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ホーム > アキンド探訪  > 撤退戦は経営者の仕事。事業を畳む決断をどこでつけるか、出直しのために

 
奇跡の逆転勝利が自分にはあるはずだ、無いはずがない。自分はいつだって苦境を乗り切ってきた、これは乗り越えられる苦境のはずだ。
 
そういう気持ちはとても大事なものだと思います。石に噛り付いてでも耐え切る、この苦境をなんとしても乗り切る。そういう気概が人間を救うことはきっとあるのでしょう。世の中にはそれによって救われたという話がたくさん出回っています。
 
しかし、残念ながら世の中には乗り越えられない苦境も存在します。事業を成功させるには粘りと頑張りが必要なこともあるでしょうが、ダメなもんはダメです。ダメでした。
 
事業撤退の判断が遅すぎた。本当なら損失しなくていいお金をたくさん失ってしまった。後知恵ではあるのですが、「もうダメだ」と最初に感じたタイミングで事業を撤退させていれば、あと数百万円は損失を小さく出来ただろう。前回の事業経営の失敗について、僕はそう思っています。
 
撤退まで含めて失敗だったとしか言いようがありません。もっと上手な逃げ切り方がありえました。数百万は大金です。小規模な事業くらいなら興せてしまうお金です。それが、まったくの無為に失われてしまった。後悔は尽きません。

事業失敗を認めるのは恐ろしく難しい

事業が苦境に陥ると「もうだめだ」と「まだやれる」の間で絶え間なく思考は往復することになります。これは、非常に強いストレスで四六時中頭を悩ますことになるでしょう。そう遠からず起きるであろう資金ショートの恐怖、そして事業が苦しくなれば、必ずといっていいほど職場内外のトラブルも続発します。資金繰りとトラブル対応だけでどんどん時間が経過していくあの恐怖は本当に耐え難いものがあります
 
その一方で、そのストレスの中で僕が本当に具体的に事業の行く末について考えられていたかといえば、甚だ疑問であるとしか言いようがありません。当時手元に残っていたカード、資金、人的リソース、それらをどう総合しても逆転の目なんかひとつもなかったと今になって思います。
 
最後の数ヶ月の苦闘は完全に無駄でした。苦しまずにさっさと白旗をあげて、損失を小さくするという「逃げ」の判断が間違いなく適切でした。でも、僕はその判断をつけるのに結局数ヶ月を要しましたし、勝ち目のない勝負をいくつか打ちました。それはもう自分を納得させるための儀式に近いものだったと思います。
 
でも、何の儲けにもならないことがわかりきっている儀式にお金を使う経営者なんてクソ以下です。ダメだと思ったら撤退、それ以外やることなんかありません。何かの間違いで、信じられないような幸運がやってきてすべてが解決する、そういうことは起こらないとは言い切れませんが、出資者の金を消尽しながら期待していいことでもありません。

撤退ラインを定めていないのは論外だった

これは非常に卑近な話で恐縮ですが、例えば株式投資やFXで、あるいはギャンブルで損失を、あるいは負けを完全にコントロールすることが自在に出来る人というのはどれくらいいるでしょうか。ほとんどいないと思います。増して、自分の身の丈を超えた資金で勝負している人間が、事業経営を行いながら適切なタイミングで撤退を決断できるでしょうか。これは、ほとんど不可能と言わざるを得ないのではないでしょうか。
 
いうなれば、事業が左前になってから撤退のタイミングを計っているのがそもそも論外だったのです。撤退ラインは損失が発生する前に設定しておくしかない。自己の外部にルールを設定しておかなければ、結局人間はそれを誤るというお話は真理だと思います。これは、経営に関してもまったく同じでした。
 
本来、「何に幾らの資金を投下するか」は数少ない経営上コントロール可能な領域です。毎月の固定費もあるいは設備投資も仕入れも、計画して実行することが出来るものです。ならば、事業に投下できる資金の限界だって定められるはずです。
 
このラインを越えたら撤退」という判断は、危機に直面していないフラットな状態であれば、かなり明確に定められると思います。定めておきましょう。もちろん、この事業が失敗したら自分の人生は終わりだという覚悟で挑むなら定めなくていいと思いますが、そこまでの悲壮な覚悟で創業する人もそれほど多くは無いと思います。
 
ポジティブな決断は、ポジティブな状況下でも出来ます。事業が好調の時にさらに事業を拡大する判断をするのは問題ありません。それは、事業の状況を鑑みながらの決断になるのでむしろ精度を増すでしょう。攻めるべきときに攻めるのはとても大事なことです。
 
しかし、概してネガティブな決断をネガティブな状況下で行うのはとても難しいことです。莫大な損失を伴う撤退の判断を莫大な損失を抱えた状態で行うのは、限りなく不可能に近い。引くべき時に引くのは、リアルタイムの状況からの判断ではとても難しいのです。「引くべき時」は予め定めておく必要があります。
 
また、「事業撤退」の判断は概して民主主義的に決断するのは不可能です。会社の苦境においてトップ以外が「事業撤退」を決断するのはほとんど不可能だからです。「みんなの意見」を総合すれば「もう少し頑張ろう」になるのは当たり前です。その決断は最終的な経営責任を負うトップがするしかないのです。もう少し、もう少しと何のビジョンもないまま損失を膨らましていくのは明確に間違った判断です。

有能な経営者であるために、無能な元経営者からお伝えしたいこと

起業に100%の成功を見込むことは不可能です。究極的なところを言えば「失敗したら撤退するのも織り込み済み」であるのが理想です。しかし、多くの人が資金と労力を費やしたわが子のような事業をそう簡単に切り捨てることは出来ないでしょう。あるいは、切り捨てても最後の最後まで意地を張り通しても最早結果は同じだ、という状況に陥ってしまうこともありえるでしょう。
 
しかし、その損失に意味があるのかについては考える必要があります。少なくとも、自分を納得させるための数百万円を投じた儀式をやる必要が僕にあったかといえば、あるはずがなかった。それは自分があまりにも無能であったために発生した損失であり、言い訳の余地などひとつもないとしか思えません。
 
自分が「どこで引くか」は常に考えておく必要があります。もちろん、「撤退」のタイミングは経営者のおかれた状況や周囲の状況にも左右されるでしょう。「命さえ残ればそれでいい」かもしれませんし、「再起の可能性を残したい」でもいいでしょう。あるいは、「次の事業を模索できる程度の資金は残す」でもいいかもしれません。
 
しかし、撤退のタイミングを明確に定められるチャンスは、創業前あるいは創業初期にしかありません。それを越えると、最早冷静な判断は不可能になります。なるべく早い時期に、可能な限り残酷な想像に耐えておくのはとても大事なことです。出来れば、紙に書いて記録しておくなどが良いと思います。
 
そして、最後に現在事業が苦境にある方に心からお伝えします。自分が最終防衛ラインを突き抜けてしまっているのか、それともまだ逆転に向かって苦しむ価値がある場所にいるのか、一度冷静に考えてみてください。「いまさらここまできて引っ込みがつかない」というような感覚もあるでしょうが、それでも無駄な損失を出すことは経営者の仕事ではありません
 
2000万の損失を出した後に、200万を残すために撤退するのはとても難しいことです。大抵自分の懐に残るわけでもないでしょうし、最後の1円まで突っ込んでやれという感覚は本当に理解できます。しかしそこで、極めて非人間的かつ合理的な判断をするのが有能な経営者ではないでしょうか
 
無駄な損失を重ねた僕が無能な経営者であったことは論を待ちません。本当に反省しています。是非、皆様には正しい決断をして欲しいと心から願っています。玉砕は最も経営的に間違った判断であり、最悪の決断だと心から思っています。
 
撤退のタイミングは、あなたが創業の時に、あるいは事業がまだ好調だったころの冷静な頭で設定したラインです。どうか、そこで退いてください。撤退戦もまた、経営者の仕事です。あなたの事業が失敗に終わったとしても、「撤退のタイミングは完璧だった」と言い切れるのであれば、僕はあなたを心から尊敬します。
 
そして、何度だって立ち上がってやりましょう。残念ながら人生はまだ続きます。やっていきましょう。

 
 

この記事を書いた人

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。 現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。 発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。 Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/ Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

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