『孤独のグルメ』久住昌之【くだらないことをまじめに】続ける生き方

ニューアキンド

『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之さん。2012年から始まったドラマシリーズは、2021年7月よりSeason9がスタート。幅広いファンから愛され続けているヒットシリーズとなっています。

一方、久住さんの活躍は、漫画だけに留まらず、バンド活動、個展、オンラインストアなど多岐に渡ります。オンラインストアで販売する「箸置き」はソールドアウト続出。久住さんが面白いと思えるものの着眼点は何か、ドラマ『孤独のグルメシリーズ』のエピソードを交えながら、お話を伺いました。

【ご本人のプロフィール】
久住昌之(twitter
マンガ家・ミュージシャン
1958年生まれ・東京都出身。
美学校の同期生 泉晴紀とコンビを組み、“泉昌之”として1981年に漫画家デビュー。谷口ジローとの共作『孤独のグルメ』は大ヒットシリーズとなっており、劇中音楽も製作している。久住昌之オフィシャルショップ「ふらっとSHOP」を運営。

『孤独のグルメ』のモノローグは、日本橋のカレー店で見たサラリーマンがきっかけ⁉

―『孤独のグルメ』をはじめ、長きに渡ってファンから愛され続ける久住さんの作品はたくさんあります。久住さんは人や物事のどのようなところに興味を持ちますか。

久住:僕は、パッとわかりやすいものより、面白さがじわじわと滲み出てくるものに惹かれやすいです。たとえばインタビューでも「コツは何ですか?」「久住さんはどこを見て店を選ぶんですか?」って聞かれます。一言で言えるような答えを求められるんですよね。

それは、ネット検索すれば、何らかの答えがすぐに返ってくる、今の時代的なことだと思います。僕は、人やものを見て、パッと感じた印象と、その人の内面や、店の造作の理由に、ギャップを感じるときに「面白いなあ」って思うんです。

― そのギャップについて、具体的なエピソードがあれば伺えますか。

久住:たとえば、過去に時々通っていた日本橋のカレー屋さんの話です。お店のメニューはカレーのみで、大盛とか辛さの調整もできないお店でした。ふたりでお店に入ると、「ふたつ」とだけ店員に言って、カレーが出てくるんです。

あるとき、カレーを食べていると、サラリーマンのふたり組が店に入ってきたんです。ふたりは同僚らしく、すっと席について、会話もないんです。で、カレーが出てきて無言で食べ始め、ふと、ひとりが「今日、肉多いな」って一言(笑)、もうひとりはフッと笑って「うん」。会話、それだけ。でも「いいなあ」って思いました。常連ならではの光景ですよね。ムスっと黙って食べているようで、ふたりともこの店が大好きでなんですね。僕はそういうときに、ドラマを感じるんです。

僕は、ずっと「食べている人の頭の中」の面白さを描いてきました。「今日、肉多いな」って言葉が出てきた瞬間の、ムスっと黙って食べていたふたりからのギャップが、たまらないんです。人が食べることの、根本的な滑稽を感じて。

― ドラマ『孤独のグルメ』シリーズでも、松重豊さん(井之頭五郎役)の心の声が毎回楽しみです。

久住: 松重さんのすばらしい演技力のおかげですね。僕は松重さんが、言いそうもない言い回しを考えます。それもギャップの面白さですね。「食レポ」なセリフは面白くも何ともない。

たとえば、肉を食べるシーンで「噛み切るんじゃない、食いちぎるんだ」って心の中で言わせると、ちょっと面白いじゃないですか。「ウシなのに、ウマい」とか(笑)。松重さんの見た目と、心の中の声のギャップを、僕は書いているんです。

グルメ番組じゃない。“「孤独」的かどうか”に情熱を注ぐ

― ドラマに出てくる店員さんのキャラクターもすごく印象的です!

久住:『孤独のグルメ』では、実際に働いている店員さんとよく似ている人をキャスティングしているんですよ。また、個性的なお客さんが出てくるときがありますが、そういった場面も全てスタッフが実際に見た人をモデルにしています。ロケをするまでに、お店に何回も何回も足を運んでいるからできることです。パッと一回入っただけでは、そういうものは見えてこない。じわじわ見えてくるのものを、すくい取りたい。そういうもの全部で、そのお店なんです。味なんてそういう全部の、ほんの一部分です。

― スタッフさんがお店を選んで、決めるまでのプロセスが気になります。

久住:スタッフは漫画を50回くらい読んでいるメンバーなので、“「孤独」的かどうか”は、すごく考えてくれていますね。グルメ番組のお店紹介とは違うので、スタッフは本当にいろいろなお店に足を運んで、実際に食べて、候補となるお店を選んでいます。

まずはスタッフがひとりでお店に行って、会議でそのお店が良さそうだとなれば、次はふたり以上でお店に行く。3回目くらいに「実はこういうドラマを作っていまして」と言うと、店の人は笑って「なーんだ、そうですか。どっか怪しいって思ってたんですよお。地上げ屋かと思いました」って、一気に打ち解けたり(笑)。

松重さんは前日午後から何も食べないで撮影に臨み、出されたものは全て完食していますが、スタッフも松重さんが全部食べられるか、誰かが事前に食べています。お店のメニューは、スタッフでほとんど食べてみるそうです。結果、ADのひとりは1シーズンで14キロ太ったことがあります。

― 1話できるまでに、これほどまで情熱的で入念な下準備が重ねられていたとは、想像もしていませんでした。

久住:その根本には、原作漫画の故・谷口ジローさんに対しての敬意があると思います。谷口さんは、毎月たった8ページの漫画『孤独のグルメ』を、アシスタントをふたり雇って1週間かけて描いたんです。一コマ1日かかるのは当たり前。そんな描き方をしたら、アシスタント代で、完全に赤字です。

単行本の印税を2回くらいもらわないとペイできない……っていうことを谷口さんはやってきた人なんです。そこまでやる漫画家は、僕が知る限りいない。谷口さんに言わせると「この漫画は、さしたるドラマもなく、言葉も少ない。だからしっかり背景を描き込まないと、読者に主人公の気持ちが伝わらない」と言うんです。クリエイターとして、本当にかっこいいと思います。

谷口さんは、「自分のやりたいこと、自分の願うことは、何度も何度も読んでもらえる漫画を描くことです」って言っていたけれど、『孤独のグルメ』はそれを実現していると思います。もう20年以上じわじわと売れ続け、世界10カ国で翻訳出版されていることが、それを表しています。

ドラマスタッフたちには、「谷口さんがそうやって時間をかけて描いた作品だから、俺たちも手間暇をかけて作ろう」っていう心意気が根本にあると思います。

ドラマでは、お店のシーンや食事のシーンはだいたい7時間くらいかけて撮っていますよ。そうやって本気で丁寧に作ると何回でも見られるドラマになっていくんだなあと、現場に立ち会うたび実感しています。今のテレビは「予算がない」と手抜きすぎなんだ。僕らもテレビ東京の深夜枠で、予算なんて驚くほど少ない。予算は体力と工夫で補うしかないんです。

オンラインストア「ふらっとSHOP」で販売する、オリジナルグッズはソールドアウト続出!

―『孤独のグルメ』は、制作に関わる一人ひとりの情熱によって、愛され続けてきたんですね。ここからは久住さんの今の取り組みを伺います。オンラインストア「ふらっとSHOP」では箸置きシリーズをはじめ、オリジナルグッズも大人気ですね!

久住:去年、コロナ禍による最初の緊急事態宣言が出た4月に、外にも行けなかった状況だったので、人に勧められるままにオンラインストア「ふらっとSHOP」を始めたんです。

こういう時期だから、家の食事が楽しくなるようなものでも作ろうと思いました。皿でもコップでもなくて、もっと小さくて、かわいいもの。なくてもいいものだけど、あったら楽しいもの……って考えたら箸置きにたどり着きました。

漫画や音楽もなくても死なないけれど、あったら少し楽しいっていうものです。結局僕はそういうものしか作れない。だから、おうち時間や出先のひとり飯にクスッという笑いが生まれるものを作りたかった。箸置きは、それまでも、ライブのときに売ったりもしていましたが、何しろコロナ禍でライブも全部なくなりました。ならばふらっとSHOPで、もっと本格的に作ってみようかということになったんです。

― オリジナルの箸置きは、久住さんが色を塗られているんですよね。

久住:何も描かれていない真っ白な状態の箸置きに、僕が陶器専用の顔料を塗って、それをオーブンでさらに焼いています。手作業で色を塗っているので全て一点物です。一つひとつ丁寧に作っていくのは、時間がかかるけど、それもコロナ暇のおかげ(笑)。

― 久住さんの手づくりで、しかも一点物だと、ファンはとてもうれしいですね!

久住:そう感じてくれていたら私も喜ばしいです。僕が一番うれしいのは、購入してくれた人がSNSに「こんなものを食べた」とアップした料理写真に、箸置きが写り込んでたときですね。

Twitterで、遠く離れた箸置きを持っている人同士のコミュニケーションが始まるのも、ちょっとうれしい。「箸置きくんも、楽しそうだな」って。

60歳を過ぎて突如気づいた、佐賀県の魅力

久住:この箸置きは佐賀の「肥前吉田焼」という陶器を使っているんです。有田焼や伊万里焼と並んで400年の歴史があるんですが、僕は4年前まで全然知りませんでした。

肥前吉田焼の代表的な器は、紺色のお茶碗に白色の水玉模様が少し凹んでデザインされているもので、見たら誰でも「ああ、見たことがある!」となる大衆的な器です。職員室や公民館のカゴにたくさん入ってるやつ(笑)。

でも、あれも機械で大量生産してるんじゃなくて、職人さんが一つひとつ流れ作業で手作りしていた。それを知って、ちょっと驚いて、そして何か奮い立たされるものがありましたね。

― 製造工程を知って、肥前吉田焼の魅力を知ったんですね! 久住さんは佐賀県に縁があったのでしょうか。

久住:いや、それが、全く縁はなくて! それどころか、行ってみて自分の佐賀について、“知らないっぷり”が凄かった。佐賀県がどんな形で、山とか海はどうだとか全く知らなかった。実は有田焼や伊万里焼が佐賀で作られていることも知らなかったし、温泉が有名だってことも知らなかった。嬉野温泉も、武雄温泉も、全国に名だたる名湯です。何度も入って実感しています。

僕はそれまで『佐賀のがばいばあちゃん』とかお笑い芸人のはなわさんくらいしか、佐賀について正直知らなかったし、知ろうともしなかった。63年も生きてきて、佐賀は日本の盲点でした。それから意識して佐賀を見ていくと、明治維新を終焉させたアームストロング砲は、あの時代、佐賀人にしか作れないものだったことを知ったり、海苔の養殖も佐賀人が近代始めたことだと知ったり。西九州新幹線に佐賀が反対している理由も、なんとなく分かるような気がしてきた。佐賀には不思議な魅力があるんです。

オンラインシストアは「儲け」より「修業」

― 漫画家・ミュージシャンとしてだけではなく、職人としての久住さんの視点がとても興味深いエピソードですね! ソールドアウトが続出するふらっとSHOPですが、今後の目標はありますか。

「ニアセ」Tシャツに、久住さんのサインをいただきました!

久住:儲けようと思って始めたわけではないので、目標はありません。「こんな商品を作りませんか」ってサイトのスタッフから提案されたら、「いいですね。じゃあ連載仕事が終わってから、作ってみます」って感じ(笑)。

― 儲けよりも趣味のイメージでしょうか。

久住:趣味ではなく、修業と思っています(笑)。箸置きの絵付けにしても、作り続ければ上手くなっていくんです。自分で言うのもなんだけど、3年前に初めて佐賀に行ったときよりは、確かに技術が上達しました。のべ数百個は作りましたからね。

箸置きでも手ぬぐいでもなんでも、100個作った人には100個作った人にしかできないことがある。職人さんのようになるにはこの先10年ぐらいかかるだろうけど。楽して得られる技術やセンスは無いです。

― 漫画、音楽、そしてオリジナルグッズ制作。久住さんのものづくりに対する姿勢・情熱は、徹底して“クリエイター”なのだと感じました。

失敗はたくさんするけど、修業に失敗はつきものです。職人さんがよく言う、「もっといいものができるはずだと思って、毎日精進してる」という気持ちが、63歳にしてわかるようになってきたかなあ。

モノ作りをする者にとっては、いつも「今」が一番大切だと思います。「最新作が最高傑作」を目指すのが当たり前だと思う。それはなかなかできないことだけど。でも過去にしがみついて後ろばかり見ていても、生きている意味がない。

今取り組んでいることを一生懸命にやって、その中でうまくできないこととか、ちょっとだけ上手くいったかなとか、気づいたら去年より上手くなっていたかなとか。こうした工程をまじめに、でもちょっとおかしく、これからも続けていきたいです。

場所提供:ALTBAU with MARY BURGER

松永 怜

千葉県出身。医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。ライフスタイル、エンタメ、医療、恋愛婚活など担当。 文春オンライン(文藝春秋)、東洋経済オンライン(東洋経済新報社)、telling,(朝日新聞社)、ダ・ヴィンチニュース(KADOKAWA)、m3(エムスリー)、らしさオンライン(リクルートスタッフィング)、CHANTO WEB(主婦と生活社)ほかでも執筆中。カレーと珈琲とライブが好き。
【Twitter @kickmomo】

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