日本屈指のファイアーエンターテインメント団体「火付盗賊」に聞いた誰も知らない炎の仕事の舞台裏

ニューアキンド
photo by Masahiro

2メートル近く上がる炎を自由自在に操ったかと思うと、美しい花火が散るなかでの幻想的な踊りに魅了される。他では見られない「炎のエンターテインメント」を行うのはファイアーパフォーマー集団「火付盗賊(ひつけとうぞく)」。どうして炎を仕事にしようと思ったのか、結成のきっかけや特殊な仕事ならではの体験談を、グループの中心人物であるノリさんとイヨイヨさんに伺った。

【火付盗賊ノリ プロフィール】
火付盗賊の創始者でリーダー。オールジャンルのファイヤー道具を使いこなす。ダイナミックな超高速ファイヤー使いであり、日本ファイヤー界の草分け的存在で、第一線現役ファイヤーダンサー。CMやMVに多数出演。ファイヤーパフォーマーとして国内外から招待されて活躍中。

【火付盗賊イヨイヨ プロフィール】
火を使ってベリーダンスを踊るファイヤーベリーダンサー。ベリーダンス歴20年以上、ファイヤーダンス歴15年以上。ステージダンサーの経験を活かし、衣装から振付、ショー構成までを提案し魅せるファイヤーダンス革命を起こした。ベリーダンス振付師&インストラクターとしても活躍しており、ガールズファイヤーベリーダンスグループ「火蛇サラマンドラ」を主催している。

オーストラリアで見たストリートパフォーマーが原点

ー炎を使ったショーをやるようになったきっかけを教えてください。

ノリ:炎を使ったショーを初めて見たのがオーストラリアのフリーマントルという港町。大道芸人が路上でたくさんショーをやっている場所で、そこで後に僕の師匠になる方のショーを見て、ものすごく感動したのがきっかけです。彼のショーにはストーリーがあって、男女二人が出てきて抱き合ってエンディングを迎える内容でした。ショーが終わると感動した聴衆からチップの札束が舞い降ってきたのを強烈に覚えています。

僕自身、社会のデジタル化が加速するなかで、炎というアナログなものを扱うショーに魅かれるものがあって、自分でもやりたいと思った。それで、ショーのパートナーを探したけれど、なかなかうまくいかなかったのでまずは一人ではじめました。それが2001年の頃です。

ーその頃はまだイヨイヨさんと出会っていなかったのですね。イヨイヨさんは何をきっかけに炎に興味を持ったのでしょうか?

イヨイヨ:私はベリーダンスの講師でもあるのですが、トライバルフュージョンというジャンルで、火を持って踊るのが流行った時代があったのです。海外のワークショップでも火を持って踊る人が多い時期でした。その流れに乗って始めた感じです。はじめはベリーダンスのチームをつくって、小さめの火を手に持ってショーをしていました。2005年に出演したイベントに火付盗賊がトリで参加していて、そこでノリさんと出会ったのがきっかけになり、2006年に火付盗賊のメンバーに正式に加わりました。

炎とダンスの要素が見事に融合したショー

photo by Masaki Koike

ー火付盗賊のショーにはベリーダンスの要素がすごく上手く組み込まれていますが、これはバックグラウンドが違うお二人が出会ったからこそだったんですね。

ノリ:僕が始めた当初はDJが入るようなパーティーに呼ばれることが多く、そういった現場ではその場の音楽に合わせたフリースタイルでショーをしていました。ところが、はじめて見たイヨイヨのチームは、決まった音楽を使って構成もすべて決めたスタイルでショーをしていた。そのクオリティの高さに驚いて、声をかけたことを今でも覚えています。

イヨイヨ:ベリーダンスだけだと同業のダンサーも多く、正直それほどお金にはならないのが現実でした。ところが、火を扱うようになったことでひとつのエンターテインメントとしての形を確立できた。炎とダンスの相互作用が上手に働いて、客層がグッと広がり活動の場が広がったと感じています。

ノリ:グループの歴史が長いのでメンバーの入れ替わりは幾度となくありました。現在は僕とイヨイヨが中心となって活動していますが、火付盗賊のメンバーには、ファイアー以外に何かプラスの特技を持っている人を入れています。演技だったり、ダンスだったり。そういった各自の得意分野と炎がコラボすることで個性があるショーが可能になるんです。

イベントでのショー以外にもCMやテレビの特番など幅広い仕事をこなす

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ー炎の仕事には具体的にはどういったものがあるんでしょうか? また、実際に火を使って行うことも教えてください。

ノリ:メインの仕事はイベントやテーマパーク、企業パーティーでのショーのほか、ミュージックビデオ、CM、映画などに炎の演出で参加することも。また、特殊能力としてテレビの特番に出演したり、芸能人に技術指導するケースもあります。とにかく幅広いです。

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ノリ:内容としては火を食べたり、吹いたり、回したり、飛ばしたり(笑)。花火もやります。特殊燃料を使用して、特殊効果を演出したりもします。使う道具としてはジャグリングでも有名なポイというチェーンの先に球が付いた形をしたものだったり、スタッフと呼ばれる棒状の道具や、刀に火をつける炎剣などがあります。いまはこういった道具を作る人も国内に増えてきたので購入することもありますが、結成当初はほぼ手作りでした。もちろん、危険がともなう仕事ですので、さまざまな安全対策を裏では行っています。

photo by Yuji Saito

イヨイヨ:女性ならではの道具としては、手の平に炎が乗ったように見えるトーチや扇型のファンズといったものがあります。ファイアーフラフープは女性がやるととても見栄えのする道具です。踊りながらできる道具は女性ダンサーと相性がいいですね。

ー火がものすごく近いように見えるのですが、熱くないんですか?

ノリ:この仕事をやっていて「熱くないのか」が一番よく聞かれる質問です(笑)。実際、熱いです。とくに夏のショーは熱が逃げないので熱中症になる危険性があります。真夏に鍋を食べているようなものなんで。客席にも炎の熱気は伝わります。火があんなに回ったり動いたりすることは日常ではないので、お客さまには炎を見たまま、感じたまま楽しんで欲しいですね。

ショーの最中にかいた汗が鼻先でつららになるほどの極寒地でのショー

ー海外でも多く公演を行ってらっしゃいますが、大変だった出来事はありますか?

ノリ:平昌カルチャーオリンピアが記憶に残ってますね。平昌オリンピックの付属行事でのショーだったのですが、日本では考えられないくらいの寒さでした。夜はマイナス26度くらいまで下がって、風速10mくらいあるなかでショーをしました。手に持っていたペットボトルが200メートル先の会場に持っていく途中で凍ってしまったほど。火を消すための濡れタオルも凍って固まってしまいました。ショーの最中にかいた汗が鼻先で氷柱になるんです。こういった極寒でのショーはなかなか経験がないので、現地で知り合いのロシア人のファイアーパフォーマーと組ませてもらって、極寒地でのショーの対策をいろいろ教えてもらいながらこなしました。でも、そんな寒いところでも火はちゃんとつくんです。記録用のGoProは起動しなかったけど(笑)。

イヨイヨ:平昌は夜のショーがメインでしたが、昼間にもショーがありました。そのとき、小雨が降っていてダイヤモンドダスト現象が起きていました。そんな中、お腹を出す衣装を着ていたのですが、肌を出した瞬間に観客席がザワつきました。こんな寒い中、お腹を出すなんて想定外だったのだと思います(笑)。

ー驚きの経験をされていますね。心に残る感動的な出来事もさぞかし多いのではないでしょうか?

ノリ:やっぱりお客さまが喜んでくれるのが一番うれしいです。コロナ禍で、これまではなかなか請ける機会がなかった幼稚園のお泊まり会でのショーを久しぶりにやったのですが、無垢な子どもたちがはじめて見る炎を前にずっと歓声を上げていて、その姿がとてもかわいくて、心が温まりました。

今回取材にあたり過去のお仕事をいろいろ拝見したのですが、こちらの幸楽苑のCMがすごくインパクトがあったのですが、これは合成ではないですよね?

ノリ:実際に火を吹いています。幸楽苑のCMは僕たちもやってて面白かったです。ご飯をいっぱい食べてから「辛い〜」って言って火を吹く内容なのですが、スタッフさんから実際には食べなくてもいいって言われたのですが、僕は全部食べてた。食べっぷりがよすぎて歓声があがりました。

イヨイヨ:このCMのオファーのとき、最初は「ハワイアンを紹介して欲しい」と言われたんです。うちのグループにはハワイアンは居ないので、それをお伝えした上で打ち合わせに行ったのですが、先方がノリさんを見て「イメージにぴったり合う人がいた」って言われて出演が決まったんです。結局、設定が南国の人とOLになりました。

ノリ:南国の人だから焼けてきてと言われて、日焼けサロンに行ったら焼きすぎて痛くなってしまって、結局、ファンデーションを塗ってもらいました。仕事において先方の要求には柔軟に対応しています。でも、危険性が伴う仕事なので、できないことはできないとしっかり伝えています。

コロナ禍で年間100回以上あったステージが5回に

ーエンターテインメント業界はコロナの影響を大きく受けた業種のひとつだと思いますが、コロナ禍での変化について教えてください

ノリ:海外公演が実質なくなりました。これまでタイ、オーストラリア、韓国、インドネシア、フィリピン、台湾といった国からもショーのオファーが来ていましたが、それがコロナでゼロになりました。国内での仕事も年間100回以上あったのが、コロナ禍においては年5回程度に。大打撃でした。仕事が入らない土日があるというのが信じられない感じでした。野外でないとできないのに、人数を集めちゃいけない状況で、お客さまも声を出せないから盛り上げることもできない。とても厳しかったです。今年になってようやく、毎年やっていたイベントが徐々にですが復活してきたのが本当にうれしいです。

ー大変な経験も多いなか、仕事に対してのモチベーションはどうやって維持しているのでしょうか?

ノリ:人を喜ばせたいというのが一番のモチベーションですね。ショーをはじめた当初はアーティストと呼ばれることもあったけれど、アーティストと自分は違うなと思っています。見ている人をびっくりさせたい、場を盛り上げたいという気持ちが強いんです。自分の原点がオーストラリアで見た大道芸なので、仕事としてエンターテインメントを追求したいという気持ちが強いです。いろんな人に見て欲しいから、これからもいろんなところに行きたいと思っています。将来的にはヨーロッパツアーもしてみたいですね。言葉の壁を超えられるというのも、この仕事ならではの楽しさです。

ー最後の質問になりますが、炎の仕事を通じてどんなことを伝えていきたいですか?

ノリ:いまはなんでもネットで見れちゃう時代だけど、ファイアーは直接見て感じるものです。テレビやネットを通じてではけっして伝わらないのが、炎の熱気や音。それを全身で体感して欲しいと思います。ファイアーショーを見たあとのお客さまの顔は、見る前と全然違います。これからも、この生の体験をより多くの人に届けていければと思っています。

※画像提供:火付盗賊

東京都出身。スピリチュアル系の出版社勤務を経てライター/編集者として独立。ウェブメディアや月刊誌にて記事を執筆。得意分野は女性のライフスタイル、美容関係、トラベル関係、スピリチュアル関連。ちなみに、今までで一番大変だった取材は滝行体験。

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