連日30℃を超える熱い夏。
せめて足元だけでも涼しく過ごしたいものですよね。
そこでオススメのトレンドアイテムが「便所サンダル」です。
いま、ひそかに便所サンダルが盛り上がっているのです。便所サンダル、略して便サン。愛好者たちが履いて出かけるのは便所だけではありません。町にくり出し、デートに出かけ、どこにだって便サンを履いていきます。マキシマムザホルモン マキシマムザ亮君さん、ゴールデンボンバー鬼龍院翔さんらの著名人も便サンの愛好者として知られています。
今回はお話しを伺ったのは便所サンダル専門通販サイト「ベンサン.JP」の飯田正勝店長。倉庫を兼ねたオフィスは天井までうず高く便サンが積まれています。当初はご自宅でやられていたそうですが、流通規模が広まってきて、便サンの段ボールで部屋が埋めつくされ、日常生活に支障をきたしてきたので、オフィスを持つようになったとか。
実店舗は持たず通販サイトだけでの販売ですが、2016年は年間19,000足もの便所サンダルを売っています。世界一便所サンダルを売る男・飯田さんに、ニッチ商品をネットで販売するポイントをお聞きしました。
便所サンダル専門通販サイトをはじめたきっかけ
――便所サンダル専門通販サイトをなぜはじめたんですか?
もともとは便サンじゃなくてギョサンの通販サイトをやってたんです。
――え?ギョサン?
漁業従事者用サンダル。略してギョサンです。
沖縄の友だちが「こっちではみんなギョサン履いてるのに本土で観たことない」って言うんですね。滑りづらいサンダルなのでサーファーや釣り人が好んで履いてるんです。
たしかに当時は誰も履いてなかったし、通販サイトもなかった。「おもしろそう、売れるんじゃない」と浅草の靴問屋街を歩いて2~3軒めぐって、40足買ってきたんです。そこからサイトを自力で作って、友人と2人で「ぎょさんネット」を立ち上げました。友人が店長で、僕はバックヤード業務担当でした。
――すぐに売れたんですか?
それなりに売れました。
売り上げを購入資金にあてて3か月ぐるぐる回したらひと夏で200万円くらいまで増やせました。2年目も同じくらいですね。ギョサンはビーサンみたいな物なので、当時は夏しか売れませんでした。
ギョサンがブレイクしたのは2011年冬ごろで、嵐の大野くんがとあるテレビ番組で毎回毎回ギョサンを履いてたんです。冬の2月だっていうのに「ギョサン 大野」みたいな検索ワードで調べられまくってて、1日20~30PVだったアクセスが数千PVまでいきました。
――順調だったのに、なぜ便サンに鞍替えしたんでしょうか
ギョサンってカラーバリエーションが結構あって色々集めるのも楽しかったんですけど、雪が振るとさすがに冷たい。でも「便サンなら靴下履けるし、雪の日でもいけるんじゃね」って思ったんです。
あと、ギョサンは型が2~3種類なんだけど、便サンは型が多い上に廃盤品などのレア物がたくさんあるんです。片っ端から集めてやろうと思ってホームセンターとか巡っても日本製の便サンはなかなか集まらなくて。どこにでも売ってそうなのに、現行品でさえどこにも売ってないんです。
となると、もう問屋に数十個単位で発注しないと手に入らない。根がコレクター気質なもんですから「じゃあ、大量仕入れして売っちゃったほうがいいや」と趣味と実益をかねて便サンを売りはじめたわけです。
――1つ手に入れるために何十個も注文しなきゃいけないなら売っちゃえと。
そんなことを考えてるときに、ギョサンや便サンのメーカー・丸中工業所に打ち合わせに行ったら「実はギョサンより便サンのほうが数は出てるんだよね」と言われまして、「それなら本格的にやってみよう!」と決意したわけです。
で、2011年に便サン絡みのドメインをバーッって10個以上取りました。取ったはいいけどそのまま放置して1年経っちゃって更新時期になりまして。更新料だけ払って何もしないのはもったいないので2012年にベンサン.JPを作って、ギョサンから便サンへ移ったわけです。いまは店長をやってた友人が一人で「ぎょさんネット」を運営してます。
――はじめてみたら、どんな手応えでしたか?
便サンはどっちかっていうと業務利用が多いんじゃないかと思ってたんですよ。病院や介護施設、工場、厨房といったところが買うだろうと。丈夫で長持ちするのでマニアやコレクターじゃない限り、何度も買う物じゃないと思ってたんです。
でも、実際やってみると日本産の便サンを渇望してた人たちがたくさんいたんです。「前は近所で買えたのに、今はどこも売ってない!」と困ってた層がいた。最初はニシベケミカルの「VIC No.510ダンヒル」という種類の茶色と、丸中工業所の「PEARL No.180」という種類の茶系色だけを売ってたんです。まあ、ド定番の便所サンダルです。その後は、お客さんから「あの型番ないの?」と問い合わせが多い順にラインナップを増やしていきました。
――じゃあ個人のお客さんのほうが多いんでしょうか
圧倒的に個人購入が多いです。業務利用とコンシューマーは比率でいえば2:8ぐらいです。ほんとは一撃で300足注文とか欲しいんですけど、ぜんぜん個人購入が多いです。
「ベンサン」ブレイクのきっかけはタモリ倶楽部出演
――当初はどれぐらいの注文量だったんでしょうか
ベンサン.JPをはじめて最初の半年は2~3件しか注文がありませんでしたよ
――1日2~3件ですか?
いえいえ、半年で2~3件です。
試験運用だったので力入れてなかったのもありますけど、うっかり注文入ったら在庫がなくて浅草に買いに行くなんてこともありましたね。そこから徐々に注文数が増えていって1日1件ぐらいになって。
現在はこのシーズン(2017年6月頭)だと1日10件ぐらいの注文で計20~30足売ってます。Amazonでの販売や卸売りを含めると、去年は計19,000足ぐらい売りました。
――何がきっかけで注文数が増えたんですか?
最初は「この便サン通販サイトが熱い!」と某アニメ会社の社員さんたちが盛りあがってくれまして、そこから松澤さんに記事にしていただいて(※3年前、松澤が別媒体でインタビューしました)、そのあと鳥取県米子市で便サン飛ばし大会などが開催されました。その際にデイリーポータルZさんにも取材していただいて、ラジオに出たり、東京カルチャーカルチャーのイベント「第1回カルカルプレゼンナイト 大人のオルタナ趣味プレゼン大会」に出たりと露出が増えていきました。
――ネットやイベントで盛り上がっていったんですね。
決定的だったのは2016年に「タモリ倶楽部」に出演したことですね。そこからドーンと流れが出来ました。タモリ倶楽部放送後の2日間で、夏の2か月分の注文がきましたから。死ぬかと思いましたけど。その爆発力がずっと続いてるわけじゃありませんけど、アベレージは上がりましたね。ギョサンのときみたいに1人の人気者がギョサンギョサンって言ってくれたわけじゃなくて、徐々に流れができた感じです。
ベンサンだけで食えるレベルの売り上げになったのは2016年からですよ。まさかこんなにサンダルに囲まれて生活することになるとは思ってませんでしたから。ある程度勝算はあったけど、いままで誰も本気で売ってきてないので、ベンサンは。どこにでもあるようで、誰も本気じゃない。じゃあ「やるなら本気で売ってやれ」って思ってます。
――2016年までは他のお仕事もされてたんですか?
アフィリエイトサイト運営とWEB系のコンサルをメインでやってましたが、会社を立ち上げてからは琉球ガラスの販売サイトなどの通販がメインになりました。今アフィリエイトサイトはほったらかしなんで中学生のお小遣い程度しか稼げてませんけど、当時はそれだけで食ってました。転職とか失業保険とかテーマを絞って、100個以上サイトを持ってました。
琉球ガラスの販売サイトは今もやってます。当時はどっちかっていえば琉球ガラスの方がメイン事業でしたけど、いまは完全に便所サンダルと売り上げがひっくり返ってますね。
――100個もサイト作ってたとは!もともとWEB系の会社に勤めてたんですか?
ぜんぜん。アフィリエイトやるために独学でHP作りを学んだんです。それまでは普通に10年間サラリーマンやってたんですけど、ちょっと家の事情もあって軽いパニック障害になっちゃいまして。それで会社を自主退職して失業保険切れるタイミングで職探ししながらアフィリエイトしてたら、半年で月30万稼げるとこまでいったんです。「これだけで食えるな」と職探しをやめて、6~7年はアフィリエイトだけやってました。
ほんとはサラリーマン辞めた後は通販やりたかったんですけど普通は仕入れが必要じゃないですか。でも失業してお金も全くない。なのでHP作る練習と集客のトレーニングとして無料でできるアフィリエイトサイトを作りはじめたんです。僕が関わっていた時の「ぎょさんネット」の売り上げじゃ、僕と友人2人食えるわけじゃなくお小遣い稼ぎ程度でしたし、僕はアフィリエイトを生業としてました。
でも今じゃ、ベンサン.JPはぎょさんネットには売上じゃかなわないですけどね。ベンサンよりギョサンのほうがメジャーですし。
――本格的にアフィリエイトやってたんですね
とくに失業保険は強かったですね。2004年から3年間くらい「失業保険」で検索するとYahoo,Googleともに不動の1位でしたから。自分が失業保険受けるために調べていたら、情報があちこちに散っててすごく分かりづらかったので、頭来て「自分でまとめてやれ!」ってサイトを作ったんです。
来訪者が質問するための掲示板作って、それに答えていきます。分かんないことはハローワークに電話して聞きました。質問が多い事項からコンテンツにしていったんです。そうこうしているうちにマジで詳しくなっていって、商業出版もしましたし雑誌や新聞の取材も受けましたし、R25とか週刊東洋経済の記事監修依頼とかも受けました。
東京都労働相談情報センターからの講演依頼を受けた時は、社労士とか労基署の引退組とかガチの人たちが100人ぐらい来まして、失業保険もらう側の現状だとかを4時間話しました。
――アフィリエイトの経験は通販でも活きてますか?
めちゃくちゃ活きてますね。まずはサイトのネーミングそのもの。変に気取ったショップ名をつけたりせずに「ベンサン.JP」とそのままつける。「ベンサン」とか「便所サンダル」で調べたときに自分しか出ないようにしてやれってドメインも10個ぐらい取りましたし。
失業保険について出版の打診があったときに「ほかにも失業保険のサイトはあるのに、なんで私なんですか?」って聞いたんです。そしたら「飯田さんは口語体で柔らかくて、分かりやすいからだ」っていうんですね。これはベンサン.JPでも同じことで、きっちり硬くやるよりユーザーフレンドリーでやったほうが買いやすい、問い合わせが来やすいんだろうなと思ってます。
――たしかにベンサン.JPでは店長さんの顔がたくさん出てきますし、語り口もシャレっ気が強いですよね
そんなふうにやってると、お客さんからの問い合わせも友だちからのメールみたいな感覚なんです。「飯田さん、どうもこんにちはー!」みたいな。
――そういう良い関係ができてるとクレームも未然に防げそうですね
クレームらしいクレームはもう何年もやってますけど2件しかないですね。しかもその2件は僕にまったく非が無い内容だったんですけど。タモリ倶楽部の放送直後はとにかく忙しくて5日間寝れなかったんで結構入れ間違いもしちゃったんですけど、電話やメールで「タモリ倶楽部でいま大変ですよね~、がんばってください」みたいな感じでした。
入れ間違いをしても、みんな怒らずだいたい笑って許してくれます。そういう場合はそんなに高いもんでもないですし、送り間違えたものは送り返していただかずにそのまま差し上げちゃいます。まぁそんな感じで、サイトの雰囲気とかSEO要素とか成約率とかアフィリエイトやってなかったら絶対分かんなかったですね。
――かなり忙しそうですが運営は一人ですか?
いまは完全に一人でやってます。
もうすこし売り上げがあがれば、出荷業務だけ他の人に頼んじゃいますけど。売り上げは伸ばそうと思えば伸ばせるんです。たとえばAmazonとか楽天とかにも一応出店してますが、そこでしか買わない属性のお客さんがいるのは分かってるんですけど、ほとんどやる気なくて2種類ぐらいしか便サン出してません。ちゃんとやれば売り上げもあがるんでしょうが。
まあ、社員増えたらその人の生活もかかってきちゃうので、忙しくなりすぎず食える程度がいいですね。
――新規客とリピーター客はどちらが多いんでしょうか
ほぼほぼ新規ですよ。リピーターさんは全員名前覚えてますもん。
タモリ倶楽部に出ても見るのはマニアックな人だけですから、まだまだ普及しきってません。きゃりーぱみゅぱみゅが履いてレディーガガが真似するみたいな流れが起きないと、すべての人に便サンが知れ渡るなんて状態にはならないんじゃないかな。
町で探しても無くて、ネットで探してベンサン.jpにたどり着くってパターンがほとんどです。どこにでもある物なのにいままで誰も本気で売ってきてない物ですから。広め甲斐がありますし、やり応えもありますよ。
――リアル店舗があったら面白そうですね
やれればやりたいんですけど、自分ではやりたくないんですよ。高円寺、中野、下北あたりでおしゃれ店員さんが「イケてる若者ファッション」として売ってくれればいいんですけどね。もし僕がやるなら小汚い店構えで、ガラガラガラって建付けの悪いガラス戸を開けて入るようないわゆる履物屋って感じでやりたいですね。「商売成り立ってるのかしら」って外観だけど売り上げのほとんどがネット通販であがってるみたいな謎の店にしたいですけど、リアル店舗は自分の時間が縛られちゃうので難しいですね。
便所サンダルのように「ニッチ商品」扱う際に気をつけたい点
――便所サンダルのように誰もが買うわけではないニッチ商品を扱う際のポイントはありますか
みんな忘れてるかもしれないけど、良いものなんだよと伝えたかったんです。そこそこ丈夫で、安くて、水場で滑りにくいのに履き心地は良いということをアピールしたかった。「便所サンダルと揶揄されてるけど高機能」と分かってもらうことがポイントでした。そもそも僕は愛をこめて便所サンダルと呼んでますし。
ギョサンは「見たことないだろうけど、なかなかいいよ」ってところからはじめましたけど便サンは違います。みんな知ってるけど低く見てる。認識から変えていかなきゃいけませんでした。
――以前、昆虫食をされてる方も似たようなことをおっしゃってました。「栄養に富んでるし味も悪くないのに、昆虫ってだけで食べものとして見られない」と。
最近はタモリ倶楽部も経て、認識がかなり変わってきてると思います。「友だちに啓蒙するために3足買います」って人もいますし、職場の履物すべてベンサンにひっくり返したっていう常連さんもいますし。
――飯田さんのお話しを聞いてると、商売を抜きにしても「便サンを広めたい!」って強い意志がありますよね
便サン、広めていかないとなくなっちゃうんですよ。国産の便所サンダルは森川ゴム、丸中工業所、ニシベケミカルの3社(他、徳島のお多福産業などもありますが、健康サンダルと認識しています)でシェアを占めてるんですけど、去年ニシベケミカルは5種類の便サンを減らしましたし森川ゴムも定番だと思っていたサンダルがカタログから姿を消した。
大手のホームセンターも原価の安い中国製に切り替えつつあって、この流れが加速していくと国産便サンがまったく作られなくなってしまう。おまけに、履物屋も履物問屋も高齢化でどんどん無くなってるんです。
だから僕の場合「近くのホームセンターに国産売ってるなら、送料もったいないんでそっちで買ったほうがいいですよ」って言っちゃいます。国産のいい便サンにずっと残りつづけてほしいから、もっと便サンを広めたいですね。