドビジネス -ひとつ聞いておきたいのですが、爆買いってもう終わりなんですか?   エリックCEO-そうですね。メディアでも爆買いはもうないなどと報じられていますが、これからの潮流としては、銀座や新宿などの免税ショップしか回らない、いわゆるツアー旅行がいままで主流だったんですね。   しかし、中国国内でFIT(Free Independent Tourist)が一般化してきており、従来のツアー旅行では行くことのできなかった日本の場所へ訪れる中国人の方が増加しています。そういった訪日中国人に対して、DSP広告を通じてアプローチすることで、日本のクオリティーの高いサービスや商品の訴求に効果があると思っています。   つまり、より日本の良い商品やいままであまり知られていなかった日本の観光地を、...

  ずっとやりたいことがあり、頭では思い描いているけれど、なかなか実行できない。そんな風に感じている方もいるのではないでしょうか。   今回は、好きなことを追い求め続け、クラウドファンディングで見事目標金額を達成し、それが原動力となり、ウェブマガジンPLARTの編集長とHEY!ARTプロデュースに従事。これからアート業界に新たな風を吹き入れてくれるであろうPLART代表の柿内奈緒美さんにお話を伺いました。 コンテンツビジネスを立ち上げるまで   -自己紹介も踏まえて、今までのことや現在について教えてください 柿内氏:はい。私は現在、アートがライフスタイルになるウェブマガジン「PLART」の代表と、PLARTのリアルイベント「HEY!ART」プロデューサーを務めさせていただいていますが、ここにくるまでが本当に紆余曲折な人生を送っていました。   今となってはさまざまな業界の人でも話が出来て仲良くなれるので色々な経験ができたことが良かったと思っています。20代の頃は職を転々としていて、飲食業界、理美容業界、建設業界、アパレル業界など様々な業種7社以上で働いてます。よくある話ですが(笑)長くお付き合いしていた人がいて、完全に人の夢に相乗りする様な職種を選んでました。その方とお別れしてから、「一体自分は何がやりたいんだ。」と真剣に向き合いました。   -なるほど。今のアート業界に興味を持ったのはいつごろなんですか。   柿内氏:アートに興味を持ったというよりも、自分を表現するには何がいいかと考えるようになったといった感じですね。当時27歳で、建設業界で働いているときに、先ほどお話しした「一体自分は何がやりたいんだ。」と考え始めた時で、結果、「自分が活きるフィールドで点と点を結ぶ線の様な存在になって活動していきたい。社会を良くする歯車になりたい。」と決意しました。   -なるほど。それで今まで地道に色々な活動をなされてきたのですね。   柿内氏:そうですね。目標は決めたのはいいものの、そのフィールドが何か、何が必要かもわからないので、とにかく直感で動きまくってました。5年前に関西から上京したこともその一つです。東京に来てからは時間をつくって、どんどん色々な方々に会いにいったり、興味のあるプロジェクトに参画してみたり、とにかく行動して、たくさん吸収しようとしていました。その中で、原体験になった活動が「1人で自分の雑誌を作る」というクラウドファンディングのプロジェクトだったのです。   -おお、あれですね。自分も支援させていただきました笑   柿内氏:そうですよね!ありがとうございます。私はずっと大型のシェアハウス(※)に住んでいたので、そこで感じた心地よさをどうしたら、社会に広めることができるのだろう?と考えていました。シェアハウスに住んでいる人は皆、ここに色んな人がいると理解して住んでいます。自分と違う価値観を許し合うこと、それぞれのできることを補い合うことを知ってます。他者に対してどちらかというとポジティブな感情を持っています。それがとても私にとっては心地よかったのです。そのことを雑誌を通して伝えたくて、クラウドファンディングを行いました。   ※ここでいうシェアハウスは70名以上の住人がいる大型のシェアハウス   -クラウドファンディングは、結構取り組みたいと考えている方もいると思うのですが、達成させる秘訣みたいのはあるのですか。   柿内氏:クラウドファンディングを始めたときは、とにかく人の目に入るようにしていました。プレゼンイベントに出たり、共感いただいた方から応援メッセージをもらって、ひたすらSNSで発信していました。私は自分の中で1日のルーティーンを続けているのですが、朝活の一環で「本日のまがじぃ〜ん。」と題してSNSで発信しています。同じフォーマットで発信し続けることは、人の印象に残ります。そのため、私は数年会ってない人からでも「Facebookで見てるから」と、覚えてもらってる確率が高いです。 コンテンツビジネスで大切なこと -柿内さんといえば朝のイメージですよね、しっかりとブランディングされていますよね。   柿内氏:ありがとうございます。実は朝にこだわりを持つ理由がありまして、昔、京都の鈴虫寺へ行った際、住職さんがおっしゃっていた言葉がとても好きです。「朝という字は十月十日の組み合わせからできていて、それは赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる期間です。だから、朝が来る度に生まれ変わりなさい」というのがすごく響いたのです。   ちょうど自分がその時に精密検査を受けたりと、自分の体とこれからに向き合っている時だったのもあります。それから、朝が来るたびにその言葉を思い出すようにしています。朝に「GO!GO!」と言いたいので、5時5分に起きています(笑)また、朝はインプットの時間にしていて、先ほどお話しした「本日のまがじぃ〜ん」という活動をしており、発売された雑誌を1日に3冊〜10冊ほど読んでます。ここが私のエネルギーの源なんです。雑誌のページをめくる度にワクワクするんです。どんなきっかけが詰まってるんだろう?って。   -なるほど、やはりゲン担ぎやルーティーンは大事ですよね。これだけ意思や思いを持った人だからクラウドファンディングも成功したんですね。   柿内氏:元々、意思は強い方だとは思うのですが、もっと強くなったきっかけが幾つかあります。東京に来て1年3ケ月経った頃、趣味のボルダリング中に壁から落ちて腰椎骨折をしました。あと数ミリで神経を傷つけてしまい下半身不随になったかも・・・という大怪我で、7時間の手術と半年のコルセット生活。そして半年のリハビリをしました。同じ時期に長い間寝たきりだった父親が他界した事も意思が強くなった大きな出来事の一つです。   「せっかく健康で生きていくチャンスをもらったんだ。絶対に諦めない。」   挫けそうになった時はいつもそう思ってました。もちろん、思いを持ってるだけではだめで、自分がやりたいと思っていることをとにかく伝えることが大切だと思っています。私の場合は自分が好きなものを集めて、伝えました。小説家、伊坂幸太郎さん著書の「ラッシュライフ」の名前が好きで「LushLife」という雑誌名を決めました。LushLifeは、豊潤な暮らしという意味です。シェアすることについてを雑誌で表現したいと思いました。 この雑誌を通して、シェアすることが自分と違う価値観を受け入れることがどんな豊潤な暮らしにつながることなのか、をゆるく伝えられたらと行動に移しました。黙っていても、何も伝わりません。とにかく「伝える・発信する・継続する」こと。それがコンテンツビジネスには大切だと思います。 コンテンツビジネス:「PLART」というメディアをプロデュース   -次にPLARTについてお伺いしたいのですが、アートに対しての考えやPLARTの方向性などをお聞きしたいです。   柿内氏:クラウドファンディングで目標金額を達成し、雑誌を発刊でき、そして、今の自分にたどり着いた基盤となる今の会社で、お仕事をさせていただくうちに、これまでずっと自分が思い浮かべていたこと全てが線となってつながり、シェアハウスで感じたことを表現するのにはアートがピッタリだと思い、PLARTというひとつのメディアをスタートさせました。   -なるほど、ついに自分の道を見つけたのですね。   柿内氏:はい。シェアハウスの住人たちは「色んな人がいる」「色んな表現がある」ということを受け入れていました。そして、アートはまさに個性の塊、人の表現です。それを楽しむことは他者の表現を楽しむことに繋がっていくんじゃないか、と思いました。今の日本社会が息苦しいと感じ、人の目ばかり気にして、身動きが取れなくなる見えない鎖を少しでも壊したいと思ってます。   もっと、自分らしく、それぞれの個性が生きる百花繚乱の世界に変えていきたい。アートがライフスタイルになるほど当たり前になれば、日本も多様性を前提としたお互いがお互いを認め合える社会になる。少しでもそこに繋がっていくと信じて、PLARTを運営してます。   しかし、そもそも日本のアート業界は狭いといわれてます。だから、もっともっと身近に感じられるように、「アート」と「◯◯」といったコンテンツにしました。そして、ウェブはどちらかというと、情報が多すぎてどれを読めばいいのか解りにくく、消耗品のように感じられます。そこで、私は雑誌が大好きですので、雑誌のように毎月、公開する日を決め様々な切り口の特集を組むことにしました。コンテンツは出来るだけ雑誌ぽく見えるように手描きの箇所を入れてます。 また先日、PLART初のリアルイベント「HEY!ART」は、代官山のギャラリーで行わせていただき、おかげさまで約320〜330名の方にお越し頂きました。 第1回目のテーマは「アートのある暮らし」 アート好きな友人の部屋へ遊びに行って、コーヒーを飲んでおしゃべりして、くつろぐ・・・そんなイメージのアート展でした。美術館やギャラリーでは味わえない、リラックスした空間で気軽にアートを楽しんで頂けるよう工夫しました。なんとか納得するカタチで終えることができたのは周囲の協力があったからだと思ってます。本当に感謝してます! 仕掛けていきたい今後のコンテンツビジネスについて   -最後にPLART含め、今後の活動のビジョンについてお話し伺えればと思います。   柿内氏:はい。PLARTは、アート業界とは違う層の方にアプローチしているので、もっとPLARTは通じて、アートにあまり興味がない人が少し目を向けてくれたり、日常にもっと気軽にアートを楽しめるような、そんな情報発信や、提案をどんどんしていこうと思ってます。 編集後記 柿内さんにインタビューして思ったことは、自分の芯をしっかりと持っていること、そして寛容性があるということを感じました。アートは否定ではなく、さまざまな作品を認め合って、お互いの作品をリスペクトする。このような考えが、アートのみならず、自分の生き様にもあらわれているような気がしました。   人が何かを決心したことで生まれるパワーはすごいものを感じ、また周囲を巻き込むほどの思いや信念がある人が世の中にインパクトあることをやっていくのだと改めて感じた次第でした。     ...

  日暮里のお菓子屋さん「江戸うさぎ」で販売している「妖怪★いちご大福」が大人気だ。   テレビ番組・雑誌・ネットなど各種メディアにもとりあげられ、冬のシーズンになるとSNSでも写真をよくみかける。1日200~300個ほど手作業でつくっているが、日によって昼過ぎに売り切れてしまうことも。   開発したのは観光土産品及び進物用菓子食品類の企画卸売を行っている「大藤」。 妖怪いちご大福以外にも小判型のおせんべい「これでよしなに」、お尻型の生菓子「美尻」といったおもしろお菓子から、3種類の味が楽しめる飴「アメノミックス」といった政治家シリーズものまで幅広くとりあつかっている。   江戸うさぎ店長兼、大藤商品管理部の横尾さんにユニークな商品の開発秘話をうかがってきた。 江戸うさぎの「妖怪★いちご大福」ってなに? ▲妖怪★いちご大福 1つ258円   口からぴょこんとはみだしたイチゴ、ゴマ粒で作ったつぶらな瞳がかわいい。谷中霊園からやってきた妖怪という設定だ。いちごシーズンの冬限定商品。 ▲妖怪★くり大福 1つ285円   秋になると「妖怪★くり大福」が販売される。芸術の秋にふさわしく栗のハンチング帽をかぶっている。 ▲妖怪★あんず大福   通年販売の「妖怪★あんず大福」も人気だ。 江戸うさぎの「妖怪★いちご大福」はどうやって生まれたの? ▲お話しをうかがった横尾さん(「江戸うさぎ」店長兼大藤商品管理部)   ●社内は「気持ちわるいよ」とほとんど反対意見だった   - 横尾さんが「妖怪★イチゴ大福」を開発されたそうですが、どんなきっかけだったんでしょうか   商品管理部 横尾文乃さん(以下、横):新しく和菓子職人さんが入られたときに「イチゴ大福が得意です」とおっしゃったのがきっかけです。それじゃあイチゴ大福でなにかつくろうと。ただお店は人通りのすくない地味なところにありますし、コンビニのレジ横でも100円で売ってます。それならどうにかお客さんをお店まで呼ぶにはおもしろいものを作らないとって思いました。   でも、職人さんは別におもしろさを求めてないですよね。できあがった大福に「これ、なにがおもしろいんですか?」ってしょっちゅう揉めてました。 ▲開発当初はこういう形だった   -...

  ビジネス本というものがある。商売が成功するために必要なことが書いてあったりするのだけれど、抽象的なことが多い。またビジネスなので、それをやってもすぐに結果がでるわけではないので、果たしてどういうことか、という疑問が浮かぶ。   そこで、ビジネスでよく言われていることを、わかりやすく説明したいと思う。「可視化」である。それをやるとどうなるのか、ということをJKがすべて裸で説明するのだ。 JKのビジネス講座 商売で成功するためには、幾つかのポイントがある。それは「視野を広げる」や、「見る角度を変える」などだったりする。ただそれがどのような結果をもたらすかはわからない。商売は、たとえば積み木のように形があるものではないので、抽象的に感じるのだ。 どうも、JKです!   そこで今回はJKがよく言う商売のポイントを裸で説明したいと思う。視野を広げるとはどのようなことか、見る角度を変えるとどのような結果を期待できるのか、それをJKが説明するのだ。裸で。 どうも、地主恵亮(JK)です! 本名です! JK(地主恵亮)視野を広げる JKとは「女子高生」ではなく、これを書いている「地主恵亮」のことである。イニシャルが「JK」なのだ。そのJKが裸でビジネスを教える。まずは「視野を広げる」。一般的によく言われる商売のポイントだ。 普通の格好です!   視野を広げることでどのようないいことがあるのだろうか。先にも書いたように商売はすぐに結果がでるわけではないので、よくわからない。そこで上記の画像なのだ。近い視野では上記の彼はYシャツにネクタイを締めている普通のビジネスパーソンのように見える。しかし、視野を広げてみようではないか。 裸です!   視野を広げることで、JKの裸を見ることができるのだ。近い視野では確かに服を着ている。しかし、視野を広げれば裸を見ることができるのだ。JKの裸を見たいか否か。見たいに決まっている。視野を広げれば裸を見ることができる。そういうことなのだ。 視野を、 広げれば、 明るい未来の扉が開きます! JK(地主恵亮)見る角度を変える モノの見方を変える、というのも商売のポイントだ。一方からしかモノを見ていては、商売を成功へと導くことができない。違う角度から見ることで、今までとは違う風景が広がるかもしれないのだ。 普通の格好です!   とは言っても、違う角度で見るとどのような結果をもたらすかは分からない。それを説明するのが上記の画像。確かに彼はコートを着ている。寒い日なのだ。コートを着る必要があるのだ。ただ見る角度を変えてみようではないか。違う景色になるかもしれない。 見る角度を 変えれば、 裸です!   一方からしかモノを見ていなかったら、JKの裸を見ることができない。ただ角度を変えたらどうだろうか。裸だ。そういうことなのだ。モノを多角的に見ることで、普段は見ることのできない露出したJKを見ることができるのだ。寒くても裸、ということだってあるのだ。 見る角度を変えると裸が現れます! JK(地主恵亮)上を向く 足元を見て経営することが大切だ。無謀な賭けに出ては、自分はもちろん、社員を路頭に迷わすことになる。ただ常に「上を向いて経営」することも大切だ。高みを目指すのだ。上を見ることで会社はもっと大きくなるのだ。 普通の格好です!   今のポジションに甘んじていてはダメだ。もっと上を向くことが大切だ。ただ上を向くとどうなるのか、というのが問題だ。上を向いて経営して会社が潰れるかもしれない。ただ上を向くといいことがあるのだ。 胸を、見ることができます!   足元ばかり見ていては、せっかくのJKの胸を見ることができないのだ。上を向くことで胸を見ることができる。そういうことなのだ。誰だってJKの胸を見たい。そのためには上を向いて経営するのが大切となってくるのである。 上を向けば、JKの胸を見ることができます! JK(地主恵亮)効率的にする 何事も効率的にすることが求められている。リソースを無駄にしないためには効率的であることが必要だ。ただやはり効率的、と言われても、それをするとどうなるの、と疑問が浮かぶ。今までだって回っていたのに、効率的にすることに意味があるのだろうか。 裸を見ることができます!   こういうことだ。焦らされないのだ。いきなり裸である。脱ぐ時間とか角度を変えたりする必要がない。いきなり裸。そういうことなのだ。いきなり裸って、と思うかもしれないけれど、どうせ裸になるのだから、最初から裸でいいのだ。これが効率的ということだ。 効率的に、 するとは、 常に裸ということです! JK(地主恵亮)長い目で見る 商売はすぐに結果が出るとは限らない。長い目で見ることも必要となる。早くにそのプロジェクトを打ち切ったことで、もしかしたら得ることのできた利益を手に入れることができないかもしれないのだ。 普通の、 格好です!   もちろん長い目で見ることは危険も伴う。軌道に乗るまでは赤字かもしれない。大切な時間もそちらに取られるかもしれない。そんなリスクを犯した先に何が待っているというのか。それが下記の画像だ。 長い目で、 見ると、 やがて、 裸を、 見ることができるのです!   早々に打ち切っていたら、裸を見ることができなかったのだ。皆さんは長い目で時間を割いたから、JKの裸を見ることができた。時にはこのように時間をかけることも大切だ。すぐに判断をしてはダメ。さっきまで服を着ていても、脱ぎ始める可能性だってあるのだ。 時間をかけましょう! JK(地主恵亮)ビジネスのまとめ ここまで学んだことをJKでまとめてみようと思う。これで商売はさらに成功へと近づくのではないだろうか。ぜひ役に立ててほしい。 JKが、 公園で遊んでいる やがて服を、 脱ぎ始める 角度を変えて見てみると、 より見たかった部分を見ることができる! 視線をあげると、女子高生ではないJKであることがわかる 変態であるとわかる   こういうことなのだ。何事においてもあらゆる可能性を考えて商売をすることが大切。最初から視野を広げていれば、見る角度を変えていれば、JKが女子高生でないことがわかるのだ。効率的に商売を進めるには、最初からあらゆる可能性を考えることが必要ということだ。 最初からあらゆる可能性を模索することが大切です! 裸を見なくてすみます! JK(地主恵亮)裸で学べ! 商売でよく言われることを分かりやすく裸で説明をした。これで大切さがわかったのではないだろうか。誰だって裸を見たい、そのためには、視野を広げたり、角度を変えたりすることが大切なのだ。男のJKの裸を見たいかは別として、いいことが起きるのだ、きっと。 上記を守れば、いい商売人になれます! 胸は出てるけどね!     ...

  訪問販売に叩き起こされる。   この経験はどのくらいの人がしているんだろうか。職種によるのかもしれない。私はひんぱんに叩き起こされる。深夜に原稿を書くことが多く、平日だろうが午後まで寝ているからである。   そして、ピンポンの音で目を覚ます。ユニクロのスウェットのまま、寝癖もなおさず、目くそも取らずに出ていくと、見知らぬ若者が立っていたりする。   「グレープフルーツ、お好きですか?」   これは先日、実際にあった。日焼けした若者にニコニコ顔で言われた。大きな箱を抱えていた。そこに果物を入れて売っているらしい。私はグレープフルーツは嫌いじゃないが(むしろ好き)、さすがにこの状況じゃ買いたくないと思った。目覚めて5秒でグレープフルーツを買う人間がどこにいるのか。顔を洗うより先にグレープフルーツを購入。さすがに「好き」の域を超えている。   私の表情を見ると若者は言った。   「あっ、今日はお休みですか?」   休みじゃねえよ、夜中に仕事してんだよ……とは答えずに、「ああ、まあ」と返事した(まだ半分寝ている)。若者は妙に元気がよかった。声も大きかった。ラグビー部の期待の新人という感じだった。寝起きの頭にガンガン響いた。   その後、グレープフルーツを持たされて(「持ってみてください!」と言われた)、しばらく若者の話を聞いた。というか、寝ボケている自分の前で若者が勝手にセールストークを頑張っていた。   「ぜひ!」   「いや、あの、いらないです……」   それだけ言って扉を閉めた。   月に一度くらい、こういうことがある。私にとって訪問販売とは、寝起きの状態でグレープフルーツを売り込まれたり、新聞を購読しろと言われたり、神様について話をしたいと言われたりすることなのである(最後は訪問販売じゃないですが)。 あのとき何をすすめられたら買っていたか? 人は寝起きでモノを買わない。どれだけ元気にすすめられようが買わない。これは数少ない真実である。好きなはずのグレープフルーツですら魅力はゼロ。こんな状況でモノを買うはずがない。   さらに言えば、訪問販売自体がむずかしい。突然やってきた人間からモノを買うことのハードルは高い。しかも寝起き。ハードルの上にハードルを重ねている。   私はあの状況じゃ何をすすめられても買わなかったと思う。グレープフルーツもメロンもリンゴも買わない。最新のiPhoneだろうがスニーカーの限定モデルだろうが買わない。太陽ですら買わない。私はあの状況じゃ太陽すら買わなかった。   私にはすぐに発想が飛躍する癖がある。思考回路が雑だと言ってもいい。油断すると宇宙、目をはなしたすきに太陽、ワン・ツー・スリーの自然なリズムで太陽に飛ぶ。夜型生活を続けると人はこうなってしまうのである(ヤバい)。 太陽を売りに来たらどうなるのか? 要するに、生存に不可欠なものすら買わないという話だ。寝起きの状態で訪問販売に来られても太陽すら買わない。何も買わない。   ということで、私はさっさと二度寝するべく布団に戻ったんだが、そこでふと考えた。太陽を売るとはどういうことなのか。買う買わない以前に、太陽を売るとは何なのか。   「太陽、お好きですか?」   あの若者に言われていたらどうなっていたのか。宗教の勧誘だと思っていただろうか。とりあえず眠気は吹っ飛んでいたかもしれない。グレープフルーツじゃ目は覚めないが、太陽を売りにきたと言われると目は覚めてしまう。   われわれにとって太陽はひとつしかない。それを売るとはどういうことなのか。そもそも太陽はものすごく遠くにある。グレープフルーツのように気軽に持ち運ぶことはできない。地球から1億4960万kmの距離である。バカみたいな大きさの数字である。   「ダッシュで取ってきます」   と、言いそうな若者ではあった。気合があれば何でもできると思っていそうな若者ではあった。しかしダッシュという方法で1億4960万kmの距離は克服できるのか。はやい段階で大気圏に突入するが大丈夫なのか。うわさでは酸素とかも皆無らしいが大丈夫なのか。そもそも陸路じゃないが大丈夫なのか。   「なんとかします」   と、言いそうな若者ではあった。人類はガッツで月面に到達したと思っていそうな若者ではあった。スペースシャトルは気合で飛んでるんだと考えていそうな若者ではあった。しかし私は言いたい。太陽は表面温度だって6000度なのである。距離に続いて温度もバカみたいな数字なのである。この圧倒的高温をどうすればいいのか。   「たしかに素手じゃキツいっすね」   と、言いそうな若者ではあった。60度も6000度も大差ないと考えていそうな若者ではあった。チーズフォンデュも太陽も似たようなもんだと思っていそうな若者ではあった。どちらもまとめて「熱い」の一言で処理していそうな若者ではあった。   「トングがあればなんとか」   と、言いそうな若者ではあった。トングの力を過大評価していそうな若者ではあった。トングでつかめば太陽もなんとかなると思っていそうな若者ではあった。ダッシュで宇宙に飛びだしてトングでつかめば太陽は持ってこれると思っていそうな若者ではあった。   そんな若者ではなかった。   そんな若者ではなかったのだ。突然ハシゴを外す形になって申し訳ないが、そんな若者ではなかったのである。頭の中でどんどんヤバい若者に変貌していった。完全に私の責任である。申し訳ない。   太陽を売る若者など、私の頭のなかにしかいない。ワン・ツー・スリーの自然なリズムで太陽に飛ぶな。ヤバいのはおまえだ。           ↓「上田啓太」作品を他にも読みたい方はこちら↓ 祖母の商店を手伝ったとき、はじめて「商売」のことを意識した     執筆:上田啓太    ...