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最近、起業家が少ないという声をよく耳にします。   5年で85%は倒産するということも聞いたことがあります。しかし、失敗のことばかり考えて、チャレンジしないというのも何か違う。やりたいことがあるならどんどん自分で事業を興して、商売をはじめればいいという考えもあるわけです。自分が挑戦したいこと、成し遂げたい夢があれば人は起業という選択をすることができるのです。   そんな起業に関する情報を見聞きしていた時、「横路一樹」という男と知り合い、話を聞くことになったのです。彼は22歳で自分の店を持ち、一度は事業売却という形を取ったが、大きな志を抱き2回目の起業をした、かなりチャレンジングな起業家でした。 リアル店舗ではじめたブランド古着のリサイクルビジネス   -1回目の起業は何をやられていたのですか?   横路氏:最初、大学を中退し学生時代から始めていた衣料品のネット販売と卸業、ブランド古着のリサイクル事業を個人事業として横浜でスタートさせました。最初のチャレンジは22歳で名古屋の駅前のファッションビル内のテナントでお店を出すチャンスが訪れて、思いきってやってみたのです。その後、拠点を横浜から恵比寿に移し、24歳の時に有限会社を資本金300万円で設立しました。   同時期に新潟大学を卒業してフリーターをしていたスニーカーマニアの仲間と買取リサイクルのブランド古着「DIGRAG(ディグラグ)」を2003年6月にOPENさせました。市内で一番のメインストリート一階路面店でサーフショップの居ぬき物件を見つけ、直感で『これはいける!』と感じ、すぐに物件取得の保証金を用意して、物件を抑えたのを覚えています。   このお店は敢えて内装を作っている様子をフルオープンにして、商店街を通る一般の方に見せた状態にして『なにができるんだろ!?』という期待感を煽ったりもしました。地元に根付いているファッション情報誌『Pas magazine』に開店前の月と開店月の2回ドカンとTOPページに広告をだす戦略が功を奏してOPEN時には大行列でした。スタートした土日2日間で300万円近くの売上を達成して、立ち上げた自分たちが一番びっくりしました。   内装は一緒に立ち上げた仲間の新潟大学繋がりで、建築学部出身の人物に店舗内装なんかやったこと無いのに、内装イメージの模型を作ってもらいました。郊外の大型ホームセンターで資材を調達し、その彼を中心に自分達で床張りから什器作成など全て作りましたね。 50坪のお店の内装費用はその彼への報酬と材料費を合わせても100万円以内と言う内装業者からしたら信じられない価格で立ち上げたのは今でも自慢できると思います。   商品は、今では古着といったらブランド品のリサイクルが主流ですが、当時はまだアメカジ古着がまだ全盛でした。僕が18歳からフリマで商売を始めてずっと得意としていた『ブランド古着』で全ていくことにして、当時まだ大人気だった裏原宿系やストリート系、モード系など何が今一番売れるかを我武者羅に追求していってましたね。 限界を感じたリアル店舗ビジネス 横路氏:元々バスケットを中学高校と部活でやっていて、バッシュやスニーカー好きが影響してファッションに目覚めた感じです。商売にハマっていったきっかけが、スニーカーを自分の目利きで購入して、それが雑誌にプレミアム価格で載っていたりするだけでとても興奮していました。   18歳から代々木公園のフリーマーケットから商売をはじめて、雑誌に広告をだして通信販売、当時まだ始まったばかりのヤフオク!を使ったネット通販、全国の小売店への卸業、ドメスティックブランド(国内ブランド)の代理店を20歳そこそこの若造がやっていました。   22歳からは実店舗を立ち上げて6店舗まで広げ、同時に東京の恵比寿でドメスティックブランド(国内ブランド)を展開していってMAXで年商2億8000万円程まで会社を成長させていきました。   一度も会社勤めをしたことが無く、ビギナーズラック的な成功が続き順風満帆で、運転資金も特に困ったことはありませんでした。その中でブランドを立ち上げて、WRATTLE(ラトル)と言うブランドの生産を国内のショーロット生産から商社を通じて大きな資金の枠を確保してもらいました。調子に乗って中国生産に切り替えていったのですが深く考えていなかった戦略が思いっきり裏目に出てしまいました。。。   徐々に過剰在庫が増えていき、最終的にブランドを完全に閉鎖し、在庫を二束三文で知り合いの業者に全て買ってもらいました。事業を撤退したときのブランド事業の負債が約5000万円ほどに膨れていました。ブランドリサイクルの古着ビジネスを地道にコツコツ続けて大きな利益を出していたので、なんとか持ち直し、会社の倒産まではしないで済みました。   —その5千万円の負債を抱えたとき、在庫不良が原因ですか?   横路氏:そうでうすね。売れないアイテムを無理に作り過ぎたのが原因ですね。国内の小ロットで展示会の受注発注で在庫リスクを無くしていくのではなく、海外生産って1枚単価はグっと安くなるんですがロットを積まなくてはいけないんです。   スウェット、パーカー各5色で○百万円、ジャケット3型で○百万円、パンツ、鞄・・・とアイテムが増えるだけ金額が増えていき、あっと言う間に何千万円っていっちゃうんですよ。   ブランドを立ち上げて大きく展開するって金銭面もそうですが、やらなくてはいけないことが果てしないくらいあって、正直もう一度やりたいか?と言われても『1億円無くす気があったらブランド展開も有りだと思います!』と言えますね。   でもファッションの業界にいるとやっぱり自分でブランドを立ち上げて成功させたくなっちゃうんですよね。   今考えてもよく会社を倒産させずに残って、連鎖で個人的にも自己破産しなかったなと思います。当時、僕が恵比寿でブランドをやっていた時に、新潟、長岡、上越で僕が立ち上げたお店を堅実に運営し、利益を出して会社を支えてくれていたメンバーには感謝の言葉しか言えません。衣料品の買取リサイクル事業というドル箱を地方都市で地道にやっていたから、なんとかなったと思います。   —5千万円の負債を抱えたけども、なんとかなるなっていう心境ですか?   横路氏:そうですね。在庫を全て処分し、ブランド事業を全て清算し、中途半端ではなく損切りできたのが良かったですね。あのままズルズルやっていたらと思うと。。。そして調子がよく確実に利益を出していた買取ブランドリサイクルの事業に経営資源をすべて注力できたのが良かったと思います。   その後、私個人は自社ブランドに投資していた自分の時間を株の勉強に費やすようになります。朝から株式相場に張り付き、モニター8台並べてデイトレードをやっていました。それが20代後半ですね。   自分が18歳から商売をはじめて会社を作り、中小企業をなんとか運営していく中で自分の事業の限界を感じ、一度すべてリセットすることを決心したんです。最終的には外部コンサルとして僕を支えてくれていた今でも縁が深いパートナーに新潟での店舗5店舗と東京のネット販売事業部を売却したのが30歳の時でした。その当時はまだトータルで月商2千万円はありましたので年商2億5千万円ほどを全て売却したのです。   自分の中であと10年頑張って40歳の時にどう考えても年商のMAX10億円にたどり着くかどうか。株など経済を勉強していく中でIT企業で自分よりも後から事業をスタートさせた起業家が成功を収め時価総額10億、100億と成長させていくスピードを見ていく中でリアル店舗商売の限界を感じてしまったのですね。   ただ幸いなことに僕が事業を売却してからもう8年が過ぎているのですが、立ち上げた新潟の『DIGRAG』も現在も4店舗続いています。本店の古町店に関しては15年目、東京のネット販売の事業部もネットだけでなくリアル買い取り店舗もオープンし、楽天での店舗もスタートさせ売上が安定している状態です。   僕が立ち上げた店舗と事業部、そして自分が引っ張って育てたメンバーがまだ頑張っていてくれてることが誇りです。 リアル店舗は持たない。2回目の起業   —事業売却後は何をされていたのですか?   横路氏:古着屋リサイクルビジネスを売却した後、「快適トレイナビ」という食べログとトイレ版の口コミサイトをやろうとして、東大生のプログラマーを紹介してもらい、一緒に立ち上げようとしました。私自身がIT/Web業界にいたわけではないので立ち上げの経験がなく、優秀なプログラマーの彼をうまく活かすことができず、結局サービスは立ち上がらないで頓挫しました。   お店や洋服は作ってきたのだけれど、IT/Webサービスを作る経験は全く無く、IT/Webの世界をあまり知らない自分では、宝の持ち腐れでした。優秀な人材がいても、活かしきれなかった。今思うと苦い失敗ですがそれが今に確実に生きています。   もう失敗経験なんて腐るほどありますね。あと、パンとスイーツの事業で5年で100店舗、年商100億円の事業プランを計画し上場企業に提案をしにいったりもしましたね。   代表取締役と書かれた名刺持っている人でたまに思うことがあって、代表取締役と書かれていても自分一人の会社では厳密に言ったら代表じゃなくない?会社って2人以上いて代表だよね。そんな風に思ってしまいます。   月給をちゃんと払っている社員が1人でもいるってことは、その人と家族の人生を背負っているってことなので、僕的にはとってもリスペクトなのです。有限会社の名刺を持っていたら、15年前、20年前から商売やっているんですか!すごいですね!って僕はなります。今は会社を1円で作れてしまいますし、実態はなくても名乗ったもの勝ちで、CEOや代表取締役も経験した自分にとっては逆になんか薄いなぁと思ってしまいます。   昔は僕も代表やってるぜとか、代表取締役という響きに酔いしれたり、ブランドをやっていたときも恵比寿に事務所を構えて格好つけてたんですよ。その気持もすごく分かるのですが、今は一度経験して通ってきたので、正直そこには全くこだわらないですね。固定の事務所もリモートワークで仕事もできますし今はいらないと思ってます。   資金調達もIT/Webの方たちは最初から念頭にあり、まず事業を回ることよりも先に調達することを考えている方が多いように思います。僕は幸いとしてIT/Web業界にずっといたわけではなく真逆のリアル店舗商売からスタートしてきたので、そのような感覚がないのです。基本的に物を安く仕入れて、利益を乗せて売る。差額が利益で現金を回す商売をやってきたので、まだ商売が回っていない段階で人様にお金を投資してもらって商売するって感覚がありません。   まず現金ありきというか、自らお金を作る、回すということを意識しています。お金ないんだったら徹底的にお金かけないんですよ。 ファッションアテンダント 僕が現在運営しているサービスが「ファッションアテンダント」というサービスになるのですが、実はサービスを正式スタートさせてから2年半近く経つのですが、今でも月の固定費はサーバー代が月額1,500円弱、事務所としている場所も神宮前にあるファッション関係者が利用するコワーキングスペースの月額利用料の1万円弱のみです。   売上がまだ回っていないので徹底的にお金かけてないんですよ。関わるメンバーのほとんどが月~金の本業をちゃんと持っています。有志メンバーによる開発、グロースの施策を行っています。(一部クラウドソーシングを使って報酬を払いアウトソースもしています)   お金ないんだったら、無いなりにやるんです。無いなら、無いなりに試行錯誤してどうにかするんですよね。不思議と人って、努力するんですよね。元々、僕の商売が安く仕入れて、なるべく高く売って現金化するリサイクルの商売から入っているので、そういったコスト意識は特に敏感で人一倍厳しいと思います。まずお金は無いものと思ってなんでもするのを心掛けています。   今仕掛けているファッションアテンダントは20代ずっとやってきた「形ある物を売るのではなく、目に見えない人の経験と時間を売る。」サービスなのです。僕自身が、『物バイヤーから人バイヤー』に完全に変化しています。   ローンチまでの苦労   ローンチするまでは、ほんと大変でしたね。最初に構想を思い浮かんでやるぞ!!と決めてから1年半近くかかりました。   最初、僕の頭に描くマッチングサービスに興味があるIT企業でバリバリ働く優秀なメンバー10人ほどを集めてミーティングしたんですよ。今思べばよく集まったなぐらいなメンバーでしたね。そしたら、みんなが自分の理想を好き勝手言い出すんですよね。   フレームワークを組んで、サービスをゼロから設計し、それを実際に形にしていくエンジニアを各チームに振り分けていきました。しかし全員が完全ボランティアの有志の集まりで、1人のモチベーションが下がって進行が遅れると全員のモチベーションが下がっていく負の連鎖が起こったんです。   1人フェードアウトしていくと開発が2ヶ月3ヶ月と遅れ、どんどん空中分解していくんですよね。1年半たってもサービスはテスト版しか立ち上がらず、という状況でした。   最終的には元々の私の知り合いで、飲食店や中小企業、美容院等のサイト制作をしていたWebデザイナーの方がWordPressのECサイトの仕組みを使い、1ヶ月半で今まで作ったものを組み込んでサービスローンチできる状態まで持っていってくれました。今でもその土台を改善していきながら運営しています。   『Rubyならやりたいです!』『Pythonで開発しましょう!』と声を上げていた優秀なメンバーの集まりは今となっては何だったんだろうか?!と言った感じですよね。   その経験からいくら優秀なメンバーを集めたとしてもゼロ~1のサービス立ち上げることは難しい。結局のところ「やる!」と言ったら途中で投げ出さない有言実行できるメンバー少数でいい。関わるメンバーが『どれだけ自分事で考えられるか?!』に尽きると身を持って学ぶことができました。   夢の事業に挑戦している最中   現状、ファッションアテンダントの売上は専業で関わるメンバーを1人雇い入れるだけの売上も無い状態です。   『人の経験と知見、センスと時間は買うべきだ!』 『目に見えない経験とセンスに価値をつけて、個人の時間を売るという新しい価値観のサービス』   こんな突拍子もない発想と考えが一般の方まで浸透させていくのはとても時間がかかると思っています。だって今までセンスと言う、良くわからない、目に見えない価値に明確な貨幣価値をつけようとした人物がいなかったのですから。地道にコツコツと普及させていくしか無いと思っています。   僕は目の前の木だけを見ているのでもなく、木々が集まる森でもなく、その先の町や都市、大陸を見ているつもりです。5年後、10年後は人の価値観はこうなっていると。   その時にはきっと物だけでなく、『人の経験と知見、センスと時間は買うべきだ!』という目に見えない体験にもお金を出すのが当たり前の世界になっていると考えています。僕の壮大な夢なんですよ。新しい価値観を作るという夢と野望なのでコツコツと地道にやっていくしかないんです。今や時価総額3兆円規模になっている民泊で話題のAirbnbのように。   しかし利用者が中々、思っていたように増えない中で地道にやっているのですが光も見えてくるんですよね。構想から4年もやっていると。実際にサービスをローンチして、2年も特に大きなトラブルなく地道に運営していると、思わぬところから面白い話が飛び込んできたりと日々ワクワクする何か?が生まれる予感がしますね。   商売をするなら、失敗を恐れちゃダメ   サービスを立ち上げるのはなんとか出来たりするんです。そこをクリアして地道にお金を払って利用してくれる方を増やしながら我慢比べのように継続していくことはもっともっと大変なんです。   あと恋愛もそうですが、ビジネスもチャレンジからの失敗をしないと駄目だと思います。みんな失敗を怖がり過ぎている。失敗が怖くてチャンスかもしれないのに飛び込めない。でもその失敗を最低限のリスクにするっていうのを徹底しないといけないですよね。誰もがそうかもしれませんが、今まで生きてきた中での小さなプライドがやっぱりみんなあるんですよね。   僕もこの歳までに極力そぎ落としてきたつもりですが、小さなプライドを完全に捨てきっている謙虚で素直な人にはやっぱり勝てないですよね。   まあ失敗を失敗と思わない。不真面目じゃないが真面目過ぎない。そんなメンタルの強さがとても大事なんじゃないかと思っています。逆に僕は失敗をラッキーぐらいの感じでとっています。無傷でリスクを抱えずに失敗させてくれるんだったら、喜んで、何度でも失敗したいですもん。失敗したもん勝ちですよ。   日本は守り文化、右へならえ、など周りのみんなと一緒が良しとする文化ですよね。それって本当にいいのかなぁ、と強く思っています。新しいチャレンジを成功させるなら、失敗を恐れちゃダメなんですよ。   僕は自分がまず第一歩を踏み出して、旗を立てて、新しい価値観、面白い事業を作っていくことにブレずに突き進んでいるつもりでいます。しかし周りを見渡すと、実際にほんの小さなアクションができる人って案外少ないんですよね。   『口では応援します!』『協力することがあったらなんでも言ってくださいね!』と言うのですが、Facebookページヘのいいね!やTwitterアカウントのフォローでさえもしてくれない方ばかりなのですよ。   なかなか実際に小さなアクションまで起こす方がほとんどいないので、僕は新しく出会った相手が店舗やクリエイター、何かしらのサービスのオーナー等であればFacebookへの『いいね!』(クリエイターならインスタのフォロー)ボタンをその場で押すようにしています。   この記事を読んでくれている方も口だけではなく小さなアクションを実際に実行していますか?僕もまだまだ成功もしていないし、夢と目標の途中ですが、これからも失敗を恐れずに自分がボケるまではアクションし続けようと思っています(笑)     取材協力:ファッションアテンダント 横路一樹    ...

株式会社メディアインキュベート代表取締役 浜崎正己が経験してきた「チーム崩壊」について独占インタビュー!   スタートアップ、会社経営で経験した「チーム崩壊」。積極的に事業を興し、チャレンジする背景で経験したチーム運営の難しさ、もがき苦しみ数多くのことを学び、今に活かしている起業家・浜崎氏に「チーム崩壊」についてお話を伺いました。 これまで経験したチーム崩壊 スタートアップのチーム崩壊 いくつか「チーム崩壊」を経験してきているのですが、数年前に外資の会社でスタートアップの日本支社立ち上げをやっていたんですね。すごく意気込んで取り組んでいたのですが、いわゆる外資系特有の「本社の意思」とか「日本での繁栄が」とか、そういうところでチーム内で衝突があって。   3人で立ち上げたのですが、全員初めて会った人たちで、それぞれの意思統一ができておらず、方向性とか色々すり合わないままでスタートしていました。 当然ではあるんですがチームを作る時には、気が合うとか方向性が一緒でないとチームは崩壊する、というところを痛感しました。その時の「チーム崩壊」はそれだけが原因ではないんですけども、正直そういう面はあったなと思います。   チームでうまくやっていくには、理由付けが重要 起業して、チームとして一緒にうまくやっていく上で重要な点は、やはり個々人の「なぜそれをやっているか」とかの理由付けですね。今やろうとしているものがどういう所につながっているか、その人たちがどういう所にモチベーションを感じているかをちゃんと把握してあげて、そこに導いてあげるとか。そこにはこういう理由があるし、君がやろうとしていることはこういうことにつながるし、叶うよね、とゴールを見据えられるという点は重要だと思います。   その人が叶えたいもの・・・ある種お金じゃなくても、例えば経験が欲しいのであれば、それを提供できれば充足すると思うんですよね。なので相手が何が欲しいかをちゃんと把握して、相手がそれを充足できるような目標設定とか目線設定とか、もしくは実際に業務をお渡しするとか、ということは心掛けています。 チーム崩壊から学んで活かしていること   まず相手のメリットを意識する 色々な失敗を経て、学んだというか心掛けているのは、「相手に損をさせない」ということですね。儲ければいいや、で相手に損をさせてしまうと、関係性も悪くなって今後一緒にお仕事できなくなったり、と結果的にデメリットしかない。相手に得をしてもらって、かつ自分が得をする、そういったポイントで仕事をできるようにする、ということは心掛けていますね。   例えば、僕がメディアの立ち上げの支援をしているときに、お客さんに「流行っているメディアを作りたいんです」と言われても、お客さんにメリットがなければやらないですし、「こっちの施策がいいと思いますよ」と逆にお客さんに提案、紹介したりとか。お客さんがお金がなくても、面白そうだなと思えば成功報酬型でやりましょうかとか。そういう話はしたりしますね。   やってはいけないことは、出来ないことを出来ると言ってしまうことですね。弊社みたいなベンチャーだと自分を大きく見せたくて、大きなことを言いがちになっちゃいますけど、結局相手にとっても時間とか納期とか色んな選択肢の条件があったうえでお願いするかしないかを悩んでいるわけなので、正直であった方がいいかなと思います。   きついとか、厳しい状況であるとか、開発バグが出たとか、あればそれは逐一報告をしてちゃんと正直で、嘘をつかないことをなるべく心掛けた方がいいと思っています。 メディアインキュベートについて メディア支援 メディアインキュベートではメディア支援を行っています。 もともとWebメディアのウェブディレクションとか、ポータルサイトの編集ディレクターみたいなことをやっていて、一通りメディアについてはやってきた、という自負があるので、やはりビジネスとしての価値を提供できるのはメディアの領域かなと思ってやっています。   メディアはどうあるべきか 去年あったWELQ騒動で言うと、様々なメディアが影響を受けてますよね。でもちゃんとオリジナルコンテンツを作って、コミュニティとかも作って、メディアのファンを作っている、ちゃんとポリシーを持ってやっているようなメディアというのは、広告などの注文数が上がってきています。 今回の騒動で相当数のメディアが影響を受けている、と言うのを見ると本来メディアに関わりたいという熱を持っていない人たちも結構メディアをやっていたんじゃないかな、と思います。   オリジナルの重要性 ウェブメディアの作り方で言うと、僕は雑誌の作り方にすごく似ていると思っています。   コンセプトを決めて誰に届けるか。普通にサービスを作るのと同じかもしれないですけど、メディアも一緒だなと思っていて。なので誰に届けるかということを考えてオリジナリティをもって作るというのは大切だと思っています。   コストはかかるんですけども。それでもお金が回るとか、ファンにちゃんと届けられて事業として回るという仕組み作りに力を注ぐことが本質だと思います。それで実際にうまく行っている会社もあるんですよね。   例えば30万PVでも年商3000万あるメディアがあります。そこはファン作りをちゃんとうまくやって、そこに届ける人たちがどういう情報を欲しているか、どういう広告商品を設計すれば、という風にちゃんとビジネスとして回るというモデルを作っているんです。   これからのメディア これから、「北欧の暮らし」さんや「ほぼ日」さんのようなメディアは増えていくと思います。メディアECと言われていますけど、それだけじゃなくてコミュニティ、イベント、リアルまで含めた販売など、情報を発信するだけでないメディアの形ですね。 さいごに お恥ずかしながら、今回の取材で色々整理してみたら、これまで結構「チーム崩壊」してきているな、と。 そこから学んで気を付けているのが、まず「相手にメリット・成果をお渡しする、利益を得ていただく」ことは確実に考えています。ビジョンとかもすごく大切ですけど、人間ご飯を食べないといけないので、「これいつ返ってくるのかな」と絶対に不安になるんです。そこで、まず少しでも利益を返せるようなモデルでビジネスを回す、ということをすごく心掛けています。   なので、「無償で働きたいんです、お勉強させてください、なんでもやります」みたいな人がたまに来るんですけど、僕そういう人はお断りしていて。「無理です、やめたほうがいいです」と。僕もそういう時期があったからわかるんですけど、絶対に続かない。   最初はいいんですけど、テンションがシュッと下がってくるのを何度も見てきているので。ちゃんと適切な対価をお支払いするモデルをいち早く作るのは心掛けています。 「チーム崩壊」は決してよいものではないですし、何度しても辛いことです。その度に学んで、同じことは繰り返さない、ということを胸に刻んで改善しています。その一つの答えが少しでも利益を返せるようなモデルでビジネスを回すことだと今は考えています。     ▼取材協力▼ 株式会社メディアインキュベート     ▼現在、廃業・倒産・事業撤退・チーム崩壊などから這い上がった方を取材しております▼ 取材してほしい方は、ぜひご連絡ください!     ...

          フットサル日本代表応援団団長の山川太郎は煩わしい毎日を送っている。           あー、喉乾いたぁ。水、水、水ー!           あっ、キャップ落としちゃった。暗いなぁ。よく見えねぇ。           iPodで音楽でも聴こうかな・・・・           ・・・           あぁ、なんでこんな絡まってんだよ!!!           イライラしている間にスマホの充電切れちゃった。充電器なかったかなぁ。あれぇ・・・ないなぁ。           なんでこんなに物がいっぱいなんだよ!           あぁ!!!           とにかく持ち物が多く、生活する上で大変煩わしく、そして、イライラする山川太郎。           煩わしい生活から脱却したい。 フットサルの応援の時や趣味のアウトドアの時にも活用できる 水もライトもスピーカーも充電器も一緒になってるものってないかなぁ?           と、ネットで検索をしていたところ。           !!! ROOT CO.「PLAYFULLBASE」音と光で、アウトドアをもっと楽しくする多機能スピーカー おぉぉ!!!?           「音と光で、アウトドアをもっと楽しくする多機能スピーカー」   『ランタンスピーカーボトル』は、防水性能を保ちながら   ・Bluetoothスピーカー ・LEDランタン ・LEDライト(懐中電灯) ・モバイルバッテリー(別売りオプション使用時) ・ドリンクボトル   などの、多機能な性能をひとつにしたオールインワンスピーカーです。   キャンプやバーベキュー、テント内など、あらゆるアウトドアシーンでマルチに活躍するランタンスピーカーボトル。持ち運びも便利なので、野遊びやファミリーアウトドアにもピッタリです。           すっ、すげー!!!めちゃくちゃカッコいい!!!ほしいものが全部ひとつになってる!!!   いろんな利用シーンで使えるんだ!!!           ROOT CO....

2016年11月2日に「検索刑事(デカ)」を発売した竹内謙礼氏。   SEO対策本ということでしたが、なんとSEOを舞台とした検索エンジンミステリー小説とのこと。話題の最新刊「検索刑事」について伺うべく、竹内謙礼氏を独占インタビューしてきました。 竹内謙礼氏に聞いた1:検索刑事ができた背景 竹内氏:2016年11月2日の「検索刑事」という本を出版しました。SEOをテーマにした物語なんですよ。これが無茶が色々あったんです。私自身『会計天国』という共著の本があって。そのシリーズがPHPさんから出ています。シリーズが今5冊目で、ビジネス書小説はこれで9冊くらいなんですよね。   ▼最新刊:検索刑事(デカ) (日経ビジネス人文庫) ▼ ...

小学校の校庭で見かけた事がある二宮金次郎の銅像。   勤勉の象徴として知っている人は多いと思いますが、どんなことをして、どんな教えしたかを知る人はあまりいないのではないでしょうか。本日は「二宮尊徳翁(二宮金次郎)」が祀られている報徳二宮神社さんに地域貢献の極意を学びに伺いました。 「報徳二宮神社」そもそも二宮金次郎とは 報徳二宮神社の宮司 草山明久氏   草山氏:ここの社(やしろ)は二宮尊徳(二宮金次郎)翁をお祀りしている神社です。実在した歴史上の人物を祀っている神社って、そんなに多くありません。まして農民から神さまになったのですから本当に偉大な方なのですが、幼少のころはたいへんな苦労をしているのです   翁はもともと相模国栢山村(今の小田原市栢山)の比較的豊かな農家に生まれたのですが、度重なる酒匂川の氾濫で田畑を流されてしまい、家は没落、過労により両親は亡くなって、兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。   翁は、朝早くから夜遅くまで一生懸命働いて、その合間を縫って勉強をしました。そして荒地を開墾してお金を貯め、質に入れていた田畑を少しずつ買い戻して、24歳までに一家を再興したのです。小さな努力でも、積み重ねることで一家再興という大きな事が為せる(積小為大)という事を学び、これは二宮金次郎の後の行いや考え方の基礎になりました。 草山氏:そのときの経験でいろんな目に遭いながらも、独学でたくさんの勉強し、多くの気づきを得たり、物事を習得して、後に自分の中で行き着いた教えを実践していきます。   何をしたかと言うと、当時疲弊していた、のべ600にも及ぶ村々の農村復興とか、借金で苦しんでた武家の再興とか。彼の生涯の後半生、時代にして江戸時代の末期くらいの話です。   70歳でお亡くなりになってからまもなく明治維新となりました。明治時代、幕末の方から明治の頃にかけて生きていた方には二宮尊徳さんを知っている方が多く、お弟子さんが書いた『報徳記』は有名ですね。あとお伝えしておきたい翁の教えのひとつに『分度』という言葉があって、身の丈を知るというか、要は何をやるにしてもきちっとそのラインを決めるということを大切にしました。 報徳二宮神社が地域貢献のために仕掛けていること 草山氏:現在、報徳二宮神社が発起人となり『小田原柑橘倶楽部』という屋号で農家さんを応援しながら、農商工連携による地域活性を目的とした活動を行っています。   具体的には江戸時代に二宮尊徳翁が実践した手法をお手本に、この神社で出資したお金を元手に、農家さんから柑橘類などを高値で仕入れ、サイダーやドロップ・ジェラートなどの加工品を製造販売しています。昨年には地元の14社と連携して農業法人を設立し、耕作放棄地の開墾にも着手しはじめました。これらはすべて、次世代を担う農家さんたちや地元で商いをする方々の応援につながるものです。   この時代に小田原で生きる私たちは、今後ますます消費や労働人口の減少が顕著になる未来を見据えて、右肩上がり・経済一辺倒の考え方から、今まで以上に「人・物・お金」を地域に循環させながら、持続可能な社会づくりへの発想・業態の転換が求められていると考えます。 天地の中で生かされているという、人間の分度をわきまえながら、天地の恵みに感謝し、四季の彩りに心を和ませ、自然環境とも調和しながら、人と人との絆を大切にした心豊かな社会づくりを目指して、今後も小田原柑橘倶楽部は活動していきます。 引用元:偉大な功績 草山氏:報徳二宮神社では報徳会館という施設も運営しており、結婚式のご披露宴や記念日のご宴席など幅広くご利用いただいておりますが、昨年から境内に「杜のひろば」という空間を設け、新たに『きんじろうカフェ』も運営しています。   これは参拝客や観光客の方に神社の良さや尊徳翁の偉大さをもっと知っていただくためにはじめたものです。カフェでは翁の語録や格言などが入ったオリジナルグッズを販売し、Hameeさんにもご協力いただいて二宮金次郎像のスマホスタンドも扱っています。このひろばは今後も、もっと人が集まる場所、地域の方に使われる場所にしたいと思っています。 杜のひろば きんじろうカフェ   二宮金次郎像のスマホスタンド   ▼「二宮金次郎像のスマホスタンド」がこちらから購入できます▼ >> Motif. SMART...

皆さんはアウトドアの遊びに行くとき、スマートフォンケースをちゃんと耐衝撃のものにしていますか?していないのなら、買った方がいいです。外ではしゃいだ瞬間にスマホがポケットから滑落、粉微塵に砕けてテンションガタ落ちなんてのはよくある話です。   今回は「アウトドアモバイルギアブランド」ROOT CO.を企画開発するROOT株式会社の代表 三尋木準さんに立ち上げのきっかけや、激しいアウトドアスポーツなどでも耐えられるような商品へのこだわりなど聞いてきました。 モバイルギアブランド「ROOT...

      ある日のお昼休み。       四角メガネ:ちょっとフュージョンやろうぜ!   丸メガネ:うん、いいよ。           ※1フュージョンとは 2人の人物が一定の距離を取って立ち、左右対称に同じタイミングでダンスにも似た一連の特定のポーズをして、最後に人差し指同士を合わせることにより達成される融合。 引用元:wikipedia 融合 (ドラゴンボール)>フュージョン   ※2本編のフュージョンはストーリー構成上、本来のフュージョンとは違う方法をしています           四角メガネ:息を整えて。   丸メガネ:うん。           四角メガネ:人差し指を出して。   丸メガネ:うん。           四角メガネ:フューーージョン!!!   丸メガネ:・・・   四角メガネ:ハッ。   丸メガネ:・・・ハッ。                                       ドンッ!!!!!                               センター長:!!!!!!!!!!!!!!           センター長:だ、だ、誰、、、   インド人:僕だよ。サントッシュだよ。           インド人:驚いているみたいだから、僕の格言教えてあげるよ。   センター長:はへっ?                     インド人:うーん。           サントッシュの格言 1. 居心地のいい場所から離れる勇気が、人生の大きなチャンスをつかむ           2....

          悩みを抱える一人の青年がいる。           フットサル日本代表応援団団長の「山川太郎」           太郎:はぁ。           そう。彼は・・・ダサい。           服装がとてもダサいのである。ファッションセンスはないに等しい。                     靴下に・・・・・・・・・・・・サンダル。           太郎:ちくしょう。なんで俺は。(こんなにダサいんだ)                     「・・・」           ん?           太郎:ファッションコーディネート「WEAR」?           http://wear.jp/hidekoba/           太郎:・・・おぉぉお!?ひでかつ!?※1           ※1ひでかつとは:山川太郎のライバル           太郎:・・・おぉぉお、おしゃれ。おしゃれじゃねーか!!!           太郎:・・・くそぉ。なんか負けた気がする(怒怒怒)           太郎:負けられねぇ。ひでかつにはゼッテェ負けられねぇ。           おしゃれになると決め、一念発起する山川太郎。 ファッションスタイリストの親友のところにファッションコーディネートを懇願しに来た。           太郎:ふぅ・・・(緊張)           太郎:陽平ちゃーーーん!           陽平ちゃん:へい。どうした太郎ちゃん。           彼が陽平ちゃん。山川太郎の親友である。 超おしゃれでファッションスタイリストをしている。イケメン過ぎて辺りが霞んで見える。           くっくっく・・・           陽平ちゃん:ギャッハッハッハハッハッハ、ギャッハッハッハハッハッハ、、ダッセぇ!ギャッハッハッハハッハッハ、相変わらずだな!           太郎:頼む!僕をおしゃれにしてください!僕だって負けたくないんだ!           陽平ちゃん:「・・・」           陽平ちゃん:「・・・うーん。」         太郎にかけよる陽平ちゃん。           陽平ちゃん:いいに決まってるじゃないか。俺たち親友だろ?           太郎:ありがとう。           陽平ちゃん:くっくっく・・・・           早速ファッションコーディネートしてもらう山川太郎。           太郎:どうかな?                     陽平ちゃん:超おしゃれだよ。カッカッカッカッ           コーディネートその①:アメカジ王道 ヴィンテージレプリカ   ▼商品アイテムはこちら▼   ・FULLCOUNT フルカウント...

アパレル関係者にもよく見ていただいてるニアセ。振り返ってみるとアパレル関連の記事が溜まってきました。最新記事が増えてきたことで、奥底に眠っていたアパレル関連の良記事をまとめました。「流行りの商品、サービス」から「商いの本質」とは何なのか。アパレルビジネスに重要なポイントをこの機会改めておさえてみてはいかがでしょうか。 BUYON 薄利多売の悪循環になっているアパレル関係者様に向けた内容です。薄利多売から脱するために何をしたらいいのか、アパレルビジネスの今とこれからに迫ります。 これからの「アパレルビジネスは原点に戻る?」薄利多売の悪循環から抜け出すためにやるべきこと     BUYMA 在庫管理で困っている方はBUYMAがおすすめ。 BUYMAは注文が入ってから商品を仕入れ、販売することを認められているので、在庫を抱える心配がありません。BUYMAの特徴から楽天・アマゾンとの違いまで、BUYMAの賢い使い方記事です。 【誰でもバイヤーになれるプラットフォームBUYMA(バイマ)とは】楽天・アマゾンのネットショッピングモールを賢く使い分ける方法を考えてみる     ice watch さまざまなファッションブランド、ゲーム業界、スポーツチーム、芸能人など、 上手くコラボレーションを実施し、認知度を高めて行ったベルギー発のおしゃれ時計の「ice watch」。潜在層を掘り起こした巧みなマーケティング戦略とは何か迫ってみた。 コラボレーション施策を巧みに操る。「Ice...

ネットショッピングがはかどりますね。 ところでネットショップって、問い合わせをする時に緊張しませんか。特にキャンセルする時とかは、「怒られたらどうしよう」と怯えませんか。そうでもないですか。でもそんな時に優しく対応してもらえると「いい店だ!」ってなりますよね。   今回は実店舗を持ちつつ楽天市場、自社ECサイトにも展開しているアパレルショップ「ファースト」店長の佐野陽平さんに、お客様対応の質やリピーター戦略について聞いてきました。 苦しい状況を乗り越えながらネットショップ開店へ   -佐野さんは2代目の店長になるんですよね。   佐野氏:そうです。2代目ですね。私の父が1980年に創業して、実店舗は2店舗あります。アメリカンカジュアルやアウトドアブランドを取り扱っているファーストというお店と、ストリートブランドを扱っているスタジアムです。スタジアムの方は、オープンが1998年ですね。   -30年以上やられているんですね。山あり谷ありでした?   佐野氏:そうですね、僕はまだ入って10年も経ってないのであれなんですけど、常に父の言動をずっと側で見ていたので、あったと思います。何度も辞めようかと思ったこともあるみたいですし。それでも経営しかできないみたいな、しがみついてやってきたってことは聞きました。   でも正直家の中が荒れてる時はありました。良い時は良いけど、下がる時はどうしても下がっちゃうんで、そういう時期はありましたね・・・ありましたというか、今も波はあるんですけど(笑)   -今は楽天市場とカラーミショップにも出店されていますが、ネットショップ出店はいつ頃進出したんですか?   佐野氏:ネットショップは、6年前ですね。2010年くらいですかね。ECサイトの立ち上げは、僕が大学生の時からで、最初はカラーミーの方をやっていました。でも最初はあんまり売り上げも伸びない感じだったので、どうしようかなと。ちょうどネットが普及し始めるタイミングだったんですが、僕の中ではそこが第1回目のお店の危機到来というか、店頭の売り上げがどんどん下がってた時期でした。   その頃までは、店頭でお客様は洋服を買うっていうのが普通だったんですけど、お客様と話をしてると、最近、楽天で洋服を買うっていう会話がちょっとずつ増えてて。じゃあちょっと楽天やってみる?っていう感じで楽天は始めました。   実店舗「ファースト」の店内   -楽天を始めて、そこから売れるように?   佐野氏:売れるようになりましたね。すごかったですね。僕の感覚ですけど。当時の商品ページとかは今もう残ってないですけど、画像1枚だけとか、着用とか何もない、平置きの画像1枚でアップして、それが売れてたっていう。多分寸法とかも書いてなかったんじゃないかな。   ネットって「すごいな」っていう感覚でした。でも売上比率としては実店舗の方があります。実店舗が3分の2ですね。 お客様対応では密度を濃くする   -既存のお客様にもう1回来てもらうためにアプローチしていることってあるんですか?DM送ったりとか。   佐野氏:今はもうLINEですね。リピーターのお客様は、LINEでのやり取りがほとんどです。LINEでセールの情報を告知したり、新しい商品の入荷情報などを密に送っています。LINE@を上手く活用しています。   といってもコピペの文をに一気に送るだけではなく、基本は一人ずつ個人間のやりとりしています。接客の延長線上ですよね。基本接客が勝負だと思っています。   来店してくれた時に、いかに「あれ気になってるんだよね」っていうニーズを引き出すか。引き出せたらチャンスです。お客様が気になっている商品を調べて、入荷したら連絡する、というのをしっかりメモって、「入荷しましたよ!」というやりとりをLINEでこまめに個人間でしてます。   外で情報を仕入れて、これって入荷できないの?という問い合わせをくれるお客様もいます。それはすごく嬉しい。商品を知ったその場所で買っちゃえばいいのに、うちに問い合わせをしてくれるっていう。   -ファーストさんでしか買いたくない、というこだわり、信頼があるんですね。   佐野氏:本当に有り難いし嬉しいことです。もちろん、そういったお客様は実際の物を見たいっていうのもあると思うんですよね。だからうちも、入荷したんだから絶対買ってよっていうんじゃなくて、物見て判断してみてっていう感じで言ってはいますね。 お客様対応でレスポンスの早さをこだわる   -楽天市場店の評価高いですね。お客様への対応で1番注意しているところがあればお聞きしたいです。   佐野氏:お客様へのクイックな対応じゃないですかね。メールの問い合わせに対してのレスポンスの早さとかを意識しています。   お問い合わせに対する返答までに時間が空いちゃうと、その分色んな思いを積み重ねてる可能性があるじゃないですか、お客様って。だから、できるだけクイックな対応をっていうのは心掛けてますし、あとはクイックに対応できない事例もあったりすると思うので、そういう時は社員と話し合いながらこういう対応した方がいいんじゃないかとか、きちんと考えながら対応してます。   どうしてもメーカーに在庫確認する必要がある商品とか、例えば靴も同じサイズなんだけど左の方がきついとか、そういうこともあったりするんですよ。そういったメーカーにしか対応できない場合は、メーカーの連絡先教えるからそっちに送ってくださいとか、そういう細かいことの早さを心掛けています。   -丈直しのサービスもありましたが、あれはネットショップを立ち上げた当初からやられてるんですか?   佐野氏:そうですね。実店舗の方でもずっとやっていた事なので。特にファーストの商品を買うお客様は、股下何cmで丈上げお願いしますとか、人に合った細かい指定があるんです。デニムなんかは、詰まりもあるからそれを考慮して丈上げしなくちゃいけなかったり。   お客様としてもこだわりを持って買いに来るし、それは我々としてはわかってるんで、そこはちゃんとやんないとねっていう。ファーストの商品は経年変化を楽しむ商品なので、こだわりが強いお客様が多いですね。   -自分だけの物を。ネットからの注文もそういう細かい要望は結構多い?   実店舗内にある商品   佐野氏:多いですね。備考欄に「何cm詰めるかを書いてください」っていうような事を促してます。デニムとかは、商品を1回発送して、お客様に洗ってもらってうんです。そうして詰まった状態でもう1回こっちに送ってもらって、丈上げをしてもう1回お客様に送ってます。じゃないと洗った時変わっちゃうから。   -送る前にお店で洗って丈直ししたらダメなんですか?   佐野氏:デニムの洗い方も個人差があるんで、詰まり方も人によって違うと思うんですよ。お客様が、どういうやり方で洗濯されてるかがわからないので、洗ってもらって詰まった状態でうちで裾上げてまた返すっていう。   -なるほど。注文を受けて送るだけで終わらないんですね。思ったよりも手間がかかっていますね。   佐野氏:そうですね。でもそういうお客様にとってこだわりのある物を我々は販売しているので。 お客様対応の”質”にこだわる   -最後に、今後チャレンジしていきたいことをお聞きできればと。   佐野氏:地域により根差したいなってことはしっかり継続してできる利益を生み出してくってことをしたい。それをずっと続けたいっていうのはあります。   その中でもし大きく展開できるっていうチャンスがあるのであれば、そこはちゃんとキャッチしていきたいなって思いますけど、今お店を増やすとかは特にないですし、むしろ中身をよくしたいので、接客力を上げるとか、そういうところですかね。   -今後ネットショップの方で店舗数を増やすなどもしないんでしょうか。   佐野氏:今はないですね。極端なこと言うかもしれないですけど、ネットショップ・・・無くならないかなって思ってます(笑)無くならないと思うんですけど。   僕個人としては、お店に来てほしいし、試着しながらスタッフと話してあーだこーだ言いながらテンション上げてもらって、満足して帰っていただきたいというか。ネットの購入って、それができるのかなっていう。   そこが今持っているネットショップの課題で、そのお客様との触れ合いができるならネットにも力入れたいと思うんですけど。なので、ネットでの販路を広げていくっていうのは、今のところは考えてないですかね。むしろ実店舗での接客にもこだわって、店頭に来てもらえるように仕向けるというか、そういうことに力を入れていきたいですかね。   -販売のチャネルを増やすというのではなく、接客の質を上げていくんですね。   佐野氏:そうですね、お店としての質にこだわっていきたいです。我々が意識している部分は「お客様の事を知る」と言う事、お客様の名前覚え、接客中に名前を呼んで接客をしたり、前に買って頂いた物を覚えるようにしています。その他に下記を質問するようにしています。   デザインは何が好きなのか? 既に持っている洋服はどんな物か? 靴はどんな物をもっているのか?   お客様の事を知って提案が出来れば、お客様との距離はより縮まると考えています。(現在、ECの存在でそれも難しくなってきているのかな?と感じる所もあります)やはり、人と人とのコミュニケーションの基本だなと思っています。完璧ではありませんが、そういった考え方・思いで接客しております。 編集後記 来店したお客様とのやり取りや対応の質にこだわって、お客様の満足度を重視する。そういった姿勢は、実店舗に限らずネットショップでも生かされてお客様からの評価につながっているのだと感じました。「ちょっとこだわった服買いたいなぁ」と思われた方、ぜひファーストさんに足を運ばれてはいかがでしょうか。     ...

フットサル日本代表の応援団長「山川太郎」 普段は平凡なサラリーマン。           今日は水曜日           9時30分には出社しなければならないが。           時刻はAM10:30               zzz zzz             zzz zzz zzz             zzz zzz zzz zzz zzz zzz                           まだ寝ている山川太郎                                           「ん?zzz」                                                         「んー、うーん。zzz ん?」                 ウダウダしている山川太郎                                       「そろそろ、起きるかー」             「今日も起きれなかったなぁ。」                                         「とりあえず腹減った。」                         「朝飯でも食べるか。」                         「うん。ウインナー美味しい。 しっかり切れてないけど。」                   「うん。」                         「うん?」             「うん。」               「ごちそう、さま、でした。」 「とか言っちゃって、スマホいじっちゃお。」 (「2時っチャオ」みたいになっちゃったby山川太郎)         寝起きが基本悪い山川太郎。                         「そろそろ行きますかー。」 「行ってきまーす。。ふぅ〜〜〜」                                           しれっと出社する山川太郎。             「メールいっぱいきてるなぁ。」               「うーん。」                               ゴォォzzz                           ん?                             「小腹すいたなぁ。」     バリッバリッ                                                                 「さて、帰りますかぁ。」   遅刻してきているのに定時で帰る山川太郎       「お疲れーしたーーー。」                                                                           「ただいまっすー。」                                                   帰宅後すぐに就寝する山川太郎   zzz       zzz zzz...

  楽天市場やYahoo!ショッピング、その他多くのモールでバスグッズ(お風呂グッズ)の通販サイトを展開されている、「お風呂のソムリエ」ことバスリエ株式会社の代表取締役松永武さんにお話を聞くインタビュー第2弾。 前回 はバスリエ株式会社が出来るまで、市場を広げるための文化づくりについてお話していただきました。 今回は今のバスリエさんとしてのスタイルが確立されるまでの経緯、そしてこれからの展望について、語っていただきます。   今のバスリエになるまで   -バスリエさんの商品写真には非常に生活感があるというか、綺麗なだけではない何かが感じられるのですが、こういったこだわりは昔からあったのでしょうか。   バスリエ株式会社の「お風呂のソムリエSHOP!本店 」掲載されている商品のほとんどの写真は自社内で撮影されている。   松永氏:これには色々歴史があって・・・月商がまだ500、600万ぐらいの頃の話なんですが、そのくらいの規模だとまだ余裕をもって食べられるようなものではないんです。なので、その頃に他社さんのサイトの制作の受け売りとかもやったりしてたんですよ。当時はホームページとか作れる人もまだ少なかった頃だったので。   その時に、うちのスタッフがいわゆる画像販売サイトから画像を無断で持ってきて、その画像を使ってしまったんですね。それでいきなり内容証明が送られて来て、600万円の賠償請求が来たんですよ。月商500、600万の頃に。   -600万円!   松永氏:その時は本当に生きた心地がしなくて。もう大変なことしたんだなと。 インターネットでのトラブルに関する事例がそんなにない時代だったので、方々当たって都内のちょっと詳しい弁護士さんに相談したら、いろいろ親身になっていただいて、最終的に請求額以下のお支払いで済んだんです。 そこからはもう「写真はオリジナルで行こう」と決めました。 自分たちで撮影してやっていくと決めたので、スタジオも自社内に作って、そういった写真へのこだわりができました。今でもある意味写真はバスリエの表現の一つとして、大きい部分にはなっていると思っています。   -今のスタイルになるまで、どのような変遷があったのでしょうか。     松永氏:楽天の経営者向けのセミナーに参加して、いろいろ変わっていかなきゃって思っている時に、バスリエとしてどういう方向で行くか、バスリエの理念は何なのか、そういうものを改めて考えました。そこでやっぱり大きく自分の中で変化したのは、バスリエは雑貨屋じゃなくて、お風呂屋になるんだっていうことだったんですよね。 きれいな写真やうまい説明は素敵な雑貨屋さんでもできるけど、そうじゃない、うちはお風呂屋になるんだっていうのをまず一つ、決意しました。   お風呂グッズを売るけども、その先には「入浴する」という行為があって、入浴の先にはお客様の健康に対する思いだったり、美容に対する思いだったり、いろんな「思い」があります。そこを叶えることを、僕らのゴールにするっていう考えができ上がりました。   -それまではどういったお店だったのでしょうか   松永氏:それまでのバスリエは、商品登録を1日に何件して、月に何件登録する、みたいな効率重視のやり方をしていたんですね。ようはロングテールですよね。ロングテールで入口商品だけを作っていくようなやり方だった。その当時は、とにかくお風呂の専門店としての品揃え重視だったんです。 でもお風呂屋になるって決めた時に、「それだけじゃダメだ」っていう事で、大幅に方向転換をしたんです。 ですがその大きい変化をした時に、ついていけないっていう理由で基幹的なところをやっていた社員、スタッフが半分ぐらい辞めてしまって。10人ほどいたスタッフが5人くらいに・・・。   -社内の半数が辞めてしまうくらいの変化だったわけですね。   松永氏:そうですね。辞められてしまったことに関しては、もちろん辛かったんですが、僕の中では「こっちにシフトしなきゃいけない」っていう思いの方が強かった。あの時大きい方向転換をしなかったら、HOT...

お魚屋さんやスーパーの鮮魚コーナーでキラリと光るあの魚体・・・ああ・・・タタキにしたい・・・。   今回はネットショップから少し離れて、創業明治44年の小田原で100年以上続く鮮魚商魚國(うおくに)の社長にお話を聞いてきました。魚國3代目である古川孝昭さんに、鮮魚を生かしたお食事処など多店舗展開してきた、その歩みと観光地小田原の現状、「顧客に好かれる」従業員教育の秘訣などをお話しいただきました。 小田原 魚國   鮮魚から飲食業まで   -まず、古川社長のこれまで歩んできた道教えてください   古川氏:祖父が明治44(1911)年に魚屋を創業したので、3代目ということになります。そして先代、私の親父が40年以上前に、魚屋の2階で飲食店「味の店 魚國」を始めたんです。その後、私が1975年頃に入社しました。   -それからいろいろなお店をオープンされていますね。現在は何店舗の飲食店を経営されているのでしょうか。   古川氏:ラスカ小田原に「海鮮茶屋魚國」、地下街のハルネ小田原に「海鮮横丁うおくに」、東京の神田・淡路町に「小田原魚國」です。 今まで他にもいくつか出店していましたが今はその3つですね。遠地だとやっぱり色々大変だったこともあって。いくつか閉めたのは、その店の経営が厳しかったからです。   -鮮魚店は順調でしたか。   古川氏:当時はね。でも、郊外にスーパーやショッピングセンターができてから、小田原駅周辺はよくなくなった。大きいスーパーが二つもなくなっちゃったでしょう。大手が撤退しちゃうってことは、それだけ厳しい。この両方が撤退してから、商店街の客数は確実に減ってますね。今年5月の小田原城のリニューアルで戻ってきてるけど、観光客だけです。   -観光客は確かに増えてきている感じがしますね。でもそれだけではよくならないんでしょうか。   古川氏:お土産もたくさん買う時代じゃないんです。めったに旅行しない頃は、「自分はここに行ってきた」とアピールするために、まわりに買ってきた。でも今は自分で食べたい、ほしいもの以外は買わないでしょう。60代、70代の人たちは、「これ10個」と買うんだけど、今の人は1個か2個しか買わない(笑)。私なんかはまだ「あの家を足して、5個」、「とりあえず10個」と買っちゃうけど、今の人たちはそういう買い方をしない。   -言われてみればそうですね。家族と職場の人向けくらいにしか買っていかないですね。   古川氏:だから観光客が増えても、売り上げが上がらない。そういう時代になったんで、飲食で来る人たちはいるけど、なかなか厳しいです。人を商店街に呼び込む施策はいろいろやってみたけど、すぐに効果は出ませんでした。人が来ないことには販売チャンスが生まれません。そういう意味では商店街もチャンスをいかに作るかが一つの役目でしょうね。   -全国各地、商店街はうまくいっているところも、シャッター街になってるところもあってその差は顕著になっているように見えますね。   古川氏:小田原は人口のわりには、観光客が多いから、通行量は多いです。それに、地方で中心的な役割を果たしていたので人が多かったんですが、今は郊外にスーパー、ショッピングセンターができて、中心の商店街に人が集まらなくなったんです。毎日お客さんがひっきりなしに来る、と言った時代もありましたけど、昭和の時代からみたら魚などの売り上げは半分とか3分の1になってます。 小田原魚國 ネットショップの活用   -ネットショップも始められていますが、時代の流れ、背景もあってチャレンジされているということでしょうか。   古川氏:もちろんそれはあります。客を待ってるだけでは厳しい。まだこれから、という感じではありますけどね。その点で言うと店舗のほうがリピーターのお客さんが来て買ってくれます。 魚國のネットショップではその日の朝に獲れた鮮魚や干物などが販売されているほか、料理長の魚を使ったレシピの公開など、飲食店ならではのコンテンツもある。   -御社のネットで買われる方って、30代、40代ですか。   古川氏:40代、50代の方々もネットで買うようになってます。余裕があって買えるのは、その世代でしょう。アジの干物を買いたい若い人は少ないんじゃないですか。   うちのネット以外にも、ネット経由でお中元とかお歳暮で魚や干物が売れたりするんですけど、年齢層は高いですよね。若い人たちにどうやってアピールするのかが重要です。   -伊豆の干物会社がオンラインショップを立ち上げたけどうまく売れず、ほとんどDMの売上げに偏っているという話を聞きましたが。   古川氏:うちもDMを年末にやるんですけど、年齢層が高いんで、だんだんお亡くなりになっちゃう(笑)。   -これからは、ネット販売にも力を入れていくのでしょうか。魚のさばき方の動画をアップされていましたが、5万回再生されていますね。   古川氏:そうですね。弊社の料理長が定期的に旬の魚を使った料理を紹介して、その調理方法を載せているんです。レシピも動画のほうがいいのかな。でも、撮影してアップするのって大変で(笑)今はネットの売り上げがそこまでないので、ネットの担当者がまだいないんですよね。ゆくゆくはもう少し動画をアップしたり、ネットのコンテンツを太くしたいですね。 小田原魚國が105年続く理由   -明治44年創業の鮮魚店というのは、やはりすごいです。ビジネスを長く継続していくために心がけていることを教えてください   古川氏:そうですね。でも昔よりも郊外で買われる方のほうが多い。交通の便とか買い物の仕方が変わった。ただ、小田原に来たら必ず寄るっていう人は結構います。でも、そういう方が小田原市内に来る機会が減ってます。いいものを安く売ることはやってきてますけどね。前は魚を客が丸ごと買ったけど、今は何でも切ってすぐ食べられるようにして売るというもことも多いですね。昔は魚を皿盛りで5匹とか買ったんです。アジが安かったら開いてフライにしておくとか、いろいろできるんだけど。   -なるほど。   古川氏:でも私も、もっと時代に追いつかないとっていう気がします。常に新しいものにチャレンジして、いろんなことをやってきた。でも全部がうまくはいかないんで、店も作って閉めてを何回も繰り返しています。ともかく、魚屋だけは頑張ってやるしかないと思ってます。ただ、やっていく価値があるのかも、見極めなくちゃいけない時代だという気がします。 魚屋の組合長もやってるんですが、うちの組合は170軒ぐらいあったのが、今、70軒ないですから。   -100軒も減ってるんですね。   古川氏:100軒以上ですね。ここ15年、20年ぐらいで、そのぐらい魚屋さんがなくなってます。スーパーの影響もあるけど、スーパーが50軒100軒も増えたわけじゃない。   魚屋に行って話をして買うとかをしなくなって、買い物の仕方も変わったという気がします。ただ、若い人でも魚料理を作ったり、レシピを見る、好きな人たちも増えてきてますね。でも、そういう人たちって量を買わない(笑)だからもっと色々な方法を考えていく必要があります。   スピードとお米と 小田原駅内にある海鮮茶屋魚國。駅から出ずに!小田原の獲れたての海の幸を存分に楽しめる。   -飲食店の魚國さんは駅の中にあって、いつ見ても人が入っています。ずっと流行ってる事業の運営で気をつけてる点ってありますか。   古川氏:基本的にクイックサービスだと思ってるんです。いかに早く出せるかが大事。味、サービス、魚が安くておいしいのはもちろんですが。駅だから観光客の方は時間が何分しかないっていうのもある。お昼はいかにお客さんに早くおいしいものを食べてもらうか。次の場所に行かなくちゃいけないですから。   -それは地下街のハルネ小田原のお店もそうですか。   古川氏:ハルネの地下のお店はちょっとこだわりがあるんですね。地元のお客さんに食べてもらいたい場所です。また、ラスカ小田原のお店は、ご飯もおかわり自由なんですよ。それでお米もおいしい、いい米を使う。「ご飯だけでも食べたいね」というレベルのものは出さなくちゃいけないと考えています。   -お米を重要視されているんですね。それはなぜなのでしょうか。   古川氏:ご飯がおいしいのは大事。普通は魚のほうにだけど、そうじゃない。ご飯がおいしくないとダメなんです。魚屋やってんだから、魚がおいしいのは当たり前。「このご飯うまい」といって、魚を食べるとさらにおいしいわけでしょう。ご飯がおいしいっていうのはすごく重要なポイントです。「おいしいお米を」とお米屋さんにいってる。おいしい米だと、ご飯の出も多く、残さない。お米がおいしくないと、料理がおいしくても、最後に満足感がない。   -確かにそうですね。   古川氏:米がまずいと、「メシまずい」ってなっちゃう。お米は値段高いったって、原価率はそんなに変わらない。茶わん一杯だから。   -だったら、おいしいお米がいいですね。   古川氏:そう。料理屋はご飯だけでもう一杯っていうお米を使わないと。 これは親父が料理屋を始めたときから、うまい米ってうるさかったのもあって、「あぁ確かにそうだ」ということで気を付けています。米がおいしいと、おにぎりも、お茶漬けもうまいって思ってもらえます。 小田原魚國のスタッフを生かす秘訣 -社長として、いろいろなスタッフを抱えて経営していくうえで、気をつけていることがあったら教えていただきたいと思います。 鮮魚店魚國の店内。小田原漁港で水揚げされた魚を、古川社長が自ら買い付ける。   古川氏:スタッフはそれぞれみんな違うんで、その人の特徴を性格や考え方も含めてつかむことがすごく大事です。会社としては、いかにお客さんにそれぞれの従業員をかわいがってもらえるかですね。だからみんなに「自分のお客を作りなさい」とよくいいます。お客さんて人につく部分が多いですからね。だから、スタッフが辞めちゃうと大変。   -大事なのは人柄ですね。弊社のシステムのサポートスタッフがいるんですけど、やはり指名が来ます。ネットショップの満足度も、カスタマーセンターの対応でかなり高くなるということがあります。   古川氏:でもなかなかそれってマニュアル化できないじゃない。それぞれ自分の得意分野を生かすといい。だから「自分のお客を作ることはどういうことか」を考えるといいかもしれない。   売ればいい、作ればいいじゃなくて、情がないと。「お客さんのためにできるかどうか」っていう思考回路を作っていかないといけない。お店の人が自分のことを考えてくれるから、その人から買ったりすることもあるでしょう。また、「自分が一番心地いいことを、相手にやってあげなきゃダメ」っていったりします。   自分だったら、このほうが居心地がいい、このほうが落ち着くとか。それをできるかどうかは大事ですよね。特に接客業、飲食店では。あとは、「ほしい」と思ったときに聞いてくれるとか。   -ちょうどいい時に。   古川氏:そうそう。「タイミングがいいから、もう一杯飲んじゃおう」となるとか。そこってすごく大事ですね。自分を見ていてくれてるのがわかると、「またあの人に」ってなるじゃない。来たら必ずあの人を呼ぶみたいにならないとダメでしょう。なかなか実践できないですけどね(笑)。   -最後に古川社長の人の育て方、というものをお聞かせください。   古川氏:本人主義に近いかな(笑)。あまり怒らないタイプです。本当はもっといわなくちゃいけない気がするけど、よっぽどのことがないといわない。いうと逆に発想が縮こまっちゃうこともありますしね。 編集後記 商店街の衰退が叫ばれて久しい昨今。そんな中での鮮魚商魚國の工夫、販売チャネル拡大へのチャレンジを聞く事が出来ました。   ところで鮮魚店の魚國では生の鮮魚だけでなく、獲れたての魚をフライ等に調理したものも売っています。信じられないくらい美味しいので、小田原に来た際は、ぜひ。    ...

皆さんは「ワインのソムリエ」って知っていますか?知っていますよね。そうです。ワイングラスに入ったワインをくるくる回すイメージのあれです。   では、「お風呂のソムリエ」はどうでしょう?知っていますか? ワイングラスにお湯を入れて嗜む人を想像したそこのあなた!「そんな職業ないでしょ」と思われるかもしれませんが、実は、あるんです。   という訳で今回は「お風呂のソムリエ」ことバスリエ株式会社 松永武社長にお話を聞いてきました。   バスリエ株式会社誕生のきっかけ   -まず、最初に松永さんのバスリエを立ち上げるまでの歩んできた道というか、きっかけを聞かせていただけないでしょうか。     松永氏:歩みですね・・・まあ、すごく簡単に端折ると、まず僕は学校の勉強が全然出来なくて(笑)でも仕事が大好きなんです。 もともと実家が町の家電屋と言う事もあり、小学生の頃から父親にくっついてエアコンの取り付けとかの手伝いをしてたんです。そうすると、お客さんから「武君、偉いねー」みたいな感じで褒められ、お菓子をもらったり、500円もらったりしていたのが僕の商売の原点かなぁと思っています。 何かをして喜んでもらって、対価をもらうってことが昔から大好きでしたね。   あと、音楽が好きで、そういう仕事がしたいなと思ってたんです。 それって別に音楽業界で働きたいってことではなくて、音楽ってメロディや歌詞や人に共感するからCDを買っていただけるように、共感して選んでいただけるような仕事って事です。さらに言えば、聞くシーンも常に聞き手都合で楽しいときや悲しいときに合わせて寄り添ってくれる・・・そんな仕事をイメージしていました。 東京に出て来た頃は趣味で作詞作曲をやりながら、ライブハウスでバイトしていましたね。 でも時給が凄く安くて(笑)、住んでる所は風呂なしのアパートで明日食べるものにも困るような暮らしを続けていました。   しかし、いい加減生活が苦しくて当時時給の高かった家電量販店の派遣社員として働き始めたんですが、その時にバスリエを立ち上げるきっかけになった「まくら株式会社」の河元さんと知り合いになったんです。   河元さんは一足先に退職して「まくら株式会社」の前身となるアンニークジャパン(annique japan)を起業し自社開発の枕を販売していました。 扱っていた枕が当時では画期的な低反発枕で、枕が人の頭に合わせて快眠できるという商品でしたね。それが僕の中で「人に合わせる」っていう音楽的な要素を感じたことと、河元さんの枕に対する熱意に感動して「まくら株式会社」に入社させていただきました。   -まくら株式会社様の場所は千葉県だったと思うのですが、東京から通っていたという事でしょうか。     松永氏:そうですね。当時は練馬に住んでいたので会社のある千葉県の我孫子市から帰ったら夜中の1時2時でした。朝は6時に起き・・・でしたので睡眠時間3時間みたいな生活が1年ぐらい続いていました。そんな時に、当時はまだ結婚してなかったんですが、妻が「枕で眠りを売っているのに、自分が睡眠不足でどうするの?」みたいな、ごもっともなことを言ってきて(笑)ある日、妻が入浴剤を買ってきてくれてたんです。 「これにゆっくり入って、これぐらい汗かいて、で、こういう状態になったら上がって、で、また休んで、寝てみなよ」みたいなことを言われたので実際やったら、すごく気持ちよかったんですね。じんわ~り汗をかいてリラックスして。 湯船に浸かっているときはもちろんだし、上がってからも違う!なんか温泉行ったみたいにポカポカするって感じました。 そしてさらに朝起きたらびっくり!完璧に体の疲れが取れてるし、ものすごいすっきりしてるんですよ。   その時、睡眠の質を良くするのってお風呂とか睡眠前にどう過ごすかとか、そういったところがすごい重要なんだと気付かされました。 独立は前々から「いつかは」と思ってたこともあって、独立しようと考えた時に、じゃあお風呂グッズの専門店をやろうと思ったのは割と早かったです。ショップ名とか会社名は、「妻がやってくれたのって、なんかお風呂のソムリエみたいだな」っていうところからショップ名が『お風呂のソムリエSHOP!』になって、会社名が『バスのソムリエ』で、『バスリエ(Bathlier)』としました。 これがバスリエを立ち上げるに至った経緯ですね。 ...

自炊のレパートリーはキャベツ肉炒め!のみ!男気のニアセ編集部です。   先日キャベツが1玉98円で売られており、迷わず買い込みました。色んな火加減のキャベツ炒めが出来るぞ!とホクホクです。食材を切る時って「トントントン」というまな板に包丁が当たる音が出ると思いますが、この音って自分が何だか料理できる感がしますよね。例え切る対象がキャベツのみだったとしても。   この「トントントン」という音にスポットを当てたまな板があります。料理が楽しく、うまくできるようにと考えられて作られている「otoita」というこのまな板。今回はこのまな板の開発元、エコキッチン株式会社の社長 柳川実さんにお話を聞いてきました。   料理道具を提案するおしゃれキッチン雑貨「エコキッチン」が出来るまで   -ホームページを拝見すると色々な事を経て、今があるようですが・・・聞いていいですか?   柳川氏:結構いろんなところで話してるんですけど、やっぱり一番は高校を辞めてるところが最初の挫折みたいな感じです。まさにレールを踏み外したような感じで、いろいろやったんですけど長続きしなくて、さらに中卒だと本当に限られた仕事しかなくて、就職もほとんどできませんでした。新聞配達とか、バイク屋、キャバクラのボーイとか色々やりました。   で、最後にやったのが、派遣会社でやった携帯の販売員でした。そこで出会ったのがバスリエ株式会社の松永武さんです。同じ派遣会社で、同じお店で働くことになったのが凄いきっかけで、自分が変化できた大きな理由でした。僕は「このままだとダメだな」って分かっていながらも、コネもないし上手く踏み出せない状態だったんですけど、松永さんはそのときネットショップを立ち上げたばかりだったんです。   自分はまず、お金があまりないのにショップを立ち上げるなんてことが可能なんだっていうところにビックリして、是非教えてほしい、って思ったのが一番最初のきっかけです。自分が今ネットショップを運営できているのも全部、松永さんから教わったのが始まりですね。   -バスリエ株式会社さんの所で働いた時期もあるとか。   柳川氏:はい。1年ぐらい働かせてもらったんです。働くからいろいろなことを教えてください。っていう。そこでかなり多くのノウハウを学ぶことが出来ました。これが10年前ぐらいの話です。   まだ松永さんの所も人が少なくて、バスリエの創業当初は一軒家みたいな感じで、1階は別の測量の事務所が入ってて、その2階を借りて事務所にしてたんです。あの漫画家のトキワ荘みたいな感じです。   入った当初は松永さんの自社のショップだけで、そろそろ楽天市場にでも出すかタイミングで、名ばかり店長として楽天市場のショップを任されたんです。その時に楽天店の月商が100万円になったので辞めて、独立しました。普通は教えてもらうなら、多かれ少なかれお金を払うものですよね。でもタダでかなりのことを教えてもらえるって、とてもありがたいと思って働かせてもらいました。   料理道具を提案するおしゃれキッチン雑貨「エコキッチン」が軌道に乗るまで   -最初は楽天市場でショップを立ち上げられたそうですが、やはり軌道に乗るまでは非常に苦労したのではないでしょうか。   柳川氏:やっぱり最初の1年は売り上げが上がりませんでした。初めて1か月で30万ぐらい売り上げて、もう50万100万までトントン拍子だと勝手に思っていましたが、でも実際はずっと20から30万円をウロウロしてて、しかも1年ほどたっても同じ感じで全く成長がなかったんです。その頃は一緒に店を始めた友人にも当たったりしてしまって、離れていってしまって。オープンから1年ぐらいの話です。   そこからまた試行錯誤していろいろ探したんですけど、最初にオープンするときにその友人と「2年やってダメだったらもう完全に諦めて辞めよう」って決めてて。1年たって折り返し地点にきて、もうウカウカしてられないってところで一人になってしまったんですが、じっくり耐えて頑張りました。   それから半年ぐらいたって、ついに月商100万円を達成したんですが、実はそのときの自分は「商品を追加することが売り上げを上げること」っていうぐらいしか知らない状態でした。そこで思い出したのが、バスリエ株式会社の松永武さんで、彼が考案したお風呂用品にはビジョン、理念がちゃんとあり、それにきちんと沿った選び方をしていていたことを思い出し、商品に説明を用意していました   そういったことが僕にはほとんど見えてなくて、ただ商品の追加さえすれば売り上げが上がると錯覚していたんです。ようやくそのあたりで、これはただのまぐれで、これだけじゃダメなんだと気づきました。そして商品説明を増やして分かりやすくするなど、当たり前のことをきちんとやるようにしました。   -そこから軌道に乗ってきたんでしょうか。   柳川氏:そうですね。100万円を超えたあたりで、アルバイトの方を雇ったりしました。出荷の方に人手を増やして浮いた分、自分は新たに仕事をして、みたいな感じで少しづつ売り上げが伸びていきました。   -売り上げが徐々に上がってる時って嬉しい反面、かなり忙しくなってきますよね。   柳川氏:そうですね。どうしても人では追いつかなかった部分もありました。特に受注の処理が一番大変で面倒だったので、最初は速販っていう一元管理システムを導入してました。でも売り上げが上がっていくにつれて、つまり注文件数が伸びていくにつれて速販でも厳しくなってきたのでネクストエンジンという受注や在庫を一元管理するツールに乗り換えました。 料理道具を提案するおしゃれキッチン雑貨「エコキッチン」がマルイに出店...