私は1年程前からサウナが好きだ。
好きというより愛してる。いや、愛してるではなく空気のようにあって当たりまえ、完全に本妻としてサウナを迎え入れている状況だ。
サウナの良いところとして、一番に挙げられるのはリラックスできること。一人ハダカになって熱いサウナと冷たい水風呂を往復することで、日頃のモヤモヤや将来に対する不安などが、いつの間にかすべて汗とともに流れ出てしまう。
そんなサウナのこと、サウナ施設のことをもっと知りたいと思い、いろんなサウナを巡り歩いていたら、リラックスとは違う、自分の心に火を灯すような元気を与えてくれるサウナ施設と出会うことができた。
それが今回ご紹介する神奈川県横浜市鶴見区にある「おふろの国」。
「おふろの国」は、プロ熱波師の「サウナ皇帝」井上勝正をはじめ、全国の温浴施設看板娘で構成するアイドルグループ「OFR48」、歌うマッサージ師大西一郎など多彩なスタッフを抱え、No.1熱波師を決める「熱波甲子園」や「大サウナ博」、「熱波道プロレス」などユニークなイベントを多く打ち出す異色のスーパー銭湯だ。
ん?プロレスが入ってた?とお思いの方。正しい反応ですが、読んでいただければ腑に落ちると思います。この「おふろの国」の店長であり、これらの仕掛け人でもある林和俊さんに、イベントの意図や個性的な従業員の発掘方法などについてお話を伺ってきた。
スーパー銭湯「おふろの国」は温浴業界に熱い波を起こす
浴室の壁ごしに声をかけあう「愛してマス風呂」、お風呂にまつわる話しだけをする放送「オフロナイトニッポン」など、温浴業界の常識を打ち破るイベントをプロデュースしてきた。バケツで熱波!設備がなくてもとりあえずやってみる。
– おふろの国ができたのはいつですか?
林店長:2000年の11月ですね。僕はそのオープンの半年後に入社しました。
– いろんなイベント名に「熱波」とついてますね
林店長:これはサウナ用語です。熱いサウナストーンにアロマ水をかけ、そこから立ちあがる蒸気と香りを楽しむことを「ロウリュ」といいます。サウナの本場フィンランドの言葉です。その「ロウリュ」の熱風をバスタオルやうちわで送るパフォーマンスを「熱波」。その熱波スタッフのことを敬意を表して「熱波師」と呼んでいます。これは日本独自ですね。
– 熱波は日本独自なんですね。オープン当初からやっていたんですか?
林店長:いや、最初はやってないです。2008年にアメトーークで「サウナ芸人」をやっていたのですが、それで熱波というものを知りました。これは取り入れなきゃいけないと検索したところ、愛知県のサウナが熱波に力をいれているとわかりました。すぐに体験しにいきましたよ。
数件のサウナをハシゴした中で、とくに面白かった施設がありました。そこの施設は、スタッフがカラフルなTシャツを着てサウナレンジャーみたいな名前で熱波をしていたり、スーパーロウリュという蒸気量が多くて、普通よりも熱い熱波サービスをやっていたんです。
そこの支配人さんは熱波にそういったアレンジを加えたり、新しいことをどんどん仕掛ける人だったんですよ。そういう演出もふくめて、愛知での熱波体験は衝撃的でしたね。
– その衝撃をうけて、熱波をやろうと思ったんですか?
林店長:それがですね、熱波をやるには水をかけられる専用ヒーターが必要なんです。でも、うちにはそれがなかった。なんとかできないものかと「バケツ熱波」を考えました。バケツに焼き石をいれ、そこにアロマ水をかける熱波です。蒸気は出せなくても、アロマの香りだけでも楽しんでもらえればというわけです。仮でもいいからやれる方法を考えて、とにかくやってみるしかないんですよ。
スーパー銭湯「おふろの国」の熱波はお客さんとのコミュニケーション
– バケツ熱波、お客さんは喜んでくれましたか?
林店長:考え方次第なんですが、ウチは熱波をお客さんと同じ時間を共有してコミュニケーションを楽しむ場という捉え方にしたんです。温浴施設って案外お客さんと向かい合うことがないんですよ。サウナ好きのお客さんに本格的な蒸気を提供することはできないけれど、ちょっと違った切り口で喜んでくれてると思います。
– 実際、おふろの国の熱波はものすごく盛りあがってますよね。
林店長:転勤された常連さんが「引っ越し先のサウナは静かで寂しい…」って言ってますね(笑)
– おふろの国の看板熱波師・井上勝正さんは元プロレスラーですよね。どういった経緯で熱波師に転向されたんですか?
林店長:ウチが熱波をはじめようとしたころ、大日本プロレスで活躍していた井上勝正がプロレスラーを引退したんです。本人いわく廃業と言っているんですが。大日本プロレスとはお付き合いがあって、いろんなイベントに参加していただいてたので、彼の人となりは知ってましたから「引退するならうちでやらない?」って声をかけました。ただ、熱波師でなく深夜の清掃担当としての採用だったんですけど。
– それで井上さんが熱波をやるようになったんですね。
林店長:しゃべれてパワーもあってイベント向きな性格、まさに適任でした。いまはもう熱波というより漫談になってますけど。……これ、井上さんにいうと怒られるんだよな。
– たしかに、あのトークを聞きにくるお客さんも多そうですね。井上さんは最初から「サウナ皇帝」を名乗ってたんですか?
林店長:いや、皇帝は最近です。井上さんが自分で言いはじめました。こういうのは自分で言いださないと誰も言ってくれませんから。
– いまや完全に皇帝になられていると思います!
スーパー銭湯「おふろの国」はどこにもできないイベントで人を呼ぶ
プロレスとスーパー銭湯、異色のタッグマッチ!
– プロレス団体とスーパー銭湯がいっしょにイベントやるってなかなか想像つきません。どういったイベントをされたのですか?
林店長:最初は紙芝居ですね。覆面レスラーがお風呂マナーを子供に教える紙芝居です。紙芝居の中で喧嘩するシーンがあると、両脇のプロレスラー2人がほんとに平手でパチンとやりあうんです。音も大きくて迫力ありますよ。
– なんという演出!子供達は喜んでくれましたか?
林店長:さあ、どうでしょう。とりあえずびっくりしてましたね。紙芝居からはじまって、このあと腕相撲大会とかいろいろやりましたね。
– イベントにプロレスラーを呼ぶ良さってなんですか?
林店長:もともと自分がプロレス好きってのがあるんですが、当時のプロレスラーって、プロレス闇の時代を生きていた人たちなんで、どんなイベントでも基本的になんでもやってくれるんです。特にアブドーラ小林さんの懐の深さは特別です。
プロレスラーは声が大きくてわかりやすいし、体もおおきくて迫力がある。あと、老若男女みんなに好かれますね。
– なるほど、そう考えると確かにイベント向きですね。
林店長:あと、これすごいですよ。人類 対 魚類。アブドーラ小林 VS 鮭。
– 意味がわからない
林店長:大日本プロレスのアブドーラ小林さんと鮭の闘いです。最初はマグロの解体ショーをやろうと思ったんですけど、それはありきたりだなとバトルにしました。
– ここまでくるとお風呂ぜんぜん関係ないですね
林店長:VSロブスター戦のときなんて、フランス人のお客さんが大喜びしてました。タイムリミットがきて、アブドーラ小林さんがじゃんけんで勝ちました。
– ロブスター相手にじゃんけんですか(笑)
紙芝居はまだしも、さすがにこういうイベントは内部で反対意見でるんじゃないですか?
林店長:そりゃ最初は反対だらけでした。でも、やる理由もありますから。ウチはスーパー銭湯として初期のつくりなんです。でも、施設改修にはお金かかる。だったらイベントで集客してやろうと。
温浴施設って「半径5kmの商売」っていわれたんですけど、いまはそれじゃダメ。週一回でも月一回でもいいから、もっと遠くから足運んでもらえるようにしなきゃダメなんです。
– おふろの国以外でこういったイベントやるところってありますか?
林店長:いや、ないですね。大手は絶対できない。まあ、できないというより常識的にやりませんよ。うちのような零細は大手に対してゲリラ戦に出るしかないんです。
全国の温浴施設の看板娘を集めたアイドルグループOFR48。48歳まで入れます。
– お風呂アイドルOFR48もプロデュースされていますよね?
林店長:はい。AKB48って、一つの芸能事務所で結成されてるんじゃなくて、いろんな芸能事務所から寄り集まってできてるじゃないですか。その構造が面白くて。いろんな温浴施設から看板娘を集めたらアイドルグループになるんじゃないか、ということで始めました。
– メンバー集めはすんなりいきましたか?
林店長:最初、顔見知りの施設に声をかけたんですが、意味が通じなかったですね。なかには三重県から従業員の子を連れて来た社長さんがいるんですけど、「東京に旅行いこう」って言ってたみたいで。東京ついたら、いきなりデビュー曲のPV撮影ですからね。「こんなはずじゃなかった!」ってその子泣いちゃいました。
そんな事件もありながら、なんとか準備をすすめていって、お披露目ライブは新木場のプロレス会場。テレビ局が3社も取材にきました。お風呂屋さんのアイドルで、曲名が「お客様はハダカです」。わかりやすさもあって、食いついてきましたね。そのあとメンバーの密着取材までしましたから。
スーパー銭湯「おふろの国」は人が一番おもしろい。
無理やりキャラクターつけはしない。その人が持っている雰囲気を育てる。
– おふろの国で働いてると、もともと持ってたパーソナリティがイベントをとおして覚醒していくんでしょうね。
林店長:本人にやりたい意志がなければ声をかけないですね。例えば、テナントで入っているマッサージ店の大西一郎。「歌うマッサージ師」として売り出してます。出会ったときに感じたなんともいえないナヨっとした雰囲気が、ムード歌謡に合っていたから声をかけたんですよ。彼自身、歌うのが好きですし。何も無いところからキャラクターは作れませんよね。
– 誰でもいいからキャラクターつけて押しだすわけではない
林店長:そりゃそうです。それぞれ個性がありますから。前に出てなにかできる人と、裏できっちり働く人、それぞれ働ける場所があると思っているので。井上さんなんかは「ドンドン前に出させろ!」ってうるさいぐらいですけど。
– 出たい人はどんどん前に出していくんですか
林店長:そうです。「やりたいことがあればどんどん出てください」って言ってます。本人たちのやりたいことと、このお店でやれることが合致するとお互いにとっていいですよね。やりたいことができていれば「時給が安い!」って不満がでませんもん(笑)
– そういった従業員のキャラづけはプロレス好きが影響してるんですか?
林店長:ああ、たしかに、そうかもしれないですね!考えたことなかったけどプロレスの影響は大きいですね!
スーパー銭湯「おふろの国」女性熱波師求む!熱波師オーディション開催。
– 井上さんのようなスター熱波師をみて「自分も熱波師やりたい!」っていう人が集まってくるんですか?
林店長:いや、熱波師不足ですよ。いろんな施設から「熱波師を派遣してくれ」って問い合わせがあるんですけど、腕のあってスケジュールの空いてる熱波師がいないんです。
なので、熱波師育成のために、熱波師No.1を決める大会「熱波甲子園」をやったり、従業員の知識やスキルを高める「熱波師検定」を開催したりしてます。
あと、広く熱波師を募集するために「熱波師オーディション」もはじめました。昨日もひとり、女性がオーディションを受けに来ましたよ。
– サウナ好き女子も増えてますから、女性熱波師の需要もありますよね
林店長:そうですね。女子サウナでも熱波やってくれって声が多いいですが、女性熱波師は少ないんです。増やさなきゃいけませんね。サウナってどうしてもオジサンのものっていうイメージがありますから。
– どうやったらオーディション受けられるんですか
林店長:まずはメールや書類審査から。気になる人は直接来てもらって面談します。
– 最後になりますが、林さんはどのようにサウナに入るんですか?
林店長:僕はスローサウナ派です。「ガンガンに熱いサウナにはいってから、冷たい水風呂」みたいなハードサウナは苦手です。サウナでポカポカと体をあっためて、外気浴で少しずつ体を冷まして整えていきます。水風呂には入りません。いま流行ってるハードサウナの時代はいずれ終わって、スローサウナが広がってくるんじゃないかなあ。
– スローサウナなら水風呂が苦手な人でも大丈夫ですね。林さんが提唱していけばいいんじゃないですか?
林店長:いや、僕じゃダメです。こういうのは誰が言うのかがすごく重要なんです。30代ぐらいのキレイな女性が言えば、流行るんじゃないかな。メディアも食いつくと思う。
さいごに
温浴施設と関係のなさそうなイベントも、それを楽しむお客さんがいる。おふろの国は、風呂とサウナで体を癒すだけの施設ではなかった。日常にワクワクと元気を与えてくれるスーパー銭湯なのだ。おふろの国の戦いは、これからも続く。
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