読み物のような求人サイト。「日本仕事百貨」は営業をしない。

ニューアキンド

 
読み物のような求人サイト。「日本仕事百貨」は営業をしない。
 
日本仕事百貨」という求人サイトをご存じだろうか。
 
トップページに並ぶ写真はどれもスタイリッシュ、記事タイトルも「生き様ベーカリー」「産声をあげて」「北の果てのお宝探し」とライフスタイル系サイトのようでもあるが、すべて求人記事なのだ。
 
ともすれば「働きやすい環境です!」「未経験でも大活躍」といった漠然とした紋切型表現が並びがちな求人記事だが、日本仕事百貨には1つ1つドラマがある
 
インタビューを通して、その職場で働く人々のエピソードが語られている。就職をする気がない読者でも「こんな仕事があるんだなあ」と物語として楽しく読める稀有な求人サイトなのだ。
日本仕事百貨

日本仕事百貨

 
求人掲載は2週間の掲載費・取材費込みで200,000円(税別)+交通費、宿泊費。成約報酬はかからない。営業はいっさい行っておらず、サイトからの掲載依頼だけで月30件ほど求人記事を掲載している。現在社員14名で22歳から30歳ぐらいの社員が多いそうだ。
 
そんな求人サイト界の異端児「日本仕事百貨」のスタッフにお話を伺った。

聞き出したいのは「具体例」。その人にしか語れない具体的エピソードで感情移入させる

日本仕事百貨

▲お話を伺ったのは編集者 今井さん

 
――日本仕事百貨の記事はどれも丁寧にお話を聞いてますよね。取材は1日がかりなのでしょうか?
 
取材は基本2時間です。
1人で取材に行くのが私たちのスタイルです。日本中あちこち飛び回りますから沖縄日帰りということもあったり、九州行って大阪寄って帰ってくるなんてハシゴのこともありますよ。とにかく編集スタッフの移動距離が激しいですね。
 
――てっきり丸1日、求人先の仕事に付き合っているのかと思ってました。
 
たとえば地域おこし協力隊の求人ですと、さすがに町を知らないと書けないので、町を案内してもらいます。場合によっては1日ご一緒してもらう場合もあります。だけど、基本は2時間ですね。
 
事前にどなたにインタビューするか決めておいて、立場の違う方3名ぐらいにお話を聞きます。一般的には経営者など全体が分かる人、入社される方の上司に当たる人、そして若手や新人です。
 
――3名別々に話を聞くんですか?
 
別々に聞くこともありますが、なるべく全員に集まってもらってインタビューしますよ。
 
――聞かれるほうは緊張しちゃいませんか。特に新人さん。
 
最初に自己紹介をしてもらうんです。
その際、今日の気分を聞きます。まず皮切りに私が「朝から曇ってて、なんだか嫌な感じです」とか言って。そうすると「え?今日の気分話すの?」って空気がほぐれるんですよ。
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――突拍子もないこと聞かれたら、防御崩れちゃいますもんね。それは今井さん独自のやり方でしょうか?
 
私だけでなく、みんな今日の気分を聞くことが多いです。
それでも上司がいて緊張しちゃう新人さんもいますから、そういう場合は写真撮影で近づいた時に個別に話を聞くとか、店舗なら商品撮影してる時に話を聞くこともあります。
 
――話を聞きだすノウハウが共有されているんですね。
 
今日の気分を聞いた後は、入社に至る経緯など2時間くらいインタビューしていって、最後は「話し忘れたことがあったら、どうぞ」で終わります。インタビューの録音を後日、文字起こしをするんですが「ここ、すごく大切なこと言ってたな。もっと掘れば良かった」って思うこともあります。
 
――どういうことを話しているとき、大切なことだと思うのでしょうか?
 
できるだけ具体例を聞きたいと思っています。
漠然とした言葉で社風などを語られても、他人事にしか聞こえない。職場の良いところを「人の良さです」とだけ書いても、ぼんやりしていて深みが出ないし、感情移入も出来ません。なので、なるべく具体的に話してくださいってお願いしています。
 
――なるほど、具体例ですか
 
たとえば松澤さん(※この記事の筆者)に「いままで取材してきた中で、一番グッときた案件」を聞くとしたら、あの人のあのタイミングのあの言葉ってところまで具体的に聞いていきます。その人だけが経験したエピソードだから感情移入も出来るし、2時間でもけっこう深い話しに辿りつけます
 
まさに具体例なんですが、岐阜の山の中にある「日本最古の石博物館」の求人記事を書いた時のことです。立て直しを図るためにスタッフを募集したいという依頼でした。取材したのは市の職員さんだったんですが、その中に石好きの方がいたんですね。
 
少年時代、缶に石を集めてて、それを知ってた先生も石をくれたんですって。そんな昔話をしていると目がキラキラ輝いてるんです。一緒にいるその方の上司も「おまえ、そんなに石好きだったのか!」と感心していて、この話を引き出せて良かったって思いました。
 
インタビューするのは話し慣れてない方ばかりなんです。その分、初めて聞ける話ばかりなので面白いですね。粗削りだけどそれが良いです。
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――求人記事を書くさいに難しいポイントはどこでしょうか
 
舵の切り方、記事の出し方は気をつけなきゃいけないなと思っています。表現の仕方、出し方次第で読んだ側の受け取り方が変わります。世間に初めて出る内容なので、ニュアンスなどは丁寧にしたいし、愛をもって書きたいです。
 
あとは、取材で感じたことをなるべくありのまま書くようにしてます。取り繕ってよく見せても、記事を読んで実際に入社した人が「思っていたのと違う」と思って辞めてしまっては意味がないですよね。その職場に合う人から応募をしてもらうために、私たちも正直に書きたいと思っています。
 
――とはいえ、本音を話してくれない人もいますよね
 
なるべく正直に話してくださいと事前にお願いしてます。話しやすくなるように、聞いたことすべてを記事にするわけではないことも伝えています。今の会社で働くことになる経緯や、仕事をする上で大変なことなども聞いていくので、取材中に泣き出してしまうこともあったりして。それだけ正直に話をしてもらうので、書く側も気が引き締まります。
 
取材で感じたことは正直に伝えていくものの、職場のすべてを見たり聞いたりできるわけではありません。最終的にその職場の雰囲気やそこで働く人と合うかどうかは、自分で判断してもらうしかないと思っています。

求人は届くべき1人に届けばいい

 
――日本仕事百貨に依頼されるクライアントは、成約率の高さを求めているんでしょうか?
 
もちろん、求めている人物像に出会うためにご依頼をいただきます。私たちは聞いた内容を4,000字にまとめていくので、自分たちの仕事を文章にまとめてくれたとか、取材を通してお互いの考えていることが再認識できたとおっしゃっていただくことも多いです。
 
――実際どのぐらい応募があるんですか
 
案件によってかなり違います。1人も来ない場合もありますし、逆に1人の募集に対して100人超えの応募がくるケースもあります。「届くべき1人に届けば良い」と思ってやっているので、応募が3人とか5人でもぴったりな人が見つかれば成功です。募集期間が終わっても記事はそのまま残っているので、お店や会社へ直接問い合わせをして入社するってパターンもあるようです。
 
――採用の過程にも関わるんですか?
 
どんな方から応募をいただいたかは私たちも把握していますが、その後の選考過程には関わりません。採用が決まったころに様子を伺ったり、「その後、どうですか?」という企画で求人を出した会社の追加取材をすることもあります
 
応募メールの志望動機欄に熱い想いが書かれていると「この人に届いて、良かった」って嬉しくなりますし、求めていた人物像にぴたっとハマった時はすごく嬉しくてモチベーションになります。さきほどの石の博物館も、昔から石が大好きだったって方々から応募があって嬉しかったですね。

リアルイベントと求人サイトを連動させる

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▲清澄白河駅にあるカフェバー兼イベントスペース「リトルトーキョー」

 
――リアルイベント「しごとバー」について教えてもらえますか?
 
しごとバーは4年前から行っているイベントで、私たちが運営している「リトルトーキョー」で開催しています。基本的には木・金・土の週3日行っていて、いろんな分野で働いてる方をゲストにお招きしています。
 
はじめに15分から30分ほどゲストさんにお話を伺って、乾杯をし、そのあとは自由にご歓談、となるのが最近の流れなんですが、テーマによって雰囲気が全然違うのも特徴ですね。
 
同じテーマに興味をもって集まった人ばかりですので、参加者同士でも話が弾むんですよ。「縄文ナイト」では、縄文時代をテーマにしたフリーペーパー『縄文ZINE』の編集者をお呼びしました。参加者に土器を作ってる人がいて実物を囲みながらどうやって作るのかって盛り上がっていました。
日本仕事百貨
 
――週3日もゲストを見つけてくるのは大変ですね
 
大変ですけどテレフォンショッキングみたいな感じで、バーに来たお客さんやゲストの方が次の面白い人を紹介してくれます。
 
求人記事と連動してゲストをお呼びする場合もありますね。求人の募集期間は2週間なんですが、その期間中に記事に出てくる社長さんをゲストでお呼びすれば直接会えますから。「もし気が合ったら転職してみようかな」って軽い気持ちで参加することが出来ますね。
 
――しごとバーのお客さんはどんな人が多いですか
 
日本仕事百貨を読み物として読んでる人が多いですね。サイトを定期的にチェックしてくれていて、面白そうなのあったら行ってみようと。あとはその日のゲストの知り合いや、バー自体の常連さん、ご近所さんが仕事終わりに飲みに来たりもしますね。
日本仕事百貨
 
――具体的にはどういう方をゲストに呼んでいるんでしょうか
 
たとえばこの間やった「カブトムシくわがたナイト」では、カブトムシ関連の本を5冊も書いてるプロカメラマンをお呼びしました。
 
「離島に住んでるカブトムシは飛ぶと海に落ちちゃうから走るのがすごく早い」とか「カブトムシはさなぎの時、土の中で縦に寝てる」とか、そういうの全然知らないじゃないですか。その人にとっては常識でも、私たちにとっては全然知らない。そういうことに出会える場です。
 
能楽師をお呼びして「能楽観てみナイト」もやりました。能を観たこともないし、能ってそもそも何って状態だったんですけど、能楽堂で働いてる方から「おもしろい能楽師がいるよ」と紹介していただいて。
 
31才の若い能楽師さんなんですけど、アニメオタクで。普通にしてたら普通の31才なんですけど、舞台に出るとめちゃめちゃかっこいい。ディズニーランドも大好きで、ゲームも普通にやるし、Tシャツで唐揚げ食べるんです。なんか、そういうことに「え〜〜」って驚いちゃって。
 
珍しい仕事についてる人も、みんな普通の人なんだ、普通に生きてるんだって思ったんですよね。そんな風に、いろんな生き方とか働き方に出会える場所にできればいいなと思っています。

まとめ

・求人記事のインタビューは基本2時間。1人で取材に行く
・今日の気分を尋ねて、場の空気をほぐす
・具体例を聞いて、感情移入させる
・嘘は書かない、ありのままに書く
・リアルイベントと求人記事を連動させる
 
異端の求人サイトは具体例を通じて、仕事のありのままを浮き彫りにしていた。

 
 

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