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ホーム > アキンド探訪  > 借金、四億円。倒産したてホヤホヤ社長と行く「井の頭自然文化園」

こんにちは。この記事を書く男、ニューアキンドセンターのセンター長、つかDと申します。最近会社の偉い人から「顔も出さないで本気だけ出すなんて器用なことができるの?」との貴重なご意見を頂戴したため、顔出しでお送りいたします。ご笑納ください。

会社に最近共用自転車が導入されました

借金四億円を背負った男から売り込みが来た

「借金四億円」。世間一般のサラリーマンであれば、「もはやこれまで」と考えてもおかしくない、圧倒的な借金額だ。それを実際に今、この瞬間背負っている男がいる。

「アイゼット」という会社をご存知の方は多くは無いだろう。しかし、かつては年商30億円を稼いだ会社だ。蛍光灯の明るさを増幅する「反射板」販売のリーディングカンパニーとして、ワールドビジネスサテライトで取り上げられるなど、知る人ぞ知る優良企業だった。その社長を務めていたのが林邦男さんである。


ワールドビジネスサテライト にも出演した、株式会社アイゼットの林邦男社長(当時)

しかし、2019年3月、倒産。

社長だった林さんは四億円の借金を負い、自己破産した。数か月後には、自宅を差し押さえられる予定(取材時点)だという。中々に壮絶である。

そんな林さんから、当媒体ニューアキンドセンター宛にご連絡を頂いた。これまでの人生を振り返り、リスタートするために、インタビュー記事を掲載してくれる媒体を探しているという。

前センター長の野口が謎の失踪をし、私が新センター長となってからというもの、記事更新の頻度と反比例して死亡説が高まっていたニューアキンドセンターにしてみれば渡りに船。個人で四億円も借金を背負った人の話なんて中々聞くことはできない。ぜひ取材させてほしいとお伝えした。

借金四億円の元社長にインタビューするのに適した場所

ただ、いかんせん林さん、倒産してからまだ日が浅い。倒産ホヤホヤ、倒産新生児である。暗い話になったら嫌だなと思っていたら、名案が。可愛い動物で中和すればよいのだ。以前、地主恵亮さんが使った画期的な技である。(参考:ごくフツーの人が起業するとこうなる!起業したばかりの一般人に話を聞いてみた

林さんに「インタビューの場所、動物園にしませんか」と提案すると、「別にいいけど、何でですか?」とのこと。理由は言いにくいので無視させて頂いた。

こうして、倒産ホヤホヤ社長@借金四億円の単独インタビュー from 動物園がめでたく実現の運びとなったのである。

取材当日。借金四億円の男の風格

「井の頭動物園」はJR中央線の吉祥寺駅から10分ほど歩いたところにある。正式名称は「井の頭自然文化園」だ。動物以外にも、ちょっとした遊園地や、美術品がかざってある「彫刻館」が園内に同居している。

待ち合わせにきた林さん。会うのは初めてだが、とても倒産ホヤホヤとは思えない。元気そうだし、恰幅も良く、堂々として自信ありげだ。「今もバリバリ社長やってます」と言われても、疑うことは無いだろう。借金四億円も背負っていれば、さぞ目が死んでいて小刻みに震えながら喋るヒョーロク玉だろうと想像していたので、完全に出鼻をくじかれてしまった。

借金四億円の林さん

思わず「凄く元気そうですね」と言うと、林さんは笑いながら「ストレスで顔面神経症になっちゃって、今も少し顔がピクピクするんです」と言う。確かにたまに顔がピクピクしている。その笑顔の裏には壮絶な体験があるのだろう。早速聞いてみることにした。

なんで倒産しちゃったの?

- 早速ですが、なんで倒産しちゃったんですか?

引き金は「大口のお客さんを大企業に奪われた」ですね。ただ、それはあくまできっかけです。

まず、簡単に自己紹介させてください。林 邦男と申します。私は「株式会社アイゼット」という照明器具の会社をやっていました。主力商材は「反射板」と言って、蛍光灯の光を増幅する板です。「従来蛍光灯が2本のところ、1本で済む!」というエコ商品でした。最盛期には年間30億円を売り上げました。

- なるほど。それだけの売上を誇っていたのに、みるみる傾いて倒産し、四億円の借金をこさえたと。

倒産のお話もちゃんとするので、もう少しだけ遠回りして聞いてください。ちなみに、借金額は正確には四億五千万円です。

起業の原点は「超低コストのナイトクラブ」

- 林さんの経営者としての原点は?

明治大学在学中に、酒屋でバイトしてたんだけど、その酒屋さんが不動産経営もしていて、持ってたビルのテナントの飲食店が夜逃げしちゃったんです。「その場所で何かやらないか?」と言われたんです。そこでナイトクラブを始めました。今で言うキャバクラに、踊れる要素を足したお店を想像してください。

お店の前方にステージを作って、女の子達が踊れるようにして、当時は珍しかったカラオケも導入しました。それが大当たり。

大学どころじゃなくなっちゃった。儲かりすぎて。月商は今でいうと2~300万円。それでいて固定費と原価が安い。部屋はタダだし、お金がかかるのは女の子のバイト代とお酒の仕入れくらいです。お酒はその酒屋さんからの仕入れで安い。それが起業の原点となる成功体験ですね。めちゃくちゃ儲かった。

めちゃくちゃ儲かったことを思い出す林さんと、クロヤギ

でも、本当は夜のお店じゃなくて、カフェがやりたかったんです。料理で勝負するような。そこで、1店舗目のオーナーに物件を紹介してもらって、カフェをオープンしました。それが大コケ。

- なんでコケたんですか?

まず、当たり前ですが家賃がかかります。そして、ちゃんと料理を出すとなると、食材の原価がかかります。これも当たり前ですね。そのくせ、客単価は安い。1店舗目の夜のお店は客単価5,000円程度、それに比べてコーヒーは300円です。全く儲からなかった。

店の立地も失敗しました。学生客を見込んで、学生の多い経堂に店を開いたんですが、学生って長い休暇は実家に帰っちゃうんです。もう、色々見誤っていましたね。

カフェを何とかしようとかかりっきりになってるうちに、人に任せたナイトクラブはダメになってしまっていました。結局、カフェの開業などでこしらえた借金1,500万円を抱えて長野の実家に帰りました。

今は亡き名物ゾウ「はな子」の厩舎前で、1,500万の借金を抱えて実家に帰ったことを思い出す林さん

ぞうさん弁当を食べて続く、倒産ほやほや社長インタビュー

井の頭自然動物園内には売店があり、そこでは薬膳カレー、ぞうさん弁当などバリエーションに富んだメニューが置いてある。腹ごしらえをしながらインタビューを続ける。

はな子カフェには豊富なメニューがある。薬膳カレーは本格的だ。

- 長野の実家に戻ってから何をしてたんですか?

林:借金の額が額だったんで、普通にサラリーマンをしても返すことができないと思いました。だから、歩合制の高単価商品の営業をやることにしました。最初はペンションや民宿で導入される温泉のシステム。とにかく売りまくりました。でも、大手の参入で売れなくなって、次に目を付けたのが「節電システム」。それがバカ売れして、借金は完済することが出来ました。それで「節電、エコは儲かるんだな」と気付きましたね。

そこからは、東京中心に省エネの展示会を見て回りました。そこで見つけたのが「使い捨てカメラのフラッシュの反射材」です。これを使って、蛍光灯の光を増幅する板を作れば、省エネの流れで売れるのではないかと。

早速その会社に連絡して「反射板にしたい。」と直談判しました。ドイツの会社だったのですが、相手も日本での販路を探していたこともあり、面白がってくれて、すぐ商品化することができました。

- 物凄い行動力ですね。新しいビジネスに充てる資金はあったんですか?

林:貯金、全然ありませんでした。受注生産だったので、在庫を持つ必要が無く、お金はさほど必要ありませんでした。ナイトクラブの経験から、原価を抑えて売上を立てることの重要性を身に染みて感じていました。当時、事務所は昼の雀荘をタダで借りていたくらいです。

「貯金ゼロでも新規事業は始められる」と語る林さん

幸い、反射板は商品化してまもなく売れだしました。販路拡大のため、当時の不況で売り上げのタネを探していた中小零細企業に、販売代理店になってもらうことにしました。

代理店は集まったのですが、売れる代理店は1割くらいで、あとは売れていない。「なんとかしなくては」と思っていた時に、信じられないことが起きました。あの東芝さんの青梅工場で、反射板を使ってもらえることになったんです。数万枚の発注をしてもらえた。「天下の東芝がアイゼットの反射板を使っている」ということで、営業が断然しやすくなります。

このチャンスを最大限使おうと、全国の代理店を集めて、東芝青梅工場のバスツアーを実施しました。結果は大成功。販売数が急激に増加しました。

そこからは本当にトントン拍子でしたね。大手チェーンストアごとにオーダーメイド品を作る作戦が当たり、 すかいらーく、無印良品、ABCマートなどから発注を頂きました。大手は何かする場合は全店舗やるので、取れると大きい。注文件数は急増しましたが、何せ田舎には工場が一杯ある。生産にはこまりません。

井の頭自然文化園にはサル山もあります。

そして、転機となる「A社からの発注」が訪れる

ここまでずっと右肩上がり。そして、遂に過去最大の案件「某大手ショッピングセンターを営むA社からの発注」が入ります。5年でウン十億という注文です。夢のような大型案件に、社内は大きく盛り上がりました。でも、今思えば、これが終わりの始まりだったなと思います。

A社の仕事、売り上げはウン十億、利益も当然億単位でしたが、利益率が悪かった。規模が大き過ぎて、対応するためのコストが高くつくのです。

この規模になると、さすがに国内では生産が間に合わず、海外の工場に委託せざるを得ませんでした。いきなり完全に丸投げというわけにいかず、製造管理、生産管理など人の派遣が必要となります。人件費を中心にコストが跳ね上がりました。

私は常々「利益額ではなく利益率で見る」ようにしていました。それなのに、圧倒的な売り上げの前に、その目が曇ってしまっていたのです。「売上・利益の金額が大きいなら、利益率が低くても良いだろう。」と。

イケイケの時って、見えにくくなるものがある

- なるほど。調子に乗ってしまったんですね。

そうですね。自分も含めて社内に「この会社はもう大丈夫」感が出ていたと思います。 もちろん、悪い意味で。 もう潰れないだろうという安心感です。

「大規模案件を受注したことが失敗」という事では決してありません。問題だったのは、「それが無くなった時にどうするか」という事を考えられていなかったこと。そのツケを、倒産という形で払うことになりました。

改めて。アイゼットはなぜ倒産したのか?

- 改めて聞きます。なんで会社は倒産してしまったんでしょうか?

倒産の直接的な理由は2つあります。

1つ目は、A社の案件が無くなったこと。これは、別の大企業が、我々が到底出せない価格で奪っていきました。それ自体は市場の原理ですので、恨みはありません。ただ、「大企業は凄いことするんだな」と思い知らされた、さすがに話せない、非常にシビアな話もあります。大企業すごく怖い。

2つめは、LEDです。とどめを刺されましたね。価格も下がって、一般に広く浸透するようになりました。耐用年数、明るさでも、蛍光灯と反射板では太刀打ちできない。

それでも、きちんとした経営ができていれば、まだ戦う道は残されていたはずなんです。まだ地方の中小企業など、導入コストが理由でLED化できない会社があったので。ただ、私は好調な時に地元企業をおろそかにしていました。地元企業との繋がりに力を入れず、気が付いたらルートが無くなっていた。私のミスですね。

大企業の恐ろしさを語る林さん

倒産してから気付いたこと

- 倒産してから気付いたことはありますか?

やはり「自分は商人(あきんど)である」ということです。ニューアキンドセンターの取材だからじゃないですよ、本当に。ナイトクラブも、反射板も、自分の直観を頼りに商売をして軌道に乗せてきた。お金儲けの匂いをかぎつける力、行動し実現する力、つまり「商人力」は持っていると思います。

ただ、大きな組織を率いるトップは、向いていないのかもしれません。そう思う出来事がありました。会社の業績がまだ良いとき、分社化し、信頼できる部下に子会社の社長を任命しました。社長という肩書になると、「社長、社長」と寄ってきて接待してくる人たちがいます。彼はその人たちに飲まされ、食わされ、どんどん借りを作っていました。彼らは目的があって近寄ってきているので、ある程度借りを作ると要求を出してくる。「この新規事業が儲かる。投資してください」というような内容ですね。結局彼は、会社のお金で何の利益も生まない多額の投資をしてしまっていました。

もし自分だったら、借りを作らない。何か借りを作ったら、必ず返す。水商売を経営していたので、その重要性は経験として身についていました。

そして、先行投資しない。まず先に売上、利益があるべきという考えです。そういった自分の経験や考えをきちんと組織に浸透させることができなかったのは、自分の力不足でした。また、部下が気軽に私に相談できるような関係性も構築できていなかったですね。今思えば、周りにイエスマンばかり置いて、耳障りの良い言葉だけ聞いて満足していた気がします。反省ばかりです。

- そうでしたか。でも次から気を付ければいいですよ。

そうですね。だから、今はもう一度裸一貫で、新しいビジネスにチャレンジしたいと思っています。10個くらい考えていて、実際に2,3個は既に着手を始めています。数か月後には残っている裁判も片付く予定です。

自宅も差し押さえられますが、失うものは何もありません。やってやろうと思っていますよ。

ハムスターは苦手で触れないという林さん(右)
ちょっと勇気を出してみる
触れた!「人生何事もチャレンジ!」と笑う林さん

編集後記

ところどころ「怒るかな?」と思うような失礼な質問をぶつけてみたが、あっさり受け流す林さん。「倒産して自己破産した元社長」という肩書がもたらすステレオタイプなイメージからは遠い、懐の深さと余裕を感じた。そして、話が商売論になると、学生時代から「商人」として生きてきたプライドと哲学が顔を出す。新たな儲け話の構想も次から次へと出てくるし、根っからの商人だなと感じた。

特に印象的なのは「まず先に売上と利益があるべき」という考え方だ。起業となると、資金や仕事場など、「持っていないもの」に目が行きがち。そうではなくて、まずは儲けが先に作るのが大切だということ。

林さんは現在ブログを作って、自らの考えや体験について発信を始めている。ここからもういっちょ、大きなことをやりそうな林さんに注目だ。

林さんのブログ

追記

商売を始めるにあたって固定費を抑える重要性は、以前難民社長さんも説いていた。この考え方は商売やるなら必須なのかもしれない。

26歳の”ゆるゆる起業家”が教える、「カフェを開くための物件」の見つけ方

取材協力

井の頭自然文化園

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この記事を書いた人

ニューアキンドセンターのセンター長という名の伸びしろ。伸び悩んでいる。

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