起業という甘い罠の話。なまはげに嵌められない起業とは

ニアセ寄稿

 

経営者の夢

経営者の夢というのはいつの時代、どんな場所でも大体明確です。「給料のいらない従業員」「無料の労働力」これに尽きます。「絶対に儲ける方法」について考えていくと、「まぁ人件費ゼロなら間違いなく儲かるよね」という結論が必ず出てくるわけです。
 
仕事というのは、お金を介した労働力、ないし労働成果の奪い合いゲームという色が大変強くあります。安い対価で高品質な労働力、あるいは労働成果を手に入れることが出来ればその時点で大体勝ちなのです。しかし、もちろん経営者の「タダの労働力が欲しい」という強い気持ちを実現させるわけにはいきません。そういうわけで労働者は保護されています。経営者があんまり気持ちを前に出しすぎると、「違法ですよね、それ」という話になるわけです。
 
社会に怒られます。社会が怒ると怖いので経営者は「この辺までは大丈夫な気がする」と思いながら進み、たまにガッツリ怒られます。あ、流石にあそこまでやると怒られるのか、みたいな知見が発生します。
 
しかし、一回起業してしまうと個人事業主であれ法人であれ、「この対価でこの働かせかたはダメ」みたいな保護を受けることは一切出来ません。「その仕事を受けたおまえが悪い」という世界観になり、誰一人同情してくれないのです。赤字の仕事を受けざるを得なかったことくらい誰だってありますよね。法に守られた労働者の世界観と違い、フリーランスや経営者の世界はより露骨な奪い合いです。当然ながら、「奪うテクニック」もどんどん洗練されていく。市場参加者同士の奪い合いが飽和したら、当然「新規参入者から毟ろう(むしろう)」という世界観になっていきます。「起業しよう」あるいは「独立しよう」と思い立ったこと自体が既に落とし穴、ということもあるわけです。今日はそんな話をしようと思います。
 
今日はわりと込み入った話になってるので「まとめ」はありません。結論だけ理解しているとその結論からズレたものが来た時、対応できないので、そんなのむしろ読まない方がいいと思います。

起業とは・・・誰もあなたを止めてくれない

別に皆さんを不必要にビビらせたいわけではないんですけど、起業というのは割と危ないです。というのもですね、「起業」とか「独立」みたいなキラッキラした単語をエサに人間を沼地に引きずりこんで骨までしゃぶる皆さんというのは結構存在しています。具体的な名前を出すと訴状が飛んで来て後頭部に刺さりそうなので具体的な話は避けますが、ネットワークビジネス系の皆さんも最近は「起業」とかそういう単語を使うみたいですね。ブログ飯界隈もわりとそういう匂いがしますが、僕の鼻が間違っているのかもしれません。わからん、なんもわからん。
 
雇用関係も持たない個人に商品を卸してノルマを課して売らせるという経営者の夢みたいな状態を作り出す皆さんは大変賢いと思います。契約社員ですらない、「非契約社員」みたいな状態で人間を使いますからね、彼らは・・・。
 
で、まぁこの話題は危険が危ないのでこの辺にしますが、例えば、「俺は起業するぞ」と心に決めて知人の経営者にアドバイスを乞いに行くとするじゃないですか。「やめとけ」と言ってくれる人って実際少ないんですよね。大体の人が「リスクはあるけどやりたいならやったらいい、応援するよ」って言ってくれると思います。逆に、顔を真っ赤にしてやめろと言ってくれる人がいたらその人は心からあなたを心配する良い人です。あなたにマトモなこと言ってくれる可能性が高いのはその人ですね、大事にしましょう。
 
というのもですね、まぁ起業なんて95%以上が失敗に終わるんですけど、それでも起業しようとする人間に「やめろ、失敗するぞ」って言ったら嫌われるんですよ。わざわざ嫌われたい人間もいないじゃないですか。そして、その人がなんかの間違いで成功しちゃった場合「俺の成功を信じなかったバカな経営者」としてあれしてしまうという可能性もある。
 
それに引き換え、とりあえず起業さえしてくれれば何らかの方法で利益を抜ける可能性も出てくるわけじゃないですか。正直なところ、起業相談された場合の答えなんか「やったらいい、出来るなら協力はするよ」しか無いんですね。それが一番損をしない選択肢なんです。正直なところ、起業家なんて日常的にガンガン破滅してるわけですし、特に思い入れもない新規創業の若者が一人や二人吹っ飛んだところで、どうということはありませんからね。ペットのヤマトヌマエビが死ぬ方が悲しいですね。それくらいで悲しんでいたらやっていけない。
 
あなたが「会社を辞めて起業する」と言い出した場合、周囲の人間はとりあえず反対すると思います。でも、それも一定ラインまででしょう。だって、起業のことがわかる人間なんて普通のサラリーマンとして暮らしていれば周囲にはそんなにいません。説得力のある反対をすることも経験がなければ難しいです。そして、起業のことがわかっている人間ほど良い笑顔で「やったら?」って言うと思います。僕だって破滅的な創業計画を見せられても仏像のような笑顔を浮かべて、「頑張れ」って言いますもん。どうせ止めても止まらねぇし。下手なこと言ったら怒り出すし。知らねーよ。そして、この哀れな若手起業家の姿は数年前の僕そのものでもあります。

「非契約社員」の作り方、マーケットのなまはげ

例えばこんなことを考えてみましょう。あなたはなんらかの事業をやっていて、最近人手が足りないなー、需要に供給が追いつかないなー、機会を損失しているなーと思っています。まぁ、これもまた具体的な話をすると色々危ないので、商品Aの製造販売をしているということにしましょう。商品Aの生産量を増やすには、設備投資をして従業員を増やすしか基本的にはありませんよね。
 
でもあなたは思います「自分で設備投資するのはリスクもあるし従業員を増やすのも怖いな」と。「なんとかリスクを限定的にした上であわよくばコストも抑え込めないかな」と。そこにフワっと現れたのが「起業したい!」という若者B君です。B君はあなたと同業の会社で従業員として働いているので仕事の知識も経験も持っています。ただし会社経営や起業の知識はほとんどありません。だからあなたに教えを請いに来たわけですね。
 
あなたは思います、「あれ、こいつに創業させれば早くね?」と。「資金つけてやって創業融資の引き方もコーチしてやって、人雇わせてガンガン仕事振ればいいよね、経営権も握れるし、ずっと利用出来るな、しかも創業資金以上に損が膨らむこともないし、従業員への責任もB君持ちになる」
 
これが王道的なデス起業パターンです。もちろん、子会社として下請けから創業するのが必ずしも悪いと言ってるわけじゃないですよ。こういうところから始まって羽ばたいていった会社だっていっぱいあります。ただ、こういう形で起業する以上、初期設定やその後の立ち回りを間違ったら「食われる」ということはわかりますよね。
 
実際、こういう形を目指して「起業したい若者はいねがぁ」と言いながら市場を歩いているなまはげは結構います。起業するのにはこういう妖怪と出会うのが一番早いと思います。迅速確実に創業出来ますね。その後のことはわかりませんけど。
 
また、「ド素人でもそこそこの能力があれば起業させて下請けとして稼動させられるようにする」ノウハウを持っている人というのも存在しまして、ここまで行くと冒頭で触れた「非契約社員」という単語が再びフラッシュバックしてきますね。「個人事業主として仕事を受けさせて便利に使う」というのは某大手飲食チェーンなどでも採用されていたソリューションですが、こちらの場合、創業する人間にオウンリスクで借金をさせることも可能になるので大変戦略の幅が広がります。借金の保証人に親兄弟をつけさせればパーフェクトですね。逃げられないから。「仕事を受注出来ることが確定している、発注する側からの目論見が提示される」という強みがあればお金も引っ張りやすいですし、資金計画も書けますからね。
 
昔出会った人間がこのようなことを言っていたのを僕は鮮烈に覚えています。以前のエントリでもちょっと触れた話ですが「高い能力を持った人間を一年社員として拘束しようと思ったら、俺みたいな零細企業経営者なら安くて600万はかかるわけよ。でも、『1000万円出してやるから起業しろ、仕事も回してやる」って言えばいい大学出て良い会社に勤めてた若者が向こうから来るんだよ、そりゃ良い話だよな、どんどん起業させてやる』とのことでした。
 
起業のチャンスが到来している皆さん、大丈夫ですか?皆さんの出資者はどういう目論見であなたに金を出そうとしていますか?本当にそれは「起業」ですか、あなたを「非契約社員」にする目論見ではないですか?
 
「創業資金をつけてやる」「仕事も回してやる」「何なら創業期のサポート人材も貸してやるぞ」「取引先も紹介してやる、俺の口利きなら良い条件で取引出来るぞ」「心配するな、全部段取りはやってやるから」そういう話の前で悩んでいる皆さん、多分このエントリ読んでる人の中にもいると思うんですけど、よーーーーーーーく考えた方がいいですね。
 
ただ、必ずしも「やめろ」って言ってるわけじゃないんですよ。資金がついてきて仕事が回ってくるというのは、やはりチャンスでもありますし、後はどのように人間と渡り合うかというだけの話になります。
 
あなたは元気な身体とやる気だけ持ってきてくれればOK!この起業パッケージプランに全部お任せ、みたいな話はわりとあります。そういう話に飛び乗る時は色々考えた方がいいですね。繰り返しますが「乗るな」って言ってるんじゃないですよ。罠の中に餌が吊るされているなら罠を作動させずにエサだけ引っこ抜くことを考えるのは当たり前です
 
また、出資する側と起業する側に双方利があるという形態は皆が幸せになる理想形とも言えます。このバランスが著しく崩れていて、しかも止めることが出来ない状態にさえならなければいいわけですよ。それだけのことです。

捕食者としての起業家

ここまで、「起業家がやっていこうとした結果食われる」というお話をしてきましたが、このような捕食妖怪を逆に食ってしまう起業家というのも存在します。まぁ当たり前です、「嵌める方法」が洗練されていけばカウンターの手法も当然出てくる。これを読んでいる皆さんも、「そういう前提ならあれをあれすればああなるな」という考えが幾つか浮かんでいるんじゃないでしょうか。その発想はとても大事です。
 
罠がある」という前提さえ踏まえていれば、人間は賢いのでそれなりに対策を思いつくことが出来ます。ところがね、「資金!誰か資金つけてくれ!」って走り回ってるときというのは、わりと人間は弱いんです。人間を嵌める技というのは、「そんなの見抜けねえよ」みたいな高度な技という場合はそんなに多くなく(たまにはそういうのもありますけど)判断力の低下した状態の人間を、冷静な判断力さえ有していれば見え見えの落とし穴に誘導するというのが基本です。多重債務者になると「お金借りない?面白い金利で」みたいな連絡がいっぱい来ますよね。そういうことです。
 
創業して儲けるということは、法に守られない奪い合いゲームの中で勝ちあがっていくということです。「奪う権利」が与えられる代わりに、労働法規などの「奪われない権利」が失われるわけですね。その中で初めての創業に挑む人というのは、圧倒的に一番弱い存在です。経験がない以上、頼れるものは想像力しかありません。
 
「やれば出来る」ことは必ず誰かがやるのが市場という世界です。存在を想定出来る悪魔は必ず存在します。というか、ごく普通の経営者であっても「あ、これ儲かるな」と思った瞬間に悪魔に化けます。とはいうものの、それはあくまでルールの中で許容された立ち回りであって、「悪」ではないんですよ。強いて何が悪いかといえば、そんな状況を作り上げてしまった方が悪いんです。自戒も多分に含めてですが。
 
起業というのは、往々にして「先行事例」みたいなものがあまり見つかりません。「出資者からいい条件で金を引いてなるべく株を渡さない方法」とか書いた本はありませんし、「子会社として創業して親会社から利益と経営イニシアチブをぶっこ抜く方法」について書かれた本も(多分)ないと思います。各自やっていくしかないわけですよ。「株の10%で1500万引けたぜ」という人もいれば、「60%渡さないと1銭も出てこない・・・」というパターンもあります。
 
一回やっていって派手に失敗すればこの辺はわりと身につくわけですが、皆さんもちろん「起業に失敗してドブの底に叩き落される」なんて経験はしたくありませんよね。ドブの底に落ちるタイプはまだよくて、「なんで俺はこんなことしちまったんだろう・・・」って思いながら働いてる人もいっぱいいると思います。「仕事?いつでも辞めていいよ。次の代取が会社コカしたらおまえの実家売られるけど」みたいな悪夢のピタゴラスイッチが発生することもたまにはあるんですよ。
 
そういうわけで、今日はそんなお話でした。僕はいつも皆さんの成功を心から祈ってます。やっていきましょう。

 
 

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。
現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり
ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。
発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。
Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/
Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

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