起業しよう。
そう考えたあなたは、すぐに自分ひとりでできることの限界に気づくだろう。営業は得意だが経理に疎い。法的知識はあってもプレゼンがド下手。誰だって得手不得手はある。ワンピースのルフィだって、仲間がいなければすぐに夢破れるはずだ。
だから事業が黒字化する前の段階で、あなたは仲間を募るのは自然な流れだ。
しかし、ふわっとしたアイディアしかない段階で労力を割いてくれる人、仲間になってくれる人は少ない。もとい皆無に近い。愛しの彼氏・彼女ですら「その起業、やめたら?」とやんわり制止するだろう。数少ない友人だけが「それ面白いじゃん」と寄ってきてくれる。かくしてあなたの孤独な起業プランは、仕事仲間となった友人とともに描く壮大な夢となる。
友情か、成功かを問われる日がくる
そして労力の末に、売上は伸びる。仲間は有頂天になる。会社を辞めてよかった。お前を信じて良かったよ。チームは互いを褒めあい、さらにハードワークをこなす。
だが夢の楽園は続かない。
あなたはより大きな社会的成功を夢見て、事業の規模をどんどん大きくしたくなる。もっと人を雇おう。経営を多角化しよう。今の儲けを投資しよう。そして仲間の反対に出会うだろう。「何で今のままじゃだめなんだ?もうこんなに儲かってるのに」「IPOがそんなに大事か?いまのうちに事業売却する方が賢いんじゃないか?」
あなたは愕然とするだろう。「共に成功しよう」と語り合ったはずなのに、成功の定義が仲間と大きく違っていたことを思い知るからだ。あなたは年商100億円がほしい。でも仲間は5,000万円あればいいと言う。そこであなたは選ばなくてはならない。仲間を全員切り捨てて大きな成功を目指すか?それとも小さなビジネスで満足するか。
人を切り捨てる痛みに耐えられるリーダーは少ない
これは私の話だ。かつてうまくいった起業があった。といっても個人事業主に毛が生えるくらいの売上を作っただけだが、学生起業にしては軌道に乗った方だと思う。しかし社員を何人も食べさせられるほどの儲けではなかった。売上がその程度だった理由は、単なるサービスの知名度不足だった。つまりここでVCからの投資や借金をしてでも営業・広告へ予算を割けば、れっきとしたビジネスになる可能性は大きかった。
けれど仲間は満足してしまった。「このまま会社員として就職すれば、この副収入で幸せに暮らせるぞ」と。そんなものは私の望んだ未来ではなかった。
そこで私は仲間を全員リストラし、事業を拡大できる人材を求め……はしなかった。残念ながらやる気が失せてしまった。年商1,000万円を切る段階で満足してしまうチームに失望しながらも、全員に裏切り者とののしられてまで友人達を切り捨てる勇気はなかった。だから事業ごと手放すことにした。「じゃあ好きにやっていいよ」と放流したプロジェクトは、いまもどこかで「副業」にふさわしい売上を作っているのかもしれない。私の知ったことではないが。
かつて「結局、皆で和気あいあい仲良くを目指すのか、厳しくとも成長する会社を選ぶのかって話になってくる」と堀江貴文氏は語っていた。(参考記事:スタートアップの会社に優秀な人材を集める方法?ふざけたことぬかすな)この指摘は、痛いほど真実だ。そして、長年培った友情と成功を天秤にかけて、それでも成功を取れる人間は少ない。
ほとんどの人にとって「なぜ成功したいか」という疑問の答えは「家族や友達を幸せにする力が欲しい」からである。目的となる周りの人を不幸にしてまで、成功をつかみ取りたい人はそういない。私だって違う。だから私は成功しなかった。シンプルな話だ。
憎まれてもいい仲間を、あらかじめ選ぶしかない
そしていま、私は起業家をしている。「仲間」を失うことに怯えた起業から数年。また起業にチャレンジできたのは、友達や家族を起業「仲間」として巻き込むのをやめたからだ。私は「仲間」とミーティングをしない。代わりに従業員を雇い、彼らを信頼している。
従業員へは、仲間と同じような待遇を心がける。けれど「仲間」とは本質的に違う相手だ。彼らが私と一緒にいてくれるのは給料が支払われるからで、私が好きだからではない。もしかすると好いてくれているかもしれないが、だからといって余計に働いてもらったり、進んでタダ残業してくれたりするわけでもない。だから従業員は根本的に「仲間」とは違う相手だ。
そして従業員は「仲間」ではないからこそ、安心して起業の一翼を任せられる。ビジョンを少し違えただけであなたを憎んで裏切り、会社のカネや人を持っていきかねない「仲間」と比べて、給与を目当てに働いてくれる従業員のなんと頼もしいことだろう。起業家に必要なのは「私たち、ズッ友だよね☆」とビール缶片手に語り合う友ではない。給与の関係で結ばれた、ドライな仕事の同僚たちなのである。
いつか仲間を憎み、切り捨てる結果を迎えるくらいなら――雇用関係ほど信頼できるものも、そうないのだ。もちろん従業員だって、あなたに反旗を翻すことは多々ある。だが、そのときあなたは、相手を躊躇なく切り捨てられるのだから。