訪問販売で太陽を売り込まれたらどうしよう?

ニアセ寄稿

 
訪問販売に叩き起こされる。
 
この経験はどのくらいの人がしているんだろうか。職種によるのかもしれない。私はひんぱんに叩き起こされる。深夜に原稿を書くことが多く、平日だろうが午後まで寝ているからである。
 
そして、ピンポンの音で目を覚ます。ユニクロのスウェットのまま、寝癖もなおさず、目くそも取らずに出ていくと、見知らぬ若者が立っていたりする。
 
「グレープフルーツ、お好きですか?」
 
これは先日、実際にあった。日焼けした若者にニコニコ顔で言われた。大きな箱を抱えていた。そこに果物を入れて売っているらしい。私はグレープフルーツは嫌いじゃないが(むしろ好き)、さすがにこの状況じゃ買いたくないと思った。目覚めて5秒でグレープフルーツを買う人間がどこにいるのか。顔を洗うより先にグレープフルーツを購入。さすがに「好き」の域を超えている。
 
私の表情を見ると若者は言った。
 
「あっ、今日はお休みですか?」
 
休みじゃねえよ、夜中に仕事してんだよ……とは答えずに、「ああ、まあ」と返事した(まだ半分寝ている)。若者は妙に元気がよかった。声も大きかった。ラグビー部の期待の新人という感じだった。寝起きの頭にガンガン響いた。
 
その後、グレープフルーツを持たされて(「持ってみてください!」と言われた)、しばらく若者の話を聞いた。というか、寝ボケている自分の前で若者が勝手にセールストークを頑張っていた。
 
「ぜひ!」
 
「いや、あの、いらないです……」
 
それだけ言って扉を閉めた。
 
月に一度くらい、こういうことがある。私にとって訪問販売とは、寝起きの状態でグレープフルーツを売り込まれたり、新聞を購読しろと言われたり、神様について話をしたいと言われたりすることなのである(最後は訪問販売じゃないですが)。

あのとき何をすすめられたら買っていたか?

人は寝起きでモノを買わない。どれだけ元気にすすめられようが買わない。これは数少ない真実である。好きなはずのグレープフルーツですら魅力はゼロ。こんな状況でモノを買うはずがない。
 
さらに言えば、訪問販売自体がむずかしい。突然やってきた人間からモノを買うことのハードルは高い。しかも寝起き。ハードルの上にハードルを重ねている。
 
私はあの状況じゃ何をすすめられても買わなかったと思う。グレープフルーツもメロンもリンゴも買わない。最新のiPhoneだろうがスニーカーの限定モデルだろうが買わない。太陽ですら買わない。私はあの状況じゃ太陽すら買わなかった。
 
私にはすぐに発想が飛躍する癖がある。思考回路が雑だと言ってもいい。油断すると宇宙、目をはなしたすきに太陽、ワン・ツー・スリーの自然なリズムで太陽に飛ぶ。夜型生活を続けると人はこうなってしまうのである(ヤバい)。

太陽を売りに来たらどうなるのか?

要するに、生存に不可欠なものすら買わないという話だ。寝起きの状態で訪問販売に来られても太陽すら買わない。何も買わない。
 
ということで、私はさっさと二度寝するべく布団に戻ったんだが、そこでふと考えた。太陽を売るとはどういうことなのか。買う買わない以前に、太陽を売るとは何なのか。
 
「太陽、お好きですか?」
 
あの若者に言われていたらどうなっていたのか。宗教の勧誘だと思っていただろうか。とりあえず眠気は吹っ飛んでいたかもしれない。グレープフルーツじゃ目は覚めないが、太陽を売りにきたと言われると目は覚めてしまう。
 
われわれにとって太陽はひとつしかない。それを売るとはどういうことなのか。そもそも太陽はものすごく遠くにある。グレープフルーツのように気軽に持ち運ぶことはできない。地球から1億4960万kmの距離である。バカみたいな大きさの数字である。
 
「ダッシュで取ってきます」
 
と、言いそうな若者ではあった。気合があれば何でもできると思っていそうな若者ではあった。しかしダッシュという方法で1億4960万kmの距離は克服できるのか。はやい段階で大気圏に突入するが大丈夫なのか。うわさでは酸素とかも皆無らしいが大丈夫なのか。そもそも陸路じゃないが大丈夫なのか。
 
「なんとかします」
 
と、言いそうな若者ではあった。人類はガッツで月面に到達したと思っていそうな若者ではあった。スペースシャトルは気合で飛んでるんだと考えていそうな若者ではあった。しかし私は言いたい。太陽は表面温度だって6000度なのである。距離に続いて温度もバカみたいな数字なのである。この圧倒的高温をどうすればいいのか。
 
「たしかに素手じゃキツいっすね」
 
と、言いそうな若者ではあった。60度も6000度も大差ないと考えていそうな若者ではあった。チーズフォンデュも太陽も似たようなもんだと思っていそうな若者ではあった。どちらもまとめて「熱い」の一言で処理していそうな若者ではあった。
 
「トングがあればなんとか」
 
と、言いそうな若者ではあった。トングの力を過大評価していそうな若者ではあった。トングでつかめば太陽もなんとかなると思っていそうな若者ではあった。ダッシュで宇宙に飛びだしてトングでつかめば太陽は持ってこれると思っていそうな若者ではあった。
 
そんな若者ではなかった。
 
そんな若者ではなかったのだ。突然ハシゴを外す形になって申し訳ないが、そんな若者ではなかったのである。頭の中でどんどんヤバい若者に変貌していった。完全に私の責任である。申し訳ない。
 
太陽を売る若者など、私の頭のなかにしかいない。ワン・ツー・スリーの自然なリズムで太陽に飛ぶな。ヤバいのはおまえだ。
 
 
 
 
 

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執筆:上田啓太
 
 

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