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ニューアキンドセンター様ではたくさんのコラムを書かせていただきましたので、皆さんもお気づきだと思います、僕は起業に向いていませんでした。それはもう、間違いないと思います。もちろん、ある部分では「向いていた」というところもゼロではないのでしょうが、トータルでは完全に向いていなかったと思います。   さて、そういった経験を踏まえて僕の独断と偏見による起業家適性チェックを考えてみました。しかし、もちろんこれで「向いていない」と出たからといって、あなたの起業が失敗するとは限りません。ただ、その面での心構えをしていないと僕と同じ失敗に嵌る可能性がそれなりにあるということです。   本質的に起業に向く人というのはわかりません。成功する起業家、それも中小企業の皆さんについて考えてみましたが、実にキャラクターはまちまちです。しかし、その中で「この傾向はあるぞ」と僕が感じたものを抜き出してみました。是非参考にしていただければと思います。 起業家適性チェック1 決断出来ない 悩ましい決断を前にした時、その場で止まってしまう人はまず間違いなく起業家に向かないと思います。起業家、あるいは経営者の仕事の第一はまず「決断すること」です。その結果がどうであれ、「決断する」ということそれ自体に価値があるのです。   経営上出会う悩ましい決断は大抵の場合、「正しい答え」の存在しない種類のものです。しかも、判断のために勘案すべき要素も無限に近くあります。しかし、最も恐ろしいのは起業家には「決断を放置する」という権利も存在します。   見てみぬふりをした問題はいつか巨大化し、あなたの経営に致命傷をもたらすでしょう。それが致命的なものであることに気づいてはいた、しかし決断の苦痛に負けて放置してしまった。僕は、これをやらかしました。   どんな決断を下そうとあなたは批判されます。トップというのはそういうものです。しかし、それでも尚その苦痛に向かっていけなければ、トップの資格はないでしょう。僕にはトップの資格がなかったということだと思います。 起業家適性チェック2 部下を処断出来ない 人間を罰するの、お好きですか?僕は大嫌いです。自分自身が欠損の多い人間ですので、誰かを責め立てたり処罰したりするのは本当に嫌いなことです。しかし、組織におけるマネジメントにおいて、それは往々にして致命傷をもたらします。   人間というのは2回やる生物です。「やらかしても許される」と感じた人間は、必ず同じ愚を繰り返します。「自分が許されたいから他人を許そう」という僕の考え方は、少なくとも経営者としては失格だったのだと思います。   「俺は許されるがおまえは許されない、当たり前だろ俺は社長だ」この傲慢さを振り回せることが、トップの一つの条件ではないかと僕は思います。僕にはそれが出来ませんでした。 起業家適性チェック3 みんなに良い顔をしたい 100の成果を出したAさん、5の成果を出したBさん。彼らの褒章が同一であれば、Aさんは必ずあなたの下を去ります。しかし、AさんにBさんの20倍の褒章を与えることは会社経営的にまず不可能でしょう。そう、その場合はBさんを冷遇することで、Aさんとの格差をつけるしかないのです。お金に限らず、裁量あるいは接し方なども含めてです。金が払えないなら金以外の何かを払うしかありません。   僕は、これが本当に嫌いです。一生懸命働いてくれた人にはその成果に関わらずありがたいという気持ちを持ちたい。そういう甘ったるさを抱えています。これは、ひいては僕が「一生懸命やったから評価して欲しい」という腑抜けであることを意味します。   しかし、Aさんの立場からはそれは許容できないでしょう。僕がAさんの立場でも退職すると思います。皆さんもそうではないでしょうか。みんなに愛されたい、好かれたい、という人間的な感情を処理出来ないとこの問題には対処できません。 起業家適性チェック4 現場とトップの立場の違いを示せない 経営トップというのは、経営上の「決断」という重責を抱えています。また、他にも資金繰りやマネジメントなど多くの業務を抱えるでしょう。しかし、その苦労は多くの場合、部下にはあまり伝わりません。わかってくれる部下がいれば、それは宝です。大抵の労働者は「経営者は働いていない」と思っています。   「俺も働いているんだ」というところを示すために、社長業を放り出して働いてしまう方は結構います。もちろん、人員が不足して社長自ら現場に飛び込む必要が出た時などは別ですが、その必然性に欠けるにも関わらず背負い込むべきではない労働を背負いこんでしまう社長は多くいます。   従業員と経営者は立場が違うのです。「仲間」ではないのです。従業員が「ウチの社長は怠けている」と感じていても、会社が上手く回っていればそれでいいのです。「わかってもらいたい」という感情は癌です。苦労をわかってもらうために更なる苦労を背負い込む必要は一切ありません。現場とトップは立場が違います、それは明確に示すべきなのです。   創業当初は仲間意識で会社が回るでしょう。しかし、組織が大きくなってくれば、それこそ3人になった時点でもうこの問題は発生します。労働者と経営者の立場の断絶を呑み込めないなら、経営者は向いていません。 起業家適性チェック5 強権を発動できない 部下に向かって「いいからやれ!」と叫ぶのが非常に苦手な方は多いのではないでしょうか。僕も完全にそのタイプで、部下が指示に対して不満を示すと「わかってもらうまで伝える」という判断をついついしてしまいます。これは時と場合によっては有益な判断になることもあるのですが、そうではないことももちろん多々あります。   「わかるまで伝える」というのは、相手が理解を向けてくれなかった時、致命的な断絶を生み出す行為ですし、また同時に部下に対して「不満があれば動かなくても良い」というメッセージを出してしまいます。   部下の意見を聞こう、自分が常に正しいとは限らないという自覚を持とうというのは、一般的には正しいことだと思います。しかし、指揮系統のトップに立ち命令する者にはそれだけでは回らなくなるときが必ず来ます。   現場からは巨大な不満が発生することを承知で「俺がトップだ!従え!」と叫べないのは、起業家としてあるいは経営者として致命的なウィークポイントになるでしょう。僕はなりました。人間を強権で従わせることは、非常に大きなストレスになります。しかし、それに耐えられないならトップは務まらないでしょう。 人間としての善さと経営者としての正しさは相反する さて、ここまで読んでわかっていただけたかと思うのですが、これらの「欠点」はある意味で人間としての美点でもあり得るものだと思います。1の「決断」はともかく、2~5は「部下に寛容で、成果の出ない者にも優しく、現場目線に立ち、強権ではなく話し合いを重視する」という解釈も出来ると思います。そういう経営者に僕もなれるものならなりたかったです。それで上手くいくのなら。   僕はわりと夢見がちな人間です。大して能力もないくせに、理想に燃えるところがあり、自分にも他人にも甘いです。そういう人間でも幸福になりたいというのは、僕の起業に向かうモチベーションそのものだったと思います。しかし、それが最大の癌となり僕の起業は失敗に終わりました。   善く生きたい、正しく生きたい、楽しく生きたい。既存の組織の中でそれが実現できないから起業をするのだ。そういう気持ちはとても理解できます。僕だってそうでした。しかし、その気持ちそれ自体が最大の弱みになってしまう、そういうこともあると思います。   この問題への処方箋は今のところ僕にはありません。どうしたらいいのかわかりません。それは、起業家一人ひとりが自分の適性や状況を見ながら考えていくことだと思います。あなたが素晴らしい答えを出してくれることを、心から祈っています。いつか、僕にこっそり教えてくれたらとても嬉しいです。   やっていきましょう。この設問によって「完全に起業に向いていない」と出た方こそ、もしかしたらその弱みを克服した時に本当に素晴らしい組織を作り出せるのかもしれない、という希望を僕は持っています。誰もが幸福になれる場所にあなたが辿り着けることを、僕は心から望んでいます。やっていきましょう。     ...

長く書かせていただいてきた「起業失敗」シリーズですが、まだまだ書きたいネタもある一方で、今回はちょっと目先の違う話をさせていただきます。「起業して良かったこと」について書いてみようというちょっと明るいコラムです。   さて、そういうわけで僕は起業に失敗しましたが、「起業したことを後悔しているか」と尋ねられると、「信じてもらえないと思うけど、していない」と答えます。もちろん、後悔はたくさんあります。出資者に大損をさせてしまったこと、協力者や従業員の期待に応えられなかったこと。その辺りは本当に慙愧の念に堪えないところです。また自分の判断のミス、あるいは甘さ。そういった点への後悔も尽きません。   しかし、その一方でかつて勤めていた職場を辞して「起業」という選択をしたことそのものに後悔があるかというと、自分でもちょっと驚くくらい「無い」のです。   僕はどうせあの職場には適応出来なかっただろうし、きっとどのような流れを踏んでも「起業」を一度はしていただろうと思うのです。そして、そこからは非常に多くのものを学ぶことが出来たと今では思っています。今日はそんなお話です。 学び1. もうブラック企業は怖くない 一度起業すると、ほぼ全ての人が「ブラック企業を怖がる理由はない」と感じるようになると思います。だって、自分で経営していたのですから相手の手の内は丸わかりです。いざとなったらどう逃げればいいかもすっかり理解しているでしょう。   創業当初の会社なんて、何をどうやってもかなり「ブラック」になります。そこから従業員を逃がさないように四苦八苦していた人間にとって「逃げる」なんて本当に簡単なことです。「体調が悪くて動けません」で逃げ切れる労働者の立場など、経営の重圧に比べれば楽園のように感じられるのではないでしょうか。   また、いかに「ブラック企業」といえど、所詮は「他人の会社」です。そこで何が起ころうと責任を取るのは経営者であり、従業員ではありません。それを理解しているだけで、仕事は恐ろしく楽になります。   起業を経験している以上、トップの重責に耐えながらの一日15時間労働くらいは当然に経験してきているでしょう。そこから「責任」という重圧が解除されたのです。これは、ちょっとすごいです。羽根が生えたように心も身体も軽い。「労働者は最高だ」という気持ちをじっくりと噛み締められます。   また、起業を経験していれば労働法規から裁判での戦い方まで大体は頭に入っていることが多いと思います。だって、こないだまで追い詰められる側でしたからね…。そういうわけで、いざという時の戦闘力もバッチリです。その気になれば、他の従業員を扇動して反乱を起こすことすら出来てしまうかもしれません。僕は正直、タイミングが合えば場合によってはやれると思う。だってやられたし…。 学び2. 自社との交渉がガンガン打てる 一度経営を経験すると、会社の経営状態や利益率などがかなり明確に見えてきます。また、「どの程度自分が重要なポジションにいて、自分が抜けるとどれくらいの困りが発生するのか」も見えやすくなってきます。これはどういうことかというと、経営者に対して給与や休暇など、雇用条件についての交渉がガンガン打てるということです。   もちろん「交渉」を打つためには交渉材料を手に入れなければいけませんが、経営を一度経験していれば、どのような材料が効果的に経営者を追い詰めるものなのかは痛いほど理解しているでしょう。なにせ、こないだまで追い詰められる側だったわけですからね。   上司も社長も最早怖くはありません。上からの叱責など、パンク寸前の資金繰りを切り回すあの恐怖に比べたら物の数ではないでしょう。経営者より労働者の方が強い。それを一番よく理解しているのは元経営者です。   僕も現在はガッシガシ交渉を打つサラリーマンです。歩合率、基本給、出勤時間、全て自分の都合の良いように変えていただきました。もちろん無理のないように、「それでも自分が在籍していた方が得ですよね」という形で。この辺りの間合い感は、一度「雇う」側に回らないとなかなかピンと来ないと思います。 学び3. クソ度胸が搭載される 怒鳴る上司、叫ぶ上司。いますよね。また、精神的に追い詰めにかかってくる上司もたくさんいると思います。でも、それって月末に従業員に払う給与が足りないよりは怖くないですよね。お金が払えなくて、「すいません、一ヶ月待ってください」と取引先に頼み込むあの恐怖に比べればなんということはありません。また、「上司の思惑」や「上司の上司」までもがイメージ出来るようになっているので、社内での立ち回りも当然洗練されています。   また、仕事中に全く指示もマニュアルもない判断事項が生じた時も、自信を持って判断できるようになっているでしょう。「このやり方が一番利益になる」という価値基盤が自分の中に揺るがず存在しているからです。もちろん、わからないことがあれば上司に判断を仰ぐのはとても重要なことですが、アドリブをするしかない局面では実に素早く上質なアドリブ業務が行えるでしょう。   何せ、何のマニュアルも業務規則も無い「起業」の世界にいたのですから。起業の世界は何もかも手探りが常だったはずです。そこに慣れてしまうと、たかが一社員としての業務判断なんて怖くもなんともありません。責任を取るのはつまるところ経営者です。 学び4. 給料のありがたみがわかる 起業を経て一般企業に再就職したときの一番の感動ポイントはここだと思います。少なくとも通勤さえしていれば、毎月一定の給与が出ることを疑わなくて良い。もう資金繰りに頭を悩ませなくていいのです。必ずお金は入ってくる、これほどありがたいことは他にありません。「給料」がいかに素晴らしいものか、じっくりと感じることが出来るでしょう。   実際、いかにストレスフルな会社の従業員でも、状態の悪い会社の社長よりストレスが大きいということはあまりありません。困るのは所詮自分だけだからです。(もちろん、社長の立場を知らなければこの世で一番苦しいと感じると思いますが)かつて熱湯のように感じたであろう状況がまるでぬるま湯のように感じられ、かつては大したありがたみを感じなかった「給料」が光り輝いて見えたのは本当に感動的な経験でした。   これは本当にモチベーションに影響します。一度起業をして、食うや食わずの生活をした元社長ほど「従業員」の立場を享受出来る存在はいないでしょう。最高です。 学び5. 営業に強くなる どのような会社であれ、社長が外部との折衝をほとんどしなくて済む形で起業出来ることは稀でしょう。一度トップに立ったなら、それは絶え間なく続く交渉の連続だったはずです。他社との交渉ももとより、従業員や役員がいたのであれば自社の内部の人間たちとの交渉も延々と続いたはずです。雇用条件から裁量、業務の進め方、事業方針など他人を納得させて動かすという経験は本当にたくさん積んだのではないでしょうか。   そのうえ、ここまで書いてきた通り「会社組織」というものへの理解が深まっているので、「商品の売り込み方」はかなりピンと来るはずです。更に、「失敗しても全部経営者の責任、他人のカンバンで好き勝手にやるだけ」とでも言うような開き直りも発生しているでしょう。   他人の会社の名刺、本当に最高ですよね。自分が大粗相をしても、責任を取るのは経営者です。これまで従業員の粗相の責任を取ってきた元社長さん、本当に気が楽ですよね。自社の「代表取締役」の肩書きで営業をした経験のある皆様、あの地獄に比べればね、本当に楽ですよ。   営業に飛びこんで門前払いされる、あるいは自分の営業トークが拙くて恥をかく。でも、その恥が直撃しているのは所詮経営者です。他人の名刺で恥をかいたところで、ビールでも一杯引っ掛ければ忘れるお話です。   そういう気持ちを持っていると、どんどん営業は楽な仕事になります。また、この辺はあんまり書けないですが法には反しないちょっとした「反則技」も結構思いつくと思います。適宜やっていきましょう。 学び6. 食うには困らない トータルで僕が言いたいのはこういうことです。起業に失敗した人は実はいっぱいいます。その辺にゴロゴロしています。しかし、一部の失敗を苦に命を絶ってしまった、あるいは人生を捨ててしまった人たちを除けば、他の「元社長」どもは大体しぶとく社会の中で生き残っています。中小企業にもぐりこんでいたり、あるいはフリーランスで仕事を取っていたり、生存の手法は様々ですが、一度「起業」と「経営」を経験すると、桁違いに「生き残る」力が付きます。   「経営者目線を持った従業員」のような表現があり、通常この言葉は「経営者に都合のいい従業員」という意味で使われます。しかし、一度起業と経営を経た人間が従業員になるとそれこそが真正の「経営者目線を持った従業員」になるのです。彼らは経営者をとても深く思いやることが出来ます。その結果、経営者の最も喜ぶこと、あるいは嫌がることを的確に実行することが可能になるのです。   実際、起業を経て僕の職務遂行能力はハネ上がりました。「その仕事はよくわからないけど、とにかく理解出来る範囲で理解して飛び込んで来ます。致命的な失敗だけはしないようにします」のような、「指示されなくても動ける人間」になれたと思います。これは、従業員の経験しかなかった頃には全く無かった感覚で、自分でも驚いています。教育機能の全く無い(ややブラック寄りの)中小企業が、信じられないほど居心地が良いのです。   また、お金や仕事の流れが見えるようになっているので「仕事拾い」がとても上手になりました。「この仕事、弊社に外注しませんか?」を合言葉にした提案営業で、仕事の合間に外注仕事を拾って稼ぐという荒業も出来るようになってしまいました。経営者時代のコネクションも、事業撤退直後の厳しい状態を抜けると少しずつ回復しつつあり、出来ることの範囲も再び広がり始めています。   「僕が年収1000万のサラリーマンに返り咲けることはおそらくないだろう、しかしその一方で『食えなくなる』ことも無いだろう」という安心感が最近は生まれつつあります。起業失敗を経て、僕は間違いなく強くなりました。周囲の「元社長」たちも大体似たような感じがします。彼らは「勝ち組」まで返り咲けはしなくても、タフに目ざとく社会を生き抜いています。 色々あったけど、僕はやっていっています 起業に失敗し、経営が破綻した時は正直なところ「死ぬしかない」と思いました。実際に会社経営をしている頃は果てしなく苦しかったです。しかし、それが過ぎ去って身一つになった時、思った以上に自分に力がついている実感がやってきました。それはどういうスキルなのかと尋ねられたら答えにくいのですが、「生きるスキル」に近いものだと思います。   日本において「起業」はリスキーな選択です。新卒で入ったレベルの会社には、おそらくもう復帰出来ないでしょうし、起業期間は場合によってはキャリアの空白に近い扱いを受けるでしょう。場合によっては借金や破産暦も残るでしょう。しかし、そこから得られるものは決して小さくないと僕は感じています。   特に、僕のような「そもそも会社組織に適応性がなかった」人間にとっては、それは本当に必要な能力だった気がします。「起業に失敗した結果サラリーマンが勤まるようになった」は我ながら苦笑いをしてしまいますが、間違いなく事実です。   だから、僕は「会社勤めはもうダメだ、起業する」という方を止めません。あなたが「もうダメだ」というならそれは「もうダメ」なんでしょう。逃げの起業でも構わないと思います。僕が起業を志した動機は「僕のための楽園を作りたい」でした。起業の成功失敗にたかが動機なんてものが大きな影響を与える筈もありません。そんなもの、本当になんだっていいと思います。   起業に失敗したって生きていれば万事オーケーだ、これは半分強がりですが半分は偽らざる本音です。もう、レールに乗り続けた人たちだけがたどり着く世界には戻れないかもしれませんが、我々には我々の生きるゴチャゴチャして猥雑でエネルギーに満ちた世界があります。   中小零細企業、フリーランス、自営業者、そういった一群の人々の織り成す群れの中で生きるスキルが身に付けば、大丈夫です。死にはしません。明日はやってきます。   思うところはたくさんあり、引っかかるところもたくさんあり、後悔も山ほど積もっているけれど僕はこう言い切ります。「起業して良かった」と。そして、この手の中に残ったものと身に付いたものを大事にしながら、また戦っていきます。   起業に失敗したらもう終わりだ、ということは全くありません。いつだって「次は上手くやるさ」と強がりながら、日々をやっていきましょう。そして、起業に打って出る皆さん、何もかも失ったと思っても、経験という大いなる財産はあなたから離れてはいきません。どれほど厳しい状況に陥っても、それだけは忘れないでください。   やっていきましょう!     ...

  皆さんは人間を信用出来ますか。   商売をやっていると「ひどい目」に遭わされることはわりとよくあります。信用していた人間から手酷い裏切りを受けることだってあるでしょう。一度は誰もが人間不信に陥ることだと思います。僕もそうなりました、何度となく「人間を信用してはいけないんだ…」と思いました。経験則だけで物を言えば、人間は必ず信用を裏切る生き物です。本当の意味で全幅の信頼を置ける人間なんてこの世には一人もいないと思います。   しかし、「俺は誰一人信用しない」と言い切れる経営者もおそらくこの世には一人もいないでしょう。「性善説」と「性悪説」のどちらの世界観を採用するかは個人の自由ですが、経営者が徹底した「性悪説」を前提に経営を行うのは非常に難しいことだからです。端的に言えば、それはコストの問題です。   お金の絡んだ対人関係の中で「信用する」「信用しない」の線をどう引くか。これは経営をやっていれば必ず突き当たる問題でしょう。今日はそういうことを考えてみたいと思います。 性悪説は無限のコストを要求する 実は経営者には「すれっからしの徹底した人間不信」みたいな人はあまり多くありません。少なくとも、トップに立つ人間がこの方針を採用しているのを僕は一度も見たことがありません。彼らは結構な頻度で「騙されて」いますし、懲りずにわりと何度も「騙され」ます。   経営を始めた当初は「あいつらは人間を疑うということを知らないのか?」という素朴な疑問を抱いていましたが、自分で店舗経営をするようになって疑問は氷解しました。「人間を疑う」ことを徹底すると、必要なコストは天井知らずになるのです。これはお金の面でのコストもそうですが、労力面でのコストもとんでもないことになります。   例えば、飲食店を経営して「絶対に従業員による横領が発生しない仕組みを作る」ことを考えてみてください。ちょっと考えると「不可能」もしくは「多少横領されることを前提にシステム組んだ方がマシでは?」という結論が出ると思います。結局のところ、帳簿を自分で握っていても現場の人間がお金を扱う以上、「横領」は防ぎきれないと考えた方が妥当です。実際、飲食店における横領は相当数発生しています。同業者でもうんざりするほど聞きました。多分、氷山の一角でしょう。露見していないものの方が多いと思います。   しかし、前述した通り現実的に性悪説は採用不可能です。最終的には「ここから先はコストの問題として従業員を信用するしかない」という線を引かざるを得ません。極論すれば、あなたのお店の従業員が全員グルになってあなたからお金を引っこ抜いている可能性は、常に否定しきれないのです。やろうと思えばそれはやれてしまうのです。それが今まさに起きている可能性は決して低くありません。   また、「横領」のような露見すれば即時犯罪になるようなことに限らず、他社への利益供与や出入り業者からのマージン抜きなどまで含めれば、人を雇ってしまった以上そういうことが起きるのは最早当たり前と考えるしかないことがわかってくると思います。徹底した「性悪説」を採用してこれを防ぐコストは、少なくとも中小零細企業には到底賄いきれないでしょう。おそらく、大手企業でも無理だと思います。世界というのは性悪説で回る仕組みにはなっていないのです。世界を回しているのは信用で、それは本当に救いの無い話です。 信用は常にギャンブルである 「信用できる従業員」というのは経営者にとって最大の宝です。これが存在しなければ、どんな事業も行うことは出来ないでしょう。どれほど優秀な経営者も分身の術は使えません。しかし、これはどこまでいっても一種のギャンブルです。「信用」とは「リスクを取ってコストを減らすこと」に他なりません。   しかし、起業初期ほどこの「ギャンブル」をする必要に迫られることでしょう。従業員を十分に疑うコストを払える形で起業出来る人なんて稀ですし、そんなことをしていれば事業展開のスピード感は著しく損なわれてしまいます。会社としての収益システムの完成度が低ければ低いほど、業務は属人的な性格が強くなり、そこには「委ねる」ことがどうしても必要になります。   人間は結構悪いことをしています。これは現在の営業職に勤めるようになって本当によくわかりました。上手い事やって会社に入る筈だったお金を自分のポケットに入れる人は残念ながらたくさんいます。しかし、別に他社の営業がそれを行っていても知ったことではない場合が多いので、こちらも犯罪になってしまうという形でなければそれを止める理由もありません。別に、取引が円満に成立するならいいよ、そっちの会社の内部事情なんて知らないよ。そうとしか言いようがない。   従業員による背信行為は当たり前のように起こるし、それを完全に防ぎきる手立ては存在しない。そういうところからどうするかを考えていくしかないのです。そして、それはあくまでもギャンブル。必勝法は存在しません。 リスクの存在を認識すること さて、ここまでのお話はかなり絶望的でした。「信用に値する人間は存在しない」「しかし信用するしかない」というのは、つまるところ起業の成功なんてものは所詮運だというお話になってしまうと思います。ある意味ではこれは否定しがたい真実でしょう。しかし、ギャンブルにだってコントロール可能な領域は存在します。努力の余地はゼロではありません。   「どこに幾ら賭けるか」だけはギャンブルにおいてもコントロール可能ですよね。従業員に裁量を委ねたとして、その従業員が悪意を持った場合、あるいは想定しえる最大の過失を起こした場合に発生する損失というのは、大まかには予測可能だと思います。「予測不能」という人が社内に存在する場合ですが、それは怖いですね。言うなれば、幾ら負けるかわからない勝負をしている状態です。   リスクがそこにあることさえ認識していれば、後は単なるリスクマネジメントの問題に過ぎません。時には、「この人間が背信行為を行った場合、致命的な事態が発生することは避けられない」という形で裁量を委ねなければならないこともあるでしょう。創業初期なんて大体がそんなものだと思います。しかし、そこにリスクがあると認識できているだけで話は全く別物になります。監視コストを重点的に振ることも出来るようになるでしょう。   トップが従業員の仕事に目を光らせるのは限界があります。この限界は、それほど遠い場所にはありません。ほんの少し事業が拡大すれば、トップにとっても経営上のブラックボックスが必ず出現してしまいます。「監視する仕事」を行う従業員を雇う、あるいは相互監視システムを敷くなどの解法もありますが、これだって完璧を期すことは不可能です。「監視する人間」だって疑う必要はあるのですから。監視する人を監視する人を監視する人を雇う話になりますね。 信用のポートフォリオ 「性悪説と性善説のどちらの立場が正しいか」みたいな議論は人類史上ずっと続いていると思いますが、僕はこれに関して一切の疑いなく「性悪説」が正解だと思います。しかし、それを踏まえたうえで「疑う」というコストを支払うのは限界があります。全ての従業員を一切信用しない社長は、間違いなく過労で死ぬでしょう。   ではどうするか。不確実性の高いものへの投資を行う際は基本的には分散するしかない、という原則があると思います。信用するということ自体がひとつの投資行動だと考えれば、配分はおのずから見えて来るでしょう。出来れば、創業メンバーの時点で「誰が致命的な背信行為を行っても、一人だけであれば何とかリカバー出来る」くらいの形を作れていれば理想ですね。創業メンバーが致命的に裏切った話なんてウンザリするほどありますから。   これはいわば信用のポートフォリオを組むということです。誰にどれだけ投資をするのか。そして、投資案件の一部が想定しえる最大の赤字を吐き出してもトータルでは耐えられる形を目指していく、これが重要なことだと思います。   長く仕事をしていると、「こいつが裏切るなんてあり得ない」という人間が出て来ることもあるでしょう。繰り返しになりますが信用出来るスタッフは、会社にとって最高の宝です。しかし、致命的な出来事は往々にして「本当に信用出来る人間」が起こします。そういうことは起こり得る、そういう心構えが本当に重要です。いざというときの心のダメージも最小限に済ませられます。   不信はコストフルで疲れます。信用は低コストかつ楽です。しかし、楽に流れれば損失の発生率が上昇し、かといって誰も信じなければ何も出来ません。この狭間で、投資をコントロールする。これが一番大事なことだと思います。そこには人間的な感情の入り込む余地はありません。狭間に立ち続けるのです。   今思うと、僕はこの辺が本当にハチャメチャでした。「腹を括って裁量を丸投げした結果上手くいった」という成功体験と、「裏切られた」という失敗体験がどちらもあります。リスクコントロールの観点を持っていなかったことには後悔しかありません。「こいつは信用出来る」「こいつは信用できない」といった直感的判断は、今になって振り返るとあまり正確とは言えませんでした。「こいつは信用出来る」は「この投資案件は絶対に儲かる」に近いものだと僕は思っています。   「人を見る目」に自信があるという方はこういうやり方を採用せず、「こいつは信用できる、こいつは信用できない」というやり方でもいいと思います。しかし、僕は本当に痛い目を見ましたので、絶対的な不信を持って信用と言う投資行動をコントロールすることをお勧めいたします。   起業に失敗した時に人間への憎しみが残るのはとても辛いことです。皆さまが悔いのないチャレンジが出来ることを、心からお祈りしています。 具体的なお話 さて、いつもならここで終わるのですが、今回は少し具体的なお話をさせていただきます。「裏切る」人間の類型についてです。これはあくまで僕の知る限りですが、「裏切る」人間には二種類います。「合理的に裏切る人間」と「まったく理解不能な人間」です。   「合理的に裏切る人間」を何とかする方策については、僕がグダグダ述べなくても、警戒心と余力さえあれば皆さん幾らでも思いつくでしょう。(それが実現可能かは別として)つまるところ、横領されないためには横領リスクを高くすればいい。他社にネタ持って逃げられないためには他社より待遇を良くすればいい。背信の合理性を発生させない、そういうことですね。   しかし、人間というのは必ずしも合理的に動いているわけではありません。「なんでそんなことをしたんだ」ということを、人間はやらかします。あなたの信頼しているあの人も、あなたの腹心のあの人も、やる時はやります。初めから行動の合理性を有していない人間も存在しますし、また何らかの事情で行動から合理性が失われてしまう人も存在します。   例えば、ヤミ金から身の丈に余る金を引っ張ってギャンブルで溶かした人間にはもう、人間としての判断力など残っていません。それはもう人間ではないのです。もっと卑近な例で言えば、トップであるあなたに強い憎しみを抱いた部下の行動からは往々にして合理性が消滅します。人間が、「俺はあいつにひどい目に遭わされたのだ、だから横領くらいして当然なのだ」と主張するのはよくある話です。   余談ですが、経営者には人間をわりと「肩書き」や「属性」で判断する人が多い傾向があると思うんですが、あれはおそらく切実な経験則なのです。幾度となく裏切られて来た人間が最後に辿りつくのは、「属性の悪い人間はやはりやらかす」であり「借金のある人間は信用できない」であり「社会的地位の無い人間は認めない」なのです。もっとも、零細企業の経営者に人を選ぶ余裕はないので、多少難がある人材も乗りこなさなければならないのですが…。   さて、端的に言えば、「仕事の出来るバカ」はクソ怖いということです。ナチュラルにバカなのも怖いし、何らかの事情で脳がバカになっているのもクソ怖いです。どれほど仕事が出来ようが、成果を出そうが「こいつは合理的かつ了解可能な行動原理を有していない」と判断できたら、絶対に重責につけないことが重要です。「合理的に裏切る奴」ならいざコトが起きてもなんとか交渉は成立します。しかし、バカには交渉が通じません。どこにも落としどころのない闘争の結果何もかもが破滅する。そういうことはよくあります。   「合理的に裏切られた」は経営者の実力不足です。しかし、「有能なバカにやらかされた」は信用の投資判断ミスです。結局、裁量を過大に与えていない限りは多少やらかしたところでたいしたことにはなりません。「有能なバカのやらかし」が巨大化するのは、結局のところ与えるべきでない人間に権限を与えたから。それだけです。通帳と銀行印をバカに預けたら、有り金持って行かれる可能性があるのは当たり前です。   繰り返しますが、「バカ」であることと「仕事の能力が無いこと」は必ずしもイコールではありません。凄まじく成果を出すバカも存在します。しかし、「話し合いが成立しない」「基本的な経営観念が共有できない」などの人間は、「解雇する」と腹を括って使いましょう。有能なバカほど恐ろしいものはないのです。そういう人間に過大な「信用」という投資を行ってはいけません。それはあまりにも分の悪いギャンブルです。   これは、会社のガワが小さければ小さいほど重要な判断です。大きくなれば人員の総数が増えて相対的に一人がやらかせる限度も小さくなりますが、社員数人であれば、たった一人の背信行為が簡単に経営を破綻させます。「仕事の出来るバカ」は逃げない程度に冷遇し、必要がなくなった瞬間に解雇しましょう。これは「周囲をイエスマンで固めろ」ということではありません。「判断の合理性を了解出来ない人間は切れ」という意味です。しかし、「バカ」を判別する自信がなければ、いっそイエスマンで固めてしまった方がまだマシだと思います。   実際、僕の周囲で「周囲をイエスマンで固めた社長」と「闊達な意見を部下に許す社長」ですが、僕と関わりを持つ程度の会社であれば前者の方が勝っている印象があります。もちろん母数が少ないので所詮は印象論ですが。少なくとも会社が小さいうちは、経営判断のクイックさが要求されるので、民主主義より独裁が有効な場合は多いと思います。これは非常にイヤな表現ですが、「理想に燃える若き起業家」が最も嫌悪するタイプの「中小企業の独裁者」は「正しく合理的な経営」を行っている可能性もあるのです。 判断から人間性を捨て去る トップの人間性というのは非常に重要な会社の資産です。「人間的に尊敬されている」という要素ひとつで勝っちゃう人も存在すると思います。しかし、経営判断に人間性は一切要りません。「人間性の欠如した経営判断を行っている」ということは可能ならば隠した方が良いのは間違いないですが、多少バレてしまっても経営判断に人間性を介入させるよりはよっぽどマシです。   「なんか帳簿に違和感があるけどあいつを疑うわけにはいかない」こういうことってよく起きますよね。疑ってください。その「疑いたくない」という嫌悪感こそが、あなたの人間性であり同時に弱みです。致命的な事態は往々にして水面下で進行しますが、それでも後から考えてみると「背ビレは見えていた」という場合が多いです。背後から迫り来るサメの背びれを不可視にするのは、あなたの人間性そのものです。サメに下半身を食いちぎられた僕が言うんだから間違いありません。   「全ての従業員は本質的に信用には値しない」「信用はリスクある投資」。こういった考え方に基づく判断はなるべく回避していくにせよ、心の奥底でこの決意を握り締めていて損はありません。倫理的で人間的であることは経営者の仕事ではないからです(ただし、倫理的で人間的であるように見せかけるのは経営者のとても大切な仕事です)。   人間は大体「正しくありたい」「善くありたい」という尽きざる欲求を持っています。これは僕もそうです。しかし、あなたが無借金のオーナー会社のトップでもない限り、あなたにとっての正義は「正しくあること」でも「善くあること」でもないはずです。あなたは人間である以前に経営者なのですから。僕にはこの決意があまりにも足りなかったと今では思います。   性悪説に立ち、あらゆる「信用」をリスクある投資と認識しましょう。また、明らかにリスクの高い「バカ」については厳重かつ冷徹なリスクマネジメントを徹底しましょう。(余談ですが「非常に高い能力があるのに職場を求めて市場を彷徨っている人間」は高確率で「バカ」です)どこが爆発しても全体が沈まない、上手な信用のポートフォリオを組みましょう。それは人間としてとても苦痛の伴うことですが、経営者にとっての「正義」であるはずです。   「あいつを疑いたくない」という場所で立ち止まっている経営者様、多分この文章を読まれている中にもいるのではないでしょうか。それを疑うのはとても苦しいものですが、それがあなたの仕事です。それは、あなたの下半身を食いちぎるサメの背びれかもしれません。人間性を殺し、経営者として悔いの残らない判断をしましょう。   経営者というのは「誰にどれだけ金を払うか」を常に考えている人種だと思いますが、もうひとつ「誰をどれだけ信用するか」という投資も存在しています。この二つが上手なら、経営が成功する確率はとても高いでしょう。それは純粋に技巧的な問題です。人間性を差し挟まない、あなたの考える合理性に貫かれた判断に徹してください。そうすれば、少なくとも僕よりは後悔が残らないと思います。   良い旅を祈ります。     ...

  日本においては、基本的にどれだけ借金を重ねても、あるいは100円のお金すら手元になくても、死ぬことはないということになっています。生存権が保障されていますので、事業に失敗したからといって死ぬ必要性はありませんよね。そういうことは、事業を興す皆さんなら大体ご存知なのではないでしょうか。   そして事業を興せる皆さんですから、その気になれば然るべき制度を利用して生存を確保することは、理屈や手続きの上では難しくはないでしょう。少なくとも、この文章を読んでいる皆さんならどんな制度を利用すれば生き延びられるかはご存知ですよね。(もし、「具体的には知らない」という方がいらっしゃったら、調べておくことを薦めます)   しかし、それにも関わらず経営者、あるいは事業主というのは「最悪の選択」をしばしば選んでしまいます。僕自身も、「いざとなったら生き延びる方法はいくらでもある」と頭ではわかっていたのですが、実際に事業の破綻と直面した時はまさしく死ぬかと思いました。本日はそのお話をさせていただこうと思います。 一番恐ろしい時期は、破綻の直後ではない 己の全てを賭けて興した事業が倒れる。これは本当に辛いことです。己の全てを否定されるに等しいことでしょう。   しかし、事業が破綻に向かって転げている坂道の途中や、あるいは破綻の直後というのはそれほど「最悪」ではありませんでした。やることがたくさんあり、逃げ出すことも出来ないので結局は忙殺されますし、やらなければならないことがあるうちは目の前のことに集中することで、致命的な精神状態に陥ることは回避できます。   事業が破綻しても、そこで終わりということには通常なりません。敗戦処理は必ず発生します。人、モノ、金、それら全てに何らかの形でケリをつける必要に迫られるでしょう。   僕の場合も事業の売却、従業員の解雇、借入金の清算、未払い金の処理、在庫の処分など様々な残務処理がありました。事業破綻の直後は創業直後並の忙しさになると思います。また、多くの人に非常にネガティブな状態で接することになるため常に張り詰めた緊張感を持って過ごすことになるでしょう。   しかし、それが逆に救いになります。忙しすぎれば、希死念慮に囚われている暇もありません。債権者に、従業員に、取引先に頭を下げて回っているうちはある意味楽でさえありました。まともに暮らすお金すらありませんでしたが、そんなことを気にしている暇さえなかった。自宅の家賃を滞納して管理会社に怒られる程度、なんとも思いませんでした。 何もかも終わった後に何もない自分が残る 僕が事業を破綻させたのはちょうど30歳を迎えた年でした。本当に最悪の形で30代に突入することになったわけです。   しかし、僕はある意味幸運でもありました。回っていた事業を売り、出資者に泣いてもらい、その他様々な生き恥を晒した結果、破産さえ回避出来ました。そういうわけで最終的に、30歳の鬱をこじらせた無職が一人残っただけです。   これは、転んだ起業家の顛末としては「僥倖(ぎょうこう)」と言う他ないレベルだと思います。もっと厳しい状況に陥った人はたくさんいるでしょう。しかし、それでもこのやるべきことが大方なくなったタイミングが一番の地獄でした。   僕はもともと「勤め人がやれない」という理由で起業したタイプです。いうなれば、「勤め人はやれないけれど、起業して事業を回す才覚が自分にはあるんだ」という自負を心の支えにして生きてきたのです。大した能力も才覚もないくせにプライドだけは高い人間でした。   これは未だに治っていない気もするのですが、そういうわけで事業の破綻を経て自分自身のアイデンティティが完全に失われた状態に陥ったわけです。勤め人もやれない、起業もしくじった。これからどう生きていくかなんてまったく考えられないという状態です。   また、迷惑をかけてしまった人たち、出資者、従業員、取引先への悔悟の念が一番強かったのもこの時期でした。あれほど大言壮語して人を巻き込んだ結果がこれなのだから、自分には生きている価値なんてひとつもないのではないかという思いに駆られました。これは不思議なことですが、今まさに責め立てられているときより、修羅場からやっと離れて落ち着いた時期が一番精神的に厳しかったです。 他人を見下した自分に見下される 起業が必ずしも成功しないことなんて、起業をする人間なら誰しもわかっていると思います。「事業が失敗した時に生き延びる方法」は、「事業が失敗しても生き延びられるように事業を行うこと」に尽きます。   しかし、現実的に言えば多くの経営者は借りられる限界までお金を借り、最後の一瞬まで事業にしがみついてしまうでしょう。十分にやり直しの効く早いタイミングで事業から撤退出来ればそれがベストなのは間違いないですが、それが出来る人は多くない。   全てを失わずに済む撤退の方法なんてそもそも存在しないということもよくあります。不退転の覚悟で挑む以外に選択肢がないことだってあるでしょう。それは仕方ないことだと思います。   しかし、冒頭に書いた通り究極的には日本に住んでいる日本人である限り、生存権は担保されています。であるなら、最終的に生存と最悪の結果を分けるのは本人の考え方に依ることになるでしょう。つまるところ僕は敗者を嘲笑う人間だったのです。   そして、敗者を嘲笑うことによって、自分は敗者ではないと確認することによってプライドを保つ下衆だったのです。しかし、自分自身が紛れもない敗者であると認めざるを得ない状況に陥った時、僕のこの性質は僕自身をどこまで追い詰める結果になりました。   かつて他人を嘲笑った分だけ自分を嘲笑うことになりました。かつて他人を見下した分だけ自分を見下すことになりました。かつて他人に「無能」の烙印を押した分だけ、自分を「無能」と定義せざるを得なくなりました。それはまさに自業自得そのものでした。   他人に「おまえは無能だ」といわれたなら「そんなことはない」と反論出来ます。しかし、自分自身がかつて他人を「無能」「無価値」と定義した以上、自分が同じ状況に陥った時には自分にもその評価を適用せざるを得ません。   これは言い訳ですが、人生経験の乏しい若者が起業し一時風向きの良さを味わうと、どうしても驕りと他者を見下す傲慢さは生まれてしまうものだと思います。しかし、一生を成功のうちに終えられるならともかく、失敗する可能性が少しでもあると感じているなら、この傲慢さは可能な限り小さくしておいた方が良いと思います。ゼロにするのは難しいと思いますが、小さければ小さいほどいざという時のダメージも最小限に抑えることができるでしょう。   また、他人に傲慢に接していた人間が転んだ時に周囲は本当に冷たくなります。僕も、周囲から人が消えていったときに、友人だと思っていた人間に相手にされなくなったときにそれを知りました。かつて叩いた大口は、最早単なる生き恥でしかありません。本当に「謙虚にやっておけばよかった」と心から思いました。 生きる価値に根拠はいらない つまるところ、こういうことです。事業に失敗しようが、何もかも失おうが、他人にどうしようもなく迷惑をかけようが、人間は生きていていいし、それは嘲笑われることでも見下されることでもないということなんです。   少なくとも、自分が生きていくために僕はこれからそうしようと決めました。これは倫理的なお話ではなく、純粋なリスク管理の観点からです。他人を見下し嘲笑うのはとても危険なことです。特に、起業家のような人生のアップダウンが激しい人種には尚更です。   全ての試みが成功する世界なんてあり得ません。一握りの成功者は、膨大な数の敗者の上に存在しています。もちろん、勝者を目指すのは当たり前のことですが、その一方で敗者であることは何も悪いことではない。挑んで負けた、そこに反省すべきことはあったとしても、恥じるべきことはひとつもない。そう考えることに僕は決めました。   是非、起業のようなリスクの高いチャレンジに向かう方は、この考え方を採用することをお勧めします。体感的には致死リスクが半分以下になると思います。少なくとも、「自分は起業して成功するのだ」というのを、自分の根源的な価値にするのはやめた方がいいでしょう。そんなものなくても、あなたは生存を肯定されるべきだし肯定するべきなのです。   本当に苦しいとき、致命的なところまで自分を追い詰めたのは他でもない自分自身でした。逆に言えば、これさえなければもっと早く精神状態を立て直して、新しい人生に向かっていくことが出来たと思います。希死念慮に取り付かれて腑抜けて暮らしたあの数ヶ月は、人生の無駄以外の何者でもありませんでした。皆さんは是非、この状態に陥らないように十全のマインドセットをして、起業に挑んでほしいと思います。 おまえが死んでも俺は一円も得しないんだよ それでは、最後に僕が地獄から這い出すきっかけとなった、僕の偉大なる出資者の言葉を置いておきます。   「おまえが死んだら俺の損失がナンボかでも埋まるなら死ぬのもいいが、おまえが死んだって俺は実際のところ1円も得しないだろう。ただの自己満足だろうが。責任を取るっていうのはそういうことじゃないだろ。腑抜けている暇があったら責任を取る方策を考えろ、次の画を描いて持って来い」   僕はまだ具体的に「次」を考えられる状態にはありませんが、それでもまた、次は転んでも今回のような惨状にならないように十分に状況を整えて、起業に挑みたいと思っています。残念ながら人生は続く、責任を取るには生きるしかない。出来ることをひとつずつやっていきたいと思っています。残念ながらどこまでも人生は続く。僕はまだ懲りてはいません。やっていきましょう。     ...

  奇跡の逆転勝利が自分にはあるはずだ、無いはずがない。自分はいつだって苦境を乗り切ってきた、これは乗り越えられる苦境のはずだ。   そういう気持ちはとても大事なものだと思います。石に噛り付いてでも耐え切る、この苦境をなんとしても乗り切る。そういう気概が人間を救うことはきっとあるのでしょう。世の中にはそれによって救われたという話がたくさん出回っています。   しかし、残念ながら世の中には乗り越えられない苦境も存在します。事業を成功させるには粘りと頑張りが必要なこともあるでしょうが、ダメなもんはダメです。ダメでした。   事業撤退の判断が遅すぎた。本当なら損失しなくていいお金をたくさん失ってしまった。後知恵ではあるのですが、「もうダメだ」と最初に感じたタイミングで事業を撤退させていれば、あと数百万円は損失を小さく出来ただろう。前回の事業経営の失敗について、僕はそう思っています。   撤退まで含めて失敗だったとしか言いようがありません。もっと上手な逃げ切り方がありえました。数百万は大金です。小規模な事業くらいなら興せてしまうお金です。それが、まったくの無為に失われてしまった。後悔は尽きません。 事業失敗を認めるのは恐ろしく難しい 事業が苦境に陥ると「もうだめだ」と「まだやれる」の間で絶え間なく思考は往復することになります。これは、非常に強いストレスで四六時中頭を悩ますことになるでしょう。そう遠からず起きるであろう資金ショートの恐怖、そして事業が苦しくなれば、必ずといっていいほど職場内外のトラブルも続発します。資金繰りとトラブル対応だけでどんどん時間が経過していくあの恐怖は本当に耐え難いものがあります。   その一方で、そのストレスの中で僕が本当に具体的に事業の行く末について考えられていたかといえば、甚だ疑問であるとしか言いようがありません。当時手元に残っていたカード、資金、人的リソース、それらをどう総合しても逆転の目なんかひとつもなかったと今になって思います。   最後の数ヶ月の苦闘は完全に無駄でした。苦しまずにさっさと白旗をあげて、損失を小さくするという「逃げ」の判断が間違いなく適切でした。でも、僕はその判断をつけるのに結局数ヶ月を要しましたし、勝ち目のない勝負をいくつか打ちました。それはもう自分を納得させるための儀式に近いものだったと思います。   でも、何の儲けにもならないことがわかりきっている儀式にお金を使う経営者なんてクソ以下です。ダメだと思ったら撤退、それ以外やることなんかありません。何かの間違いで、信じられないような幸運がやってきてすべてが解決する、そういうことは起こらないとは言い切れませんが、出資者の金を消尽しながら期待していいことでもありません。 撤退ラインを定めていないのは論外だった これは非常に卑近な話で恐縮ですが、例えば株式投資やFXで、あるいはギャンブルで損失を、あるいは負けを完全にコントロールすることが自在に出来る人というのはどれくらいいるでしょうか。ほとんどいないと思います。増して、自分の身の丈を超えた資金で勝負している人間が、事業経営を行いながら適切なタイミングで撤退を決断できるでしょうか。これは、ほとんど不可能と言わざるを得ないのではないでしょうか。   いうなれば、事業が左前になってから撤退のタイミングを計っているのがそもそも論外だったのです。撤退ラインは損失が発生する前に設定しておくしかない。自己の外部にルールを設定しておかなければ、結局人間はそれを誤るというお話は真理だと思います。これは、経営に関してもまったく同じでした。   本来、「何に幾らの資金を投下するか」は数少ない経営上コントロール可能な領域です。毎月の固定費もあるいは設備投資も仕入れも、計画して実行することが出来るものです。ならば、事業に投下できる資金の限界だって定められるはずです。   「このラインを越えたら撤退」という判断は、危機に直面していないフラットな状態であれば、かなり明確に定められると思います。定めておきましょう。もちろん、この事業が失敗したら自分の人生は終わりだという覚悟で挑むなら定めなくていいと思いますが、そこまでの悲壮な覚悟で創業する人もそれほど多くは無いと思います。   ポジティブな決断は、ポジティブな状況下でも出来ます。事業が好調の時にさらに事業を拡大する判断をするのは問題ありません。それは、事業の状況を鑑みながらの決断になるのでむしろ精度を増すでしょう。攻めるべきときに攻めるのはとても大事なことです。   しかし、概してネガティブな決断をネガティブな状況下で行うのはとても難しいことです。莫大な損失を伴う撤退の判断を莫大な損失を抱えた状態で行うのは、限りなく不可能に近い。引くべき時に引くのは、リアルタイムの状況からの判断ではとても難しいのです。「引くべき時」は予め定めておく必要があります。   また、「事業撤退」の判断は概して民主主義的に決断するのは不可能です。会社の苦境においてトップ以外が「事業撤退」を決断するのはほとんど不可能だからです。「みんなの意見」を総合すれば「もう少し頑張ろう」になるのは当たり前です。その決断は最終的な経営責任を負うトップがするしかないのです。もう少し、もう少しと何のビジョンもないまま損失を膨らましていくのは明確に間違った判断です。 有能な経営者であるために、無能な元経営者からお伝えしたいこと 起業に100%の成功を見込むことは不可能です。究極的なところを言えば「失敗したら撤退するのも織り込み済み」であるのが理想です。しかし、多くの人が資金と労力を費やしたわが子のような事業をそう簡単に切り捨てることは出来ないでしょう。あるいは、切り捨てても最後の最後まで意地を張り通しても最早結果は同じだ、という状況に陥ってしまうこともありえるでしょう。   しかし、その損失に意味があるのかについては考える必要があります。少なくとも、自分を納得させるための数百万円を投じた儀式をやる必要が僕にあったかといえば、あるはずがなかった。それは自分があまりにも無能であったために発生した損失であり、言い訳の余地などひとつもないとしか思えません。   自分が「どこで引くか」は常に考えておく必要があります。もちろん、「撤退」のタイミングは経営者のおかれた状況や周囲の状況にも左右されるでしょう。「命さえ残ればそれでいい」かもしれませんし、「再起の可能性を残したい」でもいいでしょう。あるいは、「次の事業を模索できる程度の資金は残す」でもいいかもしれません。   しかし、撤退のタイミングを明確に定められるチャンスは、創業前あるいは創業初期にしかありません。それを越えると、最早冷静な判断は不可能になります。なるべく早い時期に、可能な限り残酷な想像に耐えておくのはとても大事なことです。出来れば、紙に書いて記録しておくなどが良いと思います。   そして、最後に現在事業が苦境にある方に心からお伝えします。自分が最終防衛ラインを突き抜けてしまっているのか、それともまだ逆転に向かって苦しむ価値がある場所にいるのか、一度冷静に考えてみてください。「いまさらここまできて引っ込みがつかない」というような感覚もあるでしょうが、それでも無駄な損失を出すことは経営者の仕事ではありません。   2000万の損失を出した後に、200万を残すために撤退するのはとても難しいことです。大抵自分の懐に残るわけでもないでしょうし、最後の1円まで突っ込んでやれという感覚は本当に理解できます。しかしそこで、極めて非人間的かつ合理的な判断をするのが有能な経営者ではないでしょうか。   無駄な損失を重ねた僕が無能な経営者であったことは論を待ちません。本当に反省しています。是非、皆様には正しい決断をして欲しいと心から願っています。玉砕は最も経営的に間違った判断であり、最悪の決断だと心から思っています。   撤退のタイミングは、あなたが創業の時に、あるいは事業がまだ好調だったころの冷静な頭で設定したラインです。どうか、そこで退いてください。撤退戦もまた、経営者の仕事です。あなたの事業が失敗に終わったとしても、「撤退のタイミングは完璧だった」と言い切れるのであれば、僕はあなたを心から尊敬します。   そして、何度だって立ち上がってやりましょう。残念ながら人生はまだ続きます。やっていきましょう。     ...

  会社に行きたくない。そういう感情は従業員の特権ではありません。もう嫌だ、職場に行きたくない、従業員に会いたくない。そういう状況に陥る社長というのは結構いっぱいいて、僕の周囲にもいました。もちろん末期の僕もそうでした。   状況が悪くなると、本当に会社というのは行きたくないものです。せめて上司がいれば上司のせいにできるのに、そんな気持ちになったことは正直に言ってあります。   ここで、「とにかく従業員が全部悪い」という考え方を採用し、精神を守るライフハックを敢行する社長もわりといます。あなたも見たことがあるのではないでしょうか。これはこれで結構有益なライフハックではあるのです。「従業員が成果を出さない」時、「従業員が俺を嫌う」時、本当に悪いのは誰かというお話になれば「経営者である」という結論が出ることは揺らぎません、この点から全力で目を逸らせる人はこのハックを採用されてもいいと思います。   しかし、そこからは目を逸らせない。つまるところ会社で何が起きようと、責任は自分にあると認める人ほど、出社拒否に陥りやすいと思います。従業員から飛んでくる言葉にも律儀に応対してしまうでしょうし、精神的な負荷も大きくなる。俺が一番エラいんだ、という立場から怒鳴り散らして全てを解決するハックを選べない皆さんにこの文章を贈ります。 別に会社の人間関係は良好じゃなくていい 会社は何をするところか、といえば仕事をするところです。その目的は会社としては利益を出すことですし、従業員としては給与を受け取ることです。円満な人間関係や楽しいリクリエーションをやるところではありません。つまるところ、会社として上手く回っていればそれでいい、という強力な割り切りは早期に身に着けておいて損はありません。   従業員というのは、もちろん人によりますが様々なことを要求してきます。「皆が楽しい職場にしろ」と言ってみたり、あるいは「個人の領域に介入しないで仕事だけさせろ」と言ってきたりもします。実際、会社内がまるで部活みたいな雰囲気に包まれていることを好む従業員というのも案外存在します。研修合宿大好きなブラック企業を支えているのはこういう従業員でしょう。アットホームな職場が好きな人は多いです。(僕は大嫌いですが・・・。)   あなたが、「人間関係はまるでダメだが会社の事業は上手くいっている」という状況にあるなら、それは極めつけの幸運です。その状況で事業が回るに越したことはないからです。考えても見てください、高度にくみ上げられた利害関係ではなく人間的な連帯に基づいたチームワークで回っている会社って、信用できませんよ。そんなもん、崩れるときには跡形もなくグッチャグチャになるのは皆さんだって見てきたでしょう。   「従業員と上手くやれていない」と愚痴る社長は結構います。しかし、「従業員と上手くやれている」という状況は、投下した資本に見合った利益が出ているということ以外ではありません。最高のチームワークと良好な人間関係があっても、利益が出ていなければそれまでなのです。つまるところ、悩みどころはそこではないということです。「従業員同士がモメ始めた」みたいな場合は別ですが、社長と従業員の間の人間的な関係が上手くいっていないにもかかわらず、事業はちゃんと回っている。これは理想に近いです。そのままいきましょう。ストレスを感じる理由はありません。   経営者は従業員に際限なく要求をするものだということは周知の事実ですが、従業員もそれが出来る状況であれば経営者に際限なく要求する存在であるということはあまり知られていません。これの発生を早期に抑止することはとても重要です。そういう意味で、ここはもう早めにザクっと割り切って「そのストレスは感じるだけムダ」と思い切った方がいいです。   わかりますよ、仲間と楽しく仕事。したいですよね。でも、残念ながら経営者と従業員というのは仕組み上、まず「仲間」にはなれないことが運命付けられています。そこは早めに諦めといた方がいいと思います。たまに、経営者の置かれた状況を理解し「仲間」としての振る舞いが出来る従業員もいますが、それは恐ろしく有能か、あるいは危険因子です。気をつけて接しましょう。 社長は出勤しなくてもいい こんな社長がいます。昼はゴルフ、夜は酒。いい車に乗って社交三昧。そんな人です。彼は従業員からは「ハゲダヌキ」と呼ばれ、大変に嫌われています。たまにやる仕事は職場に出向いて、極めて低確率で誰かを賞賛するか、あるいは極めて高い確率で誰かを罵倒するかです。見事な太鼓腹、貧しい毛髪、高級なスーツ、常に従業員を見下す言い回し、黒塗りの車など「嫌われる金持ち」の要素の集合体みたいな人です。   しかし、彼の会社は儲かっています。僕は彼の会社と取引があったので、彼の職場についていったことがあるのですが、従業員が公然と社長の愚痴を述べるほどに社長は嫌われていました。   僕はこの人に強い関心を持ちました。「何でこの人これで儲かるんだ」と。そういうわけで、僕はこういう人に「僕はあなたすごいと思うんです」みたいな敬意を見せてお酒を奢ってもらうのが特技ですので、一杯奢ってもらった結果飛び出してきたのが、前の章で書いたような内容でした。   「社長は現場に出なくていい」「社長が嫌われて会社がまとまるならそれがベスト」など、彼の経営哲学はここでは到底語りきれないのですが、社長いわくかつては現場に出ていて、決断とともに退いたそうです。ある意味で、会社で一番の「悪」は常に社長なのです。彼を「悪」として会社はまとまっている。そして、社長は社長で資金繰りや人脈構築、あるいは現場から距離をとった経営判断などに専念している。なるほどなぁ、と思いました。   僕自身も、「嫌われ者」になる判断が出来ればもっと違う結果があったのかもしれません。この社長の経営規模は数十人の従業員を抱えるサイズですが、5人従業員がいたらこの形は作れると思います。「良い人間」「従業員に愛される人間」が「良い社長」とは限りません。社長とは結果的に利益を出してればそれでいいのです。「会社に出勤しない」すら肯定され得るのです、そしてそれが利をもたらすこともあるということは覚えておいて損はありません。   会社に出たくないが毎日出て、失望とともに帰宅している社員数人規模以上の会社の経営者様は、もし状況が許すなら「極力会社に出ない」という選択肢とそこに向かう道のりを検討してみてください。もしかして、それ、「従業員と上手くやる」よりずっと現実的だったりしませんか? 苦境における会社の人間関係ストレスは感じるだけ無駄 さて、最後のケースです。事業は上手くいっていない、その状況下で会社に発生するネガティブな人間関係が社長の巨大なストレスになっているパターンです。この場合、「一緒に頑張ろうぜ!」「俺はもっと頑張るからおまえも頑張ってくれ!」などのアピールをしたくなるでしょうが、これをやると健康を損なうどころか最悪のケースになりかねません。   人間というのは、落ち目の人間がどれだけ頑張っていてもそうそう認めてくれないものです。そして、経営者とは実にしばしば極めてカジュアルに、最悪のケースに向かっていく生物です。(そういう習性なんでしょうね・・・。)   稀に「社長は身を削って頑張っているからついていったよ」みたいなケースもありますが、社長は死ぬほど頑張っていたけど従業員には一切認められていないというケースはもっとあります。これはもうしょうがない。あなただって、結果を出さない下請けが「頑張って」いても契約切るでしょう。   従業員と経営者は契約関係にあるのですから、そこはそうなのです。将来的に給与が上がる見込みもなく、会社の存続すら危ういというときに「社長が頑張っているから」でついてきてくれる有能な人材はあまりいません。   では、そんな時どうするか。とにかく事業を回す、あるいは立て直すことに専念しましょう。「人間関係がよくなれば事業はよくなる」はおそらくですが、幻想です。因果が逆です。事業が悪いから人間関係も悪くなっているのです。   事業が好調に推移しているなら、この文章でここまで書いてきた「人間関係を放棄しても仕事は回す」が選べますから。そこを目指してなんとかやっていきましょう。「苦境の会社を立て直す方法」は僕にはわかりませんが、「苦境において会社の人間関係を良好化する方法」はもっとわかりません。それが出来るなら、それ専業にした方が儲かるのでは。   従業員に「辞める」という決断をさせない程度の距離をとり、仕事をさせるということに意識を集中しましょう。そこにあるのは契約関係です。人間関係ではないのです。「俺がいると仕事が上手くいかない」はあり得ることです。それを認めて退くのも、経営判断としてはアリです。また、従業員に業務命令を下すのに従業員の同意などは特段必要とされないということも覚えておいて損はありません。「やれ」でいいのです。   ただ、ここで「昔の社長はもっと話を聞いてくれた」みたいな感情が従業員に発生すると事態はもっと悪くなります。だったら、最初から独断専行のワンマン社長をやっていた方がよかったという話にもなります。最初から「意見は聞くが決断は経営者の仕事」という意思を経営に透徹しておいた方がよっぽど楽なのです。   そして、これは経験から来るものですが、危機対応において「チームワーク」や「民主制」は毒です。あれは判断が遅すぎるし、複数の意見の中間を取った平均的なものになりやすい。そこは腹をくくって「俺の命令を聞け」でいいのです。   「やれ」「決断するのは俺だ」「おまえの仕事は経営ではない」の発声練習をしましょう。これが意外とスルっと出てきません。現場から上がってきた声を踏み潰せなくては社長など務まるわけがないのです。危機に於いて人間関係ストレスを感じるのは完全に無駄です。   そこで苦しみを感じていたから僕は無能だった、本当にそう感じています。ただ、これはあくまで「現場の声をシャットダウンする」という意味ではありません。情報は取る必要があります。しかし、経営判断は全て経営者が握っているという前提を絶対にぶらさないことが重要です。これがブレると最悪反乱まであります。(ありました。ありました。)   「従業員と和気藹々とお互いを尊重しながら楽しく仕事」これが理想であるのは間違いありません。しかし、それは儲かってからでいいのです。それまでは、従業員は単なる駒でいいのです。また、従業員もイザというときに「駒」以上の働きをさせられることなど御免蒙るのです。僕だってイヤです、だったらもっと給料と裁量くれよという話です。 会社で人間関係を上手くやることは不要ではないか このお話は「出社拒否したくなったときに出社できる状況を作るノウハウ」は一つも含まれていません。しかし、「出社しない」は究極的にアリで、「人間関係を上手くやる」そういったものは、そもそも不要ではないかという提案です。   人間関係ではなく、適切に指示を飛ばすマシーンであればいいのです。従業員が動き、利益が出ればそれでいいのです。そこに向かっていくという意思を持てば、「人間関係で悩む」ことは少なくとも減ると思います。   人間と人間が上手くやっていくのはとても難しいことです。本当にそれは難しい。しかし、考えてみてください。「人間関係が良好である」というのは、会社が上手く回ることの必須条件では全くありません。蛇蝎のごとく嫌われる社長だって、儲かっていれば正しいのです。   結果に向かう過程を、目的に対する手段を選ぶ余地が大きいというのが数少ない経営者の特権です。何でもアリです。「人間関係に悩むのなんかやめちまえ」、「会社経営に悩め」というのは、結果的に救いになるのではないでしょうか。   わかりますよ。みんなに好かれたいです。みんなに愛されたいです。チヤホヤされたいです。   でも、それは「儲ける」ための手段に過ぎません。僕はこの部分を本当に見誤っていました。もちろん、その前提を踏まえたうえで「家族や友人のような関係を社員と構築する」という選択肢もあると思います。しかし、この前提は揺らがない。そこにあるのは人間関係ではなく、契約関係ですし労使関係です。そこを忘れないのが、従業員に会いたくない日の特効薬だと思います。   余談ですが、この考え方を透徹した場合、社員同士が敵対を始めるなどした場合もあっさり結論が出ます。「利益になる方を尊重し、利益にならない方を切る」という絶対の判断基準がありますから。良い人間である前に良い経営者であろう、そういう考え方は、救いになりえると思います。良い人間であることはあなたの仕事ではありません。そこは放棄していいんです。負荷に押しつぶされないよう、やっていきましょう。     ...

  人間は争います。全ての人間が分かり合えるなんてことは、到底ありえません。だからこそ、僕は「ニューアキンドセンター」で書かせていただいた文章で「争いが起こらない仕組みづくり」を繰り返し述べて来ました。   基本的に、社内戦争が一度起きてしまった場合事態は致命的です。人間同士の「お金」と「意地」と「生活」と「信念」をかけた争いが、話し合いで円満に解決するなんてことはほとんどありません。   裏切り者の出ない組織を作ろう、離反や対立が起こらない利害関係の調節を行おう。これは前提です。しかし、それを必死で行った上でも時に「戦争」は起きてしまうだろうと僕は思います。このままでは会社が割れる。あるいは事業が継続できなくなる、それだけの回復不能な対立が社内に生まれてしまった。そういう時にどうすればいいかということを、僕の失敗経験から考えていこうと思います。   尚、創業時における持ち株のバランスで事態がグチャグチャになるケース、例えば50%ずつの持ち株二人で創業した、あるいは複数人が出資し、誰も株式の過半数を有していない、みたいな状況についてはこの話では触れません。それは創業するときに当たり前に考えておくべきことです。   ここでは、「原理的には問題のある人間を解任・解雇をすることは可能だが、経営上の問題でその解決策が選べない」という場合について話をさせてもらおうと思います。対立の具体例については、こちらのエントリも是非ご参照していただければと思います。   >> 英雄頼りの「会社経営」から抜け出す理由。兎を獲ったら犬を煮る話。 ...

  世の中には色々な商売があり、悩みもまたそれぞれだと思いますが、シンプルに「客が来ない」という悩みはありますよね。これが例えば、仕事を自分で動いて取りに行けるような業種なら「営業しよう・・・」ということにもなるのですが、店舗を構えて待ちをベースにしているとそれもなかなか出来ません。特に飲食店などは、創業当初など客足も全く安定せず、地獄のような多忙と更なる地獄のような暇さを同時に味わうことになりがちです。   こういう時に何をすればいいのかについて、僕にはわかりません。しかし、何をしてはいけないのかについては大体分かった気がします。今回は飲食店をベースに考えますのでそちらの話が多いですが、他の業種にも通底するお話だと思います。何せ、僕がこの間までもがいていた地獄のお話ですので、鮮度はバッチリです。 うまくいかない時、従業員に発破をかける 僕も飲食業の個人店でアルバイトをしていたことは結構あります。基本的に接客業には向かない人間なのですが、料理にも酒にも興味があったのでカウンターにも厨房にもそれなりに立って来ました。その中で、個人経営店のオーナーがやることの中でも最悪と感じたのがこちらになります。   客が来ないとアルバイトは暇を持て余します。それを見てイライラする気持ちは痛いほどにわかります。しかし、「仕事が無いなら探せ!」程度ならまだしも、「現状打破のアイディアの一つも出さねえのかテメーは、友人の一人にでも電話入れて呼べよ!」と怒られた時には、「ああ、これはもう末期的だなぁ・・・」という気持ちになりました。   「とりあえず従業員を絞り上げる」は実のところを言うと、経営者の選択肢としてはそれなりに有力です。現場の空気が緩んでいて生産性が上がっていない時などは、とりあえずこれをやってみるのは一つの手でしょう。一般的にこういうことを公言すると怒られますが、最後の一滴まで胡麻から油を搾るのは大事な仕事です。   しかし、「そもそも客が来ない」時にとりあえず従業員を怒鳴りつけるのは本当に意味のない行動です。それでも、飲食店に限らず経営が上手くいっていない経営者は大体これをやってしまいます。   僕は「部下は大体僕より有能」という状態で経営をしていたので、あまり機会に恵まれませんでしたが。きっと状況が揃えば僕だってやってしまったんだと思います。それくらいありふれた話です。そして、これが発動したお店が長く生き残るのを僕は見たことがありません。   「現状打破のアイディアを出せ」みたいな抽象的な指示を理解して自ら行動してくれる部下がいるとしたら、それは本当に得難い宝です。しかし、一般的な従業員がこういうものだとは思わない方が良いと思います。ましてや、「客が来ない」という状況下で高圧的に出された指示を実行する従業員なんてまずいません。   客が来ない、日々経営が悪化していく状況下で、すさまじいストレスを感じていることはわかります。しかし、そのストレスを従業員にぶつけても事態は悪化しかしません。それだけ暇なのにその従業員を雇っているということは、業務継続に最低限必要な人員なんですよね。その方に逃げられたら、また求人費用と教育費用がかかるだけです。   とにかく、「従業員に無駄なストレスをかけない」を徹底した方が良いでしょう。というのも、業務が暇ということは部下とあなたは気詰まりな時間をどうしても長く共有することになってしまいます。創業期の不安定な時期に人員的不安定という更なる悩みの種を呼び込むのは本当に避けましょう。これは、本当に意識していないと出来ないことだと思います。あのストレスの中で正気でいるのは本当に難しい。 うまくいかない時、別の儲け話を探す お金に困っていると突然降ってくるタイプの儲け話というものは存在します。といいますか、本業が上手く回らず他の儲け話を探している人間についてちょっと想像してみてください。「これより嵌め込みやすいカモはいない」って誰でも思いますよね。これは必ずしも詐欺とは限りません。合法的な範囲で致命的な結果をもたらす取引なんてゴマンとあります。そして、商売が上手く回っていないと認知されるということは、この手の皆さんにターゲットとして認識されるということです。   商売を始めてみるとわかりますが、商売人同士の間では常になんとも形容しがたい儲け話が流通しています。それは、ちょっと見には非常に魅力的なものだったり、あるいは本当に大ネタだったりします。酒場でふと拾ったネタからガッチリ儲けが出た経験だって結構な割合の人にはあると思います。僕もあります。   しかし、商売が左前になってくると、この回ってくる話のリスク度合いが一気に跳ね上がります。まぁ、そりゃそうですよね。絶好調の人間を口説こうと思ったらそれなりにオイシイ話をしなければなりませんが、進退窮まっている人に持っていく話をそれほど厳選する必要もありません。ちなみにこの先には「話すら来なくなる」「来る話は大体法に触れる」というフェーズもありますが、まぁこの話はいいですよね・・・。   商売人の性質として、一つの事業がヤバくなるとそれを立て直すより「なんか別のことをやるか」という方向に行きがちです。往々にして、赤字を吐き出している事業を整理しないまま他のことをやろうとする人が多いです。実際このパターンでホームランを打つ人も意外といるので、否定しにくいところはあるんですが。それでも、強運と実力を併せ持った一つまみの人以外は、傷口を致命的に広げることになります。   「ツキがないときは何をやってもダメ」は、商売に関しては純粋に構造的な真理だと思います。上手くいっていない人間に上手い話は来ないのです。しかも、上手くいっていない人間は判断力も鈍っています。逆転ホームランを打つしかないと目が血走った人間が正常な判断を下せるでしょうか。   しかし、この話には更に辛いオチがあります。負け勝負を取り返そうと思ったら、どこかで恐怖を振り切って勝負に出るしかない、それも劣悪な選択肢の中から往く道を選ぶしかない。これもまた真理です。このとき、どういう判断を下すかは個人個人が人生を賭けて勝負するところなので、何も言えません。良い旅を祈ります。 うまくいかない時、めんどくさい人間になる 商売が上手くいっていない人間には二種類います。 異常に人前に出てくるか、人前にほとんど出てこなくなるかのどちらかです。ちなみに、僕は後者でした。だってねぇ・・・。ちなみに、このいずれも非常にダメだと思います。   理想論を言えば、どれほど商売が上手くいっても驕らず、上手くいっていなくても卑屈にならない。これが理想です。こんなの誰だってわかりますよね、そりゃそうでしょう。驕るのは論外ですし、卑屈になり過ぎればその分足元を見られるだけです。ハッタリも効かなくなります。   実際のところ、自分が完全にコケてから皆様に挨拶に行くなどしてわかったのですが、商売人は案外やさしいです。「商売が上手くいかない」みたいな苦悩を彼らは大体わかってくれます。コケて初めて「俺も2回コカしたよ」みたいな話をしてくれた経営者がたくさんいました。   だから、変に突っ張る必要も逆に卑屈になる必要もあまりなかったんですね。自分の手持ち資金や腕力を正確に把握し、ちょっとだけ大きく見せようとする。これだけで十分だったはずです。「仕事が来ないなら人脈増やすぞウォォー!!!!」みたいなテンションで夜の街を漂流する経営者は多いです。しかし、これは正直なところ「上手く行ってる人が多忙な時間を割いてやる」なら効果的だと思いますが、酒場で「コミュニケーション!」と叫んでいるおっさんは、あまり相手にしたくないですよね。特に儲かっていない人の場合は・・・。みんな敵を作りたくないのでにこやかに接してはくれますが・・・。   飲食界隈でも「客が来ないなら飲みに行け」という格言があり、これを実行されている方もちょいちょいお見受けしましたが、正直言って3回来てくれた辺りで義務的に「そろそろ行かなければダメか・・・」という心理が発生する程度です。プラスにはなりません。「オススメの店」としてお客様を紹介するにしても、自分の商売のカンバンを賭けてご紹介出来るお店に限ります。お客様にお店を紹介するのは結構怖いのです、「いや・・・好みではなかったかな・・・」と言われてしまうのは厳しいですからね。   もちろん、お客様を融通しあって商売を回しているような界隈もあります。そういう場合は例外です。この辺の政治性を勘案せずに社交をしても、コスト負けするのは多分間違いないと思います。人間、物事が上手く運ばないと必ず何らかの方向でめんどくさい人間になってしまうものだと思います。これは本当に仕方がないことですが、なるべく避けるのが一番です。本当に辛いことになります。   ここまで書いていて吐き気がしてきました。前回とも引き続きのエントリですが、辛いときは本当に辛い。しかし、経営者である以上、「俺の辛さを理解しろ」と叫んでもあまり得をすることはありません。なるべく控えていきたいものですね。   お勧めの息抜き媒体はインターネットです。商売が上手くいっていない商売人の話には結構需要があります。愚痴が言える有り難さがある。そして、仕事から離れた話も出来ます。映画や本などお金のかからない趣味も有効です。延々悩み続けるのは美徳ではありません、かなり難しい注文だとは思いますが、仕事以外の時間も確保するようにした方がいいです。   「24時間仕事のことを考え続けろ」みたいなアドバイスをする人もいますが、あれは超人向けです。上手くいっているときは一日24時間でも30時間でも仕事のことを考え続けられますが(だって楽しいし)、辛い時にそれをやっても自分を追い詰めるだけです。そもそもそんなに考えることなんて無いでしょう?賽を投げたら目が出るまで待つしかない、そんなもんですよね。   とにかく、無駄に苦しんでも良いことはありません。誰にも愚痴れないその辛さは本当にわかります。人生、あれより辛いことはそんなにありません。しかし適宜、気持ちを緩められるところは緩めて、死なないようにやっていきましょう。     ...

  商売を始めるには、多くの場合何かを仕入れなければいけません。また、商売をする以上何かを売らなければいけません。そこには当然「交渉」というフェーズが発生します。しかし、創業したばかりの人間にとってこれは鬼門です。あなたの商品は、実績ある会社の商品より安く買い叩こうとされますし、あなたに何かを売る人間は高い値段で売りつけようとします。これは当たり前のことです、誰だってそうするでしょう。   良いものを安く買う、あるいは自分の商品をなるべく高く売る。これは商売の極意です。つまるところ、これさえ出来れば儲かります。しかし、商売を始めればすぐに突き当たるでしょう。それが恐ろしく難しいことであると。 商売という土俵は平等ではありません。圧倒的に先行者が有利です。当然ながら、後発組には無い信用と実績という積み上げがあります。大抵の場合、先行者は資金量も後発であるあなたより上でしょう。これを覆すのは並大抵のことではありません。   そういうわけで、代表取締役という輝かしい肩書を刷り込んだ名刺を持って交渉に行くのは本当に苦行です。誰もが欲しがる商品を商っているところほど、門前払いです。売りに行く時も同様です。そんな時に使える僅かな武器について書こうと思います。 交渉術1. 名刺一つで交渉は動く、強い肩書きのデメリット 非常に基本的なビジネスハックですが、あなたが社長であっても「肩書きの無い名刺」を持っておくことを薦めます。これは、社員に名刺を持たせる時にも言えます。会社を登記して、少人数で勝負している時はつい「代表取締役」とか「営業本部長」とかそういうピカピカの肩書きをつけたくなりますが、多くの場合デメリットしかありません。   まず、会社の規模を見透かされます。代表取締役自ら営業や買い付けに出向いてくる会社が大きな会社である可能性は少ないですよね、しかも20代のガキんちょだったりしたら尚更です。50代なら「トップ自ら出向いて来てくれた」という評価を得られることもあるでしょうが、若者は絶望的です。   そして、零細企業の「代表取締役」という肩書きは一切の信用をもたらしません。「フリーター」や「無職」と同義だと思っていいです。あれで騙せるのはド素人だけです。(逆に言えば、異常に肩書きをプッシュした名刺は素人を騙そうとしている可能性がありますよね。思い当たるフシ、ないですか?「ハイパーウルトラメガ超弩級課長補佐」みたいな肩書きを好む業界について)   また、商談の相手が遥かに年上で、肩書きが「係長」だった時なんかはどうでしょう。「若いのにご立派ですねェ」という侮蔑を含んだあの皮肉は本当に心に突き刺さりました。おそらく、年齢に見合わない肩書きはある種の人間の攻撃性を喚起するのでしょう。しかも、立派な肩書きがあるだけ「手加減しなくていい、若いけれどこいつは責任ある立場であり強者だ」みたいな心理的ストッパー外しの効果もあると思います。「若き経営者」の存在自体が不愉快だ、という人もたくさんいます。   もう一つ、非常に現実的な意味合いがあります。肩書きが強ければ強いほど、交渉の場において即断即決を求められるということです。「代取のおまえより強い決裁権持った奴はいないだろう」という話です。何の肩書きもない名刺なら「会社に戻って検討します」が使えても、代表取締役がその手を打つのは非常に難しい。こちらが買う立場ならまだなんとかなりますが、営業に出向いて値引きを差し込まれた時なんかは本当に辛い。「社長さんなんだからここで決めてよ、ねェ社長さん」。   「この価格では上の許可が出なくて・・・。私はこの価格で決めたいと主張したのですが・・・」のような、交渉のポジション取りもありますよね。「私はあなたが正しいと思っているけれど、会社の人間がそれをわかってくれない。だから僕と一緒にゴールを目指しませんか、一緒に頭の悪い弊社の上層部を説得しましょう」みたいな形の交渉術はサラリーマンの基本ですよね。上司を悪者にしておけば丸く収まることはたくさんある。会社のトップとしての名刺を出してしまったらこの手も使えません。肩書きさえ出していなければ「会社に持ち帰って検討します」は嘘にはならないのです。   もちろん、逆に「代表取締役」として飛び出して行く事がベストのフェーズもあります。   例えば、部下が失態を犯した時はたった二人の会社であっても代表取締役として謝罪すれば効果が大きくなることが見込めますよね。この場合、部下の肩書きはヒラがベストです。肩書きのギャップがあればあるほど、社長の下げた頭が高く売れます。あるいは、経営者同士の社交の場に出て行くときは、トップの名刺を持つ必要があります。部下を送り込む時も強い肩書きをつけてやった方がいいですね。「私には決裁権があります」という意味合いですから。決裁権のない、話の遠い相手とわざわざ社交したがる経営者はいません。   この選択肢を選べるだけでかなりマシです。そのCEOとか刷り込まれたピカピカの名刺、本当にその交渉の場にふさわしいですか?それは検討してみる価値があることです。敵は歴戦の商人です、あなたよりキャリアは上です。肩書きでビビってくれる相手ではありません。何も考えず「代表取締役」や「CEO」みたいな名刺を使っている方は、一考の価値があると思います。「実は社長です」ということになっても怒る人はそんなにいません。   交渉術というと、「喋り」とか「立ち居振る舞い」みたいなものがまず想像されると思いますが、僕はこういった「立場」の工夫の方が遥かに即効性を持つと感じました。試してみて損はありません。 交渉術2. 「信用」を融通してもらう 「信用がある人間は交渉を有利に進められる」これは間違いなく真理だと思います。逆に言えば、信用がない人間は交渉においてとことん不利です。   しかし、創業したばかりの何の実績もない人間でも使える可能性のある強力な信用獲得の手段があります。信用のある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうことです。これはどんな場合でも非常に有効です。営業に出向く時、商品を買い付けに行く時はもとより、士業の先生などに依頼を出す時、あるいは銀行のような巨大な組織が相手であっても「紹介」は強烈に機能します。値段も対応も驚くほど変化するでしょう。   例外もありますが、経営者は大抵、人間関係をとても大事にします。飲み歩きが主な仕事という社長も多いでしょう。これは非常に合理的なことで、「信用」は貸し借り出来るのです。経営者は、コミュニティの中で人を紹介したりされたり、口を利いたり利いてもらったりして、「信用」を融通しあっているのです。それはまるで見えない通貨のようなものです。これを融通していただけるのは、涙が出るほどありがたいことです。   もちろん、実績ある人間に「口利き」や「紹介」をしてもらうのは簡単なことではありません。ヘタな人間を紹介すれば、紹介した側も「信用」を失うからです。しかし、「口利き」をしてやって、コストをかけず大きな貸しを作っておきたい」という心理もまた存在します。「感謝されて損はない」「貸しは作れる時に作っておけ」そういうことです。「信用」を貸してくれる人は探せば意外と存在します。力のある人間に「信用」を貸しつけるのは難しいですが、創業ホヤホヤのルーキーなら小さなコストで大きな貸しを作れる可能性がある。そういうことです。   創業する時は、自分がテコに出来る「信用」を貸してくれる人間をどれだけ確保できるかが非常に重要になります。場合によっては、出資を得ることよりも重要かもしれません。それはとりもなおさず、実績のない人間の信用度を測る方法がほとんどそれ一つしかないからです。資本金の額、会社のホームページのデキ、あるいはオフィスの豪華さ、社長の着ているスーツ、乗っている車、これらがいかに信用できないものであるかは経営をしていればすぐわかってきます。(ただし、これは信頼の担保にならないという意味でマイナス評価にならないという意味ではありません。会社ホームページがショボく、オフィスがアパートで、安物のスーツを着ていれば当然信頼は得にくくなります。ここにどれくらいコストを投下するかも悩みどころです)   1人の信用を得ることが出来れば、その人に口を利いていただいて、3人の信用を得ることが出来るかもしれません。3人の信用は、10人の信用につながっていくでしょう。 交渉は「信用」がモノを言う、そして表玄関をノックするよりは、裏口から迎え入れてもらった方が良い。もちろん、全くの無策で情熱と気合いだけを武器に正面玄関から飛び込まなければならないことも多くあるでしょうが、他人の信用を融通していただいて、裏口を開けることも常に狙っていくことをお勧めいたします。信用は魔法の鍵になりえます。   ただし、この他人から借りた信用には一つ欠点があります。どんな界隈にも人間関係があり、対立があり、利害関係があるということです。ある人から口利きをしてもらったが最後、ある種の陣営に取り込まれたと認識される。そんなことだってあり得ます。   また、利害関係が一致しない人間に対して、他人が「信用」を貸し付けてくれることはまずありません。その辺りを見通す努力を怠らないことを本当にお勧めいたします。どんな利害関係が自分の所属する界隈にあるのかですら、そう簡単には見通せません。   「信用を得る」これは究極的な交渉術です。意識して損は本当にありません。 交渉術3....

  僕は26歳から会社を経営しております。現在も一応、法人は残っているので、今年で6年目になるわけです。色々なことがありました。事業が5年続くというのは、実のところを言いますとかなりレアケースです。ちょっと調べてみたら、5年続く会社は15%くらいみたいですね。でも、実を言うとこのデータ怪しいと思います。というのも、僕だって現在も法人は生きているんですよ。事業がもう動いていないだけで。このデータ上、僕は「生存」にカウントされていると思います。   もちろん、法人は維持費がかかりますから休眠や解散を選ぶ人も多いと思いますが、様々な便宜の問題で事業が終わっても存続させることが多々あります。大量に赤字積んであったりもするし、リベンジを志す人もいるでしょう。僕もそのケースです。たまに「借金玉社長」って呼ばれると「勘弁してください」という気持ちになります。まぁ、そんなわけで企業生存率は5年で15%より大分低い、というのはほぼ間違いないと思います。しかも、これ「法人」での起業に限っての数字ですからね、なんだかんだお金のかかる法人登記をせず、個人事業で起業するケースだって多々あります。そちらの生存率も、まぁ高くはないでしょう。   同期に起業した若手連中は、もう連絡がつく人間がほとんどいません。自分の成功を1ミリも疑わなかった皆さんが、どんどん消えていきました。しかも原因は「事業の失敗」ばかりではないんですね。突発的に悲惨な出来事が起きる会社が大変多かった。そういうわけで、悲惨な事態に遭遇した企業経営者のケースを僕が知る限り書いてみようと思います。 持ち逃げ 会社を経営している皆さんにとってはあるあるだと思いますが、本当に多いですよね・・・。僕の周囲でも数件発生しました。そのまま即死した会社もありました。創業期の会社のお金の管理というのは、往々にして杜撰です。しかしこれ、つまるところ仕方ないことでもあるんですよ。というのも、プレイヤーに決裁権限を与えず都度確認を取るということは、イコールで社長の業務負担が増えるということです。「信用するしかない」という悲しい現実があります。プレイヤー社長の会社なんかでは、「社長が会社のカネについて全く把握できていない」なんてこともよくあります。でも、それはそれで合理的はあるんです。カネの面倒はカネの面倒を見るのが得意な人間がやればいいわけで。   ある日突然、口座の金がスっと消えます。また、諸事情(大抵ろくな事情ではない)から現金を金庫なんかに突っ込んでいた場合もスッと消えます。同時に人間が消えます。起きた時点で全損を覚悟しましょう。回収はほぼ不可能です。また、刑事事件にもなかなかしにくかったりします。まぁ、想像はつきますよね。口約束で全てが進展しがちな創業期の会社におけるお金の権利なんて、大抵がグチャグチャです。果てしなく裁判で争うことになるでしょう。言った言わないあいつが悪い、俺は被害者だ、想像出来る限り最悪のことが全部起きます。   「金を盗まれたんだ」と主張しても支払い日は待ってくれませんし、従業員は給料の遅配を許してはくれません。そして、盗んだ人間を処罰するにもお金がかかります。刑事事件にするということはつまるところ、相手の弁済能力を下げる結果にすらなります。民事で泥沼の戦いをしても、得をするのは弁護士だけです。現金の持ち逃げカマす奴に賠償に充てられる資産なんてあるわけもない。そして、これは「やられた!」という社長あるあるなんですが、「俺にも後ろ暗いところが自分にもあるから公式に裁けない・・・」というあれが大変にありがちです。詳細とか語らなくていいですよね。コンプライアンスは最終的に自分の身を守るためにあるということです。   創業直後の会社は大体コンプライアンスなんてガン無視しています。「何それ?食えるの?」みたいな話だと思います。それはそれである意味仕方ないのですが、いざ大問題が起きた時に大変なことになります。風向きがいいときはナアナアでやっていけた相手も、いざ大問題が起きると容赦なく殴りかかって来ます。   創業当初から、「とにかく身綺麗にする」ということは心がけた方がいいでしょう。会社の経営者というのはやろうと思えば様々なあまり順法的ではない小細工が出来ます。しかし、その小細工に他人を利用していた場合、そこには回避不能のリスクが出てくるということはとにかく認識しましょう。本当に生死を分けます。「表沙汰にしたら俺も社会に怒られてしまう・・・」みたいなパターンは本当に辛いと思いますが、自業自得と言う他ありません。   「あれをこうすればばめっちゃ良い感じじゃん。問題はバレたら怒られることくらいで」みたいな発想、経営なんかしているとどんどん出てくると思います。コンプライアンスと100回唱えて悪魔を振り払いましょう。部下が金を持ち逃げしたのに怒ることすら出来ない。そういう羽目になった社長、いっぱいいます。 横領 これもまた実にあるあるです。例えば飲食店経営で他人を雇ってお店を任せた場合これを完璧に防ぐ方法は無いと言っていいと思います。ラーメン10杯分の原料で11杯作って、1杯分の売り上げをポケットに入れればいいだけのことですからね。経営者が現場に精通していない場合なんて、やろうと思ったらナンボでもやり放題だと思います。「誰かを雇って、あるいは出資して飲食店をやろう」というタイプの人はこの点について考えておくことが大事です。   横領は実際のところ思った以上に簡単です、特に創業初期の会社にコアメンバーとして入っているのならば、やろうと思ってやれない環境の方が珍しいでしょう。つまるところ、横領などの不正が不可能な状況を作るコストが高すぎてやれないという話にもなります。100万の横領を防ぐためには300万かかってしまう、そういうことはよくありますよね。   また、横領に関しては社長自体がやることもよくあります。出資者が会社のお金の流れに明るくない場合なんて完全にやりたい放題ですよね。誰が住んでいるのかよくわからない社宅、出社してこないアルバイト、何をしているのか誰にもわからない役員、御社にも存在するのでは?色々書類を眺めていると人類の悪さが見えてくることはよくあります。出資を考えている皆さん、この点はとにかくよく見ておいた方がいいですよ。   また、横領というのは往々にして会社が好調の時に起こります。毎月赤字を垂れ流しているような状態なら流石にお金のよくわからない動きがあれば気づきますが、ガンガン利益が流れ込んで来ている時にそれに気づくのはとても難しい。事業自体は好調なのにこのような事態が社内で発生し、そのまま空中分解してしまった会社もありました。最終的には刃物などが登場し警察が介入したと聞きますが、本当に不幸でしたね・・・。   ちなみに、横領に関しても「表沙汰にしたら俺も怒られるから表沙汰に出来ない・・・」という話がよくあります。横領ブチかまして退職して、元気一杯次の横領が出来る会社を探しに行く人類は存在しますよ。 社員が全員辞めた 「社員が全員辞めてしまった」というお話、聞いたら笑っちゃいますよね。僕も起業する前は「どんだけアホならそんなこと起きるんだよ」って思っていました。しかしですね、創業初期の会社では普通に起きます。想像してみてください。わりと儲かっている社員5人の会社、そこから5人の社員をまとめて引っこ抜いたら、すぐに儲けが出る会社がやれたりするわけですよ。そりゃ引っこ抜きますよ。   創業初期の会社というのは人材の奪い合いです。市場に「すぐに利益を出してくれる人材」なんてそんなに転がっていません。転がっていてもとても値段は高い。社長さんたち「他社の有能なあいつ欲しいなぁ・・・」と思ってコナかけたこと絶対ありますよね。正直に言うと、僕もあります。自社の人間に他社からコナかけられたらブチギレてましたけど、コナかけたことはある。しょうがないじゃない、経営者だもの。   有能な社員を囲っているが経営者への不満が蓄積している会社、というのはたまにあります。また、社員は有能なのにも関わらず経営方針がイマイチで利益が出ていない(社員に十分な給与を払えていない)会社なんてのもあります。そりゃ奪い取りに行きますよね。有能な人間というのは現金が落ちているようなものです。拾わない手はない。   有能な人間を雇うのは難しいですが、有能な人間を雇い続けることはもっと難しい。更に、有能な人間は当然ながら「俺が経営する側に回ればいいじゃん」という発想にも至ります。具体的に言うと、「社員全員引き連れて退職して全く同じ事業内容の会社興せばいいじゃない」というのは大変正しいのです。「この会社に最も必要ない人間は社長ですよね」というお話です。俺が興した会社から俺が追放された、そういう悲しい物語は本当にいっぱいある。   また、創業初期の会社というのは当然ながらメンバーにガンガン裁量を振ります。会社にシステムがないんだからそれしかありません。そういう場所では人間がどんどん成長します(さもなければどんどんリタイアします)。当たり前ですよね、仕事しているわけですから。他人がほどよく育てた果実をベストなタイミングで収穫するの、やりたいに決まっていますよね。しかも、大手から引き抜くブランド人材と違って給与も安く抑えられますし。これらの構造的圧力を上手いこと捌くことが出来なければ、「コアメンバーが全員退職した」なんて事態は、むしろ起こって当たり前です。 どうしましょう? ちなみに、これらのケースは「事業が上手くいって収益が上がっていたとしても尚起きる」問題です。こういう問題以前に「そもそも事業が上手くいかない」という話があります。これから創業を考えている皆さん、是非とも徹底的に考え抜いておいた方がいいと思います。考え抜いて考え抜いた末に「対策はない、問題が起きた時に困ろう」という決意に辿り着くとしても。心の準備だけでもあれば大分マシです。   これらの問題の発生を防ぐことはもちろんできます。やり方はいっぱいありますよね、持ち逃げや横領を防ぐ方法はありますし、社員の退職や引き抜きを防ぐ方法だってないわけではない。では、これらを有限の資源の中でやっていくにはどうしたらいいのか?というお話です。へこんだアルミ缶を元に戻すような話です。あっちを叩けばこっちが出っ張る。完璧を目指して頑張った結果、見事社長が過労死という話もあります。   話にオチがなくて恐縮ですが、この話の一番大きい教訓はコンプライアンスだと思います。コンプライアンスを守らない者はコンプライアンスに守られません。「俺は上手くやるから大丈夫」という人もいるでしょうし、それはもう止めませんが、そこまで思えない人はとにかく身綺麗にしておくことが身を守る上で最も重要だ、という点を覚えておいて欲しいと思います。   そして、連絡が完全につかなくなってしまった皆さん、僕はとても寂しいです。いつかまた、どこかで酒でも飲み交わしましょう。僕はまた頑張ります。やっていきましょう。     ...

  起業は実際のところ、ほとんど何でもありです。資金調達、メンバー集め、経営方針、株の分配、事業内容・・・実にたくさんの要素が存在しますし、全く同じ形の起業なんてものは2つとしてありえないと言っていいでしょう。そもそも株式会社以外の会社形態だって存在するわけですし。人間がそれぞれ全く違うように、会社のあるべき姿もケースバイケースです。これこそが正しいというやり方は間違いなく存在しません。成功すればそれが正しいやり方なのです。   しかし、僕が自分の経験から最も重視するのは、創業期における社長のポジションです。実際、社長の業務というのは実に様々です。「ほとんど何もしない」という社長さえ存在します。このお話はどれが正しい、というような結論を出す話ではありません。実際のところ、起業をするときに自分の経営者としてのあり方を選べるなんてことは稀です。自分の持っている強みを生かして起業するしかないのですから。   しかし、その際のメリットデメリットについては考えておく必要があると思います。僕の知る限り、あるいは思いつく限りお伝えさせていただきます。業種を分類せず一般化して語っているのでその辺は多少雑ですが、雰囲気は掴めると思います。 創業者① スタープレイヤー社長 収益を生み出す基幹となる異能を社長自身が有しているパターンです。例えば、腕の良いプログラマであるとか料理人であるとか、誰にも真似出来ない商品開発が出来る、みたいな場合もあるでしょう。逆に「売る」方に特化した営業モンスターなんて場合もあるかもしれません。営業請負会社なんてのもありますし。   このパターンのメリットはまず、創業期における業務遂行の手堅さです。それこそ、部下の誰が辞めようが会社の一番の強みは社長自身が握っているわけですから、失いようがありません。いざとなれば、社長が3人分働けば急場は凌げてしまいます。そして、この手の社長は3人分くらい平気で働く人が多いです。序盤戦は圧倒的に有利でしょう。「俺がいれば大丈夫」という状態です。使えない人間には容赦なく解雇を宣告できます。最悪、部下が全員辞めてもなんとかやっていけることさえあります。   そして、もうひとつのメリットですが、このタイプの社長は現場で実際に業務を行う従業員の人心掌握に強みを発揮することが多いのです。というのも、専門技術の世界というのは、往々にして実力と実績がモノを言うタテ社会です。圧倒的に優れた能力を持った人間がトップに立っていれば、現場で働く人間の信任は極めて得やすいと言えます。実務的な異能には往々にしてカリスマとリーダーシップもついてきます。故に、経営が難所にさしかかっても人がついてくることが多いです。   しかし、もちろん弱点もあります。プレイヤーとして圧倒的な実力を発揮しながら、同時に会社経営と事業拡大をこなすというのは、ちょっと事業が膨らんで来てしまえば常人にはまず不可能です。また、経営者の仕事は第一に会社の意思決定、即ち決断です。これは、実に大きなエネルギーを要する業務です。あの巨大な心理的負荷を抱えながら異能を必要とする業務をこなせる人は、ほとんど人間ではないと思います。(まぁ、人間ではない人がゴロゴロしているのが市場ではあるのですけれど)なんにせよ、金繰りや経営判断などの会社の基幹となる部分を他人に委ねざるを得ないというのはかなりのリスクです。   しかし、経営パートに社長が関与すればするほどプレイヤーとしての出力は低下するジレンマが発生します。このタイプの社長はとにかく金を横領されがち、あるいは気づいたら財務が愉快な状態になっていることが多いという印象があります。   そして、スタープレイヤー社長の率いる会社の一番の困難は、拡大の難しさです。事業が大きくなれば、社長の異能ひとつで拡大出来る限界に必ず直面します。しかし、2番手3番手を張れるプレイヤーの育成は楽ではありませんし、個人の異能によらない収益の仕組みを作り上げることも難しい。   そして「プレイヤーとしての異能」だけを武器にした社長にとって、自分を上回る、あるいは代替し得る異能を持った人間の出現は社内における求心力の低下を即座に意味します。経営パートは他人に握られているわけですし、これは実に恐ろしいです。かつての英雄、今はお飾り社長。あると思います。会社なんて設立せず、フリーランスでやればよかった。そんな話も聞きましたね・・・。     スタープレイヤー社長の仕事まとめ     メリット ・創業期における業務遂行の手堅さ、人員の欠損への対応力の高さ ・小さく始めてある程度の大きさまで持っていくのは本当に強い ・プレイヤーとしての異能をテコにしたカリスマとリーダーシップ ・経営が難所にさしかかっても結構人がついてくるかもしれない   デメリット ・経営パートまで手が回らないので人を雇って任せるしかない ・社長が経営パートに関与すればするほど、プレイヤーとしての出力が落ちる ・社長の持つ異能のノウハウ化や共有が難しく、社長の出力の限界が成長の天井になりやすい ・業務拡大が上手くいったとしても、結果トップとしての求心力を失いかねない ・横領や会社を私物化されがちで、やはり社長が経営をちゃんと見ないのは怖い 創業者② 経営特化型社長 スタープレイヤー社長の対極となるタイプの社長です。このタイプは1にも2にも、まず資金をかき集める異能がなければ話は始まりません。有能な人材を見つけ、事業計画を書き、資金を調達する。それが経営特化型社長のやり方です。当然ながら、創業可能な事業の範囲が広いというメリットがあります。それこそ、いい人材や出資者を見つけたらその状況を軸に事業計画を書く、なんていうフリーダムな動きも可能になります。   経営特化型社長は現場にはあまり出ないことが多いでしょう。当たり前ですね、プレイヤーとしての能力を持ってないのですから。その代わり、経営判断は自分一人でガチガチに握ることが必須です。現場技能を持っていない以上、経営能力だけが存在意義となります。経営判断はトップの聖域にしておかなければ話にならない、そして、その正しさを常に示し続けて人を引っ張るしかありません。   また、事業拡大に強いことが多いです。そもそも人を雇って事業を行うのがベースですので、上手く事業が回ればどんどん人を雇って拡大していけるでしょう。そもそも「他人の力で儲ける」がベースですから。現場に出ない分、事業拡大に力を注ぐ余裕があります。事業が一定以上のサイズ感に成長すれば、コアメンバーが抜けた際のリスクも反比例して小さくなります。そうなれば、経営能力と資金調達能力の高さが存分に生かせるはずです。バシバシ人を切っては雇うタイプの経営をやる人もいますね。   デメリットも明確です。創業期に事業のコアとなるメンバーに逃げられたらその場で終わりです。自分の力で急場を凌ぐことさえ出来ません。メンバー3人で会社を回している時に1人が抜けてゲームオーバー、そういう話はよくあります。結局、「自力で稼げない」というのは恐ろしく大きい弱点なのです。   創業のテコとなるコアメンバーだけは、そうそう兌換が効かないので、序盤戦はとにかく脆い。小さく始めて大きく育てるは会社経営のひとつの理想ですが、経営特化型社長には鬼門です。ある程度の規模感で、誰が抜けても大丈夫な形で起業・・・出来たら苦労はないですね。   また、現場の統率やリーダーシップに弱みがある場合が多いです。前述の通り、現場で技能を発揮する従業員は、現場における職能の高さこそが最も重要だと考えている場合が多いのです。平たく言えば、「俺と同じ仕事が出来ない奴の命令なんて聞けるかよ」みたいなあれが発生しやすい。「事業計画の策定が得意」とか「資金を調達出来る」みたいな能力では、現場の敬意はそうそう勝ち取れません。文化が違います。故に資金枯渇など、経営の難所には弱いことが多いです。このタイプの社長はとにかく反乱を起こされがち、あるいは従業員に離反を起こされがち、という印象です。     経営特化型社長の仕事まとめ     メリット ・獲得した人材、あるいは出資者の意向に合わせて事業をデザインできる柔軟さ ・経営とコアメンバーのマネジメントに全力を傾注可能 ・事業拡大に強み ・経営や資金の状況を常に注視する余裕がある ・経営判断に十分な心理的リソースを割ける   デメリット ・小さく創業した場合、序盤戦が圧倒的に弱い。人が欠けても求人を出すことしか出来ず、自らプレイヤーとして動くことが出来ない ・現場実務に通じていないが故のリーダーシップの弱さ ・実務能力のある部下がいなければ本当に何も出来ない ・反乱起こされがち ・お金の切れ目が縁の切れ目になりがち 創業者③ 中間型社長 基本的には経営を担当するが、現場業務もそれなりにこなせる社長です。なんだかんだ、経営特化型社長も多少は現場業務が出来ないと面倒も多いので、経営特化型社長から始まって中間型社長に移行していく場合も多いでしょう。中には、資金調達と総務経理担当から参加して、業務の合間に死ぬ気で勉強した結果トッププレイヤーも兼任するようになったという猛者にも会ったことがあります。これはとあるIT企業の役員の方なんですが、すごい話だと思いましたね、多分、部下に果てしなくナメられるなどの辛い経験があったんだろうと思います。   このタイプは上手くやればバランスがいい反面、強みにも乏しいという問題があります。プレイヤーとしての業務に力を注げば経営がおろそかになりますし、経営に力を注げばプレイヤーとしての業務が疎かになります。その中間でバランスを取り続ける、という選択です。人間1人に処理可能な業務量は所詮有限なので、両方をうまいことやろうとした結果どっちもダメだったということも往々にしてあります。   僕自身もこのタイプでしたが・・・まぁ、楽ではないです。いっそ経営特化型に振り切った方が結果は良かったかもしれないと思うこともあります。まぁ、創業初期は人もいないし無駄金も一切使えないので、社長が現場業務をやらざるを得ないことも多いでしょうし、出来るとか出来ないじゃねえんだ、人がいねえんだから社長がやるんだよ。そういう世界観もあります。   少人数で会社を回している場合、どうしても体調不良などで現場の担当者が出られないことは避けがたくありますし、いざとなったら現場もやれるに越したことはもちろんないですよね。コアメンバーが抜け落ちても、次のプレイヤーが稼動し始めるまで自分が現場を守りきるという判断も出来なくはありません。もちろん、パフォーマンスはその業務に特化した人間に比べて大きく劣るでしょうが、出来ないよりはよっぽどマシです。   飲食の場合は「シェフがバックレた」なんてのは大変によくあるお話です。僕のかつて経営していたお店のすぐそばにあった店舗は、開店直前にシェフが「やっぱやめた」と言い出したそうで、1日たりともお店を営業しないまま風に消えていきました。あんまり詳しく書くとあれなんですが、専門性の高い料理店だったので代わりのシェフも確保できなかったんでしょうね、あるいは代わりのシェフを探す気力もないほどにオーナーが絶望してしまったのかもしれません。ピカピカの内装と厨房設備の居抜きを売っていくらか回収出来たんでしょうか。開店前、道に立ってサービス件を配っていたオーナーと思しき初老の男性のことを、今でも時々思い出します。もちろん、僕に他人に同情する資格なんて一切ないんですけど。     中間型社長の仕事まとめ     メリット ・突発的な人員不足やプレイヤーの離脱に多少は対応できなくもないかもしれない ・現場を知ってはいるのでそれなりに現場とも仲良くやれるかも   デメリット ・全てが中途半端、上手くバランスが取れなければスタープレイヤー社長、経営特化型社長の欠点を併せ持つ結果に ・結局、業務量が狂ったことになりがち ・現場でのパフォーマンスが低いと、どんどん部下に舐められる ・経営判断や経営実務のしんどさを理解してくれる部下はそんなにいない ・給与明細作って給料払って、帳簿処理して出資者に報告して、資金計画作って、現場が揉めたら間に入って求人出して、経営数値を分析して、店舗回って状況を見て、従業員からヒアリングして人事評価を行いつつ、プレイヤーとして店舗にも出る・・・ ・あ、そう予約モリモリなのにバイトがバックレ・・・うん30分で行く ・アウアウアー あなたはどのタイプで会社を起業しますか? 実際、起業を志す人は「何の特化技能もない、野心しかない」という人も多く、そういう人でも成功するときは成功しちゃうのが起業でもあります。プログラミングの一切出来ないIT企業の社長だって結構存在すると聞きますし、フライパンを振れない、トレンチの持ち方すら知らない飲食店経営者なんてもっといっぱいいるでしょう。飲食業界人どころか一般の方でも大体知ってる「俺の」チェーンを展開する坂本社長は、元はブックオフコーポレーションの創業者で、いきなり飲食業界に飛び込んで来た人です。   もちろん、坂本社長は創業時の資金量が一般的な起業家とは比べ物にならないほど多かったであろうことは想像に難くありませんが、それでも突然異業種に飛び込んで成功する起業家なんてザラにいます。バイト経験すらない全くの未経験からそれなりに参入障壁のある不動産業に飛び込んで儲けている猛者だっています。専門技能や知識、あるいは経験を有した人でなければ起業出来ないなんてことは全くありません。その一方、専門技能や知識経験を持った人が強いこともまた事実です。   起業にルールはほとんどありません。セオリーだってそう多くはありません。むしろ、セオリーに従って成功できるならみんな成功しているはずです。しかし、自分が起業した後の経営のあり方をリアルに想像出来るかどうかは、成功率に大いに影響するのではないかと思います。   僕は、創業の時にこんなことは一切考えず勢いだけで突っ込みましたので、実に多くのしなくてもいい苦労や失敗をしました。後知恵になりますが、多くの困難は回避可能だったと思います。実際、この文章を読んで「ではどうしたらいいか」については皆さんもかなり思い浮かんだのではないでしょうか。   初めての起業に挑む方は、本当に何もかもわからないと思います。しかし、断片的なものでもいいので情報を集めて、想像力を働かせることはとても大事だと思います。もう少し多くの想像力を働かせることが出来れば、そして起こりうる事態に対しての備えを作っておけば、僕にも違った未来があったかもしれないと未だに思います。後悔は尽きません、おそらく一生この感情はついて回るんだと思います。   どうか、皆様悔いの無い起業を、そしてあなたの成功を心からお祈りします。やっていきましょう。     ...

  創業期の英雄、起業のコア人材 皆さんの会社には「英雄」が存在するでしょうか。創業期の会社には、大抵の場合、英雄が存在すると思います。この人抜きにしてこの会社はない、ある個人の能力、あるいは人脈、そういうものが会社経営に圧倒的に寄与したという話はどこの会社にもあると思います。   創業期というのは大抵の場合、あらゆる業務が属人的です。当たり前ですね、最初から儲けのシステムが完全に出来上がっている会社なんてものはまずありません。プレイヤーの戦力こそが創業期の会社における強さそのものなのですから。その環境からは必然的に英雄が発生します。   創業時、あるいは創業後の中核メンバー集めの際、創業者であるあなたは間違いなく「儲けを生む人間」、あるいは「自分の能力的欠損を埋め合わせてくれる人間」という基準でメンバーを選んだと思います。少なくとも、合理的な(合理的であるということは必ずしも良い結果を生むわけではありませんが)創業者であればそうするでしょう。その結果、あなたの人選はドンピシャに当たった。あなたの選んだメンバーは八面六臂の大活躍を果たし、会社は大きく成長した。そういう美しいお話は結構あります。素晴らしいですよね、あなたも創業者として大変、鼻が高いでしょう。   しかし、美しくない話がここから始まります。会社が上々の収益を上げているとなると、当然規模を拡大したい、そういう話になります。しかし、規模の拡大を志向するとなると、業務の属人性を解除し、プレーヤーの能力に依らない収益システムを構築する必要が出てきます。英雄の異能で利益を上げる限界が来たから人を増やすという話になったわけですから。   業務のマニュアル化とノウハウの言語化とシェア、そういうことが必要になります。また、そろそろ創業以来ハチャメチャだった就労環境も整えなければならないでしょう。人を雇うということは、雇った人が会社に残ってくれる環境を作らなければならないということです。ハチャメチャに耐え、狂ったモチベーションで前進してきた創業メンバーの時代は終わり、会社というシステムを組み上げる時代がやってきます。   これを、僕は「創業期の終わり」と呼んでいます。業種や業態にもよりますが、従業員が2桁に到達するころには、嫌でもその辺は考えなければならないでしょう。創業期の終わりはとても悲しい季節です。これまで、個人の異能と裁量を丸投げした意思決定の速度で前進してきた会社を、ルールとシステムの中に落としこむ必要が出てくるのです。ワーカホリック達の楽園、永遠のような文化祭前日は終わりです。社員の数を増やすということはそういうことです。創業メンバーだけで回していた頃のようなハチャメチャは、規模が大きくなってくるとそうそう通らない。(たまにネジ通す会社もなくはないですが・・・)     ↓こちらもおすすめ↓ 「起業失敗の話。起業を志す皆さんに敗残者からお伝えしたいこと」     創業期の終わりに。英雄頼りの会社経営から抜け出す理由 もちろん、この段階で事業の拡大を止めるというのもありえなくはない選択肢です。実際、十分な利益をあげ、大きな成長余力を有しながら、それでも従業員の数や事業の規模を頑なに拡大しない経営者は存在します。彼らは正に勝利者です。自分の会社の最も居心地の良い大きさを見つけ、後はそれを守っていくフェーズに入った人たちです。規模を志向しなくとも十分な利益が取れて、かつ社内の人間や出資者がみな満足するだけ配分できる会社にのみ許される最高の贅沢です。   しかし、出資を受けて創業した人間がここで立ち止まるのは余程理解のある出資者に恵まれていない限り、難しいでしょう。また、社内の人間が「成長を止める」という判断を呑んでくれるとは限りません。「ふざけるな、ここが上限なら俺は辞めるぞ」そういうことになります。この段階で「英雄」たるプレイヤーに抜けられることは、即ち事業の破綻、そこまで悪くなくとも大きな収益の減少を意味することは言うまでもありません。   余談ですが、社員数人くらいだけど羽振りのいいあの社長、実はすごい人なんですよ。会社経営において「成長を止める」という判断は恐ろしく、難しいものです。まず、自分自身が止まれない、自分が止まれても出資者が許さない、出資者が許しても社内の人間が許さない、そういうことです。銀行も金を貸しに来ます、社長ならやれるという声がどんどんかかります。新規の出資希望者だって列を成します。それでも、それら全てを振り切ってその場所にとどまったのが、「小さい会社の儲かっている社長」です。社長自身がスタープレイヤーであり、同時に会社のオーナーである場合が多いですね。このようなゴールを目指すなら、是非その形を作りましょう。   しかし、多くの人は成長余力のある限り拡大を目指すことになると思います。仕方のないことです。創業の仕方によっては宿命付けられていると言っても過言ではないこともあるでしょう。出資者は利益を求めます、従業員は給与を求めます、そしてあなたは栄光を求めるでしょう。となれば創業期は終わるしかないのです。もっと儲けるためには、英雄の異能を会社の仕組みに落とし込んでいくしかない。英雄頼りの経営を抜け出さねばならない。拡大するしかない。そして、もちろんコンプライアンスと労働環境だって整えていかねばならない。 英雄の時代、輝かしき創業期 話をわかりやすくするためにラーメン屋のチェーン展開のお話をしましょう。   あなたは、1人のとてつもなくラーメン作りが上手い人間(仮にAとしましょう)を役員として迎え入れて、1軒目のお店を見事大繁盛させました。Aはとてつもなく職人気質で仕事に一切の妥協はなく、1日14時間鍋の前に立ち続け、会社に大きな利益をもたらしました。ラーメン屋は当たると大きいのです。お店の前に行列は絶えず、店舗運営以外の実務一切を担当していた社長のあなたは鼻高々です。最早あなた自身が店舗に出てホールや調理補助をやることもありません、人を雇えます。14時間働いた後に社長業をやる地獄からも開放されました。次から次へとメディアの取材も押しかけるでしょう。最初の挑戦は大成功でした。   さぁ、2号店だ。あなたは考えます。今度は資金にも余裕がある、銀行もノリノリで貸してくれた。物件情報も内装についても厨房器具も什器も勝手はすっかりわかっている。協力者もたくさんいる。2軒目の店舗は大抵の場合、1軒目より遥かに効率よく作れます。もちろん、ラーメンのレシピも明文化済みです、難解な火加減などもあなたはAに付きっ切りで習得しました。Aは純粋なる職人肌で指導が出来るタイプではないので、新人は2ヶ月ほどAの下で研修させた後、すぐ2軒目に投入しました。新人は二人とも経験者でしたし、レシピさえあれば何とかなるとあなたは判断したのです。   研修の後、Aは新人に対して「1日14時間ぐらい働く根性がない奴に勤まるのかよ・・・」などとグチグチと文句を言っていましたし、新人からは「Aは最悪だ、社長の指示をまるで守らない、無茶苦茶に働かされた」という声が上がりましたが、気にしていられません。「まぁまぁ、2号店に移れば大丈夫だよ、君たちが主役だ」などと宥めて進めるしかありません。なにしろ、2軒目の店舗は出来上がっているんですから。   2軒目も大成功でした。新人1号と2号はなかなかの働きぶりを見せ、1号店を上回る利益を叩き出しました。もちろん、1号店も相変わらず大繁盛です。あなたの下には大量の利益が転がり込んで来ました。ここで、リスクを取って二人同時に正社員を入れたのが英断だったことがわかります。新人2号を次の店舗に投入すれば、すぐに3号店が開店できるのです。そのようにして、あなたは気づけば5店舗のラーメン店を持つ一端の実業家になっていました。あなたの店舗展開能力は確かだったのです。新商品の開発などはAが引き続き担当しました、それらも次から次へとヒットしました。ラーメンを開発することに関して、Aは正に天才でした。ベースのスープにも度重なる改良を加え、お客様を飽きさせない多様な味を作り上げることが出来ました。   ここで問題が発生しました。マネジメントの手が足りないのです。飲食店というのは放っておけば利益を産む魔法の箱ではありません。所詮は人間が運営するお店です、監視を緩めればすぐに従業員はスープの煮込み時間を短縮し、掃除をサボります。最悪の場合売り上げを引っこ抜きます。スープを水増しし、麺の本数を少々いじればそんなことは簡単に出来ます。架空のアルバイトをでっちあげることさえあります。帳簿だって任せきるわけにはいきません、仕入れ先からリベートを抜いていないかもチェックする必要があります。マネジメントや業務オペレーションが上手く回ってない店舗にはあなた自身が乗り込んで指揮を執る必要もあるでしょう。あなたはついに限界に達しました。   そこで、あなたは管理職を一人雇うことを考えました。しかし、そこにAからの異議が上がりました。自分がいつまでも現場にいるのはおかしい、現場の人間を増やした上で自分に管理職を担当させろ、店舗運営のことなら自分が一番わかっている。何より、ラーメンを俺より上手に作れるわけでもなく、まして社長でもない、ぽっと出の人間に管理されるのは我慢ならない。Aはそう主張しました。あなたは呑むしかありませんでした。確かに、筋をいえばその通りなのです。Aは金だけで動く人間ではありません、仕事の充実感がなければ最悪退職してしまうことさえ考えられます。   結果としてあなたが2店舗の管理、Aが3店舗の管理を行うこととなりました。あなたも社長業が忙しくなっていたのです。新店舗の展開もやらなければなりません。まだまだ成長する気は満々です。逆にAは1号店の運営から解放され、十分な時間的余裕が確保されました。分業体制の始まりです。あなたは口を酸っぱくしてAに言いました、労働法規を守れ、コンプライアンスを守れと。あなたがラーメン作りの天才なのはわかっている、でもそれだけは頼みましたよ、と。もちろん、就業規則も作成して備え付けてあります。Aには遵守する、という旨の念書さえ取る徹底をしました。   こうして経営の第2フェーズが始まったのです。     ↓こちらもおすすめ↓ 「「労働者は強い」僕が体験した、創業期における従業員の話」     英雄の反乱、会社経営の失敗 嫌な予感はしました。そして、それはもちろん当たりました。数ヶ月とたたずAの管理する店舗から、離職者が出始めたのです。客足は落ちていません、むしろ増加しています。従業員に支払う給与だって、業界水準から見ればまずまず以上に設定しています。福利厚生だって飲食業界としては高い水準です。なのに、離職者は発生してしまいました。あなたは大慌てで退職者に話を聞きました、結果としては「Aの業務における要求水準が高すぎる」「Aにマネジメント能力がない」「Aが業務コンプライアンスや労働法規を一切無視している」ということが伝えられました。   いや、正確に言えばこれは完全な事実ではありません。Aに何があろうと付き従うという人間も出てきていました。Aは半ば意図的に従業員の精錬を行っている節さえ感じられました。何があろうと自分に付き従う、能力の高い人間だけを残す。そういう意図が感じ取れました。もっともAは論理的な人間ではないので、そのような意図が言語化されているかはわかりません。それしか仕事の仕方を知らなかったのかもしれない。実際、彼が修行してきた場所はそういう環境だったのでしょう。   しかし、これは看過できません。Aは退職した従業員の穴を自ら働き、また自らに付き従う従業員に働かせて埋め合わせてはいましたが、完全に違法操業です。あなたは次々と辞めていく従業員から発生する問題を何とかお金と説得で解決し、求人を打ち、それでもまた辞めるという地獄に疲れ果てました。   しかし、この会社の責任者はあなたです。あなたは去っていく従業員から受ける批判と罵倒に何一つ反論出来ません、裁判を起こされたら矢面に立つのはあなたですし、労基署に怒られるのもあなたです。このままの状態では店舗数を増やすことも出来ません。成長が止まってしまいます。出資者からは新規店舗はどうした、利益は上がっているんだろう、という矢の催促が突き刺さります。悪いのは全てあなたです。経営のコントロールを失った社長に弁解出来ることがたったひとつでもあるでしょうか?   Aとあなたは何度も何度も交渉を重ねました。我々は会社組織だ、法を守らねばならない。従業員は必ずしもあなたの満足のいく能力を持っているとは限らない、それでも育てなければ利益は出ないし事業拡大も出来ないのだ、と。実際、採用して僅か2ヶ月の研修を経た人材が十分に店舗を繁盛させているではないか、と。しかし、Aは納得する素振りを見せても行動には移しません。売り上げは落ちていませんが、利益率はじわりじわりと下がり続けていました。当たり前です、従業員が定着しなければ人件費と求人費用は果てしなく嵩むのです。従業員の配置転換やローテーションなども試してみました。しかし、結果は同じでした。   また、経営方針の食い違いも大きくなってきました。あなたは言います、業務を効率化しよう、そろそろセントラルキッチンを検討してもいいのではないか、あるいは具材の調理を外注しても良いのではないか。いくつかの会社には話をもう振ってある、味見をしてみてくれ、私の味覚では十分な品質であると感じられる。しかし、Aは拒否します。全て手作り、店内自製、そうでなければうまいラーメンなど作れないというのがAの信念です。実際、この言葉には説得力があります。このラーメンチェーンを推進させてきた原動力がまさにそれなのですから。   そして、あなたはついに決断しました。Aを現場に戻す、もちろんしっかりと支払っている役員報酬はそのままで、あるいは現場に戻ることさえしなくてもいい。商品開発と店舗を見て回って味見と監視するだけの立場でもかまわない、あなたはラーメン作りの天才ではあるけれどマネジメントの能力は無い。それを受け容れろ、経営判断としてあなたにマネジメント業務を続けさせることは出来ない。言うまでもなく、AとAに付き従う人間たちは納得しませんでした。このようにして、戦争が始まったのです。   あなたの管理する2店舗の掌握は問題ありません、しかしAの管理する3店舗の軸となる従業員は、既にA派としてあなたに反旗を翻していました。Aを解雇するのであれば、我々も退職する。彼らはそのようにあなたに宣言しました。せめて2店舗にしておけば・・・今更、後悔しても遅いのです。また、Aをメディア向けの顔としていたのも不味かった。あなたは社長業として黒子に徹していたのです。業界知名度は圧倒的にAが勝っている、Aは最早業界の風雲児として揺るがぬ評価を獲得している。Aが大量の人員を連れて離反するのは大いに可能なことですし、それは会社の信用を途方も無く貶めることでもありました。   さぁ、あなたならどうします? 会社経営の手綱を放さないために、みんなで幸せになるために このお話は僕の経験を大きく膨らませたフィクションですが、往々にしてある話です。こういった戦争を経ていない会社の方がむしろ少数ではないかと思うくらい、あちらこちらで起きていると聞きます。このお話はコンプラインスや労働法規の話と、創業期の英雄の反乱がまとめて描かれているので複数の論点が混ざっているのですが、これがまた実によく発生するワンセットなのです。残業を減らし、コンプライアンスを徹底させ、業務を最適化する際の最大の障壁は大抵の場合、現場の人間そのものです。   要素を単純化するために、Aの持ち株や出資者の影響などには部分的にしか触れませんでしたが、現実的には勘案すべき要素はまだまだ増えます。ごちゃごちゃに縺れた(もつれた)人間の紐は、実際にはもっともっと複雑になっていきます。しかし、つまるところ話はシンプルでもあります。社長であるあなたを越えかねない影響力を持つ人間が社内に出現してしまった、その結果、指揮系統が乱れ、挙句の果てに反乱まで発生してしまった。そういうことになります。   このようにして創業期の英雄と社長の対立は始まります。人間同士の利害と信念を賭けた対立が話し合いで解決することというのは、本当に稀です。そして、この問題を起こさないための土台作りや設定は、創業初期にしか出来ないことなのです。そして、異能を持つ人間を雇い、己の持たざる能力を補完するという「人を雇う」ことの最大の利点は、そのまま欠点でもあるのです。その欠点は往々にして創業期の終わりに顕現してきます。   「狡兎死して走狗烹らる」という諺(ことわざ)があります。ご存知とは思いますが、敵国を滅ぼしたら、どれほど功績のある忠臣も不要になって殺される、という意味合いの故事成語です。しかし、僕には犬を煮る側の気持ちが痛いほどわかります。もちろん、創業の英雄を煮殺すのは褒められた話ではありません。創業メンバーがいつまでも円満に、お互いの能力を認め合いながらやっていければそれは間違いなく最高です。しかし、そうはならないこともある、むしろそうならないことの方が多いということを創業者は覚えておく必要があると僕は思います。僕も覚えておくべきでした、心から後悔しています。   この話はちょっと見ただけで幾つもの失敗が見て取れると思います。あそこをああしていれば、こうしていれば、皆さんもすぐに思いつくでしょう。しかし、断言してもいい。創業と拡大の熱狂の中でそれを考え、備えられる人はそれほど多くはありません。まずは、いつまでもメンバーがお互いを認め合っていける仕組みづくりを、そしてそれが上手く運ばなかった時のこと、あなたの最もやりたくないプランについても十分に考えておくことを薦めます。起業する人間なんてのは往々にして夢見がちな理想の高い人間です、功績ある創業メンバーに自ら引導を、それも計画的に渡すなんてことは考えたくもないと思います。   しかし、それでも僕は考えておいた方がいいと思います。もちろん、僕が底抜けの無能であった可能性も大いにあります。むしろ、結果を見ればその通りでしょう。あなたはそんなこと考えなくても上手くいくのかもしれない、いや、むしろそんなこと考えない方が上手くいく可能性だってもちろんあります。しかし、この敗残者の無様なお話をちょっとだけ、頭の隅に残しておいていただければ僕も多少は救われます。人生は残念なことにまだまだ続くので、僕もまたやっていきます。   長い長い文章の読了ありがとうございました。     ...

  経営者の夢 経営者の夢というのはいつの時代、どんな場所でも大体明確です。「給料のいらない従業員」「無料の労働力」これに尽きます。「絶対に儲ける方法」について考えていくと、「まぁ人件費ゼロなら間違いなく儲かるよね」という結論が必ず出てくるわけです。   仕事というのは、お金を介した労働力、ないし労働成果の奪い合いゲームという色が大変強くあります。安い対価で高品質な労働力、あるいは労働成果を手に入れることが出来ればその時点で大体勝ちなのです。しかし、もちろん経営者の「タダの労働力が欲しい」という強い気持ちを実現させるわけにはいきません。そういうわけで労働者は保護されています。経営者があんまり気持ちを前に出しすぎると、「違法ですよね、それ」という話になるわけです。   社会に怒られます。社会が怒ると怖いので経営者は「この辺までは大丈夫な気がする」と思いながら進み、たまにガッツリ怒られます。あ、流石にあそこまでやると怒られるのか、みたいな知見が発生します。   しかし、一回起業してしまうと個人事業主であれ法人であれ、「この対価でこの働かせかたはダメ」みたいな保護を受けることは一切出来ません。「その仕事を受けたおまえが悪い」という世界観になり、誰一人同情してくれないのです。赤字の仕事を受けざるを得なかったことくらい誰だってありますよね。法に守られた労働者の世界観と違い、フリーランスや経営者の世界はより露骨な奪い合いです。当然ながら、「奪うテクニック」もどんどん洗練されていく。市場参加者同士の奪い合いが飽和したら、当然「新規参入者から毟ろう(むしろう)」という世界観になっていきます。「起業しよう」あるいは「独立しよう」と思い立ったこと自体が既に落とし穴、ということもあるわけです。今日はそんな話をしようと思います。   今日はわりと込み入った話になってるので「まとめ」はありません。結論だけ理解しているとその結論からズレたものが来た時、対応できないので、そんなのむしろ読まない方がいいと思います。 起業とは・・・誰もあなたを止めてくれない 別に皆さんを不必要にビビらせたいわけではないんですけど、起業というのは割と危ないです。というのもですね、「起業」とか「独立」みたいなキラッキラした単語をエサに人間を沼地に引きずりこんで骨までしゃぶる皆さんというのは結構存在しています。具体的な名前を出すと訴状が飛んで来て後頭部に刺さりそうなので具体的な話は避けますが、ネットワークビジネス系の皆さんも最近は「起業」とかそういう単語を使うみたいですね。ブログ飯界隈もわりとそういう匂いがしますが、僕の鼻が間違っているのかもしれません。わからん、なんもわからん。   雇用関係も持たない個人に商品を卸してノルマを課して売らせるという経営者の夢みたいな状態を作り出す皆さんは大変賢いと思います。契約社員ですらない、「非契約社員」みたいな状態で人間を使いますからね、彼らは・・・。   で、まぁこの話題は危険が危ないのでこの辺にしますが、例えば、「俺は起業するぞ」と心に決めて知人の経営者にアドバイスを乞いに行くとするじゃないですか。「やめとけ」と言ってくれる人って実際少ないんですよね。大体の人が「リスクはあるけどやりたいならやったらいい、応援するよ」って言ってくれると思います。逆に、顔を真っ赤にしてやめろと言ってくれる人がいたらその人は心からあなたを心配する良い人です。あなたにマトモなこと言ってくれる可能性が高いのはその人ですね、大事にしましょう。   というのもですね、まぁ起業なんて95%以上が失敗に終わるんですけど、それでも起業しようとする人間に「やめろ、失敗するぞ」って言ったら嫌われるんですよ。わざわざ嫌われたい人間もいないじゃないですか。そして、その人がなんかの間違いで成功しちゃった場合「俺の成功を信じなかったバカな経営者」としてあれしてしまうという可能性もある。   それに引き換え、とりあえず起業さえしてくれれば何らかの方法で利益を抜ける可能性も出てくるわけじゃないですか。正直なところ、起業相談された場合の答えなんか「やったらいい、出来るなら協力はするよ」しか無いんですね。それが一番損をしない選択肢なんです。正直なところ、起業家なんて日常的にガンガン破滅してるわけですし、特に思い入れもない新規創業の若者が一人や二人吹っ飛んだところで、どうということはありませんからね。ペットのヤマトヌマエビが死ぬ方が悲しいですね。それくらいで悲しんでいたらやっていけない。   あなたが「会社を辞めて起業する」と言い出した場合、周囲の人間はとりあえず反対すると思います。でも、それも一定ラインまででしょう。だって、起業のことがわかる人間なんて普通のサラリーマンとして暮らしていれば周囲にはそんなにいません。説得力のある反対をすることも経験がなければ難しいです。そして、起業のことがわかっている人間ほど良い笑顔で「やったら?」って言うと思います。僕だって破滅的な創業計画を見せられても仏像のような笑顔を浮かべて、「頑張れ」って言いますもん。どうせ止めても止まらねぇし。下手なこと言ったら怒り出すし。知らねーよ。そして、この哀れな若手起業家の姿は数年前の僕そのものでもあります。   「非契約社員」の作り方、マーケットのなまはげ 例えばこんなことを考えてみましょう。あなたはなんらかの事業をやっていて、最近人手が足りないなー、需要に供給が追いつかないなー、機会を損失しているなーと思っています。まぁ、これもまた具体的な話をすると色々危ないので、商品Aの製造販売をしているということにしましょう。商品Aの生産量を増やすには、設備投資をして従業員を増やすしか基本的にはありませんよね。   でもあなたは思います「自分で設備投資するのはリスクもあるし従業員を増やすのも怖いな」と。「なんとかリスクを限定的にした上であわよくばコストも抑え込めないかな」と。そこにフワっと現れたのが「起業したい!」という若者B君です。B君はあなたと同業の会社で従業員として働いているので仕事の知識も経験も持っています。ただし会社経営や起業の知識はほとんどありません。だからあなたに教えを請いに来たわけですね。   あなたは思います、「あれ、こいつに創業させれば早くね?」と。「資金つけてやって創業融資の引き方もコーチしてやって、人雇わせてガンガン仕事振ればいいよね、経営権も握れるし、ずっと利用出来るな、しかも創業資金以上に損が膨らむこともないし、従業員への責任もB君持ちになる」   これが王道的なデス起業パターンです。もちろん、子会社として下請けから創業するのが必ずしも悪いと言ってるわけじゃないですよ。こういうところから始まって羽ばたいていった会社だっていっぱいあります。ただ、こういう形で起業する以上、初期設定やその後の立ち回りを間違ったら「食われる」ということはわかりますよね。   実際、こういう形を目指して「起業したい若者はいねがぁ」と言いながら市場を歩いているなまはげは結構います。起業するのにはこういう妖怪と出会うのが一番早いと思います。迅速確実に創業出来ますね。その後のことはわかりませんけど。   また、「ド素人でもそこそこの能力があれば起業させて下請けとして稼動させられるようにする」ノウハウを持っている人というのも存在しまして、ここまで行くと冒頭で触れた「非契約社員」という単語が再びフラッシュバックしてきますね。「個人事業主として仕事を受けさせて便利に使う」というのは某大手飲食チェーンなどでも採用されていたソリューションですが、こちらの場合、創業する人間にオウンリスクで借金をさせることも可能になるので大変戦略の幅が広がります。借金の保証人に親兄弟をつけさせればパーフェクトですね。逃げられないから。「仕事を受注出来ることが確定している、発注する側からの目論見が提示される」という強みがあればお金も引っ張りやすいですし、資金計画も書けますからね。   昔出会った人間がこのようなことを言っていたのを僕は鮮烈に覚えています。以前のエントリでもちょっと触れた話ですが「高い能力を持った人間を一年社員として拘束しようと思ったら、俺みたいな零細企業経営者なら安くて600万はかかるわけよ。でも、『1000万円出してやるから起業しろ、仕事も回してやる」って言えばいい大学出て良い会社に勤めてた若者が向こうから来るんだよ、そりゃ良い話だよな、どんどん起業させてやる』とのことでした。   起業のチャンスが到来している皆さん、大丈夫ですか?皆さんの出資者はどういう目論見であなたに金を出そうとしていますか?本当にそれは「起業」ですか、あなたを「非契約社員」にする目論見ではないですか?   「創業資金をつけてやる」「仕事も回してやる」「何なら創業期のサポート人材も貸してやるぞ」「取引先も紹介してやる、俺の口利きなら良い条件で取引出来るぞ」「心配するな、全部段取りはやってやるから」そういう話の前で悩んでいる皆さん、多分このエントリ読んでる人の中にもいると思うんですけど、よーーーーーーーく考えた方がいいですね。   ただ、必ずしも「やめろ」って言ってるわけじゃないんですよ。資金がついてきて仕事が回ってくるというのは、やはりチャンスでもありますし、後はどのように人間と渡り合うかというだけの話になります。   あなたは元気な身体とやる気だけ持ってきてくれればOK!この起業パッケージプランに全部お任せ、みたいな話はわりとあります。そういう話に飛び乗る時は色々考えた方がいいですね。繰り返しますが「乗るな」って言ってるんじゃないですよ。罠の中に餌が吊るされているなら罠を作動させずにエサだけ引っこ抜くことを考えるのは当たり前です。   また、出資する側と起業する側に双方利があるという形態は皆が幸せになる理想形とも言えます。このバランスが著しく崩れていて、しかも止めることが出来ない状態にさえならなければいいわけですよ。それだけのことです。 捕食者としての起業家 ここまで、「起業家がやっていこうとした結果食われる」というお話をしてきましたが、このような捕食妖怪を逆に食ってしまう起業家というのも存在します。まぁ当たり前です、「嵌める方法」が洗練されていけばカウンターの手法も当然出てくる。これを読んでいる皆さんも、「そういう前提ならあれをあれすればああなるな」という考えが幾つか浮かんでいるんじゃないでしょうか。その発想はとても大事です。   「罠がある」という前提さえ踏まえていれば、人間は賢いのでそれなりに対策を思いつくことが出来ます。ところがね、「資金!誰か資金つけてくれ!」って走り回ってるときというのは、わりと人間は弱いんです。人間を嵌める技というのは、「そんなの見抜けねえよ」みたいな高度な技という場合はそんなに多くなく(たまにはそういうのもありますけど)判断力の低下した状態の人間を、冷静な判断力さえ有していれば見え見えの落とし穴に誘導するというのが基本です。多重債務者になると「お金借りない?面白い金利で」みたいな連絡がいっぱい来ますよね。そういうことです。   創業して儲けるということは、法に守られない奪い合いゲームの中で勝ちあがっていくということです。「奪う権利」が与えられる代わりに、労働法規などの「奪われない権利」が失われるわけですね。その中で初めての創業に挑む人というのは、圧倒的に一番弱い存在です。経験がない以上、頼れるものは想像力しかありません。   「やれば出来る」ことは必ず誰かがやるのが市場という世界です。存在を想定出来る悪魔は必ず存在します。というか、ごく普通の経営者であっても「あ、これ儲かるな」と思った瞬間に悪魔に化けます。とはいうものの、それはあくまでルールの中で許容された立ち回りであって、「悪」ではないんですよ。強いて何が悪いかといえば、そんな状況を作り上げてしまった方が悪いんです。自戒も多分に含めてですが。   起業というのは、往々にして「先行事例」みたいなものがあまり見つかりません。「出資者からいい条件で金を引いてなるべく株を渡さない方法」とか書いた本はありませんし、「子会社として創業して親会社から利益と経営イニシアチブをぶっこ抜く方法」について書かれた本も(多分)ないと思います。各自やっていくしかないわけですよ。「株の10%で1500万引けたぜ」という人もいれば、「60%渡さないと1銭も出てこない・・・」というパターンもあります。   一回やっていって派手に失敗すればこの辺はわりと身につくわけですが、皆さんもちろん「起業に失敗してドブの底に叩き落される」なんて経験はしたくありませんよね。ドブの底に落ちるタイプはまだよくて、「なんで俺はこんなことしちまったんだろう・・・」って思いながら働いてる人もいっぱいいると思います。「仕事?いつでも辞めていいよ。次の代取が会社コカしたらおまえの実家売られるけど」みたいな悪夢のピタゴラスイッチが発生することもたまにはあるんですよ。   そういうわけで、今日はそんなお話でした。僕はいつも皆さんの成功を心から祈ってます。やっていきましょう。     ...

  ニューアキンドセンター様で書かせていただくのも今回で3回目になりますが、1回目2回目と失敗談ばかりだったので、今回はちょっと失敗談ではないものを書かせていただきます。本日は「出資者」の話です。僕の起業で成功と呼べるのはここだけじゃないかと思うところもあり、本当に出資者には恵まれました。お陰でまだ生きています。   この辺の話は今まで以上に個別性が高く、100人の起業家がいれば100通りの創業資金調達方法があるとは思うのですが、とりあえず僕の経験からの話になります。僕の創業は何の実績もない人間が資産家を口説いて金を引っ張ったというだけの話ですが、周囲の創業事例を見るとわりとよくあるパターンのようです。何かのご参考になれば幸いです。 出資で起業するか自己資金で起業するか そもそもの話ですが、ベストは100%自己資金による起業です。出資者なしでやれるならそれがベストなんです。全て自己の裁量でやれますので、完全に自由な経営が可能になります。もちろん(誰にも株を渡さなかったとすれば)創業者利益も総取りになりますね。融資なども受けずに済むなら正にパーフェクトと言えるでしょう、返済も利払いもキツいしこれが一番いいですね。まぁ、世の中そんな都合の良い話はないんですけど。そんな金持ってて起業する意味があるかと言われたら微妙ですし・・・。   現実を言えば若手起業家が数百万~数千万の資金を完全な自己資金で用意するのはかなり難しいです。かなりの一流企業にお勤めのところからスタートでも、20代で真水の1000万を用意するのはそれなりにキツいですね。また創業融資などもある程度タネ銭がないと借りにくいです。出資金は返済義務のない資金ですので、そういう意味ではリスクが低いとも言えます。現実的なところを言うと、出資金と会社名義での借り入れを組み合わせて創業資金を作り出すのが一般的な段取りになるのではないでしょうか。出資100%なら返済義務がないので理想ですが、色々考えるとなかなかそうもいかないのが世の中の厳しいところで。   出資者の立場になって考えてみてください。それこそ「代表取締役が会社をブン投げて物理的に逃げた」という事態だってあり得るわけですよ。というかよくあるわけですよ。本当に社長というのはよく失踪する生物です。「おまえもリスクを負え、最後まで逃げない保証をつけろ」とは言いたくなるじゃないですか。(それでもわりと逃げるんですけど)創業融資は代表取締役が連帯保証人になるとちょっと金利が安くなったりしますので、この辺を負わされることが多いでしょうね。もっとシンプルに出資と融資を組み合わせてくる場合も多いと思います。   出資者と創業者の株式の配分に関しては、双方が納得するまで徹底的に話し合っておくべきです。少なくとも、「株式は100%出資者のもの」と主張する出資者の下で起業をするべきではありません。株式を一切持っていない創業者ですが、単なる定額働き放題プランですね。おまけに会社の借金の連帯保証人なんかになっていた場合逃げることすら出来ません。労働法規にも守られないのでほとんど奴隷です。まさかそんな条件で起業する人間がいるわけがないと思うじゃないですか。結論だけ言うとたまにいます。ここまで派手なアレじゃなくても序盤でこの辺が甘かったがために残酷なことになる事例はわりとありますね。   ある程度の自己資金を入れたり、会社の借り入れの連帯保証をしたり、あるいはプレイヤーとしての自分の必要性などを担保にして、納得できる割合の株式を創業者として獲得しておくことは最低限必要になります。この創業者として得られた株式ですが、将来的な創業者利益の担保であるとともに、自社内における今後の対人交渉、役員や従業員などに対してのとても強いカードでもあります。というか、代表取締役が切ることの出来るカードって本質的に金とこれしかないんですよ。   出資者はよく選ぶことを薦めます。極端な例ですが、出資を受けて創業してしばらくしたら、出資者が反社の人だったことがわかった、なんて事例ももちろんあります。きちんとビジネスプランに共感と理解があり、将来の夢と展望を共有できる、社会的に問題のない出資者を選びましょう。出資者の金の出所が不明なんてのは論外です。「気づいたら反社のフロント企業経営者だった」って話はですね、なくもないんですよ。経営が傾いたら彼らが寄ってくるのは有名な話ですが、創業からそもそも終わっていたパターンもあります。そして、しっかりと話し合った上で適切な配分で株式を受け取りましょう。何をもって適切とするかの根拠については、自分自身で考えるしかありませんけれど。   メイン出資者を選ぶチャンスは創業初期にしかありません。「出資者を選ぶのは自分だ」というつもりで出資者探しをするのがいいと思います。悪魔のような出資者ももちろん存在します。「良い大学出て良い会社に入った若者を俺のような人間がマトモに雇おうと思ったら安くて年600万はかかるが、起業という形で・・・」みたいなことをやっている人間は普通にいっぱいいます。(この話はそのうち細かくしたいと思います)   まとめ   ・出資者は選びましょう、間違っても反社から資金を得てはいけません   ・創業時の持ち株の比率は納得いくまで話し合ってください。議決権などの概念はよく勉強しましょう。初期メンバーや出資者の人数、事業の性質などによって最適解は変化します。   ・自己裁量で他者に譲渡可能な自分持ちの株式は、経営権や創業者利益の担保であるとともに今後極めて重要な交渉カードになります。迂闊に切らないようにしてください。   ・出資者に「食われる」ケースもそれなりにあることは頭の片隅に入れておいてください。 出資者の探し方 「お金を持っており、かつ事業に投資したい人」を探して、自分の事業計画をプレゼンするだけの簡単な作業です。僕は大学在学時代から果てしなく出資者を探し続けていたので、起業を具体的に考え始めた時には出資者の目処は大体ついていました。それで、「なんで僕に投資したんですか?」と出資者に尋ねようと思ったんですが、現在のザマでそれを尋ねるとかなり重苦しいことになってしまう気がしましたので、なんとなく予想してみることにします。そのうち風向きが良くなってきたら答え合わせをしましょう。   儲かりそう、と思わせる事業計画 これは基本かと思います。あくまで「儲かりそう」であって「儲かる」ではないのがポイントです。「絶対に儲かる事業計画」が仮に存在したとしても、出資者が「儲かりそうだな」と思ってくれなければ無意味なんですよね。僕は作図やパワポなんかはまるでダメですが、文章と喋りにはそこそこ自信がありましたので、これはそんなに苦労しませんでした。たぶん、これは狙う事業や個人のキャラクター性によってもやり方の正解が違うと思うので、とりあえず色んな人間に事業計画を話しまくって反応を見てみるといいと思います。(ただし、事業計画を丸パクって自分でやりそうな人間は避けましょう)それと、事業計画書は書きまくりましょう。就職活動のエントリーシートと一緒で、書けば書くほど、語れば語るほど洗練されていきますので。(実際の事業の成否とはたぶん無関係の技能ですが)   出資者のやりたいことと一致した事業計画 さりげなく非常に重要な気がします。これは地主系の皆さんであるとか、あるいは投資業で財を成した皆様にありがちなことですが、「実業をやりたいな」と考えている資産家の方はかなりの数います。でも、もちろん自分でやるのは面倒だしリスクも高い。しかし、出資する形で誰かにやらせて自分はオーナーになれば、出資した額面以上に損失が膨らむことはなく、事業に付随する各種リスクが降りかかることもない。ならやってみるか、そういう需要はこれだけ不景気の日本でもわりとあります。特に、飲食なんかは「やってみたいけど、自分でやるのは食中毒とか怖いし絶対嫌」という需要がわかりやすくありますね。「フレンチで修行したけど創業はオーナーの意向でハンバーガー屋」みたいな話もわりとある。そういうわけで、これは「事業の成功」という観点からは正しいとは言いにくいですが、「出資者に合わせて事業計画書を書く」もナシではないです。少なくともある程度合わせる柔軟性はあった方がいいですね。   出資者が「あいつに金を託した」と胸を張れる何かを持つ ぶっちゃけたところですが、資産家である出資者から見て子飼いの起業家はちょっと値の張るペットみたいなものです。ワンワーン。 僕は、起業における主役は(出資を得ての起業の場合)起業家ではなく出資者・投資家だと思っているんですが、主役の皆様が気持ちよく「俺の下で会社やってる奴なんだよ」と紹介出来るだけの何かを持っておくと、必ず役に立つと思います。そういう意味で、「経歴なんか起業するなら役に立たない」という話はあんまり説得力がないと感じています。また、経歴というのは必ずしもキラキラしたエリート路線ばかりとは限らず、「地べた這い回って来たぜ」みたいな現場アピールするラッパーみたいな経歴もそれはそれで強みになります。持ち味を生かしましょう、人生はいつだってそうするしかない。   直接的に出資者の役に立つ能力 出資者は事業に金を出すわけですが、出資者と起業家の関係は実際もうちょっと密接だったりしますので、直接的に出資者様のお役に立てる特殊技能があったりするとかなり出資を得やすくなります。ほら、なんだかんだ人間の懐に滑り込むのには「具体的に役に立つ」って一番早いじゃないですか。僕のメイン出資者は地主様ですが「あなたの周囲で発生するめんどくさい仕事やスジの悪いあれは全部やります、やらせてください」「やります」「やります」などのプッシュが効果を発揮しました。人間、気合いを入れればわりと色んなことが出来ますので気合いだと思います。とりあえず「出来る」「やらせろ」と言ってみる姿勢です。多少色んな人にタダ働きさせられがちになるのは経費と思って諦めましょう。   人間的共感 出資者との間にある種の共通する価値観や共鳴する理念があることがとても大事だとは思います。結局カネを出す出さないの最後の一線ってそこになってくることが多いと思うんですよ。まぁ、出資を得るためにはある意味自分を偽ってでもこれを出資者との間で作り出さなければならないこともあるでしょう。でも、理想を言えば自然な形で出資者との間に人間的共感が発生しているのが一番良いですよね。僕がこうして大失敗しても未だに僕の出資者は僕に良くしてくれています。これは、やっぱり人間的に共感出来る部分があるということが大きく、そういうところが確保出来ていると理想だと思います。それだけに何とか恩は返したいですね・・・。頑張ります。次は上手くやります。   まぁ、こんなところかなぁと思います。とにかく色んなところを駈けずり回って、お金を出してくれそうな人に会ったらゴリゴリプレゼンをする。いつ、いかなるタイミングでも、口から事業計画が(それも可能であれば出資者ごとの特性に合わせてある程度カスタマイズされたものが)溢れ出るくらいまで高めて人生を送ることが重要なのではないでしょうか。僕のそう長くはない人生でも、これで複数の出資者候補は確保出来たので、多分やればできるのではないかと思います。こないだも「1億貸そうか?」という話がインターネットから転がって来ましたし。(どうなるかわかりませんが、今度一回お会いしますかという話になりました)   「事業に投資したい資産家がいる場所ってどこだよ」というお話ですが、流石にそれは自力で見つけてください。どっかにはいるんだから必死で探せばそのうち見つかるかもしれないですよ。流石に僕の金脈を他人に渡すことは出来かねます。僕だっていつかはもう一戦やるんですから。気合い入れて探しましょう。うまいこと見つかったら僕にも紹介してください。俺のものはやらないがおまえのものはくれ。   「起業して成功する」ことはともかく、「出資を得て起業する」というところまでは、「とにかく俺は起業をするし、儲けるし、あんたを儲けさせるし、事業プランももちろんある、俺の話を聞け」と叫び続けて人生を送ればどこかのタイミングで打席に立つチャンスが巡ってくるものなのではないかな、と思います。あとは、なるべくチャンスのありそうなところに移動していく嗅覚みたいなものも必要かもしれませんけれど。まぁ、それは各自与えられた条件の中で頑張るしかないところだと思います。こないだも「株式の10%で1500万出資受けたよ。未経験の業種で初創業だったけど」って人類と遭遇して「マジかよ」ってなったので意外とチャンスはあるんだと思います。やっていきましょう。   まとめ   ・事業計画書を書きまくる、いついかなる時でも事業計画を話せるくらいまで練る。   ・出資者の希望や性質に合わせて事業計画を書くのもあり。   ・出資者にとって金を出す理由になるだけの経歴や肩書きがあると良し。   ・直接的に出資者の役に立てる技能があると懐に潜り込みやすい。   ・人間的共感が発生していると理想的。   ・やっていきましょう。     ...

  労働者は強い。創業期人材のジレンマ。 従業員は会社に利益をもたらしてくれるとても重要な存在です。人間一人にこなせる業務の量が有限である以上、業務を拡大しようと思ったら従業員を雇うというのは有力な選択肢になってきます。会社経営というのは、つまるところ従業員に給料を払って、支払った額以上の利益を出すことですからね。従業員は利益の源泉そのものです。   その一方で、従業員のことを「労働力を販売しに来る取引先」として考えると、あまり良質な取引先とは言えません。極論をすればですが、「その日に欠勤されたら会社に大損害が出る」という日であっても、体調が悪いと従業員が主張すれば出社させることは不可能です。また、一応、法的には一定期間を経た後でないと退職できないというルールは無くもないですが、本人が「就労不可能である」と宣言すれば、会社に引きずり出すなんてことは一切出来ません。そして実体験ベースで言いますが、わりとバックレます。(これに関しては別に訴訟起こしてもいいんですけど、割に合わない)   創業期も半ばに差し掛かり、従業員が増え始めるとこれまで創業メンバーだけで回していた頃とは全く別種のトラブルが頻発するようになると思います。また、「人を使う」ということの難度の高さに直面せざるを得なくなります。実際ここで、「人的規模の拡大は志向しない」という方向に舵を切る経営者も少なくないです。まぁ、僕の事業はどうしても拡大するとなれば従業員を増やすしかない業種でしたので、前回のエントリに引き続いて、こちらも失敗の話になります。   労働者の権利は強いです。そして、恐ろしいことに労働者は支払いを待ってくれません。大抵の取引先は電話して事情を話してお願いすれば支払いを多少待ってくれたり(まぁ、今後は都度、現金払いでお願いしますみたいなことになることもあるけど)するものですが、従業員にはそういうことは一切通じません。遅配なんか出した日には、従業員との信頼関係は完全に終わりだと思っていいでしょう。あの状況まで追い込まれた時の従業員は最悪の債権者です。金融機関の取立てよりずっと恐ろしいですよ。また、給料を止めたまま従業員に仕事をさせるというのはね・・・。本当に何が起きるかわからない世界に突入します。   なにより恐ろしいのは、従業員に対しては「一定期間に一定量の労務を提供する、労務の提供が契約通り成されなければ違約金を支払う」というような、通常の商取引では当たり前の観念が一切通じないことです。労働者は(まぁ厳密に言えば1ヶ月程度のあれはあるけど)いつでも会社を辞められるのです。社員数人規模で事業を回している時にこれがどれほど恐ろしいことかは少し考えてみればわかると思います。   しかし、創業直後の会社に「辞めてもいい人間」なんてものを置いておく余裕があるかといえば、あるわけがありません。経営効率の面だけで言えば、全ての従業員が代わりの利かない存在であることが理想です。しかし、言うまでもなくそれは「どこが崩れても総崩れ」という状態に他なりません。更に、「自分が抜けるとこの会社は大変なことになるだろうな」ということに気づいた従業員は際限のない要求を始めます。   そういうことをしない人間を雇えばいいという話かもしれませんが、これはとても残念なことだと思うんですけど、毎日が乱戦状態で業務マニュアルなど存在すらしない創業初期に、「会社の弱みにつけこんで金を抜こうとする」程度の知恵の働かない人間では、なかなか戦力になりえないのです。状況を読み、雇用主と報酬の交渉をする。これはプレイヤーとしての優秀さの表れそのものですし、労働者としては当たり前の権利です。これが出来ない人間が優秀なわけがない。これが創業期人材のジレンマという概念です。(今考えました) 起業家と労働者の利害は一致しない そもそも、株を持っていない従業員にとって「未来の成功」なんてのは絵に描いたモチでしかないんです。今月払われる給与、それが従業員にとって世界の全てです。特に、創業したばかりの会社に株も貰えない状態で入社するような人間にとっては。創業したての零細企業なんて、3年後には存在してない可能性の方が高いわけですからね。未来の展望なんて、客観的に見たらクソほどの価値もないわけですよ。このクソほどの価値もないものをいかにキラッキラさせるかが経営者の腕とさえ言える。   創業期の会社における経営者と労働者の利害は、根本的に一致しないのです。もちろん、「従業員としての待遇を維持したまま株をよこせ!」と主張する人間も出てくるでしょう。(まぁ、経営者だって「株はやらないけど役員にならない?」って言いますしね、これはお互い様です)   従業員を雇って会社を回すということは、能力の低い使えない従業員と、能力はあるが当然要求も苛烈な従業員との終わりなき戦いです。要求されるがままに金を払っていたら倒産しますし、与えられる株の数は当然有限です。(まぁ総量を増やすことも出来なくないけど、他の株のホルダーがブチギレると思う)   かといって、有能な従業員に逃げられても大変なことになります。そして従業員に重要なポジションを任せられなければ利益はなかなか出ないですし、経営者が全く休めないということになります。その一方で重要なポジションを掌握されたら相手に交渉力が発生してしまう。「従業員が徒党を組んで全く同じ業種の別会社を立ち上げた」みたいな話だってよくあることです。取引先もノウハウも顧客も全部ゴッソリ持って他社に移られた、なんて話は最早聞き飽きたレベルですね。僕もやられました。   これはもう、模範解答の無い終わりなき戦いです。例えば、従業員Aに「辞められたくなければ俺の給与を上げろ」と脅かされたとします。仕方なくあなたは従業員Aの給与を上げました。そりゃもう従業員B、C、Dが出てきますよね。出資者(株主)も怒るかもしれませんね。他の役員たちも口々に不満を言うでしょう。そりゃね。人間、他人の給料には本当に敏感ですからね。まぁ、Aに口止めをするなどの措置はなくもないですけど、小さな規模の会社でバレずにそれをやれるかというとね…。   また、従業員は大抵の場合「自分の業務」を「自分だけがこの業務に精通している」という状態に持って行きたがります。業務ブラックボックス一丁あがりです。(これは労働者の振る舞いとしては大変正しい戦略なので、労働者の皆さんは積極的にやりましょう。僕もそうしています)「あなたの仕事を全部この人に伝授してください」という指示を出して、素直に仕事を教える従業員ですが、体感的には「存在しないんじゃね?」と思うレベルです。このようにして「新人潰し」や「課長も逆らえない現場のババア」などの概念が発生します。まぁ、でも、これもやっぱり労働者の処世術としては正しいというしかないですよね。 従業員が憎い 正直なところ、会社の規模を一定以上に拡大した後、信じられないほど従業員に対して冷酷になる経営者ですが、「気持ちはわかる」としか言いようがありません。僕だって従業員が怖くて出社拒否したい日が何度もありました。従業員を「仲間」とか「味方」とかそういう認識をするのは、余程運と人徳に恵まれた経営者以外は不可能だと思います。「タチの悪い取引先」くらいが穏当な表現で、「敵」と表現する経営者にも会ったことがあります。   彼は「自社の従業員の大半が大嫌いだし、もう少し会社のスケールを上げて収益を仕組み化したら古参の人間は全て排除する」とベロベロに酔っ払って語っていました。彼が転ばずに走りぬけたら、立派なブラック企業経営者になるんだと思います。そんな彼の会社の求人広告には「アットホームな職場」と書かれていました。確かにそういう家庭もありますね…。   何故か、わりと多くの人が「経営者は労働者より強い」と思っています。でも、創業期の会社に関してはこれは完全に嘘です。余裕で労働者の方が強いです。だって、経営者の切れるカードってせいぜい「減給」と「解雇」くらいしかないんですよ。創業したての零細企業をクビになるのが怖い人間なんてそんなにいないですよ。(たまにはいますが、そういう人間が優秀な人材である可能性は低いでしょう)   例えば、従業員10人のそこそこ儲かってる零細企業があるとしますが、ある日突然5人が辞表を出したら大惨事ですよ。普通に倒産まであります。実際、「従業員が全員辞めた」みたいな話は経営者界隈で結構聞きます。「従業員が逃げたけど、仕事止めたら違約金が・・・」って僕に電話かけてきた社長もいました。すいません社長、ちょっとブログとツイッターが忙しくてお力になれませんでした。まぁ、今の僕には動員できる人間もいないし事業もコケて顔も効かなくなったのでどの道お力にはなれなかったと思いますけど。   僕も現在は給料を頂戴する身の上ですが、改めて労働者は最高です。何せ、会社にどれだけ損害与えてもよっぽどコンプラ的なアレでなければ訴えられることもないし、最大のリスクが「クビになる」ですよ。こんなのノープレッシャーもいいところじゃないですか。ここ数年、毎月給料日は本当に憂鬱だったのですが、貰う側になると本当に楽しいものですね。最高です。そりゃ「労働者が憎い、従業員が憎い」って気持ちにもなるよなぁと改めて思いました。   そういうわけで、僕自身も創業期にある企業がどのように人材を確保しマネジメントすればいいのかについてはあまり明確な答えを持っていません。「創業者のカリスマ」とか「マインドコントロール」とか「やりがいを与え、夢を見せる」とか「零細企業でもクビになりたくないレベルの人材でなんとか利益を上げる方法を考える」とかそういう方向性なのかなぁと思います。   よく、自社の未来の展望を熱く語って社員をウォー!させてるイケてる新興企業の社長がいますが、あれ本当にすごい能力で、株も分けてもらってない社員に会社の未来の展望なんてさして関係ないし、そんなんどうでもいいから今月の給料上げろって話じゃないですか。普通に考えて。ハチャメチャに上手くいったところで、どうせ一番先に利益取るのは株主で次は経営者、従業員なんて最後におこぼれを貰う程度でしょう。そりゃ経営に食い込むレベルまで登りつめてた人は美味しいかもしれないけど。   事業拡大が上手くいったところで末端従業員の平均給料なんかそんなに上がらないです。事業拡大とともに利益率がアホほど上昇するならともかく、総売り上げから人件費に配分出来る割合なんて事業規模が拡大してもそんな変化しないんですから。事業規模がデカくなったらその分人件費も増えるわけで。しかも拡大期の採用なんてムチャクチャなんだからロスもでかくなる。まぁ、出世して給料を上げるチャンスは増えるかもしれないけど。   創業期の会社には、人間に夢を見せて非合理的な努力をさせるある種の能力が必要になるということなんですかね…。僕はどうしてもそういうのが得意ではないので、未だによくわかりません。でも、そういうことが出来る社長が勝ってますね、やっぱり。   で、起業を志す皆さんどんな感じでやっていこうと思いますか?従業員を雇って上手いことやるイメージはできましたか?「有能だけど安く働く忠誠心溢れる労働者が欲しい」って思いましたよね。でもね、それを100人単位で調達出来るならあっという間に億万長者なんですよ・・・。僕も次の事業のためにここは非常に考えているところなんですが、あまり倫理的でない手段しか思いつきません。コンプライアンスはとても大事です。社会に怒られます。やっていきましょう。    ...