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アキンド探訪

”デスマッチのカリスマ"として恐れられているプロレスラー葛西純。彼が営むECサイト「クレイジーファクトリー」はコロナ禍でも大黒字を続けている。なぜ葛西純はECを始め、軌道に乗せることができたのか。その秘密に迫る。...

「豚野郎」を名乗り、SNSで注目を集める養豚家・倉持信宏さん。茨城県坂東市で経営する「山西牧場」が掲げる精肉ブランド「三右衛門」(加工品:「3 é mon」)は、肉の柔らかさや豚特有の臭いの少なさ、さらりとした味わいから「飲める脂」と称され、大人気!...

EC業界の若きキーマン。ケースオクロックの三浦 孝太氏インタビュー 「忙しい」と言われるEC担当者でありながら、業務効率化をすることでプライベートを充実させている。そんな「イケてる」EC担当者にお話しを聞く【ネクストエンジンライフ】。   第一回目となる今回は26歳にしてスマホケース会社の取締役兼プロデューサーとして活躍する三浦 孝太さんのこれまでの人生&プライベートに迫った。   三浦さんは1992年生まれの26歳。ビジネスの第一線で活躍する三浦さんだが、実力は大学までは本気でプロサッカー選手を目指していた。三浦さんのこれまでの人生と、今のプライベートに密着した。     【会社プロフィール】 株式会社ケースオクロック(http://caseoclock.co.jp/) 商材:スマホケース、ハンドスピナー等   【ご本人のプロフィール】 名前:三浦...

えらいてんちょうが教える「商売のトラブル回避法」   どうも、えらいてんちょうです。    最近はショボい企業のコンサルタントをやったり、投資家と起業家をマッチングさせるイベントを開催したり、Youtuberとしてそこそこのところまで行ったり、その他何かあやしい感じのムーブで儲けたり、儲けなかったりという感じです。「本業はいったい何なんですか?」とよく聞かれるのですが、あえて本業を言うならば(自分で立ち上げた)バーの経営者および店長であり、そのバーの支店が日本中に広がっています。その経験から「ショボい企業コンサルタント」を名乗っています。    私のところに相談に来る『起業したいマン』ですが、自己資金が数百万あって、それを効率よく使って事業を立ち上げようとする感じのタイプの人はほとんどおらず…。まあ、まず間違いなくお金がありません。自己資金はバイトで貯めた50万、なんて人はまだいいほうで、まったくのスカンピンでやってくる人も多々います。    そういう人たちでも、私の周りにいるお金持ちが面白がって投資をしたり、あるいは私のアドバイスを聞いて100万ぐらいの自己資金を溜めることによって、無事事業を始められたり、始められなかったりしています。    今回は、そういう「カネがなくて起業した人が、いかに周りとトラブルを起こさずにやっていくか」という話をしたいと思います。   甘く見積もりがちな「挨拶の重要性」  よくいるんですよね、自分は○○さんに出資はしてもらったけども、お客さんはSNSのつながりの人が中心だし、商店街の周りの人は別に助けてもらってないから挨拶も何もいらないよね、という人。いや、別に間違ってはいません。それであなたのお店にジャンジャンお客が入り、儲かって儲かって仕方がない、という状態が続くなら別に挨拶なんかいりません。    ただ、なかなかそうはいかないのです。たとえばあなたの店が商店街の中にあったとしましょう。商店街の人たちは、あなたの店を知らないどころか、あなたの店の敷地に前あった、もう閉店してしまった店の人のことまで知っています。あなたはその場において完全なる新参者であり、仮に同じ商店街の中に扱う商品がかぶる店があれば、その店の商売敵になり得るわけです。    こういったケースで予想されるのは、商店街の他所の店の人からの攻撃です。商売敵本人だけではなく、です。なぜなら、その商売敵の店はもう長いことその商店街でその業態の店を経営しているわけであり、商店街の人たちで仲間を形成しているからです。街を散歩していると、電柱に「○○商店会」なんて旗が下がってますね。あれがそうです。「○○商店会」というのは、「○○商店街で商売をやっている人の集団」であり、まさに「商人ギルド」です。ギルドの仲間たちは自分たちの誰かが攻撃されれば束になってかかってきますし、やっとこさ店を立ち上げたばかりのあなたの店は叩けば埃のひとつやふたつは出ますから、総攻撃を喰らってはひとたまりもありません。   「商人ギルド」の標的になってからでは遅い  正直、こうなってしまってからこの状況を覆すのはかなりしんどいものがあります。どこのギルドでもそうですがギルドには「主」がおり、その「主」の機嫌を損ねてしまった後だと、「主」の赦しを得るには、最初から適切な対応をしたときと比べて数十倍、数百倍の労力がかかります。赦しが得られない場合、周りの商店街が全部敵、という状態から店をスタートしなければならなくなります。    あなたは自分の店のことだけやっていればいい、と思っていたのに、周りの商店街からさまざまな嫌がらせを受けたり、行政へ何かをチクられたり、怪文書を撒かれたりなど、先方の攻撃手段は無限です。そしてあなたは本業からかけ離れた作業に忙殺されることになります。その対応にかまけて本業の質が下がってしまっては、まったくもって本末転倒です。    何を隠そう、私もこの「商人ギルド」の主です。商人ギルドは別に実際の商店街だけではなく、インターネット起業にも存在します。ネット商店街の中において、店長を1日単位でSNSで募集する「イベントバー」のシステムは、本当に最初に着想したのが私かどうかは知りませんが、少なくとも現時点において、私はそのシステムのフランチャイザーとして、ひとつのネット商店街の「主」です。    自分の店を持つということは、誰しもが一国一城の主になるということです。「信長の野望」でも「三國志」でもそうですが、ゲームを始めた瞬間に周りの国が全部敵、という状況はしんどいですよね。できれば、周りには味方の国がたくさんいて、しばらくは戦争の心配なく、自国の力を充実させるのに力を注ぎたいものです。   「商人ギルド」に入り込むためにまず踏むべき手順  ゲームだとこの場合、お金やアイテムを送ったりして友好度を上げるのですが、実際の商店街でもネット商店街でもほぼ同じです。まずは挨拶です。「このたび、あそこの角にこんな店を開きます、△△と申します。至らない点もあるかと思いますがよろしくご指導ください。まずはご挨拶をと思いまして、大したものではないのですが……」なんて手土産の一つも持っていけば完璧です。これを、商店街の片っ端からやっていきましょう。全部回ればその中にたいてい「主」がいますし、「ああ、挨拶回りなら○屋の○さんに一声かけといたほうがいいよ」なんて教えてくれることもあります。親切にも「主」を教えてくれているのです。    開店前というのは店内の内装、行政への届けなど死ぬほど忙しいのですが、この手順だけは踏んでおいたほうがいいでしょう。お金がないなら最悪手土産はなくても構いません。この「ギルドへの挨拶」は恐ろしいことに、遅れると利息がつきますので、早ければ早いほどいいのです。逆に、あまりにも遅くなってしまった後では、多少の手土産なんか何の役にも立ちません。   出店前に特に注意しておくべき「〇〇かぶり」  とくにケアが必要なのは、「商圏がかぶる(他店の客を減らす恐れがある)、システムがかぶる」といった消耗合戦に陥るおそれがあるときです。たとえば1000円理髪店しかない商店街に1回5000円かかる美容室を作る、これは客層がほぼかぶらないと予想されますから、まあ少し丁寧に「こんなのやらせていただきます」でいいでしょう。しかし、そんなに大きくない商店街で、もうすでに北海道の海鮮にこだわった居酒屋があるところに、北陸獲れの海鮮居酒屋を建て、どちらも宴会や貸切も可能、なんて話になってくると、かなり綿密な挨拶と住み分けの相談が必要になります。    「商人ギルド」のネットワークは基本的にその商圏で商売をしてきた人たちの集まりですから、いかんせん情報が異常に早く、またその精度が非常に高いです。リアル商店街でも物件を探しに不動産屋に行ったら、その不動産屋がすでに商店会の一員で、契約前に不義理を全員知っている、なんてこともあります。ナメてはいけません。そしてそれは「ネット商店街」でも同じなのです。   えらいてんちょうの周りで発生したトラブル事例  つい先日、私の周りでもこれが起こりました。私のバーの店舗からわずか2駅、反対側にある私のバーの衛星店舗からは1駅しか離れていない場所で、まったく私に話を通さないまま、日替わりバーテンシステムのバーを開業しようとした人がいました。しかも、私のバーでも何度もバーテンをつとめてくれたスターバーテンを引き抜いて、です。    リアル商店街とは違い、ネット商店街では2駅程度しか離れていない実店舗は商圏がかぶるどころではありません。「SNS経由で、日替わりバーで一日バーテンをやろう」などと考える人間は大都会でもそう多くはなく、必然的にお客さんの多くは遠くから電車に乗ってやって来ることになります。2駅先なんてほとんど軒先のようなものです。衛星店舗とはお互いにルールを決め、お互いに企画やバーテンを融通し合うなどいい関係が築けていたのですが、何も挨拶無しにこれをやられてはたまりません。    当然、「商人ギルド」内からこの情報はすぐに私のところに届き、私は開店準備にかかっていたこの店の店主と即座に交渉に入りました。このままでは、お互いがバーテンを引き抜き合う消耗戦となり、誰も得をしないからです。いや、私の店はギルドが出来上がっていますから潰れることはないでしょうが、先方は「我々のギルドにケンカを売った店」ということになり、どう考えてもまともに経営が成り立つとは思えません。私は決して争いごとが好きな人間ではありませんが、商売上の不義理はキッチリと落とし前をつけ、ギルドのメンバーに毅然とした対応を取ったことを示さないと、今度は私の店が危なくなります。    結果として、この店は大幅な業態変更と、日替わりバーテン制度の廃止を余儀なくされました。最初から相談しておいてくればお互いの利益になる形に落ち着かせることができたのに、あんな無茶な特攻作戦を取られては、収まる話も収まらなくなります。   「商人ギルド」に守ってもらうためのテクニック  この話を聞いて「怖い」という感想を持たれる方もいるかもしれません。しかし、これは水商売の論理で言えば明確な「ショバ荒らし」であり、こちらの店の存続に関わる重大な問題なのです。だからこそ、リアルにせよネットにせよ商店街の面々は「ギルド」を作り、綿密な情報交換をしているのです。みんな「明日は我が身」だからです。「ギルド」は別に閉鎖的な組織ではなく、然るべき挨拶とスジが通されれば、ちゃんと入会が認められるものなのです。    このギルドの中にうまく入り込み、無事店をオープンさせられれば、あなたは「守られる立場」になれるわけです。ただし、当然一番の新入りですから、なにか癪に障ることを言われても、少なくともその場では平身低頭で話を聞いていましょう。ここで逆らっては何にもなりません。    私がよく言う言葉ですが、「挨拶と謝罪は無料でできる投資」です。お客さんが来なくて仕事がないときには、店の周りを掃き掃除でもしていましょう。そのうちギルドの人が通りかかって「どうだい、やってるかい?」なんて声をかけてくれます。「まずまずです」でも、「いやーなかなかですねー」でも構いません。「私の店はたぶんもうしばらく暇なんで、なにかお手伝いできることとかありますかね?」とかだと最高です。    そこから「おう、ちょうどよかった、いまから配達あるんだけど、10分ぐらい店見ててくれない?」なんて話になれば、「懐に入れた」ことになります。「おー、ただいま、何もなかった?んじゃもう大丈夫だよ、ありがとう」なんて言われたら「こんど、お仕事終わりにでも、うちの店遊びに来てくださいよ」と言えます。すると、何日か後にそのおじさんが他のギルドの人を連れて店に来てくれたりします。そこで「いつもお世話になってるんで……」みたいな感じで一杯ごちそうしたり、一品余計に出してあげたりすると、「商人ギルド」の情報ネットワークがいい方向に働きます。    「こないだ角に店出した子、あの子若いのになかなかしっかりしてるよ」という情報が瞬く間に商店会の中に広がり、「そんなにいい子ならいっぺん行ってみようか」ということになり、商店会の仲間に入れてもらえます。また、来てくれた商店会の人が、その人の本業で、商店街のただの住人と雑談をしているときにも「そこの角にさ、こないだ店できたじゃん。俺いっぺん行ってみたけど、なかなかいい店だから今度行ってごらんよ」という感じで、勝手に宣伝をしてくれたりします。悪いことは何もありません。    この商店会こと「商人ギルド」は敵に回すと大変なことになるが、味方にすると心強いということがおわかりいただけたでしょうか。    ちなみにこの「商人ギルド」を無視して商売する手も全くないわけではありません。いちばんわかりやすい例が地方都市の郊外のショッピングモールです。繁華街の商店会の涙ながらの抗議を無視して、バイパス沿いの空き地に馬鹿でかい店舗を立て、食品、衣料品、酒店、書店、映画館、フードコートあたりが全部詰め込まれた店舗を作った結果、若者やファミリーはみんなそっちに集まってしまい、商店街がシャッターだらけになったという例は日本中のあちこちの都市で見られます。あるいは、コンビニチェーンや格安レストランチェーンなどに対しても商店会は無力で、そのおかげで昔から愛されてきた地元の店がつぶれてしまった、などの例も見たことがあるでしょう。    ただ、これらのバックボーンは巨大企業です。巨大企業が多大な資本を投入し、築き上げたブランド力と集客力にはさすがに歯が立ちませんが、あなたの作った一国一城を商店街の中でやっていこうと思うなら、近隣の商人たち、つまり商店会=「商人ギルド」を敵に回さず、味方につけるとハードモードがイージーモードになるぐらいの差が出るというのは、ここまで書いてきたとおりです。    「商人ギルド」内でかわいがられる方法はこれ以外にもいくつかあります。最初の挨拶は必須ですが、たとえばお中元やお歳暮、お年賀のシーズンなどは株を上げるチャンスです。「ビール、お好きでしたよね?」「甘党だとお聞きしたので、お茶菓子に羊羹をお持ちしました」「奥様がお料理がお好きとのことでしたので、サラダ油を……」何でも構いません。こういうちょっとした気遣いができることで、あなたの評判は爆上がりします。聞くところによるとサラリーマンの世界ではお中元・お歳暮禁止令が出ているところも多いらしく、サラリーマンから個人事業主に転じた人には季節のご挨拶という習慣がないかもしれませんが、個人事業主同士であればこの季節は大チャンスと言ってもいいでしょう。   商店会費は気持ちよく払っておいた方がよい  また、少し別の話になりますが、商店会に入ると「商店会費」などのちょっとした(しかし、ショボい起業においてはバカにならない)金額を請求されることがあります。これがイヤだという人もいるでしょう。また、月に一回ぐらいみんなでくだらない話をしてお茶を飲むだけの謎の会議や、お祭りの季節だからといって神輿作りやその他のよくわからない作業に駆り出されることもあり、これがイヤで仕方ないという人も多いでしょう。    しかし、モノは考えようで、商店会費は「少なくともそれだけ払っておけば商人ギルドに入れてくれる」ということですし、謎会議は「そこにいるということで仲間意識を共有できる」場となります。お祭りはあなたにとってどうでもよくても、商店街にとっては大事なイベントだったりします。ここで活躍できると、あなたの株が爆上がりして、ほぼ確実に投資した以上のリターンが返ってきます。 自分の商売に集中して、有意義な商売人ライフを!  自営業というのは、ボーナスがあるわけでなし、有給休暇があるわけでなし、毎日売上げのことばかり考えていなければならないという厄介な商売です。しかし、だからこそ自分の商売に集中できる環境を整えるというのは非常に大事なことなのです。イージーモードであなたのやりたい事業をガンガンやっていきましょう。...

『婚活商売』が乱立中。婚活マニア歴6年の著者がご案内 書籍『「婚活」時代』が発売されてから10年。婚活はいまや一般用語として普及した。婚活の手段も従来のお見合いや合コンだけでなく、選べないほど多数の選択肢がある。   であるからには、そろそろ「婚活にはどんなものがあるか」網羅的に見てもいいのではないか。そこで今回は、結婚希望者からの人生相談を6年ほど受け続けてきた"婚活マニア"としての経験をもとに、婚活業界をご案内したい。   これが婚活業界マップだ 婚活業界はおおまかに11種類へ分かれている。 ▲婚活業界マップ   高単価なものでは3万円程度かかるが、低単価なものは1,000円台から参加できる。真剣度は「結婚とは限らず恋愛や友人関係を探しにくる」人の割合でマッピングした。   以下、各項目を解説する。   (1) 合コン 歴史はなんと明治時代にさかのぼる、出会いを促進する飲み会。株式会社ぐるなびの調査では婚活で選ばれる手段の3位にランクインしている。   だが実施する人の多さと対照的に、成婚率は低い。リクルートブライダル総研の『婚活実態調査2018』によると、合コンで出会った相手と結婚した人は2017年に成婚した人のわずか9.6%に過ぎない。これまで人生相談を900件近く受けてきた筆者としても、既婚者がよく混ざっている、盛り上がりを優先して個々の相手と話しづらいなど課題が見られる。楽に開催できる反面、効率はよくない婚活といえる。市場規模は不明だが、飲食店業界へ一定の割合で貢献していることは間違いない。   (2) 街コン 飲食店と提携し、多数の店舗を回ることで婚活を楽しめる合コン。従来の合コンと異なり、見知らぬ男女が集まるのが特徴。2014年の意識調査によると、合コンよりも結婚への真剣度が高いことが判明している。   街コン単体での市場規模を推察することは難しいが、大手街コン企業の株式会社リンクバルの決算資料を読み解くと、街コンよりイベント型婚活で業績を伸ばしていることからやや縮小傾向にあると思われる。 (3)...

かまぼこの未来のため、異色のレスラーが立ち上がる 武藤敬司率いるW-1で活躍するプロレスラー三富政行さん(twitter、instagram)を知っていますか? 彼は慶應義塾大学を卒業し、大手広告代理店・博報堂に就職。その後一念発起して会社を辞め、プロレスラーに転身するという、異色の経歴を持っています。   【過去記事】博報堂を辞めてプロレスラーに。三富政行が語る「好きを仕事にする」ということ   そんな三富氏、7/1に小田原アリーナで開催されたW-1の告知で弊社(小田原にあります)を訪れた際、親戚が小田原に住んでいて、かまぼこが身近な存在だったこと、かまぼこに対して人一倍熱い想いがあることを話してくれました。   ---------------- かまぼこは高たんぱく低カロリーなんです! アスリートは絶対かまぼこを食べるべき。 脂質も超低い。炭水化物も入っているから、これだけで食事として完結する、まさに『完全食』なのです!もっとかまぼこのことを知ってほしい!...

宮城県の廃墟「化女沼レジャーランド」を知っていますか? 宮城県にかつて存在した遊園地「化女沼レジャーランド」。今は廃墟となり、静かに新しい買い主を待っています。その歴史と現在、なぜ復活に向けたクラウドファンディングはとん挫してしまったのか。   持ち主の後藤孝幸氏から買主探しを依頼された「廃墟マニア」鹿取氏に語っていただきます。   夢見る若者が実現させた「化女沼レジャーランド」 戦後、焼け野原となった宮城の仙北平野を眺め、人々に希望を与える娯楽施設を築こうと夢みる若者がいた。古川商会の二代目、後藤孝幸氏だ。ガソリンスタンドや貸しビル業など、様々な事業を手広く展開するが、ずっと夢を追い続けていた。   1979年、ついに夢を実現させる。宮城県古川市(現在の大崎市)に総合レジャー施設「化女沼保養ランド」を造り上げた。観覧車やメリーゴーランド、ゴーカートなどを備えた遊園地のほか、ゴルフ場やホテル、野外コンサート場も併設した。その後、「化女沼レジャーランド」に名前を変えた。   行政や大手企業に頼ることなく、後藤氏の独力で開園に漕ぎつけたが、その苦労は生半可なものではなかった。連日銀行を駆け回り、資金を集めた。遊園地の遊具も、後藤氏が直接アメリカやヨーロッパに出向いて買い付けてきた。   ▲廃墟となったゴルフの打ちっぱなし。このほか6ホールのゴルフ場もあった。   開園後は、東北では数少ない遊園地とあって、連日多くの人で賑わった。週末にもなると家族連れが列をつくり、ランド周辺には渋滞も発生した。なかでも1,000人を収容できるそうめん流しは、化女沼レジャーランドの風物詩となった。今でも地元では「遊園地のことは覚えてないけど、そうめん流しだけは覚えている。」という人も多い。   そうめん流しとは、流しそうめんとは異なり、円卓中央の水槽の中でそうめんがグルグル回るというもの。ランド内には、専用の円卓が数百基備えられていた。   ▲そうめん流し 参考画像   野外コンサート場では、ゴダイゴなど人気歌手のコンサートも度々行われ、全国から数千人のファンが押し寄せた。あるコンサートの日、台風が接近していたため中止を決定したが、ファンの女の子に泣かれて、仕方なく数人のためだけにコンサートを行ったこともあった。その日のことを後藤氏は「大赤字でしたよ。でもね、お金のためだけじゃないですから。商売は。」と、笑顔で振り返る。   年間20~30万人が訪れ、たちまち宮城を代表する人気スポットになった。後藤氏は多忙を極め、寝る間を惜しんでイベントの準備などに追われた。   順調に動き出した化女沼レジャーランドだったが、徐々に苦戦を強いられてくる。渡り鳥の飛来地として知られる化女沼の畔にあってロケーションは最高だが、アクセスは決してよくなかった。東北新幹線の古川駅からも、東北道の古川インターからも10キロほど離れている。   また、元々人口の限られている東北では、特にリピーターの存在が大きな鍵となるが、独力で開園したため資金と時間に余裕がなく、設備の増設が出来なかった。   レジャーが多様化し、海外旅行へシフトしていった時代背景もあって、来園者は急激に減少。1990年代後半には、入場者が1ケタという日も少なくない状況に陥った。資金繰りが悪化し、持っている土地も全部担保に入れたが、2001年、ついに閉園のやむなきに至った。   戦後から追いかけ続けてきた男の夢は、20年ほどで儚く消えた。   ▲廃墟と化した化女沼レジャーランド     私と「化女沼レジャーランド」の所有者・後藤氏の関係 遊具が錆びつき、荒廃した雰囲気が漂いはじめた2010年、私は後藤氏とはじめて出会う。当時、NHKで放送されていた「熱中人」という番組で私が密着取材を受けることになり、ロケができる廃墟を探していた。   とはいえ、廃墟というのは、所有者にしてみれば不名誉な遺物で、ひっそりとしておいてほしいのが本音だろう。それをテレビで放送するなど、とても許可してくれるものではなかった。   東海地区から全国へエリアを広げ、許可の取れる廃墟を探していた時に行き着いたのが、化女沼レジャーランドだった。後藤氏は快く撮影を迎え入れてくれたのだ。   ちなみに、化女沼レジャーランドは廃墟化した後も、映画『スープオペラ』など、撮影地として度々使われてきた。なかには困ったこともあって、某テレビ局の「映っちゃった系番組」のロケに使われた際、根も葉もない事実を放送され、“心霊スポット”の汚名を着せられてしまったのだ。テレビ局の作り話、デマだというのに、信じている人も多いようだ。   「夢も一緒に引き継いでくれる人が現れるまで」 化女沼レジャーランドにかける後藤氏の想い ロケ当日、廃墟と化した化女沼レジャーランドを2日間かけて探索しながら、後藤氏の話を聞いた。   「ここにはね、遊んだ人の思い出と私の夢がギッシリ詰まってるんですよ。そのシンボルである遊具は、どうしても撤去できなかった。できればまた遊園地にしたいんです。それが無理でも、みんなが喜ぶ場所にしたい。」   遊園地の遊具は中古でも高値で取引されるため、早々に撤去されることが多いが、後藤氏の強い意志によって遊具が残されていたことを知る。こうした後藤氏の思いに触れ、胸が熱くなった。また、後藤氏はこうも語った。   「俺があと10歳若かったら、金を集めてまたやるんだけど、もう歳だから。土地は売りたいけど、切り売りはしない。夢も一緒に引き継いでくれる人が現れるまで、遊具を残しておく。」   ▲化女沼レジャーランドに対する熱い想いを語ってくれた後藤氏   私に何かできることはないか考えた こんな話を聞いて、心が動かされない人なんているのだろうか。できることなら、私がここを遊園地として再興したいと思った。閉園した当時とは、事情も大きく変わっている。   車で1分ほどの距離に東北道のスマートICが完成し、交通の便は大幅に改善された。閉園後に温泉を掘削し、源泉も湧いた。これが温泉マニアも唸るほどの良泉で、宮城県のみならず、東北随一と評されている。これは、やり方によっては何とかなるのではないか。   そんなことを思ったところで、私には先立つものがない。どう考えても億単位の買い物になるので、日々の生活にあくせくしているサラリーマンとしては、どうしようもなかった。複雑な思いを抱えて、ロケを終了した。   ▲筆者も温泉に入浴。野湯状態だが、泉質は折り紙つきだ。   「化女沼レジャーランド」が再びNHKで取り上げられる それから4年が過ぎた2014年、NHKから連絡が入った。「新日本風土記」という番組で化女沼レジャーランドを取り上げたいが、所有者と連絡がつかないので紹介してほしいという内容だった。   私は2010年のロケ以来、個人的にランドを見学させてもらうなど、後藤氏と連絡を取っていた。すぐにNHKと話を繋いだ。放送では、化女沼レジャーランドというより、後藤氏が主役になっていた。あえて廃墟を残している熱い想いや、豪快で人情味あふれる人柄に、NHKのスタッフも惚れ込んだのだろう。当の後藤氏も放送を気に入ったようで、私にまでお礼の電話をくれた。   廃墟の所有者から廃墟マニアへ、まさかの依頼が 放送後の2015年春、後藤氏が名古屋まで私に会いに来てくれた。電話ではなく、直接お礼が言いたいのだという。   当日、宮城のお土産をいただき、思い出話にも花が咲いた。そして、後藤氏がおもむろに分厚い冊子を取り出した。表紙には“化女沼レジャーランドの概要”と書かれている。   「私ももう歳だから、ランドを手放そうと思う。そこで、夢を引き継いでくれる人を、ぜひ鹿取さんに見つけほしいと思って来たんです。」   これには正直、ビックリした。敷地は45,000坪あり、温泉の源泉も付いてくる。どう考えても、高額な不動産取引だ。その売り先を、不動産と全く関係のない化学系技術職のサラリーマンである私に、依頼してきたのだ。それも、廃墟の所有者と廃墟マニアという関係でしかないのに。   無理だと思いますよ、とお伝えしたが、これまで何度も廃墟の見学を受け入れてもらい、何一つ恩返しができていない。無理と分かっていても、出来るだけのことはやってみようと心に誓った。   ▲廃墟の所有者(右)が廃墟マニア(左)に売却先探しを依頼するという前代未聞の事態に。   とはいえ、私にできることといえば、せいぜいホームページで宣伝をしたり、廃墟マニアの口コミで情報を広めることぐらいだ。土地に興味のある人も来るかと思い、見学会も催したが、何の反響もないまま1年が過ぎた。   「廃墟の買い手募集」がみるみる拡散。殺到する取材依頼 2016年9月、何気なくツイッターでつぶやいた。   宮城県古川市にある遊園地廃墟「化女沼レジャーランド」。所有者様に頼まれて、買っていただける方を探しています。東北自道・長者原スマートインターから3分、約45,000坪、閉園後に涌き出た源泉付き。自然公園に囲まれ、当地のみ建築制限なし...

かつては「安定の象徴」だった公認会計士だが… 「公認会計士」といえば、かつては安定の象徴ともいえるキャリアだった。5%ともいわれる難関資格をくぐりぬければ、あとは監査法人へ就職すればリストラもなく初任給600万と高給だ。   しかし、2006年から2010年には公認会計士バブルが発生。合格者を15,000人も出したことから、当時の公認会計士は報酬減額と就職難に見舞われた。   そのころから、公認会計士が監査法人以外のキャリアを考えるようになったと思われる。従来であれば選択肢になかったベンチャー企業の役員一覧で、公認会計士がちらほら登場するのはここからだ。   そこで今回、なぜ安定高給の象徴であった公認会計士がベンチャー企業を志すのか、実際の経験者からお話をうかがってきた。   当時最年少 で会計士資格を取得した天才の選ぶ道 お話を聞かせてくださったのは、株式会社ごちぽんで経営企画部の部長を務める井上健さんだ。井上さんは大学在学中に公認会計士試験へ当時最年少で合格した天才肌。卒業後は大手監査法人の花形部署で大手企業を中心に監査を担当していた。     ― 監査法人にお勤めのころ、ベンチャー企業をどう見ていましたか?   井上さん:クライアントとしてのかかわりはありませんでした。当時、クライアントが大手の事業会社や外資系企業の日本支社でして。そのこともあり、ベンチャー企業が話題に上ることがあまりなかったと思います。就職先も監査法人、投資銀行の監査、もしくは親の跡を継いで会計士事務所へ行くか。   ベンチャー企業へ転職したのは、20名いた仲良しの同期でも私1人だったと記憶しています。転職後も肩書に公認会計士とある方はほとんどいなくて、「起業を志す会計士で集まろう!」と顔の広い先輩が声を方々へかけても集まったのが4人だったことがあります。   ―...

世界一ゆるいバーの経営 みなさんこんにちは、「えらいてんちょう」です。飲食店経営及び経営コンサルタントをしております。私はイベントバーエデンという店を経営していまして、エデンは開店から2年で系列店が5店舗もオープンして順調です。   今日はエデンの経営手法の話をしていきます。   うるさく言わない エデンの経営手法を一言でいえば「細かいこと言わない」ということです。普通の店ならお酒のマニュアルなどいろいろあるのでしょうが、エデンはバーテンダーに丸投げです。ほっておけば儲かるから管理せずうるさく言いません。人気にあやかって稼がせてもらおう、という感じです。一番のお客さんは人気のバーテンダー。そこと繋がっていれば永久に儲かりますので。   お客さんに関してもひどいセクハラなどがなければ、お金さえ払ってくれればどんな人でもOKです。なので普通の店では言いにくいこと、宗教や政治や性、そんなイベントをしたい人も来るようになりました。   私はお金さえ貰えば宗教勧誘しようがナンパしようが全然かまわないと思っています。もちろん大きな侵害などは総合的に損になるのでNGですが。   好きなことを話して勝手にやってていいから私に儲けさせて、と言っています。そうすると普通のバーではやりにくいイベントが多くなって、人も集まるようになりました。   苦手なイベントの日は避けて別の日に行けばいいので店のお客さんも離れない。我ながらすごい仕組みだなと思います。口うるさく言わないと勝手に人は集まってくる、ということですね。   エデンの特徴 エデンにはお客さんが手伝ってくれる、という文化があります。そもそもエデンは何もない店でした。最初はビールとソフトドリンクしかなく、酒を置き始めると言ったのも私ではありません。店として成り立っておらず、店ができていないような状態でした。   しかしそれが時勢を捉えた店でした。みんなで店を作っていくというのは、文化祭のような、それ自体がエンターテイメントです。例えば開店前に店にペンキを塗るのは普通なら業者に頼んでお金を払わないといけません。しかしお客さんとみんなでやるのであれはエンターテイメントですしお金も払わなくていい。これは以前お話した正しい「やりがい搾取」ですね。   <過去記事> みんなやってる?正しい「やりがい搾取」の方法論   普通の店は勝手に改造したり持ち込んだら怒られますが、エデンは最初から何も無いので感謝されます。私は店にこだわりが無いのでどのように改造されても構いません。かなり余白を大きくしています。   バーテンダーも自分が立ちたくないので、いろんな人に投げてとにかく人に任せました。それで利益が出たらシェア、出なければシェアしないという形を徹底しました。そうしているといろんな技術者やバーテンダーが得意な人が自主的に来るようになりました。   イベントも自由なのでやりたいイベントをやって、その人がエデンで価値を高めていく。エデンに毎回いる人みたいな感じでその人自身のブランドが高まっていく。お客さん任せにするということを全体的にしてきた。   その結果としてお客さんの価値も店自体の価値も高まってきた。そのような循環ができたのは良かったですね。これからの店はそういう形態にしたほうがいいと思います。店にこだわりを持たず、完璧にせずに改造の余地を残しておくことが大切です。   ▲お客さんたちが勝手に盛り上がる店内   【まとめ】 人と売上を集める為に 2回にわたり世界一ゆるいバー「エデン」の経営について解説をしてきました。いかがでしたか?   売上が上がる段階でいろいろやってヒットした中では、フォロワーが付いてる人を呼ぶのが一番でした。   最初はイベント単体でバズったけど続かなかった。イベントが飽きられたら終わりです。次にインターネット有名人を呼びました。1日バーテンダーは1、2ヶ月に1回だと飽きられないので継続性があります。2ヶ月に1回バーテンダーをする人を60人捕まえていればこのイベントは永久にできます。インターネット有名人を呼べるようにして場を提供すると儲かります。   店を作ってSNSで宣伝するというよりは、SNS空間を店にする、というイメージですね。   エデンのシステムとしても、場所代を取るのではなく儲かったらシェアという形にしています。店に立つ敷居を下げ、人を呼ぶことができるようにする為です。   最後の飛躍は、店長がコンテンツ人間になることです。そうすると店長目当てに人が来るようになります。お客さんは人につくもので、どのような人が店にいるかに興味を持っています。ですので人の選定さえ間違えなければ繁盛します。その為にはTwitterやYouTubeを十分に活用していくべきです。   SNSというのは自分の発言を何倍にも増幅されて沢山の人に届きます。最終的に一番儲かるのは自分がネット有名人になることですね。   この手法はいくらでも応用が効くと思いますので、みなさんもやっていきましょう。 ...

  異色の経歴をもつプロレスラーの仕事論~後編~ 慶應大学⇒博報堂⇒プロレスラー⁉ 異色の経歴をもつ三富政行さん(twitter、instagram)による仕事論、後編。   ※前編はコチラ   ライフワークとライスワーク プロレスラーとしてしばらくキャリアを積んだ時、ライフワークとライスワークという言葉について考えるようになった。自分にとってプロレスは元々「好き」だし、仕事にも出来た。ある意味ライフワークとして機能している。   しかし、ひとつの指標として収入というものさしで見た場合、どうだろうか。自分の場合、博報堂を辞めた以上、将来的には残った同期と同じくらい、それ以上に稼いでやる!という気概と目標があった。そこに到達できているか。   結論、到達できていない。   今置かれている状況を客観的に考えれば、試合のギャランティや年俸だけでそこに到達するのは難しいと言わざるを得ない。プロレスラー全体を見ても、その金額を稼ぐことができるプロレスラーは氷山の一角だ。可能性があるのは、前編で書いたような「天賦の才」を持ち合わせた選手だけだと言っても過言ではない。   先述のマネジメント業務の一つとして、自身での興行を開催することで一度に多額のお金を手に入れることはあるが、一過性のものに過ぎない。安定的な収入にはつながらないのである。   プロレスラーであるからこそ出来る仕事、プロレスラーの「自分」であるからこそ出来る仕事で、永続的な収入を得るためにはどうすべきなのか。ライフワークの先のライスワークとは…。   「+α」の価値こそ "ライスワーク"...

異色の経歴をもつプロレスラーの仕事論 はじめまして。三富政行です!(twitter、instagram)   今回コラムを書かせていただくにあたって、まずは自己紹介から。   ■年表 1989年 8月東京都世田谷区喜多見に生まれる。 未熟児で生まれ、幼少期は発達も遅く両親に心配される。 その後すくすくと育ち、小学校高学年時には肥満児に。 2003年 夜更かしした深夜に、三沢光晴VS小橋建太をテレビで視聴。人生が変わる。 2008年 中堅の中高一貫校、高校を卒業。6年間プロレス好きな友人には恵まれず。 空手と水泳に勤しむ。空手では東京都ベスト8の成績を修めた。 2009年 一浪の末、慶應義塾大学文学部に入学。 UWF関東学生プロレス連盟の門を叩き、4年間を学生プロレスに捧げる。 リングネームは「潮吹豪」。 岡原正幸研究会にて感情社会学、映像社会学、パフォーマンスアートなどを学ぶ。 2013年 広告代理店「博報堂」に就職。 体育会系営業職に配属され、社会の洗礼を受ける。 同時にプロレスへの捨てきれぬ夢がふつふつと… 2013年 会社員と並行してDDTプロレスリング系列「ユニオンプロレス」に参戦。 石川修司戦でプロデビュー。 会社員とプロレスラー、二足の草鞋を履く。 2014年 一年間の会社員生活の後、プロレスへの夢を捨てきれずに「博報堂」を退社。 一足の草鞋になる。 2015年 全日本プロレスなどに定期参戦。 その後、所属していた「ユニオンプロレス」が解散。フリーランスとなる。 自身のプロデュース興行などを定期開催するようになる。 2016年 武藤敬司率いる「WRESTLE-1」にレギュラー参戦。現在も継続参戦中。   以降、プロレスラーとしての活動に加え、福山平成大学特別講師や、コラムニストとして執筆活動なども行うようになる。 NESTA-PFTの資格を取得しており、パーソナルトレーナーとしてフィットネスビジネスも展開している。 ---------------   今回はこんな偏屈な経歴の自分が、僭越ながら「好きを仕事にする」ということをテーマに、2018年に生きる、プロレスラーとしての仕事論を語らせていただけたらと思います。どうか、お付き合いください。   「好き」を仕事にしてみると… 趣味の「好き」と仕事の「好き」は全くの別物。そもそも好きなことを仕事にすると逃げ場がなくなる。会社を辞めてプロレスラーになって5年。一時は一文無しになって路頭に迷ったこともある。   そんな苦しい時、「プロレス」は会社員時代のようにストレスのはけ口や逃げ場になってはくれなかった。   「好き」を仕事にするためのマインド 仕事で追い詰められて逃げ場がない時、残念ながら選択肢は二つしかない。その仕事を「辞める」か「続ける」か。   自分の場合、博報堂を見栄張って(!?)辞めた以上、そして「好き」を仕事にした以上、「仕事としてのプロレス」から逃げたくはなかった。   とにかく“続ける”。 意地でも“続ける”。 耐えて堪えて“続ける”。   そして5年経った今、その時の選択は正しかったと思える。   「好き」を仕事にしたならば、真に生き残るのは「“続ける”ことを辞めない人」ということだ。   例えばプロレスラーでも、若い頃はブレイクしなかったが30歳半ばを過ぎてから化ける選手には、非常に多くの観客を惹きつける“人間味”がある。   才能に溢れて若い頃から活躍した選手以上に、苦労した選手が花咲く瞬間は近くで見ていても感動があるし、またその人にしか出せない色気に溢れている。   “続ける”ことを辞めなかった選手の目ヂカラは本当に強いし、リングの上でも何とも言えないオーラに圧倒される。   バックステージで発する言葉もとにかく強い。グッとくる。   そういった先輩を見ていると、今日も明日も“続ける”ことしか道はないのだとつくづく思う。   「好き」と「出来る」の狭間を見つける いざ「好き」を仕事にしてみると、その世界には本当の天才がいる。一流の中の一流でもある。 試しに、近くで見てきた天才を、二つのパターンに分類してみる。   【感覚型天才】   映像で見た動きなどをいとも簡単にやってのけてしまう選手。 どんなに複雑な動きも一発で「トレース」する能力を持ち合わせている。 そして、演者としてのオーラや、コメントのチョイスなども群を抜いて秀逸であることが多い。 自身の周りでは、武藤敬司選手や、飯伏幸太選手、黒潮イケメン二郎選手などに上記の才能をまざまざと見せつけられている。 もちろん、以下に説明するもう一つのパターンの天才でもあるのだろう。     【努力型天才】   とにかく日々同じルーティンを繰り返し続けられる人のこと。これも一つの天賦の才だと実感している。 あるプロレスラーK選手は、試合の反省を毎試合ノートに綴る。そこに先輩からのアドバイスや、突発的に生まれたアイデアも書き足し、自分というレスラーがどうやって進化していくか、という日記をデビュー以来ずっと書き残している。 ささいなことではあるが、これを年間100試合、何年も何年も続けることはなかなかに難しい。まさに努力の天才である。   また、友人のAV男優・しみけんさんは、朝起きてポカリスエットをお湯で割ったものを飲み(※体温以下のものは飲まない)、ブラックコーヒーとアミノ酸を摂取。その後エアロバイクを漕ぎ、撮影現場には毎日決まった内容のヘルシーなお弁当を持参する。 そしてこのルーティンを10年以上続けているというから驚きだ。   いずれも、同じことをずっと続けてプロとしての自身の価値を常に磨き続けている良い例である。簡単なようで簡単に出来ることではない。   このように、天才や一流と呼ばれる選手を前にした時に、「好き」だけでは乗り越えられないプロとしての壁にぶつかる。   それでも続けたい。否、生き残らなければならない。そこで、自分にしかない価値というものを考えるようになる。   自分がその世界で「出来る」ことで生き残る。そんな考えにシフトしていくようになる。   辿り着いた、「ポジショニングの重要性」 自分がこの世界で「出来る」こと……。   思えば、学生時代に打ち込んだ学生プロレスは、根底にあるモチベーションが「世間に届け、負けてたまるか」だった。誰も知らないジャンルを世間に響かせ集客する。その気概は広告の精神に通じていたのかもしれない。   クライアントが望む商品のブランディング。広告マンとして必要な精神が、自分の秘めたる才能としてあるということは、何となく実感していた。   このマインドををプロレスに生かしたい。そう思い立って考えてみると、プロレス興行をひとつの商品として捉えていけるようになった。   プロレス興行のプロデュース。   大会の企画から、協力企業とのタイアップ、選手のブッキングから大会の進行、そして自分の試合。ファンの反応を反映した次回の興行への施策、提案。これまで培ってきたキャリアが、業界で生き抜くためのパワーに変わっていった。   それから、「マネジメントに注力できる選手」という自分の価値を見出すようになった。自身が選手であることで、選手の気持ちも分かる。そして大会の企画、進行に携わることでスタッフ側の気持ちも分かる。いわばイベントの「中庸」的なポジションを担うことで、業界内での立ち位置を見つけることが出来た。   もちろん選手としてキャリアを続けたいがための選択であるし、さらに高みを目指す気持ちは変わらない。しかし、自分がオンリーワンの存在になることによって、常に「需要」がある存在にならなければいけないということは、日々危機感として抱いている。   こういった、「ポジショニング」という考え方は、他の業界でも通用することではないだろうか。自分のやりたいことと出来ること、今一度見つめ直し、Re:ポジショニングする。   そうすると、本当の意味で、「好き」が仕事になっていく。 編集後記 仕事はお金をもらう手段と割り切って、やりたいことは趣味や副業で実現していく。そんなスマートな人々がもてはやされる世の中で、三富さんの生き方は不器用に映る。でも、それがたまらなくカッコイイのだ。   スマートに生きるだけが人生ではない。「好きなこと」に本業として立ち向かうからこそ見えてくるものがあるはず。   あなたも心の奥にある「好きなこと」にもう一度光を当ててみてはどうだろうか。   全力で戦う三富さんを応援したい方は、小田原アリーナで7/1に開催される下記の大会に足を運んでみてはどうだろう。 7/1は小田原アリーナに来てください!   <W-1大会情報> ★2018年7月1日(日) 「WRESTLE-1 TOUR 2018...