お笑い芸人が「地図の魅力」を発信する理由【火災報知器・小林知之】

ニューアキンド

『NHK新人演芸大賞』『爆笑オンエアバトル』などで活躍していたお笑いコンビ「火災報知器」の小林知之さん。近年では書籍『いつの間にか覚えてる! 世界の国が好きになる国旗図鑑』(吹浦忠正監修、太田出版)を発行するなど地図地理芸人としての活躍が注目されており、さらに地図の会社『東京カートグラフィック株式会社』から業務委託でお仕事をされています。小林さんはなぜ、地図に興味を持ったのか?そして「地味」なイメージである地図でビジネスをすることについてどのように考えているのか?インタビューしました。

ポーズは「広葉樹林の地図記号」

【ご本人のプロフィール】
名前:小林知之(twitter
年齢:41
肩書:お笑い芸人
趣味:料理・サッカー(Jリーグ)・地図収集(古地図、古観光マップ、鳥瞰図・海外Map)
特技:スノーボード・野球・地理・立ち飲み巡り

お笑い芸人としての成功よりも「地理を学びたかった」大学時代

―地図地理芸人として活動している小林さんですが、もともと「お子さまランチがきっかけで地図に興味を持つようになった」と……これはどういうことですか?

小林:小学校の頃に、お子様ランチについてくる国旗ってなぜかアメリカと日本しかないことに気づいて。なんでだろう?と図書館で図鑑を調べたら実は国旗ってすごくたくさん種類があるし、カッコイイのもたくさんあることに気づいて興味を持ったのがきっかけです。図鑑を見ながら世界のすべての国の国旗をお子様ランチサイズで作ってみたこともあります。国旗について調べていると必ず世界地図と一緒に掲載されていることが多くて、そこから地図や地理にも興味が沸いていきました。

―小学生にしてすごい探求心ですね!そこからさらに専門的に地理を学ぶことになったのでしょうか。

小林:実家が古本とファミコンを売っているお店だったので、漫画やゲーム・地図が身近にあったことも大きいと思います。当時からドラクエのマップのような架空の地図でも見ているだけでワクワクしていましたね。中学になって、そのことを先生に打ち明けたら『大学の地理学科というのがある』と教えてもらって……当時はどんな仕事に就きたいとかを明確に決めていたわけではなかったのですが、とにかく地理を学びたいという想いだけが強く。その先生が『大学の地理学科に行きたいなら日本大学の付属高校に入ればそのまま直結で日大の地理学科に進むことができる』と教えてくれたのでその通りに高校も進学しました。地理学科のある大学って実は少ないんですよ。

―それだけ地理の道を突き進んでいた小林さんですが、中学時代から相方の高松さんとお笑いコンビ「火災報知器」を組み、高校時代にはお笑いの大会に出場し、しかも優勝されていますよね?

小林:中学時代からコンビを組んでネタも書いていたし、当時高校生でお笑いの大会に出るみたいなのが流行っていたこともあって、軽い気持ちで相方と大会に出ただけなんです。そうしたら優勝してしまい、(現在所属している)太田プロからスカウトされて。でも僕は「地理学科に行きたいんで無理です」と最初は断りましたよ(笑)。

―芸人として認められ、太田プロにスカウトされたのに断ったんですか⁉

小林:どうしても地理の勉強がしたかったんです。でも、その時事務所の人からは「お笑い芸人の仕事は大学に行きながらでもできるよ」と言われたので「じゃあいいか~」と所属することにしました。ただ、当時M-1もキングオブコントもなかった時代に高校生コンビが大会で優勝するのが珍しかったらしく、ものすごく注目され、太田プロに所属するやいなやどんどんTVのレギュラーが決まっていってしまったんです。

―かなり恵まれた状況ですね……!「じゃあお笑い芸人としてやっていこう」とはならなかった?

小林:それでも僕の優先順位は「地理」の方が上でしたね。地理をとにかく学びたかったし、教職免許も取りたかった。だから当時は朝のレギュラー番組が終わって9時から大学の授業に出て、夕方からはライブに出る……というような生活をしていました。かなりテレビには出ていたのですが、地理学科って地味なので大学でも全然バレないんです(笑)。たまに学食のおばちゃんに「あなたテレビ出てるわよね?」と言われても「いやぁ、似てるってよく言われるんですよ~」と言えば誤魔化せました。

―聞いているだけでかなりハードそうですが、教員免許まで取ったんですか?

小林:取りました。教育実習では、他の教育実習生が緊張しまくる中、すでに芸人として人前でしゃべることに慣れていた僕が余裕ぶっこいてめちゃめちゃ流暢にしゃべるもんだからすごく評価されて……学校で一番面白いって言われていた先生より僕の方が面白かったらしく、先生からも同期の教育実習生からも嫌われていましたね(笑)。しかも、それだけうまくやれたのに「先生にはなりません」って宣言していましたし。

―教員免許を取ったのに?先生にはならなかったんですか?

小林:その時は芸人の仕事が軌道に乗っていたので。教員免許さえあれば、先生にはいつでもなれますからね。それで大学卒業後はそのまま芸人の仕事に専念したんです。

ただ、30代半ばになって「もっと新しいことに挑戦してみたいな」と思った時に、やっぱり好きな地理の仕事がしたいなと思うようになりました。そこでアルバイトを募集していた『東京カートグラフィック株式会社』に応募したんです。

本当は週5日働ける人を募集していたのですが、僕は芸人の仕事もあったので週2日しか働けなくて、条件が合わずに1回落ちたんです。でも「なんか面白いヤツがいるぞ」ということで、なぜかSNS兼広報担当に採用してもらうことができ、今に至ります。「地図のことを面白おかしく伝えることができる人」として適任だと思ってもらえたようですね。

地図って地味だけど結構ビジネスになる!

―ここまでお話を聞いておいて今更ですが……地図って結構地味ですし、GoogleMapのある今の時代、ビジネスになるんでしょうか?

小林:まぁそうですよね、確かに地味です。GoogleMapの登場は、地図業界には衝撃的な出来事でした。これまで紙の地図として有料で提供されていたものが誰もが無料で見れるものになったわけですから。ただ、『東京カートグラフィック』の主な事業は、この元の地図の上に重ねるデータを作ることなんです。たとえば「小学校の学区」とか、「ハザードマップ」なんかがそうですね。カーナビの元となるデータを作る仕事も行っています。

地図ってビジネスとしても絶対になくならないんですよ。町や土地は日々変化をし続けるものですから、極端な話、地図は出た瞬間に古くなるもの。だから毎年のように更新をしていかなければならないですし、そのため事業としてもずっと需要があるものなのです。

たとえばディズニーランドに行こうと思ったって、地図やカーナビがないとたどり着けないでしょ(笑)。そういう、皆さんにとってあって当たり前のものを作る仕事ですね。

―確かに……!新しい商業施設ができたり、道路ができたりしますもんね。でも今はデジタルの時代だから、リアルタイムで更新できちゃったりするんじゃないですか?

小林:それが実はかなり人力で。今も隣の部屋では航空写真を見ながら「ここは広葉樹!ここは針葉樹!」と目視で振り分けている人がいるんですよ。特に『東京カートグラフィック』では地図を表現する技術力(地図調製)に定評があって、ただそのまま実際の縮尺どおりに再現するのではなく、人間が見やすい線幅や大きさに整えつつも、求められている情報は正確に表現することを得意としていますね。実際多くの表彰を頂いていますし、国からの公共事業でも力を発揮しています。

―そういった技術力もビジネスの成功要因なのですね!そんな『東京カートグラフィック』での小林さんの役割はどのようなものなのでしょうか?

小林:実演販売やクイズ大会、イベントの企画と出演を主に担当しています。地図って堅くて「お勉強」のイメージがありますが、できるだけそれをお子様が食いついてくれるようなエンターテインメントな内容にしています。

たとえば、「地図の等高線を読んで高さを調べよう」だと面白さがありませんが、謎解きイベントにして「犯人は一番高いところにアジトをつくった!どこでしょう?」ってするとか、「犯人は地図記号を奪って逃げてしまった!探そう!」とかにすると子供の目の輝きが変わってきます。より盛り上げるために僕たちも探偵みたいなコスプレをしたりします。

あとは身体を動かす要素を入れるのも楽しめるポイントですね。伊能忠敬は地図を作った時に歩数でも距離を測ったのですが、1/20万スケールの日本地図が国土地理院の科学館にあるので、「みんなも歩幅で日本の距離を測ってみよう!」「〇歩だったということは日本の大きさはこのくらいだよね」とかやってみたり。

ECで売れ行きナンバーワンは、こだわりすぎた「トランプ」

―イベントだけでなく、『東京カートグラフィック』さんはECもやっているんですね。今の時代、地図関連商材なんて売れるのでしょうか?

小林:それが売れるんです!めちゃめちゃ人気なのが、「世界がわかるトランプ」。まぁ僕が企画開発した商品なんですけど。52枚のトランプにそれぞれ国の名前と国旗、その国のデータが書かれています。普通にトランプとしても遊べるんですが、たとえば「国の人口」とか「その国のGDP」でハイアンドローゲームを楽しんだり、ルーレットアプリを使ってかるた遊びをしたりと幅広い遊び方ができるんです。

ちなみに、クイーンのカードの国はすべて女王のいる国、キングのカードはすべて国王のいる国にするなど、細かいところにまでこだわりが詰まっています。ダイヤのAをどこの国にするかは最後までめっちゃ悩みました……!

世界地図下敷き」もよく売れるのですが、子どもが購入しているのかと思いきや、実は大人の方が多く購入していて。ニュースを見ながら「あれ、ウクライナってどこだっけ」みたいな時に下敷きならパッと確認できるので便利なんですよね。

あとは、路線図も地図の一環として取り扱っているのですが、この「鉄道路線図クリアファイル 首都圏」は、乗換案内では確認できない、「複数の駅を回るのにどう乗り換えるのが効率いいか」を確認するのに便利だと就活生から人気です。一応「首都圏」というくくりで路線図をまとめているのですが、「大宮の鉄道博物館は外せないよなぁ」とか想い入れが高まるあまり、南は静岡から北は鹿島までの幅広すぎる「首都圏」になってしまいました……。

地図の「ネガティブ」をどう「ポジティブ」にするかがエンターテインメント

小林:これまで地図会社にとって、「地図は作っておしまい、読み方は受け手にゆだねます」というものでした。でもこれからは地図会社でお仕事をしている僕の立場から「もっと地図って楽しいものなんだ」ということを伝えたいし、さらには命を救うものであることも伝えたいと思っています。

たとえば、東日本大震災以降に新しくできた地図記号で「自然災害伝承碑」というものがあります。これは過去に災害が起こった場所などに建っている石碑やモニュメントがある所に記されています。二度と同じ災害で命を落とすことがないように気を付けよう、という目的で記されているものも多いので、知っていれば自宅や職場などの近くに見つけた場合は備えることができます。こういう記号があることも、実はあまり知られていません。でも、知っていれば災害対策がぐっと身近なものになります。

こうした地図から読み取れる知識を伝えることも地図会社の役割ではないか、もっと地図の可能性を伝えることができるのではないか、と思っています。もっと地図を見てもらうためには、まずは地図嫌いを克服するきっかけになればと考え、イベントやSNSを通じた発信を行っています。

でも実は、誰でも1日の中で1回も地図を見ないことはないんですよね。なんとなくテレビを見ていたって天気予報には地図が出てくるし、バラエティー番組にだって地図が登場します。それだけ馴染みがあるものだからこそ、もっと興味を持って知ってもらえるようにもっと頑張りたいですね。

編集後記

お話を聞いて、「地図=地味」だと思っていたのは自分に知識がないからだということに気づきました。取材の間中ずっと目をキラキラさせながら地図の魅力をめいっぱい語ってくださったこともあり、終了時には筆者も地図を見る目が変わってしまったほど!興味を持って地図を見るようになれば新しい発見があるのはもちろん、災害対策もさらに万全にすることができるかもしれません。小林さんにはもっと多くの方に地図の魅力を伝えて欲しいと思いました。

東京都在住のフリーランスライター&広報。実はお笑いサークル出身のコンビニマニア。
得意な執筆ジャンルは転職・ノウハウ解説・不倫で、「期待以上」「即納品」がモットー。
現在は10媒体以上にて恋愛から食レポまで幅広い記事を執筆中。

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