さっぱりした脂のおいしさで絶賛される山西牧場の精肉ブランド「三右衛門」(加工品:「3 é mon」)を販売するECサイトが、なんと化粧品の販売を始めました。仕掛けたのは、SNSで「豚野郎」の名前で知られる倉持信宏さんです。
2020年6月、倉持さんに取材した記事はこちら。
どうして倉持さんは化粧品の開発・販売に取り組んだのでしょうか。倉持さんにコロナ禍の近況と化粧品開発を始めたきっかけ、SDGsについて考えていること、お客さまの声の受け取り方、そして新たに取り組むEC戦略についてお話を伺いました。
(会社プロフィール)
株式会社山西牧場
食肉販売・加工品販売
(ご本人のプロフィール)
名前:倉持信宏(twitter)
年齢:31歳
肩書:株式会社山西牧場 代表取締役
お客さまに直接アプローチして、冷凍餃子の販売を始める
―2020年6月に取材記事を掲載してから1年半が経ちました。その後、山西牧場ではどんな変化がありましたか。
豚野郎:新商品として冷凍餃子の「3 é mon餃子」を発売しました。きっかけは、Twitterでフォロワーに向けて冷凍庫にどんなものが入っているのかを聞いたことです。アンケートの回答に多かったのが冷凍餃子でした。餃子ならタネのほとんど豚肉ですから、僕らの商品の魅力も伝えることができると思い、「餃子で行こう」と決めました。
僕らが販売するのにふさわしい、「3 é mon」らしい餃子にするため、野菜は全て国産にして化学調味料や保存料などを一切使っていません。そして何より販売している豚肉を味わってもらうのが重要なので、ニンニクやニラを控えめにして、さらに肉の粒感を味わえるように通常の細かいひき肉に粗いひき肉を混ぜています。そして作ったタネを職人さんが一つひとつ手包みしているんですよ。
―1パック2000円のベーコンの次は、餃子に取り組み始めたんですね! お客さまからの評判はいかがですか。
豚野郎:冷凍餃子は1パック1400円と決して安くはないのですが、リピートしてくださるお客さまがいらっしゃいますので、少なからず評価していただけているのかなと思います。あと皮が手包みなのでそれを評価してくださるお客さまもいらっしゃいます。皮が厚いのでモチモチしておいしいとか、焼くだけでなく茹でるだけで水餃子としておいしく食べられるとか。
ベーコンが主力商品なのは変わりませんが、餃子をご購入いただき評価していただいたことで、サイトに対する信頼感が上がったように思います。それでほかの商品もご購入いただけるようになっていますね。
養豚業の現場にいる僕らだから、化粧品を始める意味がある
―2021年10月からは新たに化粧品の販売も始めていますが、それもコロナ禍がきっかけだったのでしょうか。
豚野郎:化粧品の企画開発は2年以上前から準備して進めていたことで、新型コロナウイルスの流行とは関係ありませんし、最近でいう「SDGs」「エシカル」といった流れに乗ったわけでもありません。当社は出産した豚の胎盤を引き取る事業者とお付き合いがあったのですが、その取引が終わったことがきっかけなんです。豚の出産は毎日のようにあって、そのたびに胎盤が排出されるので、何かに活用できないかと考えてたどり着いたのが化粧品です。
いままでは胎盤が何に使われるのかを考えずに事業者に売っていたのですが、豚の胎盤から抽出されるプラセンタは化粧品や医薬品などに活用されているんですね。それでいくつかの会社を回っているうちにプラセンタを使った化粧品を作っている会社をご紹介いただき、僕らでプラセンタを配合した化粧品ができるかどうかをご相談しました。
そのときにプラセンタの品質は、胎盤の血液の処理などで大きく左右されることを教えていただきました。つまり養豚業の現場にいる僕らだからできることがある、ということです。それなら僕らがやる意味があると思ったので、化粧品の開発に着手しました。
―化粧品の反響はいかがでしたか。
豚野郎:反響はあったのですが、購買には思うように結びついていません。やっぱり、いままで食品を販売していたサイトが、急に化粧品の販売を始めても、消費者からすれば怖いと思うんですよね。どうして僕らが化粧品を開発して販売できるのかは、サイトに書かれている解説を読んでもらえればわかるとは思うのですが、食品と化粧品ではジャンルが違いすぎますから。
ただ、全く違うものとして化粧品を扱うのも、「僕らが育ててきた豚を使う」というコンセプトからズレてしまうのでイヤなんです。だから、ベーコンやハムと同じブランドネーム「3 é mon」を化粧品にも使っています。
―化粧品の展開はこれからどのように行っていこうと考えていますか。
豚野郎:ベーコンが売れるようになったのは、実際に食べてくださったお客さまの「おいしい」という声が、その人の周りやSNSを通して多くの人に伝わったからです。化粧品も同じように、実際に試していただいて評価を高めていくしかないと思っています。地道に少しずつ積み重ねていこうと考えていますね。
またコロナ禍の状況を見ながら、実際に試してもらう場をつくったり、法人への取引を開拓したりしたいなと思っていま動いています。
―化粧品を販売するとなったとき、「養豚家がなぜ化粧品に?」といった社内での声があったと想像します。実際、反応はいかがでしたか。
豚野郎:これまでと違う方向性へのチャレンジなので、なぜやるのかを尋ねられることはありましたが、「豚の胎盤を無駄にしてしまっているので、活用したいと考えている」という話をして納得を得ています。
これまでいろいろなことにチャレンジしてきましたが、それがうまくいくかどうかわからない、というのはいつも同じです。例えば、レトルトカレーを作ったときも、それがどれだけ売れるかどうかわからずに仕入れをしてチャレンジをしました。それと同じなので「投資にかかる費用はできるだけ抑えるのでチャレンジさせてほしい」と従業員には話しています。
いままで自分たちの農場の素材を使って化粧品を作った人はいません。いないからやる価値があると考えていますよ。
SDGsのポーズをとるだけではダメ
―SDGsとは違う背景で化粧品を企画・開発したのが養豚家ならではですね。最近は多くの企業がSDGsに対して積極的に取り組んでいますが、これについてどのように思いますか。
豚野郎:「つくる責任 つかう責任」でいうと、どんなものであろうと再利用しようとしたらエネルギーが必要になります。つまり、社会から求められるものを生み出さなければ、エネルギーを使ってゴミからゴミを作るのと変わらない、マイナスにしかならないと思うんです。
持続可能な取り組みをするのなら、ポーズだけではダメで、価値のあるものを再利用して、消費者に喜ばれるところまでやらなければなりません。ポーズをとるためだけのSDGsでは、環境負荷を増やしているだけになってしまいますよね。本質的にやる意味があることなのかは問わなければならないと考えています。
―持続可能にするにはどうすれば良いと考えていますか。
豚野郎:持続可能を本気で考えるのであれば、その業務に就く人が長く働けるのかどうかに目を向けるほうが早いと考えています。会社がSDGsに取り組んだときにお金が回って、持続可能な状態にできるのかが重要だと思うんです。
環境というと「地球環境」のような規模の大きいものを連想すると思うのですが、もっと身近な自分たちのいる環境のことを考えていなかったら、すごく空虚だと感じますね。地球環境のことを考えて取り組むのはすごく正しいことだとは思うのですが……。
例えば僕らが化粧品に使っている豚の胎盤はそもそもバイオなので、土の上にポンと置いておけばそのうち土に還っていくので環境負荷ゼロなんですよ。でも製品に変えたのであれば、お金に換えて何かに投資できるようにしなくちゃいけないという責任が発生します。
全く売れなくて廃棄するという、ゴミからまたゴミを生み出さないために、「これを作る意味があるのか?」は商品開発するとき常に考えています。
忘れられない努力をする。街の八百屋から学ぶ、山西牧場の新しいEC戦略
―ゴミからゴミを作らない……まさに生産の現場で働く倉持さんならではの考えがとても響きました。さて、消費者がオンラインで購入するのが一般化していますが、そういう流れの中で山西牧場の戦略に変化はありますか。
豚野郎:EC戦略的には前回取材頂いた後に変えたところがたくさんあります。僕らのECサイトは、コロナ禍で良い影響があったかというと、むしろあまり良くなかったんです。悩みの多い1年でした。
コロナ禍で味見ができる機会や対面してお話しする機会がほとんどなくなってしまいました。当社はECサイトの運営に力を入れていますが、どちらかというと人とのリアルな関わりをとても大切に考えています。人と直接会う機会がなくなると、少しずつ忘れられていっているようにも感じるんですね。
ECに参入する企業はどんどん増えているのに、僕らは広告も出せていないので目に触れる機会が相対的に落ちてきている……そこでサイトのリニューアルを行いました。初めてサイトにアクセスした人でも自分の欲しい商品を探しやすいように、商品をバーベキューやパーティなどの利用シーン、作りたい料理、販売価格などで分けて選べるようにしました。サイト内を回遊して商品を選ぶ楽しさを感じられるように、設計を見直したんです。
―サイトのリニューアル以外に取り組んだことには、どんなものがありますか。
豚野郎:当社は従来、送付する商品に商品案内のブックレットのような同梱物をほとんど入れていませんでした。ところがお客さまから届いたメールを見ると、「webページを知人に共有すればいいのも確かだけど、何か案内できるものを渡せる方がいい」という声がありました。それを機に簡単ですが、ブックレットを作って同梱するようにしたんです。
―コロナ禍で悩みの多い中、お客さまの声から着想を得る点がとても興味深いです。
また、ECサイトのドライなコミュニケーションをもっとウエットなものにできるように、サイトでチャットをできるようにして、お客さまが気になったことを気軽に聞けるようにもしています。それまでは僕らからの一方的な接点でしたが、少しでもウエットなコミュニケーションを感じられるように取り組んでいます。
さらに、サイトのリニューアルにともなって2~3日に1回メールマガジンを発行して、いまこういう商品を開発しています、こういう食べ方がありますよ、という情報発信や提案を行っています。そういった様々な施策を積み重ねてきたことで、売上が復調してきましたね。
新規顧客を増やすのは簡単なことではありません。だから少しでも忘れられない努力をしています。いま僕らの商品をいいなと思ってくださるお客さまに継続してもらえるように、工夫をし続けなければいけませんね。
―ECで力を付けてきた山西牧場が大切にしているのが「ウエットなコミュニケーション」というのがとても興味深いですね。
豚野郎:例えば街の八百屋さんは、店主もお客さんも顔を知っていて信頼関係を築いています。お客さんに何か聞かれたら、的確な情報や商品を提供する、そんなパーソナライズされた体験によって安心して買い物ができるじゃないですか。利便性も大事ですが、満足を提供することも考えなければならないと考えていますね。街の商店が長年生き残り続ける理由に目を向けると、コミュニケーションの勉強になる点が多くあることに気づけます。
また、これからもリアルな場を大事にしたいので、うちの肉を使った料理を提供する飲食店も増やしていきたいと思っています。昨年、とんかつ店の「西麻布 豚組」さんで開催されたイベントにうちのお肉を使用していただいたんですが、日ごろ山西牧場のサイトで購入してくださっているお客さまがたくさんいらっしゃって、驚きました。
とんかつ屋さんで食べた肉を注文する流れはなかなか起きないと思いますが、うちの肉の味を知っている人がその肉を扱う飲食店に行くという流れは作れるんだなと思いましたね。
お客さまは「ないものは欲しがらない」
―お客さまの意見を参考にするときは、どういったことに気をつけていますか。
豚野郎:商品開発やECサイトの運用をしてわかったのは、お客さまは「ないものは欲しがらない」ということです。「こんなものがあれば欲しいですか?」と聞けば「欲しい」と答えられるのですが、どこにもないものを欲しいと言われることはありません。そもそも、存在しないものは価値がないんです。
しかも欲しいと言われたものを実際に作ったとしても、それを本当に買ってくれるかどうかは別の話です。人が言うことと実際に起こす行動にはズレがある。だからお客さまの声を聞くときは、「自分だったらどうなんだろう?」と考える必要があります。読み間違えることもあって、とても難しいですが、SNSで反応を試したり、友人に感想を聞いたりしながら小さくチャレンジをして、成功を積み重ねていきたいですね。
場所提供:西麻布 豚組
【編集後記】
インタビュー中、ベーコンや餃子が食べたくなりました。
豚肉を販売するECサイトが化粧品を売るなんてどういうことだろう、と思っていたのですが、実際にお話を伺うと筋道の通った理由がありました。自分たちが育ててきた豚で、養豚業の現場にいるからこそできる高品質素材を使った化粧品の開発はまだまだ始まったばかりで、これからの展開に興味を感じました。
またパーソナライズ戦略も倉持さんらしい取り組みです。既存顧客のリピートに注目し、コミュニケーションを取っていく姿勢に強い思いを感じました。今後も倉持さんの取り組みから目が離せません。
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