美容師のアシスタントから飲食店経営者に。株式会社ソーシャル・コア 中島庸彰氏にお話を伺いました。なぜ、普通の美容師から経営者になれたのか、そして苦労してまで、独立を目指したきっかけとは?創業秘話に迫ります。
美容師アシスタントから飲食店経営者になった理由
-86世代の経営者とのことで、とても親近感がわきます。まず中島社長が経営者になろうと思ったきっかけを教えてください
中島社長-最初は経営者になりたいと思ったいたわけでなく、「自分の力で飯を食っていけるようになりたい」と思ったのが最初なんです。組織というより、自分自身でスキルを身に付け、生活をしていくという、フリーランスや個人事業主としてのイメージが強かったのです。そもそもその当時は経営者という職業も知らなかったので。。。
-おお、そうなんですね。具体的にはいつ頃から独立したいと思うようになったのですか?
中島社長-18歳で進路を決めなければ行けない時に、当時なりたいこともやりたいこともなくて。ただ、このままなんとなく学校に行き、なんとなく就職して、なんとなく仕事をしている、という自分を想像したときに、それは嫌だなぁと思うようになったのです。
いまから自分の人生を変えるにはどうしたらいいかと考えたときに、ふと、若くして独立している人ってかっこいいなと思いました。そのときに、25歳までに独立して、自分の力で生きていこうという目標を立てました。
じゃあ具体的に何をやるといいのかいろいろと考えていくうちに、自分がちょっとした趣味で周りの人の髪を切ってあげていたことを生かし、美容師ならいいんじゃないかと思いました。美容師なら、美容の専門学校からみな横一線のスタートなので、そこでいまから本気で頑張れば、1番になれるのではないかと思い、東京に出て、美容師として25歳で独立することを決意しましたね。
-なるほど。美容師の道へ進もうと思い、さらにその先の独立するという目標まで立てたんですね。
中島社長-はい。専門学校に入学してからは、高い技術を身につけるために、一流と呼ばれるサロンに入りたかったので、自分の強みを創るためにも学校の成績で1番をとれるように練習と勉強をたくさんしました。幸い、学年トップで卒業でき、20歳のときに、表参道の有名サロンに入社することが決まったのです。ここは、芸能人も来店するなど、一流の接客や技術を学ぶには最高の環境で、キャリアアップすべく必死に働きました。
-有言実行ですね。サロンには何年くらい働いたのですか?
中島社長-2年くらいで退社をしました。美容師で早く独立したいと考えていたし、厳しいサロンだったので、1日16時間くらい働いていました。しかし、1年半たったある日、急に腰を痛めてしまい、現場に立つことができなくなってしまいました。ヘルニアを患ってしまい、ついにはドクターに美容師はやめたほうが良いと、ドクターストップがかかってしまったのです。
-ええ、マジですか。美容師で独立を目指していたのに?
中島社長-はい。自分にはこれしかないと思って頑張っていたので、辞めたあとは他にやることも思い浮かばなくて、当時は本当に悩みました。
ただ、25歳には独立すると決意した以上、あと3年で目標を達成しなければならないため、いつまでも悩むわけにはいけないと思いました。それから、周りで20代で独立している方を紹介してもらいながら、次に何を目指そうかを模索していところ、会社を「経営」しているとのことだったのです。
これまで、私は経営という言葉自体もあまり理解していなかったのですが、紹介してもらった方々をみると、自分が目指していた独立という意味合いにとても雰囲気がマッチしている感じを受けました。「よし、あと3年で経営者を目指そう」と思うきっかけにもなりましたね。
-なるほど、周りに感化されて経営者の道を目指そうと思ったのですね。最初は何からやり始めたのですか?
中島社長-はい、特に業種も何も決まっていなかったので、最初は生活資金を稼ぐために、日中は派遣の仕事と夜はファーストフード店でアルバイトしていました。そして、経営者になるためには、情報や繋がりを増やさなければと思い、イベントやセミナーに空いている時間はすべて参加し、自分自身でもイベントを開催するようになりました。
もう無我夢中で働いていたというか、目標が決まっていたのでそれを達成するために頑張っていました。イベントの運営や人脈を広げるために消費者金融からお金を借金してまで捻出してあてがっていたりと、この時期は一番苦労しましたね。運営していた飲み会が回を重ねるごとに、参加してくれる人数が増えてきて、月500~600人集まるようになったのです。ずっとイベントを続けるうちに「このイベント運営で独立しよう」と思うようになりました。
結果として24才のときに、イベントの収益だけで月間70万くらいの収益が出たので、派遣やアルバイトの仕事を辞め、イベント運営一本にしました。なので、1年早く独立できたというわけです。
-すごい行動力ですね!飲食店経営はこの後ですか?
中島社長-はい。独立したころから、ある程度の集客が見込める状態にあったため、飲食店の空いている時間帯を、家賃で借り上げてイベントをやったり、幹事さんに貸したりしていたことが、バーを運営していたことが原体験になりました。
また、自分が独立までにすごく遠回りをしたなと感じて、当時の自分のように、なにかしたいというエネルギーがある人同士が出会える場を創りたいと思い始めていたので、イベントのように単発でなく、いつも人が集まる箱を創りたい思ったのが、飲食店経営のきっかけになりました。そして、25才のときに原宿の竹下通り近くの物件を借りて1店舗目をオープンしたのです。
美容師アシスタントから飲食店経営者へ
-今は何店舗運営しているのですか?
中島社長-はい、今は都内に4店舗運営しています。また、私の経営理念に「人が繋がる場創り」を主軸にしていますので、シェアハウスやゲストハウスの運営も手がけています。
私一人がすべてこなしているわけではないので、すべて飲食店含め何人かと共同運営をしています。特に私の飲食店の経営は、他にあまりないスタイルで運営しています。というのも、通常の飲食店経営だと、店長がいて、社員のスタッフ、アルバイトでお店を回すのが普通だと思います。しかし、うちの経営スタイルは、「やりたい人は手を上げて」というスタイルです。
一応、ポジション的に店長や接客スタッフなどと決めますが、web集客したい人はその業務をやり、将来お店を開きたいから店長をやる人、人脈を作ったり、接客を学びたい人はスタッフをやる、などそれぞれが目的を持って1店舗を運営するスタイルなのです。
何人かのフリーランスが集まってお店を運営するといったイメージですかね。こうすることにより、仕事を自発的に、裁量持って行うことができるので、モチベーション高く、楽しんでそのプロジェクトを行えます。社員を雇うというよりは、業務委託などその人の特性に合わせながら行っています。
こうすることで、自分たちがお店を創っているという思いを抱くことができ、また将来のキャリアにも繋がるような仕組みを整えています。なので、このような形態のお店が4店舗あるというイメージでしょうか。
-店舗拡大のときは、リスクとは感じなかったのですか?
中島社長-やはり、1店舗目の飲食店経営をしていると、イベントやパーティーを通じて、本当に色々な方とお会いする機会を得られるようになり、物件に関しても紹介物件として通常よりよい条件で借りることができたり、地域を変えると、またそこの飲食店を運営したい人や、お客さんとして遊びに来る人も変わるわけで。
「人が集まる」を主軸に置いているので、店舗拡大はリスクというよりはむしろチャンスだと思って決断してきました。売り上げに関しては、店舗の規模にもよりますが、月商100万から月商400万ベースにはなってきています。
-これもやはり、イベント集客の経験が役立っていると思うのですが、何か「集客のコツ」みたいなものはあるのですか?
中島社長-集客のコツですか。そうですね、SNS集客はみなさんされていると思いますが、当時私が使っていたのはmixiですね。今はそれがfacebookに変わっていますが、当時は「フォーマット(定型文)を決める」「タイトルを決める」を大事にしていました。また今の参加状況を「○名参加予定」「残り○名まで」と具体的にすると分かりやすいですよね。
また、立地やロケーションもどういう場所でやるのか、男女問わず参加しやすいのか、ちょっとおしゃれな場所なのか記載するのも重要な要素です。イベントの開催日に合わせてマメに更新して、少しでも多くの人に見てもらうような工夫はしていたと思います。
-なるほど。あとは仮に集客できてもリピートにつながらないと意味がないのではと思うのですが。
中島社長-そうですね。リピート施策というテクニックより、参加者同士を仲良くさせる、ご紹介するというのをとにかくやってます。最初はもちろん、顔なじみからイベントはスタートすると思うのですが、主催者と繋がることよりも、参加者同士で仲良くなることを一番に考えていました。そうすることで、仲が良い、気の合う友人同士でイベントに来てくれたり、飲食店に遊びに来てくれたりします。
これが、大人数になってくると、さすがに手が回らなかったりするので、ゲームをしたりして繋がるきっかけを作ったりしていました。なので、主催者の人が人海戦術で集客メールするのもいいですが、共通の知り合いや友人の横の繋がりを増やして一緒に参加してもらうのが得策なのではと思いますね。
ソーシャルコアの今後
-では最後に、今後の目標とこれから起業したい方向けのメッセージがあればお話いただけますか。
中島社長-はい。これからも人が集まる場所、人に変化を与える出会いをプロデュースしていきたいと思っています。今シェアバーという新しい取り組みを行っている店舗が恵比寿にあり、そこでは、コミュニティ×バーというコンセプトで、シェアバーの会員になった人同士が交流できたり、会員の人が主催でバーでイベントや一日店長ができるなど、他のバーとは違う試みをしています。
会員制のバーとの違いは、やはり決定的な違いというのは、隠れ家とし一定数の人しか集わない小さいコミュニティにするのか、様々な人とのつながりができるコミュニティにするかの違いだと思います。
いま恵比寿のバーでは業種問わず、およそ60人ほどの方がシェアオーナー権を持っていますが、今後は、ある業種に特化したシェアバーを運営していきたいと思っています。そこに行けば、同業種の意見交換や相談など、社外のつながりだったり、会社の垣根を越えた交遊関係が生まれるような、そんな空間づくりができればと思っています。
また、インバウンド向けのゲストハウス運営も視野に入れています。いわばこれまで培ってきたイベント運営のノウハウを生かして、そのゲストハウスで訪日外国人の方と日本人とが繋がり、出会いが生まれる場所にできればとも考えています。
起業については、まず小さなことでも始めてみる。このことに尽きるのではないでしょうか。今の時代、どんな情報も手に入るので、最初はささいなことでもいいので、アクションしてみる、聞いてみる、やってみる。失敗したら、またやり直せばいい。このことを繰り返して、やがて目標に近づくのだと思います。
編集後記
中島社長のお話を伺って感じたことは、目標達成するための固い意志や、有言実行など、経営者に備わる素質が伝わってきたことです。言ったきり行動に移さなかったり、目標を諦め、達成しやすい目標に改めるなどといった風にはならない、自分の確固たるポリシーをお持ちだと思いました。ぜひ経営者やこれから独立したい方の参考になれば幸いです。