すべての「全能感」をぶち壊せ 〜ダニング=クルーガー効果〜

ニアセ寄稿

“The more you become busy, the less you are on the Internet.”
―「あわただしい生活は、インターネットを必要としない」高田(1992-)

はい。
ニアセ・サイコロジカル・レポート(勝手に名づけました)、第2回目です。
前回の記事は読んでいただけたでしょうか。

われながら、そこそこ丁寧に乱暴なことが書けたと自負しています。
今回も、そこそこ乱暴に丁寧なことを書こうと思います。

暇人 all the people

主にインターネット(にいる暇人)のせいだとは思いますが、つくづくアクションを起こしにくい時代だなあ、と感じます。先日もこんな出来事がありました。

豊崎由美氏「TikTokみたいな、そんな杜撰な紹介で本が売れたからってだからどうした」「書評書けるんですか?」~それへの反響

簡単にまとめると、こんな感じです。
・書評家の豊崎氏が、TikTokで本を紹介する「けんご」という方を揶揄
・「あの人、書評書けるんですか?」
・その後、けんご氏はTikTokの投稿を休むと発表

おいおい。
豊崎氏は、こういった所信を表明することで、何に資するつもりなのでしょうか?こういった発信が、これからアクションを起こそうとしている人の気を削ぐかもしれない、ということを1ミリでも考えなかったのでしょうか。経験がある人間だからこその、看過できない発言だと思います。

(追記:とはいえ、この話題はそこまで「ナイーヴ」なものではないみたいです。推測の域を出ない点が多いですが、ご興味ある方はこちらをご参照ください。)

上記の件は、それぞれ生息域の違う専門家どうしのやりとりでしたが、これが「素人―専門家」「権力者―被権力者」の構図になると、同様の事例は山ほど見られます。
・ニュースサイトのクソリプ
・専門家に噛み付く素人(特にコロナ関係!)
・学生のアイデアを鼻で笑う大人
などなど。この世の中は、私たちの気を削ぐもので溢れかえっています。
もう、嫌になりますね。

こういった事象を考えるとき「ダニング=クルーガー効果」というものが、もしかしたら役に立つかもしれません。

ダニング=クルーガー効果

ダニング=クルーガー効果とは、ざっくりまとめると「低スキルの人ほど自己を過大評価する傾向にある」という認知バイアスです。
1999年、ダニングさんとクルーガーさんは、こんな実験を行いました。学生たちに、文法や論理、ユーモアなど複数の項目についてテストを受けてもらい、その後「自分が何点ぐらいとれたと思うか」を尋ねました。その予想と、実際のスコアを比べてみるのです。
すると、こんなことが分かりました。

・実際のスコアが低い得点だった人は、自身のスコアを過大評価した
・実際のスコアが高い得点だった人は、自身のスコアを過小評価した

全体として「自分の能力を客観的に評価するのは難しい」という結論に至りました。

また、別の研究者が行った関連する実験では、

・やさしい問題では、最もできた人が自分の実力を最も正確に評価できた
 (できた人は「できた」と正しく評価するが、できなかった人も「できた」と錯覚する)
・むずかしい問題では、最もできなかった人が最も正確に評価できた
 (できた人は「できなかった」と錯覚するが、できなかった人も「できなかった」と正しく評価できた)

ということが明らかに。

……ううむ、なんだかわかったような、わからないような。慎重な解釈が求められますね。
とりあえず言えそうなことは、こんなところでしょうか。

・そもそも、人は自分の能力を自分で正確に評価できない
・技能が高い人は低く自分の技能を評価してしまう
・技能が低い人は高く自分の技能を評価してしまう

わたしなりに世の中で起こっていることに落とし込むと、

・ドヤ顔で表層的な知識を披露する自称・知識人
・はっきりとは断言しない専門家
・そしてそれに噛み付く素人

ですかね。そして、この世の中はこれらが勢揃いしているせいで、やっかいなことになっています。

全能感

確かに、えてして専門家は断言を避けます。それが「素人」の目にはなんだか頼りなく映り、さもすれば、はっきりと断言している非・専門家のほうに信頼を寄せてしまう……。そんな光景も、今では日常茶飯事です。とりわけこのコロナ禍においては、吐きそうなほど数多くの情報が飛び交い、うんざりしてテレビを消しPCの電源を落とす、そんな方も多かったのではないでしょうか。

加えて「経験値」というものが、問題をいっそうやっかいにします。人間だれでも、歳を重ねるとある程度は何かに詳しくなります。そうした時の流れによる経験値が、その人をして全能的な感覚をもたらすのです。私自身も齢29ですが、10年前と比べても、明らかにこの全能感は増しているように思います。

その全能感ゆえに、自身の専門領域についてならまだしも、うっかりすると別分野にも口を出したくなるのです(テレビのワイドショーとかでよく見られますね)。そうなると「走り出して数分の(@後藤正文)」人間の行動はみな滑稽に見え、ついつい揶揄してしまうのでしょう。

また、少し話はそれますが「影響資源」という考え方があります。影響資源―専門家である・正当な権力がある・報酬を握っている・説得力のある主張ができる)―を持っていない人は、人を従わせられない時、諦めるか、暴力に走るというのです(French & Raven, 1959)。専門家に諭されたときに攻撃的な口調でクソリプに走る素人も、ここから説明がつきますね。

以上の複合的怪物としての魑魅魍魎が、この世の中で群雄割拠しているのです。これから頑張ろうとしている若い人が、アクションを起こす気になりにくい世の中だなあとつくづく感じます。

以下、スポ根

ここまで言っておいて、という感じではありますが。もうこうなると、私からみなさんに言えることはひとつです。

「とにかくやりなさい。手を動かしなさい。」

こんなことは改めて言わずとも、日本を代表するエッセイにこう書かれています。

「能をつかんとする人、『よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそ、いと心にくからめ』と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。」

 「これから芸を身につけようとする人が、『下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い』などと、よく勘違いしがちだ。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。」
徒然草 第百五十段 より)

さすが、時の試練をくぐりぬけてきた古典は、痺れますね。私が思うに、世に「天才」と言われる人は、この「下手くそなうち」を、人生のかなり初期段階で経ている、言ってしまえばそれだけの話かなと。

また、ぜひ全文読んで欲しいのですが、堀元見さんによるこちらの文章にも、非常に背中を押されます。ざっくりまとめると

「何者でもない人の意見は必要ない」

というものです。全面的に同意します。「素人」が気づく程度のことなんて、既に手を動かしている人には「とっっっくに」気がついているのものなのです。

少し私怨になりますが、学校教育を揶揄する言説、よく耳にしますよね。実際に現場で働く者として(私は普段、学校で先生をしています)、基本的にそれらに対してはおおよそ好意的な気持ちを抱けません。それは前述の理由によるものです。あなたがたが気づいているようなことには、汗水たらして働いている現場の先生はとっっっくに気がついているのですよ。その上で現状があります。それをどうか、わかっていただきたい。

私たちの誰にも、自分や他人の全能感に振り回される暇などありません。全能感をぶち壊してやりましょう。手を動かして。

【まとめ】ダニング=クルーガー効果

以上、スカイダイビングのような着地をしたレポートでした。皆様におかれましては、怪我などしておられないでしょうか。

ダニング=クルーガー効果―「低スキルの人ほど自己を過大評価する傾向にある」―によるひとつの現象として、スキルの低い人間が高い人間を罵り、その結果、われわれはみな自身の手足を縛り口を塞ぐしかなくなる。インターネットの進歩は、そんな状況を加速させているように思えます。

とはいえ、こういった「自分の能力を過大評価し、そして身動きが取れなくなる」という類の話は古くからあるくらいなので(虎になるやつとか)、ひょっとすると人類普遍の問題なのかもしれませんね。

とにかく。

・未熟でも手を動かしましょう。未熟だということに気づくために。
・「未熟な人」をバカにしている暇など、あなたにはありません。
・バカにしてくる人に、取り合う暇もありません。
・手を動かしている人ほど数多くを知っているからこそ「断言」ができません。
・断言には注意しましょう。

全能感に決して振り回されず、「走り出して数分の」人間をフラットな気持ちで支援できる。そんな大人が増えればいいな、と思います。

走り出して数分の彼にだって
振り向けビーナス
いつかはこの空洞を埋めるように
微笑み合いたいな
(“バイシクルレース” by ASIAN KUNG-FU GENERATION)

参考文献:思考のトラップ 脳があなたをダマす48のやり方(デイヴィッド・マクレイニー著、安原和見訳)

高田 ゆうぞう

英語を教えたり、オーケストラでギターを弾いたりして、日々汗を流している。心理系の大学院を出たけれど、自分の心すらわかりません。個人ブログ「言語とその他たち(https://yuzo.hatenablog.com/)」

ニュー アキンド センター

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