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【インタビュー】の記事一覧

こんにちわ。最近、AI(人工知能)という言葉を多く耳にする機会が増えてきました。とりわけ、ソフトバンクの開発したペッパーは、大衆をAI(人工知能)が可能にする近未来を想像するようなプロダクトに感動をおぼえた方も多いのではないでしょうか。   AI(人工知能)についてどうビジネスに生かしたり、サービスと連携されるかについて多くの企業が頭を悩ませたり、試行錯誤を繰り返しているなか、カラフル・ボード株式会社の代表取締役CEO/人工知能科学者・渡辺祐樹氏は、そのAI(人工知能)について大学院時代から学んでおり、常に最先端のAI(人工知能)について大学機関と連携して、研究を重ねています。今日は、渡辺社長にずばり、今後のAI(人工知能)の可能性について伺ってきました。 人工知能アプリ「SENSY(センシー)」を開発した理由   -まず、人工知能アプリ「SENSY(センシー)」の立ち上げについて教えてください   渡辺氏:はい。まず私たち人工知能アプリ「SENSY(センシー)」は、いきなりこのサービスを始めたわけではなく、最初はデザインのクラウドソーシングプラットフォームであるCOLORFUL BOARDを始めました。   -デザイン系とは今のファッション系とはまた違いますね   渡辺氏:まあ、そうですね。デザイン系といっても、エンジニアやフロントエンドのデザイナーではなく、どちらかというとアーティスト系ですね。たとえば、趣味でイラストを描いていたり、企業に勤めながら、傍らでグラフィックデザインをしている人、フリーランスで活躍の場を探しているアーティストを、COLORFUL BOARD上で業やアーティストのデザインを必要としている人とのマッチングを行っていました。   サッカーチームのロゴTシャツのデザインなど、全国からクリエイター・アーティストがオンライン上にて毎月デザインが投稿され、Facebookなどソーシャルメディアと連携したスコアリング(投票)により、人気が出たデザインを実際に製品化、販売する仕組みです。   -すごい良いサービスですね。アーティストの活躍の場を広げるというか…   渡辺氏:実はCOLORFUL...

2016年11月2日に「検索刑事(デカ)」を発売した竹内謙礼氏。   SEO対策本ということでしたが、なんとSEOを舞台とした検索エンジンミステリー小説とのこと。話題の最新刊「検索刑事」について伺うべく、竹内謙礼氏を独占インタビューしてきました。 竹内謙礼氏に聞いた1:検索刑事ができた背景 竹内氏:2016年11月2日の「検索刑事」という本を出版しました。SEOをテーマにした物語なんですよ。これが無茶が色々あったんです。私自身『会計天国』という共著の本があって。そのシリーズがPHPさんから出ています。シリーズが今5冊目で、ビジネス書小説はこれで9冊くらいなんですよね。   ▼最新刊:検索刑事(デカ) (日経ビジネス人文庫) ▼ ...

小学校の校庭で見かけた事がある二宮金次郎の銅像。   勤勉の象徴として知っている人は多いと思いますが、どんなことをして、どんな教えしたかを知る人はあまりいないのではないでしょうか。本日は「二宮尊徳翁(二宮金次郎)」が祀られている報徳二宮神社さんに地域貢献の極意を学びに伺いました。 「報徳二宮神社」そもそも二宮金次郎とは 報徳二宮神社の宮司 草山明久氏   草山氏:ここの社(やしろ)は二宮尊徳(二宮金次郎)翁をお祀りしている神社です。実在した歴史上の人物を祀っている神社って、そんなに多くありません。まして農民から神さまになったのですから本当に偉大な方なのですが、幼少のころはたいへんな苦労をしているのです   翁はもともと相模国栢山村(今の小田原市栢山)の比較的豊かな農家に生まれたのですが、度重なる酒匂川の氾濫で田畑を流されてしまい、家は没落、過労により両親は亡くなって、兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。   翁は、朝早くから夜遅くまで一生懸命働いて、その合間を縫って勉強をしました。そして荒地を開墾してお金を貯め、質に入れていた田畑を少しずつ買い戻して、24歳までに一家を再興したのです。小さな努力でも、積み重ねることで一家再興という大きな事が為せる(積小為大)という事を学び、これは二宮金次郎の後の行いや考え方の基礎になりました。 草山氏:そのときの経験でいろんな目に遭いながらも、独学でたくさんの勉強し、多くの気づきを得たり、物事を習得して、後に自分の中で行き着いた教えを実践していきます。   何をしたかと言うと、当時疲弊していた、のべ600にも及ぶ村々の農村復興とか、借金で苦しんでた武家の再興とか。彼の生涯の後半生、時代にして江戸時代の末期くらいの話です。   70歳でお亡くなりになってからまもなく明治維新となりました。明治時代、幕末の方から明治の頃にかけて生きていた方には二宮尊徳さんを知っている方が多く、お弟子さんが書いた『報徳記』は有名ですね。あとお伝えしておきたい翁の教えのひとつに『分度』という言葉があって、身の丈を知るというか、要は何をやるにしてもきちっとそのラインを決めるということを大切にしました。 報徳二宮神社が地域貢献のために仕掛けていること 草山氏:現在、報徳二宮神社が発起人となり『小田原柑橘倶楽部』という屋号で農家さんを応援しながら、農商工連携による地域活性を目的とした活動を行っています。   具体的には江戸時代に二宮尊徳翁が実践した手法をお手本に、この神社で出資したお金を元手に、農家さんから柑橘類などを高値で仕入れ、サイダーやドロップ・ジェラートなどの加工品を製造販売しています。昨年には地元の14社と連携して農業法人を設立し、耕作放棄地の開墾にも着手しはじめました。これらはすべて、次世代を担う農家さんたちや地元で商いをする方々の応援につながるものです。   この時代に小田原で生きる私たちは、今後ますます消費や労働人口の減少が顕著になる未来を見据えて、右肩上がり・経済一辺倒の考え方から、今まで以上に「人・物・お金」を地域に循環させながら、持続可能な社会づくりへの発想・業態の転換が求められていると考えます。 天地の中で生かされているという、人間の分度をわきまえながら、天地の恵みに感謝し、四季の彩りに心を和ませ、自然環境とも調和しながら、人と人との絆を大切にした心豊かな社会づくりを目指して、今後も小田原柑橘倶楽部は活動していきます。 引用元:偉大な功績 草山氏:報徳二宮神社では報徳会館という施設も運営しており、結婚式のご披露宴や記念日のご宴席など幅広くご利用いただいておりますが、昨年から境内に「杜のひろば」という空間を設け、新たに『きんじろうカフェ』も運営しています。   これは参拝客や観光客の方に神社の良さや尊徳翁の偉大さをもっと知っていただくためにはじめたものです。カフェでは翁の語録や格言などが入ったオリジナルグッズを販売し、Hameeさんにもご協力いただいて二宮金次郎像のスマホスタンドも扱っています。このひろばは今後も、もっと人が集まる場所、地域の方に使われる場所にしたいと思っています。 杜のひろば きんじろうカフェ   二宮金次郎像のスマホスタンド   ▼「二宮金次郎像のスマホスタンド」がこちらから購入できます▼ >> Motif. SMART...

皆さんはアウトドアの遊びに行くとき、スマートフォンケースをちゃんと耐衝撃のものにしていますか?していないのなら、買った方がいいです。外ではしゃいだ瞬間にスマホがポケットから滑落、粉微塵に砕けてテンションガタ落ちなんてのはよくある話です。   今回は「アウトドアモバイルギアブランド」ROOT CO.を企画開発するROOT株式会社の代表 三尋木準さんに立ち上げのきっかけや、激しいアウトドアスポーツなどでも耐えられるような商品へのこだわりなど聞いてきました。 モバイルギアブランド「ROOT...

女性のライフスタイルに、活力を与えるための企画・発信をしている株式会社Morning Laboの中村朝紗子さんにお話を伺いました。 撮影女子会プロデューサー「中村朝紗子」   -まずは、自己紹介とどんな事業をされているか教えていただけますか。   中村社長:はい。株式会社Morning Laboとして、主に3つの事業を手がけています。まず1つは、ドレスアップやプロによるヘアメイク・撮影を通じて、1日ヒロイン体験を味わえる「撮影女子会」というサービス。2つ目は、思わず写真に撮りたくなるような、絵になる(SNS映えする)空間・イベントをプロデュースする「フォトジェニック・マーケティング」。3つ目は編集・ライティング業です。   ちょうど10月20日で会社を立ち上げて2年になり、撮影女子会のサービスについては学生時代に始めたので、個人事業主の期間から含めると、3年半経ちます。   -え、学生起業したんですか!?   中村社長:はい。ちょうど就職活動をしている時期でしたので、色々と悩みました。でも極端な話ですが、100年経てばみんな灰になってるわけで、どうせ最後0になるならやりたいことをやってみようと思ったんです。あとは悩んだときは恋愛に置き換えて考えるクセがあって(笑)。心からやりたいことが見つかったのに就活を続けて内定を集めるのは、本命がいるのに妥協して付き合えそうな人とのデートを繰り返しているようなものだと思って…ならば振られてもいいから、後悔しないように本命にいくことにしました。   -なるほど。撮影女子会を立ち上げるに至った経緯は?   中村社長:もともと女性誌の編集部でアルバイトをしていたのですが、そのときの経験が大きいです。雑誌の撮影現場で、プロのメイクやカメラマンがモデルの魅力を引き出すどころか倍増させて、それがまるで魔法のようで、衝撃を受けました。シャッターを切る一瞬に向かってプロたちのエネルギーが集結し、モデルが輝く。このパワーが本当にすごかったんです。   でも普通の女の子がこうした本格撮影に臨めるのは、七五三や成人式、そして女の子なら誰もがあこがれる結婚式くらい。少ないですよね。撮影を通じて、女子は”かわいい”を更新できる。そう確信したので、この体験をもっとたくさんの女の子に広められたらと思うようになりました。   その当時(2012年〜13年頃)はSNSが急激に伸び始めた頃。プリクラ世代の女の子たちが成人し、”撮る・撮られる”のエネルギーをSNSで昇華するようになっていたのも追い風だったと思います。   もう1つヒントになったのは、自分が感じていた「女子会疲れ」。食べて話すだけの女子会はグチやウワサ話などで盛り上がるなど、女の子のあまりポジティブでない部分が浮き彫りになってしまうのを感じていて…。そういった背景の中で、女子会を再定義できればと思いました。   -そこでいよいよ起業しようと思ったんですね。   中村社長:はい。撮影を通じたヒロイン体験と、マンネリ化した女子会を組み合わせてできたのが「撮影女子会」です。私自身、小さな頃はお姫様になりたくて、でも年を重ねるごとに現実を知り、相応のポジションをわきまえるようになりました(笑)。仕事を始めれば自分のことは後回しになるし”かわいい”だけじゃ、やってられません。   でも、”かわいくなりたい”と願うことや、”違う自分になってみたい”っていう気持ちは、女の子の本能的な欲求だと思います。ハロウィンの仮装や、小動物になりきれる動画フィルターが流行っているのも、そうした欲求の”言い訳”として作用するからでしょう。   「とっておきの撮影」の機会を人生にひとつ増やすことで、自分が知らなかった自分に出会うことができます。仕上がった写真を見れば、「こんな表情もできるんだ」「この色も似合うかも」と自分自身に期待したり、女の子ならではの前向きな気持ちも生まれます。こうしたエネルギーを届けることを理念に、開業しました。 「撮影女子会」事業が軌道に乗るまで   -就職活動をやめて起業するというのは一大決心だと思うのですが、正直不安とかはなかったのですか?   中村社長:不安しかありませんでしたよ(笑)。でも就職をやめた以上あとがないので、お尻に火がついてました。いろんな先輩に相談させてもらいました。 撮影女子会は、Twitterを通じて連絡をくれた同期の女の子と意気投合し、共同で立ち上げをしました。一人だけだったら、実現できなかったと思います。サービスのリリース日を決めたら、スタッフを集めたり、スタジオの契約からドレスレンタルの手配、そしてスポンサー探しに奮闘しました。とにかく夢中で動いてました。共同創業者とは寝食を共にし、まるで合宿のような日々を送っていました(笑)。その甲斐あってか協力者も見つかり、構想から約1ヵ月でサービスを形にできました。   無謀なことも、我武者羅さと強運でどうにかしてきたんです。昔から…。高校受験では志望校に偏差値が30以上足りず、死にものぐるいで勉強してどうにか合格することができました。その後、少林寺拳法部活に入り全国大会入賞を目標に。初心者からのスタートだったのですが、キャピキャピなJKライフをかなぐり捨てて練習に打ち込んだ結果、運も味方して、高2の冬の全国大会で準優勝することができました。   -実は色々過去に経験されているんですね!   中村社長:大きな目標を達成するときに役立っていたのは「ミラクルノート」の存在です。高校受験のときに通った塾の塾長が教えてくれました。見開きの左ページにできなかったことを書いていきます。勉強では解けなかった問題、スポーツでは技術的に足らないことなどですね。   そして右ページには、ミスを繰り返さないための対策や課題を書いていきます。こうすることで、次に何をやらなければならないかが明確になります。こうした原体験が起業にもつながっているかもしれません。   撮影女子会はリリースから1年後「王様のブランチ」(TBS)に取り上げていただいたことをきっかけに、徐々に軌道に乗っていきました。そこから現在は、企業とのコラボも増えています。かわいい写真への関心や拡散力をフックに、撮影女子会を企業のPRやブランディングに役立ててもらうtoB向けのサービス「フォトジェニック・マーケティング」です。   -苦労した話はもしかしてひとつもないのですか?   中村社長:好きなことをやっているので、苦労しているという思いはあまりないですね。大変なことや悔しい思いをすることはたくさんありますが、まだまだしばらくは修行期間だと思っています。   苦しい時は、ある先輩からもらった「正しいことをやるには偉くなりなさい」という言葉を思い出します(「踊る大捜査線」に出てくるセリフ)。今はいただいたお仕事を丁寧にこなして、信頼を貯金していくことが最優先だと思っています。将来、やりたいこと(正しいこと)に対する純度を高く保ちながら働き続けるための土台作りですね。 撮影女子会プロデューサー「中村朝紗子」からのメッセージ   -これから起業したい、好きなことで独立したいと思っている方へメッセージをぜひお願いします   中村社長:まずは締め切りを決めることが大事だと思います。ゴールが決まればそこから逆算して、いつまでにどうすればいいかを考え、実行していくのみです。私の場合は「ミラクルノート」で頭を整理していますが、要は漠然としていると人は動かないので、先になりたい自分や目標を具体的に決めることですね。   あとは独自性をつけること。私も女性誌でアルバイトしていた経験と撮影女子会をプロデュースしてきたノウハウを組み合わせて、自分にしかできない分野のお仕事ができればと探っているところです。何かと何かを二つ組み合わせたとき、より自分の強みが増し、新しい付加価値が生まれると思います。そして、それは、事業を立ち上げる上での武器になるはずです。   もし一歩を踏み出せなくて迷っているのなら、”100年経てばみんな灰”を思い出してください。意外と時間ないことに気づけば、おのずとやりたいことをしたくなるのではないでしょうか。 -ありがとうございます。それでは今後の豊富がありましたら教えていただけますか?   中村社長:Morning...

花のお江戸・日本橋。 三越本店やCOREDO室町などが立ち並ぶセレブな街です。隣の駅は大手町。お洒落なカフェ・高級料理店なども多く軒を連ねる日本橋は観光地であると共にオフィス街です。カフェをオープンさせるには、かなりのリスクを伴う覚悟が必要と思われる激戦区。   このセレブ街「日本橋でカフェ」を開業したサニサニーピクニックさんにお邪魔し、カフェ開業の裏話を聞いてきました。 【カフェ経営】日本橋でカフェを開業した理由 -なぜ日本橋にカフェを?   小栗氏:ここにカフェをオープンしようと思った1番の決め手は直感です   -直感!?   小栗氏:平日は通勤で日本橋に来る人が殆どなのでセレブが多いイメージはありません。そして、この街に住んでいる人は昔ながらの江戸っ子です。1本、横道を入れば違う顔が見える街。そこに惹かれました。   「寛げる空間」をコンセプトにする事は最初から決めていました。芝生カフェというのが日本橋では庶民的で珍しかったので受け入れて頂けたのだと思います。自分が好きだと思える街で、自分なりのコンセプトで勝負したい。最終的には自分の感性・感覚を信じた独立開業でした。 カフェ経営に必要なマインド 小栗氏:自分よりコーヒーを美味しく作れる人、より良いサービスを提供できる人はたくさん居ます。なら、他人と比べず自分にできる最善のことは何かを考えて行動してみる。その繰り返しが大切だと思っています。勝ち、負けなんて考えた時点で負けだと思います。   -精神論だけではカフェ経営は成り立たない、とした上で小栗氏は言います。   小栗氏:思う・考える・動く・努力・諦めない、これがカフェ経営者に必要なマインドだと思います。   -また、欲を出さないことも必要だと言います。   小栗氏:万人受けするカフェならチェーン店で充分。全てのお客様に満足して頂ける店は作れない、と最初から思っていたので自分の感性に重点を置くことができました。欲と夢は違うと思っています。 【カフェ経営】こだわりがない、が「こだわり」 小栗氏:寛げる空間であることがサニーサニーピクニックのコンセプトです。   -ですが、「こだわりがない」とは?   小栗氏:店に対して、こだわりを持ちすぎてしまうと新しい企画にチャレンジできなくなってしまう。自由な発想で思いついたことは、まずやってみる。これが、こだわりを捨てるという、こだわりです。 【カフェ経営】広告費・宣伝費ゼロ 小栗氏:平日ランチはサラリーマン、OLで満席になります。まわりのカフェや料理店より価格を下げることで、平日の集客にはそれほど苦戦はしませんでした。1Fはテーブル席、2Fは靴を脱いで人工芝生の店になります。男女問わず、2階で昼寝をする社会人は多いですね。苦戦したのは社会人が居ない土日でした。   -まず行った事とは?   小栗氏:まわりのカフェ、料理店、老舗店などを回ってチラシを置かせてもらいました。チラシを持参してくださったお客様の売上の一部を、そのチラシを置いてくれている店舗に還元しています。土日は観光客が多く、有名店は満席になるため「待つなら他のお店に行こうかな……」というお客様を分けて頂いている、というもの。もう1つ、サニーサニーピクニックの名物にもなっているのはイベントです。あと、ウォーカープラスを見て来店して下さるお客様が多いです。   小栗氏:「東京 イベント 日付」この3つのキーワードで検索をしている人が多いです。実際に検索するとウォーカープラスというサイトが出てきます。このサイトは、飲食店のイベント情報を収集して勝手に載せてくれますので、ホームページをマメに更新してイベント情報を載せてイベントを拾って宣伝してくれる、という仕組みを利用しています。   -カフェで行っているイベントとは? 小栗氏:大袈裟なことは、あえてしません。誰でも気軽に参加できる、たとえば鉛筆1本と紙1枚で出来る謎解きなど男女・世代・国籍を超えて楽しめるイベントを行っています。平日でも行う場合があります。しかも、同じイベントを何度もするとは限りません。   なぜなら、「思いつき」で行うことが多いからです。こだわりがない事が「こだわり」であるカフェ。なので、アイデアはいくらでも浮かんできます。こういうイベントがあったら面白いだろうな、と思うことをどんどんやっています。テレビで取り上げられたり、ラジオにゲスト出演したり……順調に祝日・土日の集客にも成功しています。 【カフェ経営】あえて回転率を考えない 小栗氏:何時間でも居てもらって構わないです。回転率を上げるより、長く寛いでもらうと追加オーダーが入るという利点もあります。何より、コンセプトに馴染んでもらえているお客様の姿を見るのが嬉しいです。待ち時間、寛ぎタイムを満喫してもらうためのアイテムが店内いたる所に置いてあります。大人には懐かしいロケット鉛筆、子供には目新しく、そして手軽に遊べるアイテムです。   -遊んでいるうちに、あっという間に時間は過ぎるので待ち時間も気になりませんね(笑) 小栗氏:「コーヒーまだ?」とか言われたことは今までありません。お客様はそれぞれ、何かで遊んだり芝生でゴロゴロしたり、自分なりの寛ぎ方で楽しんでくれています。こうして居心地が良いと思ってくださったサラリーマンやOLの方々が常連客として増えていった、との事。常連さんは、地元住民の方々も多いですね。そして常連客が同僚や友人を連れて来て下さることで、新規客も増えています。これが集客・利益の源です。 【カフェ経営】経営学は全く勉強した事がなかった 小栗氏:平日、ビジネスマンの会話を盗み聞きする事も勉強の1つになっていますし、イベントでお客様から学ぶことが多いです。たとえば「自分の夢を語ろう!」というイベントは婚活でも利用できると思いました。ビジネスについて語ろう、では難しい話になってしまいますが、「夢を語ろう!」と人が集まると「その夢を実現する手助けが出来るよ」っていう人が現れるものです。また、様々な意見や斬新なアイデアも生まれます。   -「イベント」は仲間作りの場でもある、と。   小栗氏:年齢や職業は、仲間になるのに必要ない情報。まず友達になること。仲間だったり恋人になれるスタートだと思います。そういう意味で、婚活も「婚活」という言葉に括られるから世界が狭くなってしまう。仲間を作ろう、という言葉に変えるだけで出会いは増えるのに勿体ないと思っています。   -カフェ経営も同じことで、最初はどう入っていけばいいのかスタートが分からないものでは? 小栗氏:最初に大事なのは、まわりとの調和。この日本橋という街に受け入れてもらえるように挨拶回りをして地域に根付いていく事が大切だと考えました。そこから、お客様・仲間の輪が拡がっていきました。 編集後記 今では、老舗店やまわりのカフェの経営者・従業員と街中で会えば笑顔で談話するほど、小栗氏自身が日本橋という街に根付いています。これからカフェ開業、独立しようと考えている方へ小栗氏は言います。   「今、やってみたい事があるなら今やってみたらいい。始めちゃえば、どうにかなるものです」   ただし、大切なことがある、との事。「精神論だけでは経営は成り立たない」としながらも、 1、思う(発想) 2、考える(計画) 3、動く(行動) 4、努力 5、諦めない この5つが大変重要であり、特に【動く】ことは、とても大切だと言います。「1つ1つではなく、多くの思考・行動を同時進行していく事が経営には大切だと感じています。  ...

越境ECをしていると、日本の常識が通用せず信じられないトラブルに発展する事があります。PayPal(ペイパル)はそんなリスクを少しでも軽減する事が出来る決済方法として、世界中に普及しています。   今回は少し趣向を変えてPayPal(ペイパル)の中の人に話を聞いてきました。 「PayPal Japan」に聞いてきた-その1:ペイパルとは? 佐賀:今日はどうもありがとうございます。早速なんですが「PayPal(ペイパル)」って簡単に言うと何でしょうか。 野田氏:PayPal(ペイパル)の基本のコンセプト、ベースになっているのはAさんBさんという二つのアカウント間の「送金」です。インターネット上に残高を持つというか、自分の財布を持つみたいな。PayPal(ペイパル)がそもそも創業しているときからのコンセプトとして『デジタルウォレット』というものがあるんです。   日本だと遠くの相手に対してお金を払う時って、銀行振り込みなどですよね。PayPal(ペイパル)は創業約20年のアメリカの企業なんですが、アメリカって昔は小切手文化なので、遠くの相手にお金を払う時は、小切手を郵送するのが一般的だったんですね。   すると当然アメリカは広いので、相手にお金が届くのに一週間とか時間が掛かります。で、実際届いてみたら「自分が思っていたものではなかった」とかクレームが多いと。こういった「送金」のやり取りを瞬時にEメールで行う事ができる送金サービス、というのがPayPal(ペイパル)の原点です。   佐賀:当時のアメリカにとっては、すごい画期的なサービスですね。   野田氏:はい。お金を送金したり請求できたりするので、eBayや個人間のECのやり取りですごい流行ったんです。そうしてアカウントがどんどん増えていったときに、それが個人対個人だけではなくて、個人対店舗、という広がりを見せていって、今の形になっています。現状をお伝えすると支払う側のユーザーが今グローバルで約1.9億人ぐらいいて、売る側が、約1400万ぐらいです。 「PayPal Japan」に聞いてきた-その2:他社とペイパルの違い 佐賀:海外サイトだとかなりPayPal(ペイパル)が普及していますが、他の決済サービス、例えばクレジットカードと比べて、何が違うんでしょうか。   野田氏:大規模から小規模の企業まで、色々な方にPayPal(ペイパル)を使っていただけているのは、大きく分けて三つの理由があるからですね。   まず一つは誰でも始められます。クレジットカード会社だとか、ほかの決済サービスとはちょっと逆のパターンをしていまして、まず最初の審査のハードルがとても低いんです。ペイパルアカウントを作成し、本人確認をすれば、基本誰でも始められます。通常のクレジットカード審査って、最初に厳しく審査をしてOKの判断をしますよね。逆にPayPal(ペイパル)は入口は入り易く、そのあとの途上管理を取引などを見てすごい厳しくやっているというイメージですね。 佐賀:実績のない会社や個人事業主でも、簡単に利用する事が出来ると。   野田氏:はい。二つ目にお金回りの所ですね、アカウント to アカウントの送金なので、基本は瞬時にお金が移動します。ですので、決済代行さんとかほかの決済のように入金サイクルが40日とか60日が一般的だと思うんですけど、我々は大体、3〜5営業日で出金できます。特に物販や中小企業でそこまで運転資金が潤沢にない方々に対してはそれだけで一つのメリットかと思っています。   三つ目にリスク管理です。PayPal(ペイパル)の根幹の部分でもあり、他社と大きく違う部分ですね。リスク管理、セキュリティはやはり一朝一夕にはできないので、いろんなノウハウのかたまりだったり、体制だったりする部分が強みです。   佐賀:リスク管理に付随するサービスとして『売り手保護制度』というのをやってますよね。買い手ではなく売る側の保護制度っていうのは珍しいですね。   野田氏:買い手の保護制度もちゃんとあります。両方あります。買い手保護というのは大体のクレジットカード会社さんもあると思うんですが、売り手さんを保護する仕組みって、あまりないですね。我々は費用を頂かずに、基本条件を満たしていただければ売り手さんを無償でその被害から保護するという制度を設けています。定量的に見えづらいんですが、特に海外越境の物販っていうのはやはり、不正やトラブルが多いのでこういった売り手保護を用意しています。   佐賀:不正やトラブルって、越境ECだとなかなかすごいのがありそうですね。   野田氏:たとえば、越境ECでは何かしらの理由で商品が税関で止まってしまって、買い手に配達されないというケースがあります。商品が買い手に届かず、買い手はしびれを切らせ売り手に返金を要求しました。一方、売り手からすると商品は適切に発送したのに自分が損をしてしまうという状況です。   佐賀:おお・・・(笑)   野田氏:そこでPayPal(ペイパル)は売り手保護制度により、商品が配達されなくても、条件(例:発送証明の提出)を満たせば売り手に代金を入金し、このようなトラブルを回避できるような制度を提供しています。この場合の損失はPayPal(ペイパル)の負担になります。それは本当に一例ですけど、そういう売り手さんを守るという立場も我々は取っています。   佐賀:実際、日本国内でのEC事業者さんの導入件数は伸びていますよね。   野田氏:はい。伸びていますね。売り手側も買い手側も、市場より高い成長率で伸びています。海外サイトでの買い物という目的もあるんですが、国内のやり取りでPayPal(ペイパル)が使われる事も多くなりました。 これは必ずしもECの話ではないんですが、例えばPayPal(ペイパル)にはメールで料金を請求できるサービスとかがあるんです。物販でサイトを持っていない個人事業主の方が、よくこのサービスを使われます。   たとえば僕が、佐賀さんに何かサービスなり、商品を提供したとして、佐賀さんからその料金をもらうとします。その場合、僕はペイパルアカウントを作れば、「ここで2万円払ってください」というPayPal(ペイパル)の支払い画面へ飛ばすことのできるリンクのついた請求Eメールを佐賀さんに送れるんです。で、佐賀さんがクレジットカードなり、ペイパルアカウントで払っていただくと、私のペイパルアカウントに2万円入ると。   佐賀:ECサイトを持たない人でもPayPal(ペイパル)を使って決済が、ネット上で出来るんですね。   野田氏:はい。アカウント to アカウントで送金できます。アカウントは誰でも持つことができるデジタルウォレットがコンセプトです。 「PayPal...

私的な話で非常に申し訳ないのですが、先日引越しをしました。こんにちは、ジェームズです。   引越しをする時、皆さんは「新しい部屋はこんな家具を置いて、こうしよう!」と希望に満ち溢れている場合が多いと思います。私もそうでした。ですが実際は引っ越し代、敷金礼金などの経済的圧迫により、結局適当に安い家具を、酷い時はダンボール椅子とダンボール机に落ち着いてしまう事が多いのではないでしょうか。私がそうでした。   おしゃれだけど安い・・・そんな欲望を満たす家具はないものか・・・まずは寝床だけでも・・・わずかな家財道具とダンボールに囲まれながら、検索していると「人をダメにするベッド」というものを発見。   こんな悪魔のようなベッドが存在していいのか。でも、欲しい。この神をも恐れぬベッドの開発、販売元の「LOWYA【ロウヤ】」は、楽天市場で5年連続ショップオブザイヤーを取っていて上場もているすごいお店。これは取材しなければ、ということで今回はLOWYA【ロウヤ】の運営元、株式会社ベガコーポレーション専務取締役の手島武雄さんにお話を聞いてきました。 LAWYA【ロウヤ】・家具専門店の生い立ち   -まずはベガコーポレーションさんの成り立ちについて聞かせていただきたいです。   手島氏:設立は2004年の7月になります。代表の浮城が家具の輸入商社に勤務しておりまして、彼がもともと独立志向が非常に強く、当時小資本でドロップシッピングから始めることが、家具は商材的に可能でしたので、家具を選択してビジネスをスタートさせたというのが、設立のきっかけになります。   設立から1年、2年ぐらいまでは、商品をしっかり説明をすることによって、他社商品ページとの違いということでお買い求めいただいていました。しかし薄利であるという点と、設立3年目あたりから競合他社の値下げによって運営が厳しくなってきました。なので、ドロップシッピングでなく、直接貿易に切り替えていって、そこから自社商品、自社仕入れという形にしていきました。そこから利益が好転してきて、今のビジネスモデルの原型が生まれたというのが、2007年あたりです。   -ベガコーポレーションさんは上場されましたよね。優秀な人材を確保したいというものが狙いの一つとしてあるのではないかと思っているのですが、どういった人材をこれから厚くしていきたいと思われていますか。   手島氏:今、我々が求めている優秀な人材とは、エンジニアのことです。自社コンテンツというか、自社ドメインの本店であったり、もしくは今越境ECサイトを始めていますが、これを自社で開発していく中で、多くのエンジニアがかなり必要だなというふうに思ってます。 弊社はコアになる部分というのは、常に内部で開発をしたり、自社の人員で作業していくということを基本強みとしてます。そうやって内部にどんどんノウハウ、情報を溜めていくということを行っています。   家具は実際に見て触って確認したいというニーズが高い商材だと思ってるんです。例えばファッションやお水、食べ物というのは、どちらかというと衝動買いもしやすいので、衝動的にネットで買って、自宅に届けてもらうというサイクルだと思うんです。その点、家具はまだそういう事が少なくて、伸びていってはいるものの、金額の問題もあったりして、確認したいというニーズが非常に高い。     手島氏:そうしたときに、お客様が家具を買った時のことをどこまでイメージできるかというと、例えばARであったり、VRのような技術は、お客様のニーズを満たすと思うんです。 我々としては、ネットで家具を売るだけでなく、コンテンツ力であったり、提案力、そういったものを総合したブランド力というものを活用しながら、「ネットで買うんだったらLOWYA【ロウヤ】だよね」という位置づけを目指していく必要があると。そういう意味での優秀なエンジニアを雇用していきたいということですね。 LAWYA【ロウヤ】・ショールーム開設の意図とは   -実際にLOWYA【ロウヤ】さんの商品を見る事が出来るショールーム(冒頭の写真)を始められたんですよね。   手島氏:楽フェスでお客様から「いい家具なのに安い。」というふうに生で言っていただけるお声が非常に多くて。今まで実際にわかってはいたものの、そういうきっかけもなかったので、実際ショールームを作ってみたらどのような反応が起こるかなと思っていました。 すると「LOWYA【ロウヤ】さんのこの商品見たかったんですよ」と言っていただけるファン層が、意外に多かったんです。 家具・インテリアの総合通販 LOWYA【ロウヤ】のページ 実際足を運んでいただいている方が、月に大体1,000人ほどいらっしゃって、ほとんどがLOWYA【ロウヤ】のページを見ていただいて、確認しに来てるっていうお客様なんです。やはりネット上で知り得た情報を確認しに行きたいという需要は、家具の中には結構あるんだ、と実感しました。   いわゆるOtoOはオフライン、オンラインですが、それのオンライン、オフラインみたいな。要はオンラインからオフラインに流すというふうな送客が、これでできるんじゃないか、また、今後はこういったノウハウを活用して、いわゆる家具のプラットフォーム的なものの位置付けというものを、我々は別軸で目指していく必要があるんじゃないかと考えています。   -家具のプラットフォーム!新しい言葉ですね。   手島氏:例えば目黒通りっていう家具通りがあるんですよね。 そこには非常にいい家具、珍しいものも含めてあるんですけども、悲しいかな、「行かないとどんな家具があるかわからない」っていう現状がありまして。でも、こういった家具の情報を扱っている、情報サイトみたいなものがあるかというと、ない。しかし、ニーズとしては非常に高いと思っています。   実際、家具を買いに行くとなると、1日作業じゃないですか。実際に店舗に見に行って、確かめて、じゃ、次イケアに行って、とかそんな感じじゃないですか。あらかじめ見たいものが、ネット上である程度カタログのように見れて、それを実際店舗に見に行く。そういった情報が、ポータルとして存在していれば、間違いなくそこに顧客のニーズとしてはあると思うんですね。そんなサービスを提供していくことが、我々の次の課題になってくるのかなと思っています。   既存の店舗様の情報っていうものを、我々がプラットフォーマーとして提供していく。これが次なる構想ですね。 LOWYA【ロウヤ】での売上の9割強を占める自社ブランド   -「人をダメにするベッド」のように、売り上げ全体からみると、自社ブランドの比率はどれぐらいなんでしょうか。   手島氏:売り上げの約9割強がプライベートブランド商品なので、もうほぼ自社の商品で成り立っている状況ですね。 最近ではもう一からデザイン3D起こして作っています。   -LOWYA【ロウヤ】さんでは「これ売れるな」とかそういった経験則、ノウハウなどはどのように溜めていかれたのでしょうか。   手島氏:家具といってもいろんなジャンルがありますよね。ダイニングあり、ベッドあり、ソファーあり、テレビボードありと、いわゆるそういうジャンルの中で売れてる商品は何か、というのをまず軸に考えています。   その売れている商品の上の値段、下の値段の商品というものがありますよね。つまりお客様にとっての比較対象商品ですね。「値段が上の商品だと、安い物と比べてここがいい」とかそういう点を明確にすることで、お客様が、5,000円出すか、1万円出すかっていうように選択肢に広がりが出てくる話になりますよね。   なのでこれはノウハウというよりも、どちらかというとマーケティング戦略ですね。また、家具に限った話ではないですが、目玉の商品を売るためにどう見せるかっていうふうなことだと思うんですね。   -しっかりマーケティングして、攻め所を見つけているわけですね。   手島氏:もう一つ、最近ですと家具だけじゃなくて掃除機だったりだとか、ハンディークリーナーとか、夏物の今ですとテントとか、あと人工芝とかが、かなり売れてきているんです。実際この辺っていうのは、確かにやってみないとわからないというのはあります。 しかし、ある程度マーケットがどのぐらいあるのかっていうのが、大体リサーチできますので、その中に競合さんがどんな感じで売ってるのかとか、どのプライシングで売ってるのかとか、ページはどうかとか、細かいところまでマーケティングすることで、この商品は勝てるなとか、取っていけるなとかいうふうなことは、あらかた想像がつきます。 LOWYA【ロウヤ】画像が、集客する   -LOWYA【ロウヤ】さんのページってすごく具体的で、その商品を利用した時のイメージがすごく湧きやすいんです。ページの作り方がとても上手いですよね。   手島氏:ありがとうございます。ただ、今まではそれでよかったんですけど、これからは少し違ってくるのかなと。   いわゆるSNSがこれだけ普及してる中で、商品のイメージを売っていく事が、やっぱり必要なんですね。最終的にはコンバージョンにつながるかどうか、アクセスがそれによってどれぐらい広がるのかという事はあるんですけれども、画像が仕事をしてくれるというか、画像がお客様を連れてくる時代なんですよね。そうすると、いわゆる商品のイメージカット写真に、どれだけ「いいね!」やシェアしていただけるのかとか、そういったお客様の共感が必要なんじゃないかなと。     手島氏:うちはロープライスの家具屋、ローの家具屋さん、それでLOWYA【ロウヤ】という名前なんですね。楽天のランキング画面でクリックを取るために、とにかく枠を赤くして最安値とか書いてっていう激安をうたってた時期も正直ありました。でも、こういった手法が楽天中で非常に増えたんですね。   ですから、安かろう悪かろうではなく、「LOWYA【ロウヤ】だから買う」っていう値段以外での理由が必要なんです。今そういう戦略に移行してきてますね。社内に専属カメラマンもいて、商品イメージを高める演出といいますか、そういった所にも力を入れています。 LOWYA【ロウヤ】顧客目線に立った、出荷を外部倉庫に任せない理由   -倉庫の事業もやられていますよね。あれは自社倉庫ですか。   手島氏:いいえ。あれは賃借ですね。そこに弊社の社員を派遣しています。 出荷オペレーションやピッキングを社員でやっていますね。   -出荷のアウトソーシング化をされる企業様もおられますが、完全に外部に出荷を任せない理由は何でしょうか。   手島氏:顧客目線で考えたときに、やはり出荷を自社でやってると融通が利くんですよね。例えば家具って不良品がまだ多い商品なんですよ。やれ傷が入ってたとか、何かが足りないとか、工場がまだまだオートメーション化されてないんです。家具って、どちらかというとまだ人海戦術に近くて、人が加工することが非常に多いんですよ。   そうすると、やはりヒューマンエラーが出るのでそれが不良につながって、お客様のクレームにつながってしまう。 お客様の期待を裏切った反動がクレームとしてくるわけですから、明日中に着けとか、送れとかがよくあるんです。例えばこれが出荷を外に依頼すると、外部倉庫としてのルールがありますから、もう明後日にしか送れないとか、当然ですが融通が効かないんですね。結果、LOWYA【ロウヤ】の信用を下げてしまう。   なので、できる限り柔軟に対応していこうという思いから、自社でオペレーションをしています。また、自社で倉庫をオペレーションすることによって、過去の経験則から、効率化の問題などを考えて取り組みができる。これもやはりコストダウンにつながるところなんです。   すると結果的に、お客様に還元ができるという話になります。ですから核となる部分は自社でやるという姿勢は、ずっと変わっていないです。   -コスト面からみても、自社で出荷をするメリットがあるという事ですね。   手島氏:そうですね。結局他社に預けると変動費にはなるんですが、自社でやると人を雇うので、固定費になりますよね。結局その固定費になったときに損益分岐点を超えるラインってあるわけじゃないですか。ですから、そこの分岐点を超えてきてるっていうのもありますね。 IT企業としてのベガコーポレーション   -越境ECの「DOKODEMO(ドコデモ)」というサービスをされていますが、こちらはいかがでしょうか。   手島氏:ここはまだ現段階としては、投資先行です。 ご存知かと思いますが、訪日の外国人が1,600万人だとかって言われてて、間違いなく今後の日本の消費を支えるのは、外人の方たちになると思っています。   爆買いなどと一時期言われてましたけども、これって実際来て買わなくてもいいじゃないか、という考え方があって。たまたま円安で、本国よりも安いので買う。これは確かに、日本人でも海外行ったらそういうことがありますが、買うためだけにその国に行く必要はないのではないかなと。 人のニーズと物をマッチングさせるのがECじゃないですか。基本的に日本に来なくても、もしくは帰った後にでも、リピートオーダーできるという安心したサイトを目指してるっていうのが、「DOKODEMO(ドコデモ)」なんです。今ははシステムの作り込みを自社でやってるので、セキュリティー問題のクリアですね、お客様が買いやすい状況になるように、ずっと構築していっています。   -そのためにも、エンジニアの人員増加をすすめているということですね。   手島氏:そうですね。やはり我々はIT企業ですので、自社でそういう開発ができないと、新しいものが作られていかないからですね。 結局物を売るために既にある場所を利用するのか、自分たちで何かイノベーションをしていくのかというような違いかもしれないですね。 -自分たちで作っていく?   手島氏:世の中が求めてるものとか、ニーズっていうもの、「こうなったらいいよね」って何かしらあるじゃないですか。それってそう思ったときに、おそらく世の中ってそうなっていきますよね、基本は。   例えば携帯があったらいいなと思ってたら、携帯電話ってできましたし、それにカメラがついてたらいいなと思ったら、カメラがついて、インターネットも乗りましたし。世の中のニーズというものを、誰かしらがキャッチアップして作っていってるわけですよね。それによって、ビジネスっていろいろと生まれているので、それを待つのか、自分たちで作っていくのかっていうと、僕たちは後者でありたいと思ってるんですよ。   そうでないと上場した意味もないですし、我々が世の中に受け入れられる存在価値ってどこにあるのかなと。確かに商品を提供するっていうのはあったにしても、それだけだと単なる小売業じゃないですかっていう話なので、あまりもう魅力がないんです。僕たちは小売業という枠組みではなく、やはりIT企業なんですというふうな枠組みで考えています。   -そうなんですね。ベガコーポレーションさんのイメージが変わりました。   手島氏:そうですね。最初はやはり物を売る、物を売り方が上手いとか、家具屋としての企業でしたので。これはこれでやめませんよ。やめませんし、商材として家具って別に10年20年たっても家具は存在してますので、これは安定的な収益を生む事業として引き続き伸ばしていきます。   でも、その伸ばしていく過程であったり、それ以外のところを、我々の自社ドメインサイトであったりだとか、新しい事業として生み出していくというイメージですね。     Interviewee :...

今回は夏といえば海水浴、海水浴といえば江の島といわれるように海好き、サーファーがこぞって集まる江の島をこよなく愛し、江の島の魅力やローカルなお店をPRする「江ノ島さんぽちゃん」の生みの親である藤沢愛さんにお伺いしてきました。   江ノ島さんぽちゃんについて聞いてみた   -こんにちわ!はじめまして。   藤沢氏-はじめまして。藤沢愛と申します。   -あれ、江ノ島さんぽちゃんじゃないんですね、でもTシャツ着てるってことは...

今回取材に伺ったのは、どんな業種でも関わらないことはない「物流業界」において革新的なサービスを提供している株式会社オープンロジの伊藤秀嗣社長です。   普段の日常で着ている服や食べているものなど、ほとんどのものが物流がなければ成り立たない。それほど重宝される業界ならではの古い体質に目を付け、ITのテクノロジーを生かしたサービスは一体どんなものなのかをお話を伺いました。 「オープンロジ」物流業界での起業   -まずは事業内容や起業に至った経緯を教えてください。   伊藤氏-まず事業内容についてですが、物流業務を発注したい事業主と、物流業務を請け負う倉庫などの物流企業を結ぶプラットフォームを提供しています。   昨今、ネット通販、いわゆるEC(Eコマース)の成長率は顕著でして、それに応じて手間のかかる物流業務を代行するクラウドサービスをtoBやtoC向けとして使っていただいています。物流業務を発注したい事業主というのは様々いらっしゃって、企業のEC事業者はもろろんのこと、Stores.jpやBASEなどのEコマースサイトを簡単に構築できるサービスが流行っているので、個人、中小事業主の方まで幅広く使われています。   -すごいですね。どうしても会社組織でやられているので、BtoBが中心かと思っていました。   伊藤氏-色々な方にご利用いただいて嬉しい限りなんですが今の時代、誰でもネット通販のショップを立ち上げられるというのが一番の理由でしょう。昔に比べてECでモノを買うことに抵抗がなくなっているので、売り上げが上がれば上がるほど、物流業務が増えてくるのは必然です。そのため、もっと仕事の効率化を図るためにお問い合わせをいただくことが多いです。     -なるほど、起業する以前からこのような構想はあったのですか?   伊藤氏-実は前職の経験がものすごく生かされているなと感じます。もともと出版系の富士山マガジンサービス社にて顧客対応の仕事をしていました。創業メンバーとして働かせていただいていたので、裁量ある仕事を任されていました。「雑誌のオンライン書店」をコンセプトに、定期購読やバックナンバーに特化したサービスを展開していたので、毎日クライアントからの発注指示で出荷作業に追われていました。   さらにクライアントが増えればそれだけ、発注や在庫スペースが増え迅速かつ正確に対応することは難しくなりました。担当者が不在だと、うまく引き継ぎがとれていなく誤って違う号を出荷してしまったり、在庫ありとの確認をしたはずなのに、商品が在庫切れだったりとトラブルが増えていったのです。     -では結構、前職時代では苦労や失敗を経験していらっしゃったのですね?   伊藤氏-はい。中心企業の9割がマルチタスクで動いているので、細かい在庫管理やピッキング作業まで手が行き届いていないのが問題だと感じました。もっとスムーズにトラブルなく物流をこなせないか、そう考えたときに今のオープンロジを起業するもとになった仕組みを考えたのです。   クライアント企業側にあらかじめ受注する見込みのある雑誌を富士山マガジンサービスと提携した倉庫に送ってもらい、発注があったら全て倉庫内で在庫管理や発送までのタスクを受け持ってもらう仕込みを作ったのです。こうすることで、配送にかかる価格コストや出荷作業にかかる時間コストを削減することができ、トラブルも減りました。     -なるほど。そこで今度は自分で起業してやってみようと。   伊藤氏-はい。少なくとも出版業界のみならず、他の業界でもこの物流の課題はあるだろうと思い、起業に至りました。もしこのビジネスモデルが先にやられていたら、起業はしていなかったでしょうね。 「オープンロジ」の戦略とは   -では次に最近のオープンロジの動向についてお伺いできればと思います。   伊藤氏-はい。具体的な成長率やユーザー数に関しては非公開なのですが、去年の7月に比べて、右肩上がりにユーザ数が伸びています     -着実にユーザー数を増やしていますね。何かユーザー獲得の広告はされているのですか。   伊藤氏-実は全くやっていません。既存ユーザーの紹介だったりと口コミでユーザー数を伸ばしている状況です。ユーザー満足度を常に意識しているのでようやく結果が伴ってきたのかなと。     -まさに理想形に近いですね。EC管理システムのネクストエンジンと提携したのも大きかったのでしょうか。   伊藤氏-はい。ユーザーのうち7割は自分たちで物流業務をされている方からの利用です。オープンロジを使って下さる方の大部分が、これまで既存の物流会社さんに相手にされなかった中小規模の荷主さんで、当社を利用することで、ローコストで物流業務の負荷を軽減できることに魅力を感じていると思っています。   また、北海道や沖縄にいる幅広い事業者からも利用があり、とくにこれまで北海道や沖縄などの遠方で出荷作業を行い配送していた場合、関東近郊へのお届けになると、どうしても3〜4日かかってしまうのですが、我々のサービスを利用すると関東近郊の倉庫を利用できるため、関東近郊のお届けが翌日で配達完了になるのです。   当社を利用するユーザーの中には海外の事業者もいらっしゃいまして、インドに現地法人を設立し、現地で仕入れたアパレル商品を当社の国内の提携先倉庫に納品し、インドから当社サービスを通じて出荷をされている事業者もいらっしゃいます。その事業者の方は日本でファッションECを行っていらっしゃいます。もう国をまたいで、インターネットに接続する環境があれば、入庫、在庫、出庫、配送までトータルの物流業務をどこでもできる時代になってきています。   そしてネクストエンジンと組んだ最大のメリットは業務の省力化が実現できる部分ですね。弊社が考える「物流」とは、宅配便の「配送」とは違い、「入庫」→「保管」→「出荷」→「返品」と一連の倉庫内で行う業務を「物流」と考えています。ここの部分で、商品マスタ、在庫数、受注と出荷、出荷結果など、EC事業者側と倉庫側の情報を逐一やり取りをするといった無駄な作業をオープンロジとネクストエンジンが連携することで解消できました。   この中間業務の運用に、何十万円といった費用が毎月かかるといった場合もあり、ネクストエンジンとのAPI連携によりそれら負担がなくなるという業務効率化および費用削減メリットが大きいですね。     -では、まさにシナジー効果を生む提携だったわけですね?   伊藤氏-はい。最近ですと、費用メリットを感じていただいた事業者からの問い合わせが非常に多くなってきています。ネクストエンジンを既に取り入れている事業者も、オープンロジとの独自システムを利用したい、という声をいただいているのでそういった層にもアプローチができていますね。 「オープンロジ」のサービスを海外ユーザーに使ってもらいたい-     -では、次に越境ECについて色々お伺いしたいと思いますが、越境ECに参入するきっかけはありますか?   伊藤氏-越境ECは、やはり可能性はすごくあると感じています。SNSを通して世界中の情報がリアルタイムで共有される世の中になったので、物流においてもどんどん国を越えての取引がよりしやすくなるのではないかと思っています。   我々はまだ多言語対応はしていないのですが、言語・決済などの面では低コストで誰でも簡単に越境ECに取り組めるようになってきてるので、あとはオープンロジのサービスを海外のユーザーにも使ってもらえるように仕組みを作ることを今後の目標にしていますね。     -EMS(海外スピード便)や海外FBAなど他社のサービスについてはどうですか?   伊藤氏-EMSについては関税がかからない分、コストは割安になりますが、民間のDHLやUPS、 FedEXなどは関税がかかるのでその分割高になります。ただ一方で、EMSはよく局留めになってしまうことがあり、受取人がいちいち郵便局に取りに行かなくてはならないこともあります。民間の物流会社だと、追跡番号が発番されるため、配送先まで届いたかの情報を確認することができます。   どちらも一長一短かなと思いますね。また、海外FBAについては今後、海外の納品代行も視野に入れています。海外の倉庫企業との連携により、常にワンストップで配送できる仕組みを作っていきたいと考えております。     -では、今後は海外に本格的に進出していくということでしょうか。   加藤氏-進出というか、今国内でやっていることを越境ECの中心である中国や韓国などの現地ネットワークを作り、もっと越境ECが誰でも簡単に取り組める仕組みを作りたいですね。また海外の人が日本に商品を販売したい「逆越境EC」のニーズも汲み取りと思っています。我々のミッションである「物流をもっと簡単シンプルに」を世界中どこにいても実現できる、そんな世界を創っていけたらと思います。 編集後記 ニーズあるところにビジネスあり、と思うほど従来の物流業界の課題をテクノロジーを駆使しより使いやすいように業界の慣習を変えていく。これこそがスタートアップならではの醍醐味だなと強く感じました。   これからECに携わる事業者がさらに増える中で、オープンロジのクラウドサービスを取り入れることで物流業務を一任し、マーケティングなどの他の業務に集中できるのは人的リソースをより有効活用できるのではないでしょうか。ぜひ気になった方はチェックしてみてくださいね。     ...

ネットショッピングがはかどりますね。 ところでネットショップって、問い合わせをする時に緊張しませんか。特にキャンセルする時とかは、「怒られたらどうしよう」と怯えませんか。そうでもないですか。でもそんな時に優しく対応してもらえると「いい店だ!」ってなりますよね。   今回は実店舗を持ちつつ楽天市場、自社ECサイトにも展開しているアパレルショップ「ファースト」店長の佐野陽平さんに、お客様対応の質やリピーター戦略について聞いてきました。 苦しい状況を乗り越えながらネットショップ開店へ   -佐野さんは2代目の店長になるんですよね。   佐野氏:そうです。2代目ですね。私の父が1980年に創業して、実店舗は2店舗あります。アメリカンカジュアルやアウトドアブランドを取り扱っているファーストというお店と、ストリートブランドを扱っているスタジアムです。スタジアムの方は、オープンが1998年ですね。   -30年以上やられているんですね。山あり谷ありでした?   佐野氏:そうですね、僕はまだ入って10年も経ってないのであれなんですけど、常に父の言動をずっと側で見ていたので、あったと思います。何度も辞めようかと思ったこともあるみたいですし。それでも経営しかできないみたいな、しがみついてやってきたってことは聞きました。   でも正直家の中が荒れてる時はありました。良い時は良いけど、下がる時はどうしても下がっちゃうんで、そういう時期はありましたね・・・ありましたというか、今も波はあるんですけど(笑)   -今は楽天市場とカラーミショップにも出店されていますが、ネットショップ出店はいつ頃進出したんですか?   佐野氏:ネットショップは、6年前ですね。2010年くらいですかね。ECサイトの立ち上げは、僕が大学生の時からで、最初はカラーミーの方をやっていました。でも最初はあんまり売り上げも伸びない感じだったので、どうしようかなと。ちょうどネットが普及し始めるタイミングだったんですが、僕の中ではそこが第1回目のお店の危機到来というか、店頭の売り上げがどんどん下がってた時期でした。   その頃までは、店頭でお客様は洋服を買うっていうのが普通だったんですけど、お客様と話をしてると、最近、楽天で洋服を買うっていう会話がちょっとずつ増えてて。じゃあちょっと楽天やってみる?っていう感じで楽天は始めました。   実店舗「ファースト」の店内   -楽天を始めて、そこから売れるように?   佐野氏:売れるようになりましたね。すごかったですね。僕の感覚ですけど。当時の商品ページとかは今もう残ってないですけど、画像1枚だけとか、着用とか何もない、平置きの画像1枚でアップして、それが売れてたっていう。多分寸法とかも書いてなかったんじゃないかな。   ネットって「すごいな」っていう感覚でした。でも売上比率としては実店舗の方があります。実店舗が3分の2ですね。 お客様対応では密度を濃くする   -既存のお客様にもう1回来てもらうためにアプローチしていることってあるんですか?DM送ったりとか。   佐野氏:今はもうLINEですね。リピーターのお客様は、LINEでのやり取りがほとんどです。LINEでセールの情報を告知したり、新しい商品の入荷情報などを密に送っています。LINE@を上手く活用しています。   といってもコピペの文をに一気に送るだけではなく、基本は一人ずつ個人間のやりとりしています。接客の延長線上ですよね。基本接客が勝負だと思っています。   来店してくれた時に、いかに「あれ気になってるんだよね」っていうニーズを引き出すか。引き出せたらチャンスです。お客様が気になっている商品を調べて、入荷したら連絡する、というのをしっかりメモって、「入荷しましたよ!」というやりとりをLINEでこまめに個人間でしてます。   外で情報を仕入れて、これって入荷できないの?という問い合わせをくれるお客様もいます。それはすごく嬉しい。商品を知ったその場所で買っちゃえばいいのに、うちに問い合わせをしてくれるっていう。   -ファーストさんでしか買いたくない、というこだわり、信頼があるんですね。   佐野氏:本当に有り難いし嬉しいことです。もちろん、そういったお客様は実際の物を見たいっていうのもあると思うんですよね。だからうちも、入荷したんだから絶対買ってよっていうんじゃなくて、物見て判断してみてっていう感じで言ってはいますね。 お客様対応でレスポンスの早さをこだわる   -楽天市場店の評価高いですね。お客様への対応で1番注意しているところがあればお聞きしたいです。   佐野氏:お客様へのクイックな対応じゃないですかね。メールの問い合わせに対してのレスポンスの早さとかを意識しています。   お問い合わせに対する返答までに時間が空いちゃうと、その分色んな思いを積み重ねてる可能性があるじゃないですか、お客様って。だから、できるだけクイックな対応をっていうのは心掛けてますし、あとはクイックに対応できない事例もあったりすると思うので、そういう時は社員と話し合いながらこういう対応した方がいいんじゃないかとか、きちんと考えながら対応してます。   どうしてもメーカーに在庫確認する必要がある商品とか、例えば靴も同じサイズなんだけど左の方がきついとか、そういうこともあったりするんですよ。そういったメーカーにしか対応できない場合は、メーカーの連絡先教えるからそっちに送ってくださいとか、そういう細かいことの早さを心掛けています。   -丈直しのサービスもありましたが、あれはネットショップを立ち上げた当初からやられてるんですか?   佐野氏:そうですね。実店舗の方でもずっとやっていた事なので。特にファーストの商品を買うお客様は、股下何cmで丈上げお願いしますとか、人に合った細かい指定があるんです。デニムなんかは、詰まりもあるからそれを考慮して丈上げしなくちゃいけなかったり。   お客様としてもこだわりを持って買いに来るし、それは我々としてはわかってるんで、そこはちゃんとやんないとねっていう。ファーストの商品は経年変化を楽しむ商品なので、こだわりが強いお客様が多いですね。   -自分だけの物を。ネットからの注文もそういう細かい要望は結構多い?   実店舗内にある商品   佐野氏:多いですね。備考欄に「何cm詰めるかを書いてください」っていうような事を促してます。デニムとかは、商品を1回発送して、お客様に洗ってもらってうんです。そうして詰まった状態でもう1回こっちに送ってもらって、丈上げをしてもう1回お客様に送ってます。じゃないと洗った時変わっちゃうから。   -送る前にお店で洗って丈直ししたらダメなんですか?   佐野氏:デニムの洗い方も個人差があるんで、詰まり方も人によって違うと思うんですよ。お客様が、どういうやり方で洗濯されてるかがわからないので、洗ってもらって詰まった状態でうちで裾上げてまた返すっていう。   -なるほど。注文を受けて送るだけで終わらないんですね。思ったよりも手間がかかっていますね。   佐野氏:そうですね。でもそういうお客様にとってこだわりのある物を我々は販売しているので。 お客様対応の”質”にこだわる   -最後に、今後チャレンジしていきたいことをお聞きできればと。   佐野氏:地域により根差したいなってことはしっかり継続してできる利益を生み出してくってことをしたい。それをずっと続けたいっていうのはあります。   その中でもし大きく展開できるっていうチャンスがあるのであれば、そこはちゃんとキャッチしていきたいなって思いますけど、今お店を増やすとかは特にないですし、むしろ中身をよくしたいので、接客力を上げるとか、そういうところですかね。   -今後ネットショップの方で店舗数を増やすなどもしないんでしょうか。   佐野氏:今はないですね。極端なこと言うかもしれないですけど、ネットショップ・・・無くならないかなって思ってます(笑)無くならないと思うんですけど。   僕個人としては、お店に来てほしいし、試着しながらスタッフと話してあーだこーだ言いながらテンション上げてもらって、満足して帰っていただきたいというか。ネットの購入って、それができるのかなっていう。   そこが今持っているネットショップの課題で、そのお客様との触れ合いができるならネットにも力入れたいと思うんですけど。なので、ネットでの販路を広げていくっていうのは、今のところは考えてないですかね。むしろ実店舗での接客にもこだわって、店頭に来てもらえるように仕向けるというか、そういうことに力を入れていきたいですかね。   -販売のチャネルを増やすというのではなく、接客の質を上げていくんですね。   佐野氏:そうですね、お店としての質にこだわっていきたいです。我々が意識している部分は「お客様の事を知る」と言う事、お客様の名前覚え、接客中に名前を呼んで接客をしたり、前に買って頂いた物を覚えるようにしています。その他に下記を質問するようにしています。   デザインは何が好きなのか? 既に持っている洋服はどんな物か? 靴はどんな物をもっているのか?   お客様の事を知って提案が出来れば、お客様との距離はより縮まると考えています。(現在、ECの存在でそれも難しくなってきているのかな?と感じる所もあります)やはり、人と人とのコミュニケーションの基本だなと思っています。完璧ではありませんが、そういった考え方・思いで接客しております。 編集後記 来店したお客様とのやり取りや対応の質にこだわって、お客様の満足度を重視する。そういった姿勢は、実店舗に限らずネットショップでも生かされてお客様からの評価につながっているのだと感じました。「ちょっとこだわった服買いたいなぁ」と思われた方、ぜひファーストさんに足を運ばれてはいかがでしょうか。     ...

ミンミンとセミが鳴き盛り、うだるような暑さに体がやられないようにしっかりと体調管理をして、仕事に集中したい季節ですね。 はじめまして、古田島です。   いきなりですが取材に行ってきました。今回取材に伺ったのは、パーティーグッズのインターネット通販を主軸に事業を展開されている株式会社コンプロスの入江社長です。夏は野外音楽フェスが一番行われる季節であり、お祭り好きな日本人にとっては、盛り上がることは好きだったりします。近年、SNSの発達により、「リア充」などの言葉が流行るほどいかに、充実したライフスタイルが送れているかをSNSに投稿し、承認欲求を満たすかという新しいニーズが生まれてきました。その流れでハロウィンに代表する海外のパーティー文化がようやく日本にも根付き始めたのです。   これからさらに伸びるであろう、パーティーグッズのEC事業を手がけられているということで、タイムリーなお話を伺ってきました。   実はひょんなきっかけで立ち上げた会社   まずは昨今、競争が激しいネット通販の会社を立ち上げた経緯をお聞かせください   入江氏-私はもともと神戸出身で、コンピューターのCADメーカーの営業をしていました。1995年に阪神大震災で被災してしまったので、情報を得るために掲示板やチャットで会話をしたりできるパソコン通信にはまったんです。続けていくうちに、何かインターネット上で販売できないかと考え始めたのが、最初の起業の第一歩です。   私は世代ではないので、パソコン通信というのがあったなんて知りませんでした(笑)。今みたいに情報がない中でどうやってネット販売のサイトを立ち上げたんですか?   入江氏-阪神大震災後、一年で会社を退職したちょうどこのころは、Eコマースが出始めころなんですね。最初は試行錯誤してパソコンをいじっているうちに、NHKでたまたまHPを作ろうという番組がやっていたので、それを観ながらサイトを立ち上げました。   なるほど!最初は本当に手探りだったのですね。当初は何を扱っていたのですか。   入江氏-知り合いにアダルトビデオを販売している知人がいたので、アダルトビデオを仕入れて売っていました(笑)。当時は1万くらいで売れたので、徐々に売り上げが立ち始めたのです。それなりに売れてくると仕入先の繋がりで、メイド服やコスチュームを仕入れるようになりました。今思うと、この時代が原点になっているかもしれませんね。   パーティーグッズを本格的にECの主軸にしようと思ったきっかけ   ひょんなことで事業が展開していくものなのですね。今のメインの商材であるパーティーグッズを主軸にしようと思ったのはなぜですか?   入江氏-最初は個人事業主でネット通販を手がけていたのですが、もう少し規模が大きいことをやりたいなと思い、会社を設立する決意をしました。今まで利益を上げてきたのが、結果論としてパーティーのニーズにマッチしたものを販売していただけっていうのが本音ですかね。リーマンショック後の2008年に東京に出てきた際に、これもたまたまですが、子供のパーティーコスチュームを仕入れる機会があったのです。今までそんなに扱ってなかったので、捌けるか不安でしたが、予想以上に売れたんですね。翌年もまた、多めに仕入れましたが、それなりの利益を上げることができたので、自信になりました。あとは 2011年頃からハロウィンブームが台頭してきたことで、パーティー周りのグッズの需要が伸びてきたことも追い風になりました。   20年近くのご経験があるからこそ、今も激戦のEC事業でやってこれておられる訳ですが、この事業のやりがいはありますか?   入江氏-海外で人気のキャラクターや、まだ日本では知られていないキャラクターグッズを仕入れて、売れることを見込んだロット数を全て捌ききることですかね。昨今、ECは価格競争が激しいのですが、それはメーカーが大量生産すればするほど在庫のことを考え、薄利に徹し安売りする業者が多いからです。時には新商品でさえも、薄利多売で勝負するところもあるくらいです。うちの場合は、ある程度の利益を取れる商品や価格帯を決め、そこからどう売っていくかを考えます。そして、いかにお客様に早く届けるか、これを徹底的に行っています。注文が立て続けに入ると確かに大変ですが、仕入れた商品を全て捌いた時は、達成感に満ち溢れますね。   なるほど。何かECで売り上げをしっかり作るコツはあるのですか。   入江氏-うちが心がけているのは、先ほども申し上げたとおり、安易に薄利に走り、メーカーのブランドイメージを壊さないようにしていることです。こうすることで、メーカーとの信頼関係を築くことができ、いち早く最新の情報を得られるからです。やはり物販の世界なため、いかに利益率をとれる商品を探すことができるか、これに尽きます。まさに目利きの世界ですね。あとは単純に売り上げを作るという意味では、いかに大口案件に対応できるですかね。例えば「明日までに500個ハロウィンのバルーン用意できる?」と注文が入ったはいいものの、在庫や発送するスタッフが欠けていると、せっかくの売り上げの立つ機会を損失してしまいます。特に9月から12月というのはハロウィン、クリスマスと繁忙期を迎えるので、ここで稼いでおかないといけませんからね(笑)。   今後の展望   では最後に今後の展望ですね、2020年は東京オリンピックという大きなイベントがありますが、それに向かっての抱負をお聞かせください。   入江氏-え、オリンピックまでの抱負ですか。いや、あまり考えてなかったですね(笑)。まあ、今の事業の中心がパーティーグッズを扱っているので、うちのグッズを購入いただいて、日本が盛り上がっている、すごい楽しい場所だということを世界の人に見てもらいたいですね。渋谷の盛り上がりはすごいですし、やはり年々盛り上がるハロウィンの時期というのは、うちも書き入れ時ですので、日本のパワーを世界に発信できるお手伝いをしたいなと思っています。   編集後記 インタビューしてみてわかったことは、最初は試行錯誤すれど、これだ!と思ったことに対してはとことん追求し、売り上げを作りにいく。そしてご縁を大切にさらなる可能性を常に模索し、チャレンジする。そういったサイクルを常に心がけていると感じました。ぜひパーティーグッズをお探しの際は、パーティーパラダイスのグッズをチェックしてみてくださいね。     公式通販サイト http://store.partyparadise.jp    ...

  楽天市場やYahoo!ショッピング、その他多くのモールでバスグッズ(お風呂グッズ)の通販サイトを展開されている、「お風呂のソムリエ」ことバスリエ株式会社の代表取締役松永武さんにお話を聞くインタビュー第2弾。 前回 はバスリエ株式会社が出来るまで、市場を広げるための文化づくりについてお話していただきました。 今回は今のバスリエさんとしてのスタイルが確立されるまでの経緯、そしてこれからの展望について、語っていただきます。   今のバスリエになるまで   -バスリエさんの商品写真には非常に生活感があるというか、綺麗なだけではない何かが感じられるのですが、こういったこだわりは昔からあったのでしょうか。   バスリエ株式会社の「お風呂のソムリエSHOP!本店 」掲載されている商品のほとんどの写真は自社内で撮影されている。   松永氏:これには色々歴史があって・・・月商がまだ500、600万ぐらいの頃の話なんですが、そのくらいの規模だとまだ余裕をもって食べられるようなものではないんです。なので、その頃に他社さんのサイトの制作の受け売りとかもやったりしてたんですよ。当時はホームページとか作れる人もまだ少なかった頃だったので。   その時に、うちのスタッフがいわゆる画像販売サイトから画像を無断で持ってきて、その画像を使ってしまったんですね。それでいきなり内容証明が送られて来て、600万円の賠償請求が来たんですよ。月商500、600万の頃に。   -600万円!   松永氏:その時は本当に生きた心地がしなくて。もう大変なことしたんだなと。 インターネットでのトラブルに関する事例がそんなにない時代だったので、方々当たって都内のちょっと詳しい弁護士さんに相談したら、いろいろ親身になっていただいて、最終的に請求額以下のお支払いで済んだんです。 そこからはもう「写真はオリジナルで行こう」と決めました。 自分たちで撮影してやっていくと決めたので、スタジオも自社内に作って、そういった写真へのこだわりができました。今でもある意味写真はバスリエの表現の一つとして、大きい部分にはなっていると思っています。   -今のスタイルになるまで、どのような変遷があったのでしょうか。     松永氏:楽天の経営者向けのセミナーに参加して、いろいろ変わっていかなきゃって思っている時に、バスリエとしてどういう方向で行くか、バスリエの理念は何なのか、そういうものを改めて考えました。そこでやっぱり大きく自分の中で変化したのは、バスリエは雑貨屋じゃなくて、お風呂屋になるんだっていうことだったんですよね。 きれいな写真やうまい説明は素敵な雑貨屋さんでもできるけど、そうじゃない、うちはお風呂屋になるんだっていうのをまず一つ、決意しました。   お風呂グッズを売るけども、その先には「入浴する」という行為があって、入浴の先にはお客様の健康に対する思いだったり、美容に対する思いだったり、いろんな「思い」があります。そこを叶えることを、僕らのゴールにするっていう考えができ上がりました。   -それまではどういったお店だったのでしょうか   松永氏:それまでのバスリエは、商品登録を1日に何件して、月に何件登録する、みたいな効率重視のやり方をしていたんですね。ようはロングテールですよね。ロングテールで入口商品だけを作っていくようなやり方だった。その当時は、とにかくお風呂の専門店としての品揃え重視だったんです。 でもお風呂屋になるって決めた時に、「それだけじゃダメだ」っていう事で、大幅に方向転換をしたんです。 ですがその大きい変化をした時に、ついていけないっていう理由で基幹的なところをやっていた社員、スタッフが半分ぐらい辞めてしまって。10人ほどいたスタッフが5人くらいに・・・。   -社内の半数が辞めてしまうくらいの変化だったわけですね。   松永氏:そうですね。辞められてしまったことに関しては、もちろん辛かったんですが、僕の中では「こっちにシフトしなきゃいけない」っていう思いの方が強かった。あの時大きい方向転換をしなかったら、HOT...

お魚屋さんやスーパーの鮮魚コーナーでキラリと光るあの魚体・・・ああ・・・タタキにしたい・・・。   今回はネットショップから少し離れて、創業明治44年の小田原で100年以上続く鮮魚商魚國(うおくに)の社長にお話を聞いてきました。魚國3代目である古川孝昭さんに、鮮魚を生かしたお食事処など多店舗展開してきた、その歩みと観光地小田原の現状、「顧客に好かれる」従業員教育の秘訣などをお話しいただきました。 小田原 魚國   鮮魚から飲食業まで   -まず、古川社長のこれまで歩んできた道教えてください   古川氏:祖父が明治44(1911)年に魚屋を創業したので、3代目ということになります。そして先代、私の親父が40年以上前に、魚屋の2階で飲食店「味の店 魚國」を始めたんです。その後、私が1975年頃に入社しました。   -それからいろいろなお店をオープンされていますね。現在は何店舗の飲食店を経営されているのでしょうか。   古川氏:ラスカ小田原に「海鮮茶屋魚國」、地下街のハルネ小田原に「海鮮横丁うおくに」、東京の神田・淡路町に「小田原魚國」です。 今まで他にもいくつか出店していましたが今はその3つですね。遠地だとやっぱり色々大変だったこともあって。いくつか閉めたのは、その店の経営が厳しかったからです。   -鮮魚店は順調でしたか。   古川氏:当時はね。でも、郊外にスーパーやショッピングセンターができてから、小田原駅周辺はよくなくなった。大きいスーパーが二つもなくなっちゃったでしょう。大手が撤退しちゃうってことは、それだけ厳しい。この両方が撤退してから、商店街の客数は確実に減ってますね。今年5月の小田原城のリニューアルで戻ってきてるけど、観光客だけです。   -観光客は確かに増えてきている感じがしますね。でもそれだけではよくならないんでしょうか。   古川氏:お土産もたくさん買う時代じゃないんです。めったに旅行しない頃は、「自分はここに行ってきた」とアピールするために、まわりに買ってきた。でも今は自分で食べたい、ほしいもの以外は買わないでしょう。60代、70代の人たちは、「これ10個」と買うんだけど、今の人は1個か2個しか買わない(笑)。私なんかはまだ「あの家を足して、5個」、「とりあえず10個」と買っちゃうけど、今の人たちはそういう買い方をしない。   -言われてみればそうですね。家族と職場の人向けくらいにしか買っていかないですね。   古川氏:だから観光客が増えても、売り上げが上がらない。そういう時代になったんで、飲食で来る人たちはいるけど、なかなか厳しいです。人を商店街に呼び込む施策はいろいろやってみたけど、すぐに効果は出ませんでした。人が来ないことには販売チャンスが生まれません。そういう意味では商店街もチャンスをいかに作るかが一つの役目でしょうね。   -全国各地、商店街はうまくいっているところも、シャッター街になってるところもあってその差は顕著になっているように見えますね。   古川氏:小田原は人口のわりには、観光客が多いから、通行量は多いです。それに、地方で中心的な役割を果たしていたので人が多かったんですが、今は郊外にスーパー、ショッピングセンターができて、中心の商店街に人が集まらなくなったんです。毎日お客さんがひっきりなしに来る、と言った時代もありましたけど、昭和の時代からみたら魚などの売り上げは半分とか3分の1になってます。 小田原魚國 ネットショップの活用   -ネットショップも始められていますが、時代の流れ、背景もあってチャレンジされているということでしょうか。   古川氏:もちろんそれはあります。客を待ってるだけでは厳しい。まだこれから、という感じではありますけどね。その点で言うと店舗のほうがリピーターのお客さんが来て買ってくれます。 魚國のネットショップではその日の朝に獲れた鮮魚や干物などが販売されているほか、料理長の魚を使ったレシピの公開など、飲食店ならではのコンテンツもある。   -御社のネットで買われる方って、30代、40代ですか。   古川氏:40代、50代の方々もネットで買うようになってます。余裕があって買えるのは、その世代でしょう。アジの干物を買いたい若い人は少ないんじゃないですか。   うちのネット以外にも、ネット経由でお中元とかお歳暮で魚や干物が売れたりするんですけど、年齢層は高いですよね。若い人たちにどうやってアピールするのかが重要です。   -伊豆の干物会社がオンラインショップを立ち上げたけどうまく売れず、ほとんどDMの売上げに偏っているという話を聞きましたが。   古川氏:うちもDMを年末にやるんですけど、年齢層が高いんで、だんだんお亡くなりになっちゃう(笑)。   -これからは、ネット販売にも力を入れていくのでしょうか。魚のさばき方の動画をアップされていましたが、5万回再生されていますね。   古川氏:そうですね。弊社の料理長が定期的に旬の魚を使った料理を紹介して、その調理方法を載せているんです。レシピも動画のほうがいいのかな。でも、撮影してアップするのって大変で(笑)今はネットの売り上げがそこまでないので、ネットの担当者がまだいないんですよね。ゆくゆくはもう少し動画をアップしたり、ネットのコンテンツを太くしたいですね。 小田原魚國が105年続く理由   -明治44年創業の鮮魚店というのは、やはりすごいです。ビジネスを長く継続していくために心がけていることを教えてください   古川氏:そうですね。でも昔よりも郊外で買われる方のほうが多い。交通の便とか買い物の仕方が変わった。ただ、小田原に来たら必ず寄るっていう人は結構います。でも、そういう方が小田原市内に来る機会が減ってます。いいものを安く売ることはやってきてますけどね。前は魚を客が丸ごと買ったけど、今は何でも切ってすぐ食べられるようにして売るというもことも多いですね。昔は魚を皿盛りで5匹とか買ったんです。アジが安かったら開いてフライにしておくとか、いろいろできるんだけど。   -なるほど。   古川氏:でも私も、もっと時代に追いつかないとっていう気がします。常に新しいものにチャレンジして、いろんなことをやってきた。でも全部がうまくはいかないんで、店も作って閉めてを何回も繰り返しています。ともかく、魚屋だけは頑張ってやるしかないと思ってます。ただ、やっていく価値があるのかも、見極めなくちゃいけない時代だという気がします。 魚屋の組合長もやってるんですが、うちの組合は170軒ぐらいあったのが、今、70軒ないですから。   -100軒も減ってるんですね。   古川氏:100軒以上ですね。ここ15年、20年ぐらいで、そのぐらい魚屋さんがなくなってます。スーパーの影響もあるけど、スーパーが50軒100軒も増えたわけじゃない。   魚屋に行って話をして買うとかをしなくなって、買い物の仕方も変わったという気がします。ただ、若い人でも魚料理を作ったり、レシピを見る、好きな人たちも増えてきてますね。でも、そういう人たちって量を買わない(笑)だからもっと色々な方法を考えていく必要があります。   スピードとお米と 小田原駅内にある海鮮茶屋魚國。駅から出ずに!小田原の獲れたての海の幸を存分に楽しめる。   -飲食店の魚國さんは駅の中にあって、いつ見ても人が入っています。ずっと流行ってる事業の運営で気をつけてる点ってありますか。   古川氏:基本的にクイックサービスだと思ってるんです。いかに早く出せるかが大事。味、サービス、魚が安くておいしいのはもちろんですが。駅だから観光客の方は時間が何分しかないっていうのもある。お昼はいかにお客さんに早くおいしいものを食べてもらうか。次の場所に行かなくちゃいけないですから。   -それは地下街のハルネ小田原のお店もそうですか。   古川氏:ハルネの地下のお店はちょっとこだわりがあるんですね。地元のお客さんに食べてもらいたい場所です。また、ラスカ小田原のお店は、ご飯もおかわり自由なんですよ。それでお米もおいしい、いい米を使う。「ご飯だけでも食べたいね」というレベルのものは出さなくちゃいけないと考えています。   -お米を重要視されているんですね。それはなぜなのでしょうか。   古川氏:ご飯がおいしいのは大事。普通は魚のほうにだけど、そうじゃない。ご飯がおいしくないとダメなんです。魚屋やってんだから、魚がおいしいのは当たり前。「このご飯うまい」といって、魚を食べるとさらにおいしいわけでしょう。ご飯がおいしいっていうのはすごく重要なポイントです。「おいしいお米を」とお米屋さんにいってる。おいしい米だと、ご飯の出も多く、残さない。お米がおいしくないと、料理がおいしくても、最後に満足感がない。   -確かにそうですね。   古川氏:米がまずいと、「メシまずい」ってなっちゃう。お米は値段高いったって、原価率はそんなに変わらない。茶わん一杯だから。   -だったら、おいしいお米がいいですね。   古川氏:そう。料理屋はご飯だけでもう一杯っていうお米を使わないと。 これは親父が料理屋を始めたときから、うまい米ってうるさかったのもあって、「あぁ確かにそうだ」ということで気を付けています。米がおいしいと、おにぎりも、お茶漬けもうまいって思ってもらえます。 小田原魚國のスタッフを生かす秘訣 -社長として、いろいろなスタッフを抱えて経営していくうえで、気をつけていることがあったら教えていただきたいと思います。 鮮魚店魚國の店内。小田原漁港で水揚げされた魚を、古川社長が自ら買い付ける。   古川氏:スタッフはそれぞれみんな違うんで、その人の特徴を性格や考え方も含めてつかむことがすごく大事です。会社としては、いかにお客さんにそれぞれの従業員をかわいがってもらえるかですね。だからみんなに「自分のお客を作りなさい」とよくいいます。お客さんて人につく部分が多いですからね。だから、スタッフが辞めちゃうと大変。   -大事なのは人柄ですね。弊社のシステムのサポートスタッフがいるんですけど、やはり指名が来ます。ネットショップの満足度も、カスタマーセンターの対応でかなり高くなるということがあります。   古川氏:でもなかなかそれってマニュアル化できないじゃない。それぞれ自分の得意分野を生かすといい。だから「自分のお客を作ることはどういうことか」を考えるといいかもしれない。   売ればいい、作ればいいじゃなくて、情がないと。「お客さんのためにできるかどうか」っていう思考回路を作っていかないといけない。お店の人が自分のことを考えてくれるから、その人から買ったりすることもあるでしょう。また、「自分が一番心地いいことを、相手にやってあげなきゃダメ」っていったりします。   自分だったら、このほうが居心地がいい、このほうが落ち着くとか。それをできるかどうかは大事ですよね。特に接客業、飲食店では。あとは、「ほしい」と思ったときに聞いてくれるとか。   -ちょうどいい時に。   古川氏:そうそう。「タイミングがいいから、もう一杯飲んじゃおう」となるとか。そこってすごく大事ですね。自分を見ていてくれてるのがわかると、「またあの人に」ってなるじゃない。来たら必ずあの人を呼ぶみたいにならないとダメでしょう。なかなか実践できないですけどね(笑)。   -最後に古川社長の人の育て方、というものをお聞かせください。   古川氏:本人主義に近いかな(笑)。あまり怒らないタイプです。本当はもっといわなくちゃいけない気がするけど、よっぽどのことがないといわない。いうと逆に発想が縮こまっちゃうこともありますしね。 編集後記 商店街の衰退が叫ばれて久しい昨今。そんな中での鮮魚商魚國の工夫、販売チャネル拡大へのチャレンジを聞く事が出来ました。   ところで鮮魚店の魚國では生の鮮魚だけでなく、獲れたての魚をフライ等に調理したものも売っています。信じられないくらい美味しいので、小田原に来た際は、ぜひ。    ...

皆さんは「ワインのソムリエ」って知っていますか?知っていますよね。そうです。ワイングラスに入ったワインをくるくる回すイメージのあれです。   では、「お風呂のソムリエ」はどうでしょう?知っていますか? ワイングラスにお湯を入れて嗜む人を想像したそこのあなた!「そんな職業ないでしょ」と思われるかもしれませんが、実は、あるんです。   という訳で今回は「お風呂のソムリエ」ことバスリエ株式会社 松永武社長にお話を聞いてきました。   バスリエ株式会社誕生のきっかけ   -まず、最初に松永さんのバスリエを立ち上げるまでの歩んできた道というか、きっかけを聞かせていただけないでしょうか。     松永氏:歩みですね・・・まあ、すごく簡単に端折ると、まず僕は学校の勉強が全然出来なくて(笑)でも仕事が大好きなんです。 もともと実家が町の家電屋と言う事もあり、小学生の頃から父親にくっついてエアコンの取り付けとかの手伝いをしてたんです。そうすると、お客さんから「武君、偉いねー」みたいな感じで褒められ、お菓子をもらったり、500円もらったりしていたのが僕の商売の原点かなぁと思っています。 何かをして喜んでもらって、対価をもらうってことが昔から大好きでしたね。   あと、音楽が好きで、そういう仕事がしたいなと思ってたんです。 それって別に音楽業界で働きたいってことではなくて、音楽ってメロディや歌詞や人に共感するからCDを買っていただけるように、共感して選んでいただけるような仕事って事です。さらに言えば、聞くシーンも常に聞き手都合で楽しいときや悲しいときに合わせて寄り添ってくれる・・・そんな仕事をイメージしていました。 東京に出て来た頃は趣味で作詞作曲をやりながら、ライブハウスでバイトしていましたね。 でも時給が凄く安くて(笑)、住んでる所は風呂なしのアパートで明日食べるものにも困るような暮らしを続けていました。   しかし、いい加減生活が苦しくて当時時給の高かった家電量販店の派遣社員として働き始めたんですが、その時にバスリエを立ち上げるきっかけになった「まくら株式会社」の河元さんと知り合いになったんです。   河元さんは一足先に退職して「まくら株式会社」の前身となるアンニークジャパン(annique japan)を起業し自社開発の枕を販売していました。 扱っていた枕が当時では画期的な低反発枕で、枕が人の頭に合わせて快眠できるという商品でしたね。それが僕の中で「人に合わせる」っていう音楽的な要素を感じたことと、河元さんの枕に対する熱意に感動して「まくら株式会社」に入社させていただきました。   -まくら株式会社様の場所は千葉県だったと思うのですが、東京から通っていたという事でしょうか。     松永氏:そうですね。当時は練馬に住んでいたので会社のある千葉県の我孫子市から帰ったら夜中の1時2時でした。朝は6時に起き・・・でしたので睡眠時間3時間みたいな生活が1年ぐらい続いていました。そんな時に、当時はまだ結婚してなかったんですが、妻が「枕で眠りを売っているのに、自分が睡眠不足でどうするの?」みたいな、ごもっともなことを言ってきて(笑)ある日、妻が入浴剤を買ってきてくれてたんです。 「これにゆっくり入って、これぐらい汗かいて、で、こういう状態になったら上がって、で、また休んで、寝てみなよ」みたいなことを言われたので実際やったら、すごく気持ちよかったんですね。じんわ~り汗をかいてリラックスして。 湯船に浸かっているときはもちろんだし、上がってからも違う!なんか温泉行ったみたいにポカポカするって感じました。 そしてさらに朝起きたらびっくり!完璧に体の疲れが取れてるし、ものすごいすっきりしてるんですよ。   その時、睡眠の質を良くするのってお風呂とか睡眠前にどう過ごすかとか、そういったところがすごい重要なんだと気付かされました。 独立は前々から「いつかは」と思ってたこともあって、独立しようと考えた時に、じゃあお風呂グッズの専門店をやろうと思ったのは割と早かったです。ショップ名とか会社名は、「妻がやってくれたのって、なんかお風呂のソムリエみたいだな」っていうところからショップ名が『お風呂のソムリエSHOP!』になって、会社名が『バスのソムリエ』で、『バスリエ(Bathlier)』としました。 これがバスリエを立ち上げるに至った経緯ですね。 ...