Top
ホーム > アキンド探訪  > あなたは起業に向いているか?起業家適性チェック

ニューアキンドセンター様ではたくさんのコラムを書かせていただきましたので、皆さんもお気づきだと思います、僕は起業に向いていませんでした。それはもう、間違いないと思います。もちろん、ある部分では「向いていた」というところもゼロではないのでしょうが、トータルでは完全に向いていなかったと思います。
 
さて、そういった経験を踏まえて僕の独断と偏見による起業家適性チェックを考えてみました。しかし、もちろんこれで「向いていない」と出たからといって、あなたの起業が失敗するとは限りません。ただ、その面での心構えをしていないと僕と同じ失敗に嵌る可能性がそれなりにあるということです。
 
本質的に起業に向く人というのはわかりません。成功する起業家、それも中小企業の皆さんについて考えてみましたが、実にキャラクターはまちまちです。しかし、その中で「この傾向はあるぞ」と僕が感じたものを抜き出してみました。是非参考にしていただければと思います。

起業家適性チェック1 決断出来ない

悩ましい決断を前にした時、その場で止まってしまう人はまず間違いなく起業家に向かないと思います。起業家、あるいは経営者の仕事の第一はまず「決断すること」です。その結果がどうであれ、「決断する」ということそれ自体に価値があるのです。
 
経営上出会う悩ましい決断は大抵の場合、「正しい答え」の存在しない種類のものです。しかも、判断のために勘案すべき要素も無限に近くあります。しかし、最も恐ろしいのは起業家には「決断を放置する」という権利も存在します。
 
見てみぬふりをした問題はいつか巨大化し、あなたの経営に致命傷をもたらすでしょう。それが致命的なものであることに気づいてはいた、しかし決断の苦痛に負けて放置してしまった。僕は、これをやらかしました。
 
どんな決断を下そうとあなたは批判されます。トップというのはそういうものです。しかし、それでも尚その苦痛に向かっていけなければ、トップの資格はないでしょう。僕にはトップの資格がなかったということだと思います。

起業家適性チェック2 部下を処断出来ない

人間を罰するの、お好きですか?僕は大嫌いです。自分自身が欠損の多い人間ですので、誰かを責め立てたり処罰したりするのは本当に嫌いなことです。しかし、組織におけるマネジメントにおいて、それは往々にして致命傷をもたらします。
 
人間というのは2回やる生物です。「やらかしても許される」と感じた人間は、必ず同じ愚を繰り返します。「自分が許されたいから他人を許そう」という僕の考え方は、少なくとも経営者としては失格だったのだと思います。
 
「俺は許されるがおまえは許されない、当たり前だろ俺は社長だ」この傲慢さを振り回せることが、トップの一つの条件ではないかと僕は思います。僕にはそれが出来ませんでした。

起業家適性チェック3 みんなに良い顔をしたい

100の成果を出したAさん、5の成果を出したBさん。彼らの褒章が同一であれば、Aさんは必ずあなたの下を去ります。しかし、AさんにBさんの20倍の褒章を与えることは会社経営的にまず不可能でしょう。そう、その場合はBさんを冷遇することで、Aさんとの格差をつけるしかないのです。お金に限らず、裁量あるいは接し方なども含めてです。金が払えないなら金以外の何かを払うしかありません。
 
僕は、これが本当に嫌いです。一生懸命働いてくれた人にはその成果に関わらずありがたいという気持ちを持ちたい。そういう甘ったるさを抱えています。これは、ひいては僕が「一生懸命やったから評価して欲しい」という腑抜けであることを意味します。
 
しかし、Aさんの立場からはそれは許容できないでしょう。僕がAさんの立場でも退職すると思います。皆さんもそうではないでしょうか。みんなに愛されたい、好かれたい、という人間的な感情を処理出来ないとこの問題には対処できません。

起業家適性チェック4 現場とトップの立場の違いを示せない

経営トップというのは、経営上の「決断」という重責を抱えています。また、他にも資金繰りやマネジメントなど多くの業務を抱えるでしょう。しかし、その苦労は多くの場合、部下にはあまり伝わりません。わかってくれる部下がいれば、それは宝です。大抵の労働者は「経営者は働いていない」と思っています。
 
「俺も働いているんだ」というところを示すために、社長業を放り出して働いてしまう方は結構います。もちろん、人員が不足して社長自ら現場に飛び込む必要が出た時などは別ですが、その必然性に欠けるにも関わらず背負い込むべきではない労働を背負いこんでしまう社長は多くいます。
 
従業員と経営者は立場が違うのです。「仲間」ではないのです。従業員が「ウチの社長は怠けている」と感じていても、会社が上手く回っていればそれでいいのです。「わかってもらいたい」という感情は癌です。苦労をわかってもらうために更なる苦労を背負い込む必要は一切ありません。現場とトップは立場が違います、それは明確に示すべきなのです。
 
創業当初は仲間意識で会社が回るでしょう。しかし、組織が大きくなってくれば、それこそ3人になった時点でもうこの問題は発生します。労働者と経営者の立場の断絶を呑み込めないなら、経営者は向いていません。

起業家適性チェック5 強権を発動できない

部下に向かって「いいからやれ!」と叫ぶのが非常に苦手な方は多いのではないでしょうか。僕も完全にそのタイプで、部下が指示に対して不満を示すと「わかってもらうまで伝える」という判断をついついしてしまいます。これは時と場合によっては有益な判断になることもあるのですが、そうではないことももちろん多々あります。
 
「わかるまで伝える」というのは、相手が理解を向けてくれなかった時、致命的な断絶を生み出す行為ですし、また同時に部下に対して「不満があれば動かなくても良い」というメッセージを出してしまいます。
 
部下の意見を聞こう、自分が常に正しいとは限らないという自覚を持とうというのは、一般的には正しいことだと思います。しかし、指揮系統のトップに立ち命令する者にはそれだけでは回らなくなるときが必ず来ます。
 
現場からは巨大な不満が発生することを承知で「俺がトップだ!従え!」と叫べないのは、起業家としてあるいは経営者として致命的なウィークポイントになるでしょう。僕はなりました。人間を強権で従わせることは、非常に大きなストレスになります。しかし、それに耐えられないならトップは務まらないでしょう。

人間としての善さと経営者としての正しさは相反する

さて、ここまで読んでわかっていただけたかと思うのですが、これらの「欠点」はある意味で人間としての美点でもあり得るものだと思います。1の「決断」はともかく、2~5は「部下に寛容で、成果の出ない者にも優しく、現場目線に立ち、強権ではなく話し合いを重視する」という解釈も出来ると思います。そういう経営者に僕もなれるものならなりたかったです。それで上手くいくのなら。
 
僕はわりと夢見がちな人間です。大して能力もないくせに、理想に燃えるところがあり、自分にも他人にも甘いです。そういう人間でも幸福になりたいというのは、僕の起業に向かうモチベーションそのものだったと思います。しかし、それが最大の癌となり僕の起業は失敗に終わりました。
 
善く生きたい、正しく生きたい、楽しく生きたい。既存の組織の中でそれが実現できないから起業をするのだ。そういう気持ちはとても理解できます。僕だってそうでした。しかし、その気持ちそれ自体が最大の弱みになってしまう、そういうこともあると思います。
 
この問題への処方箋は今のところ僕にはありません。どうしたらいいのかわかりません。それは、起業家一人ひとりが自分の適性や状況を見ながら考えていくことだと思います。あなたが素晴らしい答えを出してくれることを、心から祈っています。いつか、僕にこっそり教えてくれたらとても嬉しいです。
 
やっていきましょう。この設問によって「完全に起業に向いていない」と出た方こそ、もしかしたらその弱みを克服した時に本当に素晴らしい組織を作り出せるのかもしれない、という希望を僕は持っています。誰もが幸福になれる場所にあなたが辿り着けることを、僕は心から望んでいます。やっていきましょう。

 
 

この記事を書いた人

1985年生まれ、早稲田大学卒業後金融機関勤務を経て起業するが大失敗。 現在は雇われ営業マンをやりながら、ブログを書いたり ツイッターをしたり、フリーライターをしたりしています。 発達障害(ADHD)持ちです。そちら関係のブログもやってます。 Blog http://syakkin-dama.hatenablog.com/ Twitter https://twitter.com/syakkin_dama

ニアセが気に入ったらフォローしよう!