「売上を追うだけでは上手くいかない」200社超への支援で分かったECの成功条件

ECトレンド

2020年から2021年にかけて、巣ごもり需要の高まりによって急拡大したEC市場。しかし直近の経済統計を見ると、EC利用率やEC消費額は横ばいになっており、市場拡大のペースが踊り場を迎えた印象は否めません。

実店舗を持つ企業がOMOを加速させ、大手メーカーがD2Cを始めるなど、ECのプレイヤーが増えて事業者同士の競争も激しくなっています。

2023年以降のアフターコロナ時代に生き残るEC事業者の条件とは?

その答えを探すため、ECコンサルティングや運営代行を手がけている株式会社アプロ総研の李重雄社長に、成功するEC事業者と失敗するEC事業者の違いをうかがいました。10年間で 200社以上を支援し、多くの成功と失敗を見てきたという李さんの知見を、これからのEC運営のヒントにしてください。

〈プロフィール〉
李 重雄さん(twitter
株式会社アプロ総研 代表取締役
2007年 株式会社アルクムを大学時代の同級生と設立し、Movable TypeのプラグインとしてECパッケージ「AlTrade」を開発。 2012年 株式会社アプロ総研を設立。シリコンバレーで500名の投資家の前でプレゼン。 これまでIT業界で積み上げてきた経験とスキルを活かし、ECに特化した運営サポートや運営代行をメインに、200社を超えるECショップの縁の下の力持ちとして実績を上げている。

エンジニアとしてキャリアを開始、ECパッケージの開発も

──本日はよろしくお願いします!

こちらこそ、よろしくお願いします。EC事業者さんのお役に立つ情報を、私なりの視点でお話しできればと思っています。

──本題に入る前に、李さんのことをご存知ない読者さんのために、まずは自己紹介をお願いできますか?

わかりました。私がどのような経緯でEC業界に携わるようになり、アプロ総研でどのような事業を手がけているのか、簡単にご説明しますね。

私は2001年に近畿大学の理工学部を卒業し、新卒でシステムインテグレータ(SIer)にエンジニアとして入社しました。そこで担当した仕事は、百貨店やスーパーマーケットなど流通企業に導入する顧客管理システムの開発です。

当時は「CRM」という言葉がまだ一般的ではない時代。その頃にエンジニアとして流通企業の顧客管理システムの開発に携わり、顧客データを管理してリピート施策を打つことの重要性を学んだことは、その後のキャリアにも大きな影響を与えました。現在手がけているECコンサルティングにも、その経験が生かされています。

──エンジニアとしてキャリアをスタートしたのですね。その後、どういった経緯で起業したのでしょうか。

2007年、29歳のときにSIerを退社し、大学時代の友人と一緒にECパッケージベンダーの株式会社アルクムを起業しました。オープンソースCMSの「Movable Type」をベースにECパッケージを開発したんです。

事業領域にECを選んだ理由は、エンジニアとしての技術力を示すにはECシステムを開発することが最善だと思ったから。結果的に、成長分野であるEC業界に早くから携わることができました。

「縁の下の力持ち」として200社以上のEC事業者を支援

──その後、アプロ総研を創業したと。

2011年に株式会社アルクムを退社し、2012年にアプロ総研を創業しました。アプロ総研ではECコンサルティングと運営代行を軸に「労働集約型のストックビジネス」を手がけています。

運営代行サービスは、ECサイトの運営やカスタマーサポート、受注処理など、EC事業者さんにとって手間がかかる業務を代行しています。EC事業を成功させるには、地道で泥臭い業務も行わなくてはいけません。そういった面倒な部分を弊社が担い、EC事業者さんには商品開発やマーケティングなどに注力していただけるようにしています。

──李さんはこれまで、SIer、ECパッケージベンダー、ECコンサルティング、運営代行など、一貫して小売企業をサポートする仕事をしてきたのですね。

私は「縁の下の力持ち」が性に合っていますから。

アプロ総研を創業してから10年間で、ご支援したEC事業者さんは200社を超えました。業種は食品、雑貨、家具、アパレル、総合通販会社など幅広く、事業規模はスタートアップから年商1,000億円以上の大企業までさまざまです。最近はD2Cメーカーをご支援することも増えています。

なお、支援先企業のEC事業の流通額を合計すると、2021年1~12月の累計で約2,200億円でした。

成功する企業は「EC事業を継続する覚悟がある」

──200社以上のEC事業者さんを支援してきた経験を踏まえ、成功する企業にはどのような特徴があると思いますか? 

成功するEC事業者さんの特徴を一言で表現するならば、「EC事業を継続する覚悟を持っている」ことでしょうね。

現在のEC市場は競争が激しいため、ECを始めてすぐに結果がでることは稀です。プロモーション施策の勝率は1勝9敗くらいがいいところ。その現実を経営陣が理解し、事業計画をしっかり立てた上で、EC事業が黒字化するまで継続する覚悟と忍耐力が必要になるでしょう。

──EC事業を継続するためには、具体的に何が必要でしょうか?

経営陣がEC事業にコミットし、会社の全体最適を図るという視点を持ってEC事業を運営していくことが必要です。

例えば、実店舗を持っている企業であれば、店舗とECの在庫連携や顧客データの連携、店舗受取サービスなど、DXの視点でEC事業に取り組むことが求められます。システム投資にとどまらず、店舗スタッフやEC担当者の人事評価制度のあり方を見直すなど、抜本的な改革が必要になるでしょう。

また、ECサイトは企業の顔であることを認識し、情報発信に一貫性を持たせることも欠かせません。消費者は企業やブランドの情報を調べるとき、まずECサイトを閲覧するという人も多いです。実店舗で実施しているイベントの情報をECサイトにも掲載するなど、会社全体としての情報発信のあり方を考えていく必要があります

販売計画・行動計画・導線設計が欠かせない

──EC事業を継続する覚悟を持つことと、企業の全体最適を図ることが重要なのですね。それ以外に、EC事業を成功させるポイントはありますか? 

成功しているEC事業者さんは、マーケティングや販促の施策を打つ際に、計画をしっかり策定しています。

今回のインタビューのテーマである、失敗するEC事業者さんの特徴の1つは、計画が甘い、あるいは計画を立てていないケースが目立つことです。

販売計画と行動計画を策定し、その計画を達成するための動線設計を行う。この3つができていないと、行き当たりばったりの事業運営になり、結果的にEC事業を縮小したり撤退したりする原因になるでしょう。

経営者がEC事業の業績をこまめに把握し、必要な投資を適切なタイミングで実行していくことが重要です。黒字化するまでどれくらい投資が必要なのか、事前にある程度計算しておくことも大切です。

事業計画がなくても販促施策が上手くはまって一時的に売上が伸びることはありますが、そういった幸運は長くは続きません。施策の勝率を上げるにはPDCAサイクルを回すことが必要であり、そのためには事業計画や行動計画の策定が必須だと強調しておきたいです。

ヒアリングシートで見通しの甘さを浮き彫りに

──事業計画を作る方法のヒントを教えてください。

弊社のECコンサルティングでは、ヒアリングシートを使い、施策のターゲットや販売目標、予算、購入導線など多岐にわたる項目をクライアントに埋めていただきます。その情報をもとに事業計画を立てていくのですが、ヒアリングシートを埋める過程で施策の見通しの甘さや、準備不足の点などを浮き彫りにする狙いもあります。

施策を実行することが決定してしまっている場合には、クライアントの意見を尊重し、リスクを説明した上で実行してもらうこともあります。失敗することも多いですが、その失敗を踏まえて改善につなげます。

成功事例を鵜呑みにするのはNG

──EC事業が上手くいかない企業の特徴として、事業計画が甘いことの他には何かありますか?

インターネット上などに公開されている成功事例を鵜呑みにして、表面上だけ真似してしまうような企業は、なかなか成功できないでしょうね。

販促施策を打ったことで「売上高が数倍に増えた」といった、派手な成功事例がインターネット上に散見されます。しかし、その成功確率は何%なのでしょうか。成功の裏には数え切れない失敗があるはずです。

成功確率が低いにもかかわらず、あたかも誰でも成功できるように見せている成功事例が多いので、それを鵜呑みにするのは危険です。

──成功事例は生存者バイアスがあるため、表面上だけ真似しても失敗すると。

おっしゃる通りです。

最近ではインフルエンサーマーケティングがいい例です。インフルエンサー事務所などが公開している成功事例はたくさんありますが、その施策を表面上だけ真似しても、多くの場合は上手くいきません。

インフルエンサーマーケティングを成功させるには、プロモーションの計画を立て、適切な人選を行った上で、SNSや検索エンジンからECサイトへの導線をしっかり整備することが必要です。さらに、コンバージョン率を上げるために、ECサイトの商品ページを作り込むなど綿密な準備が不可欠です。

こうした準備の部分が抜け落ちて、インフルエンサーマーケティングの良いところだけを見て真似しても、ほとんどの場合は失敗するでしょう。

ECで成功したいなら必死の努力が必要

──アプロ総研さんのクライアントが、成功事例の表面上だけを真似しようとしていたら、李さんはどのようにアドバイスしますか?

どんなことでも、成功するには準備や鍛錬が必要だと正直にお伝えします。

例えば、自分の子供が「YouTuberになりたい」と言ったら、どうしますか?おそらく多くの親が、現実の厳しさを説くでしょう。そして、どうしてもYouTuberになりたいなら必死で努力しなさいと忠告するはずです。

ECもそれと同じです。ECで成功することは、YouTuberとして成功するのと同じように大変ですよ。無数のライバルに勝たなくてはいけないわけですから。それなのに、ECなら簡単に成功できると勘違いして、準備も鍛錬もしない会社がいかに多いことか。

ECで成功したいなら、事業計画をしっかり立てた上で、必死に努力することが絶対に必要なんです。

2023年以降は優勝劣敗が鮮明に。CRMが一層重要になる

──2020年から2021年にかけて、コロナ禍で巣ごもり需要が盛り上がり、EC市場は急拡大しました。ただ、2022年1月以降のEC消費動向を見ると、成長の踊り場を迎えている印象も受けます。 

これからは、勝ち組と負け組がはっきりしてくるでしょうね。2020年から2021年にかけては、いわばECバブルとも言えるような状況でした。販促投資を増やして顧客獲得に重きをおけば、売上拡大につながるフェーズだったと思います。

しかし今後は、ECのプレイヤーが増加したこともあって競争環境が厳しさを増していくことは必至です。市場から退場せざるをえなくなる企業も出てくるのではないかと思っています。これからは、売上を追うだけでは上手くいかないでしょう。

──アフターコロナ時代を見据え、これからのEC市場で勝ち抜くには何が必要だと思いますか? 

1つ挙げるとするならば、顧客をリピーターへと転換する施策が、これまで以上に重要になるということです。200社以上のEC事業者さんを支援してきた経験を踏まえても、成功する企業と上手くいかない企業の大きな違いの1つは、「購入者をリピーターに育てるための対策を打っているか否か」だと感じています。

──CRMが重要だということですね。

そうですね。ただし、CRMというのは何もビッグデータを使ったマーケティング施策のことだけを指すのではありません。大切なのは、購入者のことをしっかり理解し、お客様に喜んでもらうために何をすべきか考えて行動するということです。

弊社がご支援している年商5億円ほどのEC事業者さんは、年間購入金額の上位100位くらいまでの顧客の人となりを把握しています。

コールセンターなどを介してコミュニケーションを取り、職業や家族構成、どのような困りごとがあって商品を買っているのかなどを聞き取っているんです。

顧客との関係構築が競争優位になる

──お客様のことを理解するという、商売の基本を徹底していると。

はい。ECは非対面での販売なので顧客とのコミュニケーションが希薄になりがちですが、だからこそ顧客とのつながりを作れれば、それが競争優位になります。

お客様との関係構築を、どこまでしっかり行えるか。それがアフターコロナ時代を勝ち抜く鍵になるでしょうね。

現在のEC市場では、大手メーカーがD2Cを強化し、海外勢を含めて巨大プラットフォーマーの寡占化も進んでいます。EC市場はまだまだ拡大していくと思いますが、競争も激しくなっていますから、これまでに蓄積した顧客リストをベースに、既存の顧客とのコミュニケーションを取れるか否かが勝敗を分けると思います。

人にしかできない仕事にこだわり、EC事業者の業績拡大に貢献

──最後に、アプロ総研さんは今後、どのような展望をお持ちなのかお聞かせください。

弊社はECコンサルティングや運営代行、制作代行など、「労働集約型のストックビジネス」を軸にしています。

ストックビジネスはSaaS型のソフトウェアを提供するケースが多いですが、弊社が労働集約型にこだわっている理由は、パートタイムで働くお母さんたちの仕事を創出したいと思っているからです。

これからは仕事が機械化されたり、システムに置き換わったりして、パートやアルバイトの働き場所が少なくなっていくでしょう。EC事業はささげやコンテンツ制作など、労働集約型の仕事がまだまだありますから、パートで働くお母さんたちの働き口を作ることが可能です。雇用創出という観点からも、弊社は労働集約型の仕事を続けていきます。

ECの仕事は今後、ますますツールやシステムに置き換わっていくでしょう。受注処理や在庫管理を自動化する「NEXTENGINE」も、まさにそうですよね。

人と人のコミュニケーションが介在しない仕事はツールに置き換わっていく可能性があるからこそ、弊社は人にしかできない仕事にこだわり、そのクオリティを上げていくことで、EC事業者さんの業績拡大に貢献していきます。

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