「いつかは俺たちで最高の会社を作ろう」と語り合った仲間

ニアセ寄稿

 
さて、皆さん。
 
俺は起業するんだ」と主張している友人をきっとあなたは見たことがあると思います。では、その人が実際に起業を実行して仕事をしていることを見たことはあるでしょうか。「無い」という方も結構いらっしゃると思います。
 
実際、起業というのは、「やろう!」と盛り上がるのはとても簡単ですが、それを実行に移すのは決して簡単ではありません。
 
例えばこんな話です。
あなたは29歳で、友人2名と長年温めていた起業のアイディアをついに実行に移す日がやってきました。友人A氏は営業能力を、友人B氏は実務能力を持っています。そして、あなたはA、B両方にまたがった能力をある程度持ち合わせており、加えて経理もわかるオールラウンダーです。
 
この三人が創業のベストメンバーだとあなたは確信していました。もちろん、あなたが代表取締役です。3人は十年来の大親友で、「いつかは俺たちで最高の会社を作ろう」と語り合ってきた仲なのです。不安はありません。
 
資金調達はあなたが行いました。出資者を駆け回り、あなたが調達した資金は自己資金も合わせて3000万円。そこにA氏とB氏が500万円ずつを出資し、応分の株式を受け取る予定です。
 
4000万という資金量は初めての創業にはなかなかの金額ですし、これは順風満帆の創業だ。そう思ったあなたは地方勤務だった会社を辞めて東京に帰り、A氏とB氏が仕事を辞めて事業にフルコミットする体制が整うまでに会社の登記や事務所の確保などの実務をこなしていました。

A氏、離脱

さて、会社登記も事務所の賃貸契約も終わり、あなたは始動前の事務に忙殺されながらも充実した日々を送っていました。社用車も買い、会社の設備もそれなりに整えました。パソコンももちろんハイスペックなものを、椅子もちょっといいものを。コーヒーメーカーも張り込みました。なにせ、我々は新進気鋭のベンチャー企業なのですから。
 
そこにA氏から電話が入ります。電話の内容はとてもシンプルでした。「申し訳ないが、会社を辞められない」。あなたの目の前は真っ暗になりました。A氏は家族に止められただの会社に止められただの聞いても意味の無いことをたくさん述べていましたが、とにかく離反(そもそも合流すらしていないのですが)の意思は固く、翻意はあり得そうもありません。
 
これはとても困ったことです。というのも、Bが作った商品をAが売る、というのがこの創業の根幹だったからです。販路を持っているのはAです。Bには技術があっても営業能力はありません。あなたにもAほどの営業能力はありません。そして、商品というのは売り込む能力と販路がなければ1つも売れないものなのです。
 
あなたは焦りました、慌ててB氏に電話をしました。B氏はすでに会社を退職し、最後の有給をハワイで消化しているところでした。B氏もまた困り果てました。しかし、ここで二人はひっこみがつかないことに気づきます。事務所の賃貸費用は既に敷金を差っぴいても50万以上かかっていますし、備品も50万以上揃えてしまいました。会社登記にも25万ほどかかりました。流石に出資者に、1日も仕事をしていないにも関わらず金は減ったとは報告できません。

B氏の笑顔

あなたとB氏は話し合い、「新しい営業担当を探そう」と心を決めました。出資者にはもちろんダマです。というのも、このタイミングでバレた場合、出資を引き上げられる可能性が低くないからです。
 
Aの図抜けた営業力と業界への見通しは、この創業の要でもありました。彼がいなくなったとあっては、出資者も黙ってはいないでしょう。「何とかAの代わりになる人材を見つけました、A以上に優秀な奴です」という形を作る以外に生き残りの目はありません。
 
そこで、あなたとB氏は必死に人脈を辿り、業界の見通しが利き同時に高い営業能力を持つ人間を探しました。まだ事業すら動いていない会社がこんな人材を探すのは明らかに無謀ですが、それでもやるしかありません。
 
こうしている間にも事務所の賃料は嵩んでいきますし、あなたとB氏の生活費だって必要です。出資者には「現在準備を進めております」と伝え、1ヶ月ほどの時間が流れました。そろそろ出資者も焦れ始めた、という時期になってB氏が一人の人間を連れてきました。
 
「はじめまして」。仕立ての良いスーツを着て、ピカピカに磨いた革靴を履いたC氏は穏やかにそう切り出しました。年齢はあなたやB氏より一回りほど上というところでしょうか。「私は~業に~年勤め、業界での人脈と営業力を有しており、御社のビジネスプランに強い関心を持っています」。
 
実際、C氏の理解度はかなり高いもので、Bの商品の優れた点をよく理解していましたし、キャリアもどうやら本物であるようです。「この人しかいない」とあなたもB氏も感じました。あなたもB氏も突然の僥倖に自然と笑みがこみあげます。
 
そこで、C氏はこう切り出しました。「私は自社株を要求しようとは思いません。あくまでも、この事業はあなたとB氏のものです。若い方の起業をお手伝いさせていただく立場でありたいのです。私はあくまでも最初の社員という形で入社させていただきたい。
 
その代わり給与は少し高めで~くらいの額を、そして入社前に契約金として300万円を給与とは別途に前払いで頂戴したい。私も会社の近くに引越しをしたいですしね、何しろこれからハードワークが始まるのですから」白い歯を見せてC氏は微笑みました。
 
あなたもB氏も一瞬悩みましたが、これは冷静に考えるとそれほど悪くはない条件です。自社株を持たないのであれば経営に口出しされることもありませんし、あくまで社員であればコントロールも効く。何より、起業のゴールにある大いなる実り―創業者利益―を分け与えずに済みます。
 
「では、出勤は一週間後から。一緒にがんばりましょう」ひとしきり書類等を書き終えると、そう言い残してC氏は去りました。あなたはC氏に提示された口座に300万円を振り込みました。その夜、あなたとB氏は久しぶりに一杯やりました。よかった、本当に良い人が見つかって良かった。
 
しかし、C氏が出勤してくることはありませんでした。

C氏は詐欺師

C氏は詐欺師でした。あなたの会社がどのような人材を探しているのかリサーチした上で、狙い済ましてやってきたのです。それはそう、あれだけ業界を「人材はいないか!」と叫びながら駆け回っていれば、詐欺師だって寄ってきます。
 
キャリアも信用もない人間が大きな声を出して呼び寄せられるのは大方の場合、詐欺師であるということを、あなたもB氏も知りませんでした。ここで、あなたは再び悩みました。被害届を出すか否かです。被害届を出すということは、この起業が終わるということだというのはほとんど間違いないことのように思えました。
 
あなたとB氏の給与が月20万円、既に2ヶ月、80万円が消費されました。賃貸契約も償却される敷金などを計算すると80万円近く使いました。備品だって50万は使いました。登記にも25万かかりました。社用車も80万ほどかかりました。駐車場代も月2万です。
 
そこに、詐欺師に持ち逃げされた300万です。あれ?既に600万強が消費されている?なんだこれは?詐欺師の分を差っぴいてもまるで金に羽根が生えたようではないか?その通りです。創業初期、金には羽根が生えるのです。まだ1円の売り上げも立っていないのに、です。
 
ここに至って、あなたは気づきましたこれは既にのっぴきならない場所である、と。しかし、ここでもうひとつ思いつきがありました。B氏による自社株買い資金500万円がまだ会社に入っていないのです。B氏が自社株を買うということは予定としては確定していましたが、ゴタゴタ続きで契約も金の振込みも未了でした。
 
あなたは気づきます、この500万で穴を埋めればいい、Cという詐欺師を連れてきたのはBなのだから、これは当然のことだ。もちろん、持ち株については後からなんらかの手段で帳尻を合わせる、しかし出資者に粉飾報告をするための見せ金として500万を拠出しろ、とあなたはB氏に迫りました。
 
B氏はうつむいてただ一言、「辞める」と言いました。
 
あなたとB氏が会うことは二度とありませんでした。そもそも雇用契約すらまともに書式にすらしていなかったのです。風の噂ですが、B氏は元の会社に頭を下げて戻り、現在は順調にサラリーマンをやっているそうです。A氏は順調に出世し、補佐の肩書きがつきました。来年には結婚の予定です。では、あなたはどうなったのでしょうか。考えたくありませんね。このお話はここで終わりますが、「あなた」の人生はまだ続きます。

「あなた」はどうするか、それだけが問題です。

これは僕の知人のエピソードに大きな脚色を加えたフィクションです。しかし、こういうことは実際に起こるのです。詐欺師にまでは遭わなかったとしても、大きな契約、例えばコンサルタントなどとの年契約をしていた場合、それも同様の結果となります。
 
起業というのは、往々にして「始まらない」のです。しかし、始まる寸前まで行った時には大量の金が既に消尽されている。最後に残るのは借金を抱えた無職が一人、ということになりかねません。繰り返しになりますが、1円の売り上げも立っていないのに、です。
 
飲食店起業でも同様のケースがよくあります。前にも書いたかもしれませんが、僕は、1日も営業せず居抜き売却された店舗を見ました、スケルトンから作りこんだ店舗でした。また、僕の住む家の近所でも内装をバッチリ作りこんだ挙句、1日も営業しなかった店舗が複数存在しました。
 
そういうことなのです。ある意味、売り上げが1円でも立てば起業は「成功」と呼んでもいいくらい、一定数の創業者は始まる前にくたばるのです。起業すると宣言して会社を辞めた奴が求人誌を読んでいたときは、「その程度で済んでよかったな」という目で見てあげましょう。
 
これは、あなたが「バンドをやろう」と仲間を集めて、実際にライブハウスで演奏出来たことがあるかについて考えてみればいいと思います。「起業」は、基本的にフルコミットが要求されるので、バンドよりも更にハードルが高い。
 
ギリギリになって「やっぱやめた」と言い出す人は稀ではありません。といいますか、まぁ起業した人ならわかりますよね。あてにしていた奴が逃げた、そんなことはあるあるです。しょっちゅうある。バリバリある。
 
僕は前回のコラムで「一人の限界」について語りましたが、今度は「複数人という怖さ」について語らせていただきました。ここで、ちょっとベタな話題を持ち出しますと「何人で起業するべきか」は諸説あり、まったく定説がありません
 
ちなみに、僕自身は三人で創業しましたが、「人数」だけで考えても良し悪し両方あったと思います。次は何人で起業するか、僕も今のところイメージが固まっていません。
 
さて、この物語からあなたはどんな教訓を引き出したでしょうか。「誰が悪いか」という議論に意味がないことは言うまでもありません。「あなた」はどうするか、それだけが問題です。
 
あなたが複数人で起業しようと考えているなら、この物語をあなたは何らかの教訓に変える必要があります。あなたがなすべきことをなしましょう。僕はあなたの成功を心から祈っています。
 
やっていきましょう。

 
 

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。
現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり
ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。
発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。
Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/
Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

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