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ホーム > アキンド探訪  > ブラック企業を毛嫌いしていたのに、経営者になって合理性に気付いてしまった

 
ブラック企業が嫌いだ」といって反対する人は少ないだろう。定時よりフレックスの方が楽だし、有給休暇はたくさん欲しい。早く帰りたいし、給料は高い方がいい。もちろん私だってそう思ってきた。これまで個人事業主になるのも含めれば2回転職してきたが、いずれも、よりホワイトな労働環境を目指しての行動だった。
 
現在は1日平均8時間勤務、休暇は自己判断、年収はそこそこ。概ね満足している。しかし将来は子供もほしい、となれば多少背伸びをしてでも仕事を頑張りたい。
 
そうなると一番手っ取り早いのは、人を雇ってメールの返信や請求書作成などの事務をお願いすることだ。私は執筆業をしているので、原稿に向かう時間が増えれば収入が増える。無理に原稿料の単価を上げるよりも現実的だろう。
 
そこで初めて「ブラック企業の仕組みがどれほど雇う側から見ると魅力的か」と危うい知見を得てしまった。今日はその話をしたい。

零細企業が与えられる便益は「やりがい」くらいしかない

そもそも個人事業主レベルの売上というのは、どこまで行っても零細企業並みである。年10億稼ぐ企業はごまんとあるが、年10億稼ぐライターなんて聞いたことない。新書で100万部売れたって、印税は6千万円くらい。毎年ミリオンセラー出しても企業にはかなわないのだ。ましてや私のような駆け出しライターをや。
 
というわけでアシスタントに出せる年収はあまりない。これが漫画家なら「先生のテクニックを盗んでいつかは自分もデビュー」なんて夢もあるが、ライターのアシスタントが文章を実際に執筆する例は少ない。せいぜい精度の高い資料の読み込みができるようになるくらいだろう。となると、私のような零細雇用主はやりがいをムリヤリ作るくらいしか応募者を集める術がない。
 
となると、応募項目はこんな風になってしまう。
「デビューから2年で独立! 次のヒットメーカーになれる職場」
「最速成長を実感できる」
「世界のどこでも働ける人材、なってみたくありませんか?」
 
なんと抽象的でブラックなフレーズだろう。こんなの、自分のアシスタント応募で書きたくない。たとえ本当に採用された方がやりがいを感じてくれるにしたって、嫌だ。

そうしないと零細企業には人が来ない現実

ところが相談した人材紹介会社の方は、こうおっしゃるのだ。
 
「でもね、怪しいやりがいでも書かないと零細企業に来てくれる人なんていないんですよ。ホワイト環境で働きたい人なら、誰でも福利厚生がしっかりした大手で高年収狙いますから。そうじゃない時点で応募者にも何かあるんですよ。
たとえば『やりがい』という名のもとに搾取されるのが好きという人は一定数いるんです。搾取されたい人はホワイト企業へ就職させても『やりがいが無い』って言ってすぐ辞めちゃって、結局、激務ブラックを選ぶ。採用者が嫌でも、零細企業でちゃんと働いてくれる人が欲しければブラックな文言を入れなきゃいけないんです」
 
だったら正規雇用は諦めて、派遣さんを雇おうか。けれど調べていくうちに、もっと嫌な事実と直面してしまった。正規雇用の方が人件費は安い。ある程度優秀な派遣社員なら、時給1,200円は払わないと成り立たない。それより退職金ナシの正社員の方が、よほど安いのだ。
 
調べるうち「正社員はクビにできないと言われるが、会社を廃業させてしまえばそのまま解雇できる。その後、別会社を立ち上げればよい」という恐ろしい文言まで見かけてしまった。正社員は安定しているなんてウソだ。経営者が「そこそこ優秀な人材を限られた予算で雇いたい」なら、やりがい搾取するのが一番合理的なのである。

下のさらに下を行く雇用の存在

さらに、社会的にマイナスとなる事情を1つでも抱えている人間は搾取の対象にされやすい。たとえば前科がある人、精神疾患で経歴にブランクがある人、知的障がいを抱える人。該当する方は「最低賃金でも貰えるだけマシと思え」的な扱いを受けることもある。
 
前科といっても過失によるものかもしれない。薬さえ飲めば通常勤務できるかもしれない。知性が必要な労働なんて全労働の何割だよ? そんな鬱積を雇用市場は「純粋なんだね」の一言で飲み込んでいく。
 
実際、統合失調症で今も闘う方から「これでも雇用があるだけマシ。じゃあ障がい者へも最低時給を適用しろって言ったらどうなると思いますか。クビになるだけです、私たち。それよりは少しでもお金をもらってる今がいい」と言われてしまった。その通りだ。だが中には「時給200円」で働かされるケースもあり(https://lmedia.jp/2015/09/01/67140/)、経済的虐待と言わざるを得ない。……言わざるを得ないが、零細雇用主にとってこれ以上合理的な選択肢があるだろうか。悪くなることは、なんと楽なことか。

実利を与えるのが、せめてもの善意

「じゃあ、零細の雇用主がこの絶望的だけど合理的な雇用環境でできることって何があるんだろうか」
 
という問いが、この数か月私の脳裏をぐるぐると回っていた。
 
結論としては2つ。
 
まずは賃金をできる限り上げることだ。ベンチャー創業期など、厳しい時期はあるだろう。しかし新興企業は助成金や補助金も多いため、雇用で補助金をもらいやすい。それを元手に給与を増やすことはできる。
 
次に「実になるやりがい」、すなわち将来のカネになるスキルを与えることだ。たとえば執筆が仕事の私なら、就業時間内の研修で実際の執筆方法を教えればよい。本当にライターとして育成し、独立できるシステムができればうちを踏み台にして羽ばたいていける。「こんなところ早く卒業して、別のところで立身出世しなさいよ」というのが、零細雇用主にできる最大のサポートだろう。
 
一方であまりに権限を与えすぎると、今度は会社を丸ごと乗っ取られたり資金を持ち逃げされたりするかもしれない。世界を率いるビジョナリー・カンパニーだって会社をわざと僻地に作って社外の交流を断絶させたり、会社を讃える歌を作って信仰心を高めたりしているのだ。零細だってそれくらいしなければ裏切者が出る。合理的な範囲で経営するなら、性善説ではやっていけない
 
そんな風にして、今日も零細の雇用は回っている。

 
 

この記事を書いた人

慶應義塾大学在学中に起業を2回経験。卒業後は外資系企業に勤め現在は独立。フリーのマーケターとして活動するほか、ブログ『トイアンナのぐだぐだ』(http://toianna.hatenablog.com/)をきっかけにライターとしても活動中。

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