みんなやってる?正しい「やりがい搾取」の方法論

ニアセ寄稿

 
経営者のみなさん、きょうも「金は出せないが労働力が足りない」のジレンマと闘ってますか?
 
起業すると、だいたいここが悩むポイントになりますね。会社の経営状況を考えると高い給料を払って人を雇うのはしんどい。外注に出すとコストがかかる。この一見解決不能に見える矛盾を解決するために取り得る方法は、とりあえずひとつしかありません。
 
「まずは君が頑張れ!」です。詳しく解説します。

そもそも最初から人をお金で雇って利益を挙げるのは無理

あなたが起業するにあたって、どういう経緯でどれだけの資金をどうやって集めたかは知りませんが、そもそも起業して最初から、事業のみで、設備投資もふくめて安定して黒字であり続けられるのはよほど稀有な人です。
 
たとえば、今まで会社員としてやっていて、一定の取引先を確保できていた「あなたでなければできない仕事」を、退社後もそのままフリーになって請け負う、と言ったような特殊な状態でなければ、赤字は絶対に出ます。まず、自分ひとりで起業している状態で、社員やアルバイトを安定して雇えるようになるのは相当先の話だと思ってください。
 
アルバイト一人雇うのに、東京都だと最低時給は958円です。一か月の稼働日をざっくり20日として、7時間働いてもらったら、13万4120円という固定経費がかかることになります。あなたの事業は毎月13万4120円を人件費に取られても回り、なおかつ自分の生活も成立させられるほど儲かっていますか?儲かっていないなら、お金で人を雇うのは当分あきらめて、別の手段を考えましょう。

人にはお金を払わずに動いてもらう

自分一人でいくら頑張っても手が回らない、人手が欲しい…。事業をしていれば当然そういう状況も起こると思います。どうしますか。常勤バイトを雇うことはできない。では、短期バイトを雇いますか。それも、外注に出すのと同じことです。自分一人の生活すらおぼつかないのに、他の人をお金で雇ってコストをかけますか。そんなことをやっていたら、おそらく一生あなたの事業はパッとしないままでしょう。
 
ではどうするか。簡単です。「お金を払わずに人に動いてもらえばいい」のです。勘違いしてほしくないのは、これは別に人をタダ働きさせろという話ではないということです。つまり、人を動かす原動力はお金だけではない、ということです。
 
そもそも、なぜ人に仕事をしてもらうのにお金を払うかというと、「やりたくもないことをやらせるから」です。特に大企業や、ある程度安定した企業になると、業務内容が多岐にわたり、「やりたくないことが仕事内容に含まれてくる」ので、「毎月いくらのお金を払うから、あなたの好きなことも好きでないこともセットでやってくれないか」という雇用契約をきちんと結ぶ必要があるのです。
 
これが、「その人に完全にやりたいことしかさせない」のであれば、その人をお金で雇う必要はないし、むしろ嬉々としてやってくれるのです。そう、東京大学の本田由紀教授が提唱した「やりがい搾取」です。

「逃げ恥」から学ぶ「間違ったやりがい搾取」

「やりがい搾取」は基本的にブラック企業とセットで語られます。あるいは、ネットや友人関係で、他人の技術を安く(あるいは無料で)使おうとする人に対しても使われます。そして、これらの「やりがい搾取」が問題とされるのは、おおむね「やりがい搾取の方法が間違っている」からです。「やりがい搾取」という行為が一概に悪いわけではなく、「間違ったやりがい搾取」が問題なのです。
 
ひとつ、皆さんが理解しやすそうな例を挙げてみましょう。2016年の大ヒットドラマ、「逃げるは恥だが役に立つ」の中で、主人公の森山みくり(新垣結衣)が、商店街の面々に「人の善意に付け込んで、労働力をタダで使おうとする。それは搾取です!」と力説する場面があります。
 
この場面で描かれているのは、たしかに「間違ったやりがいの搾取」です。それも、「途中までは正しく、途中から間違ったやりがいの搾取になった」という意味で非常にいい例です。このシーンの展開を、あえて改行や太字を入れず、一連の流れとして起こしますので、皆さんも「どこから間違ったやりがい搾取になったか」を考えてみてください。
 
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親友のやっさん(真野恵里菜)の経営する八百屋がなかなか上手くいかないと愚痴をこぼされたみくりは、再建策として、パン屋や八百屋とコラボするなど、アイデアを出してあげる。すると、やっさんに突然「一緒に来て!」と商店街を活性化するための会議に連れて行かれ、そこでみくりは近所の神社で青空市を開くことを提案する。その案は会議で採用され、さらにいろいろとアイデアを出すみくりは、商店街のメンバーから、青空市の運営について「森山(みくり)さん、手伝ってくれないかな?」と頼まれる。ノーギャラでやってほしいという商店街の面々に、みくりは立ち上がり、「人の善意に付け込んで、労働力をタダで使おうとする。それは搾取です。例えば、友達だから、勉強になるから、これもあなたのためだから、などと言って、正当な賃金を払わない。(中略)私、森山みくりは、やりがいの搾取に断固として反対します!」と演説する。
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さあ皆さん、どうでしょうか。どこで間違えたのかわかりましたか。みくりが親友のやっさんの八百屋に関する愚痴をこぼされて、再建策を考えてあげるのは、みくりがもともと突拍子もない発想や妄想をするのが好きで(その描写も何度もあります)、ほぼ100%みくりのおせっかいでやっていることです(むしろ以前には、やっさんがみくりの、経営の実態をわかっていない思いつき発言に不快感を示したことすらあります)。
 
この部分において、再建策を考えることはやっさんがみくりに頼んだことではありません。完全なみくりの自由意思(第一段階)です。これを受けて、みくりは商店会の会議に連れて行かれます。みくりは最初は困惑しつつも、青空市というアイデアを思いつき、やがて嬉々として青空市の展開案を語りだします。お店の業態によって青空市に出す品物まで考えてあげています。これは、やっさんがみくりに頼んだことではありますが、みくりはそれに面白さを感じ、自ら楽しんでアイデアを提供しています。
 
そして、みくりはここまで一切お金の話をしていないのです。ここまでが「正しいやりがい搾取」(第二段階)です。商店街のメンバーは、みくりがポンポンとアイデアを提供するので、じゃあいっそ、みくりに青空市を手伝ってほしい、と言い出し、盛り上がり始めます。ここでみくりは豹変します。「ちょっと待ってください。えっ、今の話によると、私に手伝えっていうのは、ボランティアで、ノーギャラでやれってことですか?」と言い出します。
 
ここが重要なポイントです。
 
みくりは発想や妄想をするのは好きで、そこまではタダでもやりたいと思っていますが、青空市を運営したいわけではないのです。商店街のメンバーが「俺たちだってノーギャラだよ?」と言い出し、みくりは「そりゃ皆さんは自分たちの商店街だから」と言い返し、そして例の「搾取」の演説につながるわけです。
 
つまり、みくりはイベントの運営なんてやりたくないことだからお金を要求したのです。やりたくないことをお金も払わずにやらせようとする、この部分は「間違ったやりがい搾取」(第三段階)となります。「逃げ恥」は恋愛や結婚についてきわめて秀逸な考察を含んだドラマでしたが、じつは全編通して「仕事とその対価」というものを徹底的に追求したドラマでもあるのです。

「正しいやりがい搾取」実例

前段で、「やりがい搾取」には三種類ある、という話をしました。
 
1.そもそも頼んでいないのに自由意思でやってくれているもの(第一段階)
2.頼まれたがそれをやることは好きで、むしろ積極的にやりたいので、無料あるいは格安の料金(や、お返し)でやってくれるもの(第二段階)
3.本人は別にやりたくないのに、友達だから、あなたの勉強になるから、などの「こっちが勝手に考えた理由で」料金を値切ったり、無料でやらせたり、場合によってはお金を取ったりすること(第三段階)
 
の3つです。
 
この中で「間違ったやりがい搾取」は第三段階で、世のブラック企業や、他人の技術を安く使おうとするのは基本的にこれです。「お金を払わずに人に動いてもらう」というのは、この第一段階と第二段階をうまく使おう、ということです。
 
具体的な場面が思いつかない人に、私の事業での例や、一般的な例を挙げてみましょう。
 
まず第一段階。私が経営しているリサイクルショップは、基本的に人が自由に出入りできるようにしています。私が店先にいたころは、来た人にタダで物をあげたり、ネット環境や寝る場所を提供したり、お菓子や食事を振る舞ったりしていました。そうすると、だんだん店が近所の暇な人の溜まり場になっていき、常時人がいるようになってきます。そうすると、誰かが勝手に店番を始めたり、店の掃除をしてくれたりするようになります。
 
私が何も頼んでいないのに、です。「いつも良くしてもらっているのに、何もしないんじゃ申し訳ないから」なんて言われたりします。私が経営しているバーも同じで、店を閉めるときにお客さんがグラスをまとめてくれたり、椅子をならべてくれたりします。
 
世の中の例で言えば、家の軒先に畑で獲れた作物を置いておいてくれるおばさんとか、飲み屋で楽しく話していただけなのに飲み代をおごってくれるおじさんとか、(今の世の中でそれが正しいかは別として)ある年齢まで独身でいると、「イイ人紹介してあげるわよ」なんてやたらとお見合いをセッティングしてくれるおばさんとかがそうです。
 
店番も野菜もお見合いも、しかるべきところに頼んだらお金がかかるものです。それをなぜ彼らはお金ももらわず、頼みもせずにやってくれるのか。友好関係にあるからです。普段から挨拶をしていたり、相手が忙しそうだったらちょっと手伝ってあげたり、お菓子をあげたりしていると、自然と向こうが手伝ってくれたり、親切にしてくれたりするものです。
 
つづいて第二段階。たとえば鉄道好きの人に「ここから青森まで新幹線を使わずに行きたいんだけどどんなルートがオススメ?」と聞くと、予算別と目的別に3つぐらい提示してくれたりしますね。これは「本人が趣味でやってくれる」パターン。「逃げ恥」のみくりの例もこれです。
 
この場合、それをやってもらうこと自体を本人は楽しんでいるので、やってもらうこと自体が対価になります。披露宴の友人余興なんかもそうです。余興やってよー、とお願いはしますし、場合によってはお礼をいくらか包むこともありますが、衣装を準備したり、練習時間を割いたりしてやってくれることに対して時給ベースで真っ当なお金は払っていません。それどころか、ご祝儀をくれたりします。
 
その代わり「私の時は〇〇ちゃんやってね」みたいな感じで、お返しを要求されることがありますが。あるいは、先日急逝された、俳優の大杉漣さん。話を聞く限り、お忙しい中、高校生劇団や大学生映画サークルが持ち込んだ脚本を読んで意気に感じ、ノーギャラや格安で出演されることがたびたびあったそうです。これは「やることに意義があるので、お金ではない方法で解決する」パターンです。
 
大杉漣さんほどの名優を動かす「情熱」だとか、演劇界発展のために、など「目的、意義をプレゼンできるかどうか」です。どちらの段階も、まずは「友好関係にある人を拡げる」ことが大事です。友好関係にある人が増えると、それだけ無料で動いてくれる人が増えるし、本人が趣味でやってくれることの種類も拡がるからです。もちろん、そのためにはこちら何か価値を渡してあげることが必要です。
 
先述したように、私の店ではタダで商品をあげたり、お茶やお菓子を出したり、人が忙しいときには手伝いに行ったりしていました。「やりがい搾取」は他人だけに向けるものではありません。自分にも向けるのです。冒頭に挙げた「まずは君が頑張れ!」とはそういう意味です。いくらなんでも通りすがりの人に店番手伝ってくれとは言えません。

「正しいやりがい搾取」の始め方

私が店で言われた「いつも良くしてもらってるのに、何もしないんじゃ申し訳ないから」とか、披露宴の余興を「私の時は〇〇ちゃんやってね」と言われる、などは、つまり「(擬似的な)債権債務関係を日本円以外で成立させる」方法であり、すなわち「人にお金を払わずに動いてもらう」手段なわけです。この概念は別に新しいものではありません。きわめて簡単な日本語で説明できます。「貸し借り」です。
 
現金でなくお互いの信用で取引する、ということを、人は昔からやってきているのです。その「貸し」を成立させるために、「まずはあなたが人のために何かをする」ことです。そうすれば、人はあなたのために、自分のやりたい範囲の何かを、お金を払わなくてもしてくれます。これが、「正しいやりがい搾取」のやり方です。「正しいやりがい搾取」は、お互いにメリットしかないので、どんどんやりましょう。
 
反対に、友達でもなんでも、信頼関係も出来てない人からやりたくないことを受けるときにはちゃんと金を取りましょう。突然DMを送りつけてきて、twitterのアイコンをタダで書けとか、ママ友が「裁縫得意でしょ、ウチの〇〇ちゃんのお弁当袋作ってよ、ちゃちゃっとやっちゃって」的なことを言い出したら馬鹿じゃないかと断ってかまいません。
 
「やりたいことはストレスがかからないから金をもらわなくてもやるが、やりたくないことはストレスがかかるから金をもらわないとやらないし、その金額がいくらかは自分で決めていい」のです。

「ストレスーノンストレス」バランスという概念

「ワークライフバランス」なんていまさら言いだしてももう遅いと思います。人はストレスを受けるのがイヤなのです。それに耐えられる人はごく一部で、そのストレスに見合ったお金をくれる企業もごく一部です。他の多数の企業は、「安いお金でいかに気持ちよく働いてもらうか」を考えなければならないという流れになるでしょう。これは、現在の好景気を受けた就活市場の活性化が十数年単位で続かない限り変わらないと思います。
 
企業は、「一旦上げた給料は下げられない」ことを長い不景気で知ってしまったからです。景気の波の動きが読めない中で、「固定給をベースアップする」という対応策を取れるのは、「うまく行かなくなったらすぐ潰す」つもりの企業しかありません。それ以外の企業は、現状の人件費の固定給ぶんを増やさずに、変動給で対応するか、アウトソーシングするか、その他の部分の待遇をよくして働いてもらうしかないのです。
 
こうなると、むしろ「お金は貰えてもやりがいがない」という方が問題です(お金を払わないのは問題外)。せっかく採った人材が「お金はそんなにいらないので楽に暮らしたい」という理由で辞めていってしまうからです。怒鳴られながら高い給料をもらうよりも、「いつもありがとう」とか言われながら、雰囲気の良い職場でやりたいことをやれるほうがよっぽど楽しく、よっぽど長く続くのです。
 
「安いお金でいかに気持ちよく働いてもらうか」。これこそがまさに「正しいやりがい搾取」です。人件費をかけられない経営者は、「ワーク」と「ライフ」のバランスではなく、「ストレス」と「ノンストレス」のバランスを考えなければならなくなります。
 
まとめるとこういうことです。人はやりたくないことは高いお金をもらわないと(あるいはもらっても)やりたくない。だが、やりたいことならタダでもやる。この「ノンストレスを価値化する」ことこそが次世代経営者の仕事なのです。
 
ひとがノンストレスで出来ることを見つけてあげましょう。それを経営に取り入れましょう。金がないなら搾取するしかありません。上手な搾取は、高い従業員満足度は表裏一体のものです。上手な搾取をやれる経営者になって、みんなを幸せにしましょう、みんなで楽に暮らせる社会を作れるように、やっていきましょう。

 
 

1990年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2015年、24歳の時に初期費用50万円でリサイクルショップをショボく起業し、ショボい経営術で1年間で系列5店舗まで拡大。現在はイベントバーエデンを経営し、ショボい起業コンサルタントも展開する。事業計画書はいらない、開業資金に何百万円もなくても大丈夫など、起業の常識をこれまでの経験をもとに覆し、ショボい起業家を増やす。このほか、ベーシックインカムハウスプロデューサー、しょぼい喫茶店アドバイザーも務める。2016年に初対面から2週間で結婚、1児の父。

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