英雄頼りの「会社経営」から抜け出す理由。兎を獲ったら犬を煮る話。

ニアセ寄稿

 

創業期の英雄、起業のコア人材

皆さんの会社には「英雄」が存在するでしょうか。創業期の会社には、大抵の場合、英雄が存在すると思います。この人抜きにしてこの会社はない、ある個人の能力、あるいは人脈、そういうものが会社経営に圧倒的に寄与したという話はどこの会社にもあると思います。
 
創業期というのは大抵の場合、あらゆる業務が属人的です。当たり前ですね、最初から儲けのシステムが完全に出来上がっている会社なんてものはまずありません。プレイヤーの戦力こそが創業期の会社における強さそのものなのですから。その環境からは必然的に英雄が発生します。
 
創業時、あるいは創業後の中核メンバー集めの際、創業者であるあなたは間違いなく「儲けを生む人間」、あるいは「自分の能力的欠損を埋め合わせてくれる人間」という基準でメンバーを選んだと思います。少なくとも、合理的な(合理的であるということは必ずしも良い結果を生むわけではありませんが)創業者であればそうするでしょう。その結果、あなたの人選はドンピシャに当たった。あなたの選んだメンバーは八面六臂の大活躍を果たし、会社は大きく成長した。そういう美しいお話は結構あります。素晴らしいですよね、あなたも創業者として大変、鼻が高いでしょう。
 
しかし、美しくない話がここから始まります。会社が上々の収益を上げているとなると、当然規模を拡大したい、そういう話になります。しかし、規模の拡大を志向するとなると、業務の属人性を解除し、プレーヤーの能力に依らない収益システムを構築する必要が出てきます。英雄の異能で利益を上げる限界が来たから人を増やすという話になったわけですから。
 
業務のマニュアル化とノウハウの言語化とシェア、そういうことが必要になります。また、そろそろ創業以来ハチャメチャだった就労環境も整えなければならないでしょう。人を雇うということは、雇った人が会社に残ってくれる環境を作らなければならないということです。ハチャメチャに耐え、狂ったモチベーションで前進してきた創業メンバーの時代は終わり、会社というシステムを組み上げる時代がやってきます。
 
これを、僕は「創業期の終わり」と呼んでいます。業種や業態にもよりますが、従業員が2桁に到達するころには、嫌でもその辺は考えなければならないでしょう。創業期の終わりはとても悲しい季節です。これまで、個人の異能と裁量を丸投げした意思決定の速度で前進してきた会社を、ルールとシステムの中に落としこむ必要が出てくるのです。ワーカホリック達の楽園、永遠のような文化祭前日は終わりです。社員の数を増やすということはそういうことです。創業メンバーだけで回していた頃のようなハチャメチャは、規模が大きくなってくるとそうそう通らない。(たまにネジ通す会社もなくはないですが・・・)
 
 

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創業期の終わりに。英雄頼りの会社経営から抜け出す理由

もちろん、この段階で事業の拡大を止めるというのもありえなくはない選択肢です。実際、十分な利益をあげ、大きな成長余力を有しながら、それでも従業員の数や事業の規模を頑なに拡大しない経営者は存在します。彼らは正に勝利者です。自分の会社の最も居心地の良い大きさを見つけ、後はそれを守っていくフェーズに入った人たちです。規模を志向しなくとも十分な利益が取れて、かつ社内の人間や出資者がみな満足するだけ配分できる会社にのみ許される最高の贅沢です。
 
しかし、出資を受けて創業した人間がここで立ち止まるのは余程理解のある出資者に恵まれていない限り、難しいでしょう。また、社内の人間が「成長を止める」という判断を呑んでくれるとは限りません。「ふざけるな、ここが上限なら俺は辞めるぞ」そういうことになります。この段階で「英雄」たるプレイヤーに抜けられることは、即ち事業の破綻、そこまで悪くなくとも大きな収益の減少を意味することは言うまでもありません。
 
余談ですが、社員数人くらいだけど羽振りのいいあの社長、実はすごい人なんですよ。会社経営において「成長を止める」という判断は恐ろしく、難しいものです。まず、自分自身が止まれない、自分が止まれても出資者が許さない、出資者が許しても社内の人間が許さない、そういうことです。銀行も金を貸しに来ます、社長ならやれるという声がどんどんかかります。新規の出資希望者だって列を成します。それでも、それら全てを振り切ってその場所にとどまったのが、「小さい会社の儲かっている社長」です。社長自身がスタープレイヤーであり、同時に会社のオーナーである場合が多いですね。このようなゴールを目指すなら、是非その形を作りましょう
 
しかし、多くの人は成長余力のある限り拡大を目指すことになると思います。仕方のないことです。創業の仕方によっては宿命付けられていると言っても過言ではないこともあるでしょう。出資者は利益を求めます、従業員は給与を求めます、そしてあなたは栄光を求めるでしょう。となれば創業期は終わるしかないのです。もっと儲けるためには、英雄の異能を会社の仕組みに落とし込んでいくしかない。英雄頼りの経営を抜け出さねばならない。拡大するしかない。そして、もちろんコンプライアンスと労働環境だって整えていかねばならない

英雄の時代、輝かしき創業期

話をわかりやすくするためにラーメン屋のチェーン展開のお話をしましょう。
 

あなたは、1人のとてつもなくラーメン作りが上手い人間(仮にAとしましょう)を役員として迎え入れて、1軒目のお店を見事大繁盛させました。Aはとてつもなく職人気質で仕事に一切の妥協はなく、1日14時間鍋の前に立ち続け、会社に大きな利益をもたらしました。ラーメン屋は当たると大きいのです。お店の前に行列は絶えず、店舗運営以外の実務一切を担当していた社長のあなたは鼻高々です。最早あなた自身が店舗に出てホールや調理補助をやることもありません、人を雇えます。14時間働いた後に社長業をやる地獄からも開放されました。次から次へとメディアの取材も押しかけるでしょう。最初の挑戦は大成功でした。
 
さぁ、2号店だ。あなたは考えます。今度は資金にも余裕がある、銀行もノリノリで貸してくれた。物件情報も内装についても厨房器具も什器も勝手はすっかりわかっている。協力者もたくさんいる。2軒目の店舗は大抵の場合、1軒目より遥かに効率よく作れます。もちろん、ラーメンのレシピも明文化済みです、難解な火加減などもあなたはAに付きっ切りで習得しました。Aは純粋なる職人肌で指導が出来るタイプではないので、新人は2ヶ月ほどAの下で研修させた後、すぐ2軒目に投入しました。新人は二人とも経験者でしたし、レシピさえあれば何とかなるとあなたは判断したのです。
 
研修の後、Aは新人に対して「1日14時間ぐらい働く根性がない奴に勤まるのかよ・・・」などとグチグチと文句を言っていましたし、新人からは「Aは最悪だ、社長の指示をまるで守らない、無茶苦茶に働かされた」という声が上がりましたが、気にしていられません。「まぁまぁ、2号店に移れば大丈夫だよ、君たちが主役だ」などと宥めて進めるしかありません。なにしろ、2軒目の店舗は出来上がっているんですから。
 
2軒目も大成功でした。新人1号と2号はなかなかの働きぶりを見せ、1号店を上回る利益を叩き出しました。もちろん、1号店も相変わらず大繁盛です。あなたの下には大量の利益が転がり込んで来ました。ここで、リスクを取って二人同時に正社員を入れたのが英断だったことがわかります。新人2号を次の店舗に投入すれば、すぐに3号店が開店できるのです。そのようにして、あなたは気づけば5店舗のラーメン店を持つ一端の実業家になっていました。あなたの店舗展開能力は確かだったのです。新商品の開発などはAが引き続き担当しました、それらも次から次へとヒットしました。ラーメンを開発することに関して、Aは正に天才でした。ベースのスープにも度重なる改良を加え、お客様を飽きさせない多様な味を作り上げることが出来ました。
 
ここで問題が発生しました。マネジメントの手が足りないのです。飲食店というのは放っておけば利益を産む魔法の箱ではありません。所詮は人間が運営するお店です、監視を緩めればすぐに従業員はスープの煮込み時間を短縮し、掃除をサボります。最悪の場合売り上げを引っこ抜きます。スープを水増しし、麺の本数を少々いじればそんなことは簡単に出来ます。架空のアルバイトをでっちあげることさえあります。帳簿だって任せきるわけにはいきません、仕入れ先からリベートを抜いていないかもチェックする必要があります。マネジメントや業務オペレーションが上手く回ってない店舗にはあなた自身が乗り込んで指揮を執る必要もあるでしょう。あなたはついに限界に達しました。
 
そこで、あなたは管理職を一人雇うことを考えました。しかし、そこにAからの異議が上がりました。自分がいつまでも現場にいるのはおかしい、現場の人間を増やした上で自分に管理職を担当させろ、店舗運営のことなら自分が一番わかっている。何より、ラーメンを俺より上手に作れるわけでもなく、まして社長でもない、ぽっと出の人間に管理されるのは我慢ならない。Aはそう主張しました。あなたは呑むしかありませんでした。確かに、筋をいえばその通りなのです。Aは金だけで動く人間ではありません、仕事の充実感がなければ最悪退職してしまうことさえ考えられます。
 
結果としてあなたが2店舗の管理、Aが3店舗の管理を行うこととなりました。あなたも社長業が忙しくなっていたのです。新店舗の展開もやらなければなりません。まだまだ成長する気は満々です。逆にAは1号店の運営から解放され、十分な時間的余裕が確保されました。分業体制の始まりです。あなたは口を酸っぱくしてAに言いました、労働法規を守れ、コンプライアンスを守れと。あなたがラーメン作りの天才なのはわかっている、でもそれだけは頼みましたよ、と。もちろん、就業規則も作成して備え付けてあります。Aには遵守する、という旨の念書さえ取る徹底をしました。
 
こうして経営の第2フェーズが始まったのです。

 
 

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英雄の反乱、会社経営の失敗


嫌な予感はしました。そして、それはもちろん当たりました。数ヶ月とたたずAの管理する店舗から、離職者が出始めたのです。客足は落ちていません、むしろ増加しています。従業員に支払う給与だって、業界水準から見ればまずまず以上に設定しています。福利厚生だって飲食業界としては高い水準です。なのに、離職者は発生してしまいました。あなたは大慌てで退職者に話を聞きました、結果としては「Aの業務における要求水準が高すぎる」「Aにマネジメント能力がない」「Aが業務コンプライアンスや労働法規を一切無視している」ということが伝えられました。
 
いや、正確に言えばこれは完全な事実ではありません。Aに何があろうと付き従うという人間も出てきていました。Aは半ば意図的に従業員の精錬を行っている節さえ感じられました。何があろうと自分に付き従う、能力の高い人間だけを残す。そういう意図が感じ取れました。もっともAは論理的な人間ではないので、そのような意図が言語化されているかはわかりません。それしか仕事の仕方を知らなかったのかもしれない。実際、彼が修行してきた場所はそういう環境だったのでしょう。
 
しかし、これは看過できません。Aは退職した従業員の穴を自ら働き、また自らに付き従う従業員に働かせて埋め合わせてはいましたが、完全に違法操業です。あなたは次々と辞めていく従業員から発生する問題を何とかお金と説得で解決し、求人を打ち、それでもまた辞めるという地獄に疲れ果てました。
 
しかし、この会社の責任者はあなたです。あなたは去っていく従業員から受ける批判と罵倒に何一つ反論出来ません、裁判を起こされたら矢面に立つのはあなたですし、労基署に怒られるのもあなたです。このままの状態では店舗数を増やすことも出来ません。成長が止まってしまいます。出資者からは新規店舗はどうした、利益は上がっているんだろう、という矢の催促が突き刺さります。悪いのは全てあなたです。経営のコントロールを失った社長に弁解出来ることがたったひとつでもあるでしょうか?
 
Aとあなたは何度も何度も交渉を重ねました。我々は会社組織だ、法を守らねばならない。従業員は必ずしもあなたの満足のいく能力を持っているとは限らない、それでも育てなければ利益は出ないし事業拡大も出来ないのだ、と。実際、採用して僅か2ヶ月の研修を経た人材が十分に店舗を繁盛させているではないか、と。しかし、Aは納得する素振りを見せても行動には移しません。売り上げは落ちていませんが、利益率はじわりじわりと下がり続けていました。当たり前です、従業員が定着しなければ人件費と求人費用は果てしなく嵩むのです。従業員の配置転換やローテーションなども試してみました。しかし、結果は同じでした。
 
また、経営方針の食い違いも大きくなってきました。あなたは言います、業務を効率化しよう、そろそろセントラルキッチンを検討してもいいのではないか、あるいは具材の調理を外注しても良いのではないか。いくつかの会社には話をもう振ってある、味見をしてみてくれ、私の味覚では十分な品質であると感じられる。しかし、Aは拒否します。全て手作り、店内自製、そうでなければうまいラーメンなど作れないというのがAの信念です。実際、この言葉には説得力があります。このラーメンチェーンを推進させてきた原動力がまさにそれなのですから。
 
そして、あなたはついに決断しました。Aを現場に戻す、もちろんしっかりと支払っている役員報酬はそのままで、あるいは現場に戻ることさえしなくてもいい。商品開発と店舗を見て回って味見と監視するだけの立場でもかまわない、あなたはラーメン作りの天才ではあるけれどマネジメントの能力は無い。それを受け容れろ、経営判断としてあなたにマネジメント業務を続けさせることは出来ない。言うまでもなく、AとAに付き従う人間たちは納得しませんでした。このようにして、戦争が始まったのです。
 
あなたの管理する2店舗の掌握は問題ありません、しかしAの管理する3店舗の軸となる従業員は、既にA派としてあなたに反旗を翻していました。Aを解雇するのであれば、我々も退職する。彼らはそのようにあなたに宣言しました。せめて2店舗にしておけば・・・今更、後悔しても遅いのです。また、Aをメディア向けの顔としていたのも不味かった。あなたは社長業として黒子に徹していたのです。業界知名度は圧倒的にAが勝っている、Aは最早業界の風雲児として揺るがぬ評価を獲得している。Aが大量の人員を連れて離反するのは大いに可能なことですし、それは会社の信用を途方も無く貶めることでもありました。

 
さぁ、あなたならどうします?

会社経営の手綱を放さないために、みんなで幸せになるために

このお話は僕の経験を大きく膨らませたフィクションですが、往々にしてある話です。こういった戦争を経ていない会社の方がむしろ少数ではないかと思うくらい、あちらこちらで起きていると聞きます。このお話はコンプラインスや労働法規の話と、創業期の英雄の反乱がまとめて描かれているので複数の論点が混ざっているのですが、これがまた実によく発生するワンセットなのです。残業を減らし、コンプライアンスを徹底させ、業務を最適化する際の最大の障壁は大抵の場合、現場の人間そのものです。
 
要素を単純化するために、Aの持ち株や出資者の影響などには部分的にしか触れませんでしたが、現実的には勘案すべき要素はまだまだ増えます。ごちゃごちゃに縺れた(もつれた)人間の紐は、実際にはもっともっと複雑になっていきます。しかし、つまるところ話はシンプルでもあります。社長であるあなたを越えかねない影響力を持つ人間が社内に出現してしまった、その結果、指揮系統が乱れ、挙句の果てに反乱まで発生してしまった。そういうことになります。
 
このようにして創業期の英雄と社長の対立は始まります。人間同士の利害と信念を賭けた対立が話し合いで解決することというのは、本当に稀です。そして、この問題を起こさないための土台作りや設定は、創業初期にしか出来ないことなのです。そして、異能を持つ人間を雇い、己の持たざる能力を補完するという「人を雇う」ことの最大の利点は、そのまま欠点でもあるのです。その欠点は往々にして創業期の終わりに顕現してきます。
 
狡兎死して走狗烹らる」という諺(ことわざ)があります。ご存知とは思いますが、敵国を滅ぼしたら、どれほど功績のある忠臣も不要になって殺される、という意味合いの故事成語です。しかし、僕には犬を煮る側の気持ちが痛いほどわかります。もちろん、創業の英雄を煮殺すのは褒められた話ではありません。創業メンバーがいつまでも円満に、お互いの能力を認め合いながらやっていければそれは間違いなく最高です。しかし、そうはならないこともある、むしろそうならないことの方が多いということを創業者は覚えておく必要があると僕は思います。僕も覚えておくべきでした、心から後悔しています。
 
この話はちょっと見ただけで幾つもの失敗が見て取れると思います。あそこをああしていれば、こうしていれば、皆さんもすぐに思いつくでしょう。しかし、断言してもいい。創業と拡大の熱狂の中でそれを考え、備えられる人はそれほど多くはありません。まずは、いつまでもメンバーがお互いを認め合っていける仕組みづくりを、そしてそれが上手く運ばなかった時のこと、あなたの最もやりたくないプランについても十分に考えておくことを薦めます。起業する人間なんてのは往々にして夢見がちな理想の高い人間です、功績ある創業メンバーに自ら引導を、それも計画的に渡すなんてことは考えたくもないと思います。
 
しかし、それでも僕は考えておいた方がいいと思います。もちろん、僕が底抜けの無能であった可能性も大いにあります。むしろ、結果を見ればその通りでしょう。あなたはそんなこと考えなくても上手くいくのかもしれない、いや、むしろそんなこと考えない方が上手くいく可能性だってもちろんあります。しかし、この敗残者の無様なお話をちょっとだけ、頭の隅に残しておいていただければ僕も多少は救われます。人生は残念なことにまだまだ続くので、僕もまたやっていきます。
 
長い長い文章の読了ありがとうございました。

 
 

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。
現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり
ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。
発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。
Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/
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