「パクチーハウス東京」は”グリーンフィールド”を開拓していた

ニューアキンド

 
世田谷区経堂。にぎやかな商店街のどまんなか、ビル2階にある「パクチーハウス東京」は世にも珍しいパクチー料理専門店だ。
 
パクチーサラダパクチーライス、お酒にもアイスにもパクチーがはいっている徹底ぶり。オープンは2007年12月。今年で開店10周年を迎える。
 
パクチー、すべての食物のなかでもっとも好き嫌いがわかれる食材ではないだろうか。好きな人は狂うように愛するが、嫌いな人からは忌み嫌われる。圧倒的なクセの強さ。ましてやオープン当初の10年前は、パクチー自体の認知度が低かった。いまでこそパクチーをウリにする店は増えてきたが、それでも専門店はめずらしい。
 
創業者の佐谷さんに繁盛の秘訣をうかがってきた。

「パクチーハウス東京」って、どんなパクチー料理があるの?


▲トマトときゅうり、そしてお皿が隠れるぐらいたっぷりのパクチーが盛られたカスピ海サラダ。

パクチーの葉っぱと根っこを揚げたパク天。ぱりっとおいしい。

▲生地にパクチーがはいってる緑のパクチーバケット

パクチーの種や葉っぱがはいってるお酒、カクテルならぬパクテルだ。「カンパク!」の合図で飲もう。こんな具合でなにを頼んでもパクチーがついてくる。

パクチーハウス東京では追加パクチーも自由にできる。「追パクください!」と唱えれば、おもう存分パクチーが食べられる。

▲イラン料理のチェロケバブ。「あれ?パクチーがない」と不安にお思いかもしれないが…

▲もちろんご飯のなかにパクチーとお肉が入っている。

「パクチーハウス東京」にはブルーオーシャンならぬグリーンフィールドが広がっていた


- いろいろある食材から、なぜパクチーを選んだんですか?
 
パクチーハウス東京店長・佐谷 恭さん(以下、佐):2005年から「日本パクチー狂会」をやってたんですよ。といっても、パクチー好きを集めてオフ会を開くのがおもな活動ですけど。それでも名刺作って飲み屋で配ると「店長!パクチー狂会の会長が来てます」って具合に広がってくんです。
 
そこで「ここ、パクチーないじゃん!」とか「パクチー好きな人たくさんいるから、置いたら客来ますよ!」とか軽口叩いたりして。まあ冗談で言ってたことですけど、いざなにか店をやろうって時にその言葉たちがぜんぶ自分に返ってきたわけです。もってる資源でおもしろいことをやろうと考えていたら、自然とパクチーハウスの構想に行きつきました。
 
- パクチー狂会の会長として、さんざん勧めてたわけですもんね
 
佐:マニアックな食材だってわかってはいましたけど、好きな人がたくさんいるのも事実ですし「イケるかも」とおもったんです。飲み友だちに紹介してもらった飲食店の社長たちに、計画を話してみました。そうすると「は?パクチー?」って完全否定。最初はへこんだけど10人20人と超えてくると「こいつら気づいてないわ!」とワクワクしてきましたよ。ブルーオーシャンならぬグリーンフィールドが広がってるぞ、と!
 
- グリーンフィールド!夢がある
 
佐:稼げることやるのが起業じゃなくて、ないものをつくるのが起業でしょう。買掛金とか売掛金とか出てくると難しいけど、飲食店なら食い逃げだけ気にしてれば大丈夫だから。はじめての商売としていいよね。

 
- ここをはじめるまえ、前職はなにをされてたんでしょうか
 
佐:富士通に就職しましたけど3年でやめました。ぜんぜんおもしろくなくって。おもしろいこともあるけど30年耐えて社長になったところでこれでいいのかって。人事部で採用を担当してたんですけど、200人採用したところでそれがどうしたっておもったんです。自分がやらなくても誰かがやりますから。その後は友人の会社の立ち上げを手伝い、イギリスに留学して、帰ってきたらライブドアに入社して、ニュース部門の立ち上げから閉鎖まで行いました。
 
- ライブドアにもお勤めだったんですね。なぜお店をやろうとおもいたったわけですか
 
佐:仕事したり旅したりを続けたかったんです。学生時代は旅をつづけるためには、旅行会社に勤めるか旅ライターや商社マンになるしかないと思ってた。でも、自分でゼロから作ればいいんだと、色々なことを経験して気づきました。学生時代から数十か国を旅してきましたけど、そこで得てきたものを日本の社会に返したかったんです。

▲パクチーハウス東京はビル2階にある
 
- オープン当初からうまくいったんでしょうか
 
佐:この場所、はじめて来た時すぐにわかりました?ビルの2階でわかりにくいし、通りがかりで入る人は一人もいません。最初は友だちに声かけて回していくぞっておもってました。
 
- 集客活動はされてたんですか?
 
佐:当時はmixiを集客ツールにしてましたね。チラシばらまくにも作ったり折りこんだりコストかかるからね。半年かけてパクチー関係のコミュニティーオフ会行ったり、パクチーハウス来てくれた人を検索してコメントつけたり。コメントつけられたことを気持ち悪がってブロックされたこともあります(笑)2007年11月オープンなんですけど、そのかいあってその年はmixiからのお客さんが来なかった日はありません。
 
パクチーのことpaxiって書いてるんだけど、これも造語ですから。mixiをもじってわかりやすいスペルつくったんです(タイ語のパクチーのアルファベット表記はPhakchi)。平和を意味する「pax」と、旅人をあらわす象形文字としての「i」ですね。会社名であり、僕のテーマである「旅と平和」をパクチーのスペルに込めています。

佐:パクチー銀行もやってますよ。融資と称して種を配るんです。栽培してもらって、収穫した種を返済してもらう。たんに種をあげただけじゃ植えない人が多いので。融資用の種といっしょに「パクチー料理屋はじめます」って紙をいれて送ったこともありました。
 
- パクチー銀行!パクチーでいろいろできるものですね
 
佐:2009年からはTwitter(@paxihouse)で集客してました。台風で大量キャンセルがでたとき、Twitterで呼びかけたら7~8人駆けつけてくれたこともありました。店のアカウントを作ったころはTwitter集客で知られている飲食店がうち含めて3社しかなかったんですよ。半年間はこの3社で取材を独占してました。
 
パクチーという観点、SNS集客、交流する飲食店という考え方、いろんな切り口でメディアに取りあげられます。何で取り上げられたとしても「都内でパクチー屋を営む佐谷さん」って紹介されますから、一般的な業態やっているよりもずっとインパクトありますよね。
 
- オープンしたときもかなり取りあげられたのでは
 
佐:パクチー専門店っていままでにないし雑誌が3つくらい来るかなと予想してたんですけど、実際はオープン前に10回くらい取材うけました。メディアは新しくておもしろいことに飢えてますから。ぼくは協会ビジネスを提唱してるんですよ。
 
- 協会ビジネス?
 
佐:好きなことでも1人で言ってちゃ注目されない。3人いれば「おやっ」と思われる。だから協会を作っちゃうんです。パクチーのときもそうですけど、協会だっていえばメディアの人は気にするんですよ。
 
- あ~、1人だとたんなる変わり者でも、協会にしちゃえばトレンドになりますもんね!

「パクチーハウス東京」交流する飲食店!


▲Facebookページには楽しそうなお客さんたちの写真がいっぱい
 
- パクチーハウスってお客さん同士が仲良くなりますよね
 
佐:交流する飲食店というコンセプトなので。ぼく、飲み会の幹事が得意だったんです。予備校時代から1000回超えるぐらいやってるかな。なにかにつけて理由をつけては飲み会やって、いろんな人をつなげてました。会社員時代は上司にお酌するのがいやだったので会社の飲み会を立食パーティにしたり工夫してましたね。
 
- 幹事経験が活かされてわけですね
 
佐:おなじ会社の人間だけで飲み会すると、いない上司の悪口で終わることが多いんです。会社の仲間から飲み会誘われても、たいてい他の飲み会の予定入ってるんで断ってたんですね。あんまり断っちゃ悪いなとおもって「一緒に飲みますか?」って誘ったんです。すると、その場に知らない人もいるから悪口にならない。自分の知らないこと知ってる人から話し聞くのおもしろいじゃないですか。
 
そういう経験もあって、オープン当時は個室化が飲食業のトレンドだったけど、起業の目的が社会をよくすることだとすると、それじゃダメだなっておもったんです。交流できるような飲食店がいいなと。
 
- スタッフさんが交流をうながすんですか?
 
佐:必ずしもそうではありません。「みんなで仲良くしましょう!」なんて言ったら気持ち悪いじゃないですか。そんなことしなくても食べたことないものがあれば「それなんですか?」って横の人に話しかけたりするんですよね。メガジョッキってメニューあるんです。ビールが1リットルはいってるデカいジョッキなんで目立つんですよ。10m離れててもわかるんで、絶対意識する。違うところで「あれ飲もうぜ」なんて言ってる。声をかけるわけじゃないけどそれもコミュニケーションだよね。
 
-なるほど、たしかに!意識したり視線をかわしたり、言葉をつかわないコミュニケーションもありますね
 
佐:基本的にコミュニケーションとるかどうかはお客さんまかせです。勝手に話して結婚したりしてる(笑)結局やる人はやるし、やらない人はやらないんです。
 
お客さんのノリ次第で「この料理ってどうやって作るんでしたっけ?」みたいに話題をふることはありますけどね。マスターが気がきくバーってありますけど、ぼくはそれほどマメじゃないし、そういうの関係なくコミュニケーションとりやすい場を作って、あとはご勝手にどうぞというのがいいですね。仕組み化しすぎたら気持ち悪くてバイトやめたくなっちゃうでしょ。

 
- どうしたらそういう場が作れますか
 
佐:話したくなったときに話せるのがポイントなんです。たとえば「パクパクパクピッグパクポークビッグパクパクパクポーク」ってメニューがあるんですね。
 
-え?
 
佐:パクパクパクピッグパクポークビッグパクパクパクポークです。「これください」って指さしても出さないんです。メニュー名を言わなきゃ出さない。たいてい笑っちゃったり噛んじゃったりする。連れてきた友だちに言わせたり、言えるのを自慢したりコミュニケーションのきっかけになるんですよね。
 
これ、配膳するときにスタッフも言うんですよ。「パクパクパクピッグパクポークビッグパクパクパクポーク、お待たせいたしました」って。
 
そうすると、かなりの確率で拍手が起こるんですね。早口言葉っぽいけど練習すれば、あんがい簡単に言えるんです。入って1週間の学生バイトでもお客さんの前でヒーローになれる。パクチー食べに行っただけなのに、こんなことが起こった」って小さいレベルでも人生が予想外の方向に変わったらいいですよね
 
たんに珍しいパクチー料理が食べられるだけの空間ではなかった。
パクチーを介して、自然と交流がうまれる飲食店、それがパクチーハウス

 
 

◎取材協力:「パクチーハウス東京」
住所:〒156-0052 東京都世田谷区経堂1-25-18 2F
アクセス:小田急線経堂駅から徒歩3〜4分
営業時間:(Party Time)18:00-23:00(LOは22:00)