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ホーム > アキンド探訪  > 26歳の”ゆるゆる起業家”が教える、「カフェを開くための物件」の見つけ方

26歳の起業家が経営する、一言で言えば「緩いコーヒー屋」

兵庫県川西市、JR川西池田駅から徒歩4分という好立地に、その小さな店はある。Khepri Coffee Roaster《ケプリコーヒーロースター》、略してケプリコは、自家焙煎のコーヒー豆を販売、週末にはカフェバーを営業している。ネット通販は送料無料。店舗ではコーヒーの試飲も可能だ。

Khepri Coffee Roaster

 ケプリコの店の雰囲気は、一言で表すと「緩い」。まるで昔から自分の部屋だったような、そんな居心地のよさを覚える。そしてその緩さは、他ならぬオーナー自身、現在26歳の藤野郁哉、通称難民社長が醸し出しているのだった。

▲自らの服に手書き広告を貼り付けた姿(所謂サンドイッチマン)で、どこへでも出かける。▲自らの服に手書き広告を貼り付けた姿(所謂サンドイッチマン)で、どこへでも出かける。

 
 彼は、関西学院大学在学中から、シェアハウスやカフェ立ち上げをおこなってきた若手起業家である。一体どんな人物なのだろう。
 
 「起業家」や「若手社長」などという言葉を聞いたとき、どんな姿を思い浮かべるだろうか。例えば野心に満ち溢れた、どこかギラギラした人物。もしくは、狡猾そうな、気の許せない雰囲気の人。会社を経営するにはそのくらいでなければ、と考えるのは自然な事である。ところが、この難民社長に関して言えば、そのような特徴が全くあてはまらない人物なのである。

 とにかく、彼を纏っている空気が柔らかい。この人なら、どんな人物も受け入れるだろうという、秒速で他人を安心させてしまう、受容のオーラが凄い人なのだ。彼のその空気のルーツはどこにあるのだろうか。

逃亡する。社会を変えるためじゃない、自分たちが変わるために

 そもそもは、大学生時代彼が既存の就職活動に疑問を持ったことから始まる。中々出されない内定に社会への恨みをつぶやきながらも、悲壮感を漂わせて必死に就活をするうちにふと気付いた。内定を貰えなかったら人生が終わるなんて、本当にそうなの?そんなに苦しなら、就活から逃げてもいいんじゃないか。何者かになりたいのなら、自分たちで仕事を作ろう。現状に不満のある人を組織化して、一緒に仕事を作り、希望になることが出来ないだろうか。その流れで作ったのが、大阪の中津にあるシェアハウスだった。

 そこでは、ルームメイトたちと「便利屋」を開業。1時間1人2,000円で人手を貸す、例えば掃除洗濯代行や草むしりなど、何でも屋さんである。それと同時期に、一食350円のお弁当屋台も開店。1日平均100食ほど売れた。またシェアハウスは常に開放し、誰でも利用できるシステムにした。「ここじゃないどこか」へ逃げたい人に一時的でもよいから居場所を提供したかったのだ(現在は代表を降りている)。
 

格安物件との出会いこそが起業成功の鍵

 そして、難民社長が、シェアハウス立ち上げと並行して行っていたのは、神戸のカフェ開業と経営である。お弁当屋ビジネスで得たノウハウを活かせると思ったのだ。この起業は、神戸市内の元町駅近くで、安い物件を売り出している人物と偶然出会ったことから始まる。その物件の家賃は、相場の半分以下であった。なぜその物件がそれほど安いかというと、理由は2つ。1つ目は、とても古かったこと。2つ目は、不動産サイトのレインズに載せる以前、つまり地元の不動産業者だけが情報を持っている段階で契約を結べたことだ。

 例えば神戸市内なら、三宮駅近の居住用マンション家賃は2LDKで10万円ほどが目安になる。店舗用の物件を探す場合も、似たような条件であれば当然店舗の家賃もそれぐらい、いや、店舗なのだからもしかしたらそれ以上かもと、何も知らない人は勝手に予測してしまう。しかし、きちんと探せば格安物件は存在するのだ。そうすることで、起業のハードルを下げることができる。
 
 この出会いによって「世の中には探せば安くて立地条件の良い物件がある」と、難民社長は経験的に知った。固定費は、抑えることが出来るのだ。出て行くお金を抑えれば、死に物狂いで働かなくても、最低限の利益を出すことはずっと簡単になる。

カフェ経営の肝、格安物件を契約するポイント3つ

 では、実際どのような点に留意して物件を探せば良いのだろう。藤野氏が具体的なコツを教えてくれた。
 

【格安物件探しのポイント その1】〇〇マークのついた地場の不動産業者

 まず、お店を開きたい場所の最寄り駅周辺を、ぐるっと10分歩いてみよう。駅の近くで不動産会社がゼロということは、まずありえない。直接行って突撃するのも可。その場合、チェーン店系列の不動産業者は、避けておこう(理由は後述する)。一軒しか見つけられなかった場合は、その事務所に入ってみて、付近で他の不動産会社の場所があるか聞けば教えてくれる。そうして見つけた不動産関係の看板、及び店舗全てに電話をする。ここで注目すべきは全国宅地建築物取引業協会連合会(全宅連)の加盟店マークである。

※全宅連ホームページより引用※全宅連ホームページより引用

 
 鳩マークは、全宅連から、適正な運営を確保していると認められた、不動産業者の信用の証というわけだ。看板や入り口にこの鳩マークのついた、地元に昔からある不動産業者、建築事務所、建設会社に、全て問い合わせをするのだ。
 

【格安物件探しのポイント その2】その不動産業者独自の情報を得る

 不動産業者では「希望の家賃上限」、「居抜き物件を探していること」を聞かれる前にこちらから大きな声で伝える。大きな声を出すのは、自分が話す相手以外の従業員たちにも、自分の探している条件を知ってもらうためだ。
 
 そこで条件に合った物件が無かった場合は、即時切り上げる。お茶を頂いたり、アンケートを書く時間はもったいない。さっさと次へ行こう。
 また、営業マンが席をいったん外し、パソコンで何かを調べ始めたら、それも切り上げのサイン。すなわちそれは、不動産取引提供サイト、「レインズ」を見ているということになる。そうなるともう、どこの不動産業者でも持っている情報しか得られない。我々は、レインズに掲載されていない、出たばかりの情報が知りたいのだ。

 その不動産業者だけが持っている、出たばかりの物件は、不動産販売サイドからしても利益の大きな物件である。なぜなら、独占で持つ物件の場合、仲介手数料がそのまま不動産業者のものになるからからである。ここが、チェーン店ではなく、まず地場の不動産業者に飛び込む理由である。地場の不動産業者が、古くからの地主たちとのネットワークを介し独占で持つ物件は、利益が大きい=売りたい物件になる。仲介手数料が必ず100%自社の利益になる分、不動産業者側も真剣になり、その後の大家への家賃などの交渉時において営業マンの熱意が格段に違ってくるのだ。
 

【格安物件探しのポイント その3】無理に値切らない

 さあ、お目当ての物件が、見つかったとしよう。それまで営業マンであった交渉相手は、この地点から大家に変わる。ここからは、営業マンとはタッグを組もう。どのように大家に交渉すれば更に有利な条件で借りられるかを共に模索する仲間になるのだ。営業マンからすれば、ここで買い手に決断してもらうのが一番の勝負所なので、より良い条件が実現するように自ら進んで動いてくれるのだ。不動産業者が持っている大家情報と照らし合わせ、最善の策を練ろう。

 ただし、無茶な値切り交渉は、心象が悪くなるのでしないこと。ここで使う技が「一括払いの術」なのである。最初の段階で、まとめて数か月分の家賃を、現金で30万円程度支払う。30万円は、信頼を得られるぎりぎりの数字だというのが難民社長の持論。そしてその代わりに例えば敷金礼金を0円にしてもらう。成功すれば、約10万円をゼロにできる。このような流れで、難民社長は、川西池田駅近くのケプリコの物件も決めたのだった。

 これらは国内であれば色々な地域で応用可能なやり方だと思われる。実際、難民社長は自身の経営する店舗以外に、神戸の事務所一軒、長屋一軒、京都と大阪の店舗をそれぞれ知人のために希望通りの条件で見つけ出している。ただし、ビジネスを興すのであれば、自分の土地勘のある場所所を薦めているという。知らない土地ではどうしても情報不足で不利になるからだ。例えば、沖縄で物件を探した時の話なのだが、自転車で行ける範囲にスーパーのある物件、という条件を不動産業者に出したところ、「そもそも沖縄の人は自転車乗らないさ~」と言われ、物件探しが進まなかった。土地勘が全く無いと、こちらが当たり前と思うことがそうでなかったりするので、事業計画自体の見直しを迫られることもある。

全力で逃げる人生はどうだろう

 難民社長は、自身をこう振り返る。
 「僕、中学生の頃、親と色々あって家を出たんです。家から逃げて、祖母の家に転がり込んで、それからもう、とにかく、何かに頑張って立ち向かうんじゃなくて、嫌なことからは、全力で逃げてるんですよ。
 つまり全ての始まりは、ご両親から逃げたことであって、積極的に何かを成し遂げようという動機ではなかった。一緒にいたくない人とは離れる。やりたくないことは、絶対やらない、必ず断る。そんな、後ろ向きな強さがあるのだと、彼は言う。裏を返せばそれは、嫌なことじゃなければ、何だってやれるということなのだ。
 逃げるなんて…と、眉を顰める人もいるだろう。しかし、難民社長は「逃げる」という言葉を使っているが、14歳の普通の少年が、両親との同居を解消するという初めの一歩を踏み出したのは、とても勇気のいる決断だったと私は思う。そして、そこから新聞配達などしながら自活しつつ学業を疎かにしなかったことも、生半可な「逃亡」ではなかったことを示している。

ここに来ればなんとかなる、そんな場所を

 「例えばこの先社会が多少どうなっても、まあ隕石が飛んできて…なんてことになれば話は別かもしれないが、不景気や就職氷河期など、不安感が社会を覆っていたとしても、『ここがあればなんとかなる、ここに逃げられれば何とか生きられる』そういう場所を作りたいんです」と難民社長。このコーヒー店がとても居心地良い理由もうなずける。そこにはいつも、丁寧に、一粒ずつハンドピックで豆を選別する社長がいる。

 
どこかとぼけていて、そしてめちゃくちゃ逃げ足が速い。こういう人が、多くの迷える人類に避難所を提供する新しいリーダーなのかもしれない。

この記事を書いた人

結婚前は地方新聞記者。結婚後は大阪で広告代理店勤務。そして今は、それらの経験を全く活かさない小学校PTA役員。ハンドメイド作家もやる。どんな肩書でも、書くことだけはやめません。LINE絵文字の使い道不明なやつを発掘するのが趣味。

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