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現代社会に潜むリスク「会社宿泊」 日々汗水その他様々な汁を垂らしながら働くビジネスマンの皆様、お疲れ様です。吉住です。皆様の中にも「仕事が終わらない。今日はもう帰れないかも…」という経験がある方は少なくないのではないでしょうか。   「球史に名を残すホワイト企業」と言われる弊社Hameeでは、滅多なことがないとその様な場面はありません。   しかし、そんな超ホワイトな環境にあっても、一部の心ない人たちから「仕事のキャパシティが目薬のフタ」と言われる私吉住の業務量は日々表面張力状態。幸い今はほぼ定時で帰宅していますが、「仕事が終わらなくて家に帰れないリスク」は常に意識せざるを得ない問題なのです。   そこで! 仕事で必要に駆られて泊まることになる前に、まず一回泊まってみることにしました。どうせならただ泊まるだけじゃなく、楽しんでみよう。そんな企画です。   座して待つよりリスクを迎えに行く。これが激動の平成を生き抜いてきた男のスピリットだ。見さらせ!   ※ニューアキンドセンターをご愛読いただいている賢明な読者の皆様方は、「仕事は定時に終わらせて颯爽と帰宅」というイケてる現代的ビジネスパーソンが多いと思われますが、どうかお付き合いくださいませ。   21時。誰もいなくなったフロアに集まりし精鋭達。そして食事へ 終業後、静かになったフロア。この時間にはほぼ誰もいなくなる。ホワイト企業の鑑。   今日一緒に会社で夜を過ごすのは「Dozenz」という怪物ラップアプリの仕掛け人松岡氏、スマホウイイレマスター片平氏という2名の中年男性。私も入れて3名、どこに出しても恥ずかしい、負けず劣らず鳴かず飛ばずの精鋭達だ。   ▲私(左)と松岡氏(右)。撮影は片平氏   今日の宿泊の舞台はHamee小田原オフィスの食堂兼イベントスペース。   集合時間の21時に予定通り全員集合すると、そのまま夜ご飯に突入。みんな昼間一生懸命仕事したから、お腹が減っているのだ。   この日の夜ご飯は、Hameeと同じく小田原の企業で防災のスペシャリスト「相日防災株式会社」様が提供してくださった、災害時に役立つ【非常食セット...

『婚活商売』が乱立中。婚活マニア歴6年の著者がご案内 書籍『「婚活」時代』が発売されてから10年。婚活はいまや一般用語として普及した。婚活の手段も従来のお見合いや合コンだけでなく、選べないほど多数の選択肢がある。   であるからには、そろそろ「婚活にはどんなものがあるか」網羅的に見てもいいのではないか。そこで今回は、結婚希望者からの人生相談を6年ほど受け続けてきた"婚活マニア"としての経験をもとに、婚活業界をご案内したい。   これが婚活業界マップだ 婚活業界はおおまかに11種類へ分かれている。 ▲婚活業界マップ   高単価なものでは3万円程度かかるが、低単価なものは1,000円台から参加できる。真剣度は「結婚とは限らず恋愛や友人関係を探しにくる」人の割合でマッピングした。   以下、各項目を解説する。   (1) 合コン 歴史はなんと明治時代にさかのぼる、出会いを促進する飲み会。株式会社ぐるなびの調査では婚活で選ばれる手段の3位にランクインしている。   だが実施する人の多さと対照的に、成婚率は低い。リクルートブライダル総研の『婚活実態調査2018』によると、合コンで出会った相手と結婚した人は2017年に成婚した人のわずか9.6%に過ぎない。これまで人生相談を900件近く受けてきた筆者としても、既婚者がよく混ざっている、盛り上がりを優先して個々の相手と話しづらいなど課題が見られる。楽に開催できる反面、効率はよくない婚活といえる。市場規模は不明だが、飲食店業界へ一定の割合で貢献していることは間違いない。   (2) 街コン 飲食店と提携し、多数の店舗を回ることで婚活を楽しめる合コン。従来の合コンと異なり、見知らぬ男女が集まるのが特徴。2014年の意識調査によると、合コンよりも結婚への真剣度が高いことが判明している。   街コン単体での市場規模を推察することは難しいが、大手街コン企業の株式会社リンクバルの決算資料を読み解くと、街コンよりイベント型婚活で業績を伸ばしていることからやや縮小傾向にあると思われる。 (3)...

かまぼこの未来のため、異色のレスラーが立ち上がる 武藤敬司率いるW-1で活躍するプロレスラー三富政行さん(twitter、instagram)を知っていますか? 彼は慶應義塾大学を卒業し、大手広告代理店・博報堂に就職。その後一念発起して会社を辞め、プロレスラーに転身するという、異色の経歴を持っています。   【過去記事】博報堂を辞めてプロレスラーに。三富政行が語る「好きを仕事にする」ということ   そんな三富氏、7/1に小田原アリーナで開催されたW-1の告知で弊社(小田原にあります)を訪れた際、親戚が小田原に住んでいて、かまぼこが身近な存在だったこと、かまぼこに対して人一倍熱い想いがあることを話してくれました。   ---------------- かまぼこは高たんぱく低カロリーなんです! アスリートは絶対かまぼこを食べるべき。 脂質も超低い。炭水化物も入っているから、これだけで食事として完結する、まさに『完全食』なのです!もっとかまぼこのことを知ってほしい!...

宮城県の廃墟「化女沼レジャーランド」を知っていますか? 宮城県にかつて存在した遊園地「化女沼レジャーランド」。今は廃墟となり、静かに新しい買い主を待っています。その歴史と現在、なぜ復活に向けたクラウドファンディングはとん挫してしまったのか。   持ち主の後藤孝幸氏から買主探しを依頼された「廃墟マニア」鹿取氏に語っていただきます。   夢見る若者が実現させた「化女沼レジャーランド」 戦後、焼け野原となった宮城の仙北平野を眺め、人々に希望を与える娯楽施設を築こうと夢みる若者がいた。古川商会の二代目、後藤孝幸氏だ。ガソリンスタンドや貸しビル業など、様々な事業を手広く展開するが、ずっと夢を追い続けていた。   1979年、ついに夢を実現させる。宮城県古川市(現在の大崎市)に総合レジャー施設「化女沼保養ランド」を造り上げた。観覧車やメリーゴーランド、ゴーカートなどを備えた遊園地のほか、ゴルフ場やホテル、野外コンサート場も併設した。その後、「化女沼レジャーランド」に名前を変えた。   行政や大手企業に頼ることなく、後藤氏の独力で開園に漕ぎつけたが、その苦労は生半可なものではなかった。連日銀行を駆け回り、資金を集めた。遊園地の遊具も、後藤氏が直接アメリカやヨーロッパに出向いて買い付けてきた。   ▲廃墟となったゴルフの打ちっぱなし。このほか6ホールのゴルフ場もあった。   開園後は、東北では数少ない遊園地とあって、連日多くの人で賑わった。週末にもなると家族連れが列をつくり、ランド周辺には渋滞も発生した。なかでも1,000人を収容できるそうめん流しは、化女沼レジャーランドの風物詩となった。今でも地元では「遊園地のことは覚えてないけど、そうめん流しだけは覚えている。」という人も多い。   そうめん流しとは、流しそうめんとは異なり、円卓中央の水槽の中でそうめんがグルグル回るというもの。ランド内には、専用の円卓が数百基備えられていた。   ▲そうめん流し 参考画像   野外コンサート場では、ゴダイゴなど人気歌手のコンサートも度々行われ、全国から数千人のファンが押し寄せた。あるコンサートの日、台風が接近していたため中止を決定したが、ファンの女の子に泣かれて、仕方なく数人のためだけにコンサートを行ったこともあった。その日のことを後藤氏は「大赤字でしたよ。でもね、お金のためだけじゃないですから。商売は。」と、笑顔で振り返る。   年間20~30万人が訪れ、たちまち宮城を代表する人気スポットになった。後藤氏は多忙を極め、寝る間を惜しんでイベントの準備などに追われた。   順調に動き出した化女沼レジャーランドだったが、徐々に苦戦を強いられてくる。渡り鳥の飛来地として知られる化女沼の畔にあってロケーションは最高だが、アクセスは決してよくなかった。東北新幹線の古川駅からも、東北道の古川インターからも10キロほど離れている。   また、元々人口の限られている東北では、特にリピーターの存在が大きな鍵となるが、独力で開園したため資金と時間に余裕がなく、設備の増設が出来なかった。   レジャーが多様化し、海外旅行へシフトしていった時代背景もあって、来園者は急激に減少。1990年代後半には、入場者が1ケタという日も少なくない状況に陥った。資金繰りが悪化し、持っている土地も全部担保に入れたが、2001年、ついに閉園のやむなきに至った。   戦後から追いかけ続けてきた男の夢は、20年ほどで儚く消えた。   ▲廃墟と化した化女沼レジャーランド     私と「化女沼レジャーランド」の所有者・後藤氏の関係 遊具が錆びつき、荒廃した雰囲気が漂いはじめた2010年、私は後藤氏とはじめて出会う。当時、NHKで放送されていた「熱中人」という番組で私が密着取材を受けることになり、ロケができる廃墟を探していた。   とはいえ、廃墟というのは、所有者にしてみれば不名誉な遺物で、ひっそりとしておいてほしいのが本音だろう。それをテレビで放送するなど、とても許可してくれるものではなかった。   東海地区から全国へエリアを広げ、許可の取れる廃墟を探していた時に行き着いたのが、化女沼レジャーランドだった。後藤氏は快く撮影を迎え入れてくれたのだ。   ちなみに、化女沼レジャーランドは廃墟化した後も、映画『スープオペラ』など、撮影地として度々使われてきた。なかには困ったこともあって、某テレビ局の「映っちゃった系番組」のロケに使われた際、根も葉もない事実を放送され、“心霊スポット”の汚名を着せられてしまったのだ。テレビ局の作り話、デマだというのに、信じている人も多いようだ。   「夢も一緒に引き継いでくれる人が現れるまで」 化女沼レジャーランドにかける後藤氏の想い ロケ当日、廃墟と化した化女沼レジャーランドを2日間かけて探索しながら、後藤氏の話を聞いた。   「ここにはね、遊んだ人の思い出と私の夢がギッシリ詰まってるんですよ。そのシンボルである遊具は、どうしても撤去できなかった。できればまた遊園地にしたいんです。それが無理でも、みんなが喜ぶ場所にしたい。」   遊園地の遊具は中古でも高値で取引されるため、早々に撤去されることが多いが、後藤氏の強い意志によって遊具が残されていたことを知る。こうした後藤氏の思いに触れ、胸が熱くなった。また、後藤氏はこうも語った。   「俺があと10歳若かったら、金を集めてまたやるんだけど、もう歳だから。土地は売りたいけど、切り売りはしない。夢も一緒に引き継いでくれる人が現れるまで、遊具を残しておく。」   ▲化女沼レジャーランドに対する熱い想いを語ってくれた後藤氏   私に何かできることはないか考えた こんな話を聞いて、心が動かされない人なんているのだろうか。できることなら、私がここを遊園地として再興したいと思った。閉園した当時とは、事情も大きく変わっている。   車で1分ほどの距離に東北道のスマートICが完成し、交通の便は大幅に改善された。閉園後に温泉を掘削し、源泉も湧いた。これが温泉マニアも唸るほどの良泉で、宮城県のみならず、東北随一と評されている。これは、やり方によっては何とかなるのではないか。   そんなことを思ったところで、私には先立つものがない。どう考えても億単位の買い物になるので、日々の生活にあくせくしているサラリーマンとしては、どうしようもなかった。複雑な思いを抱えて、ロケを終了した。   ▲筆者も温泉に入浴。野湯状態だが、泉質は折り紙つきだ。   「化女沼レジャーランド」が再びNHKで取り上げられる それから4年が過ぎた2014年、NHKから連絡が入った。「新日本風土記」という番組で化女沼レジャーランドを取り上げたいが、所有者と連絡がつかないので紹介してほしいという内容だった。   私は2010年のロケ以来、個人的にランドを見学させてもらうなど、後藤氏と連絡を取っていた。すぐにNHKと話を繋いだ。放送では、化女沼レジャーランドというより、後藤氏が主役になっていた。あえて廃墟を残している熱い想いや、豪快で人情味あふれる人柄に、NHKのスタッフも惚れ込んだのだろう。当の後藤氏も放送を気に入ったようで、私にまでお礼の電話をくれた。   廃墟の所有者から廃墟マニアへ、まさかの依頼が 放送後の2015年春、後藤氏が名古屋まで私に会いに来てくれた。電話ではなく、直接お礼が言いたいのだという。   当日、宮城のお土産をいただき、思い出話にも花が咲いた。そして、後藤氏がおもむろに分厚い冊子を取り出した。表紙には“化女沼レジャーランドの概要”と書かれている。   「私ももう歳だから、ランドを手放そうと思う。そこで、夢を引き継いでくれる人を、ぜひ鹿取さんに見つけほしいと思って来たんです。」   これには正直、ビックリした。敷地は45,000坪あり、温泉の源泉も付いてくる。どう考えても、高額な不動産取引だ。その売り先を、不動産と全く関係のない化学系技術職のサラリーマンである私に、依頼してきたのだ。それも、廃墟の所有者と廃墟マニアという関係でしかないのに。   無理だと思いますよ、とお伝えしたが、これまで何度も廃墟の見学を受け入れてもらい、何一つ恩返しができていない。無理と分かっていても、出来るだけのことはやってみようと心に誓った。   ▲廃墟の所有者(右)が廃墟マニア(左)に売却先探しを依頼するという前代未聞の事態に。   とはいえ、私にできることといえば、せいぜいホームページで宣伝をしたり、廃墟マニアの口コミで情報を広めることぐらいだ。土地に興味のある人も来るかと思い、見学会も催したが、何の反響もないまま1年が過ぎた。   「廃墟の買い手募集」がみるみる拡散。殺到する取材依頼 2016年9月、何気なくツイッターでつぶやいた。   宮城県古川市にある遊園地廃墟「化女沼レジャーランド」。所有者様に頼まれて、買っていただける方を探しています。東北自道・長者原スマートインターから3分、約45,000坪、閉園後に涌き出た源泉付き。自然公園に囲まれ、当地のみ建築制限なし...

知的障がい者サッカー日本代表、西眞一監督インタビュー後編 後編では、「もう一つのワールドカップ」に向けた戦い方や、キーマンを教えてもらいました。   そして、実際に選手たちがプレーするところも見せてもらいました。   リンクなど ★前編はこちら ★「もう一つのワールドカップ」日本代表公式応援Tシャツのご購入はこちら   スウェーデン大会に向けて 8月に「もう一つのワールドカップ」として、知的障がい者サッカーの世界大会があります。そこに向けて西監督は「ハードワークを通した、全員攻撃、全員守備」を掲げていますが、この言葉にはどんな想いが込められていますか?   ハードワークっていうのは90分間とにかく走る。走ることをまずやろうということ。   全員攻撃、全員守備は文字通り、みんなで攻めてみんなで守るということなんですけど、常にボールに関わるという意味でそれを提示しています。   なぜ敢えてそれを提示してるかと言えば、彼らは基本的にシンプルな人たちなんで、「ああもうきついな」って思ったら、足が止まっちゃう。それを「足を止めずにやろうよ」と。何のためか。それは「試合で勝つため」であり、「ゴールを決めるため」と言ってます。   全員攻撃、全員守備というのも、攻撃してる時に守備の選手が「僕は守りだから関係ないや」じゃなくて、ボールは前にあっても守備の人たちも常に関わっている、常にサポートできている。ボールを奪われたときにすぐに対応できる。   そういう意味で攻撃も守備も、全員一緒にやろうねって言ってます。   戦術について 戦術面ではどうですか?   彼らにはトレーニングで見たままのものをゲームの中でやってほしいと考えています。あれこれ戦術を細かくはめていくと、さっき言ったようにいろいろあったら彼らは混乱してしまうので。基本的なサッカーの原理原則っていうところを、彼らには常に言うようにしています。   極力シンプルにそぎ落としてく作業ということですね。今回キーマンとなる選手は誰ですか?   ゴールキーパーの内堀選手。あとミッドフィルダーの徳村選手ですね。   まず内堀選手。知的障がい者のサッカー選手として、なかなかゴールキーパーは育ちにくい。その中で、彼は2014年から代表に入っていて、シュートストップがとても良いし、人もボールも全く怖がらない。   接触プレーもですか?   はい。ゴールキーパーで「怖がらない」っていうの持ってるのは重要なので、非常に心強いですね。   徳村選手も前回大会から出場しています。身長が189cmあるんです。海外の選手っていうのはそのぐらいのサイズの選手が結構いるなかで、日本チームにもそういう選手がいると際立つんですよね。   足元のテクニックもあるし、コミュニケーション能力も高いし声も出るし、そういう意味でチームのエンジンとなりつつある選手だと思っています。   189cm!吉田麻也選手と同じですね。   「もう一つのワールドカップ」対戦国ってどんな国? 知的障がい者サッカーの強豪国って、どこなんですか?   サウジアラビアと南アフリカ、ポーランド、この辺りが3強です。次いでフランスです。   決勝トーナメント進出の鍵となるライバル国は、そのポーランドと伺っています。   そうですね。ポーランドとは前回予選リーグと3位決定戦で2回やってるんですけど、2戦2敗しているんで、なんとしてもそこを打ち破らないと、決勝トーナメントへの進出も多分無いですし、今回の目標であるファイナリストにはなれませんから。   ピッチ外の戦い。資金不足の現状 大会参加に当たって資金的にはキツくはないんでしょうか。   お金は無いですね… やはり海外遠征となるとお金がかなりかかるので、選手達にも少なくない自己負担金額が発生する見込みです。   お金がネックで、実力はあるのに参加できない、なんてこともあるのですか?   ありますね。なかなかマイナー、障がい者スポーツっていうのは厳しいですね。パラリンピックの種目であれば違うんでしょうが、それ以外のスポーツってなかなか難しいですね。   資金獲得のため、前回に続き今回も「応援Tシャツ」を販売していますね。   はい。利益は全て選手の渡航費に充てます。前回はおかげさまで1万枚売れました。それでも自己負担が出てしまうので、今回はそれ以上を目指しています。是非皆様にご協力頂きたいと考えています。   「知的障がい者サッカー」の未来 監督から見て、今後この「知的障がい者サッカー」がどうなっていくと良いと思いますか?   究極的には「無くなれば良い」と思っています。   えっ。   カテゴリとして切り出されて存在するのではなく、知的障がいのある選手が、健常者のチームで普通にプレーしていることが、一番いいんじゃないですかね。   普通に一緒に練習して、ゲームして。   東京の選手は社会人チームに入って活躍してる選手が1名いますし。そういうのをもっともっと増やしていかないといけないかなと思いますね。障がいのあるなしではなく、純粋にサッカーで評価されるという。   切り出されるのではなく、社会に溶けてなくなっていくイメージですね。   今日はお忙しい中ありがとうございました!   ありがとうございました。   アットホームな民宿「樽分」 この後、監督やスタッフの皆様は昼ごはん。午後の練習を見させてもらうため、私もどこかで昼ごはんを食べようと思っていたら、樽分のお母さんが「あなたの分も作ったから食べてって!」とのこと。やさしい。皆さんと一緒に生姜焼き定食を頂きました。   ▲めちゃくちゃおいしかったです!ありがとうございました。   そして練習見学へ 午後は小雨が降る中の練習を、見学させていただいた。   最初はシャトルランニング。「数値が前回よりもよくなっている」と目を細めるコーチ。オフの期間にさぼらずトレーニングをしてきた証拠だ。 ▲シャトルランニングの様子     四角に広がってのパス回し。フリーマンを使った2対2、サイドからのセンタリングシュート。そしてゲーム。それらを見ながら私は思いました。   「知的障がいとは?」   ▲ゲームの中で激しく競り合う   選手の皆さんのボールタッチや、キックの精度など、一つ一つのプレーのレベルが高い。そして何よりコミュニケーション。選手同士で声を掛け合い、励まし、一所懸命にプレーしている。普段見ているサッカーと同じサッカーがそこにありました。     正直なところ、もっとコミュニケ―ションで苦労していたり、言う事を聞かない選手がいたりして、サッカー以外の所に時間を使う場面が多いのではと想像していましたが、全くそんなことは無く。100%サッカーに集中して取り組んでいる姿が印象的でした。   練習は予定をオーバーして3時間に及びました。練習後、監督が「大会のキーマン」として名前を挙げていた徳村選手にお話しを伺いました。   まだ21歳の徳村選手。受け答えは年齢を感じさせないしっかりしたもので、こちらの方がドギマギしてしまう始末。茫漠とした質問をぶつけても、その質問の意図をしっかりと理解して、答えてくれました。     インタビューを終えて、改めて私は思いました。   「知的障がいとは?」   編集後記 まず、「知的障がい者」という言葉の持つ意味を、自分がものすごく狭く捉えていたことに気が付かされました。   障害の重さ、どんな障害なのか。一口に「知的障がい」といっても、色々なパターンがあります。   少なくとも今回接した彼らを、ことサッカーにおいて「障がい者」として切り出す必要は無いのではと感じました。この辺りはまず地域リーグや草サッカーではもっともっと認知されて良いのではと思います。   西監督が願うように、知的障がいを持った選手が切り出されるのではなく社会に溶けて馴染んでいくには何が必要なのか。   実際今回代表に呼ばれた選手の中には、所属チームがこの日本代表しかない選手がいます。地元ではプレーする環境が無いということです。上手いのに。   海外では知的障がいのある選手がプロサッカー選手として給料をもらって試合をしている例もあるとのこと。日本でもそうなっていけばいいと心から思います。   どうすれば変わっていくのか。私はプレーを実際に見て、話をして、考え方が変わりました。だから、もっと多くの人が彼らのプレーを目にすることが、社会を変える一歩になるのでは。   その為には世界大会で勝つこと。   「決勝戦進出」は高い目標ですが、是非達成してほしいと思います。 Tシャツを買ってください!(2回目) 4年に1度のFIFAサッカーワールドカップの1か月後の8月、知的障がい者サッカーの最高峰、INASサッカー世界選手権(通称:もうひとつのワールドカップ)がスウェーデンで開催されます。   「もうひとつのW杯」は日本国内で7千人を超える知的障がいのあるサッカー選手にとっては夢であり、代表選手にとっては最大の目標となる大会です。   しかし、代表合宿によるチーム強化、そしてスウェーデンへの選手・スタッフの派遣には非常に大きな費用が掛かります。   現状は費用が大幅に不足し、選手にも大きな自己負担を強いる状況です。   スウェーデン遠征時の選手負担を少しでも軽くするため「日本代表公式応援Tシャツ」の販売を開始いたしました。 是非、皆様のお力添えをいただき、「もうひとつのW杯」へ代表選手団の派遣にご協力いただきますようお願い申し上げます。   「もう一つのワールドカップ」日本代表公式応援Tシャツのご購入はこちらからお願いします。       おまけ 監督はネットショッピングとかしますか?   しますよ。よく買うのは、うちの子供たちのスポーツ用品ですね。あとは家電。   家電買いますか!最近何を買いましたか?   空気清浄機買いましたね。妻が。   奥さんが。そうですか。便利に活用されてるってことですね。   西監督の奥様も利用しているネットショッピング。その裏側を支える「ネクストエンジン」 西監督と西監督の奥様も活用しているネットショッピング。そのお店を支えているのが「ネクストエンジン」です。   導入している店舗数は業界最大級の23,852店以上!(2018年4月期末実績)   「毎日のメール対応が地獄」「複数モールに出店したい」「とにかく忙しい!」というEC担当者の方は、是非一度チェックしてみてください。 無料で30日間のお試しもできますよ。   詳しくはコチラ>>ネクストエンジンとは?   Powered by...

「もう一つのワールドカップ」ってなんだ?とにかく取材だ。 こんにちは。世界一動画を愛する男、吉住です。先日、またニアセの新センター長つかD氏より「知的障がい者の人たちのサッカー日本代表の合宿を取材してきてくれ」と言われたので、行ってきました。   知的障がい者サッカーの世界大会は「もう一つのワールドカップ」として、4年に一回、W杯と同じ年に行われます。前回大会はブラジルで開催され、初のベスト4。今回の開催地はロシア、ではなくてスウェーデンで、チームとしては史上初の決勝進出を狙っているとのこと。   お邪魔するのは宿舎。栃木県さくら市にある「樽分」という民宿。宇都宮駅でレンタカーを借りて、30分ほどのドライブです。到着すると、広報の斎藤さんと日本代表監督が出迎えてくれました。   日本代表監督のお名前は西 眞一さん。出身地は鹿児島県で、1973年生まれの45歳。普段は鹿児島県姶良市の市職員をされています。   実はこの西監督、知る人ぞ知る九州サッカー界のレジェンド。九州サッカーリーグでアマチュア選手として13シーズン活動し、現役を退くまでになんと通算266ゴールを決めているとのこと。   これは日本サッカー公式戦同一リーグ最多の得点のとして未だに破られていないスゴイ記録。地元鹿児島では「キング」と呼ばれて愛されているとのこと。   ▲九州のレジェンド、西眞一監督 西監督プロフィール 【競技歴】 1995年〜2007年 ヴォルカ鹿児島(九州リーグ)※現在の鹿児島ユナイテッドFC 2013年〜2014年 日本スポーツマスターズ大会 優勝(日本一)   【指導歴】 2008年 ヴォルカ鹿児島 コーチ 2009年〜2014年 鹿児島県マスターズ(O-35)選抜監督 ※日本一2回 2010年~ 鹿児島県知的障がい者サッカー選抜チーム 監督(現:総監督) 2012年~2014年 九州知的障がい者サッカー選抜チーム 監督 2014年~2015年 知的障がい者サッカー日本代表 コーチ 2015年~現在 知的障がい者サッカー日本代表 監督 インタビュー開始 西監督、今日はよろしくお願いします。   よろしくお願いします。今日はどうやってここまで来たんですか?   宇都宮駅からレンタカーで来ました。思ったより遠くて。   宇都宮からだと遠かったでしょう。最寄りの氏家駅まで電車で来ると、意外と早いですよ。   それは知らなかったなあ。この「樽分」という民宿はよく合宿で利用されるんですか?   はい。凄く色々融通をきかせてくれたり、親切にしてくれるので、よく利用させて頂いています。   インタビュー開始。「知的障がい者サッカー」と普通のサッカーの違いは? 早速ですが、「知的障がい者サッカー」は、普通のサッカーとどう違うんですか?   違わないです。   え?   ルールなどは全部一緒です。「知的障がい者の人たちがサッカーをしている」ということです。   特別ルールなどは無いんですね。   無いです。小さい大会とかは特別ルールがあったりはしますけど、基本的には普通のサッカーですね。   そうなの…? 西監督と「知的障がい者サッカー」 西さんが「知的障がい者サッカー」と関わるようになった経緯を教えてください。   地元の鹿児島で障がいを持っている人たちのサッカーチームを作るというので、それに参加したのが最初ですね。   その後、九州のトレセンがあるって知って、そこに選手を連れて行きました。ちょうど2010年のFIFAワールドカップの南アフリカ大会の頃です。そこに、前の監督の小澤さんっていう方が指導に来られていたのでお会いする機会があって、それからちょこちょこ関東のほうにも行くようになったと。   最初まずはローカルでやってたものが、だんだん広がっていって、今に至るということですね。   そうですね。   知的障がい者サッカーの監督として 西監督は健常者のチームでのコーチ・監督業のご経験もありますが、知的障がい者サッカーを指導する上でギャップはありませんでしたか?   特にないです。   え? 何か困ったこととか…   無いですね。最初は「どんなサッカーなのかな」っていうのは、よく知らずに来たというのが正直なところです。でも、実際来てみて、「自分がやってきたサッカーと何も変わらないな」っていうのは、直ぐ分かりました。   自分の知識や経験を目の前の選手に伝えることが大切と思いましたし、自然に入っていけましたね。   「全然違うスポーツだな」とか「こりゃ厳しいな」ってことは…   無かったですね。もちろん、健常者と全く同じようにはいかない部分もありますが、そこと向き合うことで指導者としては深みが増したと感じています。「選手に伝える」「どうやったら伝わるのか」という事については、指導していく中で自分なりの整理ができたと思います。   「健常者と同じようにいかない部分」というのは、具体的にはどのあたりですか?   例えば「局面でパッと判断することが苦手」ということはありますね。サッカーって判断するスポーツなので、それをどうやって補完するか。   目が見える、耳が聞こえる、いくつも情報がある中で、最善のプレーを選ぶ必要がある。選択肢がいくつもあると、彼らは混乱してしまう。そこで、僕ら指導者はプレーモデル、「こういうプレーをこういう状況ではやっていこうね」っていうのを示していくのが務めです。   彼らはその知識・情報を入れる。声に出してしゃべる、仲間同士でコミュニケーションをとる。「判断する」っていう能力の部分を、少しでも補完できるようにやっていく。   なかなか言葉で言うと難しいんですけど、「材料を絞って彼らにプレーさせていく」ってのが、このサッカーだと思います。   なるほど。やりがいがありそうですね。指導者としては腕の見せ所というか。   そうですね。ただ、それはあくまでトレーニングの話で、実際に試合を見てみれば、全く普通のサッカーと変わりませんよ。それぐらい彼らは集中してやれてると思います。   (ほんとかな…)   (監督、ほんとですか?) 監督をやっていて、嬉しかったこと 監督として関わってこられて、特に嬉しかったエピソードはありますか?   選手の成長を感じられると、嬉しいですね。谷口という、僕と同じ鹿児島の選手なのですが、前回の2014年に初めて選ばれてチームに参加したんです。その当時は東京の選手が多くて、地方から一人ポッと行ったから、なかなかコミュニケーションが取れなくて、本来の力を発揮できずに帰って行く。   合宿に来ては、力を発揮できずにへこんで帰って行ってっていうのをずっと繰り返して。   そんな中でブラジル大会を経験して、知らない人たちのグループに入ってサッカーして、ましてや世界相手に戦って、大会が終わった頃には凄く目にも自信が満ち溢れて、言葉も一つ一つはっきりと話をするようになりました。   それで4年後、代表に入りましたけど、今やチームの中心としてリーダーシップとりながらやってます。それは、その経験があったからこそなのかなと。   逃げそうにもなりましたけど、それをわれわれが逃がせなかった。彼らは「きつい」と思ったらやめちゃう所がある。そうじゃないぞっていうのを、スタッフ間で議論しながら彼を引っ張ってきたんですけど、よかったなと。 それは彼の今後の人生にとっても大きな成功体験となったでしょうね。 「もう一つのワールドカップ」のライバル国は?...

  異色の経歴をもつプロレスラーの仕事論~後編~ 慶應大学⇒博報堂⇒プロレスラー⁉ 異色の経歴をもつ三富政行さん(twitter、instagram)による仕事論、後編。   ※前編はコチラ   ライフワークとライスワーク プロレスラーとしてしばらくキャリアを積んだ時、ライフワークとライスワークという言葉について考えるようになった。自分にとってプロレスは元々「好き」だし、仕事にも出来た。ある意味ライフワークとして機能している。   しかし、ひとつの指標として収入というものさしで見た場合、どうだろうか。自分の場合、博報堂を辞めた以上、将来的には残った同期と同じくらい、それ以上に稼いでやる!という気概と目標があった。そこに到達できているか。   結論、到達できていない。   今置かれている状況を客観的に考えれば、試合のギャランティや年俸だけでそこに到達するのは難しいと言わざるを得ない。プロレスラー全体を見ても、その金額を稼ぐことができるプロレスラーは氷山の一角だ。可能性があるのは、前編で書いたような「天賦の才」を持ち合わせた選手だけだと言っても過言ではない。   先述のマネジメント業務の一つとして、自身での興行を開催することで一度に多額のお金を手に入れることはあるが、一過性のものに過ぎない。安定的な収入にはつながらないのである。   プロレスラーであるからこそ出来る仕事、プロレスラーの「自分」であるからこそ出来る仕事で、永続的な収入を得るためにはどうすべきなのか。ライフワークの先のライスワークとは…。   「+α」の価値こそ "ライスワーク"...

異色の経歴をもつプロレスラーの仕事論 はじめまして。三富政行です!(twitter、instagram)   今回コラムを書かせていただくにあたって、まずは自己紹介から。   ■年表 1989年 8月東京都世田谷区喜多見に生まれる。 未熟児で生まれ、幼少期は発達も遅く両親に心配される。 その後すくすくと育ち、小学校高学年時には肥満児に。 2003年 夜更かしした深夜に、三沢光晴VS小橋建太をテレビで視聴。人生が変わる。 2008年 中堅の中高一貫校、高校を卒業。6年間プロレス好きな友人には恵まれず。 空手と水泳に勤しむ。空手では東京都ベスト8の成績を修めた。 2009年 一浪の末、慶應義塾大学文学部に入学。 UWF関東学生プロレス連盟の門を叩き、4年間を学生プロレスに捧げる。 リングネームは「潮吹豪」。 岡原正幸研究会にて感情社会学、映像社会学、パフォーマンスアートなどを学ぶ。 2013年 広告代理店「博報堂」に就職。 体育会系営業職に配属され、社会の洗礼を受ける。 同時にプロレスへの捨てきれぬ夢がふつふつと… 2013年 会社員と並行してDDTプロレスリング系列「ユニオンプロレス」に参戦。 石川修司戦でプロデビュー。 会社員とプロレスラー、二足の草鞋を履く。 2014年 一年間の会社員生活の後、プロレスへの夢を捨てきれずに「博報堂」を退社。 一足の草鞋になる。 2015年 全日本プロレスなどに定期参戦。 その後、所属していた「ユニオンプロレス」が解散。フリーランスとなる。 自身のプロデュース興行などを定期開催するようになる。 2016年 武藤敬司率いる「WRESTLE-1」にレギュラー参戦。現在も継続参戦中。   以降、プロレスラーとしての活動に加え、福山平成大学特別講師や、コラムニストとして執筆活動なども行うようになる。 NESTA-PFTの資格を取得しており、パーソナルトレーナーとしてフィットネスビジネスも展開している。 ---------------   今回はこんな偏屈な経歴の自分が、僭越ながら「好きを仕事にする」ということをテーマに、2018年に生きる、プロレスラーとしての仕事論を語らせていただけたらと思います。どうか、お付き合いください。   「好き」を仕事にしてみると… 趣味の「好き」と仕事の「好き」は全くの別物。そもそも好きなことを仕事にすると逃げ場がなくなる。会社を辞めてプロレスラーになって5年。一時は一文無しになって路頭に迷ったこともある。   そんな苦しい時、「プロレス」は会社員時代のようにストレスのはけ口や逃げ場になってはくれなかった。   「好き」を仕事にするためのマインド 仕事で追い詰められて逃げ場がない時、残念ながら選択肢は二つしかない。その仕事を「辞める」か「続ける」か。   自分の場合、博報堂を見栄張って(!?)辞めた以上、そして「好き」を仕事にした以上、「仕事としてのプロレス」から逃げたくはなかった。   とにかく“続ける”。 意地でも“続ける”。 耐えて堪えて“続ける”。   そして5年経った今、その時の選択は正しかったと思える。   「好き」を仕事にしたならば、真に生き残るのは「“続ける”ことを辞めない人」ということだ。   例えばプロレスラーでも、若い頃はブレイクしなかったが30歳半ばを過ぎてから化ける選手には、非常に多くの観客を惹きつける“人間味”がある。   才能に溢れて若い頃から活躍した選手以上に、苦労した選手が花咲く瞬間は近くで見ていても感動があるし、またその人にしか出せない色気に溢れている。   “続ける”ことを辞めなかった選手の目ヂカラは本当に強いし、リングの上でも何とも言えないオーラに圧倒される。   バックステージで発する言葉もとにかく強い。グッとくる。   そういった先輩を見ていると、今日も明日も“続ける”ことしか道はないのだとつくづく思う。   「好き」と「出来る」の狭間を見つける いざ「好き」を仕事にしてみると、その世界には本当の天才がいる。一流の中の一流でもある。 試しに、近くで見てきた天才を、二つのパターンに分類してみる。   【感覚型天才】   映像で見た動きなどをいとも簡単にやってのけてしまう選手。 どんなに複雑な動きも一発で「トレース」する能力を持ち合わせている。 そして、演者としてのオーラや、コメントのチョイスなども群を抜いて秀逸であることが多い。 自身の周りでは、武藤敬司選手や、飯伏幸太選手、黒潮イケメン二郎選手などに上記の才能をまざまざと見せつけられている。 もちろん、以下に説明するもう一つのパターンの天才でもあるのだろう。     【努力型天才】   とにかく日々同じルーティンを繰り返し続けられる人のこと。これも一つの天賦の才だと実感している。 あるプロレスラーK選手は、試合の反省を毎試合ノートに綴る。そこに先輩からのアドバイスや、突発的に生まれたアイデアも書き足し、自分というレスラーがどうやって進化していくか、という日記をデビュー以来ずっと書き残している。 ささいなことではあるが、これを年間100試合、何年も何年も続けることはなかなかに難しい。まさに努力の天才である。   また、友人のAV男優・しみけんさんは、朝起きてポカリスエットをお湯で割ったものを飲み(※体温以下のものは飲まない)、ブラックコーヒーとアミノ酸を摂取。その後エアロバイクを漕ぎ、撮影現場には毎日決まった内容のヘルシーなお弁当を持参する。 そしてこのルーティンを10年以上続けているというから驚きだ。   いずれも、同じことをずっと続けてプロとしての自身の価値を常に磨き続けている良い例である。簡単なようで簡単に出来ることではない。   このように、天才や一流と呼ばれる選手を前にした時に、「好き」だけでは乗り越えられないプロとしての壁にぶつかる。   それでも続けたい。否、生き残らなければならない。そこで、自分にしかない価値というものを考えるようになる。   自分がその世界で「出来る」ことで生き残る。そんな考えにシフトしていくようになる。   辿り着いた、「ポジショニングの重要性」 自分がこの世界で「出来る」こと……。   思えば、学生時代に打ち込んだ学生プロレスは、根底にあるモチベーションが「世間に届け、負けてたまるか」だった。誰も知らないジャンルを世間に響かせ集客する。その気概は広告の精神に通じていたのかもしれない。   クライアントが望む商品のブランディング。広告マンとして必要な精神が、自分の秘めたる才能としてあるということは、何となく実感していた。   このマインドををプロレスに生かしたい。そう思い立って考えてみると、プロレス興行をひとつの商品として捉えていけるようになった。   プロレス興行のプロデュース。   大会の企画から、協力企業とのタイアップ、選手のブッキングから大会の進行、そして自分の試合。ファンの反応を反映した次回の興行への施策、提案。これまで培ってきたキャリアが、業界で生き抜くためのパワーに変わっていった。   それから、「マネジメントに注力できる選手」という自分の価値を見出すようになった。自身が選手であることで、選手の気持ちも分かる。そして大会の企画、進行に携わることでスタッフ側の気持ちも分かる。いわばイベントの「中庸」的なポジションを担うことで、業界内での立ち位置を見つけることが出来た。   もちろん選手としてキャリアを続けたいがための選択であるし、さらに高みを目指す気持ちは変わらない。しかし、自分がオンリーワンの存在になることによって、常に「需要」がある存在にならなければいけないということは、日々危機感として抱いている。   こういった、「ポジショニング」という考え方は、他の業界でも通用することではないだろうか。自分のやりたいことと出来ること、今一度見つめ直し、Re:ポジショニングする。   そうすると、本当の意味で、「好き」が仕事になっていく。 編集後記 仕事はお金をもらう手段と割り切って、やりたいことは趣味や副業で実現していく。そんなスマートな人々がもてはやされる世の中で、三富さんの生き方は不器用に映る。でも、それがたまらなくカッコイイのだ。   スマートに生きるだけが人生ではない。「好きなこと」に本業として立ち向かうからこそ見えてくるものがあるはず。   あなたも心の奥にある「好きなこと」にもう一度光を当ててみてはどうだろうか。   全力で戦う三富さんを応援したい方は、小田原アリーナで7/1に開催される下記の大会に足を運んでみてはどうだろう。 7/1は小田原アリーナに来てください!   <W-1大会情報> ★2018年7月1日(日) 「WRESTLE-1 TOUR 2018...

こんにちは、ニアセクリエイターズの中根です。   近年、自分自身のマインドコントロール術(マインドフルネス等)を実践している方が増えてきましたね。ですが『怒り』というものは、なかなか抑えられないものです。ついカッとなり、その場の勢いで言ってしまった事が取り返しのつかない事になったら損ですよ!大損!   前回、【アンガーマネジメント】怒りをコントロールする方法とは?をご紹介した際にも記載しましたが、この「アンガーマネジメント」は怒らないためのものではありません。人間なので喜怒哀楽は、あって当然です。   しかし、怒り任せで放った言動がビジネス・私生活において取り返しのつかない事態になったら?つまり、アンガーマネジメントを簡単に言えば【その怒りは自分にとって損/得 どっち?】これが大前提です。なので『自分が損をしないために怒りをコントロールする』これが基本となります。 怒りをコントロールする方法 -その①- 前回コアビリーフ/トリガー思考について詳しく述べましたが、ここで簡潔にご説明致します。   コアビリーフ 自分の固定観念、価値観の域を越えた他者に湧く怒り ≪例≫新人は早く出勤する等、という自分の価値観に合わない行動をする人にイライラする。   トリガー思考 自分のトラウマや劣等感を彷彿とさせる出来事に遭遇した時に湧き上がる怒り ≪例≫長年太っている自分より、細い同僚が「太ったから痩せなきゃ」などと聞いて怒りが湧く。   どちらも急に変われるものではないので訓練が必要となります。コアビリーフは「まず、自分の価値観・固定観念を疑ってみること」、そしてトリガー思考は「まず、自分自身の怒りの地雷は何かを模索すること」で平常心を保つ方法を自分なりに確立し、必要なら自分自身の価値観を変えていく努力も必要となります。 怒りをコントロールする方法 -その②- 理屈ばかり知っていても実践で使えなきゃ意味がないのがメンタル術ですよね?ビジネスパーソンの悩みに多い実例を幾つか挙げてご紹介します。   客観視 客観視を持つことが大変重要となります。 このストレス・怒りは自分の感情ではないという他人事のような錯覚を作り出すことで自分自身のメンタルは冷静さを保つ事ができます。   横柄な顧客に怒りを感じるとき 横柄な態度にイライラして言動に出してしまうと貴方が損をしてしまいます。怒るべき時は『横柄な態度』ではなく自社または自分自身が完全に不利益を被る無理難題を顧客が提示してきた時です。ここでも自分の立場と状況を客観視できるメンタルが大切です。   冷静さを保ちつつ、静かに怒りを露わにしましょう。怒りを我慢して笑顔で「それはちょっと……無理ですね」では、ナメられるだけで終わります。こちらも真剣に仕事している、という怒りを静かなオーラで出す事で顧客もビジネスだという事を再認識します。   クレーマーには?(対面)   「顔、目線、頭は下げずに口だけで謝罪からスタート」   クレーマーの口元あたりを見る(目を見ると、何見ているんだよ! と怒りが増す可能性があるため) 目線をそこから動かさない(どんな人でも、顔をじっと見てくる相手に罵声を浴びせ続ける行為はしにくくなる心理を利用する) 一通りのクレームをその姿勢で聞く。 主語は必ず「お客様」にして謝罪する。   謝罪はするが理不尽さは受け入れない。 その為には自分は今『仕事をしている人なのだ』と思い込む。クレーマーの罵声は、あなたに浴びせられているものではなく『仕事をする人』に浴びせられているのです。   なので、罵声を真摯に受け止めてストレスを感じるだけ無駄です。損です。たまたま、クレーマーを担当したのがあなただった。それだけの事であり、そのあなたは『仕事をしている人』つまりビジネスパーソンの1人にすぎません。   落ち度があった訳でもないクレーマーに対しては、ビジネスとして対応するというメンタル意識を持ちましょう。あなたは何も悪くないのですから、気に留める必要もないのです。だから頭は下げません。   好きな(得意)な仕事しかしない部下(後輩)にイライラする時   【好きなことを、まずトコトンやらせて持ち上げる!】   「すごいね!」と褒め続ける。 「それだけ能力があるのだから、この仕事も出来るよね」と、無理そうな業務を押し付ける。   これだけです。それで押し付けた業務が失敗したら、何が間違っていたのか? 部下(後輩)の言い分を全て聞いて同調します。それから言葉を選んで『怒り』ましょう。飴とムチ作戦です。好きなことばかり出来るほどビジネスは甘くないんだぞ!という事を分からせましょう。ただし、失敗の尻拭いの準備は忘れずに行っておきましょう。   上記ポイントをまとめます。 客観的視点を持つ(自分の身に起きた出来事を、他人事のように感じるように意識する) 怒り所を見定める 怒る場合、言動を選ぶ(品位を持って怒ることで、あなたの評価も上がります) 特に、自分の身に起きた出来事を、他人事のように感じるように意識する事は「アンガーマネジメント」にとって大変重要とされています。怒り任せに怒鳴ったりせず、冷静な対処を行う為には『自分自身・環境』を客観視する能力が必要だからです。   『他人事』と思えるようになれば頭に血も上らず、逆に冷静に判断が下せるようになります。また、怒り方も冷静かつ相手の立場も理解できる心境になれるので、より効果的な言動で『怒り』を表現できるようになれるのです。 ストレスが溜まった夜は 【ボディスキャン】 自分を客観視したり、怒りを他人事のように思えるには日々の訓練が必要とされます。なので時には、怒りを溜めこみストレスを感じる日もあるでしょう。ストレスや怒りは、時に身体に影響を及ぼすことがあると言われています。   肩こり 全身の倦怠感 ストレス性の痛み   そんな時は、これらに効果があると言われているマインドフルネスをぜひ試してみて下さい。   1.仰向けに寝る 2.鼻呼吸を行い、それに意識を集中する 3.呼吸によりお腹が動くのも感じ取る 4.お腹から左足先へ、ゆっくり意識をむける 5.左足先(かかとを含め)に意識を集中させる 6.左足先に触れるもの(地面)や、地球の重力を感じ取るように意識を集中する 7.鼻から入った空気が左足先へ、体内を流れるように意識する 8.息を吐く時は左足先から鼻の外へ空気が流れ出るイメージを持つ 9.左足先から少しずつ上(膝・腿)の各部を、ゆっくり意識しながら上記の呼吸法を続ける 10.左足の付け根まで終わったら、次は右足先に意識を向けて上記と同じ動作を行う 11.左足が終わったら左手先から、同じ動作 12.次は右手先から同じ動作 13.両手足が終わったら胴を下から(内臓や関節、骨などを意識して)上記の動作を行う 14.頭の先まで出来たら終了   このマインドフルネス法は個人の感想なので全ての方々に効果がある訳ではありません。 さいごに 冒頭でもお伝えしましたが「アンガーマネジメント」は怒らない方法ではありません。怒りにより、心身ともに自分が損をしないために『怒りをコントロールする術』を学ぶことです。誰でも、毎日笑顔で生活をしたいと望みます。   好きで怒りたいわけではありません。しかし『怒り』は自ら選択している、と言われています。コアビリーフ/トリガー思考は少し違いますが、怒りはその日の情動に左右されます。   機嫌の良い日は何とも思わなかった事柄でも、機嫌の悪い日はイライラしたり怒りが湧きます。その際に怒り任せの言動を取ることが、あなたにとって損/得 どちらか?ビジネスでもプライベートでも情動に任せて怒りを露わにする事は何1つ、得になりません。   まわりからの信頼、そして今まで築いてきた人間関係をも壊しかねないのです。その為の【アンガーマネジメント】だという事をぜひ覚えておいてください。     ▼怒りをコントロールしましょう▼ 【アンガーマネジメント】怒りをコントロールする方法とは?     ...